エピローグ〜ローズ 5
■(16)■
催眠状態に落とした碧ことルピアから得た情報はシルビアにとって大変有用なものだった。
一つ目。ネメシスの残党は、この地球に潜伏している。その総勢3名。総帥のベリル。将軍のサファイア。――そして、隊長のシモン。
二つ目。その残党達の隠れ家は住宅街の安アパートに一角に一つ。そして、もう一つ、地球に降下した際に用いた宇宙船が、郊外の山奥の森に半ば埋められるように隠されているという。
三つ目。先のネメシスとの戦いにおいて、ローズ、ルピア、カーネリアの3名はおろか、サファイア、ベリルに至るまで、シモンによって洗脳され、支配された。シルビアの予測どおり、そこでは『宴』が繰り広げられ、ルピアはもちろんローズも、いまだにシモンの支配下にあるという。
一見生真面目な優等生にしか見えない制服姿の碧――ルピアの口から滔々と述べられるその『宴』の在りようは、最初のうちは興味津々にメモをとっていたシルビアも、やがては閉口して途中でとめさせてしまうほどの内容だった。
いずれにせよシルビアの推理はほぼ正鵠を射ていたといえる。
無論、これらの証言はあくまで洗脳されたルピアの口から述べられたに過ぎない。この証言を元に調書を作成したところで、証拠能力は一切ないどころか、薬物による違法な自白を強制したシルビアが逆に訴追される羽目になる。
したがって、シルビアが行わねばならない最後のプロセスは、証言を補強する物的証拠を集めることだった。
本来ならベリルクラスであれば、シルビアでも簡単には手出しはできない。だが、ルピアの情報によれば、彼女は現在知性がニンゲンの乳幼児期レベルに退行しており危険はないという。
しかも、これらの情報を得ていることを、ローズ、ヒルダはもちろん、当のネメシスの残党も知らない。
となれば、彼女とフィロメアの二人だけで、奇襲をかけて残党を捕縛をしてもよし、あるいは最低限物的証拠だけを集め、ヴァルキリー司令部に持ち帰り討伐隊を組んでじっくり攻めるもよし、であった。もちろん、その討伐隊の総司令官は自分であり、ローズはヴァルキリーを統括する身分を剥奪されることとなる。
彼女の野望の達成は目前といえた。
「・・・・・・・様・・・シルビア様・・・」
車体のリアスピーカーから発せられる無線の呼びかけだ。
「・・・ああ、フィロメア。ごめんなさい。少しぼうっとしてたから」
珍しくシルビアがフィロメアに謝った。それくらいシルビアは今昂奮状態にあり上機嫌でもあった。
「・・・・・・まもなくご指示のあったアパートに到着します」
「そう。私の車はもう少しで着くから、先に偵察をお願い」
「・・・了解いたしました」
ノイズ交じりのフィロメアの声は、シルビアの運転する車のエグゾースト・ノートに掻き消された。
先に辿り着いたフィロメアが鍵をこじ開けて踏み込んだとき、碧が場所を教えた部屋はもぬけの殻だった。
いや、正確には部屋にうずたかく詰まれたガラクタは残っている。だが、そこに積もった埃を見る限り、以前からその部屋にあるものだろう。
碧の言葉によれば、シモンがこのチキュウに戻ってからはそれほど日が経っていないはずだ。
ただ、部屋には生活感が漂っている。ごみ箱に突っ込まれた割り箸やら紙皿やらを見る限り、今日の朝か昼までは間違いなくここに居たはずだ。
部屋には雑誌や読みかけの新聞紙が広がっている。また戻ってくることも充分考えられた。
フィロメアがさらに歩を進め部屋を探索しようとした瞬間、わずかに気配を感じる。
右手奥、フスマと呼ばれる粗末な紙で覆われた木戸の向こう。
袖内に隠し持っていたナイフを取り出して構えながら、フィロメアがその戸を勢いよく引くと、黒い影が飛び出し、ちりん、という鈴の音とともにフィロメアの足元を駆け抜ける。
すぐさま追うフィロメアから逃れるように駆けたその影は、ほどなく閉じられた玄関のドアの前で実体化した。しばらく自分の逃げ道を塞ぐ戸にガリガリ爪をたてていたが、やがてその戸が開かないことを悟ったのか、くるりと小さな体躯をひらめかせ、黒い少女を睨めつけながら、ふーっ、と精一杯の威嚇する。
小さな猫だった。まだ幼いのだろう。顔に対し金色の瞳は大きめだ。その体はしなやかな黒毛で覆われており、ただ唯一、鈴のついた赤い首輪だけを身にまとっていた。
フィロメアはすぐに先の押入れに立ち戻る。猫を囮にし、その隙をついて逃げたか――。しかし、それは杞憂に終わった。他にその押入れには何者の潜んでおらず、この部屋からは誰も脱出してはいなかった。
ナイフをしまい、改めて先の猫のところにフィロメアは向かう。猫はやや緊張感を解きながら、自分と同じ黒をまとった少女を見上げている。
フィロメアが腰をかがめて、その猫に手を伸ばしかけたとき、猫の後ろの玄関のドアが開けられる。驚いたのか、そのドアを開いた人物の脚元をするりとくぐりぬけ、猫は部屋から逃げ出した。
猫をちらっと面白くもなさそうに見た後、その女性はブロンドの髪をかき上げながら、
「・・・ふぅん。データどおり、『逃げ足だけは速い』のね」
「・・・・・・シルビア様」
「彼らがいないのならこんな薄汚いところに用は無いわね。フィロメア。貴方はここでネメシスの一味が帰ってこないか、監視なさい。私はもうひとつの『アジト』を探索します」
「・・・承知しました」
そういうと、フィロメアは音もなく姿を消した。
■(17)■
彼女の記憶には何も無い。慈しみに溢れた微笑みを投げかけられた記憶も、力強い腕に抱かれた記憶も。
