福田昭のセミコン業界最前線
富士通のマイコン事業を買収するSpansionの過去【前編】
(2013/6/12 00:00)
富士通の半導体子会社である富士通セミコンダクターは、同社のマイコン・アナログ事業を米国の半導体メーカーSpansionが買収することで最終契約を締結したと4月30日に発表した。
富士通はかねてから半導体事業の再構築と再編成を進めており、その一環として外国の半導体メーカーにマイコン・アナログ事業を売却したように見える。いや、事業再編成の一環として事業売却を決めたこと自体は、その通りだ。ただし半導体業界、特にフラッシュメモリ業界に関係する人間にとっては、売却先がSpansionというのが異なる意味を持つ。
異なる意味、言い換えるとフラッシュメモリ業界に関係する人間が知っている事実は概ね2つある。1つは、Spansionの親会社は富士通だったこと。もう少し詳しく説明すると、Spansionは富士通と米国のプロセッサベンダーAMDのフラッシュメモリ事業を統合して2003年に発足した合弁会社である。だから富士通側から見ると、今回の事業売却は「元」子会社に「現」子会社の事業を売却したという図式になる。
もう1つは、Spansionはフラッシュメモリの大手メーカーとして発足したものの、業績の悪化によって2009年の春に倒産しているということ。Spansionの米国本社は米国連邦破産法第11章の適用を申請し、日本法人は会社更生法の適用を申請した。2009年に倒産した企業が4年後には1億7,500万ドルを投じて半導体事業を元親会社から買収するまでに復活したという事実には、かなり驚かされる。
20年前に遡る、富士通とSpansionの関係
Spansionのルーツをたどると、1993年4月に富士通とAMDが合弁で設立したフラッシュメモリの生産子会社「富士通エイ・エム・ディ・セミコンダクタ(FASL)」にまで遡る。現在から約20年も前のことだ。フラッシュメモリと言えば、現在ではSSDやUSBメモリなどに使われているNAND型フラッシュメモリを意味することが多い。しかし20年前の1993年頃はフラッシュメモリと言えばNOR型のフラッシュメモリを指していた。そして1990年代に、AMDはIntelに次ぐフラッシュメモリ(NOR型フラッシュメモリ)の大手ベンダーだった。
2000年に入ると、2つの大きな出来事がフラッシュメモリ業界に起こる。1つは、2000年に起きた好況と、その反動としての2001年〜2002年の景気後退である。もう1つは、NAND型フラッシュメモリの量産が本格化し、市場が急激に拡大し始めたことだ。
そこで富士通とAMDの両社は、NOR型フラッシュメモリ事業を分離し、合弁会社として独立させることを決める。2003年4月1日に、フラッシュメモリ事業の統合会社を設立することが両社から発表される。1993年に設立された生産子会社FASLは、新たに設立する統合会社に吸収されることも決まった。
2003年7月14日、新会社「FASL」が設立される。このとき製品ブランド名として誕生したのが「Spansion」である。翌年の2004年6月には会社名を「Spansion」に変更し、製品ブランド名と企業名を統一した。さらに翌年の2005年12月には米国の証券取引市場NASDAQ(ナスダック)に上場し、独立企業への道を本格的に歩み始める。
NOR型フラッシュの大容量化と生産能力の拡大
この頃のSpansionには、積極的な姿勢が目立つ。NOR型フラッシュメモリの大容量化技術を開発するとともに、量産規模を一気に拡大しようと図ったのである。
大容量化技術の開発では、新たに電荷捕獲(チャージトラップ)方式の2bit/セル技術「MirrorBit技術」をイスラエルのフラッシュメモリ技術開発企業Saifun Semiconductorから導入し、2005年10月には1Gbitと大容量のNOR型フラッシュメモリを製品化した。そして2007年10月には、Saifun Semiconductorの買収を決めた。さらに、MirrorBit技術を改良して4bit/セル技術の開発を手がけた。
