朝、目が覚めると、身体が動かなかった。布団の上から落ちている。転がって、畳の上に寝ている。起き上ろうにも、起き上れない。
もしかしたら……
金縛りという単語が脳裏をよぎる。
しかし、その言葉は、すぐに消えた。身体を起こそうとすると、腹の上につぐみの頭が乗っている事に気がつく。こいつのせいで、動けなかったのか。
「おい、どけ」
「……ん…」
だいたい、男子と女子を分けたはずなのに、なんでお前がココに……ッ!?
急いで身体を起こした。もしかしたら、僕が女子陣の方に行ったのかもしれない。そう思った。しかし、それは心配いらなかった。
「おい、どけよ……」
頭をどかそうとしたとき、僕の後ろでケータイが悲鳴を上げた。
「メールか?」
辺りは、誰も起きていない。それもそうだろ。昨日は遅くまで騒いでいたし。
しかし、不思議なことに、トロがいなかった。夜型のあいつが、朝早くに起きれるわけがない。メールの内容を確認しながら、そう思った。
『おにい、プリキュア始まるよ(^O^)/』
妹からのそんなメールだった。わかったよ、とメールを返して、そう言えば、今日は日曜日だったな。と思い至る。
つぐみのあたまをそっとどかして、テレビの前に座る。電源をつけて、リモコンで操作する。
『スマイル、スマイル、スマイル、スマイル、スマイル~プリキュア♪』
オープニングが始まり、絵がぬるぬると動く。
それから30分、誰も起きる事はなく、見終わった。トロも帰って来ない。
「さて、布団を―――」
テレビを消して、くるっと振り返ると、目を覚ました三人がそこそこと、こちらに冷たい視線を送りながら、会話をしている。
『まさか正志がオタクだったなんて』
『……じゃんけんしてたいたしね』
『気色、悪』
殺せ、いっそのこと、僕を殺せ!!
「違うんだよ! コレは、妹の―――」
言いかけて、ケータイが鳴りだした事に、気がつく。
「もしもし? うん。みたよ」
皆、正志を遠く感じた。
「てか、トロは?」
ケータイを切って、改めて、トロがいないことを皆に話す。
「しらないわ」
「……というか、二人は昨日の事を覚えているの?」
「昨日、幽霊、騒動、あり」
覚えているのか。という事は、取り憑かれていた訳ではないのか?
「えぇ、扉が揺れたのよね……結局なんだったのかな」
「霊、無、非、科学」
しかし、二人の台詞を聞いてがくぜんとした。覚えているようで、覚えていない。やはり、三人は取り憑かれていたのだ。
という事は…
「トロは!?」
「……ココには居ないけれど、もしかしたら」
温泉。頭に浮かんだその単語。そして次に浮かんだのが、溺死。
走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。
廊下は歩きましょう。そんな学校ルールは通用しない。今は、生死をかける重大なことなのだ。
僕は、温泉の入り口を思いっきり開けると、脱衣所を後にして、そのまま浴場に向かった。滑らないように慎重に湯船に近づく。
すると、そこには仰向けでトロが浮かんでいた。
「トロ、大丈夫か!?」
トロを抱えあげて、色々やって、部屋に連れ帰った。
部屋には事情を察した皆が、トロの布団のみを残しておいてくれた。
「ありがと」
布団にトロをおろす。息はしている。命に問題はないだろう。それに上を見ていたおかげで、行きは出来ていたはずだ。
「……トロは大丈夫?」
「たぶん。のぼせてるだけ」
顔を真っ赤に染めている。長い間、風呂に浸かっていたのだろう。
「まぁ、取り合えず、つぐみから話しは聞いたけど……信じ難いわね」
「でも、本当にあったんだよ」
「正志が、霊と婚約したって?」
「いや、それはつぐみの嘘だわ」
キッとつぐみを睨みつける。さっと視線を離される。
「とにかく、幽霊がお前等に取りついてて、ここには壁の霊とつぼの霊がいるんだよ」
「わかったわ…」
布団が無くなっている所を見ると、おそらく押し入れに戻したのだろうけれど。あと一回布団を使わなければならない。
「というか、朝食は?」
「廊下に置いてあったけど……」
「はやく言いなさいよっ! お腹すいたじゃない」
明らかに、いつものつむぎに戻っている。ただ、トロはどうだ? あんな朝から…いや、おかしくはない。始めから温泉を楽しみにしていたし。
しかし、学校もないのに、トロがあんな早く起きるわけがない。なにせ、最近までワンピースの存在すら知らなかったのだから。
「トロは……食べられそうにないわね」
「そうかもね」
うわの空で返事を帰す。
呪いが解かれた……だとしたら、トロはどうだ? 憑かれているのではないか? どうなのだろうか。
とにかく、食べ終えたら、調べてみるか。いや、ちょっと待て。
「博士、この中で一番頭がいいのは?」
「私」
ためらいが一切見られなかった。それもそのはずだ。博士は理系は満点、文系も平均よりはよほど上だ。
「じゃぁ、博士は午前中、頼みたい事があるんだけど……」
「何」
「コレを、見てほしい」
取り出したのは、『山田花子・矢田野・佳浜』と書かれた紙。ココが一番の謎だ。
これさえクリアできれば、一気に解決に結びつきます。
「何、之」
「わからない。この三つの関係性を調べられたら、調べて欲しい」
「了解」
紙を博士に渡す。
でも、流石にパソコンで検索しても、出てこなかったし、難しいだろう。
「ねぇ、あたしは何をすればいいの?」
「……わたしも」
「双子はなるべく、離したくないから、一緒に後藤さんにくわしい話を聞いてきてくれ」
「誰よ、それ」
はぁ? 思わず聞き返してしまった。こいつが後藤さんと言いだしたのに、なぜ、知らないふりをする?
