ケルトと日本の文化
ケルトと日本の文化
京都産業大学文化学部 国際文化学科 林 紀美子
春学期は「ケルトと日本の文化」というテーマでゼミの発表を行った。近年、映画界をはじめとし、ファンタジー文学が流行しており、特にイギリスやアイルランドの作家のものは顕著であるように思う。以前、大学の講義で、ファンタジー文学が日本で受け入れられるのには理由があり、それには日本の宗教が深く関係していることを聞いた。私は、イギリスやアイルランドのファンタジー文学が好きで、それは無意識的にだと思っていたが、実は、私の中には、それを受け入れるベースがあったのではないかと思うようになった。イギリスや、アイルランドの文学には、ケルトの思想が強く根付いており、そのケルトと日本を比べることにより、私の疑問に答えが出ると考え、考察するにいたったのである。今回は考察の対象を、アイルランドに残るケルトにしぼることとした。
はじめに、ケルトとはどのような民族かという事について述べておきたい。ケルト人は、ほぼヨーロッパ全域に居住していた古代民族である。その起源は非常に古く、紀元前2千年には、いわゆる“ケルト世界”が形成されつつあったといわれる。紀元前8世紀頃、大いに栄え、その勢力を各地に広げていったが、ゲルマン人の進出、ローマ人のヨーロッパ制圧により、紀元前1世紀末には、ケルト人居住の大部分は失われることとなる。現在主として、スコットランド、ウェールズ、アイルランドに余命をつなぎ、フランスでは、ブルターニュ地方に、その文化の名残を留めるだけである。このように、ケルト人というと、後半の悲劇的側面が強調されがちだが、長い目で見ると、それは、栄枯衰退の歴史であった。
また、ケルトを知る上で、大変重要となってくるのが、キリスト教が普及する以前から彼らが信仰していたドルイド(Druid)教である。この土着信仰では、太陽と大地の古い神々を信じ、生き物の中に霊的なものを知覚し、自然と宇宙と自己との一体化を試みている。また、「霊魂不滅」「輪廻転生」の信仰が中心思想として機能していた。ドルイド教をつかさどったのは、司祭階級であったドルイド達である。(彼らの名から、宗教の名がきている)ドルイドは、常に王の側で、神からの言葉を伝えるものとして、時には王よりも強い権力を部族の中で持っていた。ドルイドには階級が存在し、地位が高い順に、ドルイド(神官、司祭、立法・裁判者など)、バード(記録者、詩人など)、ヴァート(祭儀者、占星術者、預言者など)と呼ばれた。彼らの教義は秘密裡に、人から人へと口伝えで伝授されていったので、現在、その内容を知ることは困難である。
しかし、ドルイドが行った祭儀は、ギリシャ、ローマの歴史家や哲学者達が書き残した古文献などからその内容をうかがい知ることができる。特に驚くべき祭儀は、「火炙り」の儀式と生贄を「剣で刺す」儀式である。彼らには、1人の人間の生命を救うためには別の人間1人の生命が必要であるという考えがあり、また、太陽の神としてのタラニスを喜ばせ、穀物の実りと作物の豊穣をもたらしてもらうために「火炙り」の儀式を行った。「剣で刺す」儀式は、未来のことを判断し予知するために行われた。ドルイドが儀式を行う祭壇は、石舞台と呼ばれるつくりで、ドルメン(数個の支石の上に、1枚の大きな板石を乗せたテーブル形の構造を持つ墳墓遺構)のようなものであった。そして、ケルトの部落があったと思われるところには必ずドルメンがあり、ドルイドの儀式は、ある意味で、部族の信仰と習慣、生活の中心をなしていたといえる。
では、ケルトのベースとなっているドルイド教の思想が分かってきたところで、ケルトと日本の比較をしていきたい。まず、取り上げたいのが、芸術である。ケルトの芸術は、日本の芸術と大変似たものがある。例えば、ケルトの紐組紋と日本の縄文文化の縄文である。画家・彫刻家である岡本太郎は、ケルトの紐組紋から感じる生命美は、縄文土器の縄文から感じる生命美と信じがたいほどそっくりだと述べている。
また、古代アイルランドの詩と大和の歌にも似ていると感じるものがある。和歌の詠み手は、三十一音という限られた音節の中に、その場の印象や雰囲気、感情や感動を凝縮して言い表そうとする。説明されていない部分を読み手の創造で補うことこそが、和歌の醍醐味であり、読み手の感動を深めるからである。このような詩のつくり方は、古代アイルランドの詩にも見られる。日本人と同じようにケルト人も詩的ヒントから創造を膨らませることが得意で、すべて語らぬことが最も好まれていた。「ダビデ(deibhidhe)」と呼ばれる、古代アイルランドの詩形は二十八音節からなり、頭韻法をふんだんに使うリズムある詩である。
次に、アイルランドの妖精信仰と日本の妖怪信仰について考えてみる。現在、アイルランドは、ナショナル・シンボルとして妖精のレプラホーンを掲げており、「妖精の国」としての特色を打ち出している。それに対するなら、日本はさしずめ「妖怪の国」といえるであろう。水木しげるの妖怪画・マンガ、京極夏彦の奇怪小説、宮崎駿の劇場用アニメーション(「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」など)といった妖怪を扱った作品は人気があり、長い時間かけて育まれてきた妖怪文化の伝統を伺うことができる。
