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  ケルト 作者:天馬 龍星
童貞聖女ジャンヌ・ダルク
 ランス大聖堂のジャンヌ像。

《ジャンヌ・ダルクへの処女検査》

 ポアチエでの審問に先立ち、

 乙女の純潔は、

 シチリア王妃兼アンジュー公妃ヨランド=タラゴンが

 乙女の身を預かり産婆や侍女たちが実際に行ったとされています。

 使命の達成

  ”そうこうするうちにポアティエでもヴォークールールと同じように、

 ジャンヌの名声は急速に高まった。

 彼女の神々しさに打たれて、

 住民はみな彼女の味方になった。

 貴族の夫人も令嬢も、

 町民の女たちも、

 彼女のと泊まっている法廷弁護人の妻の家へ

 一斉に押しかけた。

 男たちも同様であった。

 判事も陪審員も弁護士も
 知らずしらずのうちに
 彼女に言葉に
 耳を傾けるようになっていた。

 それでもなお判断を下しえないまま、
 彼らはいつまでも審問を続けた。
 さまざまな書物から難しい言葉を数かぎりなく引用しては、
 彼女を信ずるわけにはいかないと繰り返した。
「ねえ、神様の本には、
 貴方がたの本よりはもっと沢山のことが
 書いてあるんですよ。
 私はAもBお知らないけれど、
 神様のお使いで、
 オルレアンの囲みを解き、
 太子をランスで即位させるために来ているの。
・・・・・その前に、
 私はイギリス人に手紙を 
 書かなきゃ。
 彼らに彼らの国へ帰るのように
 奨めねきゃならないわ。
 神様がお望みなんだから。
 ー紙とインキお持ちですか? 
 書いてちょうだい。
 口述しますから。
『サフォート、グランシダス、ラ=プールの皆さん、

 私は天の君主のお言いつけとして、

 おんみらにイギリスへ帰るよう勧告します。』」

 裁判官たちは言われるままに筆記した。

 ジャンヌは彼らをすでにのんでいたのであった。

 彼らの意見は暗にこの若い女を
 用いるべきであるという考えに傾いていた。

神はしばしば男たちに隠しておかれることを、
 処女たちには明かし給うものである。

悪魔は処女と契約を結ぶことはできない。

それでは彼女がほんとうに『処女』であるか
 どうか
 確認する必要があるではないか。

 -こういうところで衆議は一致した。

 今日の我々にははなはだ『奇妙なもの』の考え方だが、

 中世および近世の人々は『悪魔』は人間に作用するものだと、
 これほどまででも信じ、かつ恐れていたのである。

「かくのごとく、
 極限まで行きついた学問は、
 霊威のよしあしという
 デリケートな問題に対して
 判定することができなくなるか、
 あるいはそれをしたくなくなって、
 謙虚に精神的諸問題の解決を
 肉体にゆだねたのであった。
 すなわち精神に関する
 この重大事は
 女性の秘密の如何にかかわることになった」

 と、歴史家ジュール=ミシュレーは
 皮肉たっぷりに
 このポアティエの審問なるものを揶揄しているが、
 太子の妃の母である善良なシシリー女王が、
 これら大博士たちから頼まれて、
 彼女の女官たちとともに、
 ロレーヌの乙女の身体検査を引き受けることになった。

 そしてその結果、ジャンヌの清浄無垢なることが、

 厳かに宣言されたのである。”

『聖ジャンヌ・ダルク』(大谷暢順、河出書房新社 1986年、p45-46)

映像版「ジャンヌ・ダルク」 監督リュック・ベンソン 1999 

 COLOMBIA PICTURES INDUSTRIES.
 2000 LAYOUT&DESIGN COLUMBIA TRISTAR HOME VIDEO.発売 

 ㈱ソニー・ピクチャーズ・エンタテイメント。

 なお、机に並べられている器具は、婦人用鉗子(speculum)と思われる。

 ”シノンからおよそ南へ五十キロ。

 夜の帳が下り、
 いまだフランス王に忠誠を誓う
 ポアチエの町は静かに眠っていた。
 だが、その静けさはうわべだけにすぎなかった。
 大学のいちばん大きな広間では、
 十人の神学者が
 十人の町の名士と肩を並べて歩いていた。
 二人ずつ組となって、
 軍隊のように行進し、
 正面に向き合った。
 二人の小姓が白い幕を広げる。
 低い台の上に乗せられ、
 簡素な純白なドレスを着せられた
 ジャンヌを白い布が覆い隠した。

