エピローグ ローズ(8)中編


「あー、皆さん、本日はお忙しい中よくお集まり頂きました。今回は、今後のわれわれの活動の方針についてご議論いただければと思います」

 所はシルビアのマンションの一室。大勢の客を応対するための大部屋にしつらえられている楕円の黒檀のテーブルを取り囲むように、ネメシスとヴァルキリーの面々が着座している。


「本日の議題は、残るヴァルキリー部隊に対してどのように対処すべきかなのですが・・・・・・」
「おい、シモン」
「は?」

 見るからに不機嫌そうな顔でシモンの司会進行を遮るはサファイア。

「はじめる前にいろいろ尋ねたいことがある。まず、何だ。この場は。ここはネメシスの今後の戦略を練るいわば最高幕僚会議であろう」
「はぁ、まぁ。そう言われればそんなもんかもしれません」
「『はぁ、まあ』じゃない。なれば、なぜこの機密に関わる会議に、こともあろうに我々の不倶戴天の憎き敵のヴァルキリーどもが図々しくも座っているのだ!」

 確かに見回してみれば、シルビア、フィロメア、ルピアがずらりと揃っている。ネメシス側はシモン、サファイア、ベリルしかいないのだから、ほぼ同数だ。むしろベリルは「0.5」くらいだから、ネメシス側のほうが少ないといってよい。

「それはですね、残るヴァルキリーに対してどのような対処をするか考えるに当たっては、同じヴァルキリーに属する彼女たちの持っている情報が不可欠であるからして・・・・・・」
 シモンの言葉にドン、と机とたたくサファイア。

「そんなもん必要ない!と、いうよりも、第一、対処案も何もあるものか。見敵必殺がネメシスの常道であろう!ヴァルキリーどもを全員血祭りにする以外、我々ネメシスに二案は無い!!」

「いやぁ、見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)がウチの常道だとは初耳ですが・・・・・・」
「だいたいここにいる連中がそもそも大手を振ってのうのうと生きていること自体がおかしいのだ。そもそもお前が何でこの場を仕切っているのだ!」
「えーと、そのぅ・・・・・・不肖、このシモン、実はヴァルキリーに対する対応をベリル様から全権委譲されてまして・・・・・・」
「そ、そうなのですか?ベリル様」
「んあ」
 重々しくうなずくベリル。しかし、ファミレスによくある幼児用のイスに腰掛け足をぶらぶらさせ、アイスを舐めながらの対応なので、どう見ても重厚さには欠けている。
「し、しかし、ベリル様、そもそもネメシスの策謀は、代々将軍家をつかさどるこのサファイアが・・・・・・」
「んあ、んあんあ」
「で、でもですね」
「んあ〜〜んあんあんあんあ〜!」
「いや、そうはおっしゃっても・・・・・・」
「んあんあ!んあんあんあ〜!!んあんあんあんあんあ〜!!!」

 何往復かのやりとりの後、サファイアはどうも論破されてしまったのか、しょげかえってしまった。


 結局、入り口論でアレコレやっているうちに時間も尽き、その場は散会となった。










 そのまま、シモンは、シルビアのマンションの一室を間借りすると、ぼやぁ、と外を眺めていた。

「……シモン様」
「ああ、ルピアか」
 先ほどの会議では一度も発言のなかったルピアが、いつの間にかシモンのいる部屋に入ってきていた。服装は学校の制服で、カバンも持っている。今日は土曜なのだが、生徒会か何か用があるのか、これから登校するのだろう。

「……シモン様は、どうお考えなのですか」
「どうって?」
「……残りのヴァルキリーをどうするか、です」
 シモンは思わずルピアの顔をまじまじと見つめ、思わず小声で笑い出す。
「…………何がおかしいんですか」
「いや、いやいや、だってお前さんもヴァルキリーじゃないか。それが『残りのヴァルキリー』だなんていうものだから」
 くっくっく、とくぐもった声で笑っていたシモンであったが、ルピアは、しかし、真顔で、
「……わたしは……わたしは、もう、戻れませんから」
 笑うのを止めたシモンは、目を細めて、からかうように、
「なんだ、後悔してるのか」
 
 無言でシモンを見つめるルピア。言外に、「もう、その議論は通り過ぎたはずでしょ?」と言いたげだ。

 重苦しくなりそうな空気を振り払うように、手をバタバタと揺さぶると、シモンは声音を変えて、
「では、お前さんの意見を先に聞こうか」
「わ、私のですか!?」
「そんなに目をまんまるにして驚くなよ。
「……ずるいです。私から聞いたのだから、先に自分から答えるのがヒトの礼儀というものだと思います」

 およそ被洗脳者(ニンゲン)洗脳者(宇宙人)に対して発する言い草とも思えないが、普段の冷静沈着さを地平線の彼方にうっちゃってしまったかの如き言い振りが可笑しかったシモンは、あえてとがめだてもせず、
「決定権がある私が言ったらそれが結論になってしまうではないか。まずお前から言ってみろ」

 不服そうではあったが、ルピアは少しだけ視線を落とした後、
「……ヒルダ司令は、少なくとも洗脳すべきだと思います」
と、ポツリと言った。

「ほう、その心は?」
「……すでに、ローズ司令、シルビア司令もシモン様の支配下にあります。現在、シモン様を始めとするネメシスを脅かすジンルイ側の実力組織は、ヒルダ司令以下、欧州ヴァルキリー隊のみです」
「ふむ」
「……ヒルダ司令は、まだシモン様やネメシスがチキュウに戻っていることに気づいていませんし、司令は諜報方面は専門ではないのですが、ヒルダ司令をサポートするために、今ニホンまで一緒に随行しているイスメネは、諜報を含め、大変優秀な参謀だと聞いています。彼女が、何かをきっかけに、シモン様の存在に気づく可能性は、ゼロとは言えません」
「へぇ、そりゃ初耳だ」
「……欧州ヴァルキリー隊は、大変優秀な部隊です。また、人数も数十名を擁する大組織です。ひとたびヒルダ司令がシモン様の存在に気づけば、そして私たちが洗脳されてシモン様の支配下にあることを知れば、欧州にいる本体を呼び寄せ、私たちを全力で殲滅にかかるでしょう」
「それはひどい。血も涙もないなあ。友誼や人情とか同じ釜を食った仲間同士の人情とかはいう概念はオーシューとやらにはないのかいな」
「……あなたがそれを言いますか」
「続けていいぞ」

 コホンと咳払いすると、ルピアは何事もなかったように。
「……ヒルダ司令の名誉のために申し添えますが、ヒルダ司令は、大変情に篤い方です。ですが、ヴァルキリーの不文律として、小を捨てても大を取る、という方針があります。これまで、多数のヴァルキリーが、囚われたり傷ついた仲間を助けるために命を落としてきました。・・・・・・これは、これまでのネメシスとの苛烈な闘いから私たちが学ばざるを得なかった『法』なのです」

 シモンの沈黙を催促と取ったルピアは、そのまま続ける。

「・・・・・・私たちが『戻れない』とわかれば、おそらく参謀のイスメネは、私たちを『抹消』すべき、とヒルダ司令に進言するでしょう。そうなれば、たとえヒルダ司令とはいえ、長としての立場があります。受け容れざるをえないでしょう」
「さすがオーシュー正嫡。ベンサムもマキャベリも草葉の陰で泣いて喜んでるだろうな」
「……もちろん、ローズ司令、シルビア司令は、冠絶した実力を持っています。フィロメアも、並のヴァルキリーでは太刀打ちはできないでしょう。しかし、ヒルダ司令は、両司令に引けをとらない実力ですし、今ニホンに来ているアンティゴネ、イスメネは、フィロメアとほぼ同格。さらに、欧州隊は、人数も多く、ヒルダ司令の特殊能力を活用した組織戦を得意としています。もし全員そろって戦えば、控えめに言ってかなり厳しい、正直に言えば、私たちだけでは、十中八九負けると思います」
「へぇ」
「……ですから、本隊と切り離された状態で、ヒルダ司令以下3人だけで来日している今が、最大の好機です。私たちの現状に勘付かれる前に、少なくともヒルダ司令を洗脳しておくべきです。万一、欧州隊が私たちの存在に気がついても、ヒルダ司令の心に『楔』を埋め込んでおけば、しのぐことが可能です」
「むむぅ・・・・・・」