井村君江は、『ケルト妖精学』の中で、妖精が生まれてくる6つの源として(1)自然、天体、元素の精霊(2)自然現象の擬人化(3)卑小化した古代の神々(4)先史時代の祖霊、土地の霊(5)死者の魂(6)堕天使、を挙げているが、特に(3)(4)は、柳田国男の妖怪研究が提示したような、「妖怪変化とは、零落した古代の古き神々の姿である」という見方とも一致する。妖精と妖怪。共に不可思議な存在であるけれども、それをごく当たり前のようにうけいれている、アイルランドと日本。これらの受容には、ドルイド教や神道の思想が人々にもたらした民族性に関係しているのであろう。
このように比較してみると、地理的に、また、歴史的にもかなりの違いがあるにもかかわらず、アイルランド周辺に残るケルトと日本の文化には、通じ合うものがあるといえる。音楽、美術といった芸術や、今なお受け継がれている信仰など、さまざまである。はじめに述べた私の疑問に答えを出すとすれば、アイルランドと日本は、自然宗教的、アニミズム的考えを国民意識の根にもっており、さまざまな芸術的類似点にもつながっているということである。これが、ファンタジー文学を生み出し、受容しているのである。もちろんその国のもつ歴史や環境などといったものの影響も忘れてはならないが。今回の対比は、学問的分野にとどまったが、今後は、現代の個人の思考、会社における人間関係といったような日常性の高い分野まで掘り下げて、追求していきたい
ケルト人は中央アジアの草原から、馬と車輪付きの戦車を持ってヨーロッパに渡来した、インド・ヨーロッパ語派の民族である。ローマ人からはガリア人と呼ばれた。、
ケルト人は青銅器時代に中部ヨーロッパに広がり、その後、鉄器時代初期にかけて、当時欧州の文明の中心地であったギリシャの影響の下、更に鉄器文明を発展させた。
ケルトの社会は鋭利な鉄製武器を身に付け、馬に引かれた戦車に乗った戦士階級に支配された。欧州各地に分立していた。彼らは南欧の文明社会と交易を行い、その武力によって傭兵として雇われることもあった。
ケルトは、ケルト語で「戦闘」の意味であり、ケルト人はみずからを「戦う民族」とみなしていた。背が高く、金髪もしくは赤毛、色白で碧眼。
好戦神話やドルイド教の輪廻転生を信じており、ローマ人も恐れる勇猛さであった。戦士は、裸で顔を緑に塗っていたといわれる。
文字を持たず、略奪の放牧民族であり、統一国家は作らなかった。
島のケルト
大陸のケルトがローマに負けて消滅後、ケルト民族は移動を続けて、スペインからブリテン諸島へ、アイルランド島へとたどり着きます。紀元前600年から300年ごろの話。定住したケルト民族を「島のケルト」と呼びます。
新石器時代の先住民が大陸ケルトの文化的影響によって変質したとする説もあります。いずれにしてもローマ帝国に征服される以前のブリテン島には戦車に乗り、鉄製武器をもつケルト部族社会が展開していました。
その後、カエサルの遠征やアングロサクソンの移動があり、ケルトは押し詰められます。それらローマやアングロサクソンの影響を受けず、現在も純粋な形で、ケルト文化的特色を残しているのは、アイルランドだけです。
ケルトの渦巻文様は、キリスト教とは異なった転生思想と霊魂不滅の考え方が秘められています。
ケルト十字架。普通の十字架に円環を組み合わせたもので、アイルランド、イギリスのコーンウォール、スコットランド、マン島に見られます。聖書の物語と共に、うずまきや曲線などケルト文様が刻み込まれ、高さは7、8メートルありハイクロスとも呼ばれます。
ウィスキーはケルト人が創ったお酒です。ウィスキーという言葉の語源はゲール語で”ウシュク・ベーハ、意味はまさに、”生命の水”。
今、なぜケルト
キリスト教は、すぐれた科学や技術を産み出しました。その一方で自然破壊は進み、人々の価値観が揺らぎ出しもしました。混沌とした世界をどのように生きるか? そこでイギリスの人々は、自分たちの足元にあるケルトに注目したのでした。
ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』には、男性中心のキリスト教以前の女神信仰が描かれました。
昔、小泉八雲は、日本を「人も物もみな、神秘を称えた妖精の国」と書き記しています。ケルトの物語を聞いて育った八雲。明治の日本人の自然観や美徳、神話など、日本の神秘的な部分に、共通するものを感じ、深く理解しました。
いま、キリスト教に替わるモノとして、求められているのは、八雲の繊細さ、なのではないでしょうか。
現代におけるいわゆる「ケルト人」とは、ケルト語派の言語が話されるアイルランド、スコットランド、マン島、ウェールズ、及びブルターニュの人々である。しかし、ケルト系語を使って日常的生活をする人の数は30%を超えない。
またエンヤの楽曲やリバーダンスなどは世界的に高い評価を受けている。
ローマ人のような薄衣を肩にかけた首なし人間に手を引かれ、だしぬけに挙母神社の前に来た……なぜこんな夢をと目覚めついでに考えてみたら、どうも今回のスペイン通信に原因がありそうだった。
いまヨーロッパの古代史は塗り替えられようとしている。それは、ヨーロッパ文明はローマ起源ではなく、ローマ以前の紀元前1500年頃にドイツ・フランス北部地方から歴史に登場してきたケルト系民族 celtic にあるということだ。
ケルト系民族は日本と同様に多神教で霊魂不滅の輪廻の思想をもち、口承が主体で、後にオーガム文字(ギリシャ文字の変形)を考案した。記録は皆無にひとしいので推測の域を出ないわけだが、紀元前400年頃までには現在のヨーロッパ地域全土に住みついた。そのうちの一部の半農半牧民たちが紀元前600年頃、大挙してピレネーを越えスペインにも侵入してきた。
