エピローグ〜ローズ 6(前)
■(24)■
ぴるるるる、ぴるるるる……。
どこか遠くで聞こえる音に、彼女の意識は現実に引き戻される。
目を開ける。目をこする。ふぁぁぁ、とあくびをしてみる。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、彼女がここに来たときと同様、あたりはしんと静まりかえり、人どころか生き物の気配もない。
人の気配に敏感な彼女は、こういうことは決して間違えない。
ベリルが「アジト」に戻ってからずいぶんと長い時間が経った。
「シルビア」の姿から猫に変化をし、ビルでシモンと別れたベリルは、山奥の地下に注意深く隠されている宇宙船の中にいた。今は猫ではなく以前の幼体の姿だ。この形態が一番エネルギーを消費しない。
古くて毛羽立った畳の上に小刀で傷をつけた跡のあるちゃぶ台が備え付けられ、古い壁掛時計がカチカチとリズムを刻む、昨日まで寝起きしていた「あじと」を彼女は気に入っていた。
だから、木と草でできた「あじと」に戻るな、空調の完備した、床と壁のつるつるしたこの「アジト」に戻れといわれた時、少し彼女はいやだった。向こうは危ないからこっちにいなさい、と強くシモンが言うから、しぶしぶ戻ってきただけで、そうでなければあまりいたくない場所だった。
なぜ、ここにいたくないのか。と問われても、うまく答えられなかっただろう。彼女は今はしゃべることができないというのもあるが、仮に彼女が言葉をきちんと操ることができたとしても、おそらくは。
数万年にわたる時間のほとんどをその冷たい場所で独りで過ごした、もうすっかり脳の奥底に沈みこんで引き上げることも引き剥がすこともできない記憶が、その居心地の悪さの元凶であることを彼女が認識できるはずもなかった。
いばりんぼのさふぁいあもいない。おこりんぼのるぴあもいない。
そしてしもんも、だりあもいない。
だから、さびしい。単純に彼女はそう思った。
元の「あじと」に置いてきたお気に入りのマグカップを使えないので、ここしばらく使っていない物置からグラスを一つ取り出して、粉ミルクをぬるいお湯に溶かす。ストローですすり、けほっとげっぷを一つすると、タオルケットにくるまって再び硬く清潔でそして冷たい床の上で横になる。
目を開けたら、みんな帰ってきているだろうか。
この数日間の「あじと」での馬鹿騒ぎを瞼の裏に思い描きながら、彼女は目を閉じる。
ぴるるるる……ぴるるるる……。
遠くで鳴る電子音も、今の彼女には子守唄にしか聞こえない。
今日は何度も「変形」をした彼女の体は、代謝のための休息を必要としていた。おそらく数日は眠りこけるほどの、深い眠り。
彼女は、形式的には自分の配下、実質的には被保護者の男がどのような状態にあるかなど想像するだにせず、すぐに帰る、というサラリーマンパパめいた彼の言葉に全幅の信頼を寄せたまま、電池が切れた人形のように深い眠りについた。
■(25)■
ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる……。
「うがー。駄目か、寝てるのかな、くそ……」
役に立たない通信機を床に投げつけたくなる衝動をこらえ、シモンはうなる。
もっとも、衝動をこらえられなかったとしても、両手両腕をがんじがらめにされた現状ではどうにもならないのだが。
……。
…………。
………………。
何の夢も見ない闇からシモンが目を覚ますと、真っ先に目に入ってきたのは丸い形の白いランプを円形に配置した手術用のランプ――たしか無影灯といったか――だった。
容赦なく照りつけるその白色光から顔を背けるために身体を起こそうとすると、ぎりり、と軋む金属音とともに、自分の身体をベッドから浮かすことにできないことにシモンは初めて気がついた。
その両足、両腕、身体をベッドに幾重にも縛り付けられている。ご丁寧に肉厚のバンドで額までもが締め上げられており首を動かすことすらままならない。思わずシモンはこのホシの子供向けの寓話を思い出した。あれはニンゲンが小人の国に漂着して縛りつけられるとかそういう話だったか……。
そこはがらんとした会議室のような広い部屋の中央に備え付けられたベッドだった。部屋の明かりは、そのベッドの上に転がる間抜けな男を晒し者にせんが勢いで煌々と照る無影灯だけ。部屋の中には他にだれもいないようだ。
仕方なく目だけ動かして辺りを観察する。
どことなく病院の応接室と手術室を兼ねたような雰囲気のその部屋は、全体的にがらんとしている。ソファ、戸棚、デスク……周辺の調度品は白と銀と黒をベースにコーディネートされ、温かみよりは機能性を重視したのか、余計な飾りは何もない。もっとも、アールデコ調の透かし彫りの入った無影灯などありはしないのだが、窓も無ければ時計もない、今が昼か夜かを知る術もないこの部屋で、せめてそれくらいの色気があるものがあってもよいのではないだろうか、と益体の無い愚痴を心中でこぼす。
シモンはあいまいになっている記憶をたどる。確か帰り道ルピアに出会って……。
「いててて……」
先刻ルピアにスタンガンを押し当てられた首筋は、まだひりつくような痛みが残っている。火傷になっているのかもしれない。
戦闘服のポケットに隠し持っていた武器や防具、通信具はほとんど奪われて、かろうじて残されていた隠し通信機を使ってサファイアに連絡をとろうとしたが、つながらない。ベリルが出るかもしれないと駄目もとで宇宙船のアジトに連絡をしたが、やはり反応は無かった。
ルピアが敵の手に落ちた以上、彼女には連絡はできない。ローズに連絡をつけたところで、ルピアに自分を拉致させた黒幕が誰であるかを考えれば、今この状況ではどうにもならないだろう。