 シモンは目を瞑って腕組をして聞いていたが、

「いやぁ、献策ありがとう。よくまあそこまで考えてくれてるねえ」

「・・・・・・恐れ入ります」

「しかし、なんだな、今の話を聞いてて、一点疑問があるのだが」

「・・・・・・なんでしょう?」

「お前さん、先ほど、『小を捨てても大を取る』というのがヴァルキリーの不文律と言ったな?」
「はい」
「であれば、筋論から言えば、ヒルダのみならず、イスメネ、だっけ?あと2人のヴァルキリーも、いや、それどころか、欧州部隊も先立って全員洗脳、まさにサファイアの言葉ではないが、相手に気取られる前に『見敵必殺』を取るのが、われわれのリスクを最小化する最善の策なのではないか?全員洗脳しておけば、まったく問題あるまい?」

「え、ええと・・・・・・それは、確かにそうなのですが・・・・・・全員洗脳するのは、時間も手間もかかりますし、シモン様が欧州に渡航するのはいささか手間でリスクもありますし・・・・・・」
「そんなの、ヒルダを洗脳してあとの全員を呼び寄せるよう命令すれば、問題ないではないか。大した手間もかかるまい。あるいは、フィロメアを欧州に派遣して任せれば献血ルームに並ぶニンゲンから採血する程度の手間隙でやってくれるぞ」
「・・・・・・えーと・・・・・・そ、そうは言ってもですね、やはり欧州のヴァルキリー隊が大挙してニホンに来るのは、前例がなく、やはり目立つわけでして、そうなると、関係各方面に、無用な不信感を芽生えさせてしまうわけで、あ、あと、フィロメア一人で欧州でそういうことをすると、万一の時フォローしにくく、それはあまりよくないというか・・・・・・」

 さきほどまでの明朗なロジックと口ぶりと裏腹に妙に奥歯に物の挟まったようないい振りに、シモンは少し顎に手を添えて考えていたが、やがて、
「まあいい、了解した。お前の策を採ろうと思う」
「・・・・・・ありがとうございます」
 少しほっとしたような表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐにそれを消すと、
「それでは、失礼いたします」
 と、お辞儀をして去ろうとするルピア。

「あ、そうそうルピア」
「・・・・・・何でしょうか」
 ドアに歩み寄るすがら、振り返るルピアに、

「『私の愛しのルピア』」

 シモンの言葉に、ルピアはそのまま凍りつく。

「ルピア、こっちに戻れ」

「・・・・・・はい」

 表情が欠落し、夢遊病者のような足取りでシモンの前に戻るルピア。






 ・・・・・・別に、ルピアの策にそこまで違和感があるわけでもない。ひとまずヒルダさえ押さえておけばなんとでもなるのは間違いなく、コストパフォーマンスから考えてればベストの案だろう。

 ただ、先ほどのルピアの取り乱し方が、どうも気になるシモンは、仕方ないので、ちょっと「細工」をしてみることにする。

「ルピア、私の声が聞こえるか」
「・・・・・・はい」
「よろしい。では、ルピア、今から言うことをよく聞くんだ。お前は、これから目が覚めた後、私から聞かれた質問には、何でも正直に、素直に、心に思ったことをありのまま答えてしまう。そんな自分に、お前は違和感を感じることはない。素直に答えるのは当たり前、それがお前のいつもの姿だ。わかったか?」
「・・・・・・はい、何でも正直に、素直に話します・・・・・・」
「よし、それでは、今、暗示を入れられたことも忘れろ。ただし、暗示の内容そのものはしっかり心にしみこんだ状態で、お前はすっきり目を覚ます。今、お前はヒルダのみを洗脳しようと提案をした。目が覚めると、私はお前に対して、『なぜヒルダ以外を洗脳しなくていいのか』と質問をする。話はそこから始まる。その質問に対して私にさっき返事をしたことや、今もう帰ろうとしたことは忘れろ。いいな?」
「・・・・・・はい」

「よし、それでは目が覚めるぞ、いち、にの、さん!」

 パチン!

 シモンが手をたたくと、ルピアの目に光が戻る。

「・・・・・・あ、あれ?」
「どうした、ルピア?」
「・・・・・・いえ、その・・・・・・」
 何か違和感がある。そのルピアのあいまいな疑問感が実体化する前に、シモンは、
「それはそうと、ルピア、答えられないのか?」
「え、な、何をでしょう?」
「聞いてなかったのか?なぜ、ヒルダだけ洗脳するんだ?他のヴァルキリー連中も洗脳してしまえばいいではないか」
「あ、ああ、すみません、その質問でした。申し訳ありません、ぼうっとしてたようです」
 ルピアは少し頭を下げると、

「かまわん、で、なぜ、他の連中を洗脳しないんだ?」
 ルピアは、きっぱりと、
「それは、あまりたくさん洗脳してしまうと、私の『番』が回ってこなくなるからです」
「・・・・・・は?」
 ルピアは、コホンと咳払いすると、平然と、
「シモン様は、洗脳した女性は、大変大事になさいます。それはそれですばらしい事ですし、洗脳したばかりのニンゲンは不安定なので、当然のケアなのですが、どうしても、洗脳したばかりの方にばかり気がいって、前から洗脳済みで安定しきっている、要するに私とか私とか私のようなニンゲンは、ほったらかしになる傾向が見られます」

「・・・・・・」

「・・・・・・すでに、私、サファイア様、ベリル様、ローズ司令、シルビア司令、フィロメア、そして私のお母さんが、シモン様のケア対象ですが、私のメモによれば、ここしばらくは、ローズ司令の安定化作業で、シモン様のローテーションの半分はローズ司令に費やされています。一方、ここ一ヶ月くらいでは私の『番』は、一週間に数時間あるかないかくらいになっています」
「い、いや、先々週は二晩くらいあったと思うが」
「・・・・・・そのうち一晩はフィロメアと一緒でしたし、もう一晩はベリル様と抱き合わせ販売でしたが」
「い、いいじゃないか、一緒にいたことには違いな・・・・・・」
「やかましいです。一緒だと、割勘で計算するのは世界の常識なんです」
「す、すみません・・・・・・」
 コホン、とルピアは咳を払うと、
「ともあれ、欧州部隊は数十名います。これを全員洗脳すると、シモン様はずぅーーーっとそのケアにかかりっきりになります。私はたぶん、うるう年の2月29日とか、マヤ暦最後の日まで、出番が回ってこないことなります。そんなことは、グレゴリオやチチェン・イツァーの遺跡が許しても私が許しません」
「い、いや、でも、あのな、ケアっていっても、洗脳の安定化だけなら、フィロメアやシルビアあたりに任せるという手も・・・・・・」
「ヴァルキリー欧州部隊は、美人ぞろいです。胸も大きい、スタイル抜群、髪もきれい、性格もいい子ばかり。シモン様、洗脳されたそんな女性陣を前に、黙ってられますか?」
「・・・・・・」
「言わなくてもわかります。無理ですよね。無理だと思います。ええ、無理ですとも。私はわかります。もう長い付き合いになりましたから」