その後300年間ほどスペインはケルト系種族(ケルトは単一ではなくまだ未解明である)と先住民イベリア族、混血のケルト=イベリア族の天地となった。かれらは山羊・羊の放牧と、外皮が固く野生種に近いスペルタ小麦とで生計を立てていた。ところが紀元前3世紀のポエニー戦争でカルタゴが負けるとスペインへ敗走してきた。これを追ってローマ人が侵入し、スペインの支配権はその後500年ほどはローマ人が握ることになる。
この新しい侵入者ローマ軍との最後の決戦場が今回訪れたテルメスの遺跡だ。マドリーからは北西約200キロメートル地点。標高1000-1300メートルの砂岩段丘崖に赤色の住居跡が広がっている。テルメス termes とはケルト族の神の名であるが、古代ローマ人もラテン語でテルメスと呼んでいた。中世キリスト教時代になってスペイン人が発音しやすいようにティエルメス tiermes と表記し現在まで続いている。
ティエルメス遺跡の略図はここをクリック
考えてみれば、約2500年間もの長い時代をケルト→ローマ→西ゴート→アラブ→スペインと、民族を超越し一貫した呼称を保ち続けたことはひとつの文化論が成り立つだろう。ここで昨夜のお化けの夢が自分なりに理解できた。若かりし頃、1000年以上もの伝統をもつ挙母(ころも・古呂毛)市が一私企業の豊田市と改名される非文化性に抵抗した思い出がオーバーラップしたようだ。
このティエルメスを中心とした地域はケルト=イベリア族の一分派アレバコ arévaco 人が居住し、言語もアレバコ方言を使っていた。住居址には公道や館を含む生活路、階段、窓、梁や開閉ドアを支える壁穴などが完璧に近い状態で保存されている。貴重な遺産に感動し、つい3時間も崖や石段を上り下りしたが疲れを感じなかった。アレバコ人のおかげで?わしの体力もよみがえったのかもしれない。
いまではハゲワシや鷲しか飛んでいない乾燥強風にさらされたティエルメスは、レコンキスタによる再入植もなく15世紀には無住地となった。ローマ時代の石の建材は各地に分散し、民家の壁や柱に化けてしまったものも多い。
最初はドイツ人よりはじまった発掘作業は紆余曲折の末、1968年よりバリャドリー大学の学生によるボランティアで休暇中だけ行われている。遅々として進まないのだろう、ケルト=イベリア時代の上に重ねられた古代ローマの遺跡のなかでも一番古い部分、段丘の頂から北側などはまだ手付かずのままだ。
岩石の床に穴をうがつケルト=イベリア方式の墓跡。段丘崖近くを流れるマンサナーレス川岸の岩壁に掘った西ゴート式の墓穴40。頂の12世紀の教会の裏には12~15世紀の墓跡が200も見つかったそうだが、スペインらしくどれも根拠のわかるような資料が残されていない。30メートルの岩壁の中ほどに自然のミツバチの巣を発見した。盛んに出入りする蜂の流れは断続のスペイン史を笑うかのようだった。生命の循環を感じ、なにか救われた気分で帰途についた。
ケルト地方、ケルト民族
さて、これらが何故「ケルト十字展開法:Celtic Cross Spread」と呼ばれるのかということから説明する必要があるでしょうが、これについて、詳しい文献が存在しているわけではありません。ですので、この1頁で本題がすっきり解決するとはなかなかいかないでしょうが、まずは、ケルトという地名、民族名から整理してまいりましょう。1846年、オーストリア北部のハシュタットという町から発掘された遺跡をきっかけに、次々に高度な水準を伺わせる人々の生活品、装飾品が発見され、ハシュタット鉄器文明が重要な鍵とされています。装飾品には、「ケルト模様」と言われる二つの渦巻きや三脚どもえが見られるとのこと。これらを考古学者たちは、B.C.1300~600年の間にドナウ川からやってきて定住したケルト人たちの文化であると推定しています。
しかし、ケルト民族については、古代史において未だに謎に包まれている分類に属し、始源地についてなども諸説あるのが現状。わかっていることは、ケルト民族という単一民族が存在していたわけではなく、多数の部族から成り立っており、共通した言語(ケルト語)、宗教、文化を持っていたが、政治形態にはうとく、一箇所に定住することはなかったということ。長い時間をかけ移動し、他民族との攻防の末、B.C.一世紀にはローマ人に滅ばされたということ。民族の発祥や史実については、インターネット百科事典wikipedeaなどでも確認してみて下さい。
さて、「ケルト十字:Celtic Cross」 即ち、ケルト人の十字 と呼ばれるからには、彼らの信仰に関わるものだということは、ある程度、宗教、占術、神秘・オカルト的な分野一般にたしなみのある方なら、容易に推察できることでしょう。
左が、ケルト十字の像。アイルランド地方のアイオナで多く見られる他、コーンウォール、ウェールズ、スコットランド国境あたりでも確認されています。7世紀頃に盛んに作られたものだと推定される。
偶像崇拝の対象としてか、儀式の道具としてでもあったのか、彼らはギリシア十字に近い十字の交差部分に円を重ね合わせるという形で彫像を作成し奉ったのです。
英語の古い読み方では、「クロス;cross」は 拷問の道具「ルード;rood 柱」と同義語とされていました。その時代において、「柱」は「棒」とも同義語でした。棒と言えばタロットのスートに、ワンド/WANDがありますね。
ケルト社会を牛耳ったドゥルイド
ケルトの王と並んで有力だったのは、ドゥルイド=神官、聖者です。「オークの樹の賢者」という意味で、おそらく樫の木で作ったワンドが彼らのサインだったのでしょう。ハーブ療法などをほどこす医師としても活躍し、争いが起これば裁判官をも担ったと言われます。時代と共に彼らが、立法者、政治、吟遊詩人へと役割を分担するようになっていったと言われますから、ローマに吸収されちりぢりになっていったケルト人の古い宇宙観や伝承が、現在のヨーロッパのいたるところに某かの形で息づいていると言っても過言ではないわけですね。ギリシア・ローマの文化に対して、マイノリティと言ったところでしょうか。
