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その他
[2011年4月21日]

細野豪志氏×泉田裕彦氏×木内博一氏×早藤昌浩氏「経済開国のベストシナリオ」〜G1サミット2011レポート〜

菅政権が経済開国を政策の柱に打ち出し、TPP参加を巡っては、6月までに結論を出すと報じられている。TPPを含めた貿易協定構想に、どのように参加することが、日本の社会、経済にとってメリットがあるのか。産業育成、食料安保、ブロック経済の是非など多様な論点から討議した。(文中敬称略、肩書きは登壇当時)【写真提供:フォトチョイス http://photochoice.net/】

 

パネリスト:
泉田裕彦 新潟県知事
木内博一 農業法人和郷園 代表理事
早藤昌浩 世界貿易機関(WTO) 貿易政策検討部参事官
細野豪志 
衆議院議員 首相補佐官

モデレーター:
柳川範之 東京大学 大学院経済学研究科

経済開国を考える3つのポイント(柳川)

柳川氏
柳川:このメンバーですと「経済開国が是か非か」というセッションは成り立たないと思うので、開国は是という前提で話を進めます。経済開国はしていかざるを得ないものであって、日本がどういう方向に動くべきかが論点となります。最初に私のほうから、大きく3点の重要と思うポイントを示します。

1.TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に絡んで、農業をどうするのか
TPP参加は、ある意味では絶好のチャンスでしょう。「攻めの農業」を世界に向けてやっていく大きなチャンスであって、逆に言えばTPP参加によってしか日本の農業は強くなれないと思っています。そのあたりを皆さんがどうお考えか。あるいは攻めの農業をするときに、何をすればいいのかということを伺いたい。

2.TPPをテコにどうやって進めるのか
昨日のセッションでも、菅政権の非常に重要な政策の柱の一つがTPP、そして税と社会保障の一体改革だ、という話がありました。ただTPPに参加するとなったときに、どういう形の経済開国のプロセスを取っていくのか。TPPをテコにしてどう日本の経済開国を進めるべきなのか。あるいは、TPPに絡んで日本のなかでどんな政策を取っていくのか。そこが気になります。もう一つ。経済開国の仕組みというのは、選択肢はTPPだけではない。WTO(世界貿易機構)のメカニズムもあるし、FTA(自由貿易協定)についても活発に議論されてきました。WTO、FTA、TPPのメカニズムを組み合わせたときに、何が日本にとってベストな選択なのか。あるいはどういう政策を取っていくべきなのか。

3.TPPの本質はどこにあるのか
TPPの本質はおそらく、貿易の自由化についての話ではないでしょう。いま日本では貿易を自由化すべきかどうかという議論があって、農産物の関税を引き下げる、農業をオープンにするかどうか、というところに焦点が絞られています。しかし、むしろTTPの本質はそこではなくて、その次のステップですね。経済学者など一部の人たちが「Deep Integration」という言葉を使っていますが、これは単に関税を自由化するというだけではなくて、もっと本質的に統合につながるような政策の手を打っていくべきだということ。分かりやすく言えば、制度のハーモナイゼーション、ルールの統一化・標準化などを進めていく。TPP域内でのルールの統一化については、アメリカ政府は重点的にポイントを置いて、自国のルールを普及させていこうとしているようです。日本がこのチャンスを活かしていくには、TPPに参加して戦略的に日本の制度なりアジア全体の制度の統一化に強くコミットしなければならない。逆にTPPに参加しないとすると、経済全体の制度の標準化にうまくついていけなくなるのではないか。

以上、3つのポイントを私は重視していますが、現状ではなかなかそこまで議論が及んでいません。しかしそういったところまで議論していかないと、本当の意味での経済開国につながらないのではないでしょうか。

農家が政府にもつ根深い不信感を知れ(泉田)

泉田氏
泉田:全国知事会でTPPの議論をすると、私は最も強硬な開国派です。しかしこのセッションの中では、おそらくもっとも保守的で、今日は攻撃される立場だと覚悟して参りました。このTPPは農業だけでなく様々な分野での経済開国が含まれているわけですが、政治的なイシューとして特に大変なことがあります。これは細野さんにはお分かりいただけると思いますが、かなり得票に影響することを覚悟のうえで経済開国を主張しなければならないということです。TPPに参加する際に米とそれ以外の農産物は、区別が必要だと思っています。私としては、どうしても米だけは関税の例外にしてほしい。そう政府に対して言いたい。それ以外のモノについては、国内手当でコンセンサスが得られるだろうと思っています。

 大豆はもともとTTPに参加しようがしまいが、関税は0です。牛肉に関して言うと、農畜産業振興機構という団体が価格のコントロールをして畜産は成り立っているので、国内的な価格コントロールと所得コントロールができれば、畜産農家は呑むでしょう。一方、まったく呑む余地がないと思えるのが、米なんです。

