いじめの被害を、誰にも言わず、一人で抱えている子は少なくない。残念だが、そのまま死を選んでしまう子さえいる。高校時代に受けたいじめについて、取材班にメールを寄せた三十七歳の男性もこう書いている。
「(いじめられていることを)自分から親には言えないのです。それなら一生耐えて隠し通すか、自分を消してしまうことを選択するしかない、という気持ちは(当時の)私にもありました」
しかし、それでも、やはり話すべきだ。そうすれば、親や周囲の大人は対処を考えることができる。だが、「話す」ことの意味は、それだけではない。
いじめの被害は無論、大きな心理的ストレスだ。そして、それは、実際に体をもむしばんでいる。
例えば、昨年、米国精神医学会の年次総会で研究者が発表したのは、心理的ストレスを長い期間受けると、老化に関係するとされる細胞内の染色体末端のDNA(テロメア)が短くなり、適切に働かなくなるとの研究結果。体を守る免疫機能の低下にもつながりかねず、深刻な病気の原因にもなり得るという。
ストレスにあうと放出される副腎皮質ホルモン(コルチゾール)は、脳の中で記憶に関係する「海馬」の神経細胞を破壊するともされている。
このストレス、どうすればいいのか。一つの方法は「誰かに話せばいいんです」と宮崎公立大(社会心理学)の教授、川瀬隆千(45)は言う。
専門的には、感情の「社会的共有」というそうだが、心中の悩みや不安を誰かに語ることは、不安定な状況からの回復につながったり、健康に及ぼす長期的な悪影響を予防したりするということが、いくつかの実験を通じて指摘されているという。
川瀬自身、数年前、失業中の人々約二百二十人を対象に、ストレスと、その言語化(社会的共有)について調べたところ、失業や求職にまつわる不安や悲観を他者に語ることができない人ほど、精神的健康度(三十項目で測定)が低い、という結果が出たという。
日本の精神医療に最も大きな影響を与えた米国の心理学者ロジャーズによる「来談者中心療法」の根幹の一つも「傾聴」だ。カウンセリングの現場では、患者は日常的に「話す」ことで苦境を脱するチャンスをつかんでいる。
例えば、元聖マリアンナ医科大助教授で神経内科医の米山公啓(54)の経験。大病院の名前を挙げ「うつ病で通ったが治らなかった」と米山のクリニックにやってきた初老の男性患者がいた。だが、使う抗うつ剤の種類など、できる治療は同じ。ところが「うちは暇だから週一回、長々と話を聞いていた。そしたら症状が改善しちゃった」。
「話す」がクスリになることもあるのだ。どうしても無理なら「書く」だけでも。
過去の忌まわしい出来事を一日二十分間、連続四日、書きつづらせるという米国の心理学者ペネベーカーによる実験。当初、忌まわしい記憶を思い出し、気分を害す被験者も多かったが、六週間後に血液検査をしたところ、免疫機能が高まっていたという。
彼は著書「オープニングアップ」の中で、こう書いている。「筆記するにせよ話すにせよ、(思考や感情の)抑制が生む問題の多くは告白することで緩和されます」
もちろん、受け止める側も、そうしやすい状況をつくることが必要だ。
自身のいじめ被害をつづり「自殺まで考えました」と取材班にメールを寄せた東海地方の現役の男子高校生。彼は、子どもは学校や塾、親は仕事で忙しく、「親と子が話す時間が少なくなってきた」「こんなので親に悩みを話せるでしょうか」と訴え、こう結んでいる。
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