ドゥルイドの信仰は、太陽崇拝と肉体は滅びても魂は永遠だとする霊魂不滅の思想に代表されます。太陽や星など天体の軌道、四季の円環を崇拝し、人間もまたこの軌道に準じる存在であったと信じたのです。「ケルト十字」は、その教義その物を体系化し、奉られたものだと考えられます。カバラにおける、カバリスト達の教義の体系化が「生命の樹」である如く。
アイルランドでは、ケルト十字は、キリスト教において、異教徒を改宗させるためのものであり、聖パトリックによって導入されたという通説も存在します。聖パトリックは、キリスト教のシンボルを、太陽の諸力を暗示する太陽円と結びつけることによって、キリスト教に反発する異端信奉者に、十字の脅威的なイメージを植え付けようとしたと考えられています。
このようにキリスト教が広まる前には、ケルト民族土着の信仰というものがあり、太陽神、農作物の神、妖精にまで及ぶものでしたが、それらはすべてドゥルイドの教義に根ざすものだったのです。ケルト地方には特有の多くの神話が存在しますが、ケルト人たちは独自の天地創造神話を持たなかったことで知られています。宇宙が、天や地や水がどのように生成されたのかということよりも、既に存在するその大いなる自然その物を畏怖し、崇拝した、自然崇拝の民族であったのでした。彼らは、空が落ちてくること、大地や海に飲み込まれることを恐れていたのです。
とは言え、ケルト人たちより以前の青銅器時代にも既に、「太陽十字;Sun Cross」なる同様のシンボルが発見されているとのこと。エジプトのアンク十字の流れを汲んだものかとも考えられます。
円と十字
円と十字の象徴については、タロットをお使いの方には馴染みがあるものでしょう。既に、キリスト教以前に発祥したものであることは各シンボル辞典でも確認いただけるでしょう。大アルカナでは、「法王」の三重十字、「吊された男」の足の形や、描かれているタウ十字、「運命の輪」「世界」で触れる円など、そこここで解説もなされておりますね。
十字は、「東西南北」という四方向を表すシンボルであったという説が有力です。おそらく、儀式やまじないに使用されていただろうと考えられています。円は、完全性、不滅、一体化、一なる者、神的存在を表し示すと言われてきたものであり、この二つの合体が「宇宙」その物を象徴しているものであることは、ご理解いただけるでしょう。円の中に十字を描き、魔法陣として使用したり、護符、お守りも作られるようになります。今日ではペンタグラム(五芒星)を書き込んだ護符ペンタクル/Pentacleが人気があるようですね。
さて、ここで、タロットのアルカナの各象徴の基本概念に関係する「中世社会」についても、触れなければなりません。「円卓の騎士」で知られるアーサー王伝説とは中世ヨーロッパにおける代表的な文学ですが、おそらく起源はケルト人の神話と考えられます。「アーサー王伝説」は固有のタイトルですが、類似した話が多数存在し、それらをまとめて「聖杯伝説」とも申します。聖杯と言えば、タロットのスート、カップ/CUP。聖杯伝説につきものなのが、エクスカリバー。聖剣、即ちタロットのスート、ソード/SWORDですね。
アーサー王伝説中では、杖をふるって魔術的な力を発揮する賢者マーリンの存在が際立っていますが、これが即ちケルトのドゥルイドをキャラクター化した存在なのでしょう。ヨーロッパの封建社会において、「騎士」は人気を博しましたが、それは彼らの「騎士道」故。日本で言えば赤穂濾士のようなものでしょうか。中世騎士道とは、「君主に対する忠誠心はもとより、女性や子供に優しく、敵に対して礼節を持って接すること」。大アルカナ「死に神」のデス・エンジェルが、何故騎士の甲冑を身につけているのか..?一考の余地があると考えられます。
さて、ケルト十字展開法とは、大いなる宇宙における自分自身の存在位置を確認し、太陽と共に暁を目指し宇宙の流れと共に一体化するための展開法であることが、おわかりいただけたでしょうか。一個人の「潜在意識」を詮索するための道具ではないし、単に「未来がどうなるか」という当てモノ占いをするための道具でもないのです。 タロットの解釈においては、一筋縄でいかないところもあるでしょうが、身に付けば、これは優れた展開法です。どれだけ展開法の数を知っているかなどに自信を持つよりも、ひとつこの展開法に熟達するほうが、タロットマスターとしては技量を感じるところでお勧めです。赤字で示されました、4スート、四つの聖物による象徴的解釈をするのに、まさしく相応しい展開法であるとも言えるでしょう。そう、ケルト十字展開法は、大アルカナ22枚のみ使用する場合にはちょっと不向きであることが、難点と言えば難点でしょうか。
はじめに--ケルト民族のふしぎ(p9)
注目される、ケルトの文化
•ハルシュタット … 塩を中心に出来た、高い水準の文化(B.C.700-450)。B.C.1300-600にダニューブ川から来たケルト人たちの文化
•スイスのラテーヌ文化
•西ドイツのマンヒングの遺跡
「平原のケルト」「山岳のケルト」 広い範囲に侵入していったケルト人(p16)
•ケルト=ヨーロッパのルーツ