 理由は、米にからむことは、様々な感情が複雑に関わってきているからです。政治というのは、コンセンサス、社会的な合意をどう作るかという技だと思っています。霞が関で官僚をしていたときは、どんどん理論理屈だけで進めていくべきだと思っていました。いざ地方行政に携わってみると、理屈は関係ない。最後は感情ですよ。ムバラク大統領が辞任表明しました。理屈からすれば「俺はもうすぐ辞任するからいいじゃないか」ということでしょうが、それでは納得できまい。「もう嫌だから出ていってくれ」となる。感情で納得しない限りは、“YES” とは言えない。そこでまずは米農家の実像をみなさんにお伝えしたい。

 農業に携わっている大勢の方々はどういう生活をしているか。新潟県では、新潟で生まれ、新潟で育ち、新潟で人生を全うする方が93%います。新潟県の農家は、親の代、さらに先祖代々から農地を継いできた。どんどん米価が下がっていく中で、コストをかけて米づくりをしてきた。自分の代で先祖の土地を潰すわけにはいかない。そういう事態に直面しているので、ゴールデンウィークに遊びに行くような時間まで割いて、お金にならない農業をやらなければならない。義務感もあります。そういった方々がどう思うのか。理屈の上では所得補償、それから国内措置を施せばいい。しかし、「チャンスだよ」と言われても、わずかばかりの田んぼをどうやってチャンスに変えるのか。そして、今まで政府の農業政策に騙されてきましたよね。本当に戸別補償してくれるのかどうかも分からない。不信感は相当強いです。だから、「開国しても米農家がやっていけるように国内措置を取りますよ」といくら口で言っても肌感覚として信用できない。そういう人たちを納得させるのは、私は相当困難だと思っています。TPPについて、JAは組織的に、「これは農業の破壊である」という主張をしています。農水省の試算も酷いです。TTPに反対するためのものじゃないかというぐらい、恣意的な試算を発表しています。米農家の方々は、そうやって不安を煽られている。

 GATT(関税と貿易に関する一般協定)/WTOのウルグアイラウンドが、いかに失敗したか。あれはアメリカとヨーロッパが話し合いをして、日本は交渉すらしてもらえず、条件を全部呑まされた。世界中で最も貿易のメリットを受けてきた国はどこか。日本です。だから、農業の分野においてどんな条件を突き付けられても、日本が100%呑むことを知っていた。

 しかし、食料の安全保障の観点から、主食用米の生産を放棄していいはずがないということを、当時の農水省も分かっていたはずです。「米は1粒たりとも入れない」と言っていました。しかし、結局のところ、米の関税化を受け入れた(当初は国内消費量の4〜8%を輸入することなどで合意)。

 一方で、各国がそれぞれの食料安全保障のために、主食となる穀物などを保護することも、合わせて世界のルールとして決めた。日本は胸を張って米農家を守って良かった。欧米の農家も様々な形で保護されています。そういったことを国内の米農家にきちっと説明すれば、分かってもらえた。でも説明しなかった。何の政策的手当てもなかった。そして日本の農業を強力にすることもしなかった。結果はご存知の通りです。耕作放棄地の増大、農家の疲弊、農業従事者の高齢化…。

 今後、日本が経済開国をするためには、こういう人たちに正しい情報を伝えて、どう説明していくのかが我々の課題です。経済開国を叫ぶだけでは政治混乱を招く、という危機感を持っています。すべての農家に伝えるのがいかに難しいか、日々実感しています。なんとかして日本の国益を守るために、今やらなければならないのは経済開国です。それを納得してもらえるよう、感情面に訴えることが必要ではないかと思っています。

米はむしろ輸出産業になり得る(木内)

木内氏
木内:私は唯一農業従事者です。端的に言えば、開国に賛成です。現場の立場から発言させていただきます。まず、TPPは農業問題として取り上げられますが、農業というのは、工業となんら変わりません。例えば靴下を作っているのも、車を作っているのも工業ですよね。農業もそれと同じくらい幅広いということです。だからTPPを農業問題と表現するのは誤っていて、品目問題と表現したほうが正しい。泉田知事がおっしゃったように、品目でいうと、大豆の関税率は0ですが、米、果糖類、小麦、コンニャクの関税率は極めて高いです。一方、畜産に関しては国際競争力があると見ています。