気が付いたときは白い壁で囲まれた部屋で寝起きし、表情の無い白衣の人物から点滴を受け、そして、今の主君であるシルビアに戦闘技術を叩き込まれた。
時折、自分より年端もいかない子供が親に甘える姿を見ると、胸の奥が少しだけ鈍く痛むような感覚を覚えることがあった。
しかし、それが何なのか、彼女は突き詰めて考える暇はない。
自分には使命があるからだ。シルビアに尽くすこと。ただそれだけ。
彼女にとって、シルビアは絶対の存在であり、全てであった。
シルビアから命を受けて部屋の暗がりに潜み、数時間が過ぎようとしていた。
彼女の主が求めるネメシスの男は現れない。
しかし、フィロメアは全くそのことを苦痛に感じず、ただ、待ち続けた。
やがて日も完全に落ち、薄暗い長屋に裸電球がぼつぼつと灯り始めた頃、ドアの鍵がガチャガチャと音を立て、立て付けの悪いドアが軋みながら開いた。
人影がぎし、ぎし、と畳を踏んで部屋に入ってくる。
一歩、二歩・・・。
その男は物陰に隠れているフィロメアの脇に来るやや手前で足を止め、突然きびすを返し部屋から飛び出す。
フィロメアも間髪いれず、物陰から飛び出す。
廊下を歩いていた貧乏長屋の住人が、突然部屋から小さな少女が飛び出すのを見てのけぞったが、フィロメアはその男には目もくれず、シモンと思しき男を追った。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
夜の街をどれほど駆けただろうか。
いつの間にか、彼女は薄暗い公園に来ていた。
公園。ローズを尾行し、看破された場所。
しかし、もう日も落ちたその公園には誰もおらず、申し訳程度の外灯に照らされて、ぼんやりとベンチや遊具が白く浮かび上がっている。
男の背中を常に捉えて来たものの、この公園に彼が飛び込んだことを確認した後、フィロメアは男の姿を見失っていた。
シルビアに連絡を取っても、彼女から回答が来ない。
彼女の主は自分の下僕のミスに対して甘くはない。
仮にここで見失ったと知られれば、自分は責めを受けるだろう。
ことによれば、それは死に至る責め苦であるかもしれない。
自分の前にシルビアに仕えていた者たちが受けていたかのような。
それですらフィロメアにとってはあまり現実感の無い。恐怖感すら与えない。
シルビアが与えるものは、自分にとっては全て受け容れるべきものであり、それは太陽が東から昇って西に沈むような、ナイフで皮膚を切り裂けば血が出るような、それくらい当たり前のことだった。
ふらふらと、わずかに揺れる遊具――彼女はその名も知らない――をしばらく見つめた後、彼女は足を進めた。
黒地をベースとしたその衣服は、ある種の迷彩のように夜の闇に溶け込む。だが、その服のいたるところに織り込まれた白いレースと彼女の白銀の髪だけは隠しようもなく、軽やかになびいて白い輝線を描く。
ガサ。
遠くの背の高い生垣の中からかすかに音がした。
フィロメアが音も立てずその生垣に向かうと、さらにその音が大きくなる。
白刃を構えながら彼女が近づくと、
なぁー。
という声とともに、つややかな毛並の黒猫が、その生垣の下から姿を現した。
赤い首輪に金色の瞳。その身体には余計な贅肉はない。髭は真直に近い形で伸びて気を緩めることなく辺りの気配を探り、流れるような歩みの姿からしなやかな筋肉がその小さな身体全体に張り詰めていることが分かる。
その猫は立ち止まり、金色の瞳を彼女に向ける。
白銀の刃を持ったまま動かない彼女を忖度するかのように見つめること数秒、野良は尻尾を柔らかく丸め、黒いストッキングに包まれた彼女のくるぶしに顔を寄せ、「なぁ」と鳴いた。
フィロメアの瞳の奥に、彼女にしては珍しく、僅かに狼狽の色が浮かんだ。だが、その黒猫は、同じく黒衣に身を包んだ少女の心を知ってかしらずか、ちろ、と赤い舌を伸ばして彼女の細い脚を少しだけ舐める。
長い沈黙の後、彫像のように動きを止めていたフィロメアが、ようやく腰をかがめ、左手をその首筋に伸ばし、わずかに触れると、わずかに目を細め、その猫はなされるがままになる。
なー。
猫は首を少しかしげ、彼女の腕に自分の身体を少し寄せる。
抱きあげてもらえるのかと思ったようだ。
しかし、その右手に握り締めたナイフを手離すことができない彼女は、その猫を抱きあげることはできない。
「くろ〜」
突然、生垣の向こうから声。その途端、彼女の体中から緊張が漲り、黒猫もその彼女の雰囲気の変化を察してか、生垣の下の僅かな隙間をするりとくぐり、その声のする場所へとたちどころに姿を消した。
「お、くろ、いたな。ほれ、お前の好きなさんまの缶詰買ってきてやったぞ〜」
いささか間延びした、緊張感に欠けた声。しかしフィロメアにとってそんなことは警戒心を緩めるのに資するものではない。
鬱蒼と生い茂る生垣の葉と枝を掻き分けてその向こうに誰がいるのかを確認しようとしたその瞬間、
ぱき。
芝生の上に落ちていた小枝がフィロメアの小さな足に踏まれ、乾いた音が夜の公園に小さく響いた。
「ん?誰だ?」
生垣の向こうから人が近づく気配を感じ、フィロメアは慌ててその生垣を回り込むと、人一人が入れる隙間があった。
フィロメアがその隙間を、それこそ先の黒猫のように音も無く潜り抜ける。
ちょうど公園の人工の森の中央に、高い生垣で区切られた空間があった。広さにして小部屋程度の小さな空間。だが、公園のどこからも視界が遮られる場所。
ピクニック用のビニールシートが広げられ、その上にはそして缶詰と牛乳パックとバスケット。先刻、フィロメアの手からするりと逃げた黒猫は小皿に注がれたミルクを舐めていたが、フィロメアが来ると顔をあげ、ぴく、と髭をふるわせる。
