朝日茂氏は、兄が「栄養のつくものでも食べるように」と1500円を仕送りしてきたものの、生活保護制度で療養・生活しているゆえに600円しか使用できなかったことをきっかけとして、日本国憲法が定める「生存権」の実現と保障を求める訴訟を起こした。しかし、最高裁で審理中だった1964年、結核が悪化して亡くなった。亡くなる直前に、朝日健二氏夫妻が養子となった。しかし最高裁は訴訟の承継を認めず、一方で、「念のため」に出されたので「念のため判決」と呼ばれる判決文を示した。そこには、
「憲法25条1項はすべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に具体的権利を賦与したものではない」
とある。いわゆる、憲法のプログラム規定論である。この判決では、国民の権利を守るのは生活保護法とされている。また、「健康で文化的な最低限度の生活」の認定判断は、厚生大臣(当時)の「合目的な裁量」に委ねられるともしている。
埼玉県が始めた
「生活保護受給者チャレンジ支援事業」
2010年、埼玉県は「生活保護受給者チャレンジ支援事業」を開始した。この事業の特色は、教育支援・就労支援・住宅支援の3分野の専門家らのチームワークによって、「縦割り」ではない支援を提供することである。2013年5月31日、衆院・厚生労働委員会で参考人発言を行った樋口勝啓氏(埼玉県福祉部副部長)は、この事業について説明した。本記事では、樋口氏の発言のうち、特に教育支援について紹介したい。
生活保護世帯で育った子どもの25.1%は、成長後に生活保護世帯を形成してしまう(2007年、堺市調査)。この「貧困の連鎖」を断ち切るには、生活保護世帯の子どもたちをせめて高校までは進学させ、子どもたちの将来の選択肢を増やし、安定した就労へと結びつける必要がある。そのため、埼玉県は学習教室を設置した。学習指導は、教員OBなどの支援員・学生ボランティアがマンツーマンで行う体制とした。低学力の子どもたちが多く、塾のように一斉指導を行うことが困難だからである。また、会場は特別養護老人ホームなどに設け、子どもたちが高齢者たちと交流する機会も用意した。樋口氏は「タダの学習塾にはしたくなかった」という。
結果は、現在のところ良好だ。生活保護世帯の子どもたちの高校進学率は、埼玉県では、2009年、86.9%であった。しかし、この学習教室に参加した子どもたちの高校進学率は、97%にも達する。一般世帯の子どもたちの高校進学率は、2011年に98.2%であったから、「遜色ない」と言えよう。