 米は茶碗一杯でいくらぐらいか、皆さんの中でわかる方はいますか?よくある答が、70円とか80円です。コンビニでおにぎり1個買えば100円ちょっとだから、それより少し安いだろうという感覚ですね。実は新潟産の米を買っている消費者で、1杯32円ぐらいです。千葉産の米なら、1杯25円ぐらいです。これが消費者の負担している高いと言われる日本米のコストです。主食である米の値段が、果たして一般の給与所得を圧迫するようなレベルのコストなのかどうか、ここをマスコミでしっかりと議論してほしいと思います。

 また、日本の農家というのは、生産量7万トンの大規模農家が全体の2割弱ですけれども、これが日本の農産物の82〜83%を生産しています。2割弱の農家で、日本の農産物の年間産出額8.5兆円の8割以上を占めているということです。いま高齢化で農業問題が深刻化していると言っていて、この間ずっと専業農家数が減ってきたにもかかわらず、産出額は上がってきたんです。現実は世界のグローバルな基準から考えても、1軒あたり7万トンという生産量は多すぎる。2万トン、ないし1万トンぐらいに絞り込むのが、農業を産業にするのには、ベストだと思っています。

 小麦を例にとると、アメリカはフランスの3倍の面積の土地で小麦を作っています。ところが生産量は、アメリカとフランスで同程度です。一言でいえば技術の差によるものです。フランスの農家は、アメリカよりも3倍の小麦を獲れる技術を持っているということです。日本の現実はどうか。米というのは10アール(300坪)あたり約8俵、およそ500kg収穫します。日本では田植えで丁寧に米を作っていますが、アメリカは飛行機でもみ種を撒いて作っています。そして10アールあたり1トン収穫します。フランスの3分の1の技術しかない国が、実は日本に比べると倍の米を獲っている。これはおかしくありませんか。どういうことか。昭和40年代初頭、日本には米が余っていましたから、方針として、収量よりも、品質にこだわった米を重視してきた。日本は稲作技術を持っているので、実はいろんな米を作れるんですね。300坪あたり収量1トン以上の米を作ることも可能です。仮にいまと同じ品質で、1トン作ったとしたら、米のコストは2分の1になりますよね。

 昨今大手商社が米に参入し始めていますが、いまのコストのままでも集約すれば、1俵8000円を切れるということが分かってきたからです。なおかつそこに技術が加わることによって、1俵3500円とか4000円になったとしたら、世界一安い米を生産できるかもしれません。すると、米はむしろ輸出産業になり得ると、私は見ています。そういう情報や、TPPやWTOによって開国したときの予測図を、マスコミや専門家がしっかり描いて、根拠のある情報を出していくことが大切だと思います。

 私は野菜を作っていますが、家の近所のネギを作っているおばちゃんは、TPPやWTOに反対します。そのおばちゃんに「なぜ反対なの?」と聞くと、「安いネギが中国から入ってきたら我々の生活が困っちゃう」と答えます。私は「そもそもネギに関税なんて掛かってないよ」と言うと、「知らなかった」といった具合です。これがいまの日本の農業の現実です。だから、私はいくつか問題提起をしましたけれども、農業を確固たる産業にし、農業を中心とした地域雇用の受け皿を確保するために大切なのは、農業者の教育だと思っています。家族経営の農家であっても、自立した経営者ですから。その経営者自身が正しい情報を知らなければならない。

日本はTPP一色過ぎる ブロック経済化の弊害を忘れるな(早藤)

早藤氏
早藤:私は以前、通産省(当時)で働いていて、いまはWTO(世界貿易機関)の事務局の職員ですが、今年で役人生活25年になります。公務員というのはどなたかにお仕えするのが仕事ですが、いまの私はWTO職員として日本を含む世界約150の国・地域に仕えており、その観点からお話したいと思います。

 TPPというのは、地域統合の一つのあり方と考えられます。WTOはマルチラテラル(多国・地域間)な観点から、世界の貿易自由化や制度の共通化、擦り合わせを進めてきているわけですが、地域統合というのはマルチからみれば部分的な動きです。もちろん地域統合にも一定のメリットはあるでしょう。しかし、いまの日本国内で報道されている議論を見ての感想は、TPP一色というか、あまりにも地域統合というベクトルに向き過ぎているという気がします。

 地域統合にはメリットもデメリットもあります。そもそもなぜWTO体制ができたか。第2次世界大戦の前に、いわゆるブロック経済が形成され、地域主義が蔓延しました。これは歴史家の判断にゆだねるところではありますが、地域主義が戦争の大きな原因のひとつだと言われています。私が霞が関で仕事をしていた時代、2000年ぐらいまでは、日本は世界に対して同等に開かれた国であるべきだ、というテーゼがありました。したがって、地域主義に加担するのは避けるべきだというのが、日本の政府の一貫した方針だったと認識しています。