 それまでハキハキと答えてたルピアは、さびしそうに、

「・・・・・・ですので、私としては、ヒルダ様の洗脳で、とどめていただきたいと、切に願ってます」

「・・・・・・うーむ」

 天井を仰ぎ、窓から高層ビルを眺めやっていたシモンであったが、ふと、

「しかし、それだとだな、ルピア。もうひとつ策があるのではないか?」

「え?」

「ヒルダも洗脳しない、という策だ。要するに適当に言いくるめてオーシューにまとめて帰ってもらえばいい。そりゃ多少のリスクはあるかもしれないが、そう滅多なことで、ばれもすまい。まず問題もなかろうよ」

「・・・・・・」

 ルピアは少し黙っていたが、

「いや、それはやはりよくないと思います。ヒルダ司令を何もしないで帰国させるのはリスクが高すぎます」

「・・・・・・しかし、それでは、お前の『出番』はまた遠のくことになるぞ?」

 ルピアは、少し目を伏せて
「それはそうです。本当は、ヒルダ司令も洗脳なんかしてほしくありません。たぶん、ヒルダ司令を洗脳すれば、シモン様はしばらくヒルダ司令にかかりきりになります。ヒルダ司令は、とても気高く美しい方です。きっと、シモン様も夢中になると思います。ただでさえローズ司令で忙しいのですから、こんなどうでもいい私の出番は、もっと回ってこなくなります・・・・・・」
 そう言葉を切った後、ルピアは、シモンを見つめる。
「・・・・・・でも、シモン様の命のことを考えれば、ヒルダ司令は洗脳せざるを得ないと思います。私は、我侭です。ですけど、私の我侭でシモン様の命を危険に晒すわけにはいかないです。・・・・・・いえ、嘘でした。私の案は、やっぱりシモン様を危険にさらしてます。本当だったら、シモン様のおっしゃるとおり、ヴァルキリー全員洗脳してしまえばいい、いや、ジンルイみんな洗脳してしまえばいいと思います。でも、私は、そうしてください、とは言えません。それは、私の我侭です・・・・・・本当に・・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 顔に手を当て、声を出さないようにすすり泣くルピア。

 シモンは、ルピアに近寄ると、ぎゅっと抱き締める。

「え、ちょ、ちょ、ちょっと、シモン様」
 シモンはそのままルピアをひきずるようにして、ベッドソファに寝かしつけて、覆いかぶさる。

「ま、待ってください、今日は、その、私の番じゃないです。今日は、その、フィロメアの番だったと・・・・・・」

「気分が変わった。今からするぞ」
「え、その、でも、私、今日は、下着も普通で、その、学校も午後から生徒会の仕事があって、あ、汗もかいてるし・・・・・・」
「休め。命令だ。下着や汗など気にしない」
「え、ちょ・・・ん・・・んん・・・・・・」
 シモンがキスをすると、ルピアの抵抗が弱まり、やがて、唇を小さく開き、甘えるように舌を伸ばし始める。シモンもそれに追随するように唇を人工呼吸をするように深く塞ぎ、ルピアの耳たぶから首筋へと、そしてふくらはぎから太ももへと、指を沿わせていく。
「お前は、さっき、『洗脳が不安定なニンゲンに俺はケアを重点的にする』といってたな?」
「え、・・・・・・は、はい」
「じゃあ、お前は、今、不安定だ。だから、重点的にケアしてやる。それならおかしくあるまい」
 その言葉を聴いたルピアの頬に紅が差す。顔が思わず綻びそうになるのを、何かでキリキリと抑えようとしているかのように、視線が泳いでいる。
「俺は少しお前を甘やかし過ぎてた上ほったらかし過ぎてたからな。ついでに言えば無駄に余計なことを考えすぎだ。いい機会だ。少し『修理』する」

 シモンはルピアの頬を撫でながら、耳元で囁く。

「無駄に回転が速いせいで余計なことばかり考えている中途半端に頭のいいその脳みそに、改めてお前は俺のために存在するモノで、それ以上でもそれ以下でもないことを1万回も1億回も上書きしておく。俺の声を聞けばいつでも奴隷になり、俺の道具でいるだけで幸せを感じられる、俺のために身も心も魂も、存在も、すべてを捧げつくす存在に、もう一度作りなおしておく」

「・・・・・・」

「脳みそだけでない。その不相応な身体もだ。半端に隙間がある割りに発育しすぎてるもんだから脳みそから垂れ流されて訳のわからないことが身体に溜まっていくんだろ。しょうがないから、余計なものが入りこまないように、お前の穴という穴を詰め物でふさぐことにする。唇から唾液を、膣には精液を、耳にも、尻穴にも、何もかも。子宮は、中が蕩けるくらい、赤んぼうを孕もうにも孕む場所がないくらい精液漬けにする。そのふしだらで卑しい、少し油断するとミルクを垂れ流す乳房を真っ赤になるまでゴムまりのようにこねくりまわして、乳牛のように搾り取る。普段どんな済ました顔をしていても、俺の肉棒を見れば条件反射で涎をたらし、ザーメンのにおいだけで絶頂する到達するような神経回路に繋ぎ変えておく。そのために、お前をこれから犯しぬくが、こんなにひどいと、5回、10回では足らないな。100回もイケばその中途半端な身体や頭も少しはまともになるだろう」
「・・・・・・そんなこと、言われると、私、もっともっと、わざと、不安定になっちゃいますよ。・・・・・・いいんですか?」
「そんなの好きにすればいい。ネジが緩めば巻きなおすのが職人のサガというもんだろう。道具が不安定になれば、直す。それが下っ端ネメシスのルーチンワークというものだ」

 ルピアは、シモンをぎゅっと抱き締め返して、

「・・・・・・シモン様、もうひとつだけ、不安定でダメな道具から、我侭なお願いがあります」
「なんだ?」
「その、さっき、百回イクまで今日は続ける、と言いましたよね?」
「言ったが?」
「その、百回を、百一回にしてもらえませんか?」
「・・・・・・かまわんが、何でだ?怪談のひそみにでも倣うのか?」
「いえ、その・・・・・・」
 ルピアは顔を真っ赤にして、








「さっきのシモン様の言葉で、もう、一回イッてしまったので」













 その夜、夜中の25時を過ぎた頃。

 すやすやと満ち足りた表情でベッドで眠っているルピアの脇で、アンパンを食べながら、シモンは、ベッドルームのデスクで、ヒルダ、イスメネ、アンティゴネの履歴書、レポートを読み込んでいる。
 
 シモンが一度いくまでに、十回近くルピアはイッてしまったため、かろうじて腎虚にならず済んだところだ。


「パパ」
「お”!ってフィロメアか。驚かすなよ・・・・・・、って、ああ、そうか・・・・・・」
 今日は、フィロメアの「番」だったんだっか、と思ってシモンが椅子から腰を浮かせかけると、フィロメアは、
「いいの。今日は」
 と机の上に、湯気を立てる黄色いコップを置く。

「・・・・・・悪いなあ」

 フィロメアは首を横に振ると、冷めないうちに飲んで、といった表情をするので、シモンは少し舌をつける。卵入りの蜂蜜セーキのようで、甘く滋養のあるとろみがシモンの胃を癒す。

「パパ。イスマもアンも洗脳するの?」

 イスマとはイスメネ、アンというのはアンティゴネのことだろう。

「いや、その気はない」

 ルピアとのやりとりをするまではどうしたものかと思っていたが、あそこまで言われてしまっては、やりづらくてかなわない。
 回転寿司でも一通り食い倒せば、飽きて帰るだろう。まあ、放っておいても問題はなかろう、というのがシモンの判断だった。


 そんなシモンの回答を聞きながら、一瞬、フィロメアは口を挟もうとするそぶりを見せたが、結局、声にすることはなかった。
 フィロメアも、ルピアと同じ利害の上に成り立っていたからである。