このように多くの地域に拡がっていたことは、ケルトという単一な民族は存在しなかったということでもあり、また多数の部族から成り立っていて、共通した言語や宗教・習慣・文化をもっていながら、一つの政治形態をもって定住しなかったことを示しています。(中略)長いあいだの移動や戦いのあいだに他民族と混ざり合っているので、純粋民族としてのケルトは存在していないともいえるのです。このことは見方をかえれば、ヨーロッパ各国にケルトが入っていることになり、ケルト文化は「ヨーロッパ文明の基礎」にある、ケルトは「ヨーロッパのルーツ」である、といわれるわけです。
「大陸のケルト」「島のケルト」 (ローマ軍の侵攻のため、ローマ化、非ローマ化と見られる)
•アイリッシュケルトの神話を中心に書かれている。
ケルトの人間性
•「死を恐れず、死後も魂は滅びないという信念を持っているからだ」 ~ 好戦的な不気味な戦士たち(p18)
•総じて、男性は好戦的で、情熱にかられ、興奮しやすく、論争好きだが、単純でだまされやすく、女性のほうは母性的で、多産だった(p20)
シーザーの記す神々 (p24)
『ガリア戦記』のなかで、ごく簡単に述べられている。
•テウタテス、エスス、タラニスect
ドゥルイド僧と修道僧
ドゥルイド僧 … 王の助言者として常に王座の隣に座をしめ、予言をおこない、オークの杖で魔術を起こす。多くの役割を持っていたが、およそ三役に分かれていった。
1.立法者
2.祭司と政治
3.詩人
詩人
20年間の修業、全知識格納庫、フィラ「語り部」ボエルジ「吟唱詩人」バード「吟遊詩人」 → メディアの役目
•口頭伝承 ⇔ 「オガム」文字 ~ 「トィン」の物語を語るマアゲン(p34)
→700年くらいに「クーリーの牛争い」の文字化、11世紀頃から、キリスト教の筆写僧による写本
…聖パトリックによる布教(聖パトリックの経歴、ケルトにおけるキリスト教の特殊性、寛容なキリスト教
ドゥルイドの教義「霊魂不滅」「転生」 (p40)
~太陽崇拝、汎神論
神話の中で、メタモルフォーシス、転生、見えない世界、種族の存在(生活に密着)
1.ダーナ神族の神話(アイルランド最古)
2.アルスター神話(1世紀頃)
3.フィニアン騎士団(4世紀頃)
4.歴史(王たち)の物語
「天地創造神話」のない神話
地下から来た神々 (p49)
•天地創造神話はない(不在か喪失かは不明)
•空や大地の重要性 ~ 「空が頭の上に落ちてくる」という恐怖
ケルト民族は、そうした宇宙の起源や原初の世界のあり方を想像するより、国土の成り立ちやそこに住むようになった民族について、より多く考えていたようです。日本の神話でいいますと、イザナミとイザナギ二柱の神による国生みの部分がなく、高天原の天孫降臨から始まっているような印象を受けます。しかし、日本の八百神が、天から下界の山へと下って来たと考えられているのにたいし、ケルトの神々は、地下から上へやって来たと信じられているのです。
•「創世記」ノアの箱舟、唯一の生き残りフィンタン(語り部、5000年生きる)
西の国からパーホロン →ネメズ →フィルボルグ →トゥアハ・ダナーン →ミレー族 …→人間
入来し、支配した五つの種族の歴史、フィモール族(「海の下」、様々な怪物)との戦い
国造りを見た男トァンの話 (p58)
疫病によって滅んだパーホロン族唯一の生き残りトァンは、転生の記憶を持っていて、今(6世紀)に至るまでのアイルランドの歴史を、聖フィネンに語る。
•上陸したネメズたち。戦いに勇ましい。突然死に絶える。30人を残し、フィモール族との戦いの際、海に飲み込まれる。
•フィルボルグ(「皮を持つ人」)上陸
•ダーナ神族、姿を隠してやってくる。技術と知恵の力によって支配
•ミレー族(ビレ(地下の神)の息子ミレに率いられた神々)、ティルタウンの戦いにてダーナ神族を打ち負かす。ダーナ神族、地下と海のかなたへ逃げる。
→ミレー族のカレルが鮭を食べて、その魂が子宮に落ち、息子トァンが産まれる。
ダーナ神族の神話
ダーナの神々 (p67)
昼と光と知恵を表わす良い神々、美しい姿、音楽の才、技術をもつ
フィルボルグとダーナ神族が争い、ダーナ神族が勝利し、支配。(武器がきらきらと輝いて鋭そうだった)
•代表的な神々
ダグダ、ヌァダ、ルー、マナナーン・マクリール、ディアン・ケヒト、ゴヴニュ、ミディール、オィングス、オグマ、モリガン、ヴァハ、ボアーン
ダーナ神族と妖精と常若の国 (p75)
•天候を支配する(魔法を使う)ダーナ神族 ←ドゥルイドの神の怒りに触れ撃沈、ミレー一族の敗れる
~詩人の能力の高さ(予言を実現、嵐を止めるect)
→ダーナ神族は地下「常若の国」(チル・ナ・ノグ)へ。ときどき地上に来たり、妖精になったり
「リンゴ」「豚」「エール」 ~ 常若の国の描写
(海のかなたの)「常若の国」 ~ 浦島太郎。フェバルの息子ブランの話(p79)
銀の腕のヌァダとブレス王 (p81)
ターラにて、フィルボルグとヌァダ(「幸運をもたらす者」「雲を作る者」)率いるダーナ一族との戦い
→ヌァダ軍の勝利。片腕を失う。技術の神ディアン・ケヒトが銀の腕をつける。
→ヌァダ片腕のために王になれず。エリ(ダーナ神族)とエラサ(フィモール族)の子ブレスが王に。
→ケヒトの子ミァハがヌァダの腕を治す。(ミァハ、門番に猫の目を移植)ミァハの能力に嫉妬し、父ケヒトがミァハを殺す。ケヒトの子アミッドがミァハの亡骸から生えた365本の草を調合し、不老不死の薬を作ろうとするが、ケヒトに阻止される。
→ヌァダの腕も治り、王に。 ←ブレス王の悪政。詩人の力によって王座を下りる。
→ブレスの母エリは不満。フィモール族の魔眼バロール、インデッハに助けを求め、ターラを攻めることに。
→ヌァダ敗れ、フィモール族の支配、圧政に。
トゥレン三兄弟の試練の旅 (p88)