 ところがそうこうしているうちに、NAFTA(北米自由貿易協定)など世界中で様々な地域主義やバイラテラル(2国間)の関係が増えてきたわけです。その流れを反映してか、日本も地域主義に加わるようになっていった。その第1弾が、2002年に発効した日本・シンガポール新時代経済連携協定です。それ以来、今年になるまでにおよそ10の協定を結んできました。果たして地域主義に加わるべきか否かに関しては、究極のところ世界のより多くの国・地域と開かれた市場で経済活動ができるという体制を目指すべきと思っています。マルチラテラルな枠組みの中で、世界が1つのルールで経済関係を持てるということが、世界経済にとっての安全保障になるということが理由です。地域主義にばかり頼りすぎると、その勢いを弱めてしまう。地域統合を推進するのであれば、同時に多角的な貿易の自由化や、制度の調整を進めていくことが、世界経済安定のために大切です。

 2008年の金融危機後、貿易市場も混乱するのではと思われました。実際、世界各国で輸出が急激に落ちています。日本も例外ではなく、急降下しました。WTOで始めたことは、世界の貿易政策のモニタリング(監視)です。具体的には、定期的にWTOの加盟国・地域それぞれの貿易政策の動きをつぶさに見て、保護主義的な制度が導入されていないかということを調べました。結論としてはこの2年間、特に目立った動きはありませんでした。これは、WTOの存在による監視の効果ではないかと思っています。WTOではそのルールを逸脱するような貿易制限措置は取ってはいけないことになっていますし、実行させないためのいろんな方策を持っています。

 日本にも、WTOメンバーの中の大国として、さらなる自由化、ドーハ・ラウンドの一層の推進を進めていただきたいと願っています。

TPPだけに限らず戦略的ベストポートフォリオを(細野)

細野氏
細野:首相補佐官という立場から申し上げます。このところ大変評判が落ちている民主党政権ではありますが、経済開国に関しては比較的成果を出してきたと思っています。例えば菅首相自らベトナムに原子力発電所を売り込むというのは、2〜3年前までであれば、むしろ批判のほうが強かったでしょう。政府と民間の役割は分けるべしという考え方が定着していたので、それを転換するという意味では前向きな動きでした。昨年9月に大筋合意したインドとの間の経済連携協定も、私は岡田外務大臣(当時)のヒットだったと評価しています。岡田さんは、核武装しているインドとの関係構築はいかがなものかという論調でしたが、外務大臣になって協定に前向きに取り組んだ。

 そしていま大変問題になっているTPPです。6月までに結論を出すことになりますが、賛否を巡り大きく議論が分かれています。「お前はどうなんだ」と問われれば、泉田知事が開国派だと明言している以上、私も「補佐官だから」と逃げるわけにはいきませんので、開国派だと申し上げたい。その上で、今日は4点、問題提起をしたいと思います。

 まず食料安全保障の問題です。私は決定的に欠けている視点がひとつあると思っています。我が国の場合には、どうしても国内の農業をどう守っていくのか、自給率を上げていくのかという議論になります。客観的に考えてみれば、日本の食料自給率が100%になることは、あり得ない。つまり、海外から安定的な食料品の輸入を確保するということが、課題になります。国内の食料をしっかり確保できるような農業を育てていくということは大事です。その一方で、安定的な食料の供給元を確保しておくということも、死活問題となります。これは本来、国家戦略としてしっかり考えていかなければならないことです。安定的に海外から輸入しようというとき、アメリカが有力なパートナーになり得るのではないか。さらにオーストラリアも有力なパートナーになり得るのではないか。もちろん、バイラテラルという方法もありますが、TPPも食料安全保障上の選択肢になる。

 次に開国した場合の影響について正しい情報が伝わっていないという点です。仮に開国した場合にどういう影響があるのか。客観的な分析がなされていない。あるテレビ番組を見ていて愕然としたんですが、関税がなくなると300円の牛丼が200円になると堂々と言われていました。大手チェーン店の牛丼には、サービス料がいくら掛かっていて、食材費がいくら掛かっているのか、私は計算してみました。300円のうち200円はサービス料です。チェーン店ですから大々的に宣伝する、当然ながら人件費も掛かります。そういうことを踏まえると、200円はサービス料ですね。では残り100円のうち、肉はいくらなのかと計算すると、50円を切ります。ここにおよそ40%の関税が掛かっていますけれども、仮にあるときそれが0になったとしても、下がってもせいぜい10円か20円、300円が280円になるだけです。スーパーで売られている肉や野菜はどうでしょうか。関税が下がれば価格が3割も4割も下がるか。あり得ません。日本のスーパーで売っている食料品の店頭価格のうちの、おそらくは6割ぐらいは流通コストじゃないかと思います。残りの4割の関税部分が撤廃されたとしても、店頭価格は3割も下がらない。「平成の開国」は菅政権の2大政策の1つですから、果たして開国した時にどういう状況になるのか、さらに、その中で競争をしていくために日本の農業をどう後押ししていくのか、どういう政策的な対応があり得るか。皆さんにご判断いただけるよう、正確な情報発信に取り組んでいきたいと思っています。