彼がこの苦境を脱出するための方策に思いを巡らしていると、部屋の片隅でドアが開く音がした。思わずシモンがその音の方向に首を動かそうとした途端、頭を締め付けるバンドの留め金がこめかみのツボにはまる。
「ぐは……」
一人悶絶していると、硬い靴音と、わずかに布を摺るような靴音がシモンの方に近づき、やがて、シモンの枕元で止まる。
シモンの視界に、豊かなブロンドの髪をした勝ち誇った表情を浮かべる若い女性の顔と、白銀の髪をした無表情の少女の小さな顔が飛び込んできた。
女性は赤のツーピースのスーツ。エナメル地のハイヒールと細かなデザインの入った黒いストッキングがモデル並に長い脚を包み込んでいる。その上に視線をやれば、深々とスリットの入った膝上までのタイトスカートが肉付きのいい臀部を覆う。サテン地のブラウスの襟元からは、白い首筋と鎖骨、そして胸の谷間がちらりとのぞく。ボディラインを強調したデザインのその服は、着る人間によっては下品なものになるだろうが、彼女の端正な顔立ちと、均整の取れた肉感的で瑞々しい肢体、そして堂々とした立ち振る舞いが、その露出度の高い服から醸し出される空気を、単に男に媚を売るものから見る人間すべてを威圧するものへと変えている。
少女の方は、女性とはうって変わって露出の少ないワンピースだ。黒いレース地のふわりとしたシルエットのロングスカート。太腿まである白いタイツ地のソックス。白銀の髪には、服に合わせた黒いリボンが結ばれている。表情に乏しい整った顔立ちが、人形めいた無機質さを漂わせ、どこか陶器製の人形がそのまま人間になったような雰囲気さえ感じられる。
技術の粋を極めたオーダーメードの高級スポーツカーと、控えめながら古式ゆかしき装飾を凝らした貴族の馬車。その対照的でありながらすさまじくバランスの取れている二人の容姿を見て、シモンはそんな場違いなイメージを覚えた。
女性は、ベッドに縛り付けられたままのシモンをざっと眺め回した後、不敵な笑みを浮かべたまま、
"Hello,Simon.How about you?"
「……あー、あいきゃのっとすぴーくいんぐりっしゅべりーうぇる。ぷりーずすぴーくじゃぱにーずいふゆーきゃん。」
「…………それだけしゃべれれば十分だと思うけど」
「………………そっちこそ、異星人にも英語が通じて当たり前みたいな顔してるんじゃないぞ」
更に再反論しかけた女性は、話が妙な方向に脱線しかかってきたことを悟ったのか、小さく咳払いをすると、
「あらためて、はじめまして。シモン。私はシルビア。ヴァルキリー欧米統括司令官を務めているものです。この娘はフィロメア。私の直属の部下。以後お見知りおきを。今日はお急ぎのところをご足労いただき、感謝しています」
わざとらしく丁重なお辞儀をしてみせるシルビア。その隣に控えたフィロメアもスカートの裾を小さく上げてお辞儀をしてみせる。
シルビアとシモンは初対面だが、互いに洗脳した人間からの情報を得て、相手のひととなりや性格は把握しているから――その情報源によって歪んで伝わっている可能性はあるものの――、最初から外角高めなやりとりが交わされる。
シモンは口をヘの字に曲げながら、
「ご丁寧な挨拶恐縮の極み。足労した覚えは一ミリグラムもないがな。で、お招きいただいた以上、こっちは別に名乗る必要は無いんだろ?」
「一応人定質問なの。答えていただけるとありがたいわ」
まな板の鯉と覚悟を決めたか、シモンは逆らわず、
「俺はシモン。身分は……えーと……なんだったか」
「こちらの調べでは、ネメシス第二部隊小隊長、になってるけど」
「はぁて、そうだったけか。履歴書に書けるわけでもなし、そんな亡国の組織の元の身分なんか忘れたよ」
シルビアはフィロメアに指示をして持ってこさせた革張りの椅子に座ると、すらりと伸びるストッキングに包まれた足を組み、ギリシャ彫刻のように均整の取れた豊かな胸の前で腕を組む。
「正直、また貴方たちがチキュウに来ているとは思って無かった。こればっかりは予想外ね。でも、おかげでいろいろ助かりそうだけど。またこりもせずチキュウを侵略したにきたのかしら?」
シモンは顔をシルビアの方に向けたまま、口を尖らす。
「こちとらそんなに暇じゃないんでな、チキュウ侵略よりまず日々の糧を得るのに精一杯なんだよ……って、そんなことは、もうルピアから根掘葉掘尋いてるんじゃないのか?」
「さて、なんのことかしら?」
「まあいい。……そんなことより、この扱いは何だ。和平交渉だったらもう少し丁重なもてなしをしてもらってもいいんじゃないか?扱いが間違ってるぞ?」
「あら、間違ってなんかないでしょう。だって今から行うのは交渉ではなくて……」
椅子に続いて、フィロメアが部屋の奥からキャスター付の台を移動させてくる。シモンの視界に入るように置かれた台の上には、色とりどりの液体が満たされた薬瓶、ガーゼ、そして十数本の注射器に加え、メス、鉗子が整然と並べられている。
「…………未知の危険な生物を相手にした生体解剖だもの」
今まで飄々とした雰囲気だったシモンの額にもさすがに脂汗がにじむ。
「ちょ、ちょ、待て、待て。なんだそのカキ氷のブルーハワイやメロンシロップみたいなあからさまにヤヴァイ色した薬は。いまどき子供向けの悪の組織だってそんな薬使わないって。お前さんは人の倫(みち)の規範たる正義の味方だろ?正義の味方なら腕力に訴える前にまずは語り合え!!言葉の力を信じろ!!!憎しみは何も生み出さないって教わらなかったのかーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
シルビアは泣き喚くシモンの様子に、相変わらず儀礼的な笑みを崩さないまま、
「もちろん、あなたが協力的であれば、あなたを最低限の知的能力をもった生命体とみなして、――そうね、ヨーロッパの浜に打ち上げられたクジラ程度には丁寧な取り扱いを考えてあげてもいいわ」