 修道女たちがジャンヌを取り囲む。

 二人がドレスの紐をほどき、

 膝の上までまくりあげた。

 年かさの産婆が銅のたらいで両手を洗った。

 産婆は差し出された三脚に腰を下ろし、

 かがんで、

 目を閉じている娘の腿の間をのぞき込む。

 しわだらけの手が身体に触れるのを感じ、

 ジャンヌは歯を食いしばった。

 どうでもいい、早く終らせてほしい!
 垂れ幕の外では、男たちが身動き一つせずにたたずんでいた。

 いま行なわれているのは
 女だけに関わりにあることで、
 男が目にするのは許されていない。
 忠実なリシュモンを傍らに、
 ヨランドは窓のそばで審判を待っていた。
「もし、処女でなかったら?」 
 リシュモンがささやく。
「この手で殺してやる」 
 ヨランドが答える。
 わずか数分が無限の時間に思えた。
 とうとう、老産婆が一同に聞こえるような声でおごそかに発表した。
「けがれや侵入の徴はまったくない。この娘は純潔です。」
 ヨランドは胸をなでおろした。”

小説版「ジャンヌ・ダルク」 
 フィリップ・セギ 
 ソニーマガジンズ文庫 
 藤田真利子訳 1999年 p74-75


ロワールの宮廷
 ”審問会は、ジャンヌの中にはどんな悪いものもなく、
 彼女は、善いものだけを持っているという結論を、
 王太子シャルルに送ることになる。
 しかし、これですべてが終わったわけではなかった。
 審問会は、最後にこういう結論に達したのである。

「乙女ジャンヌが、本当に処女かどうかを確かめねばならない」

 冒頭にも書いた通りの
 驚くべき最終意見であるが、
 当時の人々にとっては、
 当然の帰結といえた。
 というのも、神に身を捧げる人間ならば、
 男女を問わず、
 純潔を保たねばらないというのが、
 当時の考え方だったからである。

 さっそくジャンヌを調べる人間が選ばれる。

本人の弁によれば、
 コークール夫人ジャンヌ・ドゥ・ブリュイと、
 トレーヴ夫人ジャンヌ・ドゥ・モルトメールの二人であったということだが、
 彼女たちは、今までもいく度か名前が挙がっている
 王太子の義母ヨランド・ダラゴンの女官である。
 自分の真実を証明するために、
 脚を開いて他人に見せなければならなかったジャンヌも、
 実に気の毒であるが、
 歴史の中には、こういう悲劇というか、
 喜劇というか、
 その種の話は、わりとたくさんある。
 つまり権力が、個人の、非常にプライベートな部分に有無をいわさず干渉するのである。
 もっとも有名なのは、
 性交実証と呼ばれるものだろうか。
 これは、夫の性的能力を証明するために行われた公開の性行為のことである。
 なぜそんな事態にいたるかというと、
 原因は、キリスト教が離婚を禁じているからである。

 と書いてもほとんどおわかりいただけないかと思うが、
 詳しく申せば、離婚を禁じられても
 離婚をしたい人々は存在するということである。

では、どうすればよいのか。

 悩んだ離婚希望者がおつけた最も簡単な方法は、
 結婚などそもそも初めから成立していなかったと
 主張することであった。

 たとえば女性が離婚を希望する場合、

 夫の性的不能を言い張り、

 自分の結婚が『無効』であると訴え出ればよいのである。

これを受けた高等法院では、女性を診察して『処女』であることを証明するか、

 あるいは夫を呼びよせて性行為が可能であるかどうかを明らかにすることになっている。

 よって公開性行為などという、
 聞くだにびっくりの場面が繰り広げられるのである。

 フランスの実例を挙げれば、1659年2月8日に、

 高等法院がこの性交実証を行い、
 判決を下したという記録が残っている。

 周囲の反応を見ると、妻と夫の陣営に分かれ、
 それぞれに応援したり励ましたりとまるで
 祭事のような陽気な騒ぎ方である。
 現代の感覚では、とても耐えられないようなことでも
 平気でするのが
 中世の感覚であるからして、
 ジャンヌも、
 私が心配するほどには、
 意に介していなかったかもしれない。”

『ジャンヌ・ダルクの生涯』( 藤本ひとみ 講談社 2001年、p75-77)

ジャンヌが監禁されていたフィリップ・オーギュストの城の内部 『奇跡の少女ジャンヌ・ダルク』
(レジーヌ・ペレヌー 創元社  2002年 塚元哲也監修 遠藤ゆかり訳、p84)より引用

”処女検査:ポアティエの判事たちは、ジャンヌが処女であるか否かを知るために検査をさせていた。

 この検査が重要だったことについてはすでに触れてある(135ページ参照)。

 もし彼女が処女でないことがわかったら、「乙女」と呼ばせていること自体が
 詐欺的呼称だとされることになったであろう(*)。

さらに処女であることは、
 すでに見た通り、
 彼女が送られてきたと自称する神のみに属する使命の保証でもあった。
 従って、イギリス人たちが彼女の純潔を疑ってやまない中で(**)、
 -実際のところ、兵士たちと一緒に生活して藁の中を寝床としていた
 娘が純潔とは特異なことといえたであろうー
 この調査はルーアンで決定的重要さをもっていた。
その重要さは、結果がコーションに報告されたとき、
 彼がこれについて発言を止めてしまったことでも明らかである。

