1.発表者 永澤 美保 村井 謙介 茂木 一孝 菊水 健史
2.発表概要:
イヌは進化の過程でヒトと同じようなコミュニケーション・スキルを獲得したと言われている。本研究は、ヒト同士のコミュニケーションにおいて非常に重要である表情弁別がイヌでも可能であることを明らかにした。
3.発表内容:
イヌがオオカミから分岐し、ヒトとこれほどまでに密接な関係を結ぶことができるようになった経緯ついては、いまだ明らかになっていません。しかし、イヌが進化の過程でヒトに似たコミュニケーション・スキルを獲得してきたことはすでに多くの研究で示されており、その能力が現在のようなヒトとの共生関係を可能にした大きな要因であると考えられています。また、そのようなイヌの社会的認知能力は、ヒトの近縁種であるチンパンジーやイヌの祖先のオオカミよりも優れている点があることがわかっており、イヌの進化過程を解明する鍵として非常に重要な研究対象となっています。 そこで今回我々は、イヌの持つヒトに似たコミュニケーション・スキルの一環として、ヒト同士のコミュニケーションにおいて非常に重要であるヒトの表情弁別がイヌでも可能かどうかを調査し、イヌがヒトの笑顔と無表情を弁別できることを明らかにしました。 まず、飼い主の笑顔を無表情の写真の弁別訓練を行い、その後、本実験において、飼い主のさまざまな笑顔と無表情の写真や、複数の見知らぬ男女の笑顔と無表情の写真をイヌに対して並置呈示しました。その結果、どのイヌも飼い主および飼い主と同性の見知らぬ人の写真呈示において、有意に高い確率で笑顔を選択することがわかりました。 本研究は、イヌが人の表情を弁別することができることを世界で初めて明らかにしました。ヒトの近縁であり顔構造も極めて類似している霊長類においても、ヒトの表情弁別は部分的に困難であると言われていますが、本研究によって、イヌがヒト社会において、ヒトの表情を認識しながらより調和的に行動している可能性が示されました。これはヒトとイヌとの共生関係構築の理解のみならず、ヒト‐ヒト間での円滑な視覚的コミュニケーション成立のメカニズム解明のモデルとしても非常に高い価値が期待されます。
4.発表雑誌:
雑誌:Animal Cognition
著者:Miho Nagasawa, Kensuke
Murai, Kazutaka Mogi, and Takefumi Kikusui
題名:Dogs can discriminate human smiling faces from
blank expressions
5.問い合わせ先:
麻布大学 獣医学部 動物応用科学科 教授
菊水 健史
Tel: 042-769-1853
Fax: 042-850-2513
E-mail: kikusui@azabu-u.ac.jp
7.用語解説:
社会的認知能力
物体に対する認知ではなく、他者とのかかわりにおいて必要な能力をいう。例えば、二者選択課題を行う場合、チンパンジーはブロックなどの物体を目印に使う場合は正しい選択を行うことに非常に優れているが、ヒトが指先で指したり、視線で知らせるようなヒントを読み取って選択をするという、ヒトに対する社会的認知能力が劣っていると言われている。
イヌの進化
おとなしいオオカミやオオカミの子を捕えてヒトが飼いならしてイヌにしたという、イヌの家畜化における仮説は現在ではほとんど否定されている。現在では、オオカミの中に神経内分泌的変異をもった個体が現れ、それらが次第にニッチをヒトと共有するようになったという仮説が唱えられている。
弁別
個々の刺激に個々の反応を1対1で行うこと(刺激‐反応関係)をいう。本研究では「笑顔=うれしい」という情動の理解や概念の形成までは明らかにしていない。
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