「お、おう、できる範囲の協力は惜しまんぞ」
尻尾があるならぱたぱたと振るような勢いでシモンはあっさりお代官様の前の越後屋モードになる。
「ああ、そうそう。ここはとあるビルの一室なの。完全防音だから、いくら泣いても叫んでも誰も来ないからそのつもりで。さて、貴方がここに今いる経緯はおおむね、ルピアから聞かせてもらってるから…………とりあえず、あなたが、先の戦いで、ローズ、カーネリア、ルピアにどんなことをしてきたのか、その口から聞かせてもらおうかしら?」
シルビアの問いに、シモンは問いで返す。
「それより、一つたずねたい」
「なにかしら?」
「お前、ルピアを洗脳したな?」
シルビアはそのシモンの単刀直入な質問――というよりむしろ確認――を、むしろよくぞ聴いてくれたとばかりに受け止めつつも、その言葉は相変わらず儀礼的な慇懃さを保ったままで、
「何のことだか。彼女は誉れ高きヴァルキリーの立場を認識してなすべき職務に忠実に従っただけでしょう。自分の身を穢されることも厭わず、敵中に忍び、重要な機密情報を得ただけでなく、その敵の中核にいる人物を油断させて捕縛し、敵組織壊滅にあたって重要な貢献を為した……その功績は、輝かしいものとして賞賛されるべきものではないかしら」
たしかに、傍から見れば、ヴァルキリーである彼女がシモンを油断させるために取り入り、彼が完全に油断しきったところをスタンガンを押し当ててシモンを捕縛した、と取れなくはない。
しかし、もちろんシモンは傍どころか渦中のど真ん中にいるわけで、そんな理屈が通ろうはずもない。
「へえ、ヴァルキリー様ご一行は、年端もいかない小娘にそんなおとり調査まがいのことをさせるのか。ずいぶん人材が払底していることで」
本当はネメシス側の方がよっぽど払底しているのだが、あらゆる意味で悲しくなるのであまりシモンは考えないことにする。
そんなシモンの憎まれ口に、重々しくうなずくと、シルビアは、
「ええ、もちろん、たとえ犠牲が尊いとはいえ、最初から犠牲を前提とした作戦は愚かです。ましてや、その犠牲が、上に立つ者の私欲に端を発しているとあれば、なおのこと、赦されるものではありません。それはネメシスとはいえ、同じことでしょう?」
「…………何のことだ?」
「本人に語ってもらいましょう。いらっしゃい、ルピア」
「……?」
ドアが開くと、廊下にすぐ控えていたのか、学生服に身を包んだ碧――ルピアが現れた。さっきシモンにスタンガンを押し当てた時とまったく同じ格好をしている。家には帰っていないのだろう。
シモンは彼女の顔を見る。その瞳の色も、虚ろで光を喪っているのが、暗がりからでもわかった。
「ルピア。ネメシスとの戦いで、貴方がどのような戦いをしたのか、あの戦いの『真実』を……辛いでしょうけど、話してくれないかしら」
「はい、シルビア司令」
抑揚無くルピアは返事をすると、ネメシスとの戦いで何か起こったのか、そのとき自分がどのような役割を演じたのかを語り始める。
……ローズの命により、ネメシスのアジトにルピアとカーネリアは潜入を命じられたが、その場で捕縛され、洗脳薬をシモンにかがされて洗脳されたこと。さらにカーネリアとともに思想教育を受け、ネメシスに忠誠を誓うよう、そしてヴァルキリーを、人類を殺戮するよう、ネメシスの地球侵略部隊の小隊長であるシモンに洗脳されたこと。それだけでなく、シモンに身体を犯し尽くされたこと。カーネリアとルピアが人類殲滅の尖兵として使役させられようとした正にそのとき、ネメシスの内部で内乱がおき、シモンが宇宙船ごとそのまま地球から逃亡したこと……。
「……本当に汚らわしい、思い出すのも忌々しい記憶です。ですが、私はヴァルキリーとして、忠実に使命を果たそうとしただけです。……でも……この身は穢されて……」
ルピアが身を震わせて、自らの身体を抱きしめるようにして声を詰まらせると、シルビアが近寄って彼女の頬を撫ぜ、耳元で囁く。
「いいのよ、ルピア。誰も貴方を責めないわ。貴方の身体がたとえ穢されても、正義の、そして人類のために身を賭したあなたの振る舞い、その尊い犠牲を、誰も非難することはできない。貴方の名誉を汚すことは誰にもできない。……私が一番よく知ってるわ」
「……ありがとうございます……シルビア司令……」
シルビアの言葉に、ルピアが、目を潤ませている。
「……胸糞悪い」
シモンは二人に聞こえないようにぼそりとつぶやいた。
ルピアの証言はまるっきり嘘ではないが、細部が微妙に異なっている。大体、最初にシモンがカーネリアを洗脳し、そこから芋蔓式にルピア、ローズを洗脳していったはずだ。ルピアとカーネリアだけがローズの命令でネメシスのアジトに潜入したことなどなかった。
それに、ローズとルピアから以前聴いた話によれば、そもそもネメシスの根城があるニホンにヴァルキリーをたった3人しか配置させなかったのもシルビアの嫌がらせだったはずだ。そんなシルビアのことを、ルピアも嫌悪感を持って語っていた。
それが今、ルピアのシルビアに対する姿勢は、カルト宗教の教祖の言葉をうやうやしく頂戴している末端信者のようだ。
……ルピアはシルビアに洗脳されている。所詮彼女は、シルビアのシナリオを『真実』だと思い込まされ、それを語らされているに過ぎない。
だが、事実を知っているシモンに、こんな猿芝居を見せる意味が彼には見当がつかない。それが、シモンの胸中の曖昧な気持ち悪さの元凶だった。
シルビアに抱きしめられながら、ルピアはさらに続ける。
「……でも、身体のことは、……この身をヴァルキリーの任務に捧げたときから、このような形ではないにせよ、傷つけられることは覚悟していました。でも……でも……」