(*) 乙女の原語 la Pucelleはvierge=処女の意味を持っている。

(**)これまでの諸証言に見られる、イギリス兵のジャンヌに対する罵声からも推測できよう。

ジャン・ファブリ:私は彼女が調査されたか否かは知っていませんが、
 なぜ乙女と自称しているのか、
 本当にそうなのかと問われたとき、
 彼女はこう答えたのを知っています。
「私は自分が処女だと確信することができます。
 もしお信じになれないなら、
 婦人たちの手で調べてください」と。
 そして当時の慣習どおり、
 きちんとした婦人たちのよるのなら
 検査を受ける用意がある、と述べていました。

 ギヨーム・ド・ッラ・シャンブル  

 彼は医者としての意見を述べている。:私はジャンヌが処女であるか
 否かを知るための検査が行われたこと、
 その結果処女だということが分かった、という話を聞きました。

 医術によって知りうる限りでは、
 彼女は処女で生娘であると信じます。
 というのは、私は彼女が病気のとき診察をしてほとんど裸の彼女を見ているのです。
 私は彼女の腰部を触診しましたが、
 外観から確認しうる限り彼女は締まりのある肉づきをしていました。

ジャン・マルセル:私はベッドフォード公夫人が(1)
 ジャンヌが処女であるか否かを知るために検査をさせたこと、
 その結果処女だということがわかった、
 という話を聞いたことがあります。
 また仕立て屋ジャノタン・シモンという男から、
 ベッドフォード公夫人が自分にジャンヌ用の婦人服を作らせようとしたときのことですが、
 自分がジャンヌに試着させようととして
 軽く彼女の乳に触れたところ、
 怒った彼女が自分に平手打ちをくれた、
 という話を聞きました。

(1)ジャン無畏公の娘で、
 ヘンリー六世の幼児期にフランスの摂政であった
 ベッドフォード公の妃となったアンヌ・ド・ブルゴーニュ。

 この件に関する正確な証言が
 書記の一人によって行われている。
 その証言はイギリス人が
 この調査に寄せていた重大な関心を証明してくれる。

 ボワギヨーム:私はその名前を覚えてくれませんが、
 ジャンヌが中年の婦人たちによって調べられたが、
 処女であることわかった、
 と何人かの人が話しているのを聞きました。
 またこの調査はベッドフォード公夫人の命令で行われたこと、
 ベッドフォード公も秘密の場所に陣取ってジャンヌの調査を見ていた、という話も聞いています。

 ジャン・マッシュウ:私は、ジャンヌが処女であるか否かを確かめるために、
 中年婦人や産婆たちの手で調べられたことをよく知っています。
 またそれはベッドフォード公夫人の命令で行われ、
 特にアンナ・バヴォンと、
 名前は忘れましたがいま一人の中年の婦人によって行われたのも知っています。
 この調査が終わったとき、
 婦人たちは彼女が処女で生娘であることを公にしたことを、
 私はアンナ自身から聞いています。
 そのためにベッドフォード公夫人はジャンヌの番人たちに向かって、
 ジャンヌに暴力を振るうことを禁止させました。” 

『ジャンヌ・ダルク復権裁判』
 (レジーヌ・ペレヌー 編著 白水社 2002年 高山一彦訳、p276)

 トマ・ド・クールセル
 (パリ司教教会参事会員、神学士、ほぼ五十六歳):[牢獄に関して]
 ジャンヌは、
 ジャン・グリという
 名の番人とその配下の監視のもとに
 城の牢獄の中におり、
 足を鉄鎖でつながれておりました。
 しかし四六時中つながれていたかは
 知りません。
 多くの陪席者は、
 ジャンヌは教会の手に託され、
 教会の牢にいれられるべきだという意見で、
 彼らはまたそれを望んでいたと思いますが、
 審議の中で問題になったのは覚えていません。
 私は、ジャンヌが処女であるか
 否かを知るために調べられるべきだという
 議論は聞いたことがありません。
 しかし、ボーヴェー司教の言葉を聞く限りでは、
 彼女が処女だったのは本当のことだと思われますが。
 私は、彼女がもし処女でなくて
 堕落した女であると分かったなら、
 裁判の中でそれがいわれてないはずはなかったと思います。 
『ジャンヌ・ダルク復権裁判』
 (レジーヌ・ペレヌー 編著 白水社 2002年 高山一彦訳、p315-319より抜粋)

牢獄に監禁されていたジャンヌ・ダルクを描いた挿絵。


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