【お笑い芸人ウオッチング】
HGが語る“狭小”和式トイレ生活の地獄
【芸能】
学生プロレスのチャンピオンベルトが2回
「おまえ、なんか背中に黒いもん付いてるで」
こう言われたのは、ブレークする前の年、04年の夏ごろでした。
当時、ボクと相方のレイザーラモンRG(出渕誠)は吉本新喜劇の座員でね。大阪・西成区の玉出の風呂なしアパートに住んでましたから、体を洗うのは劇場か通っていたスポーツジムのシャワーでした。そして、いつものように汗を流してたら、横で体を洗っていた先輩に目を丸くされたってワケです。
鏡に映して見ると、確かに背中の少し上の部分が横一直線の帯状に日焼けしたみたいな感じで黒茶色になってます。何だろう、と思って、普段より指先を伸ばして触ってみたところ、少しヌルッとするじゃないですか。恐る恐るこすると、ボロボロとそげ落ちてくる。何だったと思います? アカですよ、アカ。なんとアカの帯だった(笑い)。
思い当たる節はありました。ボクは、いつもタオルは使わず、指先にせっけんをつけてピンポイントで洗うのが習慣でした。すると指が届かないところはちゃんと洗えてなくて、いつのまにかアカが堆積。ついにはベルトのようになったんですね。
ボクは同志社大学在学時に学生プロレスの「ギブアップ住谷」として京都統一ヘビー級チャンピオンの座に2度就いていますが、種類は違うとはいえベルトを巻いたのはそれ以来、6年ぶりの快挙でした(爆笑)。
もちろん、近所の銭湯に行けばいいんですよ。でも当時は入れ墨を入れた、いかにもソノ筋っぽい人が多くてね。そんな人に限ってボクのマッチョ体形を見ると、何やかやとかまってくる。それがイヤで足が遠のいていたんです。
<隙間風がひどくて、ストーブはまったく無意味>
その頃のアパートにも思い出はたくさんありますよ。広さこそ10畳でしたが、70年の大阪万博の前に建てられたという古ーい古ーい木造2階建て。安普請なものだから、柱と壁の間に隙間ができてて台風の時なんてビュービュー風が吹き込んできました。
だから冬なんて最悪。どれだけストーブをたいても室内と外気温は変わりません。まったくムダなので、しまいには火をつけるのやめてたくらいです(笑い)。
おまけに和式のトイレが酷かった。広さが通常の半分ほどしかないんですよ。普通にしゃがむとチ◯コがかろうじて便器にかかるものの、お尻はオーバーフェンス。ウンコはリングアウトしちゃうんですから困りもの(爆笑)。
身長185センチのボクがオーバーサイズなのではなく、あきらかに設計ミスですよね。最初のうちは相撲取りの蹲踞(そんきょ)の姿勢で用足ししていましたが、いつもそれだと腰が痛くなる。しょうがないから、そこに住んでいた5年間は、大便の時はお向かいのコンビニのトイレを借りてたものです。
でも、毎度毎度じゃコンビニのお兄ちゃんに申し訳ない。それで10日に1回はアリバイづくりのため1個100円の菓子パンを買ってました(笑い)。でも水道料金を考えると、ボクは典型的なブラック(爆笑)。
生活費ですか? 新喜劇の端役じゃ足りませんから、吉本(興業)の先輩芸人、土肥ポン太さんが経営する八百屋「ポン太青果」のアルバイトが主な収入源でした。
早朝7時に3万円で買った中古のスズキ・ジェンマで出勤して、午後3時前後まで働いて月10万円前後。これに新喜劇やたまにある“営業”の仕事のギャラを加えても、たかが知れてます。
それが、いったん大ブレークするとギャラは100万円どころか1000万円単位になるんですから芸人はやめられませんね(笑い)。