目を閉じたまま、唇をぎゅっと噛み締めて、ルピアはそこで言葉を切る。
「ルピア。辛いでしょうけど……話してもらえないかしら」
ルピアは目を開く。
その瞳は、自罰と悔悟にあふれていた先刻とはうってかわって、怒りに燃えていた。
「私は、……ローズ総司令に騙されていたんです。ローズ司令は、私とカーネリアにネメシスのアジトへの潜入を命じました……危険はないから、大丈夫だ、と。ですが、実はローズ司令は、ネメシスと内通していたんです。私たち、ヴァルキリーの秘密、そして私たちの身柄を引き渡して、その見返りに、ネメシスにおける地位を保証してもらい、ネメシスの破壊兵器、そして洗脳兵器を利用して、人類支配を企もうとしたんです。そして、その成功の暁には、人類の支配者として君臨しようとしてたんです。私とカーネリアは……ネメシスへの『供物』として、ローズ司令……いえ、あの女に売られたんです!!」
「……はぁ?」
おもわずシモンが間抜けな声をあげる。
「おい、そりゃどこの三文小説のシナリオだよ。ルピア、お前も知ってるだろうが。俺がカーネリアとお前を洗脳して、で、お前らにローズに暗示を掛けさせたんだろう?で、お前を偽装誘拐して、ローズをおびき寄せて、ラベンダーの倉庫でやつを洗脳したんじゃないか。ローズとネメシスが内通してたなんてありえんじゃないか!」
ベッドにくくりつけられたままクレームをつけるシモンに、ルピアは汚いものをみるように冷たい視線を投げつけ、ぴしゃりと言い放つ。
「……シモン。貴方には身も穢され、心も犯されました。でも、私は、いまや真実を知っています。もう、貴方の言葉には迷わされません」
「ちょ、ちょ、ちょっと、……おい、シルビア。どういうことだ」
ルピアと話していても埒が明かないと悟ったシモンは、矛先をシルビアに向ける。
シルビアは薄く笑うと、
「彼女の言うとおりよ。この穢れ無き少女が穢される原因となったのも、すべては、ローズ総司令がネメシスに寝返ったからなの。それは貴方が一番よく知ってるでしょ?当事者だったのだから。私は今、あの時の戦いの『真実』が何か、調査する命を帯びて、この国に来ているの。たとえその『真実』が、どんなに厳しいものであったとしても、我々はそれを受け入れなくてはいけない。……ね、シモン。ローズ総司令が寝返ったことの証明として、やはりネメシス側の当事者にも証言台に立ってもらわなくてはいけないと思うのよ。『真実』を解明するために、貴方には、ぜひ協力してもらいたいと思っているの」
「けっ。だぁれがそんな猿芝居に付き合えるか」
シモンは唾を吐き捨てる。仰向けになったままだと危ういので、横向きに、だが。
「ルピア、疲れたでしょ、少し眠りましょう」
シルビアがそういって彼女の耳元で二言三言囁くと、ルピアの瞼がすぅっと閉じ、そのまま彼女は崩れるようにその場に倒れこんだ。
ルピアを別室で休ませるようフィロメアに指示した後、シルビアは再び椅子に座り、シモンに嫣然とした微笑を投げかける。
「……シモン。これは貴方にとっても悪い話じゃないのよ?貴方が証言してくれれば、すべて丸く収まるの。別に彼女の話したことがまるっきり嘘ということもないでしょう?貴方は彼女たちを洗脳して、その身体を弄んだんでしょう?」
シモンはしばらく沈黙していたが、やがて、
「……ああ、そうだ。ルピアの言ったことは半分は正しい。俺はヴァルキリーどもを洗脳したさ。身体も犯しまくってご奉仕させたさ。それは認める。だが、あの三人は全力でネメシスに戦いを挑んで、俺は必死こいてなんとか連中を出し抜いて洗脳したんだぞ?ローズがあの二人をネメシスに売った?そんな楽なことなら俺はあんな苦労してローズと戦わなくてよかったんだんだからな!俺の名誉にかかわる。そんな証言はできん!」
「それじゃあ困るのよ、ね」
シルビアが肩をすくめて立ち上がると、コツコツと硬い音を立てて部屋を歩きながら語り始める。
「……確かに、最初はそれで十分かと思ったわ。ヴァルキリーの総司令たるものがネメシスの男に犯され、あわや人類に危害を与える存在となりかけた、という事実だけでも。でも、犯されたことは彼女に咎はないし、未知の薬物で洗脳された以上、敵の尖兵になったことについて彼女に過失は無く、不可抗力ともいえる。もちろん不実報告などはとがめられるでしょうけど……今となっては、彼女の功績を称える声にかき消されてしまうでしょう。なんといっても、彼女は人類を救った『英雄』にして、戦乙女のヴァルキリーの統率者なんだから」
立ち止まって、シモンを見つめると、微笑みを浮かべたままシルビアは、
「だから、ね。もっと決定的な『真実』が必要なのよ」
「で、彼女が内通してヴァルキリーを裏切ったことにしてほしい、か」
シモンの声は、さっきよりも更にその温度を低下させている。そのことをあえて無視して、シルビアは続ける。
「内通は戦場では最大の罪だわ。どんなに人望があろうと、情状酌量の余地があろうと、絶対に赦されない罪。彼女があのときのことをはっきり証言しないのも、その内通した事実を隠すため。そのときの部下も、内通した相手もそう証言している。……ほら、筋が通ってるでしょ?」
年齢よりもずっと若い少女のようにクスクスと笑ったあと、続けてシルビアは、
「それにね、これは貴方にとっても悪い話じゃないのよ?」
「?」
「そう。シモン。今の自分の立場理解してる?人類を危険に晒したネメシスの一員なのよ?人間だったら何回死刑なってるかわかりゃしない。ましてや人間じゃないから、裁判なんて文明的なプロセス抜きに、すぐ『駆除』命令がでるわ」
「……」
シルビアはベッドにしばりつけられたシモンの脇にしゃがみ、互いの息がかかるほどの位置に顔を寄せる。
「……でもね、もし私が『総司令』の座についたら、貴方の身の安全を保証してあげる」
