遂に出航の時を迎えました。
20歳の夏にAクラスディンギーに乗って始まった私のヨットライフですが、どこかでこの日が来ることを予感していたような気がするんです。エオラス号のオーナーである比企さんが突然私の前に現れて、「盲目のヨットマンが辛坊さんと二人での太平洋横断を希望している」って言い始めたとき、「ちょっと考えさせて欲しい」って答えたんですが、本音では「ついに来たか」って思ったんですね。
「ちょっと考える」と言ったのは、資金、組織も含めてどうやってヒロさんの夢を実現するためのプロジェクトをスタートさせるか考える時間が欲しかっただけなんです。それは去年の6月19日のことでした。
この日から3か月、読売テレビの現場スタッフが企画書を書き、最高幹部のゴーサインをもらった時点で、ヒロさんの夢実現に向けての私の仕事の半分は終わったようなもんです。それから9か月間、エオラス号には、プロ、ボランティアの皆さん等々、総勢数十人の力と情熱で、太平洋横断に向けてあらゆる準備が施されて行きました。
最初に企画書を書いたY君、Y氏、「2か月間なら、辛坊さん抜きでも僕たちで現場を守ります」というメールをくれたM君を初めとする各番組スタッフ、読売テレビ幹部、土日をすべて返上してエオラス号を整備して下さったボランティアの皆さん等々、本当にありがとうございました。誰ひとり欠けても今日の日を迎えることはできなかったと思います。
その意味で、老舗ヨット雑誌「舵」に綴っていた私の駄文を音訳ボランティアの支えで毎月読んで私という存在を知り、指名したヒロさんの勘は見事に当たったと言うべきでしょう。
しかし旅はこれからです。ヒロさんの勘が本当に正しかったと言えるのは、近い将来、ヒロさんが現地で待つ妻子と感動の再開を果たした時ですから。
そうです。明後日、私の残り半分の仕事が始まるんです。
それにしても今回の大阪〜福島回航は、とても実りの多いものでした。まさに「荒天」に恵まれたために、完璧に整備したと皆が思い込んでいたエオラス号にいくつかの問題点が見つかったんです。まず一つは、船の舳先に突き出ている大きな棒、これをバウスプリットって言うんですが、この根元から少量の漏水が発見されました。エオラス号には既に太平洋横断用の資材をすべて積み込んでいたために相当喫水が下がっていて、台風の余波のうねりに舳先から突っ込んで派手に海水をすくい上げる局面が何回かあったんですが、この時バウスプリットの止水に不具合があって、水が漏れることが分かったんです。
当初、この2日間で舳先をすべて解体して、充填剤を入れなおすことも計画されたんですが、様々なリスクを計算した結果、内側からの充填で対処することになりました。余程荒れた海でない限り漏水しませんし、エオラスの設備で簡単に排水できる程度のものですから、これで、まず大丈夫でしょう。
もう一つ、これも想定外だったんですが、オートパイロットという舵を電気的に操作するシステムの軸受けにガタつきが見つかりました。オーパイ本体は代替品三本を積んでいますので海上でも故障に対処できるんですが、軸受けは盲点でした。さっそく代替部品を入手して、念には念をというわけで、普通はねじ止めの部品を、さらに溶接する処置を「まさに今」施しています。
たぶん現在のエオラス号は、日本で最もよく整備された外洋帆走船になっているはずです。しかし、これで完璧かというと、完璧はあり得ないのがこの世界です。ジョージクルーニー演じる練達の船乗りでさえ、「パーフェクトストーム」に巻き込まれたら助かりません。極端な話、どんなに整備された船でも、隕石にぶつかったり、中国の潜水艦に当てられたらひとたまりもありませんからね。でも、そんなことを言い出したらキリがありません。
私の仕事は、私を指名してくれた「ヒロさん」のヒラメキに応え、そして、プロジェクトを進め、船を仕上げてくれた皆さんにこれ以上の迷惑をかけないよう最善を尽くすことだけです。正直何があるかわかりませんが、私のここまでの判断に後悔はありません。
なんて書くと、なんだかとても深刻な話みたいですが、実はそうでもないんです。楽観はしてませんが、そんなに悲観もしていません。
海の向こうが「この世の終わり」だった時代に、海図も無しに船を出したコロンブスじゃあありませんからね。最新のレーダーシステムでの24時間の精密ウォッチの信頼性は、今回の回航で確認できました。GPSの船位測定は、私が船舶免許を取得した頃の天測航法に比べると正に神の領域です。
まあ、なんとかなるでしょう。
航海スタート後、日本時間の毎朝6時前には船内の衛星通信システムを起動させて、エオラス号の正確な位置、周辺の気象状況などをブログアップする予定です。機械がぶっ飛んだりしたら無理ですが、そうでない限り、このブログの読者の皆さんと情報を共有しながら太平洋を渡って行けると思います。
是非皆さん、出勤前、通学前の一瞬、太平洋上の私たちに思いをはせていただき、旅を共にして下さい。きっとそこには、楽しくて、ドキドキすることがいっぱい待っているはずです。
さあ、出航の時が来ました。
皆さん、行って参ります。