「ほほう、今日はお客の多い日だな。こりゃ餌が足りなくなりそうだ」
安っぽい黒のスーツに身を包んだ先ほどの声の主、シモンは、そううそぶきながら、手で顎を撫で回した。
■(18)■
一方、シルビアは、碧から聞き出したネメシス一派のもう一つのアジト――チキュウ侵入用の宇宙船――を目指していた。
都心からやや離れた郊外にある、このあたりではハイキングやピクニックでそれなりに知られた小高い山。
その奥の、一般人のハイキングコースから離れた山奥の少し開けた場所に、碧の言う『ネメシスの宇宙船の隠し場所』はあった。
多少ブービートラップめいたものは仕掛けられているものの、シルビアにとっては子供だましもいいところである。蜘蛛の巣を断ち切るほどの手間もかけず、彼女は突き進んでいく。
シルビアのヴァルキリーの戦闘衣は、シルバー系のビジネススーツに似た衣服を基盤としたものだが、ところどころに特有の意匠が入り、宝石があしらわれているのは、ローズらの服と変わりはない。
ひざ上までしかないタイトスカートからはストッキングに包まれた白い足がすらりと伸び、ひざまであるブーツがすぐにその形のよい足を覆い隠している。
ブロンドの髪にはところどころにメタリックな輝きと宝石を埋め込んだ髪留めがあしらわれ、暗闇の中でもわずかな光を受けてはその存在感をアピールする。
敢えてシルビアがフィロメアと分かれて単独行動をとったのは、シルビア・フィロメアの個々の戦闘力がネメシスの各人より勝っており、先制攻撃に利があると踏んだこと、さらにいえば、彼女が『策』を弄する上で、ネメシスの3人を分断しておく必要があったことからであった。
と、シルビアはにわかに殺気を感じ飛び退くと、彼女が先刻いた場所が爆発する。
「熱線攻撃・・・不経済な武器を使うのね」
森の下葉が焼け、ちょっとしたキャンプファイアーの跡のようにくすぶり、辺りに焦げ臭い匂いが充満した。
「・・・ヴァルキリーの手の者だな?」
誰何の声は、若い女性のものだった。
シルビアは防御結界を発動させつつ、その熱線の射手を見やる。
青い服に身を包んだ女性。その左手には長い砲身を備えた黒光りする銃器が握られ、もう一方の手には丸めた鞭を持っている。二つに結わえられた髪は風に吹かれてたなびき、黒いストッキングに包まれた肉付きのよい太腿が、青い短いスカートからすらりと伸びている。細い眉につり目がちの大きな瞳、わずかに顎を上に向けたその様子は、勝気な性格を想像させた。
「・・・ネメシスの将軍、サファイア、でいいのかしら?」
「ほう、感心だな。我が名を知っているとは」
そう答えた彼女は、満足そうにうなずくと、鷹揚に、
「左様。我が名はサファイア。宙を駆ける種族、ネメシスの中でも勇猛で知れた第2部隊を司る者だ。その方、名を申せ」
シルビアはゆっくりと手を弧の形に振ると、そこに金色に輝く杖が現れる。表面には色とりどりの宝石が至る所に埋め込まれ、さらにその宝石を飾り立てるような複雑な文様が彫りこまれている。その杖が膨大な魔力を帯びたものであることは明らかだった。
彼女は小ばかにするように、小さく笑うと、
「異邦の地で死に往く者に名乗る名は無いわ」
その言葉に、サファイアの白い頬がさっと朱に染まる。
「無断で我が領土に入っておきながらその返答とは、返す返すも無礼な奴。この地で屍(かばね)をさらすがいい!」
怒声とともに、シルビアに向けられた砲身から弾が放たれる。今度は熱線ではない。
「我が領土、ね。いったいどっちの台詞やら」
シルビアは冷笑すると、その刃を一振りし、呪言を短く詠唱する。
「・・・ライチャス・フォース・スフィア!」
シルビアを中心に金色の球状の力場が展開する。その力場と接触するや否や、サファイアの放った弾が轟音と光とともに炸裂する。
が、その炸薬がシルビアの身体を傷つけることは無い。シルビアの魔力で展開された障壁に弾かれたのだ。
「いいの?そんな派手な攻撃をして。貴方、自分達が追われる身だってことわかってないのかしら?」
そのシルビアの台詞を聞くと、今度は自分の番とばかりにサファイアは嘲笑する。
「ふん、気づかなかったのか?既にここはネメシスの誇るべき科学の結集、物理障壁の内側だ。熱核兵器を炸裂させたところで、外には何の影響も与えない。無論この内側からも外部に連絡を取ることはできん」
シルビアは空を見やる。既に日は沈み、辺りは闇に包まれているが、本来その蒼い空に浮かんでいるべきもの――星と月が見当たらない。
「なるほど、そういうわけ。だったら、いくら派手にやってもかまわないってことね。いいでしょう、こっちもしばらく腕がなまってたところだから・・・。来なさい。今までのヴァルキリーとの闘いがお遊びだってことを思い知らせてあげる」
どことなく悪役めいた不敵な笑いとともに、シルビアが杖を構えると、
「それはこっちの台詞だ。その高説が高くつくことを思い知らせてくれるわ!!」
啖呵とともにサファイアは鞭を地面にびしゃりとたたきつけた。
■(19)■
山林で激しい女の闘いの火蓋が切って落とされた頃、人気の無い公園では、静かな男女の会話が続いていた。
といっても、色気も何も無いことにかけては、山林での闘いと同様ではあったが。
「・・・シモン?」
ナイフを手にした黒衣の少女の、誰何、というよりは事務的な確認に近いその声には、やはり感情の色は混じらず、平坦なものだった。
