Island Life

< FPGA vs カスタムチップ | Bruce Brubaker氏によるレッスン、メモ >

2013/06/17

有料オーディション

作りたい人が金を出し合って作る、というのは要するに自主制作ってことで何も問題ない。 出資者に「オーディション権」がついてくるってアイディアも、 需要(声優をやってみたい人)が供給(声優をやってみる機会)を大幅に上回っているところでは 合理的に生じる経済活動だ。

このへん↓はカドが立つ発言だけど、これは堀江氏の話が合理的になってしまっている 状況を作ってしまった業界の問題じゃないかって気がする。

@takapon_jp 「声優って実際そんなにスキルいるんかえ?って身も蓋もない話もあるし。RT @bowwanko: 養成所は何十万もかけてるけどアニメを作ろうは一万円だからお得、というのは違うように思います。声優の卵が養成所にお金を払って通ってるのは己のスキルを上げる為であって

@takapon_jp 真面目にやってる人達には悪いけど実際売れてるタレントさんには常に声優のオファーはあるんだよね。俺にすらあるからw 養成所に入ってスキルあげなきゃってのは悪い意味での日本的真面目さなのかなと。有料オーディション通いまくる自己流でトレーニングの方が場数踏めたりしてね。

但し、上の引用の最後の部分は、芝居に関わってる者としてひとこと言いたくなった。 日本の声優業界のことは知らないけれど、演技を仕事にするって意味では同じじゃないかと思うんで。

趣味でなく、演技を仕事としてやっていきたいなら、これが大原則:

オーディションに参加するのに金を払ってはいけない。ダメ、ゼッタイ。

これは「越えちゃいけない一線」みたいなもの。 主催する側も、商業作品として (演技に対価を払うつもりなら) オーディションに 参加費を課すべきではない、んだけれど、 上で言ったように、需要と供給のバランスだけ考えれば金を取るのには経済合理性があるので それをやりたい主催者はやっちゃうだろう。そういう状況を止めるには、 役者側が一致して「参加費を取るオーディションは受けません」と言い続けるしかない。

なぜか。

オーディション詐欺の蔓延を防ぐ、という意味もあるけれど、 根本の問題は、参加費を払ったらオーディションを受ける側が「お客さん」になってしまう、ってとこだ。

業種によっては売り手になるために何らかの参加費が必要になるものもあるんで、 一般的に金を払ったらお客さんになるからダメとは言えないんだけれど、 役者業界では「やりたい人」がものすごくたくさんいるんで、 参加費を取り始めると、募集側に「とにかくたくさん受けさせた方が儲かる」っていう 間違ったインセンティブが出来てしまう。これは作り手にとってもハザードだ。

また、経済合理性だけを考えてると見落とされがちだけど、 オーディションの場の心理っていうのはとても微妙なもので、 審査する側はジャッジであると同時に、創造の協力者でもある。 いろんなキャスティングディレクターがオーディションについて語ってるけど、 共通して出てくるのは「テーブルの向こうの人々(審査員)はあなた(役者)の仲間である」 ということ。

オーディションの場は、 単に売り手がスキルを見せびらかしてそれを審査員が品評する場所ではなくて、 「灯り始めた表現の種火を消さない」ように全員が協力して何かを作る場だ。 その上で作品にとってベストと思われる人が選ばれる。 でも金を払ってそこに参加するってことは、そういう繊細な創作の場に余分な雑音を持ち込むことになる。

別の言葉で言えば、オーディションという創作の場への「参加権」は、創作のことだけを考えて与えられるべきで、その権利を買いたい人がいるから売ります、としてしまった時点でもうやりたいことが創作からずれてしまうってこと。これは出資を募るのとは根本的に違う。

役者は審査員を前にして、「ここに自分が立てている理由は、100%、自分がこれまで積み上げてきた役者としての訓練と経験によるものである」ということに絶対の自信を持てないとならない。それが、底の見えない崖から飛び降りるような表現という行為を可能にしてくれる土台になる。

同じ理由で、「オーディションへの仲介業に固定費を取る」というのもこちらでは忌避される。 仕事のオーディションはエージェント経由でないと話が来ないものが多いけれど、 それはエージェントがコミッション制 (仕事が取れたらその報酬の何パーセントかを取る。 仕事が取れなかったら何も取らない) だからだ。この制度なら、エージェントと役者の利害が 一致するので、インセンティブが歪められることはない。