 次に、フォーラムとしてTPPをどう考えるのかという問題です。WTOや様々なバイラテラルな枠組みもある中で、一体どれをどう選択するのかということについては、かなりしたたかな戦略が必要です。少し前を振り返れば、「WTOの枠組みの中できちっと実績を出していくことが良い」と言われていました。2000年以前は、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)は、WTOのルールを作るにあたって妨げだという論調が数多くありました。では現在どのような選択肢があるのか。TPP、アメリカやオーストラリアとのバイラテラル、ASEAN(東南アジア諸国連合)+3、そしてWTO…。戦略的に意思決定をし、できるだけ最善のポートフォリオを組む必要があります。

 最後に申し上げたいことは、柳川先生が先程指摘されたことです。TPPでは、関税についての議論はさほど重要ではない。重要度が高いのは、柳川先生がおっしゃった「Deep Integration」。制度のハーモナイゼーションですね。様々な安全基準、検疫、念書取引、知的財産権、政府調達、環境、労働。そういった様々な要素があるわけです。ここでの選択肢は、私は二者択一+αだと思っています。日本は日本独自の制度のままガラパゴス化して守る、アングルサクソン系の我が国とは親和性の薄い制度に全て合わせる、という二元論は現実的ではありません。国際社会での親和性を重視しながら、日本は日本なりの独自の制度を作ってやってきた。TPPというフォーラムに入るにあたって、我が国独自の制度をどれくらい汎用できるのか。どの仕組みを残して、どこの仕組みを捨てるのか。本質的に重要な仕組みをどうしても捨てなければならないとなったときに、果たしてTPPの枠組みが良い選択肢なのかどうかといった観点が、本質的な議論です。

 マスメディアを中心に日本の中では、「関税をどうするんだ」ということばかりが話題になりますが、議論の対象としては全体から見れば小さなもの。この広い世界でどうスタンダードを取りに行くのかという議論を我々はしなければならないと思っています。

柳川:非常に多岐にわたる重要な論点を出していただきした。少し整理をしながら議論を進めさせていただきます。1つはいま細野さんからお話があった、フォーラムをどう選ぶか。日本はすっかりTPP一色になってしまって、新聞でWTOの記事を見ることはほとんどなくなりました。一方では、WTOでラウンドが動いていて、早藤さんからお話があった通り政策も進められている。そういう観点からすると、TPPなのかWTOなのかという二者択一ではなくて、TPPをやりながらWTOにも参加して、それぞれ交渉を進めていくという戦略を立てるべきです。ある種の戦略的な日本の外交姿勢というか、経済開国の姿勢が重要になってきます。その点で何か付け加えることがあればコメントをお願いします。

貿易ブロックと安全保障は表裏一体(泉田)

泉田氏
泉田:早藤さんからお話があったように、貿易ブロックをどうするかということと、国家安全保障・戦争というのは実は表裏一体の関係にあります。アメリカ・イキリス・中国・オランダによるABCD包囲網が、日本を戦争に追い込んでいきました。APEC(アジア太平洋経済協力)の元となる枠組みは、通産省(当時)が主導しました。当初は日本を中心に、フィリピンやマレーシア、台湾といった国々で経済共同圏を作ろうということで始まったんですけれども、アメリカが許してくれなかった。結局、日本が東アジアで勝手にグループを作るのは許さん、アメリカは必ず入れろという話になりました。

 鳩山由紀夫前首相が提唱した東アジア共同体も、潰れるだろうなと思って見ていましたが、やはりいまはもう言わなくなりました。日本の置かれている立場というのは、やはりアメリカ経済圏です。安全保障も含めて。今の政権は明確に「ブロックに依存する」という選択をして、TPPを進めているのかどうか。

 私はウルグアイラウンドで、スタンダード交渉を担当しました。スタンダード交渉というのは、規格基準認証を定める交渉です。それと知的財産権交渉を同時に担当しました。ヨーロッパはスタンダード拠点です。EUが指令を1本出せば、域内の規格を統合することで巨大なマーケットを取ることができる。一番いい例がノキアとエリクソンです。両社の規格を合わせたときに、どれだけ大きな世界シェアを取って、国が潤ったか。ノキアの業績向上によって、フィンランドがどれだけ経済成長できたか。もの凄いメリットがあったわけです。