「な……」
「ああ、ローズでは無理よ。彼女はもともと根がまじめだから。貴方が再びこの地球にいる、ということが露見したら、立場上捕縛して、立場上処刑するでしょう。変に手心加えたら、却って怪しまれるわけだし。任務に関して私情ははさまないわよ、『白い魔女』は」
「……へぇ、私情を挟まない人間が、敵と内通して人類支配しようとしたわけか。支離滅裂なところはさすがシナリオライターが三流なだけのことはあるな」
シモンの皮肉に顔色一つ変えず、シルビアは、
「本当、不思議なことね。心の闇というのは誰にでもあるということかしら。でも現実が三流ドラマの台本より出来が悪いことなんて、しょっちゅうあるものよ」
警句家じみた台詞をのたまうシルビアに、シモンはきっぱりという。
「……いいか、腐ってもこのシモン。戦場で卑劣な手を使うことに恥じることは無いが、自分の身かわいさに同士を売ることはしないぞ」
「あら。ルピアは貴方のこと、『自分が生き残るためにはどんな手段を使っても恥じることの無い、卑劣千万で畜生にも劣る、男の風上にはおろか、風下に置くことすらはばかられる最低のケダモノだ』と言ってたのだけど」
「…………くそぅ、言いたいこといいやがって……」
どうもシルビアの洗脳の影響だけとは言い切れないあまりにもルピアらしい台詞に、シモンはここを無事に生還したら彼女を苛め抜くことをひそかに誓う。
「大丈夫、シモン、ちょっと涙目みたいだけれど、ひょっとして今のルピアの言葉は核心をついてたの?彼女、貴方の悪口を言わせると止まらなくてねえ……」
「な、泣いてなんかないぞ。それはともかく、要するに、敵味方とはいえ、戦場で共に戦った以上、そう簡単に裏切れん、ということだ」
「あらあら、ずいぶんと男気あふれること。でもね、シモン。そろそろ自分の立場を理解しておいたほうがいいわよ。それとも……貴方、まだ誰かが助けに来てくれると思ってる?たとえば……サファイアとか」
「……」
シモンは言葉を失う。
「まあ、いいでしょう。せっかくだから逢わせてあげましょう……。いらっしゃい、サファイア」
シルビアの声に、部屋のドアが再び開く。
「……お呼びでしょうか、シルビア様」
そこに現れたのは、サファイアだった。トレードマークのツインの髪はそのままに、ただ、あの青い戦闘服は真っ白なワンピース――よくよく見ると、それは病院の検査服になっている。上着しか着ていないため、その裾からは白く健康的な生の太腿が伸び、ちらちらと白いショーツが見えているのだが、彼女はそれを気にする風でもない。
口をあんぐりと開けたシモンをちらりと見ると、シルビアは、
「ふふ、本当に期待したとおりの表情をしてくるわね、シモン。……さて、自己紹介をしてもらえるかしら、サファイア?」
シルビアの問い掛けに、抑揚無くサファイアは答える。
「……はい、私は、サファイア。……ネメシスの将軍、でした」
「そう、じゃあ今は?」
彼女の瞳の色は、先ほどのルピアと同様に、やはり曇ったガラスのようにうつろで、焦点を失っている。
「……今は、シルビア様の忠実なしもべです」
会心の笑みを浮かべたまま、シルビアは、椅子に座ると、
「本当に、彼女には苦戦させられたわ。あの電撃鞭のせいでしばらく両腕はマトモに動きそうに無いわね……」
シルビアはそういうと、長袖の上着に隠れた腕をさすった。
「……お前、サファイアまで……」
「どう?シモン、なかなか素直でいい子になったでしょう。じゃじゃ馬娘ほど、素直にさせたときの喜びは大きいわね」
かろうじて、シモンは搾り出すように、
「……いい趣味してんじゃないか、そこまでのべつまくなしに洗脳するか」
自分のことは棚上げして指弾するシモンをシルビアは一笑に付す。
「人聞きの悪い。懇々と説得したら今までの悪事を悔い改めて、私たちの道理に理解を示してくれただけよ。自分が洗脳しか能がないからって、他人も同類だと思いこむ癖は改めたほうがいいのではないかしら?」
シモンは吐き捨てるように、
「悔い改めただけで私は貴方のシモベです〜なんて言うようなタマかよ、あのサファイアが」
「あら、うっかりしてた。これからは人前では自己紹介させるときはちょっと言葉に気をつけさせないとね」
悪びれもせず、シルビアはくすりと笑う。
「こうなると、あと一人はベリルね。彼女、今、山奥に隠してある例の宇宙船の中にいるんでしょ?」
「……」
シモンは沈黙を守ったままだが、微妙にポーカーフェースを保つことに失敗する。シモンの顔色をうかがった後、シルビアは追い討ちをかけるように、
「あの山林一帯は、さっきサファイアと戦った後、センサーをしかけておいたの。一人、ちいさな子供くらいの熱量をもった人間が数時間前に中にはいったっきり、誰も出入りする気配がない。貴方がここにいることには気づいてないみたいね。それに、今となっては彼女は赤ん坊同然の精神状態なんでしょう?いくら潜在能力があったとしても、それならいくらでも手はあるから」
シルビアは再び立ち上がると、シモンの顔を覗き込んで、やさしく声をかける。
「シモン。最後のチャンスをあげましょう。……さっきも言ったとおり、もし貴方が私に協力してくれるなら、身の安全は保証しましょう。もちろん、モルモットとしての立場ではあるけど、寿命のある限りは平和的で健全な生活を送れるよう、食べ物と、寝床と……そうね、せっかくだからこのサファイアと『つがい』でガラス張りの檻の中で生活するのはどうかしら。貴方のことをこよなく愛するように、彼女をチューニングしてあげる。性欲の処理は彼女にしてもらうといい。ネメシスの貴族のお姫様を侍らせるだなんて、逆玉の輿としては最高ではないかしら?それにこれで三大欲が満たされるんだから、その辺を歩いている不景気な人間よりずっと素敵で満たされた生活が送れるでしょう。もちろん、子供ができたらその子達も実験……じゃなかった、観察の対象にしてあげるから、妊娠は心配しなくていいのよ」
