騎士道と宮廷風恋愛をテーマとする中世ロマンス文学の世界。
騎士道と宮廷風恋愛をテーマとする中世ロマンス文学の世界。
それは羊皮紙に描かれた写本の中にあります。
その中でもケルト的幻想の強いイギリスの作品をとり上げ、ケルト・ロマンスの世界をご紹介します。
中世ロマンス文学
ここでいう中世とは英文学上の中世を示しており、 600年頃から1500年頃までをさしています。
またロマンスとは中世のヨーロッパにあった文学のジャンル、つまり文学形態の1つでありました。
中世は劇もまだ走りであり、小説などの文学形態もまだ確立されていなかったのです。
11世紀は叙事詩、そして、12世紀になるとロマンスが隆盛を迎えます。
叙事詩は沢山の聴衆が対象でしたが、ロマンスは宮廷、貴婦人たちの趣味にかなうように騎士の冒険と恋愛をテーマにして作られ、吟遊詩人たちによって日常語で語られました。
ロマンスはまずフランスで盛んになり、宮廷風恋愛の様式が生み出されていきます。
12世紀にドイツ、13世紀にイギリスへと伝わっていき、およそ300年にわたって全ヨーロッパを風靡しました。
当時は、本を読む人はごく限られた存在であり、多くの人々にとって文学は本を読むのではなく、語られ、聞くものでありました。
中世ロマンスは、その多くが口承文学であるために、現在では散逸してしまい、残念ながら写本で残っているごく一部しか知ることができません。
ケルト民族
もともとは現在のオーストリアのハルシュタットあたりが発祥の地だといわれています。
彼らは馬を乗りこなし、青銅器の時代にすでに鉄を使いこなし、農耕や狩猟、牧畜、交易などもよく行っていた事が遺跡の発掘からわかります。
文字を持たず、口承で文化を伝えていました。
ドルイド
ケルト民族の神官、裁判官等の民族の中枢に位置してしている指導者たちのことであり、その宗教もさしました。
注目すべき点は、彼らが、重要な知識を文字ではなく暗唱して伝え、輪廻転生の死生観をもち、目に見えないものを信じていたことです。
彼らは、死は生命の終わりではなく、もう1つの優れたものへの移行であると考えました。
『ケルズの書』
アイルランド文学の代表的作家ジェームス・ジョイスは、『ケルズの書』を見て、「最小のものの中に、最大の世界を見た」と述べ、彼の文学作品の源になったといわれます。
『オルフェオ卿』とギリシャ神話『オルフェウス』
・ギリシャ神話の『オルフェウス』に由来して、14世紀イギリスで『オルフェオ卿』というロマンスができました。
・あらすじ・・・・・夫が妻を取り戻すために異界へと旅立つ物語。
・共通点
1.夫婦愛・・・・・夫婦愛が貫かれている。
2.職業 ・・・・・主人公が竪琴の名人。
・相違点
1.異界(the other world)の設定
ギリシャ神話では冥界の王ハデスの取り仕切る暗闇の国。
オルフェオ卿では明るく輝く妖精の王国。
2.ヒロインの性質
ギリシャ神話のヒロイン、エウリディケは全く意思を示さない。
オルフェオ卿のヒロイン、ヒューロディスは自らの意思を涙によってはっきりと示す。
3.物語の結末
ギリシャ神話はオルフェウスが振り返ったために、妻をとりもどせず、彼は後に惨殺される悲劇。
オルフェオ卿では、無事に妻を取り戻し、国に帰って国王に復位し、幸せに暮らす。
これら二つのオルフェウス物語の違いには、あの世を身近な並行する明るい世界と考えるケルトの異界観が大きく影響し、ケルト的特徴を示しています。
ロマンスという形態の文学は、男性主人公の騎士が、文字通りヒーローとして恋に冒険に大活躍します。
一方、ヒロインは、主人公の騎士の救いの対象として、物語に花を添える程度です。
ところが、珍しい例として、女性が主人公の中世ロマンスである『エマレ』と『トゥールーズ伯爵』の2つをご紹介しましょう。
どちらの作品のヒロインも耐える女性であり、1400年ごろに作られ、作者不詳です。
吟遊詩人が語り伝えて写本に残されたものです。
『エマレ』
ロンドンの英国図書館に世界で唯一の写本が遺されている作品で、女主人公の名前がタイトルになっています。
コンスタンス・サガという聖書の女性版『ヨブ記』ともいわれる、ヨーロッパに以前からあった物語群を変形させて、イギリスの吟遊詩人が語り伝えたものです。
ヒロインのエマレが数々の試練を耐え、乗り越えたときに以前よりも深く大きな真の愛の世界が開かれたという物語であり、エマレは耐える女性の象徴として描かれています。