量産規模の拡大では、300mmウェハを扱う生産ライン(SP1)を日本法人Spansion Japanの会津若松市に構築した。このとき資金調達の一環として、200mmウェハを扱う既存の生産ライン(JV1とJV2)を富士通に譲渡している。300mmウェハを扱う生産ライン(SP1)は、2007年9月に操業を開始した。
また、サーバー用DRAMを代替するフラッシュメモリ技術「EcoRAM技術」や、次世代大容量不揮発性メモリ技術の1つである抵抗変化メモリ技術などの開発にも取り組んだ。
巨額の開発投資が売り上げに結びつかない
こういった積極的な技術開発路線を推し進めたのは、当時の社長兼CEOであるバートランド・カンブー(Bertrand Cambu)氏だとされている。そのアグレッシブさは、売上高の15%前後が研究開発費用に使われていたことからも分かる。2005年のSpansionの売上高は約20億ドルなのだが、研究開発費は約3億ドルに上る。2006年以降、研究開発に投じられた金額はさらに増える。2006年の研究開発費は3億4,200万ドルで売上高に占める比率は13.3%だった。2007年にはさらに増えて4億3,700万ドルとなり、売上高に占める比率は17.4%に達した。2005年〜2007年の3年間で11億ドル強、1,000億円を超えるお金が研究開発に投じられたことになる。
問題なのはこの間、Spansionの業績が赤字続きだったことだ。2005年の営業赤字は2億8,500万ドル、2006年の営業赤字は9,100万ドル、そして2007年の営業赤字は2億4,000万ドルである。
それでも売上高が増えていれば、まだ良かった。しかし当時、NOR型フラッシュメモリにとって最大の顧客であった携帯電話端末で、安価なNAND型フラッシュメモリに市場を奪われ始めた。このため、2006年は売上高を伸ばしたものの、2007年にはほぼ横ばいとなり、売上高が伸びなくなった。しかも、11億ドル強を投じた研究開発から、売り上げ増に貢献する製品はまったくと言って良いほど登場しなかった。
300mmウェハ生産ラインの立ち上げに失敗
もちろん、SpansionとしてはNAND型フラッシュメモリとの価格競争を指をくわえて眺めていたわけではない。製造コストの低減を一気に進めようとしていた。その切り札がSpansion Japanが会津若松市に建設した300mmウェハの生産ライン(SP1)である。ここで2bit/セル方式の大容量NOR型フラッシュメモリを量産すれば、NAND型フラッシュとのビットコスト低減競争に勝てるはずだった。
ところが、300mmウェハの生産ライン(SP1)の立ち上げは、当初の計画通りには進まなかった。主力製品である65nm MirrorBit技術のフラッシュメモリが上手く製造できない。歩留まりが上がらない。フラッシュメモリは昇圧回路を搭載しており、書き込みに必要な高い電圧を内部で発生する。この昇圧回路の調整に手間取ったという(日経ビジネス2010年9月6日号、107ページから)。
ウェハの直径を200mmから300mmに拡大すると、同じシリコンダイ1枚当たりの製造コストは原理的には約2分の1に下がる。ただしこの計算が成立するのは、製造歩留まりが高い水準で同じ場合だ。製造歩留まりが低いままだと、場合によっては製造コストが下がるどころか、上がってしまう。製造設備の償却負担は300mmウェハの生産ラインの方がずっと大きいからだ。Spansionはまさにこの状態に陥った。SP1に投じた設備投資は1,000億円を超える。売上高が2,000億円〜2,500億円のSpansionにとっては厳しすぎる痛手となった。
倒産、そして再生へ
2009年2月10日(日本時間)、Spansion Japanは会社更生法の適用を東京地方裁判所に申請し、倒産した。そして3月1日(米国時間)には、Spansionが米国連邦破産法第11章の適用を申請し、倒産した。NOR型フラッシュメモリは携帯電話端末市場で、NAND型フラッシュメモリに完全敗北した。ここから、再生が始まる。
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