→フォモール族の圧政。ヌァダのもとに、光と太陽の神ルーが来る。ルーがフォモール族の手下を殺し、戦いを挑む。バロール、恐れながらも出陣。
→ルーが父キャンとふたりの叔父に助けを求める。キャンとトゥレン三兄弟が戦い、キャンが殺される。
→父の仇として、ルーが三兄弟に償いを課す。とても思い償い。8つの要求。
→6つの要求をなんとかやりとげたとこでルーが意地悪をする。三兄弟落胆。それでも何とかやり遂げる。
→最後、三兄弟は傷を癒してくれと頼むが、ルー断わる。三兄弟とその父死ぬ。妹イーネがオガム文字で碑文に刻む。
光の神ルーと魔眼バロール (p98)
→ルーによってフォモール族を打ち下し、ダーナ神族を解放。ルー、フィルボルグのエオホズ王のもとからヌァダ王のターラに向かい、城に「何でもできる男」(イルダーナフ)として入城。
→陣を整え、バロールを殺す。
ルーとバロールのパターン(バロールは、ドゥルイド僧によって「孫に殺される」と予言)
•バロールの娘への密会でルーが産まれる。 →ルーが矢を打って、バロールに命中。
•マッキエーリ(キャン)がバロール(海賊)によって牛を盗まれた仕返しに、変装してバロールの娘の家に忍び込む。三人の子どもを産む。一人を殺し損ねる。→真っ赤に焼けた鉄の棒で殺される。
かゆ好きの神ダグダ (p106)
ダグダ「良い神」… 大食漢、万能、巨人、活力と生産の神、豊饒の神、多産、おかゆ好き
≪棍棒≫死と生命を与える。≪大釜≫≪竪琴≫
愛の神オィングスの夢 (p111)
オィングス(ダグダとボアーンの子。愛と若さと美の神)のもとに謎の乙女が訪れる。オィングス、恋の病に。
→ボアーン、ダグダにその乙女を探してもらうも、見つからず。ダーナ神族の王ボォヴに頼み、やっと見つける。
→妖精の丘に住むエタル・アヌバァルの娘カー。魔法の力によって白鳥に変身する。
→オィングスがカーを抱きしめ、二羽の白鳥となり、その後楽しく暮らす。
蝶になったエーディン (p116)
オィングスの養父ミディール。その妻ファームナッハ。
→国中で一番美しい娘、エーディンを第二の妻に。ファームナッハ、嫉妬しエーディンを蝶の姿へ。さらに城から追い出す。
→エーディン、城に入れてもらうもさらに吹き飛ばされ、アルスターのエタアの妻の杯へ落ちる。飲み込まれ、子宮に落ち、エタアの娘エーディンに。(エーディン1012年目の転生)
→アイルランドの王エオホズがアイルランド中で一番美しい娘エーディンを妻に。王の弟アリルも恋の病に。寝てたら治る。
→ミディールと再会。しかし、生まれ変わったエーディンの記憶はない。エオホズ王とミディールがチェスで戦い、ミディールがエーディンと暮らすことに。
→エオホズ王、エーディンを諦め切れず、ドゥルイド僧ダランに頼む。50人の中からエーディンを探す。エーディン名乗り出る。
→エーディン、エオホズ王、幸せに暮らし、娘エーディンを生む。
白鳥になったリールの子 (p124)
ダーナ神族がミレー一族に敗れ、地下の国に逃げたとき、新しい国の王として、「赤毛のボォヴ」が選ばれる。
→海の神マナナーン・マクリールの父リールが選ばれずに腹を立てる。新王ボォヴ、和解のために一番目の娘イーヴを嫁にやる。
→双子を二組生み、イーヴ亡くなる。二番目の娘エヴァをさらに妻に。
→エヴァ、突然四人に嫉妬し、殺そうとするが、白鳥に変えることに。リールの子白鳥にされ、呪いをかけられる。
→リールが見つけるが呪いは解けず。エヴァ、「空気の悪魔」に変えられる。白鳥、300×3年過ごす。
→途中、父リールの宮殿を見るも、既に崩れかつての姿は見れず。
→白鳥、教会で四人の老人になり、死が急速に近づく。四人一緒にお墓に入り、オガム文字で名まえを刻まれる。
大地と河の女神--エスニャ、エリウ、ボアーン (p137)
•丘や山、野原などの地名の由来や起源にまつわる神話、神々。地下の世界に住む、土地に関係のある女神たち。
•「クリーナーの波の浜べ」~乙女クリーナーと恋人キーヴァンはマナナーンの国から逃げたが眠っているすきに、大波によって連れ戻される。
•エスニャの丘 ~ 豊作と稔りの女神。エスニャ祭のはなし。エスニャの息子ゲラルド。(魔法に驚く)
•アイルランド ~ 「エリン」、バンバ、フォトラ、エリウ(島を私の名前で呼んでください)
•ガラボーグの河 ~ キリスト教の伝道師、聖ロナンがスウィニィを鳥にし、ガラボーグがスウィニィに競争で負け、湖に身を投げ河となって流れていく。
•ボイン河 ~ ボアーン。神も食べてはいけない「知恵の木の実」
戦いの女神--モリグー、バズヴ、ヴァハ (p148)
メイヴ女王「酔った女」…情熱的な戦いの女神と性愛の女神との両面を持つ
•モリグー ~ 様々な姿に変身し、ク・ホリンの邪魔をする。
•バズヴ ~ 魔術を巧みに使う。死ぬ人の名を教える。戦士たちの身辺にいて、運命を左右する。
•ヴァハ ~ 「烏」、敵の首を食べる。「ヴァハの木の実のえさ」
モリグー、バズヴ ~ 凶暴や殺戮・破壊・復讐・死を司る無慈悲な女神
ヴァハ ~ 戦いの女神でありながら、活力や豊饒・性愛・支配や産土の神
ヴァハの三つの話
1.入島して来たネメズ種族の首領の妻
2.キンボイスの妻として王の城砦であるエヴァン・ヴァハを作った
3.人間の農夫クルンチューの妻
•ケルトの女神たちは、男性から独立して力づよく行動し、強い個性を持っている
アルスター神話
赤枝の戦士たち (p161)
光の神ルーの子ク・ホリン (p166)
1."英雄の誕生"
コノール王の妹デヒテラのもとに男の子と二匹の馬が。男の子はすぐに死ぬ。