「おや、よくご存知で。俺も有名になったもんだな」
よっこらしょ、と声をかけて立ち上がる。
「そっちも名乗ったらどうだ。それが礼儀だ」
黒猫はシモンに寄り添うように、だが、背筋を丸め、毛を逆立て気味にして、その金色に光る目でフィロメアを見つめている。
シモンの要求に、彼女は応えることなく、その小さな体を僅かにかがめる。が、その次の瞬間、その姿は跡形も無く消え、
「ぬ?」
「ふーーー!」
間抜けな声をあげた男に忠告するかのように、黒猫は上を向き、威嚇の声をあげる。
「上か!」
シモンが左手を自分の頭上に掲げるのと、小さな質量を帯びた影が虚空を切り裂き落ちてくるのとほぼ同時。
その影とシモンの左腕が交錯した刹那、場に白い光が弾け、再びシモンと間をとったその影は銀色の髪をした少女の姿となる。
「あぶないあぶない。いきなり光りものはないだろ?お嬢さん」
無骨な、一見なんの変哲もない、だがそれこそ今まで数々の死線を彼とともにくぐりぬけてきた特殊警棒を構えなおしながら、まじめな顔で抗議するシモン。その警棒は、彼女の奇襲を凌いだ影響で、樹脂が焦げるような匂いの煙を帯びている。
そんな抗議を聞いて聞かずか、少女はさっと視線を白刃に走らせて刃こぼれがないことを確認すると、そのナイフを静かに構え、一言。
「・・・・・・ヴァルキリー・フィロメア」
遅まきながら彼の問いに応えた。
■(20)■
珍しくダンディな雰囲気を醸し出そうと努力するシモンではあったが、実のところ余裕などまるでなかった。
シルビアがシモンとネメシスに関する情報を碧から得たことは、碧に取り付けた隠しマイクを使った盗聴で判明済み。
自分たちがチキュウにいること、そしてアジトの場所がばれた以上、シルビア側がすぐに家捜しにくるのが必至であったことから、まずはアジトから退避した上で、シルビアとフィロメアの行動を分断する工作に出たわけだが・・・。
「ババ引いたな。アクション苦手なのに」
先刻のフィロメアの攻撃にしても黒猫が鳴いてくれたから上から来るとわかっただけで、まったく彼女の姿を捉えることはできなかった。
攻撃の方向さえ読めれば、幸い相手が一人ということもあり、警棒で障壁場を構築して攻撃をかわすことはそこまで難しくない。
とはいえ、そもそも攻撃の方向が読めないのであればお話にならない。
「ったく、芝居を打つたびに命がけじゃあ、割に合わんよなあ・・・」
ぶつぶつと一人ごちると、シモンは足元で少女を威嚇し続ける小さな恩人の首根っこをひょういとつまみ、自分の懐に入れる。
「な”ー」
「狭いがちょっと我慢してくれ。お前じゃないとあの娘の動きがわからんからな。あの娘が動いたら教えてくれ」
じたばたと暴れる黒猫をなだめながら、シモンは改めて目の前の少女を見つめてみる。
フィロメアについては、洗脳状態のローズを通じて基本的な情報を仕入れている。
シルビアの影として仕える少女。完全に彼女に洗脳され、盲目的なまでに従順だが、その年頃の少女が持つであろう感情や自発的意思の類は一切欠落しているかのようだという。その能力や知識は、シルビアのサポート――殺人、諜報、薬物洗脳をはじめたとした各種工作活動に特化されており、噂では肉体強化手術まで受けているという話だが、噂の範囲を出ず、真偽は定かではない。
ともあれ、直接彼女を見るのは初めてだ。
何よりも目を引くのはその白銀の髪だ。アルビノなのか、あるいは脱色したのか・・・。いずれにせよ、ニンゲンという種の、しかもこの年端もいかない少女が持つであろう身体的特徴の範疇からは外れている。
その特徴的な白銀の髪には赤いリボンが着けられている。端正な顔立ちをしたその白い顔から一切の表情が欠落しているせいなのか、幼い子供をかたどった人形のようでもあり、何千年も生きて感情を枯らしてしまった精霊のようにも見える。
華奢な体躯を包むのは、黒い薄手の生地を重ね、部分的に白い上質のレース地を織り込む形で縫製されたワンピース。短めの黒いレース地のスカートからは、膝上まであるオーバーハイニーソックスに包まれた細い足が伸びている。
かつてダリアが余興でヴァルキリー達に身につけさせた「めいどふく」に近い雰囲気があるが、それよりもさらに意匠が凝っている。たしか、ゴシックロリータ、といっただろうか。シモンは碧のために服を用立てた時に得た知識を思い出す。
決して機能的であるとも機動性に富むとも言えない。その上、明らかに、隠密活動を主とする者が身につけるべき服ではないだろう。ただでさえ並外れて器量の良い少女がこんな服を着ていたら、人々の目をひくのは必定だからだ。
ヴァルキリーの身に着ける服はその縫い目一つ、刺繍の一片にも意味があり、身に着けた者の魔法能力を増幅する効果がある、とルピアに聞いたことがある。もっとも、その時は『だから脱がせたらだめなんです!やたら脱がせていいものではないんですからね!!』という彼女のシモンに対する教育的指導の一環だったのだが。
目の前の少女が身につけている服装にもそうした効果があることは間違いない。だが、大部分はシルビアの趣味だろう。機能よりも、自分に盲従する『人形』を装飾し、精神的に拘束することを重視してその衣装を択んだに違いない。
それは、どこまでも彼女に似つかわしく、それ故に痛々しい。
月明かりを受けて彼女のつややかな髪が白銀に煌く。少女のほっそりとした体躯から、白く伸びた小さな手には、彼女の髪で錬成されたかのような銀のナイフが光る。
と、風が吹き、少女の体が再び掻き消えた。
「な”ーーーーーーー」