 一方アメリカはスタンダードを取れない。ガソリンひとつとっても、リットル単位ではなくガロン単位で売る国です。ところが、アメリカは事あるごとに「日本が閉鎖的だ」と言ってくる。義憤に駆られました。生意気にも「筋を通して主張しましょう」と、上司に詰め寄ったことがあります。するとこう言われました。「泉田君、気持ちは分かる。でも日本は敗戦国だ」と。これは平成に入ってからの出来事ですよ。本当にそう言われたんです。えーッ、と一瞬耳を疑いました。

 今も基本的には構図は変わっていません。アメリカの経済戦略を見ると、彼らは基準認証を合わせるという際に、どうしてもヨーロッパに票数で負けます。だから、TPPのようなブロックを作って、数でマーケットを確保しにくる。TPPは、事実上、日米のFTAです。さて、普天間基地問題を含む安全保障問題とTPPと…、日本はどう考えてどのような戦略を取るのか。是非このあたり、細野さんのほうから政府の考え方をチラッとでも教えていただきたいと思います。

細野:TPPへの参加をアメリカから強く求められているのではないか、たしかにそういう面もあるでしょう。普天間基地問題があって、日本に対して強く出られる局面になったし、ヨーロッパのスタンダードが取れないので、TPPのような枠組みを使ってアメリカがスタンダードを決めていこうという思惑があることは否定しません。しかし、私がアメリカの様々な要人と接触する中では、アメリカが国家としての世界戦略を持って強引に推し進めているという感じはしません。日本の国益を守るために、TPPは様々な選択肢の1つとして、客観的に判断していけばいいと思います。一方で鳩山前総理が言っていた日中韓とASEANを含めた東アジア共同体的なものは、まったく捨てる必要がないと思います。TPPよりもむしろ、東アジア共同体のほうが、マーケットとしては大きいものになるかもしれない。泉田知事が言われたような懸念はしっかりと念頭に置いたうえで、違う選択肢も模索することがより重要になってくるのではないかと思います。

柳川:では次に、情報提示について。TPPの議論は、ネギを栽培する農家の話が典型的だと思いますが、やはり情報が十分に伝わってなくて誤解している人が多い。これはおそらく農業だけではなく、あらゆる産業にかかわることです。正しい情報を提示することは、非常に重要なことでしょう。これはTPP や経済開国だけにとどまらず、それを突破口に日本にある大きな枠組みが変わっていく。そういったことを踏まえると、大きな枠組みを変えながら、情報提示をきっちりしていくことがやはり重要だと思います。ただなぜそういう情報がうまく出てこないのか。そこがポイントです。

 それから、先程のお話の中で納得感も重要です。とはいえ、情報が得られれば納得が得られるのかというと、それはまた別問題のような気もします。情報提示によって、質的にみんなが納得してくれるものなのでしょうか。

日本の食産業全体をブランド化し海外展開へ(木内)

木内氏
細野:政治的な観念からすると、日本は「言霊の国」なので、不吉なことはあまり言わないようにすべきです(笑)。農業担当者は「TPPに加わらない」ということを言っているのであって、「入ったらどうなるか」という問いに答えた瞬間から、容認派だと見られるわけですね。なんでもそうです。例えば有事法制も、「いざ戦争が起こったときこういう法制度にしておこう」と議論を始めた瞬間に、「こいつはタカ派だな」と言われる。だから有事法制を整備できませんでした。

 ようやく有事法制については超党派で乗り越えましたけれども、農業はいまだに乗り越えることができないでいる。農業に関与している官僚の皆さん、議員、そして団体も…、「基本的には開国はノーだ」と。ノーとなったからには、仮に受け入れざるを得なくなった場合にどうなるのかという試算は絶対にしない。実際にそうなってしまったときに、ようやく議論する。

木内:経済的に言えば、中国とFTAを結んだほうが日本の農業がより強くなるだろうと、個人的には思います。日本の食産業の素材費の総額は約10兆円です。国内で8.5兆円、輸入が6兆円くらいですが、輸入の半分くらいはエサで、醤油に使う大豆など加工品の原料もあります。だから素材は国内生産と輸入を合わせて10兆円ちょっとです。しかし、食産業の全体では100兆円です。先ほど細野さんもおっしゃいましたが、TPPやWTOでその10兆円の農産物に、1割関税が掛かろうが、4割関税が掛かろうが、大した問題ではありません。

 それよりも、農業や食産業は、おそらくこれから日本が海外から外貨を稼いでくる産業になれるのではと思っています。観光客が来ても、「日本ほど食が多彩で美味しい国はない」と言います。和洋中の料理をポケットマネー程度の料金で堪能できる国は、日本くらいしかないでしょう。日本のサービスが、イノベーションになるんです。10兆円のところに視野を限定するのではなく、外食産業を含めた100兆円の食産業として日本から海外に持っていく。そして『ミシュランガイド』のように基準を設けてブランド化しそれば、おそらく自然と日本の農産物が海外に出ていけるようになる。

