母親の“愛情ある行動”に勝る教育はなし 兄弟がいることのメリット・デメリット
母親の“愛情ある行動”に勝る教育はなし 兄弟がいることのメリット・デメリット2013年6月11日(火)08:20 Goo: 東洋経済オンライン
ミセス・パンプキン: グローバルマザー 当サイトの連載「グローバルエリートは見た!」の著者である、ムーギー・キム氏の母。 海外各国に住む子供を訪ねて、北米、香港、フランス、日本を移動しながら生活。 一般的な家庭ながら、子供を国際弁護士、国際金融マン、海外著名大学教員、 公認会計士に育て上げた。立命館大学卒業 グローバル化が進む中、親たちは、子供を世界で通用するエリートに育てるため、 日々、努力を重ねている。しかし、若手マザーの中には、子育ての仕方がわからず、 周りの助言にも恵まれないケースも多い。 そこで、一般的な家庭ながら、子供を国際弁護士、国際金融マン、海外著名大学教員、 公認会計士に育て上げた著者が、読者の皆様からの子育て相談に回答する。 今回の連載は、第1回、第2回に続いて、日本のエリート大学に通う学生たちが、 どんな家庭教育を受けてきたかについて考えます。 【東京大学大学院 工学系研究科Wさんからの寄稿文】 家庭教育で大切なのは、当たり前ですが、ポイントは「自由」と「規制」のバランスだと思います。 私の両親はどちらかというと、「自由」を重んじるタイプでしたが、今、振り返ると、 ダメなところはダメとしっかりと教育された気がします。具体的には、たばこを吸うのは禁止でした。 教育にあたり関心したのが、子供に言う前に自らで実行することです。 子供というのは、親の言うことは聞きませんが、親のすることは真似します。 したがって、両親が本を読んでいれば、子供もいずれ必ず本を読むようになります。 先ほどのたばこの例でいうと、両親もまず自分たちがたばこを断つことで、 その重要性を私に説いてくれました。 改善してほしかった点は、兄弟が欲しかったことです。 個人的に寂しがりなところがあるからかもしれませんが、早期に自我を成長させるためにも、 自分とは異なる価値観の人間が存在することを認識させるためにも、兄弟の存在は貴重だと思います。 <グローバルエリートからのコメント> 一人っ子が親不孝者に育つリスクをヘッジ 兄弟が多いことのデメリットとして、兄弟げんかが多くて親が苦労することがあげられる。 しかし我が家も幼少期から姉弟げんかが絶えなかったのだが、 今となってはまれに見るほど仲がいい姉弟になった。 これには見本がある。私の母の姉兄は7人もいるのに、みな仲が良い。 その理由は、不満や喧嘩の種が宿っても、争うことでその母親 (私の外祖母)を悲しませるくらいなら、お互いに我慢しようという暗黙の了解が習性となり、 その積み重ねが結果として、仲の良い姉弟につながったというのである。 姉弟といえど、言いたいことを何でもかんでもその場で言ってはいけないという見本。 ならばと私は、姉弟げんかの円満な落とし所や親孝行を、背中で見せるよう努力してきた。 この立派な家庭文化が根付くのに比例して、わが家の姉弟関係も好転していき、今に至っている。 子供が幼い時、たくさんの兄弟姉妹の中で苦労することは、子供の社会性を幼少期から養う助けになる。 また将来子供が助け合うことによる人生のリスクヘッジにもなるし、 たとえば一人っ子が親不孝者に育ってしまうリスクへのヘッジとしても、 可能な限り、複数のお子様を持たれることをお勧めしたい。 隣の芝生は確かに青い私の人生で果たせなかった後悔のひとつに、“親孝行、したい時に親はなし”だったので、 子供たちにこのような形で継承されたのなら、望外の喜びです。 ただし、この“立派な家庭文化”を根付かせたのが誰かさんだというのには、 ほかの3人は異議を唱えるでしょう。 