加藤嘉一氏は南京大虐殺問題で「地雷」を踏んだか
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中国で評論家として最も名前が売れている日本人である加藤嘉一氏が南京大虐殺問題にからむ自らの発言でかなり苦しい状態に巻き込まれている。
中国に身を置いて中国人に向かって中国語でわかりやすく「日本」を語れる新しいタイプの言論人として、中国国内で圧倒的な好感度をもたれて、マスメディアの寵児となってきたが、初めて中国の言論界における「地雷」を踏んだ形になった。
加藤氏は5月20日、南京の「先鋒書店」で自著の出版のサイン会を兼ねた講演会を行った。そこで聴衆からの「南京大虐殺はどう思うのか」という質問に対して、加藤氏は「あのとき、南京で起きたことについて、私はちょっとよく分からないんだ。一人一人言うことが違うし、歴史の専門家も同じ。私も真相がなんだかよく分からない。皆さんは外に出ていって、外の世界をよく知った方がいい、一面的な言葉を信じないほうがいい」と語ったという。
この発言がツイッター「微博」に載せられ、多くの批判の声が集まった。6月7日には加藤氏は甘粛省で予定されていた甘粛農業大学での講演を甘粛省政府の介入で中止することになった。そのときの甘粛省政府の主張は「民族尊厳不容玷污」(民族尊厳を汚してはいけない)だったという。
このほか、加藤氏は各地の大学で講演する予定になっていたが、これらはすべてキャンセルになり、メディアでも加藤批判が起きている。また南京大虐殺記念館も「歴史の事実は否定されてはならない」というおなじみの字句で批判声明を出した。
加藤氏の発言の問題は、中国における南京大虐殺の定説に疑いを挟むようなニュアンスがあったことに尽きるだろう。同時に「不明白」という言葉を使ったことも、私は突っ込まれる原因になった気がする。「不明白」とは、中国人が相手の主張を間接的に否定するときに使う言葉だからだ。
6月9日に加藤氏は自分の微博アカウントで「声明」を出して「不明白」の意味は「具体的な数字と詳細」を指すと説明し、発言に問題があったことを認めた。
いままで、中国で一番有名な日本人として順調に活躍してきた加藤氏にとっては、最初の大きなつまずきであろう。いま中国のウィキペディア的なサイト「百度百科」では、加藤氏の今回の問題発言だけではなく、東京大学に合格したと称していたことなどの学歴詐称問題も書き込まれ始めている。
善し悪しは別に、中国において、日本人が言論活動を行うことは基本的にかなりのリスクを伴う。特に歴史問題は最大の難所だ。そのため、中国語が達者な日本の識者たちも、基本的には専門領域についての発言に限定してきた。加藤氏の発言も、言い方を変えればどうということがなかったのだろう。「不明白」を使わず、またはっきりと「日中双方に死者の数字について食い違いがある」という風に説明していれば、結果は違ったかも知れない。
また、メディアも取材にこないようなサイン会での発言だからという油断もあったのかも知れない。いまの中国の微博の恐ろしさはそこにある。4億人のユーザーを持つ微博では、圧倒的な拡散力をもって一つの発言、行動が全土に広がってしまう。その怖さを、今回の問題からは学び取るべきであろう。(野嶋剛)
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日本では既に指摘されていた
2011年7月6日発行の『ニューズウイーク日本版』の名物コラムで「中国で一番有名な日本人加藤嘉一君への手紙」と題して「君は日本でのテレビ出演や執筆活動ではほとんど言わないこと、書かないことを中国の言論活動でかなり露骨に口にしている。それは日本の悪口です。先日のフェニックステレビで震災後に菅首相の支持率が下がったことで「日本有病だ(日本は病気だ)」と発言したが、四川地震で手抜き工事で多くの犠牲者が出ても中国の中央の指導者は誰も責任を問わない中国の方がずっと「有病」です。
…英FT紙の中国語版ウェブサイトのコラムで安全上の理由で減速した中国高速鉄道について「430㌔出しても320㌔の日本の新幹線より走行は安定しており、安全なことが実験で証明されている」と書きましたが、なぜ日本の新幹線を引き合いに出すのでしょう。こんな例はほかにもあります。
…中国で日本人の君がジャーナリストとして活躍できるのは中国政府が嫌がる民主化や言論の自由について君が決して口にしないからです。(後略)」とレギュラー執筆者で中国生まれの李小牧(リー・シャム)氏から「心の中の”国境”を利用するな」と厳しく警告されています。加藤氏は日本と海外とで執筆活動を使い分けしているのです。
新西北びと
自国を擁護する態度は良いこと
異なった国同士で相手方を理解することは至難の業。島国育ちで、世界各国の生きかた、パワーを知らない昨今の日本人は、奇麗事を述べて自己満足し挫折を繰り返す。物事を解ったような顔をして他国と自国の利害を裁き、これが正論と平気で他国に理ありと説く我が国の評論家やメデイア。
黒を白と平気で述べる中国や韓国のパワーを見習いたいものだ。もっと見る
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