彼女は数々の過酷な運命を受け入れ、ある不思議な布によって導かれ、最後に真の幸福に至ります。
『トゥールーズ伯爵』
主人公としては作品のタイトルになっているトゥールーズ伯爵よりも、ヒロインのブーリボン皇后の方に重点がおかれています。
ブーリボン皇后は正義の問題のときには相手が皇帝であっても是非を問い、火あぶりの刑に処されそうになったときも言うべきことを主張します。
前述のエマレに対し、ブーリボン皇后はあるときは耐え、一方で主張する女性の例といえます。
彼女の筋の通った強い誠実さは、戦いをいさめて、平和を願う当時の女性達の主張を一身に負っているのです。
もともと中世ヨーロッパでは、個人とか恋愛の概念はありませんでした。
特に高貴な女性たちは、本人の意思に関係なく、政略結婚として、幼い頃に婚約をとり決められ、ほとんどは、恋愛なき結婚だったのです。
エマレとブーリボン皇后の二人のヒロインが「耐える」基盤はそこにあります。
『カンタベリー物語』
14世紀、カンタベリー大聖堂への巡礼には当時、ロンドンから馬で片道4、5日の旅でした。
様々な身分の巡礼たちが封建制の日常から解放され、旅に出ます。
その旅の徒然を慰めるために、途中で各々話をしてそのコンクールをするという設定のオムニバス形式の物語です。
その中に戦う女性の典型としてバースからやってきた女房のアリスーンの語る物語があります。
前述の二作の高貴なヒロインと異なり、アリスーンは庶民の女性で、当時のイギリスでは最先端の仕事である機織の名人でした。
彼女は教会で正式にした結婚だけで5回、4回は相手が高齢だったためアリスーンより先に亡くなり、5回目の夫は若かったがひどい夫婦喧嘩で殴られたためアリスーンは片耳が聞こえません。
負けず嫌いで、他から批判されても一向にめげない、まさに戦う女の典型といえる女性です。
アリスーンが語る物語はアーサー王の宮廷を舞台にした話です。
レイプの罪を犯した騎士が、死罪を免れるために、「女性のもっとも望むものは何か」という王妃の問いに対する答えを一年と一日の間に見つけてこなくてはなりません。
探求の旅の途中で出会った老婆に「愛する人を支配する権利」と教えてもらい、死罪は免れますが、代わりに騎士は老婆の夫になります。
二人の夫婦生活で苦しんだ末、老婆に騎士が主導権を与えた途端、老婆は若くて美しく従順な女性に変身し、ハッピーエンドを迎えます。
妻が主導権を持つことが幸せの秘訣、というアリスーンは、働き、恋をし、自らの体験にもとづいた意見をいいます。
中世の社会や教会が、女性に対して抱いていたあらゆる偏見を、遠慮なく打ち破っていきます。
その強気な一方で、「だますこと、泣くこと、紡ぐことは、神様が生きている限り、女に授けて下さった天性なのです」と言い、その陰にある女性の悲哀を感じさせます。
愛は支配ではないことを一番感じていたのはアリスーン自身であり、作者の詩人チョーサーでありました。
『シャロットの女』
時代はずっと後になり、19世紀、英国ヴィクトリア朝の桂冠詩人、アルフレッド・テニソンのアーサー王ロマンスにちなんだ詩『シャロットの女』には当時の女性観が現れています。
川の中洲にある塔に一人の乙女が幽閉されており、目の前の鏡を通してしか外を見ることができず、手を止めて外を見ると呪いが降りかかるため、昼も夜も機を織り続けなくてはならない。
ある日、乙女はその禁を破り、外の世界を見てしまうと、鏡は割れて飛び散り、翌日、小舟に乗った乙女の亡骸がキャメロットに流れつく。
塔の幽閉はヴィクトリア朝の女性に対する厳しい道徳や性の抑圧とも取れ、鏡を通してしか外を見られない乙女は、直接物を見ること、高等教育を受けること、自分で考えることを禁じられてきた当時の女性たちを象徴しているとも考えられます。
エマレとブーリボン皇后の忍耐と、バースの女房アリスーンの悲哀は、19世紀ヴィクトリア朝のこの『シャロットの女』の中に受け継がれています。
英雄が活躍する中世ロマンス文学、男性中心の中世ヨーロッパの社会で、耐えつつ、秘やかに、あるいはしっかりと自己主張する女性たち。
真向から立ち向かって、悲哀の花を咲かせる女性。
様々な女性の人間模様が、中世ロマンス文学とその関連の作品から読み取ることができます。
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