シルビアはそういうと、サファイアの髪の毛を撫ぜる。サファイアの方と言えば、虚ろな目をして、マネキンのように為されるがままになっている。
シモンは目を閉じながら、ううん、と唸って、
「三食昼寝つき、女つきかあ……。ある意味理想の生活ではあるかもしれんなあ、男の夢だねえ」
「そう、素敵でしょう。どうかしら?」
シモンはしばらく考え込んでいるようだったが、ぽつりと、
「……要するに、ローズが俺と内通したことにしておけばいい、ってことだな。で、適当な物証を捏造しておいて、お前さんと口裏合わせておくわけか」
「捏造じゃないわ。よくよく調べると、これから見つかるのよ、不思議なことに、ね」
シモンはゆっくりと目を開き、シルビアの顔を睨む。その眼光は、嫌悪感に満ちたものだ。
「……一つ尋ねるが、お前さんが今やろうとしてることは、内通じゃないのかね?」
「……さあ、どうかしら。司法取引は内通のうちには入らないと思うけど」
「ケンジっていうんだっけか?お前らの社会で悪人の悪事を調べ上げるのは。俺がそのケンジだったら、そんな嘘の『司法取引』をさせた悪人をほったらかさないけどなあ。だってそれがばれた日には、自分の首が危ういんだから。そうだな、俺が悪徳検事だったら――そんな司法取引に乗ってきた間抜けな悪人の口も封じるね。物理的に殺すか、精神的に殺すかはさておき」
「……あらあら、私を信用できない?」
「信用してるさ。自分の都合をすべてに優先させる人格の持ち主で、その人格にそった振る舞いを100%やってくれるだろう、ってことをな。それよりなにより……」
シモンはそこで言葉を区切り、
「俺は、お前のことが気に食わない」
シルビアは少し大げさに肩をすくめると、
「……残念ね。せっかくの第三種遭遇だったから、せめて気持ちのいい形で終わらせたかったんだど。……フィロメア、任せるから。私はまだ手が痛むの。つまらない皮肉ばかり吐き出してうるさいから眠らせて素直にさせておいて。使うのは、……そうね、ちょっときつめに、4番と8番を2対1で。私は執務室に戻るから」
「了解しました」
「わ、わ、ま、待て、いきなりかよ、せめて最後にタバコを一服とか教誨(かい)師を呼ぶとか、プロセスってもんがあるだろ、弁護士をよべー、弁護士をーーー……!!!」
泣き喚くシモンの腕にアルコールを含ませた脱脂綿を塗ると、フィロメアはカートの上に並んだアンプルからシルビアの言うとおりの比率で薬剤を注射器に吸い取り、無表情のまま手馴れた手つきでシモンに注射した。
透明な液体がシモンの体内に吸い込まれていく。
やがて1分もしない間に、シモンの反応が乏しくなっていき、ついには動かなくなった。
■(26)■
「……まったく、宇宙人に人倫を語られるとは思わなかった」
シルビアが執務室のソファに身を沈め、肘掛に腕を投げ出した時、彼女の腕に激痛が走る。
「……っつ……」
肘掛から腕をひき、ゆっくりとさする。
……ネメシスの将軍、サファイアとの闘いは思ったよりも難航した。
サファイアを昏倒させた一撃を彼女に撃ち込んだ代償に、シルビアも利き腕に彼女の電撃鞭の直撃を浴びせられた。
今、彼女の利き腕は痺れ、感覚が無いような状態だ。無理に動かすと震えが来るだろう。
「……さすがは将軍を冠するだけのことはある。ちょっと甘く見てたかもしれない……」
彼女は、ハーブティに二口、三口、ルージュをひいた唇をつけると、そのまま目を閉じる。
……。
…………。
………………。
「……さま……シルビア様……」
「……ん……?」
遠くから自分を呼びかける声に、シルビアがゆっくりと目を開く。いつの間にかうたたねをしてしまっていたようだった。
「……シルビア様。うなされていたようですが、大丈夫ですか」
その言葉の内容の割には、どこか気遣わしさ、という感情が欠落した声を発しているのは、薄手のワンピースに着替えたフィロメアだった。
黒と白のコーディネートはいつもどおりだが、室内着ということもあり簡素な仕上げのその服は、先に着ていた服と比べるとだいぶ薄手だ。そのせいか、白陶磁のように透き通った彼女の身体のシルエットをぴったりと描き出し、少女から大人に移り変わりつつある少女の曲線を浮かび上がらせるのに一役買っている。
「……ええ、大丈夫。私、うなされてた?」
「はい、少し。腕が痛まれるのかと思い、失礼ですが無断で入室させていただきました」
そういうと、彼女はシルビアの足元にひざまずいた。
シルビアは無断での入室を嫌う。たとえフィロメアでもその禁を破れば咎を受ける。シルビアの前にフィロメアがひざまずいたのは、彼女が打擲しやすいようにするためだった。
「いいわ、今日は。これから注意なさい」
シルビアは手を振って彼女を赦す。
すこしくらくらする。先刻のサファイアとの戦いの後遺症だろうか。力を使いすぎて損耗しているのかもしれない。
フィロメアは一礼をして立ち上がると、
「……腕のお加減はいかがですか」
「さっきよりはだいぶまし。シモンの方は?」
「完全に昏睡しました」
「そう。でも握力がまだ戻らないみたいだから、シモンへの注射や点滴は貴方に任せます」
「承知いたしました」
そういうとフィロメアはシルビアの脇にひざまいて、腕に薬を塗布し、マッサージをしながら、
「それと、シルビア様。シモンが携帯していた器物の解析が終わりました」
「そう。何か面白そうなものはあった?」
「はい。メモリーらしきものの中に、ローズ総司令の映像が入った動画がありました」
「……ローズの……動画?」
シルビアはフィロメアにディスプレイと解析機を準備させ、その動画を再生させた。