ひげをぴくんと動かし、黒猫が顔を振った方向。シモンがその方向に警棒を振りぬいた瞬間に、既に彼女はシモンの目の前まで肉薄している。
鈍い音とともに火花が、白銀のナイフとシモンの警棒の発する物理障壁との間で弾け飛ぶ。
と、同時にシモンは胸のポケットから弾薬を取り出し、足元に投擲した。
地面に着弾するや否やあたりに閃光と爆音、そして煙幕が充満する。その半瞬後、シモンがいた空間を彼女のナイフが斬った。
しかし、その煙幕攻撃にわずかに躊躇し踏み込みが遅れたせいか、その刃はただ煙と空を切り裂くのみであった。
フィロメアが視線を動かすと、煙幕の向こう側に、尻に帆をかけて逃げ出すシモンの姿がみるみるうちに小さくなっていく。
彼女は音も無くそのシモンの姿を追った。
■(21)■
郊外にあるとある廃墟ビルの一室。
途中まで工事が進んでいたものの、開発していた会社が倒産したか何かで工事が中断したままになったそのビルは、外見は完成しているが、内装はコンクリートや配管がむき出しのままになっている。
ツインタワー状になったそのビルは、この一帯でもひときわ目立つ建造物である。20階ほどあるだろうか。
シモンを追ってフィロメアはここまでやってきた。
そのビルの7階。もちろん電気は通っておらず、明かりは窓ガラスを通して入ってくる街の残光のみだ。
しかし、彼女にはその男がこの近辺のフロアにいるのが気配でわかる。
ペンキの溶剤の臭いがいささか強く、彼女の嗅覚は麻痺気味だが、それでも気配は感じ取れる。ここに来るまでに、ビルの入り口の全てにトラップをしかけていた。シモンが降りてくれば反応があるはずだが、それがない以上、このビルの中にいることは確実だった。
シルビアとの回線をつなぐ無線機は、さきほどから雑音しか返さない。
機械の不調だろうか、あるいは、主君が無線の届きにくい屋内に入ったか。
どちらにしろ、フィロメアは主君が危機にあるとは微塵も考えない。
この場に入ったシモンを捕らえる。生死は問わず、であったから、それほど難しい話ではない。
ただ主君は生きているほうを喜ぶだろう。そちらのほうが『物証』としての価値が高まるからだ。
足と手の腱を切っておけば逃げられもすまい。造作も無いことだった。
淡々とそう考えつつ、フィロメアは一歩ずつ足を進める。
と、突然雑音が消え、無線機が小さく震える。シルビアからの連絡だった。
「・・・フィロメア、そっちはどう?」
紛れもなくシルビアの声だった。フィロメアは淡々と、
「・・・シモンを建物の中に追い詰めました。現在探索中です」
「・・・・・・こっちは、サファイアを捕らえたところ。もう薬でおねんねしてるわ。とにかく今から彼女を連れてそちらに向かいます。二人でシモンを片付けましょう。今どこに?」
「○○市郊外、廃墟ビル8階です。地図を転送します」
衛星計測で測地した位置を転送する。
「・・・わかったわ。私が動くまでそこから動かないで」
「了解しました」
フィロメアは無線を切り、物陰で待機する。
それからどれほどの時間が経っただろうか。
人影が階段を上って現れる。
暗視能力のあるフィロメアにはそれがすぐさまシルビアであることが判った。ゆたかなブロンドの髪、膝上までのタイトスカートからはまばゆいばかりの白い太腿が伸びている
シルビアの前に姿を現すフィロメア。言いつけどおり待機している彼女を見てシルビアはうなずくと、ゴシック体でタイプ打ちされた紙を差し出した。
"ネメシスのアジトに残された情報の解析の結果、ネメシスの洗脳薬は散布型であることが判明。解毒剤を今から吸い込ませるから、十分に体内に吸収すること。余計な発声は呼吸の摂取量を増大させるため、以後の発言は禁ずる"
うなずくフィロメアを見て、シルビアはポケットから布地を取り出し、フィロメアの口元に当てる。
すう・・・。はぁ・・・。すぅ・・・。はぁ・・・。
フィロメアは深呼吸を幾度と無く繰り返す。わずかに甘い匂いがする。
シルビアはそんなフィロメアの様子に満足したのか、再びうなずくと、今度は別の紙を見せる。
"サファイアは2つ下のフロアに拘束しているので、彼女を監視すること。以後は、そのフロアにいる人物に指示を託してあるので、その人物の指示に従うこと。それがたとえ、誰であったとしても。私はシモンの捕縛に向かう。援護は無用"
フィロメアはシルビアの顔を見つめた。シルビアは黙したまま、手をすっと上げて指し示す。
その手の向こうに階段がある。これを下っていけというのであろう。
いささか腑に落ちない点はあるが、フィロメアにとってシルビアの指示は絶対である。反問することもなく、フィロメアは小さくうなずき、奥に向かって階段を下る。
真っ暗な階段を音も無く歩いていく。
音もなく、光も無い世界。
自分がずっといた世界。
溶剤の匂いを嗅いでいたせいだろうか、あるいはシルビアが嗅がせた抗洗脳薬の副作用だろうか。頭の奥が痺れ、体中がふわふわとした感覚に襲われている。
それでも、声をたてず、足音も立てず、シルビアの命に沿ってフィロメアはゆっくりと歩を進めていく。
『6』と壁面にペンキで書かれたフロアにたどり着いたとき、ノイズ交じりの無線を通じてシルビアの指示が入る。
「・・・フィロメア。聞こえてる?」
「・・・・・・はい・・・」
「・・・あなたがこれからどうすればいいか、わかってるわね?」
「・・・サファイアを・・・監視・・・します・・・・・・」
「・・・そうね、それから?」
「・・・・・・このフロアにいる人物の指示に・・・従うこと・・・それが・・・・・・たとえ、誰であったとしても・・・」