「後藤さん(中肉中背)だぞ?」
「だから、誰よ」
唖然として、箸をおとしてしまう。まぁ、もう食べ終えているから、いいのだけど。
「本気で、知らないと言うのか?」
「しらないわよ、そんな人」
「………………」
つぐみと、目を合わせたのち、博士に視線を向けると。博士も不思議そうな顔をしている。
「博士も、気いたよね?」
「つむぎ、後藤、噂、聴取」
つむぎのみが覚えていない、ということか?
「どういうこと?」
「もしかしたら、あの時点でつむぎは、取り憑かれていたのかもしれない」
だとしたら、後藤さんは何ものなのだろうか。今となっては、後藤さんが男か女かもわからない。
「………それじゃ、取り合えず双子は周りからいろいろ聞いてくれ」
「わかったわ」「……わかった」
二人は頷いたのを確認して、僕はすっと立ち上がった。
☆ ☆ ☆
「駄目、か」
「……うん。そうみたい」
夜の方、結局めぼしい事はわからずにいると、また花子が出現した。そして、三人が昨日のようになってしまった。
「……どうするの? 何一つ、わからないままだったよ?」
いや、色々と、わかった事はある。ただ、ソレがバラバラなピースで、はっきりしたことにならない。
「……ねぇ」
「ちょっと待ってくれ」
僕は座布団に腰をおろし、幽霊を前に考え出す。つぐみが、心配そうにおろおろとしているが、気にしている暇はない。
後藤という人間の記憶がなかったのは……やはり霊に記憶を操られたから……今の三人には一日目のはっきりとした記憶もある。つむぎに聞けば後藤もいると言う。
記憶操作……では、何故僕らには効かなかった? 警戒していたからか? いいや、トロやつむぎも警戒していたはずだ。しかし……なぜ。
あいつの、操れる数に限度があるということか? それだったら、合点が行く。
壁…失踪事件が起きたのは、本当だ。博士が言っていた。それにくわえて、つぼだ。あのつぼは誰のものだ? 現れる時、隣に置いてある。という事は、あれは花子のものなのか?
そして、一番大きな謎は、名前だ。山田花子、矢田野みゆ、佳浜。佳浜は苗字と聞いた。しかし、名前がわからない。
どうやったら結びつく……記憶、後藤、壁、つぼ、失踪、噂、山田、花子、矢田野、みゆ、佳浜、苗字…。
そう言えば、昨日、停電があったな。客がそこまでいない旅館なのに、ブレーカーが落ちるのか? それに、女将が来るのに全く気付かなかったのは、おかしい。アレは霊のせい……
「あ、ブレーカー」
「……ブレーカー?」
昨日の事だ。
「関係ないかもしれないけど、なんであんなところにブレーカーがあるんだ?」
パソコンが置いてあったのは、一階のフロント横辺り。あんなところにブレーカーがあるわけがない。あるならば、普通裏方だ。
「……たしかに、それは疑問だよね。でも、あったと思うよ?」
「じゃぁ、見てきてくれ」
「……えぇ、わたし一人でっ?」
あぁ、流石に怖いか。
「仕方ない、僕も行くよ」
「……出来れば、一人で行って来てよ」
「そうか、幽霊とそれに憑かれた奴らと、一緒にいるんだな」
「……やっぱり行くー」
なんか違う、僕のキャラじゃない。でも、動く、身体が動く。
「やっぱりな、ブレーカーがない」
「……ということは、アレも霊現象?」
そう考えるのが、良いだろう。ブレーカー、遮断…ふさぐ…壁を作る…壁……壁……
遮断? 遮る。山田・花子・山・田花・子?