……画像は若干解像度が悪いが、それでも、その画像の中に映し出されているのが、ローズだということはわかる。白に金の刺繍を施したヴァルキリーの戦闘服は、ローズ以外に纏う者はいない。
そのカメラの前に座らせている彼女は目を瞑っている。
「……さあ、ゆっくりと目を開けろ……」
その画像の撮影者の声だろうか。どこからともなく声がすると、ローズはその声の言うがままに瞼をゆっくりと開く。
その瞼の下から現れた瞳孔は開き、ただ虚ろに自らを映し出すレンズの光を映しこんでいる。
動画は少しぶれている。おそらくは手撮りなのだろう。
思わずシルビアは身を乗り出す。
「よし。ではこれからお前にいくつか質問をするぞ。まず、はじめに……お前は何者だ?」
「……私は……ローズ…………ヴァルキリーの司令…………です……」
目の前に透明な本が置かれ、それを茫洋とした雰囲気で読み上げるかのごとく、彼女の声は朧である。
「……それだけじゃないだろう?」
姿は無いが、その声は先刻眠らせた男、シモンのものに間違いない。
その言葉は、あたかも彼女の耳を通じてゆっくり沁みこむ水滴のようのを待つかのように時間を空けた後、
「……私は……ヴァルキリーの司令であり…………シモン様の雌犬です…………」
「よろしい、よくできた」
画面の脇からぬっと手が出てきて、ローズの端正な顔の輪郭をなぞっていく。ローズはその指に頬擦りをするかのような仕草をしながら、「んん……」と悩ましげな溜息をついている……。
……。
…………。
………………。
1時間ほど経った頃だろうか。
「もういい、止めて」
「はい」
シルビアは手を振ってシモンのいる部屋から戻ってきたフィロメアに動画を止めさせる。
動画が撮られたのは、おそらくローズがシモンに洗脳された後のものだろう。
その中でローズは、シモンの『雌犬』として『躾』と称した調教を受けていた。
ある場面では、首輪をつけてスカートの裾が捲くれることも厭うことも無く、野外を四つんばいで歩き、放尿をしたり……。
ある場面では、シモンのザーメンを『ミルク』として認識させられ、そしてすさまじい飢餓状態の暗示をかけられた後、『待て』の練習と称して、目の前数センチの場所にあるシモンの肉棒を前にして口から唾液を溢れさせながら我慢し、『よし』の合図とともに数十分間にわたる口淫奉仕をしたり……。
ある場面では、快感を数十倍にさせる暗示をかけられた後、尻穴に犬の尾を模したバイブを入れたまま、四つんばいの状態でバックから陰裂をえぐるように突かれ、すさまじい咆哮とともに絶頂に達して気絶したり……。
ローズのニホンジン離れした豊満な、それでいてひきしまった肢体が、画面をところ狭しと跳ね、くねり、その嬌声と喘ぎ声が、しばしば音割れするくらいに入っている動画。
それは、彼女がネメシスの下で何をされていたのかを示す端的な証拠としての、調教記録であった。
最初は興味津々で見ていた彼女だったが、さすがに最後のほうには閉口せざるをえなかった。すでにルピアから聞いてたとはいえ、生の動画となるとまた刺激が違う。
……なるほど。それで合点がいく。
以前の『審問』で、なぜ洗脳状態のローズが四つんばいになったか、首筋をなぞられたときに悩ましげな声を上げたか……。
「わんちゃん扱いされてたのね、総司令様ともあろう方が。少しはヴァルキリー全体の士気への影響というものも考えてもらいたいわねえ……フィロメア。この資料は使えるから、バックアップをとってしっかり保管しておきなさい」
「わかりました。それと、シルビア様。シモンの意識レベルが回復したようです」
「そう。で、どう?効いてる?」
「完全にこちらの指示通り動きます。生体反応も薬物血中濃度も、彼の被暗示性レベルが最高レベルに入ってることを示しています」
「そう。じゃあ、最後の仕上げをはじめましょうか」
シルビアは立ち上がると、シモンが横たわる部屋に向かった。
■(27)■
目の前には、……一人の男が椅子に腰掛けている。
体は椅子に括り付けられ、脱出できないようになっている。
その目は閉じられ、眠っているようだ。
改めて私はその男――シモンを見やる。
平凡な顔立ち。筋肉も別に付いているわけではない。背格好も普通。
どこをとっても平凡な男だ。チキュウにもこんな男はゴマンといるだろう。
……こんな男に、あのローズが手玉に取られていたのか……。
先刻のビデオの中の二人の姿を思い起こしながら、いささか失望の念を感じつつも、シルビアはシモンに近寄る。
眼を閉じてすやすやと寝ている。
だが、シルビアの打った薬の効果で、彼の被暗示性は高まっているはずだ。
別に男を洗脳するのは彼女の趣味ではない。
だが、妙に律儀なこの宇宙人にローズを失脚させるための証言をさせるには、彼を洗脳することが必要だろう。
それだけでない。この男はおそらく、まだローズに関する重要な秘密を知っているはずだ。
さらに、ネメシスの宇宙船に備え付けられた機器や兵器の数々。これらのデータを分析し、持ち帰るだけで、この世界に凄まじきエポックメイキングを与えることだろう。
むろん、ネメシスの残党を捕らえ、先のネメシスとヴァルキリーの戦いの顛末を明らかにするだけでも十二分な戦果だ。ローズの『スキャンダル』により、彼女が失脚した後、自分が総司令の座のつくのは間違いないだろう。、
それに加えて、この異星人からの知識を我が物にすることができれば、自分は単なるヴァルキリーという組織における名誉はいうに及ばず、人類の歴史に名を残すことができるだろう。
……そのためには、さらに彼から情報を引き出すことが必要だ。
