「警視総監、よく聞いて下さい。甘い捜査をやるようであれば、検察審査会に申立てをし、国民の名において捜査を断罪します」
6月16日、新大久保で行われた排外デモ中に、2件の暴行事件が起きた。排外デモの参加者が沿道の市民(NさんとKさん)に対して、蹴る、倒すなどの暴行を加えたのである。24日、この2つの暴行事件に対して全国152人の弁護士が名を連ね、告訴人代理人として新宿警察署に刑事告訴した。同日開かれた記者会見に参加した弁護士の一人、梓澤和幸弁護士は冒頭、強い口調でこのように語った。
受理された告訴状は2通。趣旨は、告訴人であるNさんとKさんに対する暴行、傷害に対し、厳重なる処罰を求めるもの。記者会見に出席したのはNさんのみだったが、参加できなかったKさんについては本人が綴った心情が文書で寄せられ、弁護士がこれを代読した。
「一歩間違えれば怪我では済まなかった。今でも恐い。今後、在特会とは関わりたくないが、ヘイトスピーチがヘイトクライムに発展することを食い止めることができるのであれば、より一層、自分がなんとかしなければと思った。今ならまだ間に合うはずです」
Kさんは16日、排外デモに抗議するため、新大久保を訪れていた。デモ開始後、デモ参加者の一人がKさんの抗議の声に腹を立て、体当たりし、転倒させる暴行を加えたのだ。Kさんは、右側頭部を打ち付けてその場で気絶。救急車で運ばれ、全治一週間の被害を受けた。しかし、文面に綴られているように、更に事態がエスカレートすることを危惧し、告訴人として立ち上がった。
一方、記者会見に臨んだNさんは当日、夫とともに抗議に参加。「レイシズムは日本の恥」、裏面には「歴史を学べ、歴史に学べ」と書いたプラカードを持参した。デモが始まってからNさんは、自分の靴紐がほどけていることに気づき、靴ひもを結び終わり立ち上がると、プラカードがなくなっていることに気づいた。正面にいたデモ参加者の一人が取ったのではないかと接近を試みたが、デモ隊の圧力に押されて、仰向けに倒れた。その瞬間、同じ人物に左内側ふとももを蹴りつけられた。Nさんの足には今でも、ハイヒールのかかとで蹴られたような後が残っている。
KさんとNさんに暴行を加えた2人はそれぞれ、現行犯逮捕され、現在も拘留中である。
「この事件に関わっている弁護士は普段、憲法の21条にある『言論の自由』を大切にしている立場です。しかしこの規定は、社会的強者に対して行使されるべき公権力であり、社会的弱者の基本的人権をないがしろにする内容の言論であってはならない」
記者会見に出席した澤藤統一郎弁護士はこう述べ、社会的強者が言論の自由を行使し他者の人権を蹂躙する時、対象となった社会的弱者が、対抗言論の自由を行使することは不可能である、と指摘。その上で、差別の対象となっている被害者にかわって対抗言論を行使するNさんやKさんの行為は、「民主主義社会のあるべき姿」だと高く評価。「社会的良識をもって立ち上がった市民を守るため、法的にできる最大限のことをやるつもりです」と語った。
宇都宮健司弁護士については、3月末に警視庁と公安委員会に対し申入を行ったことに言及。こうした事態を予見し、適切な行政活動を求めたにも関わらず、被害者が出る事態を防げなかった警視庁と公安の対応を問題視。同時に、ヘイトスピーチについて国会で答弁した安倍総理が、未だに具体的な対策を講じていないことを挙げ、「国際的視点が欠けている」と批判した。
現在、2件の刑事事件についてはすでに捜査が行われているがが、6月末に出る結果が不起訴の場合、弁護士らは検察審査会に申立てを行う予定である。
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