 技術的な話になると、簡単に言えば鮮度の問題が出てきます。野菜な中で根菜類と呼ばれるゴボウやニンジンは、1本あたり船便の運賃20円弱で海外に出荷できます。ところがレタスなどの葉物類は、鮮度が重要なので、1個100円のレタスに運賃が150円掛かって、250円になってしまう。だから現地に食物工場が必要です。食物工場で栽培する素材と日本から出荷した鮮度の維持できる素材を組み合わせると、海外に日本食を提供する素材が揃うわけです。こういうビジネススキームが大切でしょう。

 例えば佐賀県のタマネギ農家が、企業を興して、タイやシンガポールでもタマネギを作る。もちろん本社機能は日本に置きます。こういう戦略的な生産と、流通をやるべきです。昨年、私はラオスに行ったところ、韓国人が似たような発想で既に着手していました。1億円ぐらい投資して米を作り、1年ですでに回収したといいます。日本の田植機やコンバインを使っていました。ラオスでは米を2.5作収穫できます。そして政府がすべてキロ40円で買い取ります。玄米でキロいくらといっているのは、実は日本だけです。世界はすべてもみ殻を付いたままです。低いレベルの稲作技術ですが、それでも800キロぐらい獲れます。800キロで2.5作ということになると、年間2トン取れますね。2トンでキロ40円として計算すると、10アール当たり8万円になります。日本と売上が同程度ですよ。賃金が日本の60分の1の国で。私は「教育」というキーワードを挙げましたけれども、教育の延長上にあるのは、海外に生産拠点を持ち、グローバルにマネジメントする可能性です。

 最後に言いたいのは、よく農業問題でJAが出てくると否定論になりがちですが、彼らも否定されれば反発するわけです。肯定論で捉えれば、JAにはいくらでも知恵がある。私は南九州に進出するにあたって、宮崎経済連と調印式をやりました。これは宮崎県のJAのトップです。戦略的に農業の活性化、または独自産業の取り組みのパートナーシップを組みました。そういうようなことができる時代になってきた。だからJAを否定論で片付けるべきではありません。丁寧に知恵をお互いに出し合えば、より強いパートナーになれると思っています。

柳川:議論が白熱していますが、会場から質問がある方、挙手下さい。

食料安保のための農家保護は世界的なコンセンサス(泉田)

平将明氏(衆議院議員):議論していくうえで情報が大事だということですが、内閣府と経産省と農水省がTPPに関する情報を出していますよね。経産省と農水省は恣意的とまでは言いませんが、それぞれの省益を前面に出した試算になっています。韓国がチリとFTAを結ぶときに、韓国の農業団体はかなり過大な試算を出してくるんだけれど、政府は政府で、シンクタンクや大学といった3つくらいの団体に外注して、その中で一番影響の大きいものを採用したようです。

 細野さんにお願いしたいのは、政府が政治主導で霞が関と連携して、ちゃんとした試算を出させる。それと同時に政府は政府として、いくつかのルートで試算したうえで議論して頂きたい。

会場:米農家を守るのが既成事実化したような議論が続いていますが、私には異論があります。ある特殊な職業だけが保護されるというのは、ちょっとおかしいような気がします。先祖伝来の土地で同じことをやってきたから、私の世代でもやりたい。そのままのやり方で、これからも食わしていってください。なんとかしてください…。こんなことが許されていたら、ほかの職業に就いている人から見たら、「冗談じゃないよ」と言いたくなります。

 ものすごい不公平じゃないですか。こういうことをいつまで続けるのか。私は木内さんと一緒にラオスに行って、いろんなものを見てきました。日本の技術、日本のモノで、やれることはいくらでもあります。ただ日本で同じことをやっていられることが許されるから、出ない、出られないだけでしょう。

 経済開国をするのであれば、例外なき自由化でいいと思います。日本は変わらなきゃいけないとなったら、変われるだけの実力のある国だと思います。米だけ特別扱いするのはおかしいのではないかということについて、ご意見を聞きたいです。

泉田:2050年、地球の人口がどうなるかというと、90億人を超えます。そしてその頃には、新興国の経済水準が上がっています。食料危機が必ず起きます。それが3年後、10年後、30年後なのかわかりませんが、起きることは間違いありません。1960年代、アメリカがトウモロコシの不作に陥った時、真っ先に止めたのは対日輸出です。食料安全保障を考えない自由貿易論は、多大なリスクを伴います。本当にそれで日本は1億2000万人の国民を守っていけるのでしょうか。