フィロメアの言葉は、普段よりややテンポが遅れ、途切れ途切れになっている。その言葉を返す彼女の表情も、どこか虚ろだ。
だが、今この場に、その表情を見ることができる者は誰もいない。
「そう、いい子ね・・・。そうしたら、進みなさい、フィロメア。貴方の新しい主の前に・・・」
シルビアの最後の言葉が、フィロメアの中で意味を為すことは無かった。
彼女は無意識のうちにゆっくりと足を動かしている。
床に転がる発泡スチロールの梱包材を避けながら、彼女がナイフを持ちつつ歩みを進めると、
なぁー。
黒猫が再び現れた。
赤い首輪、金色の瞳。
それは・・・あれ、どこで見かけたのだろうか。
フィロメアにはにわかに思い出せない。
ちりん。
その首輪にはめられた鈴の音を鳴らし、少し離れた場所から彼女を見上げると、黒猫は尻尾を振って駆け出した。
その猫が駆けていった道筋に導かれるようにフィロメアはゆっくりと歩いていく。
やがて、廊下の行き止まりの一室。
そのドアを抜けると、がらんどうの部屋の中央には、二つソファーが並べられている。
その片方には女性が腰掛けていた。髪の毛を二つに結わえ、蒼い服を着た女性・・・。
ヴァルキリーのデータベースに載っていた情報と合致する。あれがサファイアだろう。
眼を閉じ、体中は縛られてはいるものの、胸はゆっくりと上下している。命には別状はないようだ。
フィロメアが彼女の前に近づいたそのとき、
「やあ、遅かったな、フィロメア」
そのソファの後ろの暗がりから、男が現れた。
あれは・・・。
コンピュータ・データベースで見たことがある。ネメシスの男。名はシモン。
一瞬、フィロメアの足が止まる。
麻痺しかかっていた彼女の理性が状況をかろうじて感知すると、瞬時に跳躍し、次の瞬間にフィロメアはシモンの眼前に音もなく着地する。
そのままフィロメアのナイフがシモンの頚動脈に届こうかという瞬間に、男は、やさしく、だが強い調子で彼女に言葉をぶつける。
「・・・シルビア様の指示を忘れたか?」
びくっと、彼女は体を震わす。
・・・このフロアにいる人物の指示に従うこと・・・たとえそれが誰であっても。
それがシルビアの、主の命令であった。
そして、シルビアの指示は絶対だった。
・・・通常であれば、このレベルの矛盾――シモンを捕縛すべしという命令と、目の前の『シモン』と思しき男の意に従えという二つの相反する命令――に対しては、合理的な推測を行って矛盾を解決をするようにフィロメアは『フォーマット』されている。
だが、既にフィロメアは深い一種のトランス状態に堕ちており、その状態に没入してから与えられた『シルビア』からの指示は、常日頃のフィロメアのシルビアに対する忠誠と相まって、もはや疑い得ない絶対の指示であった。
男は落ち着き払って続ける。
「フィロメア。シルビア様はなんとおっしゃっていた?」
「・・・このフロアにいる人物の指示に・・・従うこと・・・それが・・・・・・たとえ、誰であったとしても・・・」
壊れたレコードのように復唱するフィロメアに、その男、シモンは微笑み、
「そうだ。フィロメア。私はシモン。ネメシスの男だ・・・だが、既にシルビア様に忠誠を誓っている」
それでもなお、硬い表情を崩さないフィロメアに、シモンはやれやれ、と肩をすくめて続ける。
「もともと今回の作戦は、ローズが虚偽報告したことがわかればいい、ということだったろう?私はネメシスの情報とローズがついてきた嘘の証拠をシルビア様に提供し、シルビア様は私の身の安全を保証した、というわけさ。お互いの利害が一致したわけだな」
「・・・・・・さっき・・・公園で・・・」
「ああ、さっきの公園での戦闘か?あれはカモフラージュだよ。少しは戦ったフリをしておかないといくら鈍いサファイアだって俺が裏切ろうとしていることを察知してしまうからな。こっちはおかげでお前に殺されそうになったがね。シルビア様が具体的に『誰に従え』とお前に指示しなかったのも、盗聴を恐れたからさ」
シモンは首をこきこきと鳴らしながら、眠ったままのサファイアの頬を撫で、低い声で囁く。
「ともあれ、無駄な闘いは避けて実利を得る、こんな素晴らしい策を授けてくれるとは、まったくシルビア様はすばらしいお方だよ。・・・わかったろう、フィロメア。私はもはやネメシスの配下ではない。シルビア様に忠誠を誓ったお前の同士として、今お前の前にいるんだ・・・」
ああ、そうなのか、それなら納得できる。
シルビア様がシモンの命令に従うよう、私に指示する理由も。いままでのちぐはぐな命令の理由も。
フィロメアの中で、わずかに残っていた疑念がすぅっと氷解していく。
それは彼女の中で彼に対する最後の防壁が消えた瞬間であった。
シモンはフィロメアの表情を注意深く観察しながら、言葉を継ぐ。
「・・・さて、私がシルビア様からいただいたものが二つある。・・・一つは、私の身の安全。そしてもう一つ・・・シルビア様からお前の身柄を預かるように仰せつかった」
シモンはもう一つのソファにどっかりと座り込み、フィロメアを正視して小さく笑う。
「・・・私の言葉はシルビア様の言葉も同然だ・・・。このことがどういう意味か、わかるだろう?・・・。これからは私がお前の主(あるじ)だ」
男の言葉はフィロメアの無防備な心に浸透していく。
疑わなくていい。従えばいい。
それは、フィロメアが物心ついたころから慣れ親しんできた思考スタイルであり、いつのまにか、気づかぬうちにその主が移り変わってからも、変わることはなかった。