→デヒテラの飲み物の中に小さな虫が入り、子宮に落ち、セタンタが生まれる。(父は太陽神ルー)
2.ク・ホリンの元服
王の館の番犬を素手で殺す。ク・ホリン「猛犬」と呼ばれるようになる。
→元服。普通の武器は使い物にならず、王の武器戦車を貰う。
3.エマーへの求愛
ク・ホリンに妻を探す。6つの美徳を持つエマー。結婚の前に立派な戦士となるように。
→エマーの父フォーガル「影の国」のスカサハに師事するように諭す。
4.「影の国」での修業
ク・ホリン「不幸の原」へ。橋を渡るにはスカサハから教えてもらわねばならぬ。
→エマーの言った「鮭とび」の意味が分かる。反対する父フォーガルを倒し、ク・ホリン、エマー結婚
5.ク・ホリンと息子コンラの一騎打ち
スカサハと女戦士オイフェの戦いにク・ホリンも出陣。オイフェとク・ホリン一騎打ちでク・ホリン勝つ。勝利の条件で子どもコンラを生ませることに。
→アイルランドを攻めるときに、我が子コンラを自らの手で殺してしまう。
6.クーリーの牛争い
コノートのアリル王とメイヴ女王(戦いの女神)の財産比べ。アリル王の素晴らしい雄牛に嫉妬。メイヴ女王、同じ牛を手に入れることに。(これら牛、もとは人間で、様々な転生を経た超自然的な牛)
→牛を手に入れるために戦う。コノート軍とアルスター軍。アルスター軍率いるク・ホリンが勇壮な活躍を見せ、短い命を終える。
•「トィン」の物語では、英雄は死なない。二匹の牛は死ぬ。メイヴは殺されるetc話が違う。
7.戦場のク・ホリン
コノート軍、ドゥルイド僧と予言者に占わせる。ク・ホリンと毎日一騎打ちさせることに。
→アルスターを襲う疫病、呪い。ク・ホリンの禁制によって、時間稼ぎ。
8.戦いの女神モリグーの復讐
戦いの女神モリグーが邪魔をする。ク・ホリン傷を負うも、父ルーのおかげで傷を癒す。
9.親友ファーディアとの一騎打ち
強敵ク・ホリンを討つべく、親友ファーディアを送り込むメイヴ。ファーディアは頑なに拒むが、メイヴが嘯き、ファーディア騙され、戦場に向かうことに。
→激しい戦い。ク・ホリンに致命傷を与え、ファーディア懺悔とともに息絶える。メイヴ歓喜。ク・ホリン傷を癒す。
10.英雄の最期
ク・ホリン、メイヴ女王を捕まえるも、女は殺さない、と逃がす。
→新たな刺客を送り、ク・ホリンを討つ。ゲッシュを破り、犬を食べ半身が痺れる。弾唱詩人の思うままにされる。
→槍がク・ホリンの脇腹を貫く。はらわたを洗って身体に収める。立ったままの死を望む。その肩にモリグーの烏が止まる。ク・ホリン絶命。
悲しみのディアドラ (p205)
IVフィアナ神話
フィンとフィアナ騎士団
ク・ホリンを中心とする「赤枝の戦士団」の物語が、大らかで素朴であるのに比べますと、フィンやオシーンの神話群は、繊細で美しくロマンの香りが濃くなってくるようです。英雄のいさおしや勇ましい死を讃えるよりは、愛や離別、戦いや自然を中心に、神秘的な夢と幻想の世界が広がっています。(p220)
フィンと知恵の鮭
フィンと妖精サヴァ
常若の国へ行ったオシーン
浦島太郎、竜宮城。
妖精にたのまれた戦い
ディルムッドとグラーニャの恋
冬至の日にワークショップ&キャンドルナイトをやります!!
今月22日の冬至の日に、曼荼羅瞑想会を一緒にやってきたメンバーで、今年1年をしめくくるワークショップとキャンドルナイトを開催します!!
そこで今月のコラムは「冬至」ってどんな日なの?という歴史や意味をお伝えしようと思います。一緒に開催するAlchemic Space Star-Seedのちなみちゃんがいろいろ調べてくれたものを参考にさせていただきました。
まず、冬至とクリスマスの関連についてお話しましょう。冬至は一年で最も太陽の光が弱まる日で、その後は徐々に陽射しも強まって春がやって来るという日。来年への希望を込めて人々は冬至のお祭りをしていました。キリストの誕生を太陽が昇る事となぞらえて、この日がクリスマスとされたそうです。
冬至は一年の間で昼が最も短く夜が最も長くなる日です。そこから冬至は太陽・光・生命の「死と再生」のお祭りであり、「太陽神が、闇(陰)から光(陽)へ生まれ変わる日」とされました。それはこの日を起点に昼が再び長くなり、太陽の力が増し始めるためです。「一度は闇に覆われかけた世界に再び光が生まれ変わる」ことを象徴する日。それは、私たち自身の内面 で光を求めることにも通じ、そしてまた、闇の中でも光を信じることのできる強さと勇気を自らのうちに育てることも象徴します。
そして、冬至は「光の生まれる日」として光りの女神・ルチアのお祭りでもありました。
ルチア(Luchia)はラテン語のLUX(光)からきているそうです。そういえば堕天使ルシファーもLucから始まります!!ルシファー(Lucifer)はもともと、「光をもたらす者」「光りを掲げるもの」「炎を運ぶもの」の意のラテン語で、太陽の日々の誕生を告知した「明けの明星」の神の称号でした。
古代、冬至の頃は農耕神サトゥルヌス/クロノス(土星)のお祭りでもありました。冬至といえば山羊座が0度になり、山羊座の支配星は土星です!!このお祭りは12/21頃~1週間行われていたそうです。無礼講で主従関係すら逆転し、性の解放やご馳走を食べたりプレゼントを交換したりしていました。なかでも冬至の後の12/25は「太陽が甦る日」として記念され、重視されていました。