 しばらく、ちびちびとセーキを飲んでたシモンだったが、書類から目を離すと、


「さっきルピアが言ってたが、イスメネってのは、だいぶ出来るみたいだな」
「うん。綺麗で賢い」
「アンティゴネは?」
「綺麗で、すごくまっすぐ素直。でも強い」
「んー、ヒルダは?」
「賢くて、綺麗で、すごくまっすぐ素直。でも強い」
「全部じゃないか」
「あと、怒ると怖い」
「うーん……それはあまり嬉しくないな……。それはさておき、ヒルダはローズと仲がいいんだろ?」
「うん、すごく仲良し。ヒルダはローズを信用しているし、尊敬してるし、大好き」
「そうなると、やはり、彼女に動いてもらわざるを得ないな」
「……彼女?」

「いや、つまり、もしヒルダを堕とさなくてはいけない場合は、ローズを使うのがベターだろうな、ということだ」

 シモンの言葉に、フィロメアは、
「ひどい」
「……」
「かわいそう」
「…………」
「………………ヲニ、キチク、ヒトデナシ」


 無表情のゴスロリファッションの銀髪美少女にここまで悪し様に言われる経験もなかなかないものだ。
「お前、ずいぶん難しい言葉覚えてるんだなあ」
「習った」
 誰に教わったかは聞くまでもないだろう。
 シモンはため息ひとつつくと、
「酷い言われようだな。まあ俺も言うほどヲニではない。ローズが嫌だというようであれば、無理強いはしないつもりだよ」


「自由意思」なんて信じてないくせに、と思っていたとしても口には出さず、フィロメアは、今度はシモンに抹茶セーキを出すのであった。
 少しは苦い目にでも遭えばいい、というフィロメアの言外のメッセージの表れだったが、残念ながら抹茶好きのシモンにはあまり通用しそうもなかった。






 日曜の午後。
 家事を簡単にすませ、子供連れでにぎわうショッピングモールを歩いていたのは清水由佳ことローズだった。
 学校で少し作業をしていたこともあり、今日は白いブラウスに黒い上下のスーツに紅いヒールといういでたちだ。少し目立つ恰好だったせいか、今日は数件ナンパをうけて、いささかうんざりしながら、家路に着こうとしてた矢先、どこかでみかけた恰好の人間が歩いていることに気づく。
 目深にかぶった帽子ではあったが、ちらりと見えるその姿は、たしかに「あの男」のものであった。

 用心深く、シモンと思しき人物を追跡していたローズだったが、日曜の昼下がりということもあり、途中で見失ってしまった。

 と、そこに背中からローズの肩を叩く人物。
 振り返ると、そこには見覚えのある顔。

「……シモン……」
「やあ、お久しぶり、ローズ」
 身構えようとするローズに、シモンは軽く手を振り、
「そう焦ることはないだろう。ここは人も通る。少し別の場所で話さないか?」
「……ええ、そうね」
 確かにここは人目もある。いざとなれば何とでもなるとはいえ、あまり人目につく場所で魔法を使うようなこととなれば、面倒ごとも多い。

 シモンの誘導する場所に、ローズはつきしたがうことにした。




 街外れにある、これから取り壊されるだろう雑居ビルの中4階。
 いったいどこで知ったか、シモンはローズをここに連れてきた。
 だだっぴろい事務用の部屋だと思われるが、既に撤収が済んでいるのか、いくつかさびれた机がおいてあるだけ。片隅にはオフィスに似つかわしくなく、なぜか安普請のベッドがしつらえてあるが、ここはシモンの寝床なのだろうか?

「ここなら人も来ない。安心して長話ができるというものだ」
「残念ながら、あなたほど暇ではないの。すぐカタをつけさせてもらうから」
 ローズが手を一振りすると、そこに彼女の魔法具であるメイスが現れる。雷の文様が幾重にも掘り込まれた鈍色のそれは、彼女の魔力を倍増するものだ。
 これまで何度もその雷撃の槌に痛い目に遭わされてきたシモンだったが、鷹揚に手を振ると、
「うーん、そうか、それは残念だな。ヴァルキリーの総司令たる君には個人的には少しがんばってほしいのだが……」
 
 どうもシモンの言ってることが掴めない。がんばるのはどっちだ?私ではない。シモンのほうだろう。
 が、何かいやな予感がする。
 シモンが口八丁な人間、もとい宇宙人であることはよく知っていることだ。
 かつて、私が「犯された」こと、操られたあのおぞましい日々がちらりとローズの脳裏を掠める。
 もう二度とあの手を食うわけにはいかない。

「……問答無用」

 ヒールとタイトスカートというおよそ戦闘向きではない服装とは思えない跳躍で、一気にシモンへの間をつめる。軽くフェイントでシモンの目線を切るようにメイスを振った後、完全な角度で手刀をシモンの首筋に叩き込もうとしたその刹那。

「命令だ、ローズ、『凍れ』」
 
 シモンの言葉がローズの耳を貫く。
 あと数センチ。そこで、まさにローズの体が固まる。

 な……なんで……。

「ああ、ローズ、言うのを忘れてたが、君はまだ、私に暗示を埋め込まれたままなんだ。君には記憶がないだろうがね」

 シモンがゆっくりとローズの頬をなぜる。あたかも、蒐集癖のある家主が、自らのコレクションの彫像を検品するかのように。

「いちいち説明するのも面倒だから、思い出してもらうか、ローズ。この1週間前から今日まで、ここに来たときの記憶を思い出せ。これは『命令』だ」

 その言葉とともに、ローズの脳から記憶が流れ込む。
 7日前の記憶。6日前の記憶。5日前の記憶……。
 いずれも、シモンにこのビルにローズを呼び出しては、ローズを命令で絡めとり、言葉で嬲り、蕩かしていく経験。
 いずれも、最初は拒んでいた自分が、いつのまにかその言葉に絡めとられ、いつしかシモンに命令され、犯されることを望んでいくプロセス……。
 毎日、毎日。異なるプロセス、異なるパターンをたどりつつも、最初徹底して拒み、シモンに怒りを放ち、殺意を抱いていた自分が、最後にはシモンの肉棒を喜んで舐め、精液をすすり、尻穴をしゃぶり、そして子宮をシモンの欲望の白濁を流し込むよう哀願し、そしてそれが叶えられて至福の闇に墜ち、シモンに感謝と忠誠の言葉をささげるという、起点と結末だけは同じだった。


「な、な……なんで……」

 混乱するローズに、シモンは解説を加えてやる。

「ああ、そうだ。私は毎日君を呼び出し、あちらこちらで犯してる。そして、その後、毎日その記憶を封印しては、君を『日常』に帰してあげてるんだ。君の社会生活と社会的立場を保ちつつ、君の望みを叶えてあげているんだから、感謝こそされ、うらまれる筋合いはないぞ」

「き、きさま……お前は……」

 白い頬を憤怒と羞恥で朱に染め、にらみつけるローズの唇の前にシモンは指を突き出し、
「安心しろ。もし、君がこれから私とやる『ゲーム』に勝てば、君からこの暗示を解いて自由にしてあげよう。うん。もっとも、昨日も、おとといも、同じ『ゲーム』をしてたんだが、君は忘れてるだろうからな。改めて『ルール』と『前提となる事実』を説明しておかないとな。勝負はフェアでないといかん」

 シモンはそう嘯くと、

「実はな、君に与えている暗示は、ただひとつ、『私の命令に従うと、この上ない喜びを感じる』といことだけだ。今、君は自分の身体が動かないと思い込んでる。そして、それは私が君に、私の言葉に従うよう『洗脳』したからだと思い込んでる。だが、本当は、私の命令に従いたい、と心の奥底で君が望んでいるから、つまり、今君は、自らの選択で私の命令に従ってるんだ」