単純に洗脳して自白させていくこともできるだろうが、それには限界がある。強引に薬の力で圧(お)していくと、その力に負けて心が砕けてしまうことがある。フィロメアの前に何人もの少女を「壊して」しまっている彼女は、そのことをよく承知している。
彼女が壊してきた少女たちと違って、この男には替えが無い。慎重に慎重を期さねばならない。
であれば、冬風と太陽のたとえではないが、相手を信頼させて取り入り、油断させ、彼を自分なしにはいられない骨抜きにしていくことが一番望ましい。
シモンという男の性格を分析すると、この男は狡猾で注意深く、強敵に対したり危地に陥った時には直感的ともいうべき危機回避本能が働くが、いったん仲間に……というよりは洗脳し隷属させた者に対してはよく言えば寛容、悪く言えば隙だらけなところがある。先刻の洗脳されたルピアに対するガードの甘さが、まさにその彼の特徴を示しているといえるだろう。
で、あれば……一番簡単なのは、既にシモンが洗脳した相手に『成りすます』ことだ。
シルビアはシモンの頬をなでながら、低い声で
「シモン。私の言葉が聞こえるかしら?」
「……はい」
シモンは目をつむったままシルビアに言葉を返す。
「いい子ね。であれば、よく聞きなさい……。シモン。貴方の目の前にはローズがいます……。貴方は……ローズを捕らえ、洗脳することに成功しています……。これから目を覚ますと、目の前には、洗脳されて貴方の僕と化したローズがいます……。彼女は貴方の命令には決して逆らわず、貴方のことを崇拝し、貴方に忠実な奴隷、牝犬となっています……そう……ローズの心も身体も……あなたのものです…………」
ふと、シルビアの脳裏に逆行催眠にかけられたローズの姿が思い起こされる。
――シルビアの指が背筋をすぅっと撫でる。すると、半開きの状態になっていた彼女の――ローズの瞼がゆっくりと開く。その瞳の色は何かに取りつかれたように澱み、口は力なくわずかに動いている。
ローズがゆっくりと体を起こす。その腕はぴん、と床から伸びて彼女の身体を支える。その白い肉付きのよい太腿は丁寧に膝がそろえられる。スーツのタイトスカートは先刻の激しい動きで捲れ上がり、光沢のあるストッキングとショーツに包まれた豊かな臀部がシルビアに晒されているが、彼女はそんなことは意に介していない。
シルビアを上目遣いで見ているローズの瞳からは、先刻までかすかに残っていた理性の片鱗も喪われ、いまはただ淫欲に潤みきっている。唇を少しだらしなく開き、舌をだらんと伸ばした彼女は、やがてシルビアの方にゆっくりと四つん這いのまま歩んでいく。シルビアの前に来た彼女は、少し鼻を鳴らすと、その伸びきった舌先をシルビアのハイヒールの先に近づけていく・・・。
あの時の光景を思い出したシルビアの身体が少しだけ震える。
軽くイッてしまった彼女は、その快楽をシモンを支配できることからくる興奮ととらえた。
「だけど、私が……ローズが……そうね、『イスカリオテのシモン』と言うと……貴方は、たちまち今と同じ、催眠状態に落ちます……それはとても心地よく……この状態になっている間は……貴方が私の下僕になります……」
シルビアは知らず知らず、腰をくねらせ、シモンの体を抱きしめるようにして、シモンに囁き、今の状況、自分が『ローズ』であること、キーワードの暗示を何度も入念に刷り込み続ける……。
……。
…………。
………………。
さて、どうやって目を覚まさせてやろうか。単純なカウントや手拍子で起こすのもありだが、最初くらいは夢見心地の、幸せな気持ちで起こしてやろう……。
どうせ、これが長い長い悪夢の始まりになるのだから。
シルビアは、シモンの頬に頬を寄せるようにして、その耳元で囁く。
「……今から……私が……ローズが……貴方にキスをします……そうすると……貴方は目を覚まします……。今私がいったことを思い出すことはできませんが……私が言ったとおりになります……必ずそうなります……わかりましたか?」
「…………はい……」
シモンの返事をきいて陶然とした笑みを浮かべたシルビアは、そのままシモンに唇を寄せる。
「ん……ん……ちゅ……んく……」
「んん…………」
シルビアの舌がシモンの唇をこじ開け、シモンの唇を求めて彷徨う。
最初はほとんど反応しなかったシモンだが、ゆっくりと目を開く。
「ん……んあ!」
シモンが思わずシルビアの身体を自分から引き剥がす。
「……お目覚めですか?シモン様」
シルビアは嫣然と微笑んだ。
「い、いや、お目覚めというか……あれ?ローズ?」
シモンは混乱を来たしているようだ。目をしばたたかせると、首をひねっている。
「はい、ローズです。いやです、シモン様……キスをして起こすように私に頼まれたのはシモン様ではありませんか」
「……え、そうだったっけ……」
「……それとも……私にキスされるのはお嫌ですか?」
シルビアはしなをつくってシモンに問いかける。
シモンは一方、少年のように赤面しながら、
「いや、えっと、そんなことは……。ただ、なんでローズが……」
しばらくシモンは記憶をたどるように目をつむったかと思うと、
「あ、そうか。ローズも改めて洗脳したんだったっけか……」
そうむにゃむにゃと小声でつぶやくシモン。
シルビアは再びシモンにしなだれかかり、上目遣いで、
「そんな……洗脳だなんて……わたくし、ローズは……ずっと前からシモン様の奴隷……牝犬なんですよ?お忘れになったんですか?」
「あ、いや、忘れてないとも。もちろん、ローズは俺のかわいい牝犬だったな」
「はい♪」
シルビアは少女のようにくすっと笑い、その柔らかで豊かな身体をシモンに押し付けた。
――ほんと、あんまりに簡単すぎて笑っちゃうわ、とでも言わんばかりに。カモを相手にした手錬れの娼婦のように。
続く
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