冬至は「不滅の太陽の誕生日」といい、元はミトラ教の祭でもありました。ミトラ(ミスラ、ミトラス)は古代ペルシアの神で、ギリシア神話のアポロンのように光と真理を司り、牡牛を殺して世界を作った創造の神です。ミトラ教には、ジブリールやミカイールなどの天使も出てきます。そして、ミトラは「救世主」であり、マイトレーヤの慈悲の神につながります。日本では世界の終末に民衆を救う救世主・弥勒菩薩として知られていますね。太陽神「ミトラ」は冬至に死に 12/25に復活するとされました。これが、キリストに重ねられ、キリスト教に融合されたのです。それは「神の子の再生」というモチーフであり、冬に死んで春蘇る「地上の生命」の象徴者でもありました。『ダヴィンチコード』の本の中にも出てきますが、古代からある女神に殺され(バラバラにされ)復活する王(神の子)というモチーフです。キリストが十字架に架けられるのもこの古代からの儀式にちなんでいたと本の中で書かれていました。
ゲルマン民族・北欧では冬至のお祭りは「ユール Yule」と呼ばれます。北欧では冬の間は、ほんの僅か明るくなる程度で長い冬は闇に閉ざされます。故に、太陽が完全に死に絶え、かつ新たに生まれる冬至の日はこの上なく重要な日とされました。北欧では12/24~1/6のエピファニー(公現節または顕現節)までの間、ユール・ログという特別 の薪を燃やし続け、魔よけにするそうです。クリスマス→エピファニーまでの間の期間は12日なので12夜といい、冬の「もの忌み」期間といわれ、この12日間は悪霊が暴れ回る期間とされたそうです!!シェイクスピアの戯曲の中にも「十二夜」というタイトルがありますね♪
そして、エピファニー(公現節)はキリストが東方三賢者によって公に現された日。深い闇の中で光、救世主がもたらされた日。マギは東方の聖職者や占星術師、魔術師のことで異教徒の賢者の代表だそうです。東方の三賢者は、夜空に輝く星を見つけ「指導者が現れた」と知り、 星の導きによってイエスがいるベツレヘムの馬小屋に辿り着いきました。そして、黄金、乳香、没薬の三つを贈り物としてささげました。この贈り物はそれぞれ、 黄金・王位の象徴、乳香・祈りの象徴、没薬・死と復活の象徴 を意味し、イエスが「諸王の王」と呼ばれる存在であり、 「神から油を注がれた者」であり、聖別 されている者であること。イエス自身が崇拝を受ける存在「神」であること。世界の罪を負い「神の子」として死ぬ ためにこの世に生まれ、やがて復活することを意味しているようです。
冬至は、闇を抜けて光りへ向かう ターニングポイントともいえますね。
冬至に関係の深いクリスマスいついても興味深い内容がありました。クリスマス・ツリーは、もともとユピテル・英語名ジュピター(ゼウス)などの雷を神格とする神の「御神木」でした。ユピテルはサナトゥルヌス(クロノス/サターン)を倒し、封印したとされているので、 ツリーには「悪霊を封印する」という意味が込められています。そりをひくトナカイは魂をあちらの世界に運ぶ役目をすると言われているそう。あちらの世界とこちらの世界(天と地、生者と死者の間)を、くり返し旅をするらしいのです。クリスマスキャンドルについてみてみると、キャンドルは光(神の子)が闇(世界)の中で輝き、熱と光を与えて消える(犠牲)のように、過去のキリストの1回限りの生涯を理解する訓練に役立てられているそうです。
ヨーロッパでの冬の時期のお祭りサイクルをみてみると、ハロウィーンで死霊の到来→冬至・クリスマス・十二夜は闇の期間(物忌み)→聖燭祭(火と光の祭り)から光の回復という流れになります。この聖燭祭の2月2日は聖母マリアが天使ガブリエルから受胎告知を受けた日なのだそう。 2/2の聖燭祭は2/1はケルトの女神ブリジットの祭りを融合のようです。ブリジットは全知全能の神ダグダの娘。ブリジッドは輝くものという意味。炎と竈を司る女神、また鍛冶,学問,詩,治療,魔法,工芸なども司ります。また春の女神であり、ケルト四大祭祀のひとつであるインボルグ(2月1日)はブリジットにささげられたものです。インボルグは羊の授乳の始まりとされており、春の到来を告げる祭り。彼女を祭る神殿は男子禁制のところが多く、神殿にいる神官なども全て女性だったとか。ブリジットの存在はケルト神話よりも古いとする説もあり、長い間人々に親しまれた土着の女神として知られています。
このように冬至はとても大切な節目の日。この日にマヤのオラクルカードを使い、そこからオーラソーマやタロットカードや占星術に落とし込み、今必要なメッセージをお一人お一人にお伝えしていきます。自分の中で見えていなかったこと(闇)に気づき(光)を投げかけるきっかけにしていただけたらうれしいです。そして曼荼羅瞑想会の時と同じようにその日の天体図とマヤ暦からテーマを導き出してお伝えします。集まった方の生年月日からグループエネルギーも導き出してお伝えしていきます。参加される方はその日とグループのエネルギーに無意識に惹かれてこられるので、お一人お一人のテーマともリンクしていることでしょう。後半はキャンドルナイトです。電気を消してお一人お一人のキャンドルに火を灯していきます。ご自分に、隣の人に、すべての人に光の祝福を与えましょう。オーラソーマのシーエッセンスとバタフライエッセンスの中からペンジュラムでみなさんにとって必要なエッセンスを選んでいきます。そのエッセンスが入った聖水でお一人お一人に今度は水の祝福を与えます。光と水で虹ができるように、みなさんのチャクラ、虹の七色が輝き始めることでしょう。そしてキャンドルの明かりの元、自然の恵みである食べ物(玄米菜食)をゆっくり頂くことで地球に感謝を捧げます。最後はマヤの虹の瞑想で地球に私達自身に祝福を与えていきましょう。ぜひ、みなさんご参加くださいね~
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