山…やま……YAMA ローマ字? YAMADAHANAKO
「そうか……」
「……え、何かわかったの?」
「いや、全然」
くるっと振り返り、部屋への道を歩き始める。
「おや、また君たちかい」
そこで、女将と出くわした。よく出会うな、女将…
「お友達は?」
「部屋で、呪われてます」
「そう……かい」
雰囲気が全く違う。なんだろう、この人……会うたびに雰囲気が変わるような気がする。
「まぁ、気をつけてね」
「待ってください。女将さんて、名前は……苗字はなんて言うんですか?」
「……後藤」
後藤、ね。
聞き終えると、僕は部屋に戻った。
「おい、山田花子……いや、佳浜」
僕は、幽霊に向けて言い放った。
「何を言っておりますの? わたくしは、山田花子ですよ?」
僕は首を横に振る。それについて、三人は花子を見たまま、何も言わない。
「YAMADAHANAKO ローマ字にするとこうだ。そして、YADANO KAHAMA」
紙に書く。
「コレをYA DA NO KA HA MAにわける。NOとKAのOとAを入れ替える」
おそらく、コレであってる。
YAMADAHANAKO
Y A D A N O
A M A H A K
上から下、下から上、この交互。矢田野と佳浜を鏡合わせにした形だ。
「コレは何かの暗号か……ペンネーム」
ペンネームの考えで合っている。はずだ。
「お前等、二人は親友だった。そのペンネームで二人が一つになったと考えた」
しかし、矢田野が失踪。
「遺体が見つかった後、お前、佳浜は骨をつぼに入れたまま、このホテルにやってきた。そして、くくったんだろ」
首つり自殺の死亡事故。壁事件を覗けば、おそらくそれが最初で最後の死亡事故。そこで佳浜が死亡。しかし、この世に未練を残し、残る事になる。
「自殺何か、するもんじゃないな。苛められるから、死んで苛めた奴を社会的に葬る為? 死が美学? ふざけんな。死んで何が変わる?」
結局何も変わらずに、未練だけを引きずった。死んでも行くのは無なんだ。追いかけて死んでも、会えはしない。だから、ここに残ったのだろう。
「佳浜…お前は、佳浜、自分で死んだのに、未練を残しココにとどまる幽霊だ!」
びしっと指をさして、つきつける。
「壁事件については、調べられるだろうな……そのつぼのも本当は墓の中に戻っているはずだ。それが、お前の未練。なんで連れてきてしまったのか、なんで安らかに眠らせてやれなかったのか」
つぼをつかもうと、近くまで行くが、透けてつかむことができない。霊物。
「そう……だった。わたくしは、自分で自分を殺したのだった」
「誰かに、気付いてほしかったんだろ。もう、良いじゃないか。僕が気付いたから、さ」
「でも、わたくしはどうすれば……」
辺りを見渡して、そう呟く。
「なにもしなくていいんだよ。ただ、矢田野を忘れずに、いれば」
「そう、ですか……」
下を向く。
「友達の為を思ったのですけれど……ありがとうございます。やはり、わたくしが見込んだ通り、貴方は解決してくれました」
そうか、わざと。だったのか。
「それじゃぁ、僕から言う事は、もうないよ」
「あり、がとう……」
そう言って、佳浜は消えて行った。
☆ ☆ ☆
「……ねぇ、なんで矢田野でなくて、佳浜だと思ったの?」
「あの人だよ。女将」
「……女将?」
「あの人が、おそらく壁にぬりかためた。犯人だ」
「……えぇ?」
「いや、そうでなくとも、犯人と何らかの関係があるはずだ」
なんで、かと言われても、コレは推測でしかない。
「出る幽霊の名前に、矢田野など、何処のサイトにも書いてなかった。では、なぜその名が浮かぶのか。幽霊など、見える訳もない。だったら、その人の幽霊だと思いこめば、そう言うだろう」
つまり、なぜ、幽霊が出るか知っている為、名前も知っていると言う事だ。
「……でも、なんでサイトには佳浜と書いてあったの? それがわかるのならば、あの霊は、もう既にいないはずじゃぁないの?」
「あ……」
そうか。そうだな……となると、今まで全部の考えを覆さなければいけなくなる。
「いっけね、あいつに間違った未練を教えちまったかも」
「……名前も、間違えてたかもよ?」
あ~あ。まぁいいか。明日の朝には、帰るし。
☆ ☆ ☆ ☆
「―――ハッ!?」
目が覚めると、そこは、旅館の部屋だった。
「いつの間に……」
「お、起きたか、米」
「トロ……あれ、皆は?」
「はぁ? 何言ってやがる、部屋隣だぞ?」
は? 聞き返したいのは、こちらだ。隣? 同じ部屋だっただろ。
「ここって、何旅館?」
「帝党旅館」
違う、僕が泊っていた旅館と違う。
「ねぇ、――旅館って…」
「は? あそこは廃墟だろ? 昨日幽霊が出るって、話をしただろ?」
そうだ……そうだった。昨日、この部屋で怪談話をしたのだった。その時に出てきた旅館の名前だ。
じゃぁ、今までのは、すべて……
「夢オチかよ…」
でも、旅行に来ている事に、変わりはないから、良いか。それにまだ、一日目だし。
「飯はむこうに持ってかれるらしいから、行くぞ」
「え、あぁ、うん」
浴衣を綺麗に着直して、部屋を出た。扉をピッと閉める。
誰もいなくなった部屋の押し入れの扉は、小さくカタカタ、と揺れていた。
どうも、勿論西村です。なんででしょうね、こんなはずではないのですが、コメディーじゃなくなっているような気がします。
実は、次回、終わらせようと思ったのですが、今回終わらせました。もう、こんな面倒な事、書かなければよかったです。
今日は…疲れたので、この辺で、失礼します。
次回の予告。次回は、番外編。章の終りに、必ず書くことにしました。
では、僕は寝ます。
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