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【プレイバック芸能スキャンダル史】

うつ病で自殺した43歳のプリンス桂三木助

【芸能】

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2013年6月11日 掲載
<2001年1月>

 男前で、実力を兼ね備え、プリンスとして期待された4代目桂三木助が01年1月3日に首吊り自殺を遂げた。この時、43歳の若さ。死の直前、寄席を断りなく欠席したり、“奇行”が度々伝えられていた。

 1月3日、三木助のマネジャーを務める姉が事務所に出社すると、留守番電話には前日、前々日と浅草演芸ホールの高座に遅刻をしたという連絡が入っていた。

 今日も高座がある日だと心配になった姉は、自宅の母に「盛夫(桂三木助の本名=小林盛夫)を起こして」と連絡した。

 母親が三木助の部屋に行くと、ベランダの物干し用フックに手拭いがくくりつけられて、それで首を吊っていた。彼の周りにはネクタイや細紐があった。それで首を吊ろうとしたがうまくいかず、最後に手拭いで首を吊ったとみられている。発見された時、ぐったりしながらも満面に笑みを浮かべたような表情だったという。

 母親は三木助のこの様子を見て「盛夫が死んでいる」と姉に電話をかけた。姉は慌ててタクシーで家に戻る。すると、母親と姉の長男が懸命に心臓マッサージを行っていて、姉も加わり、人工呼吸を試みた。

 救急車が来る。その時点でまだ心電図には反応があった。家族は生還を期待した。だが、手当ての甲斐もなく午後2時5分に死亡が確認された。首吊りを行った時刻は午前6時ごろと推定された。

 三木助は3代目桂三木助の長男。立教大学在学中の77年、柳家小さんに弟子入りした。ディスコに通い、寄席に外車で乗りつける前代未聞の前座として知られた。毛並みの良さと有名大学出身ということから「落語界のシティーボーイ」といわれ、春風亭小朝と次世代のホープと評された。28歳の85年に26人抜きで真打ちに昇進した。

 ここまでは順風満帆に見えたが、93年に重度の胃潰瘍のため、胃の4分の3を摘出する手術を受ける。この頃から体力の衰えを感じ、風邪をこじらせ、肺炎に襲われたり滑舌も悪くなって「高座でタンカが切れない」と悩んでいたという。さらに、2000年には友人にだまされ、商工ローンの保証人になり、1000万円以上の負債を抱えてふさぎ込んだ。

 三木助は酒と睡眠薬に頼らないと眠れなくなっていた。毎晩、ビールを3リットルほどがぶ飲みした上に、睡眠薬を飲みやっと寝つく日々。体調もさらに悪化し、00年9月には腸閉塞で手術を受ける。

 そして10月、鈴本演芸場の昼席への出演を寝過ごして無断休演。12月1日、2日と池袋演芸場の夜席を遅刻、翌日も遅刻した。さらに3日には深夜、JR駒込駅で行き倒れになっているところを保護され、病院に緊急搬送された。高座の後、意識もうろうとしたままコートも脱ぎ捨て、10時間以上徘徊(はいかい)していた。

 すでに精神的にもボロボロ。うつ病の可能性が高いと担当医からも指摘され、大学病院への受診を勧められた。だが、受診はそれきりになってしまい、年明けに自殺という最悪の結末になってしまった。

◇2001年1月 1日、ギリシャがユーロを導入、12番目のユーロ参加国となる。6日、第2次森内閣の下で中央省庁再編が行われ、1府22省庁が1府12省庁に。26日、インド西部地震が発生し、約2万人が死亡。

~2013年6月11日以前の記事~

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