上のリンクで、「養成所に入るのは実質オーディションの機会を得るためにお金を払ってるようなもの」という発言が出てくるんだけど、それが本当なら業界にもかなり深刻な問題がある。

堀江氏の発言に反発を覚える人も多いだろうけど、そういう発言が妥当であるような状況を作らないようにすること、が重要だと思う。

Tag: 芝居

Past comment(s)

うそこばん (2013/06/18 08:47:56):

こちらでははじめまして、ということで。 日本の声優業界を多少とも知っていると、堀江氏の言に妥当な部分はあまりなく、違和感しかありません。業界の体質を改善するべきかもしれませんが、今回の発言はそれとはまったく無関係に見えます。

『声優って実際そんなにスキルいるんかえ?』については事実誤認としか言えません。声優は今も昔も変わらぬ技術職であり、単発の作品に出る場合はともかく、そうでない場合は(マスコミ仕事であってもなくても)スキルが必要です。アイドル業界と声優業界の両方を肌で知るたかみゆきひさ氏の発言、 http://ameblo.jp/shadowcube/entry-10915708013.html などが分かりやすいと思います。

『真面目にやってる人達には悪いけど実際売れてるタレントさんには常に声優のオファーはあるんだよね』というのは、いわゆる 「2.ごくまれな反例をとりあげる」であり、一部の劇場作品(とテレビの洋画吹き替え)を除けば、そのような事実は特に存在しないとしか言えません(テレビオンエア時には話題性優先で起用された大物芸能人がパッケージ販売では声優に切り替えられるのもよくある話です)。 普通の志願者が「声優」という単語を聞いたときに連想するであろうアニメーション/ゲームとも、9割以上の作品は声優(舞台出身か養成所出身かはともかく)だけで作られていますし、人数ベースで見れば率はもっと上がるでしょう。

私の知る限り、歴史上行われたほぼすべての声優公募オーディションの合格者は、実際にはその後養成所で訓練してスキルを磨くことで初めて、業界に生き残れる人材となっています。まあ、技術職だから当たり前ですが。

『有料オーディション通いまくる自己流でトレーニングの方が場数踏めたりしてね』は、「3.自分に有利な将来像を予想する」か「10.ありえない解決策を図る」でしょう。 日本においてオーディションで選ぶ側の当事者、音響監督やプロデューサーたちは大変に忙しく、声優事務所で選別した人材を対象にしたオーディションですら、選択肢(人数)が多く、大変な作業になっています。 ですので、有料にしようとしまいと、事務所に所属しない人が参加できる、質のよいオーディションの開催が増えるとは考えられません。もちろん、オーディションを受けることがトレーニングにならないとも思いますが。

確かに、養成所を含めた声優事務所がギルド的な閉鎖環境を作っているのは事実です。ですが、それを批判するには、そのシステムがどのように成立し、どのように維持されているかを含めて分析せねば無意味です。 それを堀江氏およびその発言に同調する人が行っているようには見えません(もっとも、堀江氏に反発している人も、そこを分かっている人は少数だとは思いますが)。

shiro (2013/06/18 09:57:52):

ありがとうございます。私はUSでの舞台/TV/映画の経験しかないので、日本の事情を知る方の解説は有難いです (日本ではアマチュア小劇団の経験だけです)。

このエントリは、声優が高度な技術職であることに異を唱えるものではありません。それが一般に認識されていないのではないか、ということが論点です。例えばプロスポーツで、「トライアウトの参加権を売りましょうよ」って話は出てこないと思うんですよ (もしくは皆ファンサービスだと最初からわかってて話をする)。堀江氏の発言そのものよりも、それが半ばシリアスな文脈で「出てきてしまう/話題になる」ということ自体がまずいんではないか、という憂慮です。

様々な制約の中でクオリティを高めるためには、業界全体で何よりも作られるもののクオリティが大事なんだという「矜持」を保つ必要があると思います。たとえ1作であっても知名度の高い作品に、話題優先、技術後回しのキャスティングをしてしまうと、それは結局業界にとって悪影響を及ぼすんではないか、とか。オーディションでは金をとらない、というのもそういった矜持のひとつで、私の知るアクティングコーチ、ディレクター、プロデューサ、俳優、誰に聞いても「それはだめだ」と言うでしょう。

ところで、日本の「事務所」のシステムはよく知らないのですが、エージェント (コミッション制で、俳優側の代理人となる) と考えて良いのでしょうか。

Post a comment

Name: