エピローグ〜ローズ 7



「ん……」
 ローズが目を覚ますと、そこは暗い部屋だった。自分が座っているのソファを除けば、部屋に家具も何も無い。打ちっぱなしの暗灰色のコンクリの壁を、天井に一つぶら下がる白電球が照らし出している。部屋の隅に備え付けられている緩んだ蛇口から、ぴとん、ぴとん、と音を立て、ステンレス製の粗末な流しに水滴が落ちている。

 立ち上がると、少しふらつく。身体は起きているのだが、頭が靄が掛かっているようにはっきりとしない。

 辺りを見回す。何も無い部屋のなかで、部屋の一辺の壁に、大きな鏡が備え付けられている。
 ローズはその前に立つと、彼女の全身が映し出された。

 黒く艶のある長い髪は、頭の後ろで軽く結わえられている。プラチナと宝石を加工して作られた髪飾りが、その濡れたような艶のある黒髪に、磨き上げられた白銀の輝きと宝石の彩りを添える。
 上半身に目をやれば、金糸の刺繍がしつらえられている白い上着に、ヴァルキリーの地位を示すバッジがつけられている。アンダーウェアの襟元は色気過剰にならないよう、それでいて無骨にならないよう慎重なカッティングがなされており、乳白色の首筋と鎖骨をむき出しにしつつ、日本人離れしたボリュームと形の良さを兼ね備えた乳房をやわらかく包み込んでいる。
 一方下半身に目をやれば、白いタイトスカートからはベージュのストッキングに包まれた形の良い長い両脚が伸びる。太腿や脹脛は、鍛え上げられた筋肉の上に、女性としての魅力を示すだけの脂がのって柔らかなカーブを形作り、大理石のような白い肌が華を添える。
 肩、胸、腰は、薄い細かな金属片を編み上げて作られた弾力性の有る防具で覆われている。そして、腰には長い根棒状の武器、彼女の愛用のメイスが、魔法力を高めるための宝石や文様がちりばめられた黒光りする収納具に収められている。

 中軽度武装を転用しつつ、儀典にふさわしい華やかさと荘重さを兼ね備えたヴァルキリーの準礼装として満点の着こなしだ。

 ただ一点、首につけられた紅い革製の首輪とそこから胸の谷間に垂れ下がる鈍色の鎖を除けば。




 ローズは自分の記憶を探ろうとする。
 いつここに来たのか。いや、そもそもここはどこか……。
 いつこの礼装を身につけたかのか……。
 ……そして、この首輪は何か。

 

 ギギギギギ……。


 錆付いた蝶つがいがこすれるような音を立てて扉が開くと、そこに薄い笑いを口元に浮かべた黒ずくめの男が立っている。
「どうやら準備ができたようだな、ローズ」
「……シモン」
 彼を視認した瞬間、反射的に戦闘態勢をとるローズ。
 だが、シモンは鷹揚に手を振り、
「おいおい、どうしたローズ。いきりたって」
「何って、……決まってるでしょう。私はヴァルキリーなんだから……」
「ヴァルキリーなんだから?ヴァルキリーとは何だ?ローズ」
 シモンがローズの目を見つめながら、反問すると、ローズの頭は真っ白になる。
 ヴァルキリーとは……ヴァルキリーとはだと?そんなものは決まっているではないか!

「……ヴァルキリーは……ヴァルキリーとは…………ネメシスに身も心も捧げ尽くす者です………………………………え?」
 ローズは自分の口が勝手にしゃべってしまったことに驚く。
「そのとおり。ヴァルキリーとは私に尽くすためにジンルイから選び抜かれた美しい女性たちのことだ。そうだったよな?ローズ」
「え……」
 ローズは思わず一瞬混乱し、改めて思考を辿ってみる。

 ヴァルキリーとは……そう、ジンルイの中でも特殊な能力を持ち特別に選ばれた、ネメシスに仕えるニンゲンのこと。
 私は、そのヴァルキリーを率いて、まさに率先してネメシスを取り仕切るシモン様にお仕えすべき立場にあるのだ。

 なんでそんな当たり前のことを忘れていたのだろう……。

「ローズ、どうなんだ?私の言うことは間違っているかな?」
 シモンの声にはっと意識を引き戻されたローズは、改めてシモンを見つめる。

 上から下まで、黒いスーツに身を包んだ男。自分とはそれほど背も変わらない、特段これといった特徴の無い男。
 だが……私にとってはかけがえの無い、我々ジンルイを思って、私に『命令』をしてくださる方なのだ。

 ぞくっ。

 この人に命令される。そのことに思いを至らせるだけで、背筋にちりちりとした電流のようなものが走る。

「はい……おっしゃるとおりです。ヴァルキリーとは、ネメシスにお仕えするものです。どうか、ご命令を」

 ローズは身体の芯を熱くさせ、微笑みを浮かべてそう言った。

 シモンは満足そうに頷くと、
「では、ローズ。今から身体検査をさせてもらうぞ。お前が私を裏切ろうとして、危険な武器を隠し持っているかもしれないからな。……まず、スカートをたくし上げてみたまえ」
「……はい」
 ローズはうつろな瞳のまま、ゆっくりと指でスカートの裾をつまむと、タイトスカートをめくりあげていく。
 普段は決して見せること無い場所を見せているという羞恥心と、命令に従うことへの恍惚感が、彼女にぞくぞくとした快感をもたらし、その白い頬を上気させていく。

 やがてスカートの裾が腰までずりあげられた。ストッキングに包まれているとはいえ、普段外気にさらされることなどない股間が冷ややかな空気にさらされる。しかし、その冷ややかさに反比例して、ストッキング、そしてショーツの中の秘裂と雌蕊は熱く火照る一方だ。

 シモンはゆっくりとローズに近づくと、黒い手袋をはずし、指で直にローズの敏感なところを撫で回す。
「ん……ん……」
 鼻に掛かった媚声を漏らすローズをいたぶるように、シモンはその耳元で、
「おや、どうも湿っているようだが?」
「それは……あふっ……!」
 口答えをしようとする彼女を諌めるかのように、シモンは彼女の雌蕊をストッキングの上から激しくこすりあげる。
「正直に言ってみろ。これは『命令』だ。……感じているのかな?ローズ」
「あふ……」
 『命令』。その言葉を言われた瞬間に、ローズの頭が白くはじけ、脳の中が、今までとは違う何か別の配線につなぎ合わされるような感覚に囚われる。

 だが、それも一瞬のこと。ローズのはひりつくような快感とともに、
「あ……はい……気持ち……いいです……シモン様の指が……私の……敏感なところに触れて……」
 スカートから手を離さないようにするので手一杯であるかのように、うわ言のように述べていく。
「どこが気持ちいいんだ?しっかり言ってみろ」
 シモンはさらに押し込むようにクリ○リスをぎゅい、と指で押し込むと、ローズの膝から力が抜け、それが更にシモンの指を深々と押し込む状態になる。
「ひゃう!……わ、わたしの……わたしのクリ○リスが……シモン様の指で……すごく気持ちよく……なってます……」
 普段のローズでは言わないような卑語を言わされ、その羞恥心とともに、シモンの命令に従っていることからくる快楽が彼女の身体の節々の神経に走っていく。
「おやおや。ジンルイの庇護者であるべきヴァルキリーの司令ともあろうものが、そのような体たらくでは、ジンルイの将来も昏いな。この首輪もすっかり馴染んだようだ。どうかな、首輪の具合は」
 シモンはそういうと、指で鎖を弾く。
「あ……ありがとうございます……この首輪……とても素敵です……」
 そう言うとローズはシモンからもらった首輪を愛しそうにさする。

 そう、この首輪はシモン様から頂いたもの。シモン様の忠実な下僕であることを誓った時に頂いた、彼女の忠誠の証であり、誇りであった。

 シモンは彼女の言葉に満足したのか、ゆっくりと頷くと、その鎖をぐいと軽く引っ張り、彼女を跪かせる。

「もう少し我慢しておこうかと思ったが折角だ。ここで舐めてもらおうか」
 シモンはそう言うと、ズボンをずり下げ、陰茎を彼女の目の前に突きつける。
「あ……はい……」
 ローズはそのままシモンのペニスに指を寄せ、唇を近づける。饐えた臭いのする赤黒い肉塊に彼女の舌がゆっくりと近づき……。













 ぶるるるる、ぶるるるる……







「ひ……」
 思わず小さく声を上げてしまう。
 彼女が顔を挙げると、柱にかかった時計が視界に飛び込んでくる。
 12時55分。
 昼休みの時間が終わる5分前だ。

 あたりを見回す。幸い、教師の数はまばらだ。彼女の声を聞いていた者もほとんどいないだろう。
 
 ようやく清水由佳は、今、自分が学校の職員室に居ることを認識した。昼食の後、軽く眠るつもりだったのが、すっかり熟睡してしまったようだ。携帯のアラームを仕掛けておかなければ危うく寝過ごすところだったろう。
 
 由佳は携帯のバイブを止めると、机の上に置かれた小さな鏡を見る。
 
 うっすらと頬が上気しており、少しだけ額や首筋が汗ばんでいる。机に伏せていたせいか、前髪がやや乱れている。

 由佳は手櫛で軽く前髪を整え、ハンカチを取り出すと、汗を軽く拭っていく。次の時間も授業だ。たとえ生徒相手とはいえ、見苦しい状態にはできない。
 そのハンカチが首元に来たとき、ふと動きが止まる。

 首に巻かれたスカーフの内側に、紅い首輪があった。













 あの日。シルビアに審問を受けて、車で高速に飛ばして、駐車場で一休みしたあの日から外れることのない首輪。切断をしようと、あるいは鍵を無理にこじ開けようといろいろ努力したものの、全くの徒労に終わった。

 特殊な抗菌加工でもされているのか、汚れたり匂ったりすることは無かったが、首筋を拭うのにやや苦労するのは確かだったし、これを隠すために毎日スカーフを巻かねばならないのもいささか面倒だったが、そんなことは大したことではなかった。

 一番の問題は、……この首輪をつけてから、前にもまして淫夢を見る回数が増えたこと、そして……この首輪を見ていると、あるいは、この首輪をつけていることを意識しただけで、下腹の底が疼いてくることだ。

 その事実は、忌まわしい過去と訣別したつもりの彼女を嘲笑うかのようであった。



 由佳はスカーフの下からそっとその首輪の止め具を軽く引いてみると、首全体に荷重がかかる。

 つい先刻の夢の中で、『あの男』に首輪を引かれた感覚がおぼろげに思い出される。だが、決定的に何かが違う。

 さっきの夢の中では、あの男が私の全人格を、肉体のすべてを、末梢神経から細胞の欠片に至るまで支配しつくしていた。
 だが、もうこの鎖は断ち切れている。どこにも繋がれてはいない。
 そう、私は自由だ。何者にも束縛されてはいないのだ。
 それは、喜ぶべきことであるはずなのだ。決まっている。あんな薄暗い部屋で繋がれていた頃のことなど、忌々しいだけのことなのだ。



 なのに。
 なのになのに。


 なぜか、由佳の心は晴れない。


 由佳は、その理由を探し、一つの事実に思い当たる。
 ……そう、確認しなくてはならないことがある。
 シルビアだ。
 あの日、シルビアは私に薬を嗅がせて『審問』をした。
 そして、その日、いつの間にかこの首輪をつけていた。
 
 ……ひょっとしたら、彼女は何か知っているのかもしれない。



 シルビアからシモンとの関係を嗅ぎまわれている彼女にとって、これは薮蛇になる可能性もあった。
 だが、前回の審問でなんとか誤魔化したとはいえ、それくらいで彼女が諦めるとは思えなかった。
 実際、シルビアは、昨日、碧――ルピアと接触している。のらくらと言い逃れをしていたが、シルビアは明らかにルピアに自白剤か何かを投入して、自分の過去について聞きだそうとしていたはずなのだ。

 いずれにせよ、シルビアとの衝突は避けられない。ならばこちらから動くべきか……。

 そこまで由佳の思考が至ったとき、チャイムが鳴った。午後の授業の開始を知らせる合図だ。

 軽く首を振ると、肉の疼きを理性で押さえつけるかのように立ち上がり、彼女は次の授業の支度を始めた。










 その日――シルビアのオフィスで「ティーパーティーに誘われた」碧を奪回した次の日――の授業が終わると、由佳は『社団法人 特殊災害対策機構』のビルにやってきた。

 今までは多少遠慮していたが、さすがに碧に手を出されたとなっては黙っていられない。
 自分の身柄が危うくなろうとも、今日という今日はシルビアを徹底的に詰問して……そういき込んで乗り込んだのだが。


「……帰る?誰がですか?、『長官』!」
「ちょ、ちょ、待て待て、清水君。落ち着いてくれたまえ。私は単に事実を述べているだけで……」
 特殊対策課長室で情けない声をあげるのは、清水由佳の直属の上司である課長こと『長官』である。

 シルビアが明らかに規約違反行為――審問対象ではない碧に対する薬剤を投与した取調べ――をしていることを訴えようとした由佳に、『長官』は彼女が近日中に離日する、と述べたのだ。

「ちょっと……待ってください!彼女は私が内規に違反している疑いをもって、わざわざ欧州統括本部から調査に来たのではなかったのですか?なぜ、私への疑惑を証明せずに、帰るというのですか!」
「い、いや、それがな、今日の昼になって、彼女はこちらに来て、『ローズ司令は潔白だということが判明した。ご迷惑をおかけしてお詫びする』と言って、君が無実であることを示すこの報告書を持ってやってきたのだ。こちらとしても、君への嫌疑が晴れれば彼女を止める理由もない。そもそも彼女が勝手にこっちに押しかけてきたわけだし……」
「…………」
「いや、別に君のとっても悪い話ではあるまい。君は当然無実なのであろう。であれば、彼女が帰ってくれれば万々歳ではないか。……どうした?清水君」
「……いえ、取り乱してしまい、申し訳ありません。長官。ちょっと動転していたようです。……それでは、失礼します」
 清水由佳は一礼すると、そのまま部屋を出て行った。





 ありえない。

 シルビアは自分がシモンに洗脳されたこと、犯されたこと、支配されたことを正確に掴んでいたようだった。
 そして、昨日、碧を呼び出して……おそらくは、薬剤で催眠状態に落して、自分のことを聞き出したのではなかったか。

 もちろん、碧が催眠状態にされていない可能性もあるが、そうだとしても、殊更今日になって「嫌疑不十分」といい始めることはありえない。
 それに、仮にシルビアが今何の成果もなく欧州に戻れば、なんの疑惑もなく同士を落としいれようとした、というレッテルが貼られる。彼女にとっても全く得るものがない。今後の彼女の昇進にも影響するだろう。

 もうしばらくシルビアが自分の身辺を洗うのではないか……そう思っていた彼女は、予想外の不起訴処分を受けた罪人のような戸惑いを憶えていた。

 
 廊下の奥に備え付けられているコーヒーメーカーでエスプレッソを淹れながら、物思いにふけっている由佳の視界を、長身金髪の女性と、黒衣銀髪の少女が掠める。
「……シルビア?」
 その声に、二人が振り返る。もちろん金髪の女性はシルビア、そして黒衣の少女はフィロメアだ。

 シルビアは今日は紅いスーツ。エッジの利いたシルエットの黒いサテンシャツに包まれた胸は、相変わらずのボリュームを魅せており、廊下の蛍光灯の光を受けてつややかに煌いている。長くすらりとした、それでいて肉感的な美脚を、黒い網目の文様のストッキングが覆う。
 一方、フィロメアは、黒いレース地に白いフリルを織り込んだドールスタイルの服装だ。黒いハイニーソックスは膝上までの長さがあり、短めのスカートとのわずかな隙間にちらりと見える白い太腿が眩しく見える。銀髪の上には小さなティアラが載せ、小首をかしげる様子は、あたかもどこか避暑地を訪れている皇女のように見える。

「あら、ローズ。どうしたのかしら。今日は学校は?」
「……もう放課後よ。学校の仕事はおしまいだから」

 あら、なんて楽な商売をしているのかしら。いいわね、日本の教員って……。などという嫌味を言われるのだろう、と予測する由佳。しかし、シルビアは、やわらかく微笑み、
「そう。大変ね。学校の仕事が終わったあともわざわざこちらに来て。あまり無理しないで身体を休めたら?」

 思わず押し黙るローズに、シルビアは怪訝そうな表情で、
「……どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「い、いえ。ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてて……」
「そう。ひょっとしたら気がつかないうちに疲れが溜まってるのかも知れないわ。よければ私の部屋によらない?疲れを取るのにいいハーブティをご馳走しましょう」
 あくまで自然な表情で微笑むシルビアに、由佳は多少努力しながら微笑みを返し、
「……ええ。では、お言葉に甘えようかしら」


 並んで歩くシルビアとフィロメアに由佳は続こうとして、妙な違和感を覚える。

「……どうしたの?」
 ついて来ずに立ち止まったままの由佳にシルビアは振り返る。
「……いえ、ごめんなさい。本当にどうかしてる。私」

 軽く笑って歩き始めた由佳は、しばらくしてその違和感の正体を理解した。


 シルビアとフィロメアが並んで歩いている風景をはじめて見るからだ。
 しかも、指を軽く絡めあって。
 






 シルビアの部屋には小さなガラス張りのテーブルを囲むようにソファがしつらえてある。フィロメアがちょこんと『お誕生席』に座り、由佳――ローズはロングソファに身体を沈める。

「……コーヒーをもう買ってしまったから、お茶は遠慮させてもらってもいい?」
「あら、そう」
 もちろん、薬を盛られることを警戒してのローズの発言だが、シルビアは気を悪くした様子もなく、ハーブティを2人前淹れ、自分とフィロメアの前に置くと、彼女もソファに腰をかけた。

「……珍しいわね。貴方がお茶を淹れるなんて」
「あら。そうかしら。私はどちらかというとコーヒーよりは紅茶党よ?」

 そういう意味ではない、と思わず声を荒げかけ、ローズは慌てて言葉を飲み込む。




 いつもフィロメアに紅茶を淹れさせているシルビアが、なぜか今日はフィロメアの分まで自分で淹れている。


 些細な変化に過ぎない。そして、普段から何から何までフィロメアを使役し酷使するシルビアにいささか腹立たしい思いを抱いていたローズからすれば、大変結構な変化のはず。




 なのに、今日に限って妙に不吉な前触れのような気がしてならない。




 多少ジャブを打ってから本題に入ろうと思っていたローズであったが、雨雲のように心に広がる不吉な影に押し出されるように、
「シルビア、何を考えているの?」
「何って?」
「とぼけないで。貴方、ヨーロッパに帰るっていうじゃないの」
「ええ。そうよ」
 ハーブティに口をつけたシルビアは、ルージュを淡く引いた唇を舌で舐めると、
「貴方に瑕疵がないことが判明した、という報告書は提出したから、もう心配しなくていいの。これからも、永遠に、貴方を訴追しない」
「……当たり前よ。私は何もしていないのだから」
「そうね」
 ローズの苛立ち交じりの言葉にも、シルビアはまるで動ずる様子がない。彼女は脚を組みかえると、ふと、隣のソファに座っているフィロメアを見やる。 
「フィロメア、どうしたの?お茶は飲まないの?」
 フィロメアはシルビアを見上げると、一言。
「熱い」
「そう。じゃあ冷ましてあげる」
 そう言うと、シルビアはフィロメアのカップを取り、口でふーふー、と冷ましてやる。「どうかしら?」
 フィロメアはシルビアからカップを受け取り、一口舐めると、
「にがい」
 と、相変わらずの無表情のまま、訥々と返事を返す。
「困ったわね、ジュースにする?それともココア?」
「ミルクがいい」
「あらあら、本当にいつまでも甘えん坊なんだから……、じゃあいらっしゃい」
 そういうと、シルビアはスーツの下のブラウスのボタンを外す。黒いサテン地のシャツの胸元が開くと、ベージュのブラジャーに包まれたはちきれんばかりの乳房が飛び出してくる。
「ちょ……」
 声を出しかけるローズを省みることなく、シルビアはそのままブラをずり下げると、白く豊満な乳房がふるん、と震えてまろびでる。
 フィロメアは表情を変えることなく、そのままシルビアの膝の上に覆いかぶさる形になると、白い乳房の頂点で震える乳首にイチゴのように紅い色をした小さな唇を寄せ、ちゅぷ……と音を立てて吸いついた。

 あまりに当たり前、と言わんばかりの一連の動きに、ローズは唖然と、ただ事の成り行きを見守るしかない。

 紅い鋭角的なスーツに身を包んだ妖艶な美女が、人形のような衣服に身を包んだ少女――といっても既に年齢としては少女から女性に移りかけつつあるその刹那にたゆたう少女――に、慈母のような微笑を浮かべて自らの乳房を与えている。
 少女の方は、目を閉じ、身体を丸めて全てをシルビアに委ねるように抱きつき、唇と舌を使って薄桃色の乳首を吸っている。ごくり、ごくりと、しばしば喉を鳴らしては、その都度、口元から唾液と母乳の入り混じった銀糸が床に垂れ落ちる。

 シルビアはフィロメアの髪を撫でながら、
「『ママ』のミルク、美味しい?」
「……美味しい」
「そう、もっとたくさん飲んでいいのよ?」
「うん」
 フィロメアは頷くと、今度はもう片方の乳首にむしゃぶりつく。
 その間もフィロメアはもう一つの乳首をぎゅ、ぎゅっと掴んで離さないので、シルビアの右の乳首からは、白い汁がにじみ出て、彼女の白い指を濡らしては、きらきらと光を浴びて床に垂れ落ちていく。



 異常だ。
 明らかに異常な光景だった。
 にもかかわらず、ローズは二人を止めることが出来なかった。

 それは、どこまでも優しげな瞳をして、優しく抱きしめた少女に乳房を与えるシルビアの姿が、そして薄目を開けて無心に乳首を頬張るフィロメアの姿が、何かしらニンゲンとしての原始の姿を現しているようで、それに異議を申し立てることが、何か神聖なモノを犯すように感じられたからだった。







 そうしてどれほど時間を経た後であろうか。
 満足したのか、フィロメアはシルビアの乳房を解放し、けほっと小さく咳き込んだ。
「あら。もうお腹一杯なの?」
 フィロメアはこくりと頷いた後、
「……『ママ』にも分けてあげる」
 そう言ってフィロメアはシルビアの頬に両手を寄せ、キスをする。それも、軽いキスではなく、舌と舌を絡めるような深いキスだ。しかし、シルビアはフィロメアの身体を抱きしめるようにしながら、そのキスを拒むこともしない。やがて、フィロメアの身体がシルビアの身体全体にのしかかるようになると、シルビアは何の抵抗もなく、そのままソファに身を横たえる。勢い、フィロメアがシルビアの身体を押し倒すようになる。
「ん……んふ……んん……」
 悩ましい鼻に掛かった声を出しながら、シルビアの喉がこくり、こくりと動いている。フィロメアから口移しで飲まされた彼女自身の母乳が、喉を伝っているのだろう。
 
 フィロメアは口元を離すと、シルビアの頬を手で挟み込んで、こつんと額と額を当て、熱い吐息とともに囁く。
「ね、『ママ』のミルク、美味しいでしょ?」
「あ……うん……甘いの……私の……ミルク……あふ……」
 フィロメアの唾液と自分の母乳の入り混じったものを飲んだシルビアは、何かに当てられたように目を潤ませた後目を伏せる。そのまま糸が切れた操り人形のように彼女の体躯から力が抜け、ソファにその身体を横たえた。意識を喪ったようだ。


 
 フィロメアはそんなシルビアの様子を見届けた後、シルビアの身体を覆っていた身体をゆっくりと起こす。自然、ローズと視線が合う。

「…………」
 
 あまりに疑問がわきすぎて、質問が言葉にまとまらないローズ。そんな彼女の気持ちを見越してか、フィロメアは唐突に口を開く。







「シルビア様、私の『ママ』になってくれたの」








 あまりに予想外の言葉に、ローズは芸もなく、思わず、
「……どういうこと?」
 と反問すると、フィロメアはさらに言葉をつなぐ。



「そのままの意味。フィロメアが良い子にしてたから、シルビア様、ママになってくれたの。これからずっと、フィロメアの優しい素敵なママなの。……フィロメアを撫でてくれる。フィロメアを抱きしめてくれる。フィロメアを怒ったり、怒鳴ったり、苛めたりしない。優しい、優しいママになってくれる。そう、誓ってくれたの」





 普段は無口な少女だからか、その饒舌が奇妙に感じられる。気のせいか、もともといつも捉えどころがない彼女の瞳は、ローズに向けられてはいるものの、ローズのことなど視界に入っていないように思える。


 フィロメアは、立ち上がると、ソファに仰向けになっているシルビアのはだけた胸にブラをつけ直し、シャツのボタンをとめ、服装を整える。そして、ソファに座ると、自分の太腿にシルビアの頭を乗せて、その流れるようなブロンドの髪の毛を梳き、白い頬を撫でながら、誰に話しかけるでもなく、訥々と語る。

「シルビア様ね、今まで、フィロメアのことをいじめてごめんね、って言ってくれたの。でも、私、いじめられた、なんて思ったこと、なかったよ。たくさんお注射もされたし、お薬も飲んだし、血もたくさん抜かれたけれど、でも、私、いじめられた、なんて思ったこと、なかったよ。でもね、シルビア様ね、いじめてごめんなさい、いたくしてごめんなさい、わるいことをたくさんしてごめんなさい、どうかわたしのことを赦して下さい、赦してくれるならなんでもします、ってずっと言うの。赦してあげなかったら死んじゃいそうだったの。今までそんなこと、言ったこと無かったのに、ね。……だからね、私、シルビア様にママになってもらうことにしたの。私のことならなんでも絶対にきいてくれる、優しいママになってもらったの」

 ローズは金縛りにあったように動けない。シルビアの髪を梳きながら、延々と言葉を繰るフィロメアの姿を見ながら、いたいけな少女に悪魔が乗り移った古典的な映画の一シーンを、なぜかローズは思い出していた。

 フィロメアの白く細い指が、シルビアの首筋をつつっとなぞる。弾力のある白い肌がシルビアの指に押されて、少しだけ凹むが、シルビアの意識が戻ることはなく、安らかな表情で眠り続けている。

 今、フィロメアが少し力を入れれば、……あるいは、彼女が常に身に着けているナイフで軽く首筋を掻き切れば、血潮が噴水のように噴出し、シルビアは簡単に絶命するだろう。
 フィロメアの指の動きは、あたかも、シルビアの身命の全てを自分が差配していることを誇示しているかのように、ローズには見えた。

 そんなローズの心中を察してか知らずか、フィロメアの口は動き続ける。

「……もう、シルビア様は、私のママ。私の優しい優しいママ。だからね、ローズ司令、シルビア様は、もう、貴方のこと苛めないよ。貴方を追い落としたりなんか絶対しない。貴方の昔のことを調べるのも止める。貴方がネメシスとの戦いの間、何をしていたのか、何をされていたのか、どんなことが起きていたのか、……本当はたくさんわかったけど、その記録は全部捨てちゃった。シルビア様はまだちょっぴり未練があったみたいだけど、私はそれを残してると、ローズ司令と喧嘩になるから、捨てなさい、捨てなかったら、私、シルビア様を嫌いになっちゃうよ?って言ったら、シルビア様、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい私のことを嫌いにならないでお願いしますお願いします、って言って、すぐに捨ててくれた。あと、ローズ司令のことは嫌いになっちゃだめ、ローズ司令とはこれから仲良くしてね、って言ったら、これからは仲良くします、ローズ司令のこと、尊敬します、って何度も何度も約束してくれたの。だから安心して。貴方はずっと総司令でいられるし、ルピアとカーネリアの先生も続けていられる。……そして、私たちはずっと一緒に暮らすの。これから永遠に、永遠に。だから……」

 フィロメアは手の動きを止めて、ローズを見上げる。

「私たちのことも、邪魔しないで、ね」

 
 もし、邪魔をしたら、その時は。
 言外にその続きの節があることは明白だった。

 剥き身の白刃を喉元に突きつけられているような錯覚に襲われながら、ローズはそれでも問わずにはいられなかった。
「……貴方たちを邪魔するつもりはないの。でも、一つだけ聞かせて頂戴。フィロメア、貴方に、………………ひょっとして、『パパ』が、いるんじゃない?」



 フィロメアは相変わらず表情を変えない。
 だが、シルビアの白い首筋にかかった彼女の指に力が入る。
 ……それでもなお、シルビアは相変わらず安らかな表情のまま、ほのかに微笑みを湛えて昏々と眠り続けている。





 随分と長い時間が過ぎた後、
「……私、ローズ司令のこと、嫌いじゃない。だから、嫌いにさせないで…………これは、大事な、でも、最後のお願い」




 フィロメアは、ぽつりと、そう言うと、シルビアの首筋から手を離し、ローズから視線を外すと、
「ママ、起きて」
 とシルビアの耳元で囁く。すると、シルビアは、はっと目を開いて、
「あ……あら……いつの間に寝ちゃたのかしら……」
 まだ寝ぼけたような表情のシルビアに、フィロメアは小さく微笑むと、
「ママ、私おなかすいた。今日はシチューがいい」
 その言葉に、シルビアもにっこり微笑み、
「ええ、いいわ。今日はクリームシチューにしましょう」
 そういうと、シルビアはソファから立ち上がり、ローズに向かって、
「ごめんなさいね、時間をとらせた上にろくに質問にも答えずに先に失礼してしまって。適当にこの部屋を閉めて出て行ってくれていいから」
「……ええ、気にしなくていいから」
 
 フィロメアとシルビアは再び手をとると、部屋から出て行った。


 ただ一人、部屋に残されたローズの前には、冷え切ったハーブティとともに、飛び散った白い母乳が床に広がるだけだった。












 ぴんぽーん。
「あら、先生、どうされたんですか?」
「……申し訳ありません。突然おしかけてしまって。……その、碧さんと少しお話ししておきたいことがあったものですから……」



 フィロメアとシルビアと別れたローズ――由佳は、そのまま碧の家に急行した。
 出たのは碧の母親、悠子。そして、
「……先生?なんでこんなところに……」
 きょとんとした表情を浮かべる、普段着の碧だった。




 挨拶もそこそこに、由佳と碧は碧の部屋に上がる。




「お母さんもすっかりよくなったのね」
「はい、おかげさまで、元気です」
 悠子がシモンから怪しげな細菌を注入され、シモンのDNAを摂取しつづけなくてはならなくなった時に、由佳はシモンのDNAを複製した薬を作成した。この薬のおかげで、悠子はシモンから「淫らなこと」をされなくても問題がなくなった。
 もっとも、碧がシモンを倒す前に、シモンは行方不明になってしまったわけだが。


「それにしても、碧。貴方もだいぶ顔色が良くなったわね」
「……そうでしょうか」
「そうよ。自分では気づかないかもしれないけど、……貴方もあの時は本当に精神的に参ってたみたいだから」
 
 しばし、二人は雑談をする。
 その後、碧は怪訝そうな顔で、語る。
「……その、先生。今日はどういった理由で家庭訪問をされたんですか?」
「え、ああ。それは、ちょっと不安だったのよ。貴方のお母さんが後遺症がないか、とかね。幸いお母さんも全く問題が無いようだし、貴方も調子がよさそうだし……取り越し苦労だったみたいね」

 そう言って微笑むと、
「ごめんなさい。ちょっとトイレを貸してもらっていいかしら」
「ええ、どうぞ。奥にいったところです」


 トイレから戻ってきた後、再びひとしきりの雑談があり、わずかに沈黙が流れる。
 由佳は話の流れを変えるかのように、話題を変える。
「そういえば、碧のパパさんは、まだ単身赴任から帰ってきてないの?」
「……はい。ここ最近ずっとご無沙汰です。……きっと向こうで羽を伸ばしているのでしょう。口うるさい女二人がいないわけですから」
「そんなことはないと思うけど。こんな可愛い娘さんと奥さんをほったらかしになんかしないと思うけど。……最近、物騒だから、家に男手がないと危なくないかしら」
「……先生。こう見えても私もヴァルキリーなんです。そんじょそこらの犯罪者なんて目じゃありません。防犯も感応魔法できちんと対応しています。あらゆるトラップが自動発動するようになっていますから、大丈夫です」
「そりゃ……この家を狙った犯罪者は災難ねえ」

 由佳が白磁のカップを手に取り、悠子が淹れたセイロンティーで唇を湿らせると、顔から微笑を消す。

「碧。尋ねたいことがあるの」
「……なんでしょう」
 対する碧は、微笑んだままだ。
「貴方は、……シモンが今どこで何をしているか、知ってるんじゃない?」
「……なぜ、そう思われますか?」
「なんとなく、よ」
 由佳は紅茶と一緒に出されているビターチョコを齧る。ほの甘さとともに苦味が口の中に広がる。
 碧は微笑みを絶やすことなく、
「……先生。心配なさらないでください。仮に……万が一、シモンがまだ生きていたとしても、彼がジンルイに悪を為すことはないでしょう。……いえ、こそ泥程度はするとは思いますけど、ヒトサマに迷惑をかけることは……まあコメゾウムシにおコメを齧られる程度のことだと思います」
 少しだけ、由佳は声を荒げる。
「なんでそんなこと言い切れるの?貴方は、彼らが何をしたか、わかってるでしょう?あれほどのことをしでかした人物が改心したとでも、貴方には言えるの?」
「…………彼は改心しないでしょうね。……多分死んでも」

 碧はしばし眼を伏せ、少し時間をおいてから、

「……でも、…………なんとなく、ですよ」
 碧はそう言うと、最後の一滴をいとおしむ様に、紅茶を飲み干した。



 








 その日の夜。
「……あまり趣味のいい振る舞いではないけどね……」
 由佳は碧の家の脇に車をつけていた。
 



 昼。わざわざ碧の家に上がったのは理由がある。
 彼女の家の洗面所を調べてみたのだ。

 古典的だが、洗面所というのは人の生活の気配がにじみ出ざるを得ない場所だ。
 卑近な例で言えば、彼女や彼氏が浮気をしている証拠が出て、揉める場所でもある。

 そして、……父親が単身赴任で久しく帰ってきてないはずの彼女の家に、なぜか使用中の歯ブラシが3本並んでいた。そしてカップも3つ。


 そのことが由佳の疑念としてどうしても残っている。


 ドゥルルル……。

 物思いにふけっていた由佳の目の前を、彼女の家の車庫から白い軽自動車が出てきて、そのまま走り去る。


「……え?」

 せいぜい碧が一人で移動するのだと思い込んでいた由佳にしてみれば、あまりにも予想外であった。
 当然、碧が運転するわけが無いのだから……。

 由佳はキーをまわす。低い唸りを上げて、由佳のスポーツカーは動き出した。











 車が着いたのは郊外の建設中のビルだった。
 途中まで工事が進んでいたものの、開発していた会社が倒産したか何かで工事が中断したことを、由佳も知っていた。
 ツインタワー状になったそのビルは、星空を二つに分つように聳え立っており、ビルの部分だけ光がないため、まるで空を割る銛のような不気味さを醸し出している。

 
 本来であれば単独の潜入は危険だ。ヒルダに連絡を取るべきだろうか。……あるいは、カーネリアにも声をかけるべきなのか……。

 ローズがわずかに逡巡していると、かつん、と靴音が彼女の後ろで響く。

 はっと、顔をあげて振り向いたローズの前に、人影が現れる。
「こんなに近くに来るまで気がつかないなんて、貴方らしくない。……よっぽどお困りのようね」
 そこにいるのは、ブロンドの長い髪と紅いスーツを着た長身の女性……シルビアだった。
「……なぜ?貴方がこんなところに?」
 そのローズの台詞に、シルビアは腕を組む。胸が自然と押し上げられ、胸元の谷間がより一層露わになる。
 やれやれ、とでもいうように肩をすくめながら、彼女は、
「それはこっちの台詞よ。……貴方と別れてからしばらくして、フィロメアの行方がわからなくなったの。発信機をつけてたんだけれど、電波の調子がよくなくて途絶え途絶えでね。ようやくここまでたどり着いたというわけ。で、貴方は?」

 一瞬正直に答えるべきかどうか迷ったローズだったが、つまらない嘘をついて誤魔化してもしかたないと判断し、ある程度かいつまんで答えることにする。

「碧に用があってね。家に行ったら入れ違いに車で外に出て行ったんで、追ってきたらここに着いた、というわけ」
「……なるほど。さすがは先生。たとえ時間外でも生徒の不純な動きは見逃さない、というわけね。……こんな夜に何の用で会いに行ったのか、なんてつまらないことは聞かない。もう、貴方たちのことには関心は無いから」
 
 シルビアは、ビルに向かって歩を進めようとする。
「待って。危険があるかもしれないから、せめてヒルダでも……」

 鋭く、短く、振り向きもせず、
「待てないわ。フィロメアの命が危ういかもしれないのに、黙っていられないでしょ?」
 シルビアはそういい残すと、そのままビルの中に向かおうとする。
 そのシルビアを追い抜くようにして、ローズは行く手を塞いだ。

「……邪魔をするの?」

 ふわっと彼女の金の髪が舞い上がる。上質の絹のような髪の一本一本から、白い光の粒子が零れ落ちている。魔力が滲み出ているのだ。


 敵対姿勢を隠そうとしないシルビアに対し、しかし、ローズは落ち着き払っている。
「落ち着きなさい。シルビア」
 そう言うと、シルビアにローズは薬瓶を手渡す。
「……これは?」
「シモンは洗脳薬の使い手よ。彼の根城に乗り込むなら、洗脳薬を嗅がせるトラップの一つや二つは覚悟しておく必要がある。……それを飲んでおけば、とりあえず彼の薬は無効にできるの。飲んでおくといいから」

 その言葉を聞いた瞬間、シルビアは目を細める。
「…………ふぅん」
 ローズの真意を量りかねているようだ。

 シルビアは、ローズがシモンに『洗脳』されているのではないか、と疑っている。そのシルビアにローズがシモンの洗脳に対抗する薬を持っている、となれば、その疑義はさらに確信へと深まるはずであった。

「……貴方、一体誰に何を言っているか、わかってるの?」
 シルビアの軽い当てこすりに、ローズは別の質問で返す。
「フィロメアは、貴方にとって何よりも大事なのでしょう?」
 その質問に、
「……当たり前よ!」

 鋭く叫ぶシルビアをローズは静かに見据えて、ローズは、
「……私も、彼女たち……ルピア、カーネリアが何よりも大事だった。彼女たちを助けるために全力を尽くした。でも、私は彼女たちを救うことができなかった。……今、貴方が自分の部下のフィロメアのことを、何よりも思うのであれば……、私は貴方を全力でサポートする」

 しばらくシルビアはローズを見つめていたが、やがて、ローズから受け取った薬瓶を飲み干すと、

「……苦い。飲みにくい薬ね。わたしだったらもっと旨く造る」
 
 一言だけ残して空の薬瓶を投げ捨て、ローズの脇を通り抜け、ビルに向かって歩いていく。
 ローズは少しだけ苦笑しながら、シルビアに続いてビルの中に向かっていった。







 ツインタワーの空中楼閣のほぼ最高階。
 
 エレベータを降りて歩くと、剥き出しの鉄骨や打ちっぱなしのコンクリの壁がひたすら続く。やがて、放置したままの工具やバケツが転がる廊下の先に、金属製の観音開きの扉が見えてくる。

「……間違いない。この中にいる」
 シルビアが携帯電話を少し大きくしたような機器を見ながらそのドアを指差す。おそらくはフィロメアにつけた発信機に対応した電波受信機なのであろう。
「……準備はいい?」
 その質問は、中に『敵』がいることを想定してのものだ。

 そして、その『敵』として想定される人物は、この二人にとって今となっては一人しかいない。

「もちろん」
 ローズが腕を振ると、ローズの身体が一瞬光りに包まれる。その輝きが消えると、ローズは既にヴァルキリーの戦闘衣に身を包んでいた。白をベースに金色の意匠をあしらった、軍服に近いシルエットの制服。下はタイトスカートにロングブーツ。肘まである長い手袋。
「いい答えね」
 そのローズの動きに呼応するように、シルビアも腕を振ると、同じく光に包まれる。その光が収まると、シルバー系のビジネススーツに似た衣服を基盤とした、ところどころに特有の意匠が入り、宝石があしらわれている彼女の戦闘衣が具現する。
 ひざ上までしかないタイトスカートからはストッキングに包まれた白い足がすらりと伸び、ひざまであるブーツがその形のよい足を覆い隠している。手には金色に輝く杖が握られている。その表面は色とりどりの宝石が至る所に埋め込まれ、さらに各々の宝石を飾り立てるように複雑な文様が彫りこまれている。

 完全装備をしたシルビアを見て、ローズは小さく笑った。
「……何よ」
「いえ。……貴方と肩を並べて戦う日が来るとは思わなかった、と思っただけ」
「……そうね」
 二人はクスリと笑うと、その顔から笑みを消し去り、ドアを見つめる。
 アイコンタクトだけで役割分担を認識したローズは、ドアを蹴破り、メイスを構えた。



 そこは、生活感の無い空間がだだっぴろく広がっていた。
 ただ、今まで通過してきた空間と少しだけ雰囲気が違うのは、先刻まで二人が居た造りかけの廊下のような埃っぽさがないことだ。床が綺麗に掃き清められているせいもあるが、この部屋だけが、既に完成品として整備されているように見える。窓は一面ガラス張りで、眼下にはビルの光が星々のように煌いている。

 そんな巨大な部屋の中央にはソファが配置され、男が一人座り、二人のヴァルキリーの姿を見つめていた。

「お久しぶり。何ヶ月ぶりかしら。相変わらず元気そうね」
 ローズが目を細めて見やる。
「おかげさんで。そちらこそ、相変わらず美人だな。スタイルも磨きがかかってるように見える。結構結構」
 いきなりのシモンの言葉に思わず鼻白むローズだが、気を取り直したかのように、

「残念だけど、貴方と雑談しているほど暇ではないの。さぁ、ルピアと、そしてフィロメアを返して頂戴」
「嫌だと言ったら?」
 シモンの言葉に、ローズは無言で手を閃かすと、その手にはメイスが現れる。彼女がネメシスと、そしてベリルとの戦いで使い続けた、愛用の獲物だ。
 シルビアもロッドを煌かせる。普段はその強さが憎々しい限りのこともあるが、今回ばかりは頼もしい。

 しかし、シモンは動ずることなく、鷹揚に手を振って、
「まあまあ、そういきり立つな。君も、今どんな状態にあるのか、理解できていないわけではないだろう?」

「もちろん。貴方が一人でヴァルキリー東西の司令格と対峙しなくてはならない状態にある、ってことくらいは、理解しているわ」


 ローズの言葉に、シモンは目をしばしばとさせたあと、くっくっく、と軽く哂う。

「なるほど、そりゃ、眼も眩むような悲惨な事態だな……。だがな、ローズ。俺は今までもっともっと、……そりゃぁ語りに語りつくせぬ悲惨な目に数多(あまた)遭ってきてるんだ。だから、この程度のことでは動じない。ましてや今回は……何せ絶対多数だからな」
「……絶対多数?」
「まあいい。まずはフィロメアからかな。大丈夫。彼女は無事だ」

 シモンはそう言って立ち上がると、シモン座ってたソファの隣に配置されているソファにかぶさっている白い布地を取りはらう。

 そこには、人形が……いや、黒地に白のレースのフリルのついたドレスを着た少女――フィロメアが目を閉じて座っていた。

「フィロメア!」

 シルビアの声に、フィロメアはゆっくりと目を開く。
 シモンはフィロメアの銀色の髪を撫でながら
「フィロメア、ママが心配しているから、ママの所にお戻り」
「…………はい」
 シモンの言葉にフィロメアは起き上がると、ゆっくりとシルビアのところに歩いていく。

 
 外見は、全く普段のフィロメアのように見える。普段から無表情のフィロメアだから、その表情が無いことをだけでは、彼女が『洗脳』されているかどうかを判断はできない。
 ……だが……。
 彼女がそこにいるということは、そしてシモンの言葉に唯々諾々と従っているということは――。言うまでも無い。彼女は既にシモンの術中にあるに違いない。

 ローズが魔法を発動し、フィロメアを吹き飛ばそうとしかけた刹那、彼女の脳裏に、昼間のオフィスでの二人の仲睦まじい姿がよぎる。
 ……いや、仮にフィロメアがシモンの洗脳薬を使ってシルビアに襲い掛かったところで、彼女には洗脳薬は利かないはずだ。すぐに危機的な状態にはならないはず……。


 そのわずか一瞬、ローズが躊躇するうちに、既にフィロメアはシルビアのところまでやってきていた。

「フィロメア、怪我は無い?」
 フィロメアを見つめるシルビアの表情は、昼間にフィロメアを可愛がっていた『母親』としてのシルビアの表情そのものだった。
「うん」
「変なことされなかった?」
「変なこと?」
 シルビアの言葉に、シモンが物申す。
「おいおいおいおいおい。人をどこかのロリコン野郎みたいな取り扱いをするなよ。誘拐したから何かやってるだなんてそんじょそこらの下衆野郎と一緒にするな。変な邪推をされたんじゃたまったもんじゃない」
 シルビアはシモンを睨みつけ、
「ネメシスの中でも最も下劣で卑怯な男、シモンに誘拐されたんだから……何もされてないなんて考える方が人が良すぎるってものじゃない?」

 シモンは肩をすくめて、
「やれやれ、随分とひどい偏見を受けているようだな。だがな、そもそもシルビア、誰を捕まえて『下劣な卑怯な男』呼わばりしているんだい?」
「貴方よ。シモン」
「くっくっく。そうか。下劣な男か……。じゃあ、フィロメア。そろそろ『ママ』に思い出してもらいなさい。その下劣な男が、一体ママにとってどんな人なのかを、な」
「……はい……」

 シモンの言葉に、今まで沈黙を守っていたフィロメアはシルビアにぎゅっと抱きつき、その豊かな乳房に顔を押し付けながら、
「ママ」
 フィロメアがシルビアに向かって話しかける。
「シルビア様は、私の『ママ』だよね」
「……ええ、そうよ」
「ママだから、私の言うことは、何でも聞いてくれるよね」
「え……」
「ママ……私の目を見て」
 フィロメアは顔をあげ、シルビアの瞳を見つめる。
「シルビア、フィロメアの言葉を聞いたらだめ!」
 ローズが叫んだが、既にシルビアはフィロメアの視線から目をそらす事ができないようだった。
 フィロメアは、シルビアのことを取り込むように、淡々と言葉を続けていく。
「ママ。ママはフィロメアの優しいママだよね」
「ええ……もちろん……」
「そう。ママ。フィロメアね、パパが出来たの」
「え?」
「ママにはね、パパと仲良くしてほしいの……きて、パパ」
 そう言うと、シモンはのそっと立ち上がり、

「いやー、どうも、パパを仰せつかっております」
 ヘラヘラと笑いながら、シルビアとフィロメアに近づいていく。
 シモンを見つめるシルビアの瞳は、極めて冷淡だった。
「ふさげるのも大概にしてほしいわね。大体貴方がなんでフィロメアの父親だなんて……」
 身構えて臨戦態勢をとろうとするシルビアに、

「ママ」
 
 フィロメアの言葉が、シルビアの動きを止める。

「……ママ。パパと喧嘩しちゃだめだよ?ママとパパが喧嘩してるのを見ると、フィロメア悲しくなるから、や」
 予想もしないフィロメアの声に、シルビアは思わずたじろぐ。
「け、喧嘩じゃないわ……これは……私は……ヴァルキリーなんだから……シモンを……倒さないと……いけないだけで……」
「ママ」
 フィロメアは更に、深い声でシルビアに言う。
「ママ、パパと仲良くしてくれるよね?」
「……で、でも……」
「ママ……フィロメアの言うこと、きいてくれないの?フィロメアのこと、嫌い?」
「ち、違うわ。貴方のこと、嫌いなわけ、無いじゃない……」
 その言葉に少しだけ――彼女にしてはその少しすら極めて珍しいことだが――微笑みを浮かべると、昏い瞳をしたまま、フィロメアはシルビアを抱きしめる力を強くして、言葉を続ける。
「フィロメア、パパのこと、大好きなの。ママには、フィロメアの好きなもの、何でも好きになって欲しいの。そうでないと……フィロメア、ママのこと、嫌いになっちゃうよ?」
 その言葉にシルビアは狼狽する。
「や、やめてフィロメア。お願い、私のこと、嫌いにならないで……」
「じゃあ、ママ、フィロメアの言うこと聴いてくれる?パパと仲良くしてくれる?」

 フィロメアが抱きついたまま、覗き込むようにシルビアを見つめる。背の低いフィロメアが、ふた回りは大きいはずのシルビアを、いまや圧倒している。

 その勢いに、飲まれるかのように、シルビアの瞳の色から、光が喪われていく。

「で、でも……」

 最後の理性が抵抗するのか、逆接の言葉を口にしたシルビアだったが、

「……ママ?フィロメアを……また、いじめるの?フィロメアの嫌いなことたくさんした、悪いママに戻っちゃうの?」

 フィロメアの声は、シルビアの最後の理性を挫いたのか、シルビアの瞳から光が消え、気おされたかのように、うわ言のように、シルビアは言葉を漏らす。
「……ええ……仲良く……するわ……フィロメアのためですもの……」
 フィロメアは、その言葉を聞くと、初めて口元に小さく笑みを浮かべ、
「そう。じゃあ、ママ、これから、パパの言うことに逆らっちゃだめだよ?ママがパパの言うことに逆らうと、喧嘩になっちゃうからね?喧嘩したら、フィロメア、いやだよ?」
「ええ、……フィロメアが嫌がることは、しないわ……」
「じゃあ、ママはパパの言うとおりにしてね。ママがパパの言うとおりになると、フィロメア、とってもうれしいから。フィロメアをたくさんうれしくしてね?ママ」
「ええ……フィロメア……」
 シルビアは恍惚とした表情でフィロメアの頭を撫でながら返事をする。フィロメアはシモンの方に振り向くと、
「パパ。来て」
「ああ」
 シモンはのそのそとフィロメアとシルビアの近くにやってくる。
「じゃ、ママ。パパに仲直りのキスをして?」
「ええ。……キス……、そう……キスね……フィロメアがしてほしいなら……」

 シルビアはシモンにふらふらと近づいていく。その瞳からは、普段の理知的な輝きが失われ、頬はほのかに上気している。手には杖を持ったままではあるが、相手がネメシスであることを忘れているかのように無防備だ。
 
 やがてシモンの身体に自分の身体を摺り寄せる。背の高さは、わずかにシモンより彼女の方が高い。そのブロンドの髪をかきあげ、
「……貴方……」
 とつぶやくと、そのまま目を閉じて口付けをした。
 シモンはシルビアが無抵抗なのをいいことにその身体を抱き寄せ、胸をやわやわと服の上から揉みしだきながら、唇をねぶりはじめる。
「んん……んふ……」
 シモンの舌がシルビアの唇を割り、彼女の口腔を犯し始める。最初はわずかに抵抗するかのように身体を固くしたシルビアであったが、シモンの執拗な舌の動きにやがて力が抜けるかのようにシモンにもたれかかる。ゆっくりと自分の舌を動かし始める。その勢いか、彼女の手から力が抜け、硬い音を立てて杖が床に転がった。
 やがて、ひととおり味わい尽くして満足したのか、シモンはシルビアの唇を解放する。
「ふふ、久しぶりだが、相変わらずお前の唇は美味だな」
「……ん……私は……なんでこんなこと……」
 目をとろんとさせて、シルビアはうわ言のようにつぶやく。
「まだ思い出せないのか?シルビア。フィロメアは私たちの可愛い娘だ。だから、私たちは夫婦(めおと)だ。フィロメアがそう言っていただろう?」
「ああ……そうでした……なんで……そんな大事なことを……忘れていたのかしら……ごめんなさい、貴方……」
「ママ。違うよ。この国ではね。奥さんにとってパパのことは『ご主人』っていうの。だから『ご主人様』って言わなきゃだめだよ?で、ご主人様の言うことはなんでもきかなきゃだめなの。だって。ママは素敵な『ママ』なんだから、パパの言うことは絶対なの。」
 フィロメアの言葉に、
「あ……ごめんなさい……ご主人様……」
 シルビアはフィロメアの言葉を従順にうべなうと、その柔らかな肢体をシモンに絡みつかせ、首筋を愛撫するかのように唇を寄せる。新婚の妻が夫に甘えるような仕草だった。

 そのシルビアの変貌に、ローズは思わず息を呑む。

 フィロメアは明らかに洗脳されているのだろう。だが、今の過程で、シルビアにシモンが洗脳した様子は無かったはずだ。第一彼女にはシモンの洗脳薬を無効にする薬を飲ませている。フィロメアがこっそり注射をして彼女を洗脳することもできないはずだ。

 やむを得ない。彼女が完全に取り込まれる前にシモンを……と、ローズが身構えたその瞬間、
「『薔薇よ、その身を凍てつかせよ』」
 耳元で囁かれたその言葉を聞いた途端、ローズの身体はまるで体中に氷柱になったかのように動けなくなる。

「……う……あ……」
「……苦しいですか?そうしたら、声は出せるようにして差し上げます。『薔薇よ、その麗しの身を風にそよがせることのみ能わん……』……どうですか?」
「……あ、あなた……ルピア……」
 ローズの背後から姿を現したのは、濃緑色の魔法衣に身を包んだルピアだった。
「なんで……足音も気配も無かったのに……」
「……私は風を操ることができます。足音を消すことも気配を消すことも造作もありません……。……先生が……司令が私にあらゆる戦い方の全てを教えてくれたではありませんか……」
「……あなたもシモンに洗脳されて……いえ……貴方には抗洗脳薬を渡したはずなのに、なんで……」
 その言葉に、ルピアは一瞬だけ辛そうに目を伏せるが、それも一瞬のことであり、静かに、芯の座った目でローズを見つめる。
「……先生には謝らなくてはいけないことが沢山あります。……それは後でお話します。……今は、少し静かにしておいてもらませんか?」
「……静かって……貴方、シルビアがこのままじゃ……」
 ルピアはシモンとシルビアの方を見て、一言。

「……シルビア様は、既に『堕ちて』ます。もう、戻れませんから……」



















 そんなローズとルピアのやりとりを知ってか知らずか、シモンは検分するかのように、シルビアの服の下に手を滑り込ませ、右手は乳房を揉みしだきつつ、左手はスカートを捲り上げてショーツのクロッチの上からクリトリスを刺激している。シルビアはなされるがまま「んん……」と鼻にかかったような甘い声を時折だしながら、シモンにその美肢を委ねている。


 シモンはローズの方に振り向くと、
「くくく。どうした、ローズ。不思議か?なぜ、彼女がこうも容易くフィロメアの言いなりになっているのか」

 ローズは今までの情報を整理し、推理をする。今日の昼間のシルビアとフィロメアの立ち振る舞い、そして今の二人のやりとり、シモンの洗脳薬を無効にする薬を飲んでおきながら、シルビアがあたかも洗脳されたかのような状態になっていること……。
 それらを総合していけば、可能性は絞られてくる。

 搾り出すようにローズは、
「……貴方、フィロメアを洗脳して……いや、フィロメアだけじゃない。シルビアも、ここに来る前に、既に洗脳してた……ってこと?」
「さすがに理解が早いな。頭がいい女は好きだぞ」
「そんな……彼女に限って……」
 
 シルビアといえば、洗脳に関してはエキスパートだったはずだ。そして、シモンが洗脳能力を持っていることも、知識としては持っていたはず。にもかかわらず、シモンの術中に堕とされていたことに、さすがのローズも絶句せざるをえない。

 シモンはシルビアの尻を揉みながら嘯く。
「私から仕掛けたわけではないぞ。彼女はルピアを洗脳して、私と君との関係、そして私が再びチキュウに舞い戻ったことを知って我らのアジトを襲撃してきたんだ。しかも、洗脳したルピアを使って、私を不意打ちして拘束し、かつ、私までも洗脳しようとした。……こちらもやむを得ず生存のために反撃を行い、心ならずも、封印していた洗脳薬の助けを借りたというわけだ」
「……なにがルピアを洗脳した上に、よ!元はといえば貴方が私たちを洗脳したことが事の始まりでしょう!」
 シモンは少し頭を掻きながら、
「んー……そう言われればそうなような、そうでもないような……。あんまり、こういうことは簡単に白黒はっきりできるものでもないんだよねえ。…………うーん」

 なんとも煮え切らない答えをぐずぐずとしているシモンではあるが、その手は動きを止めることなく、いつの間にかシルビアの上着のボタンはおろか、ブラのホックもはずして、白いまばゆい乳房は手の平で直にもみしだきながら、色素の薄い乳輪を指でなぞっている。
「ん……あ……あ……」
 喘ぎ声ともつかない声で鼻を鳴らしながら、太腿をすりあわせながらシモンの身体に身体を寄せる彼女の瞳は、既に焦点が合っておらず、虚空を彷徨う。
 
 そのシルビアの表情に、なぜかローズはデジャヴュを感じる。
 惚けたような、それでいて幸福に満ちた官能的な表情……虚ろな瞳に満たされた淫欲の炎……乳首を勃起させ、愛液をしとどに垂らしながら、男の欲望に身を任す悦びに浸っている蠱惑的な肢体の動き……。

 そう、それは夢の中での自分自身の姿そのものではないか。

 そんなローズの内心を知ってかしらずか、シモンはさらに命令をエスカレートさせていく。
「さて、シルビア。お前はフィロメアの母親……つまり私の妻なわけだ。ということは、主人である私の性欲処理は、お前の務めだ……そうだな?」
 シモンの下卑極まりない言葉に、しかし、シルビアは、瞳を潤ませ、頬を紅潮させながら、さも当たり前とばかりに頷く。
「はい……シモン様をお鎮めするのは、妻である私の役割です……」
「よろしい。では早速、私のモノを舐めたまえ」
「はい……」
 そう言うと、シルビアは、シモンの目の前に跪く。そのベルトを緩め、安っぽい黒地の戦闘員スラックスとその下のトランクスを合わせて足首までゆっくりとずり下げると、シモンの赤黒く膨れ上がった陰茎が彼女の顔面に突き出される。
「あ……もう……こんなに……」
 その醜悪な形状の肉塊を、熱い吐息をつきつつシルビアは恭しく捧げ持ち、ルージュの色も瑞々しい唇をすぼめて、その先端から滲み出す白い粘着質の液体をすする。
「ちゅる……ん……ちゅぷ……じゅる……んぁ……」
 艶かしく色鮮やかな紅い唇の上に、鈴口から滲み出るシモンの白い体液が薄く延ばされ、ゆっくりとコーティングされていく。唇と亀頭が、舌先と鈴口が、粘膜と粘膜がこすれ合い、カウパーと唾液が混ざり合ってその喉奥に嚥下されていく。不潔極まりない液体のはずだが、彼女はあたかも芳醇なワインの味を確かめるように、ごくり、ごくり、と白い喉を鳴らして飲み込んでいく。
 
 やがて、先走り汁を全て啜り終えると、次にシルビアの舌はシモンのカリの裏に向かう。そのいびつな肉塊を撫で回すように、愛おしむかのように舌先が動くと、勢い、白い恥垢がその舌先に掻き集められ、舐め取られていく。シルビアはそれを嫌がる素振りも無く、むしろその熟成したチーズの風味を味わうかのように溜息をつき、恍惚とした表情を浮かべている。カリ裏だけでは飽き足らないのか、さらには裏筋、亀頭、鈴口、陰嚢の襞という襞……シモンの陰部のあらゆる場所がシルビアの唾液で塗りつぶされていく。

 もはや塗り潰す場所もなくなったところで、シルビアはシモンの竿を口に吸い込み、頬肉全体で丸ごと包み込む。彼女の小さな唇はシモンのグロテスクな陰茎の根元をきゅっと咥え込み、ゆっくりと顔を前後に動かして刺激を与えていく。

「くっくっく。気持ちよさそうだな、シルビア。そんなに私のモノがうまいのか?」
「ん……ん……おひひひ……ふぇふ……」
 おいしいです、とでも言っているのだろう。咥え込んだままシモンの言葉をうべなう彼女の剥き出しの胸を、シモンはやわやわと揉みしだく。マシュマロのような質感と柔らかさを兼ね備えた彼女の胸は、シモンの手の動きに吸い付くように融通無碍に形を変え、シモンを愉しませる。時折乳首をつまみあげると、快楽のためか形のいい眉を歪めるシルビアだが、その口に咥えたシモンの肉棒を離そうとはしない。
「では、仕上げといこうか。少し苦しいかもしれないが、我慢しろよ?なんてったって、お前は私の『妻』なんだからな。逃げるんじゃないぞ?」
「ん……んふ……ふぁひ……ふぁふぁん……ふぃふぁふ……」
 口をシモンの陰茎に、乳房をシモンの右手に、そして髪の毛をシモンの左手に犯された状態の彼女は、逃げるどころか、その両手をシモンの腰に巻きつけ、より一層顔をシモンの股に押し当てるかのようにして、喉奥までシモンのペニスを呑み込んでいく。
 その行動を彼女の忠誠心の表れととってか、シルビアのブロンドヘアを鷲掴みにして、シモンは腰を激しく彼女の顔に叩き付けると、シモンの太腿が彼女の白い頬に当たってぺちぺちと音を立てる。喉奥にシモンの亀頭がぶつかるせいか、彼女は時折嗚咽を漏らしつつも、うっとりとした表情で目を半開きにしたまま唇をすぼめたり頬を吸い寄せたりして、あくまでシモンに快楽を最大限にするために、あらゆる努力と奉仕を続ける。

 じゅ、じゅぷ、じゅ、じゅく、じゅく……。
 
 唾液とカウパーが交じり合い、それがシルビアの口の中で泡立つ。歯茎と茎が、内頬とエラが、鈴口と口蓋が、ぶつかり、こすれ、時折頬肉にシモンの亀頭が突き出されるのか、シルビアの白い頬がいびつな形に膨れる。だが、彼女は苦痛にすら思っていないようだ。

 彼女の一心不乱の奉仕を前に、いよいよ、シモンの限界が近づく。
「う…………出……出るぞ……」
「ん……んん……んんん……」
 やがて、こらえきれなくなったシモンがひときわ激しく、ぐい、と突き上げると、

 びゅく、びゅくびゅくびゅく……びゅくびゅくびゅく……。
 
 一度、二度、そして三度……。
 シモンの肉棒が激しく反り返るかのように弾け、途端、濁った音とともに、シルビアの喉奥に白濁液がどくどくと放出される。
「あ……んく……ん……んふ……ちゅる……じゅ……」
 その大量の粘つくシモンの精液をあたかもミルクかヨーグルトを飲むかのように味わうシルビア。母親の乳房を味わう赤ん坊のように口をすぼめ、その精液を搾り取るようにして飲みこみ尽くすと、彼女はシモンの陰茎にまとわりつく白いねばついた液も全て綺麗に舌でぺろぺろと舐め取りはじめる。
「旨いか?」
「……ん……美味しい……です……」
 うっとりとした表情で微笑むシルビアの金色の髪を指でさらさらと撫でながら、シモンは、シルビアに向かって、
「そうか、少し疲れたろう、しばらく休んでいいぞ、シルビア」
「ん……あ……」
 シモンの言葉に、シルビアの身体から力が抜け落ち、彼女は、シモンの身体にその身を委ねる。全く無防備なままシモンにその身体を預ける彼女の様子からは、常に策謀を張り巡らし、警戒を怠らないシルビアのいつもの姿を想像することができない。まるで何年も離れ離れになっていた良人と久しぶりに床を共にする新妻のように、満ち足りた表情で眼を瞑っている。


 
 そんな彼女から視線を外すと、シモンはスラックスとトランクスを元に戻した後、ローズを見つめ、重々しく宣告する。

「さて、ローズ。既にこのとおり、シルビア、フィロメア、そしてルピアも私の支配下にある。さらに、君の身体も、私は意のままにコントロールできる状態にある」
 ローズはシモンを憎々しげに見つめながら、声を搾り出す。
「相変わらず女性を操って犯すことしか能が無いのね……この下種男が」
 シモンは頭をかきながら、
「否定はしないが、別に恥じいりも反省もしないよ。こっちも生きるために必要な手は全て打つしかないんだわ」
「……大体、貴方は宇宙に還ったはずなのに……なんで今ここにいるわけ?なんで……ルピアをまた洗脳して?でも、ルピアには薬を渡していたはず……」
 シモンはひらひらと手を振りながら、
「いやあ、宇宙に出たのは良かったんだが、やっぱり宇宙食ばかりの生活がつらくてねえ。この星は食事に関してはすばらしいから、戻ってくることにしたわけだ」
「戻ってくることにって……大体、宇宙に出たのは宇宙船が爆発しそうになったからでしょ?それは解決したっていうの?」
「………………ああ、解決してる。そこはご心配なく」
 シモンの顔に少しだけ翳がよぎったが、ローズはそれには気づかず、さらにルピアを睨み、疑問を口にする。

「……じゃあ……ルピア。貴方は何で……」
 ルピアはローズの視線を受け、少しだけ目線を伏せたが、改めてローズの瞳を見つめる。
「……私は……自分から、シモン様に操られることを択びました。……ローズ司令には、いろいろお願いしたのに、……本当に、ごめんなさい」

 ルピアの言葉は、ローズにとってあまりに理解しがたいものだった。

「……なんで……嘘でしょ?そんなことあるはずがないじゃない!…………………………………………わかった。貴方、またシモンにいいように記憶と感情を弄られているのよ。……ほんと、どこまでも下劣な男……」
 シモンを弾劾しようとするローズに、ルピアは慌てて、
「違います!私は自分から望んだんです!シモン様を悪く言うのは止めてください!!」
 珍しく激しい口調のローズの言葉に、激昂したルピアの腕が振り上げられる。その手に光の粒子がまとわりつき、魔法が発動しかけた瞬間、いつの間にかルピアの脇に回りこんでいたシモンが、その腕を掴む。
「ルピア、落ち着けって。ローズは身体を動かせないんだぞ。この至近距離でノーガードでお前のフル出力の魔法くらった日にゃ、いくら司令格だってきついって」
「……………………あ」
 何か憑き物が落ちたように、腕から力を抜いたルピアは、ばつの悪そうな表情をしてうなだれる。
「……すみません。ローズ司令。元はといえば私が悪いのに……」
「……シモン、余計な心配は無用よ。私はこの娘に教官役なのよ。弟子の魔法にやられるほど、やわじゃないんだから」
 シモンは師弟ともいうべき二人の間に分け入り、なだめるかのように手を振りながら、
「まあまあ、とりあえず困ったときは俺を悪いことにしておけば丸く収まるから、ここは一つ、悪のネメシスの小隊長、シモン様が一番悪かった、ってことにしておいてくれや。ともあれ、ルピアは、今や私の配下となり、私の元にいることを彼女自身も望んでいる。それはフィロメアもシルビアも同じことだ。……というわけで、彼女たちについてはその身を預からせてもらいたいが、それ以外に我々はチキュウジンどもの生活に干渉する気は全く無い。細々と平和にこの星の片隅でつつましやかに生活させてもらえれば十分なのだ。ついては、我々のことも今後干渉しないでもらえないだろうか」

 シモンの緊張感のない身勝手な言葉に、ローズは黙ってはいられない。当然噛み付く。
「冗談じゃない。貴方みたいな凶悪なウチュウジンを、放っておけるわけがないでしょう?このまま放っておけば、次から次へと洗脳していくんじゃないの?ついこの間まで私たちを征服して支配しようとしていたくせに、今になって平和共存?どうして信じられるのよ?」
「……確かに、信じられないのもしかたない。それならそれで結構。だがな、ローズ」

 シモンはローズにかつかつと近づくと、その頬に指を当てる。
 スモーク加工されたバイザー越しに、シモンの瞳がローズの瞳をじっと見つめる。
 
「お前には、前に洗脳薬を嗅がせた時にいろいろな暗示を埋め込ませてもらってる。今、身体を動かせないのもその一つだが、それ以外にもいろいろな。……今、自由意志があるだけでも感謝してもらいたいくらいなんだがなあ」

 ローズは、シモンの言葉に絶句する。

 つまり、既に私は奴のお情けで、自分でいられるということか。
 実際、自分は今、シモンを前にしゃべることはできるが、首から下は少しも動かすことができない。
 更におぞましいことには、いつの間にか彼に「首輪」をつけられている。
 おそらく、自分は何かの機会に……おそらくはこの首輪をつけられたときに、彼によって様々な暗示を埋め込まれたに違いない。
 彼がその気になれば、今すぐ自分を、シルビアのようなシモンに奉仕することを喜びとする新妻にも、ルピアのように恋に盲目な奴隷にも、フィロメアのようにシモンを溺愛する娘にも、自分の人格を改変できるのだろう。


「さて、では、そろそろ君の身体を自由にしよう。『薔薇よ、その身の枷を全て解かん』……。さて、これで身体は動くはずだ。その気になれば私に攻撃だってできるくらいだが、そうなると私を慕う娘たちが邪魔をするだろうから止めておいたほうがいい。……では、今日はもう夜も遅い。お引取りを」

 シモンは気取ったお辞儀をしてみせる。その振る舞いが、ローズの神経を逆撫でする。
 

「だったら……さっさと私を支配しなさい!シルビアのように私をセックスしか考えられない妾にでもするか、ルピアのように恋の奴隷にするか、好きにすればいいわ!」

 ローズの激しい言葉に、シモンはソファに腰掛け、いささか心外そうな表情を浮かべる。

「……何か勘違いをしているようだな。ローズ。前にも言ったはずだ。私は君のことは『同志』だと思ってる。あの困難な戦いを一致団結して戦い抜いた君を、奴隷扱いになぞしないよ。私の願いは実にささやかなものだ。私を含めた母なるホシを喪った3人の哀れなウチュウジンに、この大きなホシの一部で生活する自由を保証してほしいだけなのだよ」
「何を勝手な……貴方たちが今まで私たちにしてきたことを忘れて、自由だけよこせと?都合のいいこといわないで!」

 舌鋒鋭くシモンを非難するローズに対して、シモンは聞き分けの無い子に諭すように落ち着き払っている。

「……ローズ。これは悪い話ではないんだぞ。今の状況を考えてみるがいい。既にヴァルキリーはシルビア、フィロメア、ルピアがこちらの手駒だ。君が今ここで呼び出せるカーネリア、あとヒルダだったかな。ただでさえヴァルキリー陣営は3対3に割れている。さらにこちらにはサファイア、そして我々が死ぬほど苦労してなんとか御したベリルが居る。……何より、我々には、いつでもこちらに取り込める、ヴァルキリー陣営の獅子身中の虫ともいうべき『駒』がある。……さて、君たちジンルイに勝機はあるのかな?」
「……」

 もちろん、言われるまでも無い。シルビアはローズと互角の能力を持つ司令格の能力者だ。母国に帰れば勇猛果敢、かつ血の結束と優雅なコンビネーションでその名を馳せる『戦乙女衆』を率いる長であるヒルダとて、この国で一人でシルビアと戦うのは厳しい。カーネリアは、ルピアと同等だろうが、残念ながらフィロメアに対してはとても及ばないだろう。

 ましてや……ローズは腕に爪を立てる。
 この身は、いまやシモンの『お情け』で自由になっているに過ぎない。もし彼がその気になれば、私の自由意志をすぐ様奪って奴隷にし、カーネリアやヒルダを殺戮する機械人形にすることができるのだ。
 そんな条件では、仮に捲土重来を期して、万全の布陣を作り上げて奇襲をかけようとしても、こちらが作り上げた策は筒抜けになってしまう。なにせ、私自身が、最大の『間諜』としての役割を果たしてしまうからだ。

 やり場の無い憤怒で、歯軋りをするローズに、シモンは肩をすくめながら、
「おやおや、そんな怖い顔をするなよ、ローズ。綺麗な顔が台無しだぜ。皺も増えるよ。そろそろお肌の曲がり角も近いんじゃないか?」
「……やかましいわ」
「うわ怖い。ともあれ、マキアヴェリだったかな、君たちのホシの先人の言葉でいうなれば、外交は戦争の一形態だ。既に軍事力で勝負がついている以上、外交はその延長線上の結果しか生まないわけだ。これは別に君の責任ではない。むしろ、現実的にWin-Winの関係を築いてこそ、ジンルイの代表者としてこの交渉の席に着く誉れに浴する君に課せられた責務なんじゃないのかね」

「……」

「さて、もう用も無かろう。帰りたまえ」

 ローズはぎり、と歯軋りをする。何か策は無いか、策は……しかし、頭に血が上ってしまっているのか、身体ばかり熱く、考えがまとまらない。

 そんなローズを見ていたシモンだったが、少し意地悪そうに目を細め、ローズの思わぬ言葉を耳にする。

「…………それとも……私にまた、『支配』してもらいたいのかな?」
「な、……何を馬鹿なことを……」
「さて。どうかな。君は実は、心の底で憧れていたのではないか?彼女たちに。何もかも私に委ねきっている彼女たちに。おいで、お前たち」
「はい……ご主人様……」「パパ……」「シモン様……」

 ソファに座るシモンの身体に、シルビア、フィロメア、そしてルピアがふらふらと吸い寄せられるように抱きついて、その身体を寄せる。既に3人の視界には、ローズの姿など入っていない。ただシモンの身体から発せられる体温を感じることを至福とするがごとく、たおやかな肢体をシモンに絡ませ、抱きついている。その風景は、あたかも北国の蛮族の王が狐の毛皮をまとわり着かせているかに見える。

 シモンはシルビアの髪を撫でながら、その顎をつまみ上げる。
「あ……ん……」
「見てご覧。この幸せそうな表情を。何の苦悩もない、全てを委ねる幸せに満ちている。ローズ。シルビアがこんなうれしそうな表情をするのを見たことがあるか?」
 確かに、まるで幼子のようにシモンの指が唇や頬の稜線をなぞるのに目を細め、そのたびにシモンの身体にその豊かな肢体を押し付ける。

 そんなシルビアの姿に目が釘付けになっているローズを見ながら、シモンはいささか意地悪そうに、
「……ローズ。正直に言いたまえ。君も、このように何もかも振り捨てて、ただ私の前に伏し、私に属したいのではないか?」
「そんなわけ……あるわけないじゃない」
「さて、どうだろうか。君は実は不満に思っていたのではないか?ジンルイに君のことを本当に想ってくれるものがいないことに。自分を導いてくれる者がいないことに……」
 シモンの言葉に、ふと、ローズは考える。

 確かに。全く誰も頼りにならなかった。ネメシスとの辛い戦いにも、ジンルイの側が大して役に立ったことは無い。右往左往する長官ら文民の幹部をローズが叱り付けるようなことも再三だった。

「……しかも、君たちの能力は疎まれる。ジンルイほど細かな差異で他人を差別するイキモノも珍しいが、その中でも異形・異能は容易にサベツされる。ネメシス無き今、もはや君の能力はジンルイにとって無用の長物だ。かえって危険ですらある。……そうじゃないか?」

 そのとおりだ。既に自分に対しての視線が冷ややかになっていることを肌で感じている。

 薄ら笑いを浮かべてたシモンだったが、ふと真顔になる。

「……では試してみようか。一歩ずつ、私のほうに歩みよってご覧。私が言うとおりに動くと、とても気持ちいいはずだ。その事実こそが、君の真実を物語るはずだ」
「……ばかなことを」

 そう、ばかばかしい。そんなわけがあるものか。
 また、あの男の戯言に過ぎない。無視をして、ここから出て行けばいい。
 幸い、シモンは油断してか、私に彼自身を攻撃させる鍵を解除した、といっていた。それが本当かどうかはわからないが、この身さえ自由であれば、決して彼を打ち倒すことは困難であれ不可能ではないはずだ。諦めることは無い。
 一端ここは引き戻り、ヒルダ、カーネリアと策を練るべきだ。……私自身が間諜になる恐れはあるが、そこは何とか解決するしかない。今は、引くべきなのだ。

 目の前にあるソファの上に、シモンと3人の女性がいる。そして、自分の後ろに、自分がこの部屋に入ってきたドアがある。

 シモンに背を向けないよう、一歩一歩、後ろに後ずさりして出て行けばいい。それでいいはずだ。それしかない。









 なのに。



 なのになのに。














 ローズの中で、不思議な衝動が沸き立つ。























 歩きたい。

 シモンに近づきたい。


























 馬鹿なことを。ローズはその内面の声を改めて打ち消す。
 そんなことをして何になるか。






 だが……待て。

 よくよく考えて見れば、せめてルピアだけ連れ戻すべきではないか。
 たとえどうなっても彼女は私の下で一緒に戦ってくれた。私が彼女を戦いに追いやり、今の境遇に突き落としたに等しい。おそらく彼女の母親も……。

 それを、放って置けるものか。


 私は。彼女を。助けなくては。




 そう。これは責務だ。私の責務。




 ……前に歩く。


 シモンの脇にいる彼女を連れ戻すのだ。


 連れ戻すために、前に進むんだ。


 他に何の意図もない。そのためだけに、前に、シモンの方に、進む。べきなのだ。私は、私が。前に。歩く。歩きたい。歩かなくては……シモンの方に、一歩。




 一歩?前に?後ろでなくて?

 わずかに心の中で問いかけがあるが、その声は遠くか細い。


 ……私はこれから前に歩く。別におかしなことではない。シモンの命令に従ってるからではない。当たり前の話だ。第一、人は前に歩くものだ。






 ローズは一歩。前に足を踏み出す。























 こつん。


























 彼女のブーツが、だたっぴろい部屋の中、高い音を立てる。














 すると、それだけで、ローズの体の奥底に、甘い痺れが走り、下腹がうずく。




 もう、一歩、さらに一歩……。シモンの命令どおり身体を動かすだけで、彼女の体中が甘い快楽に満ち、その脳髄は甘美な陶酔に麻痺していく。



 わたし……ネメシスの……男の命令に……従ってる……。
 敵の……倒すべき……相手……今まで……私を……嬲っていた男……。
 憎むべき相手……。
 なのに……なんでこんなに気持ちいいの……。





 一歩。




 さらに一歩。




 部屋に音がローズの靴音だけが、少し間をおいて、一つ、一つと響いていく。







 
 いつの間にか、ローズの頬は朱に染まりつつある。彼女の乳首は勃ち上がり、ヴァルキリーの制服を押しあげている。肌と衣服が擦れ、ショーツがいつの間にか汗とは別の体液で、少しずつ湿りつつある。
 もはや、ルピアを救い出す、という大義名分は忘れている。シモンの言うとおりに、彼に、一歩、一歩近づいている。その実感だけが、彼女の全ての官能を支配している。









 やがて、ローズは、シモンまであと数歩、というところまでやってきた。

 ローズは立っている。
 シモンはいつの間にか一人で座っている。ローズはいつ他の3人を人払いしたのかすら気がつけなかった。



 彼女の手には、この部屋に入るときに準備したメイスが握り締められたままになっている。
 振り上げ、雷の魔力をフルに込めて打ち下ろせば、肉の灼ける臭いとともに、彼の頭蓋は灰燼に帰すだろう。







 ローズの身体は震えている。
 それは、その気になればシモンを殴殺できる悦びによるものではない。

 

「う…………あ……く…………」
 何かに耐えるようなうめき声を出すローズを見上げながら、シモンは冷ややかな声で、
「くく、どうやら、快感でたまらない、といった様子だな」
「そ、そんなこと……ない……」
「ほう、まだそんな減らず口が叩けるのか。たいしたものだな。では、ローズ、今のお前の本当の気持ちを口にしてみろ。これは『命令』だ」






 ぞく。






 命令と言われた瞬間に、ローズの意思とは別に、口が動き出す。
「あ……わたし……シモンに……命令……されたい……命令されて……そのとおり……身体を動かすだけで……すごく……きもちいい……シモンと一緒になってる……私の身体が……シモンの一部になってるみたいな気持ちになって……すごくすごく気持ちいいの……」
 その答えに、シモンは深く頷くと、
「そうか。そんなに気持ちいいのか……ではローズ。お前の身体の一番恥ずかしい部分を私に見せるんだ」
「あ……う……」
 ローズは、スカートの裾に手を寄せると、ゆっくりと引き上げて、捲り上げていく。
 ストッキングに包まれた彼女のショーツがむき出しになる。

 それは、まさに今日の朝の夢の再演であった。

「ストッキングが邪魔だな。ずりおろせ」
「あ……はい……」
 言われるままに、ローズはストッキングに手をかけて、ブーツの上の膝上までずり下ろす。
 シモンは剥き出しなった彼女の腿とショーツに指を寄せる。
「ふわ……あ……」
「おや、もうぐしょぐしょだな。私はまだ触れもしていないのに……そんなに命令されると気持ちがいいのかな?」
「あ……うう……」
「正直に言ってみろ、これは命令だ」
「あああ!……うぁ……はい……き、気持ちいいです……」
 そう言うと、さらにその言葉が彼女の羞恥と官能をそそるのか、ローズの陰部から沁みだす液が粘りけを高めていく。
 その言葉を言った瞬間に、ローズはわずかに我に返る。
「い……いや……言いたくない……言いたくないのに……」
「ふふ、本当に言いたくないのかな?では尋こうか。ローズ。お前は命令されるのが好きか?」
「あ……う……」

 だめ。言ってはだめ。言ったら戻れなくなる……。

 しかし、既に彼女の身体は発情しきっている。
 
 その身体は火照り、淫らな液がショーツを濡らし、勃ち上がった乳首はシルクのブラにこすれ、クリトリスは膨れ上がってシルクのショーツにこすれ、知らず知らずのうちに、彼女の腰を少しずつくねらせていく。

「くく、まだ抵抗するのか。なかなか可愛らしいな。では、ローズ。更に命令をしてあげよう。君のそのふくよかな胸を私の身体に擦り付けてこすりあげたまえ」

「だ……誰が……そんなこと……」
 そういいつつも、ローズの身体はさらに一歩、また一歩、シモンに近づいていく。
「ん……あ……あぁ……」
 その一歩、一歩、緩慢な歩みを進めるたびに、ローズの全身を激しく快感の稲妻が走り続ける。

「はぁ……」
 熱い吐息をつくと、ローズはシモンに抱きつくようにその身を寄せる。勢い、シモンの身体にその乳房がブラとショーツ越しにあたる。その瞬間、
「あああああああ!!」
 ローズは飛び上がりそうになるくらいにその身体を激しくそらせ、シモンの身体に身を摺り寄せ続ける。

「あ……うぁ……」

 頬は上気し、いつもは理知的なその瞳はすっかり肉欲に潤んでいる。舌が宙をさまよい、両腕はシモンにまとわりつくように抱きしめようとするが、そのぎりぎりのところで踏みとどまっている。

「……くっくっく、もう大分参ってきているようだな」
「だ、誰が……あんたなんかに……」
「うむ。その調子だ。では、ローズ……せっかくだから、直接私の身体に触れたくはないかな?」
「あ……く……な、そんな……わけ……ないでしょ……この…………鬼畜な……下郎が……」
「まだそれだけ減らず口が叩けるのか。たいしたものだな。では、ローズ……『命令』だ……」
「い、いや、やめて、お願い、やめて……」
 悲鳴に近いローズの声を無視し、シモンは無情に続ける。
「……命令だ。ローズ。今お前が一番したいことを私にしてみろ」
「あ……いや……くぁ……」
 嗚咽とも悲鳴ともつかない声を上げ、ローズは自分の上着を脱ぎ去り、シャツのボタンを引きちぎり、ブラを押し上げる。形のよい白い乳房が弾けとぶように飛び出し、重力に揺れる。
 そのままローズはシモンの上着のボタンをはずす。手が振るえ、あせりのためか、なかなかうまくいかない。
「あ……うぁ……」
 ようやくはずすと、シモンのシャツを脱がし、そこまで筋肉質ともいえない胸板に、彼女の熟したバランスのよい媚肉を擦り付ける。
「ああああ……」

 あたかも、寒空の中を夜通し歩き続けた犬が、飼い主の家にたどり着き、主の身に冷え切った身体を摺り寄せたかのような歓喜の声を上げるローズ。

「どうだ、気持ちいいか?」
「き、きもち……きもひいい……」
 ろれつのまわらない言葉で返すローズにシモンはさらに刷り込むようにじわじわと言葉を注いでいく。


「そうだろう。これは単に性欲を増加させて気持ちよくなってるんじゃない。私に命令されてるからこそ気持ちいいんだ」
「め、めいれい……きもちいい……」
「そうだ、命令されるのは気持ちいいだろう?」
「いい。……命令……いい……めいれいされるの……すき……」
「そうだ、ローズ、お前は命令されるのがすきですきでたまらない……なんでかわかるか?ローズ」
「……なんで……なんでなの……」
「それはな、お前は私に命令されるためのイキモノだからだ。お前はかつて私に支配され、全てを私に捧げつくした。お前の身体の細胞、血の一滴、髪の毛一本まで、一度は全て私に奪われた。……その時、お前は私に命令されるソンザイ、奪われつくすイキモノに生まれ変わったんだ。……だから、こんなに気持ちいいんだぞ」
「……あ…………め……んぁ……めいれい……される……そんざい……?うばわれる……イキモノ……?」




 そうだ。
 毎晩見ていたあの夢。
 首輪に繋がれていたあの日々。
 奉仕し、奪われ、陵辱され、それでも……満たされていた、確かに満たされていたあの夢の中の日々。

 

 

 ああ。
 なんと私は愚かだったんだ。

 あれこそが私の夢だったのだ。
 私の望みだったのだ。








 奪われることこそが、満たされることだったのだ。









 ローズの中で全てが『氷解』する。

 それは、ローズのなかで、空疎な毎日としての『現実』と、シモンの作り上げた『虚構』が、ずるり、と入れ替わった瞬間だった。
 


 シモンは、雷に打たれたように動かなくなった、焦点の合わない目を虚空に彷徨わしているローズの頬を軽く撫でながら、
「では、ローズよ。……これからも永遠に私の命令に従う、従順な人形、従順な雌犬になると誓えるか?」

 もはや、ローズの中に迷いはなかった。彼女は、シモンを上目遣いで見つめながら、彼女の『望み』を、満面の虚ろな笑みとともに口にする。

「あ……はい……なります……シモン様の……人形に……雌犬に……なります……」
 途切れ途切れに言っている間にも、ローズの太腿からはたらたらと愛液が垂れていく。
 シモンは、その言葉に小さく笑みを浮かべつつ、なおも、とどめをさすかのように、彼女の耳元に囁く。

「ローズ……お前は何を言っているか自覚しているのか?私はネメシスだ。君たちヴァルキリーが憎むべき、チキュウ人の敵だぞ?私はチキュウ人どもを殺しつくすかもしれん……、お前たちはそう言って我々を迫害し、追いやろうとしたではないか。……ローズよ。もし私がお前の同胞であるジンルイを殺せと命じたら……仮にルピアやカーネリアといった仲間を殺せと命じても、その命令には従うのか……?」
「あ……うぁ……」



 ローズは想像する。シモンの命令に従い、自分が魔力の限りを尽くして破壊をしていく様を……ヒトビトを殺していく様子を……。
 返り血を浴び、ヒトビトの怨嗟の声を受けながら、ビルというビル、建物という建物が破壊されるその凄惨な絵図を背景に、その自分の頬に掛かった返り血を舐める自分の陶酔しきった表情を……。
 凛とした白地に金糸を施した司令官服ではなく、黒地に紅い意匠を施した薄いレース地の服、それも、乳房、尻、太腿、……男を幻惑するべく、至るところが娼婦のように剥き出しになった淫らな魔法衣を着た自分の姿を……。


 ぞくっ。

 その絵図を想像した瞬間に、ローズの瞳孔が開ききる。
 彼女の下腹は激しくうねり、乳首は勃起し、クリトリスがショーツのクロッチを押し上げる。
 舌が宙をさまよい、よだれがつっと口元から垂れて糸を引いて床に落ちる。愛液はとめどなくこぼれ、噴出さんが勢いだ。
 
 その想像だけで、彼女は自分で触れることも、誰にも触れられることなく、立ったまま絶頂に達したのだった。


「は……はい……私はシモン様のモノ……シモン様のために働く卑しい道具に過ぎません……どうか、シモン様の心の赴くままに、私に……ご命令をお与えください…………それがいかなる命令であっても……私は全身全霊を尽くして……まっとうをさせて頂きます……。それが……それが……モノとしての……私の悦びなんです……」

 虚ろな瞳のまま、うわ言のように述べながら、彼女は手を瘧のようにびく、びくっと痙攣させている。



 シモンはソファに座ると、足を投げ出す。

「では、その言葉が真実であることをその身を用いて証明してもらおうか」
「……はい……仰せのままに……」

 ローズは、ストッキングを膝までずりおろしたまま、そしてスカートをずりあげたまま、シモンの足元にひざまずくと、シモンの靴とソックスを脱がす。
 



 うれしい、うれしい、うれしい。




 命令されることが心地よい。シモンに褒められることがうれしくてたまらない。彼の言葉が自分の身体に直結しているように、自分の何もかもが彼に繋がっている。


 今まで、満たされなかった。ネメシスと戦い、血反吐を吐くような鍛錬を繰り返し……。もちろん、それに見合う金銭的報酬は与えられた。組織における栄耀栄華も果たした。
 だが、心は満たされなかった。誰も、私のことを本当に理解してくれなかった。

 私はただ、私を導いてくれる存在がほしかったのに。私のことを正しく理解して評価してくれる誰かがほしかったのに。
 私に与えられるのは物質的な報酬と、好奇と嫉妬の視線だけだった。

 はじめて、わたしのあるべき姿を示してくれた人。
 その人が、わたしの前に居て、私に微笑みかけてくれる。

 手がうまく動かないのがもどかしい。

 やがてシモンの下半身から全ての衣服を取り去ったとき、シモンの手がその労をねぎらうようにローズの頬に触れる。

 暖かい。
 涙が溢れる。

「シモン……さま……」
「ローズ。答えを聞こう。お前は、どうしたい?」

「お願いします……。どうか私を……導いて下さい」

「そうか。じゃあ、誓いのキスをするんだ。これは契約のキス。お前はヴァルキリーではあるが、ジンルイの味方、正義の使徒のヴァルキリーではない。ネメシスの尖兵、身も心も私に捧げ、その血の一滴、細胞の欠片まで、永遠に私のために存在する、ヴァルキリー・ローズとして、真実の姿を取り戻すんだ。さあ……」
「はい……」
 ローズはシモンの唇にキスをする。はじめは軽く触れるようなキスだったが、やがて舌を滑り込ませ、唾液と相手の舌を互いに貪るようなキスへと移行する。
「ん……ちゅ……じゅ……んふ……」
 甘い鼻にかかった声を出しながら、ローズはシモンにその身体をもたれかかるようにして、そのふくよかな乳房がいびつに変形するくらいに彼女の身体をシモンに密着させて、キスを続ける。


「あふ……んあ……はぁ……」
 息が続かなくなり、ようやく唇を離したローズに、シモンは、どこから取り出したのか、細い一本の光るものを手渡した。



 それは、ローズの紅い首輪に繋げるための、細く長い鎖であった。


「その鎖は、君の首輪のための特製の鎖だ。私との絆を示す鎖で、他の誰にも渡したことは無い。君だから渡すんだ。さあ、ローズ……君が私に繋がれることを、全てを捧げつくすことを択ぶのならば、その鎖を自分で繋ぐんだ。……もちろん、これは、『命令』だよ」



 その声だけで、ローズの背筋に快感の稲妻が走る。
 これをつけたら……これをつけたら……どうなるのだろう……。
 ローズの胸が高鳴る。思わず唾を呑み込み、その鎖を食い入るように見つめる。
 つけたい……つけたい……。鎖……シモンに……繋がれたい……。


 その彼女の魂の絶叫の渦の中で、彼女の中の最後の理性が、か細く小さな抵抗の声を上げる。

      だめ、それをつないではだめ。本当に、もう戻れなくなる。ニンゲンではなくなってしまう。お願い、やめて。おねがい、わたし、やめて……。




 しかし、
「はい……仰せのままに……」
 シモンの声にぞくりと身を震わせたローズは、陶然とした表情のまま、いとおしげにその鎖を胸元におしいだくと、ゆっくりと手を動かし……。



 かちん。



 硬い音とともに、その紅い首輪に鎖がつながれると、ローズの心の隅でわずかに警告を発していた心の声が、ふつりと止んだ。

 ローズに最後まで残っていた大事な理性の欠片が、その鎖を自らつないだ瞬間に削げ落ちてしまったのだが、もちろん、ローズにそんなことがわかるはずもなかった。忘れてしまった者は、忘れてしまったことすら忘れてしまう……。


 だが、シモンには、彼女の瞳から、完全に光が喪われたことを確実に見て取っていた。


「よくできた……さて、改めて尋ねようか。お前は誰だ?ローズ」

「私は……ヴァルキリーの総司令、ローズです……」

「そうだ。ではもう一つ聞こう。ヴァルキリーとは何だ?ローズ」

「はい……ネメシスの下僕です……」

「そうだ。ということは、ヴァルキリーの総司令であるお前は、ネメシスの忠実な奴隷と理解していいのだな?」

「はい……そのとおりです……シモン様……」
「では、これから私はお前にあらゆる命令をしてやろう。お前は命令をされるたびに、その命令に従うたびに、快楽を得ることになる。私に従うことがお前の幸せの全てになる、ということだ。わたしからじきじきに命令を受けられるのは、この世で何人もいないぞ。ありがたく思うことだな」

「はい……ありがとうございます……すごく、……うれしいです……」
 
 ローズは、霞がかった瞳のまま、うつろに微笑む。唇は唾液でぬめり、舌は何かを求めるように口腔の中で違う生き物のように動いている。頬は薔薇色に染まり、整った顔立ちは相変わらずであるものの、普段の理知的な色彩は翳を潜め、逆に発情期の雌犬として雄を惑わす艶かしさに満ち溢れている。それが本人の意図したものではないところに、さらに一層の倒錯した空気が感じられる。

 胸は剥き出しのまま晒され、日本人離れしたサイズの胸が、呼吸のたびに上下して震える。色素の薄い乳首は立ち上がり、その存在をPRするかのようだ。まったく贅肉のついていない、ひきしまったウェストから下に視線を移せば、元々あまり丈の長くないスカートの裾はめくりあがり、ストッキングはブーツの上の膝上まで押し下げられ、あまり華美ではない、しかし品のいい刺繍の入ったレース地のシルクのショーツが剥き出しになっている。その上質なショーツも既にしとどに濡れ、太腿には染み出した愛液が垂れ落ちて、幾本もの筋を作り、ロングブーツの中へと流れ込んでいる。

 ネメシスの軍勢を一人で幾度も屠っては、ヒトビトから尊敬の眼差しで見られてきたヴァルキリーの司令服が、いまや乱れに乱れ、むしろジンルイの屈服の象徴としてのオブジェと化している。それが売女や娼婦のそれではなく、彼女の存在そのものが、何か聖なる供物であるかのように感じられるのは、そのヴァルキリーとしての戦闘衣の凛々しいシルエットと、司令として節制され鍛え抜かれかつ女性らしいふくよかさをあわせもった美しいスタイル、――そしてなにより、宗教的ともいえる法悦に満ちた表情でシモンを見つめるひたむきな眼差しのなせる業だ。

 シモンはその彼女の様子に満足そうに頷くと、従順なる下僕に早速『命令』を下す。
「では、まずはその胸で私のモノに奉仕してもらおうか」
「ん……あぁ……はい……仰せのままに……」
 その命令の言葉を受けただけで、既に背筋にぞくりとした快感を感じつつ、ローズはソファに座っているシモンの前に跪き、豊かな白い双丘をシモンのそそり立つものに押し当てる。汗でわずかに湿るローズの乳房と乳房の間に、シモンの赤黒い肉棒が挟み込まれる。
「どうだ。ローズ。ひさしぶりに触れる私の生のモノは。感想を言ってご覧」
「あぁ……すごい……びくびくってして……熱い……」
 シモンに促されるまま夢心地の口調で述べて吐息を漏らすと、ローズは舌先を伸ばして、鈴口に触れる。先ほどのシルビアの愛撫を経て、彼女の体液と精液の残滓のぬめりとともに、先走りの汁が滲むそこを、ねっとりと彼女の紅い舌がなぞっていく。途端、ぴりぴりとした味わいが彼女の股間を刺激する。
「ん……あ……なつかしい……あじ…………におい……すごい……」
 舌を動かしながらも、その両手で自らの乳房を左右から圧迫しつつ、身体を上下に動かして、シモンの竿全体を刺激している。
「ああ……ずっと……夢で……毎日……こういうことを……してました……」
 シモンに命令されるまでもなく、次から次へと感想を続けるローズは、舌だけでは飽き足らないのか、その艶かしい唇を押し当て、シモンの亀頭にいとおしそうに口付けをする。
 ローズの軽くウェーブのかかった髪の毛を撫でながらシモンは、
「ほう。毎日夢で見ていたのか。いやらしい雌犬だな、お前は」
 髪の毛をかきあげられながら、それすら快楽とばかりにローズはシモンにとろんとした瞳を向けて、
「はい……毎日……毎晩…………。シモン様に……首輪をつけられて……この……熱い肉に……ご奉仕してました…………でも……夢より……本物ののほうが……ずっといい……」
「では、胸で奉仕するだけでなく、その唇と舌、口全体で気持ちよくしてみろ」
「はい……んん……あむ……」
 ローズは、唇でシモンの滾るモノを含むと、舌全体でシモンの包み込んでは、解放し、また亀頭をついばんでは口に含む。まるでシモンの亀頭を飴玉に見立てて幼子が戯れるような口舌の動かし方をしている。
「ん……じゅる……ちゅる……んぱぁ……あむ……ちゅ……」
 
 その動きは、あまりに手馴れており、ヴァルキリーとしてのローズを知るものはもちろん、昼間の女教師としての由佳を知るものですら、想像もつかないようなものだった。
「お……んん……こいつは……」
 シモンとて、ここ毎日、ルピア、サファイア、大人体型のベリル、そして先日はフィロメア、シルビアと、とっかえひっかえで犯し、そして奉仕させており、ちょっとやそっとの刺激には動じないはずなのに、このローズの舌と唇の動きには思わずくぐもった声を漏らしてしまう。
「ローズ、お前、俺が居ない間に我慢できずに他の男をくわえ込んでたんじゃないか?……前よりずっと上達してるぞ?」
 そのシモンの言葉に、ローズはちゅる……と音をたてて亀頭を吸い取ったあと、シモンの肉棒を解放する。
「そんな……シモン様以外に……私の唇を犯した人はおりません……。私の唇と、お尻の穴の処女は……紛れもなくシモン様に捧げてますし、シモン様以外に入れることは許しておりません……」
「でも、実際上達してるぞ?」
 ローズは頬を染めて、
「それは……多分私が……毎日シモン様に犯される夢を見ていたから……知らない間に舌を動かしたり……指を舐めたりして…………それで上手くなったんだと思います……」
「やれやれ、お前は優秀な女だし、学習能力もずば抜けてるとは思ってたが、そんな睡眠学習までこなすのか。ヴァルキリーとして苦労するより、高級コールガールにでもなった方がよかったんじゃないのか?」
「……ああ……申し訳……ありません……ちゅぷ……ちゅる……」
 頭を垂れて恥ずかしげに謝りながらも、ローズは乳房でシモンの肉棒をしごきあげる動きと、竿を横から舐める動きを止めることはない。
「でも……シモン様……」
 ローズは白い指でシモンの脈打つ肉棒をさすりながら、
「私……もし……ヴァルキリーにならなかったら……シモン様にお会いすることはできませんでした……シモン様に導いていただけただけで……私はヴァルキリーになってよかったと思います……」
 そう言うと、ローズはシモンの充血した怒張に頬擦りをする。
「ああ、びくびくしてる……これを……にぎってるだけで……すごく安心する……におい……かぐだけで……あたま……ぼうっとして……しあわせ……」
「くく、お前たちニンゲンの原始宗教には、男根を崇拝するものがあると聞いたことがあるが、お前の振る舞いは正にその宗教の巫女そのものだな」
「みこ……あぁ……でも……わたし……シモン様の……みこ……みこになりたい……そしたら……ずっとお仕えできるの……」
 シモンの言葉に、ローズの瞳は妖しくゆらぐ。何かに取りつかれたように、ローズはシモンの肉棒に唇を寄せ、キスを降らせ、舌を押し当てる。
「よし、そこまで言うなら、ひさびさにお前にたっぷり飲ましてやろう。さぁ、ローズ、命令だ。お前の持つあらゆる技術を使って、私を口でいかせてみろ。そうしたら、腹いっぱい精液を飲ませてやる。私の巫女に相応しく、白濁で身体を内側から洗ってやろう」
「ん……ああ……うれしい……喜んで……はむ……ちゅ……じゅぷ……じゅ……じゅ……」
 ローズはシモンの肉棒を頬張ると、激しく顔を動かし、その唇、内頬肉、歯茎、口蓋、喉肉、舌……口腔内のあらゆるやわらかな部分を駆使してシモンの肉を刺激していく。更にその豊かな乳房を押し上げるようにしてシモンの竿に押し当てては、変形するくらいにぎゅ、ぎゅ、と押し当てる。青い静脈が白い肌を透かして浮かぶ上がるほどにうっ血し、乳首も充血しているのだが、そんなことよりシモンに快楽を与えることが彼女の優先事項であり、むしろ、その痛みこそが彼女の肉襞の奥、子宮深くにじんじんとした快楽を与えている。
 
 時にはローズの頬肉が内側から当たる亀頭で歪に変形するくらい激しくピストン運動を繰り返す。腰を捻り、喉奥を穿つ。髪の毛が乱れるほどに激しく頭を掴んで腰を振るたびに、その毛だらけの陰嚢がローズの白い顎に当たる。
「ん……ちゅ……じゅる……ちゅぷ……」
 それでもローズは肉棒を吐き出すことはしない。ひたすらひたむきに、シモンの肉を頬張る。それは、母親の乳房を離そうとしない乳飲み子にひたむきさに通ずるものがあったのかもしれない。
 ローズの口の中の激しい蠕動と、彼女の献身的な姿勢に、シモンの方も限界に達しつつあった。

「よし……ローズ……出すぞ……」
 その言葉とともに、シモンは一度、二度、そして最後に大きく一撃を加えた。
「ん……ん……んんんんんんん!!!!」
 どく、どく、どくどくどくどく……。
 白濁液が、激しくローズの口の中で弾け、爆発する。
 ローズはそれをごく、ごく、ごく……と、あたかも砂漠でオアシスを得た旅人のように飲み干していく。

「ん……くぱ……あふ……」
 やがて、一通り飲み終わったのか、ローズがゆっくりとシモンの肉棒を口から解放すると、どろりと白い精液が彼女の唇から溢れる。
「あ……ん……おいしい……」
 そう言うと、垂れ落ちかかった精液を、彼女は指をつかって舐め取っていく。

 そのローズの姿に、出し終わったばかりのシモンの陰茎は、再び勃起し始める。
 
「よし。ローズ。次はお前の体の中にこいつを突き刺してやろう。……私を誘うような格好をしてみろ」
「あぁ……はい……ありがとうございます……」

 ローズは虚ろな笑みを浮かべたまま、床に伏せると、シモンに尻を向けるような形になる。両手で尻たぶを広げるため、いきおい、彼女のアヌスとヴァギナがシモンに晒される。
 とろとろと愛液が垂れ落ちるヴァギナと、アヌスはあたかも呼吸をするかのようにひくひくと蠕動している。

「お願い……します。……お好きなほうに……私のいやらしい穴をお使いください……」
「くっくっく、そうか。お前は毎日尻に尻尾の房のついたバイブを入れられていたから、お尻の穴でも感じてしまうんだったな」
「はぁ……ああ……意地悪なこと……いわないで……」
 シモンになじられ、恥じらいで頬を染めるものの、隠そうとはしない。
「お尻はまたあとで存分に可愛がってやろう。とりあえずは前からだな。一つきくが、ローズ。お前、今日は安全な日なのか?」
「あ……いえ……今日は……危険日ですが……」
 シモンの言葉に、ローズが答えると、シモンは小さく笑う。
「そうかそうか。となると、ひょっとしたら、お前、妊娠してしまうかもしれんな」
 ローズはその言葉に、歓喜の声を上げる。
「あぁ……私……シモン様の………可愛い子供……産みたい……シモン様の……苗床に……なりたい………」
 腰をくねらせて悦ぶ彼女に、シモンは、
「くく、そうかそうか。いいことを教えてやろう。ネメシスとニンゲンとの間では、基本的に女性体しか生まれない。ネメシスの遺伝子はお前たちの卵子の分割を促進するが、染色体の交換がないらしい。だから、お前の娘は、まさにお前のクローンになる。幸い、その卵割は素早いんで、おそらく数ヶ月で初潮を迎えるまで成長し、1年もすれば十分発育するだろう。そうしたら、お前ともども、私の奴隷にしてやろう」
「ああ……」
 自分と同じ容姿をした娘が、嬲られる様を想像し、彼女はぞくっと震える。
「ああ、……私女の子……たくさん産んで……その娘と一緒に……嬲られたい……その娘にも……シモン様にお仕えすることがすばらしいことを、……教えるの……それだけが貴方の生きがいって……毎日毎日話しかけるの……その時は……シモン様……どうか親娘ともども……シモン様の……奴隷として……お仕えさせてください……」
 虚ろな瞳でシモンに懇願するローズ。やや呆れたように、シモンは、
「酷い母親もあったものだな。お前は娘の幸せを考えないのか?」
「だって……シモン様にお仕えして、……命令していただく以上にすばらしいことなんて……ありませんもの……ああ……それとも……シモン様……私の娘に仕えられるのは……おいやですか?」
「いや、そんなことはない。むしろ望ましいと思ってるぞ」
「あぁ……。ありがとうございます……私の望みは……シモン様の望みに応える事……ただそれだけです……お願いします……もっと私をひどくしてください……もっと……命令して……貴方の…………精液を……私のいやらしい穴の中で……吐き出して………………私の頭が真っ白になるまで……かき回して……言葉で嬲って……ください………………私を…………親娘ともども……モノとして……奴隷として……肉人形として取り扱ってください……」
 その覚悟をよしととったか、シモンは一言。
「よろしい。では……いくぞ」
 シモンが白い臀部に手をかけると、赤黒くそそり立つ肉棒を、ローズの濡れそぼる肉壷に一気に押し込む。

「くあ……あ……」
 ローズの喉から歓喜の呻きが漏れ、その体がぶる、とわななく。肉壷が蠕動し、その無数の襞がシモンを歓迎するように陰茎を刺激する。
「御願いします……私を犬のように……責めてください……」
 シモンはローズの言葉を受けて、ゆっくりと前後に肉棒を動かしていく。

 ちゅぷ……ちゅぷ……ちゅぷ……。
 肉と肉がこすれあい、淫音が部屋に広がる。

「はぁ……ああ……ん……」
「どうだ、ローズ。気分は?」
「あ……すごく……気持ちいい……うれしい……あふ……」
「そうか、そいつは良かった」
 ローズはシモンのいる背後の方に顔を向けながら、
「……あ……シモン様は……どうなんですか……私の……あそこは……いいですか?」
「ああ、悪くないぞ」
「……良かった……シモン様……もっと激しく……お好きなように……私を使ってくださいまし……」
「じゃあ、少しペースをあげていくぞ?」
 そう言うと、シモンは、腰を大きく前後に動かしていく。
 
 ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ……。

「くあああ!……あ……あふ……ああああ!あ……んぁ……」
 
 カリが彼女の肉襞を削るように動くたび、肉裂から泡立つような音とともに、ローズの声が悲鳴のように響き渡る。その声がさらにシモンに嗜虐心をそそる。
「全く、うるさい口だな……」
「あ……ご、ごめんなさい……でも……きもちいい……あふ…………きもちよすぎて……声が、ひゃう!……こえが……とまらな……んん……いの……」
「仕方ないな。それなら、これでもしゃぶってろ」
 シモンはそう言うと、ポケットから何かを取り出して床に投げつける。
 それは、先端に犬の尾を模した飾りのついたアナルバイブだった。
「あ……」
 それは、ローズがシモンに雌犬調教を受けていたときに、彼女が四六時中アヌスに突き刺していたものであった。
 ローズの瞳は潤み、その懐かしい、ある意味自分の半身ともいうべきバイブを、不自由な身体を動かして、なんとか唇にくわえ込むやいなや、口一杯に頬張ってしゃぶりだす。
「ん……んふ……ちゅ……んん……」
 口をアナルバイブに、ヴァギナをシモンの肉棒に貫かれたまま、彼女は身をくねらせ、くぐもった声で、その白い豊満な身体を火照らしていく。
「くっくっく。すっかりお気に入りになってしまったようだな。それにしても、この身体、この感度、この肉穴の質感……確かに胸のボリュームはシルビアの方が上だが、総合的なバランスは、ローズ、お前は図抜けているな。この大人の女としての熟し具合は、ルピアやフィロメアではとても醸し出せない。熟成したチーズかワインのようだよ」
「あ……ん……んふ……」
 シモンの寸評に、ローズは断続的に小さな絶頂に達し、そのたびにシモンの肉棒はぎゅ、ぎゅ、と締め上げられ、さらにシモンに快楽をもたらす。
「では、ローズ。そろそろそのバイブをこちらに渡してもらおうか」
「あふ……はい……」
 ローズがバイブを口から解放して床に転がすと、シモンはそれをひっぱりあげ、ローズの尻穴に無遠慮に押し込む。
「んああああああああああああああああ!!!!」
 絶叫とともに背中を反り返らせたローズ。
「どうだ?ローズ。ひさびさに尻穴をほじかえされる感触は」
「あ……ああ……すごい……すごい……いい……シモン様の肉と……バイブがあたって……すごいの……」
 口からよだれを垂らしながら、そして目から涙を流しながら、ローズは歓喜の言葉を述べる。
「そうか、気持ちいいか。それにしてもいやらしい女だな。お前はどんな男にでもヴァギナとケツ穴をほじかえされたら、こうやってよがって媚びへつらうのか?」
「ち、ちがいます……これはシモン様だから……シモン様に命令されてるから……きもちいいんです……他の人じゃだめなの……私は……シモン様専用の奴隷ですから……」
「くっくっく、可愛らしいな。では、そろそろラストスパートといこうか……バイブの出力を上げるぞ?」
 シモンはスイッチをかちかち、と上げる。途端に、バイブが震えだす。
「あああ……すごい……」
 朦朧として桃源郷をさまよいつつある彼女の意識を戻そうとするかのように、シモンは肉棒をつきたてていく。
 ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ、ずちゅ……。
 ぶるるるる……。
 肉棒とバイブがこすれてその間の薄い肉壁が削られる感覚がたまらないのか、ローズは声にならない声で嗚咽を上げている。
「さあ。ローズ、私の精液をその子宮ですべて受け止めろ。私の雌犬、そして私の苗床であることをその身をもって示すんだ」
「はい……この……ローズは……あふ……シモン様専用の……精液のはけ口です……どうか……この身を依代にしてください……シモン様に仕える娘を作らせてください……んん……あああ……」
 じゅ、じゅ、じゅ、じゅ、じゅ……
「出すぞ。ローズ……受け取れ……」
 射精の瞬間、シモンはバイブの出力を最大にする。その刹那、ローズの意識が白く弾けとぶ。
「あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 絶叫とともにローズがえびぞりに反り返ると、そのまま糸の切れた人形のように、彼女は床に倒れ伏し、そのまま気絶した。

 シモンも荒い息をつき脱力するかのようにローズの背中にもたれかかり、そのまま目を瞑る。


 後に残るは、スイッチの入ったままの、気絶したローズのアヌスを刺激し続けるバイブの音だけだった。









「ん……」
 シモンが目を覚ますと、そこは黒い天井だった。
 いつの間にか寝入ってしまったのだろう。
 部屋は先ほどの部屋。そのソファを展開してベッドにした状態になっている。

 シモンが身体を起こそうとうするが、まったく動かない。

「……金縛りか。疲れてるのかな……」
 しかし、シモンが右手を動かそうとすると、弾力性のあるやわらかい塊に触れる。
「ん?」
 シモンが右を見ると、そこにはローズがすやすやと眠っている。シモンの手は、ローズのふくよかな乳房に触れたのだった。普段のぴりぴりとした緊張感が全て抜け、いつものとおりの端正な顔立ちの中に珍しくあどけなさが垣間見える。
 左を見れば、シルビアとフィロメアが、あたかも川の字になるように横たわっている。二人が互いに抱きしめあうような形であり、かつ、シモンの体温を感じられるように丸くなっている。

 しかも、自分の身体の上には、ルピア、そしてどこから来たのか、サファイア、そして幼児体形のベリルが乗りかかって、やはり眠りについている。

「……あらあら、起きられたのですか?」
 シモンが上を見ると、そこには碧の母親、悠子が、バーテンダースタイルで微笑んでいる。黒いタイトスカートから伸びるストッキングのカーブと、胸元の起伏を強調したベストが悩ましい。
「……こりゃどうなってるんだ?」
 シモンの質問に、彼女は嫣然と微笑む。
「シモン様とローズ様がそろって気を失ってしまったので、風邪を引くといけないからって皆で二人をソファに移動させたのですよ。そうしたら、ローズ司令だけずるい、私たちもシモン様と寝るんだ〜、ってみんなでぶーぶー文句を言ったたんですが、いくら待ってもお二人とも起きないものだから、みんなで仲良く『寝る』ことにしたんですって」
「とはいっても、別にこんな狭いソファに皆して寝転がることもないだろうよ……少しは堪え性がないのか、この連中は……そこをいくとお前は立派だな、悠子」

 悠子はにっこり微笑んで、
「お褒め頂き光栄です。それはともかくシモン様、喉は渇いてはおられませんか?……お飲み物はいかがですか?」

 そもそもローズをこのビルに誘導するにあたって、ルピアをこのビルにつれてきたのは、悠子が運転した車のおかげである。その意味では彼女も今回の作戦の功労者であるには違いない。

「……じゃ、オレンジジュースで」
「はい、少々お待ちください」
 オレンジジュースをサーバーから準備をする悠子を見ながら、シモンは奴隷達の躾を考えつつ、今後のことに少し思いを馳せる。
 残るヴァルキリーはヒルダ、そしてカーネリアだ。

 今回、ローズのことは、シモンとしては本当に堕とすつもりはなかった。

 シモンとしては彼女のことは、一緒に戦いをくぐりぬけた仲間のようなものだったし、既に手元に奴隷を複数抱え込んでいたシモンとしては、いざとなれば自分に攻撃できなくなる暗示を彼女に埋め込むことに既に成功している以上、彼女のことは泳がせておくだけで問題なかった。

 だが、ローズの中に巣食う被虐の心、服従を望む心は、日に日に大きくなる一方であり、毎日淫夢に悩まされつつあった彼女の心が手折れる可能性があった。破綻する前に、シモンは救済することにしたわけだ。もちろん、「実益」を兼ねてのことだが。

 ……もっとも、そのプロセスでやりすぎてしまった感もあるが、この際気にしないことにする。


 オレンジジュースをコップに注いだ悠子は、
「なにか思いつめてますね。気がかりなことでも?」
 その言葉に、シモンは自分に折り重なるようにすやすやと眠る女性たちを眺めやりながら、
「いや……こうも増えると、ローテーションが大変だなあと思ったわけで……」
「安心してください。私が毎日腕によりをかけて精のつくものを作りますから」
「そりゃありがたいな。はっきりいって体が持ちそうに無いよ」
「お願いしますよ。私も……あなたの後宮の一員なんですから」
 そう言うと、悠子はコップからオレンジジュースを口に含み、シモンにそっと口移しをした。














続く

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