2011-05-18
もう一人のエージェント…レフチェンコ事件を清算しない産経新聞(3)
(左)山根卓二氏が編集局長を務めていた東京・大手町のサンケイ新聞東京本社(当時の社屋)
(右)KGB工作員のレフチェンコが住んでいた東京都渋谷区宇田川町のマンション「渋谷ホームズ」(現在も存在)
昭和50(1975)年から54年にかけて東京に駐在していたKGB(ソ連国家保安委員会)工作員、スタニスラフ・レフチェンコの求めに応じ、KGBコードネーム「カント」ことサンケイ新聞取締役(後の編集局長)山根卓二氏が昭和53年5月9日、福田赳夫首相とカーター大統領の日米首脳会談に関する極秘資料を渡した―という『KGB Today: The Hidden Hand』の記述の続きを見てみよう。
東京・大手町のサンケイ新聞社近くでカントこと山根卓二氏から書類を受け取ったレフチェンコは、予想外の極秘文書であることに驚き、いま警察官に職務質問されたらどうしようと焦りながら、狸穴のソ連大使館に着いた。その日はソ連の祝日(対独戦勝記念日)で、大使館の中はのんびりしていた…。
春の日射しと休日のおだやかな空気が大使館の構内を明るくみせていた。ビール、あるいはウォッカを飲みながら笑っている人、ソ連圏諸国の大使館から来たお客たちとチェスをする人、バレーボールをする人。メロドラマのように、芝居がかった様子でレフチェンコは誇らしげに文書を抱え、テニスコートの真ん中に大またで入っていった。数時間もすれば、その文書によってクレムリンは日本が何を考え、世界で何をしようとしているのか、またカーター政権を悩ませているのはなにかを知ることになる。「今回ばかりは、まったく興奮するようなものを持ってきました」と、彼はグリヤーノフ(引用者注:KGBの東京駐在部長)に言った。一緒にテニスをしていた人々に手を振ると、駐在部長のグリヤーノフはプレーをやめ、レフチェンコを連れて立ち去った。
「何だね」と彼は尋ねた。レフチェンコは彼に極秘文書を見せた。
「スタニスラフ、言いたくないんだがね」とグリヤーノフは話し出した。「君もカントも良い男だよ。しかし、2日前にわれわれはこれと全く同じ文書を、デービー(サンケイ新聞の東京版の編集者につけたKGBの暗号名)から手に入れたのだ。それはすでにモスクワに着いている。怒らないでくれ。君は立派に自分の仕事をしたんだ。今日はもうゆっくり、休めばいい。そして何か飲めば」
KGBのアンドロポフ議長(引用者注:後のソ連最高幹部会議長)はデービーと接触している将校に対して、直接公式の称賛を与え、そしてデービーは30万円の特別ボーナスを受け取った。レフチェンコが言い張ったので、グリヤーノフは彼の一存で支出できる最高額、15万円をカントに支払うことを承認した。レフチェンコは自分のためには何も要求せず、またなにも受け取りはしなかった。
レフチェンコがカントこと山根卓二氏から受け取った日米首脳会談に関する極秘文書は、既にサンケイ新聞社内の別のエージェント「デービー」から別の工作員を通じてKGBの手に渡っていたのである。
報酬として、デービーは30万円、カントこと山根卓二氏は15万円を受け取った。カントこと山根卓二氏との報酬のやり取りについて、『KGB Today』は次のように書いている。
例えば石田(引用者注:石田博英元労相)と山根は、エージェントであることを意識し、コントロールされている。自分たちが何をしているのかは正確に知っており、言われたとおりに実行している。山根は、福田首相がカーター大統領との首脳会談でとる姿勢の概略を示した文書をレフチェンコに手渡したことがあったが、その時、彼はそれをKGBに渡しているのだということを知っていた。このスパイ行為でボーナスを受け取ったとき、誰がその金を支払っているのかも知っていた。
デービーについて、『KGB Today』の元の記述では「KGB code name of an editor of the Tokyo edition of Sankei」となっている。別のページでは「an editor of Tokyo edition of Sankei; can work in tandem with and reinforce Kant」(サンケイ新聞東京版の編集者。カントと協力して、補強できる)と書かれている。サンケイ新聞にはカントこと山根卓二氏以外に、デービーというエージェントがいたと、レフチェンコは証言しているのである。サンケイ新聞はカントこと山根卓二氏とレフチェンコの接触は認めているが、デービーの存在は一貫して否定している。
レフチェンコは週刊文春編『レフチェンコは証言する』(文藝春秋)で、インタビューに次のように答えている。
レフチェンコ「エージェントです」
――サンケイ新聞は、どういう新聞だと思いますか?
レフチェンコ「サンケイ新聞は、保守的な新聞だと思います。大変に反ソ連的な面があります。ソ連よりもアメリカの立場をとることが多い新聞です」
――ソビエトは、サンケイ新聞の論調にいら立ったことがありますか。
レフチェンコ「あると思います。しかし、KGBは、サンケイ新聞に浸透しているんですよ」
――なぜ、サンケイ新聞にKGBは浸透することになったのですか。
レフチェンコ「反中国という点も大事です」
KGBが浸透していると指摘されたサンケイ(産経)新聞。デービーが誰なのか、公表する義務がある。
(次回に続く)