 WTOでも、食料安全保障については、石炭・エネルギーとは違って、まさに命に直結するので、国益として守ることはOKだという合意がなされました。そういった国際合意がある中で、私は主食だけは別にすべきだ考えます。試算をすると、日本の耕地で収穫できる穀物だけでカロリーを供給すると、1億2000万人を養えます。それだけの耕地が日本にはある。

 それを放棄して、輸入に頼り、いざというときに食料を止められてもいいのでしょうか。

柳川:ありがとうございます。やはり情報をちゃんと伝えることが重要で、その時に厳しいこと、都合の悪いことも含めて伝えないと、本質的な情報提起にはならないと思います。昨日の講演の中でも、「不都合な真実」という言葉がありました。厳しいことも含めて伝えるべきだというのは、このTPPだけではなく、税と社会保障の問題も同様です。そういったことを踏まえて、食料危機の話も議論喚起していくこともとても重要でしょう。まだ回答に至らないところもありますが、時間になりましたのでこれで終了とさせていただきます。活発な議論をどうもありがとうございました。
プロフィール

泉田 裕彦
Hirohiko Izumida
新潟県知事

昭和62年3月京都大学法学部卒業。昭和62年4月通商産業省入省(資源エネルギー庁)。貿易局、中小企業庁、産業政策局、経済企画庁調査局、ブリティッシュ・コロンビア大学客員研究員、資源エネルギー庁石油部精製課総括班長、特別認可法人産業基盤整備基金総務課長、通商産業大臣官房秘書課長補佐、国土交通省貨物流通システム高度化推進調整官、岐阜県知事公室参与を経て、平成15年11月岐阜県新産業労働局長。平成16年10月新潟県知事就任(1期目)。平成20年10月再選(2期目)。著書に『知識国家論序説』(共著)東洋経済新報社、『今日も新潟日和―泉田裕彦の500日』新潟日報事業社。


木内 博一
Hirokazu Kiuchi
農事組合法人和郷園 代表理事

1967年千葉県生まれ。農業者大学校を卒業後、90年に就農。1996年事業会社(有)和郷を1998年(農)和郷園を設立。(有)和郷は2005年に(株)和郷に組織変更。生産・流通事業のほかにリサイクル事業や冷凍工場、カット・パッキングセンター、直営店舗の展開をすすめる。2005年海外事業部を立ち上げ、タイでマンゴー、バナナの生産を開始。2007年日本から香港への輸出事業をスタートし現在ターゲット国を拡大中。


早藤 昌浩
Masahiro Hayafuji
世界貿易機関(WTO)貿易政策検討部参事官

通商産業省(現経済産業省)通商政策局・生活産業局・立地公害局、経済企画庁総合計画局、経済協力開発機構(OECD)経済局等を経て1996年から世界貿易機関(WTO)エコノミストとして勤務。これまで、中国等アジア諸国・地域の貿易政策レビュー(TradePolicy Review)事務局報告書執筆等に携わる。国士舘大学非常勤講師。聖学院大学非常勤講師。その他Cardiff大学、東京外国語大学、名古屋大学等でも教壇に立つ。Brown大学卒(数理経済学)。Oxford大学修士(経済史)。財団法人グルー・バンクロフト基金評議員。地元ジュネーブでは日本語補習学校運営委員長やジュネーブ日本クラブ理事を務める。日本基督教団滝野川教会員。ジュネーブ福音ルター派教会員。


細野 豪志
Goshi Hosono
衆議院議員 首相補佐官

昭和46年8月21日、京都府綾部市生まれ、滋賀県近江八幡市出身。滋賀県立彦根東高等学校を経て、京都大学法学部卒業の後、三和総合研究所研究員(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)。専門は、海洋政策、エネルギー政策、安全保障、通商政策、農業政策(お茶関係)。関心分野として、行革、宇宙政策、障がい者福祉、温泉保護・代替医療、個人情報保護、教育・コミュニティースクール。現在、税制改正プロジェクトチーム-副座長、新しい公共調査会-事務局長、政治改革推進本部-事務局長、日中交流協議機構-交流協議機構事務総長代理、中央大学客員教授などを務める。


柳川 範之
Noriyuki Yanagawa
東京大学大学院経済学研究科・経済学部准教授

1963年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。慶應義塾大学経済学部専任講師を経て、1996年より、東京大学大学院経済学研究科・経済学部助教授。2007年、制度変更により東京大学大学院経済学研究科・経済学部准教授。主な著作『法と企業行動の経済分析』(日本経済新聞社、2006年)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社、2000年)、『会社法の経済学』(共編著、東京大学出版会、1999年)、『ゲーム産業の経済分析』(共編著、東洋経済新報社、2003年)等。

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