彼女の白い手には、愛用のナイフが握られている。
この距離でそれを抜刀すれば、男の首は瞬時に斬れるはずであった。あるいは、瞬きをする内に手足の腱を全て切断することも。
だが、彼女には、もはやそのようなことは思考の範囲外であった。
フィロメアは、こくりとうなずいた。
■(22)■
先に『シルビア』がフィロメアに吸わせた布地には、シモンお得意の洗脳薬がふんだんに振りかけてあった。
その思考を麻痺させ、被暗示性を高める薬。
既に脳の芯まで染み込んだその薬と、普段からの彼女のシルビアに対する絶対の忠誠心が重なり合った結果、シモンの言葉はフィロメアにとって神の啓示に近いものがあった。
男は、フィロメアがうなずくのを見て満足げな笑みを浮かべると、膝を開き、
「ここに座ってごらん、フィロメア」
と指示する。
一瞬躊躇したが、ほんの一瞬であった。彼女は言われるままに、ふらふらとシモンに歩み寄ると、あたかも小鳥が木の幹に止まるかのように、その透けるように白い太腿でシモンの右の太腿を締め上げてまたがり、おずおずとシモンに顔を向ける。
白銀の髪が揺れ、その赤みがかった瞳はシモンをじっと見つめている。
相変わらず感情の見えにくいその表情の中に、わずかな怯えと、そしてほんわずかな好奇の入り交じったゆらぎがたゆっており、新たな主の指示を待っている。
シモンが頬に手を撫ぜ、そのまま首筋まで動かす。
びくっとフィロメアの身体がこわばる。
「大丈夫だ、フィロメア。身体の力を抜いてごらん、・・・そう息を吸って・・・吐いて・・・吸って・・・吐いて・・・」
フィロメアはシモンに言われるままに深呼吸を繰り返すと、彼女の身体から力が抜けていく。シモンはそっと彼女の腕に手を滑らせて軽く払うと、その右手に握られていたナイフが滑り落ち、硬い音を立てて床に落ちた。
「そう・・・いい子だね。フィロメア。フィロメアは・・・私が触れると・・・とっても気持ちよくなるよ・・・・・・大丈夫・・・怖くないよ・・・」
シモンはそういいながら、猫の首筋を撫でるようにやわやわと、彼女の首筋を手の甲でさする。もはやフィロメアは抵抗しない。シモンの手の動きにあわせて、彼女の小さな顔はくらくらと揺れる。
暗殺者としての鍛錬を受けてきた彼女にしてみれば、相手の首筋をナイフで削ぐことはあれ、自分の首筋を他者に触れさせたことがなどかつて一度もなかった。
それを今、たった数分前まで敵と認識していた男に、何の護りもなく白い喉を晒している。
にもかかわらず、シモンが手を動かすたびに、彼女の瞳は虚ろに滲み、その色は陶酔の度合いを深めていく。
シモンが彼女の滑らかな肌を伝うようにしてうなじを撫であげると、しっとりと潤んだ唇が喘ぐように小さく開き、湿っぽい吐息が漏れ出でてくる。無機質な人形のようだった端正な白い顔に少しだけ赤みがさし、上目遣いでシモンを見つめる瞳はくすみ、虚ろな昏さをたたえている。
ときおり腕がびくり、と動き、小さな手が宙をさまようような仕草を見せるものの、それ以上大きく動くことは無い。今まで経験したことのない感覚が身体を奔っているにもかかわらず、それを表現する術がなく、扱いあぐねているかのようであった。
フィロメアの様子を見てほくそえんだシモンは、次のステップに進む。
「フィロメア、この手を見てごらん」
シモンがフィロメアの顔の前に手を突きつける。虚ろな彼女の瞳が、その手を映し出す。
「この手は魔法の手だ。この手に触れられると、どんどん、その場所があったかくなる。暖かくて、気持ちよくなる。そう、いつまでも触ってもらいたい、体中を触ってもらいたくなる・・・」
「あ・・・んん・・・」
シモンがそういってゆっくりと首筋から服の上を伝って肩、二の腕となぞり、ついには彼女の手に触れると、さっきまでナイフを握り締めていた彼女の指は、シモンの指に絡みつき、ぎゅっと握ってくる。
「そう、手だけじゃない、私の身体に触れると、もっともっと身体が気持ちよくなる、ぽかぽかして、ずっとずっと触れていたくなる・・・」
「あ・・・あ・・・ん・・・」
シモンがそういうと、フィロメアはシモンの身体に、はじめはおずおずと、やがてぎゅっと抱きつくように密着した。いきおい、そのなめらかな白い太腿は、さらにシモンの太股をしっかり挟み込む。彼女のショーツはシモンの太腿に直接密着する形になり、その刹那、敏感な場所が反応したのか、彼女の身体がびくんと跳ねる。
「・・・んあ・・・んふ・・・」
シモンの手は大胆にも、彼女のスカートの裾から侵入し、直接彼女の太腿を撫で回し始めている。フィロメアはわずかに身を固くしたが、それ以上は抵抗せず、なされるがままになっている。
次第に彼女の頬は上気し、虚ろな瞳は潤み、口元からは熱い吐息が絶え間なく漏れる。シモンの身体を精一杯伸ばした両腕で抱きしめ、胸元から上目遣いで見上げるようにしている彼女は、捨てられることを極度に恐れている幼子のように見える。
「フィロメア・・・」
シモンは彼女の唇に唇を寄せる。一瞬後ろにのけぞろうとする彼女の頭をシモンは手で押さえ込み、強引に近い形で唇を奪う。
「んんん!・・・んふ・・・んん・・・んぁ・・・」
はじめは驚きで目を見開いていたが、すぐに暗示の発動で、快楽の虜になり、自分から唇を積極的に寄せるようになるフィロメア。
しばらく唇と唇をお互いに触れ合うような形で続いていたが、やがてシモンの舌がフィロメアの唇を割り、その舌を舐める形になる。フィロメアも、もはや躊躇せず、唇を開いてシモンの舌を受け入れ、自分からその舌をそっと絡める。