「わたしの意思?馬鹿な。そんなはずはない!」

「では試してみよう、ローズ。命令だ。そこに犬のように四つんばいになれ」

 その途端、さっきまでローズの体を縛り付けていた戒めが解けたようになくなり、代わりに、両腕に何かオモリがまとわりついたような錯覚に囚われる。
 そのまま沈み行く肢体。
 ローズは、ゆっくりと沈み行くにつれ、自分の体に甘い痺れが走り始めていくことに気づく。

「ふ、ふざける……なぁ!!」

 ローズは膂力の限りを尽くして、抵抗を試みる。

「うん、そうそう。そうだ。君が真にまさに正義を愛し、悪を憎んでいるならば、こんなふざけた人間のふしだらで下種な欲望に塗れた命令に従うことを拒むことができる。そして、君のその魔力を以って、私を灰燼に帰すことができるはずだ……ただ……」

 そんなローズの両肩を、少しだけシモンは圧してやる。途端、ローズの体に甘い疼きが走る。

「んはぁ……」

 甘い叫びが思わず、ローズの口から漏れる。

「どうしたものか、君は、私の言葉に従うと『快感』を覚えるようになってしまっている。ただ、それだけに過ぎない。君がその『快感』を拒み、私の命令を拒絶しきれれば、君は『命令』と異なる行動ができるはずだ」

「こ、この……下種が!」

 ローズの言葉に、シモンは満足そうに笑うと、

「理解が早くてよろしい。それではルールを説明しよう。これから君は命令をひとつ受ける。その命令を拒むことができれば君の勝ちだ。シンプルだろう?」

 不愉快だったが、従うしかない。この男は、こうやって女性をいたぶるのが好きな趣味の悪い男だが、逆に言えばその趣味は彼にスキを作るものだ。
 ここは、そのスキを衝くしかない。ローズは腹をくくる。

「いいでしょう。でも、私が勝ったら、私の暗示を解除するだけでなく、逆に貴方に私の命令を聴いてもらう、それでいいかしら」
「命令?」
「貴方は、ルピアもシルビアもフィロメアも洗脳しているでしょう?その3人の洗脳も解除なさい!」
「うーん、しかし、その3人の意思も聞かないと……」
「洗脳されたくてされてる人間がいるわけないでしょう!!!」

 シモンは少し考えていたが、
「まあ、いいだろう。これまで好き放題させてもらったところだ。それくらいのペナルティは飲んでもいい。君がこのゲームに勝てば、君からの命令をひとつ叶えよう」


 シモンは小さく笑うと、

「では、始めるとするか。ゲームのルールは、これから1週間、君が、私からの『命令』を受けないことに耐えること。つまり、私の命令は、『君が、私からの命令を1週間以内に受けるよう、私に望むこと』だな」


 いささかローズは拍子抜けした。これまでの命令と比べたら、たいしたことはない。

「そんなもの?簡単すぎると思うけど」

「君のとっては簡単のほうがいいだろう。時間の確認しておこう。君の腕時計を基準にしよう。今、何時だね?」

 ローズは腕時計を見る。


「24日。午後4時12分」


「よろしい。では今からスタートだ。ただし……今から君の外界への感覚はすべて遮断される。耳も聞こえない、目も見えない。皮膚感覚も何もない。体もまるでないように感じられる。これも『命令』だ。さぁ、はじめ!」

 シモンが、パンと手を叩いた瞬間、ローズの体から力が抜け、床に倒れこむ。目はうつろで、口は小さく開いたまま、ただ、体が時々痙攣している。





 一瞬何が起こったか、ローズは混乱した。
 目の前が暗転し、まさに世界がなくなったような衝撃を受ける。
 何が起こったかわからず、一瞬あわてふためいたものの、落ち着いてローズは先ほどのシモンの言葉を反芻する。

 『今から君の外界への感覚はすべて遮断される。耳も聞こえない、目も見えない。皮膚感覚も何もない。体もまるでないように感じられる』
 
 なるほど、そういうことか。
 かつて、ローズは無音室で訓練をしたことがある。また、閉鎖空間での訓練も受けたことがある。いずれも人間の感覚を削ぎ落とされるような空間の中で、長い時間拘束されたとしても、耐えることができるようにするための訓練だ。

 しかし、ここまで徹底的なものは初めてだ。
 視覚、聴覚はもちろん、身体感覚までまるでない。
 宇宙空間に放り出されたような錯覚。
 死後の世界があるのであれば、このようなものなのかもしれない。

 これまでの一週間の間の記憶の中で、シモンに与えられてきた「命令」は、むしろシモンから性的な接触や快楽を受け続けるような、そういう命令だった。
 だが、今回は、むしろ逆だ。
 むしろ、楽なものだ。1週間は、耐えられない長さではない。

 ローズは心を鎮め、ただ耐えることにした。


 ……。
 …………。
 ………………。

 どれくらい時間がたったか。
 ローズはいささか混乱していた。

 完璧な闇は、むしろさまざまな錯覚を生む。

 目の前の闇から、むしろうす白い靄のようなものが浮かんでは消えていく。
 完全な静寂のなかかから、耳鳴りのようなものが聞こえては消えていく。
 動かないはずの体から、何か妙な疼きのような波動がさざめいては消えていく。

 しかし、どれもその「何か」は、追おうとすれば消えていく逃げ水のようなものだ。
 幻に寄る辺を求めても、何も得られない。
 理性ではわかっていても、つい、何か幻が目に浮かべば、それを追わずにはいられない。
 時間を数えることができればいいが、最初の数分は数えることができていたが、幻に心を奪われているうちに、いつしかわからなくなっていた。
 そもそも1週間、といえば168時間。1時間が3600秒なのだから、数えていけば……ええと、どうやって計算すればいいのだろう?

 いつしか、掛け算もまともにできないほど、ローズの理性は磨耗しつつあった。


 
 ……………………。
 …………………………………………。
 ………………………………………………………………。


 いつしか、幻すら見えなくなってきた。
 静寂、静寂、静寂。
 外界から何も感じられなくなった今、ローズの脳裏に思い浮かぶのは、さっきシモンから解放されたこの1週間の『記憶』だ。

 シモンに撫でられた。
 シモンに褒められた。
 シモンに舌をついばまれた。
 シモンの苦い精液を舐めた。
 シモンに抱きすくめられた。
 シモンにクリ○リスを舐められた。

 体感がなくなった今、ローズの身体の実在を知らせるのは、かつての記憶だけだった。 視覚がなくなった今、ローズに思い出されるのは、よく調教された犬を愛でるようなシモンの瞳の色だけだった。
 そして、聴覚は、ただ、ひたすら、さっきまであれほど疎ましく思っていたシモンの声を追い求めていた。

「命令だ、ローズ。そこに跪け」
「命令だよ。ローズ。これからお前は犬になるんだ」
「命令だ。ローズ。お前はこれからマゾになる。ただ、虐められることが、お前の悦びなんだ」
「命令だ。ローズ。お前はこれから私を愛するようになる。盲目の愛の奴隷になるんだ」
「命令。ローズ。お前はこれから私の苗床だ。私の精液をただ受け止める、肉壷になるんだ。お前はただそれだけの存在に成り下がるんだ」


 ……。
 …………。
 ………………。

 ローズは心の中で頭をふる。
 何を考えているんだ。
 私は、今、彼の呪縛から逃れようとしているのだろう。
 なのに、なぜ、彼の声を求めるのだ。彼の命令を求めるのだ。
 強く心をもて、ローズ、ここで負けるわけにはいかない。
 私はヴァルキリーの長なのだ。屈するわけにはいかないのだ。

 ローズの理性は、沈みゆき、分解しそうになる自分の心を、なんとか食い止めようとする。

 しかし、そんなローズの理性をあざ笑うかのように、どこからともなく声が聞こえる。

              なんでそんなに頑張ろうとするの?
              あなたを導いてくれるのは、シモンだけなのに。そうでしょ?



 違う!違う!違う!
 あんなのはまやかしだ!あれは薬で操られていたからだ!
 私の本当の気持ちはそうじゃない!!


          へえ、本当の気持ち?
          でも、命令されて気持ちよかった。そうでしょ?
          でも、命令されてうれしかった。そうでしょ?
          誰もあなたを導いてくれないのに、彼だけはあなたを導いてくれた。そうでしょ?
          すべてをゆだねることの悦びを教えてくれるのは彼だけ。そうでしょ?


   だ、だから、それは違う……。

        なんで?なんで違うの?
        違わないよね?だって、今、あなたは彼の声を求めてる。
        彼の肌のぬくもりを求めてる。
        彼の命令を求めてるもの。

      

      違う、大体お前は誰だ!
        
       ……私?
       私はあなたよ?
       ずっとあなたに押さえ込まれてた、あなた。

        
      ち、違う、私はそんなんじゃない……。

       ふふふ、じゃあ、もう少し待ちましょう。
       あなたの本当の気持ちが、私を解放してくれるのを。
       時間は、たっぷりあるもの。
       でも、ひとつだけ、大事なことを覚えておいてね。


      ……大事なこと?






       ……もし、あなたが、この勝負に勝ったら、あなたは、もう、彼から、命令してもらえなくなることを。
       ……それは、今と同じ、何もない世界に、あなたは一人放り出されることだということを。








      うるさい!うるさい!だまれ!!!!!!!!!!!!!!




 ローズの叫びに、ローズに語りかけていた声は、ふつりと止む。



 耳鳴りのするような静寂。まとわりつくような闇。それだけが、彼女を包み込む






 ……克った。わたしは、わたしの内なる誘惑に克った
 もう大丈夫、わたしは、この勝負に勝つことができる。
 そう、勝つ。勝ったら……勝ったら……………勝ったら……。








  私は、もう、命令されなくなる、そうだ。私は解放されるのだ。

   私は、解放される。解放されるんだ……。


    そう……今、のように、闇の中に、静寂の中に、解放、される。




     あれだけたくさんの命令をもらえてたのに。
      これからは、それがなくなる。
       これからは、なにもなくなる。
        何も、何も、何も。





         何も聞こえない。
         何も見えない。
         何も感じられない。




         ……ね、ねえ。
         ねえ、『私』。
         さっきまで私に話しかけてた『私』。
         ねえ?いるんでしょ?そこにいるんでしょ?さっきまであんなにうるさかったじゃないの?ねえ。なんで話しかけてくれないの?


 

 しかし、何も答えは返ってこない。











 克ってしまったから。
 私は克ってしまったから、何もなくなってしまった。












 ああ、あああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!!!




 ローズは独り、叫び声さえ静寂(しじま)に吸い込まれていく闇の中で、流せるはずもない涙を流し続ける。



      





      





      





      


 それからどれほどの時間が流れただろうか。
 起きるとも、眠るともうかない気だるいまどろみの中にいる彼女に、
 何もない空間で、ただたゆたう彼女の耳に、



"ローズ"

 どこからともなく、声が聞こえてくる。
 何もない世界の中に、はじめて、何かが与えられた瞬間。




 次の言葉を待ちわびるローズに、





"ローズ、『命令』だ"





 めい、れい……。

 もう与えられることのないと思っていた命令。

 久しく感じられなかった心臓の音が、どこから聞こえるような幻想に囚われる。



 待ちわびるローズの耳に、更なる声が、飢えた旅人への甘露のように、注がれる。


"よく聞くんだ、ローズ。これからお前の体に感覚が戻ってくる。目は開き、耳も聞こえ、肌の感覚もすべて、元通りになる。必ずそうなる。さぁ、今からゆっくりと戻っていくぞ、いち、にの、さん!!"





 パン!







 手を叩く音とともに、闇から引きずり起こされるような感覚を覚える。
 光が視界に溢れ、思わずローズは顔を顰めた。

「やあ、ローズ。お目覚めかな?」


 ローズは目をしばたたかせる。体に感覚が戻ってくる。いつのまにか、ベッドの上に寝かせられていた。シモンが移動させたようだ。

「体の調子はどうだ?」

 混乱のためか、言葉を発すことができず、沈黙のまま、シモンを見つめるローズに、

「すぐには直らんかもしれないな。まあ、いいだろう。おめでとう、ローズ。君の勝ちだ。時計を見たまえ」

 ローズは壁にしつらえてあった時計を見た。デジタルのその時計は、31日、午後4時20分をさしている。

「見てのとおり、ゲーム開始から1週間と5分が経過した。つまり、耐え切った君の勝ちだ。おめでとう」


「あ……」

 すっかり忘れていた。自分は、「ゲーム」をしていたんだった。そんなローズの心中を知ってか知らずか、シモンは続ける。

「これで君も晴れて自由の身だ。私としても残念だが、ルールはルールだからな。もう既に君に植え込まれた暗示はすべて解除している。もはや私が君に命令を与えても、一切君に特殊な効果はない。つまり、今から君が私と改めて勝負を挑もうとすれば、できるわけだ。さて、その前に、約束だったな。君からの命令を、ひとつだけ、叶えてやろう。もっとも、私ができる範囲のものに限る、が……」


 ローズは無言のままベッドから腰を起こし、ベッドサイドテーブルに置かれていたメイスに手をとり、ゆらり、ゆらり、とシモンに近づいていく。
「ちょ、ちょ、ま、待て待て、いきなり痛いのはちょっと、だな……」
 シモンが一歩後ずさりすると、ローズは二歩、シモンが三歩下がれば、ローズは五歩。
 そうこうしているうちに、シモンはあっという間に壁際に追い詰められる。

「……めいれい……」
「……」
「………………めいれい……………………して、いいの?」
 窓を背にした逆光のため、思わず床にへたり込んだシモンからはローズの表情をうかがい知ることができない。
「あ、ああ……約束だからな……」
 途端、ローズの姿がシモンの視界から消えた、と思うや否や、シモンの天地がひっくりかえり、床に叩きつけられる。

「ぐぇ……」

 床に組み伏せられたシモンの目の前には、ローズの顔がある。手に握られたメイスの刃の部分が、シモンの首筋の薄皮に押し付けられている。

「……本当に、洗脳と暗示がなければ、なんてことのない男。見かけも普通、体力もない、ずるがしこいだけの、精力だけ人並みはずれている程度の、下卑た男……」

 ローズはそういいながら、シモンをにらみつけていたが、やがて、腕の力を緩めると、
「なのに、なんで……」

 そういうと、ローズはシモンの頭を抱きすくめる。
 勢い、シモンの目の前に、ローズの端麗な貌が息のかかりそうな距離に来る。

 目は潤み、頬は上気している。
 吐息は熱く、湿っている。
 小さく開いた唇から、紅い舌が小さな蛇のようにちらちらと動いている。
 しなやかで豊かな身体も、心なしか、シモンの脚と脚をからめとるかのようにうごめいている。

 その姿は、その上品な顔立ちに似つかわしくのない、淫媚さに満ちていた。


「シモン、命令よ。……いえ、命令、させてください……」

 ローズはそういうと、シモンの耳元で、


「……どうか、私に、これからも、永遠に、命令して、私を支配し続けてください。私を首輪に繋いで、ずっとその声と、身体で、私を縛ってください…………」

 ローズはシモンの頬に自分の頬を擦り付けて、嘆願する。

「毎日私に、耳元でいやらしい命令をささやいてください。
 あなたの唾液の味を忘れないよう、毎日私の口を犯してください。
 毎日、私の乳房を、痛々しいほど掴んで、紅く腫れるまで握りつぶして、貴方の手の力を感じさせてください。
 この浅ましい舌に、口に、胃袋に、毎日貴方の精液を注いで、その熱を感じさせてください。
 貴方のそのたくましい肉棒で、私のふしだらで卑しい子袋に、精液を注いでください。
 お願いします。もし難しければ、一日どれかひとつでも、一週間に一度でもいいんです。」

 ローズの嘆願は、いつしか、嗚咽と涙を帯びつつあった。

「……あなたのことを、ずっと私に感じさせてください。……………………お願いですから、もう独りにしないでください………………………………」

 シモンはにやりと笑うと、ローズの豊かな乳房をぎゅっと掴む。

「んああああああ!!」

 思わず叫ぶローズに、

「卑しいやつだな。かつての部下や同僚を助けることより、自分の肉欲が満たされることを選ぶのか」

 シモンの問いに、ローズは髪を振り乱しながら、

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!でも、私は、もう、だめなんです!!!!貴方がいないと、生きていけない、そういう生き物に、なってしまったんです!!それが、わかってしまったんです!!!!」

「そうはいっても、俺もずいぶん子飼いのものが多くてな。実はそんなに時間もかけてもいられないんだ。そうだな。俺の都合のよいときに、都合のよい玩具として扱っていい、というなら、たまに気の向いたときに、お前に『命令』してやる。お前がそういう都合のよい性欲処理人形、ヒト以下の道具として扱われていいというなら、構わんが?」

 ローズの顔が喜色に満ちる。あまりの喜びのためか、彼女の頬から一筋の涙が流れる。

「いいです!それで十分です。お願いします。私を貴方の『モノ』にしてください!!」

「じゃあそういう契約をしてやろう。それでは、早速今日の命令を授けてやる。俺の肉棒をとりあえず、舐めてもらおうか」

 シモンはそういうと、ローズの前に仁王立ちになった。

「はい!喜んで!!!」


 ローズはこの上なく幸せな表情を浮かべると、シモンのズボンを脱がせ、肉棒をしゃぶりはじめる。ひざを横倒しにしてしゃがみながら、ひたすらに奉仕を開始する。
「ああ……美味しい……」
「そんなに美味いか?」
 ローズはシモンに対して上目遣いで、
「だって………………この1週間、ずっと、夢見てましたから………………」
 ローズは幸せそうな表情で、シモンの肉棒を舐め、丹念に奉仕していく。カリに舌をチロチロとそわせたかと思えば、裏筋を唇でついばみ、舌で鈴口に唾液をテロテロとまぶし、頬の内側に唾液をためて、ちゅばちゅばと音を立てながら顔を前後にシャフトしてシモンの肉棒をいやらしく染めていく。やわやわと手で玉袋をマッサージしながら、尻穴ももう片方の手で責めていく。ひたすらシモンに快感を与え、そのことで自分も快感を受ける。自分が虐げられれば虐げられるほど、彼女の身体は恍惚感に満ちていくのが、仁王立ちになったシモンが上から見てもよくわかった。
 太ももをゆっくりと撫で、鼻をならしながら音を立てて味わいつくすように、薄く目を開きながら恍惚とした表情で舐め続けるローズに、シモンもゆっくりと反撃を試みていく。手を伸ばし、ブラウスのボタンをひとつ、ふたつ外すと、その隙間から弾力に満ちた乳房をゆっくりと撫でさすりはじめる。
 その手の動きに、ローズはそれをシモンの望みと思ったのか、自らブラウスの前を開き、ブラを下げて胸をはだけると、シモンの肉棒を自らの乳房の間に挟みこみ、舌先で亀頭を刺激していく。
 シモンは自ら床に腰を下ろし、大の字になると、ローズはシモンに覆いかぶさるようにして、奉仕を続けていく。ゴム鞠のような弾力を楽しみながら、薄紅色の乳首を強くつまむと、それに呼応するかのようにして、ローズの口の動きと舌の動きは激しさを増していく。
 献身的なローズのその艶かしい姿と巧みな技に、シモンははやくも一度目の高ぶりを迎えていく。
「いくぞ、まず手始めだ」
 シモンはそのままローズの髪の毛を掴んで、喉奥までねじりこむようにして腰をグラインドしていく。それを受けてローズも、激しく頬をすぼめ、舌を肉にまとわりつかせ、吸い尽くそうとする。

 どく、どくどくどくどく……。

 最初の射精を終えると、ローズは粘っこいシモンの精液をごくごく、と躊躇なく飲み干していく。光を失った瞳を半目にしながらも、なおも飲み足りないのか、ローズはシモンの竿を口いっぱいにほおばり、頬をすぼめて吸い付き続ける。
「美味しかったか?」
 シモンの言葉に、ローズはシモンの陰茎を解放して、頬を少女のように染めて、こくりと頷く。
 シモンはそのままローズを引き起こすと、そのままその手を引いて、ベッドに押し倒す。はずむような乳房がむき出しになったまま、艶かしい肢体をシーツに横たえた彼女にシモンは覆いかぶさり、乳首を舐めたてる。既に起ちあがっていた乳首が激しく感じるのか、シモンが舌先で乳輪を舌をなぞるたびに、ローズは瘧のように激しく身もだえする。
 シモンはそのままローズの肌理の細かい白い肌を伝い、鎖骨にそって唇を動かすと、そのまま、彼女の唇を塞ぐ。タイトスカートの奥にあるストッキングを器用に脱がし、ショーツの上から雌蕊をひたすらいじっていく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 シモンの指が彼女の敏感な場所を弾く度に、ローズは声無き声を上げるようにして舌をシモンの唇の中に伸ばしては、シモンの舌を自分の唇の中に引き入れようとする。そうしつつも、彼女の身体は貪欲にも、シモンの腕をその豊かな太ももでカニバサミのように挟んで、自分の股の間の花芯に引き入れ、擦り付けようとする。
「ローズ、『命令』だ。お前が今から俺の肉棒を入れてほしいところを、自分で開いてみろ」
「……はい、シモン様」
 ローズは恍惚とした表情で、タイトスカートを半脱ぎにするようにして捲り上げ、ストッキングを自ら破ると、濡れそぼったショーツをずらして、蜜に溢れる肉裂をシモンに向かって突き出す。
「さあ、お前が卑しいメス犬なら、ご主人様に向かっておねだりしてみろ」
 そのシモンの言葉に、ローズは光りなき瞳をシモンに向け、虚ろに微笑みながら、
「……シモン様、お願いします……。……この卑しき犬めに、シモン様の熱いものをつきたててください……どうか、この肉の襞を、シモン様の貴重な白い熱い液で満たしてください……」
 シモンはそのまま、ローズの膝と膝の間に、自分の怒張を衝き入れる。
「んあああああああああ!!!」
 それだけで、最初の絶頂を迎えたローズだったが、シモンはそれだけで許すはずもなく、ひたすら腰を打ち付け、乳房をぐしゃぐしゃに握りながら、唇をキスでふさぐ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 数回に一度の割合で、ローズは小刻み絶頂に達する。それは、シモンの命令を実行していることからくる喜び、シモンに犯されている喜び、肉の悦び、被虐の悦び、ヴァルキリーとしての背徳の悦びが混じってのものだ。
「いいのか、ローズ。お前は一応ヴァルキリーの司令官だろ?それが一介のネメシスの雑兵ごときの命令に嬉々として従い、あまつさえ犯されて、獣のように吠え立てて、性欲を貪っている。こんなことが許されるのか」
「だめ、だめなの、こんなこと、してはだめなの……」
 夢見ごごちでつぶやくローズに、
「ふふ、そうだろうな。ではやめておこうか」
 腰を浮かしかかるシモンの腰に、ローズは脚をぎゅっと絡めて、
「だ、だめぇ!!それはもっとだめなんです!!!……お願い、お願いします、もっと犯して、私をもっともっとダメにしてください!敵に犯されて喜ぶいやらしいメス犬を、味方を裏切ってでも自分の快楽を選んでしまうメス犬司令を、もっと貶めてください!!」
 ローズの嘆願に、シモンはさらに追い討ちをかける。
「では、懺悔の言葉を並べイってもらおうか。さあ、ローズ、お前を信じて付き従ってた者に、詫びを述べるんだ」
「ああ……」
 ずちゃ、ずちゃ、ずちゃ……と肉襞と肉棒が摺れる音の中、ローズは懺悔とも、自分の愛欲を満たしてくれる男へのおもねりとも知れない言葉を述べ続ける。

「ルピア、ごめんなさい、貴方を守らなくてはならなかったのに、守れなくて、その上、貴方をこんな男の恋の奴隷にしてしまって……。
 カーネリア、ごめんなさい、貴方にこの男のことを知らせて、貴方だけでも助けなくてはいけなかったのに。このままだと貴方までこの男の奴隷にされて犯されてしまう……。
 ヒルダ、ごめんなさい。私は貴方に嘘をついていた。私はこんな男に犯されて、裏切ってたのに、それを伝えないでいて……。私は、もう、ヴァルキリーの総司令なんて失格なの……このネメシスの男に犯されて、命令される、それだけが生きがいの悪の奴隷、ただの肉人形になってしまってるのに……この男の精液のためなら、男の声を聞くなら、この男に褒められるためなら、どんなことでもしてしまう、そんな、メス犬以下の私を……こんな私をそれでも信じてくれてる貴方を私、裏切ってる、裏切ってる…………」

 もはや、その言葉は懺悔ではなく、被虐の悦びを知り尽くしている彼女が、自らの精神を自ら貶めることで更なる悦びを味わうためだけの言葉となってしまっている。

 ふと、シモンは、腰の動きを止める。

「え……」

 不審な表情を浮かべるローズに、シモンは。

「そうだ、ローズ。ヒルダの処遇だが、こうしたらどうだろう。俺がこれからヒルダを洗脳する場合、お前に手伝ってもらおうと思う」

「え?」

 さすがのローズも青ざめる。

「いいだろう?ローズ。お前は俺の命令を何でもきく、さっきそういってたではないか?」

「で、でも、でも!、そ、それだけは、それだけはお願いします。許してください。ヒルダを裏切ってしまったら、私……」
「そうはいっても、お前はさっき、ヒルダを裏切ったと言っていたではないか」
「で、でも、それとこれとは……」

 さすがに、自分がシモンの奴隷になってることを秘密にしている、というレベルの「裏切り」はまだしも、直接的に親友を堕とすとなると、抵抗感が大きいらしい。

「ククク、まだまだ、お前は真に悪の眷属足りえてないようだな」

 シモンはそういうと、改めてローズににじり寄ると、屹立した肉棒を改めて深々挿入する。
「んああああああ!!」
 ローズはその途端弓なりにのけぞり、爪をシーツに立てて、唸るように叫ぶ。
「ローズ、よく聞くんだ、これから俺はお前に『命令』をする。お前は、ヒルダを自分と同じような、悪の奴隷に変えるんだ。もし、お前がそれに成功すれば、お前は、これまでで一番すさまじい快感を感じることができる。そして、これまで俺に命令されて感じてきた、俺の肉棒で感じてきた快楽の一万倍、一億倍の快感を得られるんだ……そして……その瞬間、身も心も、髪の毛の先からつま先まで、肌の表面から脳髄まで、すべて闇に染まり、悪の奴隷になるんだ……永劫にな」
「だ、だめ、それは、それはだめ、だめなの……」
 いやいやと首を振りながらも、ローズは既にシモンの腰をがっちりとからめ、その腰のグラインドから感じらる快感をすべて吸収しようとしている。
「抵抗しても無駄だ。俺が今から射精をすると、おれが今与えた暗示は、お前の子宮を通じて、お前の心の奥底に楔のように突き刺さり、溶けて、染みこんでいく。次にお前が目を覚ますとき、お前は今日起こったことはすべて忘れてしまっている。だが、お前の深層意識とお前の身体は、この経験をすべて覚えている。お前がヒルダを前にして、俺の命令に従うかどうかは……それは、お前が決めるんだ。悪を選ぶか、正義を選ぶか、肉欲を選ぶか、清廉を選ぶか、娼婦の快楽を選ぶか、聖女の法悦を選ぶか……すべてはお前の心ひとつだ」
「あ”、あ”、あ”……」
 既にシモンの肉の快楽、貶められている快楽で白濁したローズの意識の中、シモンの呪詛は、白絹を墨汁で染めるかのように、快楽とともに染めこまれていく。
 いかに理性は拒絶しようとも、快楽に飢えている彼女の体とその深層意識に、シモンの言葉を拒絶する術はなかった。

「では、今日一番の絶頂をお前に与えてやる。ローズ、命令だ……『爆ぜろ』」
「んああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 シモンの言葉と、どくどくどく、と溢れ出す精液とともに、ローズは絶頂に達し、そのまま意識を失った。









 シモンは、再び隠れ家で書類をめくる。机の上の時計は、「24日」があと数分で「25日」になろうとしていることを示している。

 さっき「1週間」経過したとローズに話していたが、当然にしてそんな長い時間を経過したわけではなく、実際はたった「1時間」だった。しかし、そんな短時間でも、思い込みの中、感覚遮断の暗示を受けたローズの精神を追い込み、屈服させるには十分だった。ローズが『屈服』したかどうかは、時々ローズの状態を確認していたシモンには筒抜けだったため、シモンはローズが、感覚遮断空間の中で『堕ちた』ことがわかってから時計を操作し、彼女の意識を戻したのだ。ゲームに「勝利」したローズに、自らの『意思』で自らを堕とさせるために。

「『説得』はうまくいった?」

 今日もシモンの脇に控えているのはフィロメアだった。

「どうだかなあ、あくまで彼女の『意思』の問題だからな」

 シモンはこの1週間、ローズを実験台として様々な洗脳を試している。今日実施した感覚遮断洗脳は相当強いタイプの洗脳法だが、それに加えて、「自らの意思」で悪の奴隷になることを選ばせる、という演出をしたにもかかわらず、ヒルダを屈服させろという「命令」に対する抵抗は、これまでの中で一番強いものだった。こうなると、実際にその場になってみないとローズがそのとおり動くかはわからないだろう。ヒルダを洗脳することをローズを投入することを、シモンにややためらわせているのは、その点であった。

 そのシモンの言葉に、フィロメアは、昨日の2倍、抹茶の粉をいれたついでに、アロエも入れたセーキを出す。
 それは、苦さを増やしつつも、アロエの薬効を期待してのものだったのだが、抹茶もアロエも好物なシモンには、フィロメアのその微妙な乙女心は通じようもなかった。






続く

Home





もしよろしければ感想・ご意見をお寄せください(作者に直接届きます、感想・感想の回答は「感想・ご意見コーナー」に掲載します。(掲載されたくない場合はその旨を記載してください。))
(BBSもご利用ください

*は必須項目です
*小説名<この項目は修正しないでください>

*名前

メールアドレス(任意)

顔文字評価

評価を入力してください(━━(゚∀゚)━━!!!!が最高評価。もし評価したくない場合は「無回答」を選んでください)
ご意見・感想


Powered by FormMailer.

inserted by FC2 system