友人や友人の子で一人っ子をたくさん知っていますが、 彼、彼女たちの多くは、「一人っ子だから性格がのんびりして弱い」とか 「一人っ子だからこのような欠点を持っている」などと、 姉弟がもう一人でもいたら何でも好転したかのような考え方をしています。 両親のうち、どちらか一人がいない家庭でもその傾向があり、 不存在による満たされない思いは、そうでない人たちの想像をはるかに超えていると感じます。 と言いますのも、私は自分の父親が諸癖で家族を困らせていた人なので、 父親のいない人をとてもうらやましく思った時代がありましたし 、仲がよかった兄弟がその連れ合いのせいで仲違いし、 親も巻き込んで大分裂している悲劇は、一人っ子なら起こりえないことです。 しかも仲のよい兄弟のほうが話題になるほど、兄弟げんかはよくある話です。 姉弟が多ければ多いで、それはそれで育てるほうも育つほうも、 そして仲を維持するのも大変で、それぞれだと思うのです。 母親が頑張ってないのに、勉強しろといっても無駄 先のアメリカ大統領選で、ロムニー候補夫人が満員の聴衆の前で堂々と放った言葉が忘れられません。 オバマ夫人が優秀な弁護士なのに対し、富裕な夫人がキャリアのないのを指摘されたときのことです。 「私は5人(多分)の子供を育てるという大変な仕事に専念したきました。 それは興味深いことでしたが、本当にたいへんな仕事でした!」(万雷の拍手)。 食べさせて着せるだけなら、子育てもさほどたいへんな仕事ではないに違いありません。 私の知り合いのお百姓さんに、「子育てなんて大層に言うけど、 昔は農作業の傍らに、転がせておいて育てたものだ」というのが口癖の人がいます。 少し動くようになるとひもで農作業小屋の柱などに「くくりつけて」育てたというのです。 そのようにして育った一人息子が一流校を出て旅行社を経営する傍ら、 農作業もよく手伝う出来た息子なので、今風に子供にいろいろな習い事をさせ、 手取り足取り子供をかまうその息子さんの嫁を揶揄するときに使う決まりセリフです。 時代が違うということのほかに、この舅と嫁の決定的な違いは何でしょうか? 説教より親の行い舅姑が育てた息子からみた両親は、いつも朝は早くから畑に出て、 夜は農作業小屋で野菜を束ねる仕事に明け暮れる働く姿でした。 時代が変わって孫からみた祖父母は、趣味程度に耕す畑仕事も、 野菜の値が落ちると近所の人に「勝手に持って行ってや〜」と収穫を放棄してブラブラ。 そしてママはいつもヒマで、自分のおしゃれとお付き合いに励み、 子供が帰って来たときにみせる姿はテレビのお守りをしている後ろ姿です。 そんな嫁が口癖のように子供に「勉強しなさい、勉強しなさい」と言うもので、舅の不満は募るばかり。 “母親の愛情ある行動”に勝る教育は無し 実業家のロムニー家ほどならハウスキーパーにベビーシッター、家庭教師――と言う風に、 いくらでも楽に子供を育てることも可能だったのに、夫人が「たいへんだった」と言うほどに 直接育児に「専念」されたことに、私の関心は向きました。 プロといえど母親に勝る愛情で接することは期待できないわけで、 「たいへんだった」というほど育児にかかわられたロムニー夫人に共感を覚えたのです。 親の教育の多寡よりは、その品行や価値観が子供に及ぼす影響が大きいように経験から感じています。 品行方正だった少年が、親譲りのヤクザのような姿勢やマナーで振る舞う青年になったのをみて ガッカリしたのは、一度や二度の経験ではありません。 前述のお百姓さんも、「口先だけの説教よりは親の行いを見て子は育つ」 ことが言いたかったのではないでしょうか。 いちばん身近にいる母親の行動は子供の教育にとって、 どんな学校や習い事に通わせるよりも、大切なのだと思います。 2013年6月11日(火)08:20 Goo: 東洋経済オンライン
母親の“愛情ある行動”に勝る教育はなし 兄弟がいることのメリット・デメリット http://news.goo.ne.jp/article/toyokeizai/nation/toyokeizai-14241.html |