ちゅぷ・・・ちゅぷ・・・。
互いと互いの赤い肉色をした舌が蛇のように絡み合い、唾液が淫猥な音を立てて交換される。
シモンが唾液を注ぎ込むと、フィロメアは、こくん、こくん、とその唾液を飲み干していく。あたかも赤子がミルクを飲むようであり、飲み干してはシモンの舌に自分の舌を寄せて、もっともっととねだるかのような動きでもある。シモンが唾液を再び注ぎ込むと、その匂いに酔いしれるかのように目を細め、いやらしい音を立てて吸い付いている。
どれだけそうしていただろうか。さすがに息が切れてきた二人がゆっくりと唇を離すと、互いと互いの唇をつなぐように唾液の糸が伸びて、やがて自らの重みに耐えかねるようにして切れた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
潤んだ瞳でじっとシモンを見つめてくるフィロメアをシモンは壊れ物を扱うようにそっと抱きすくめると、その頭を撫ぜ、銀色の髪を何度もゆっくり梳きあげる。彼女はくすぐったそうに首をすくめると、そのまま、シモンの胸元に自分の身体を預けてしなだれかかり、シモンの身体に両腕を巻きつけ、ぎゅっと抱きしめてくる。
互いに体温を交換するためだけの時間がしばらく続いた後、いつしかフィロメアの手から力が抜ける。緊張の糸が切れたのだろうか。すぅすぅと寝息を立てて彼女は眠りに落ちていた。
シモンがなんとなしに彼女の髪の毛を撫でていると。
ちょい。
ちょいちょい。
ソファの後ろからシモンの襟が引っ張られている。
「・・・あー今取り込み中だから後にしてくれないかな」
シモンがしっしっと追い立てるように手を振ると、
ちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょいちょい。
さらに輪をかけて引っ張られる。
「なんだよ・・・」
シモンが面倒くさそうに振りかえると、そこにはブロンドの豊かな髪をした美形の女性が立っていた。
スーツ姿に膝上までのタイトスカート。一流企業の秘書、というよりは、むしろ投資銀行かコンサルティングファームのやり手のビジネスウーマン然としているのは、その剣呑な目つきと鋭角的なエッジのスーツの襟元が印象的だからだろうか。
シモンの知る限り、そんな容姿をした人物は一人しかいない。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、『ベリル』か。びっくりさせるなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・んあー」
それは、指を咥えて羨ましそうにフィロメアを見つめる『シルビア』の姿をしたベリルだった。
ベリルが幼児の姿になれることは、碧も既に知っていたことではあったが、彼女が知らされていなかったことがある。
彼女の『変身』は細胞分裂サイクル・アポートーシス・代謝を急激に行うことによって為される彼女の能力だから、幼児に限らず、さまざまな容姿――それこそネメシス人、ホモ・サピエンスに限らず温血脊椎動物なら概ね何でも――をとる事ができる、ということだ。
もちろん、被模写体の遺伝子情報やビジュアルイメージを準備する必要はあったが、その二つさえそろえてやれば、『変身』することが可能である。
シルビアの指示にフィロメアは盲目的に従う特徴があることを知ったシモンは、シルビアとフィロメアを分断した上で、シルビアにはサファイアをぶつけて時間を稼ぎつつ、ベリルをシルビアに『変身』させてフィロメアを油断させて洗脳することを考えた。幸い遺伝情報とビジュアルイメージはヴァルキリーの個人情報システムからローズを通じて容易に入手することができる。
が、大きな問題が一つ。
いくら見かけが一緒だといっても、幼児退行している以上、あまり複雑なことをベリルにさせることはできない。特に、まともにしゃべることなどできないことが大きなネックだった。
しゃべる言葉が「んあー」と「だー」では、いくらフィロメアがシルビアに盲目的だとはいっても限度を越えている。
と、いうわけで、シモンはもう一つ小細工をする。
シルビアがフィロメアの前に姿を現している間は彼女は一切しゃべらせないで、『紙』を使ってフィロメアに指示する。
そして『声』で指示を与える必要がある時は常に無線を通じて――『シルビア』の声帯を持つベリルを、シモンが耳元でささやく言葉をそのまま鸚鵡返しに繰返す『腹話術人形』と化した上で――行う。
サファイアがシルビアをジャミング場に置いた本当の理由は、シルビアからの無線交信を絶つためだった。このビルに来てからのシルビアの無線は全て偽シルビアからのものであり、フィロメアに抗洗脳薬と偽って洗脳薬をかがせたのもシルビアに変身したベリルだった。
無論、この場で捕縛されていた『サファイア』も、ベリル七変化の一環であった。
「・・・・・・・・んー・・・」
私にごほうびは?といわんばかりにふくれっ面をする『シルビア』に、
「ああ、わかってる。おまえには後でたくさん『ご褒美』をあげるから、今は我慢してくれ。見てのとおり、今は取り込み中なんだ」
「・・・・・・むー・・・・・・」
非常に不服そうではあったが、シモンが相手をしてくれないということがわかったのか、『シルビア』は首を一振りすると、たちまち彼女は黒猫に変身する。今まで何回もフィロメアを誘導してきた黒猫の姿だ。
ドアから出る前にシモンをちらと一瞥すると、ぷいと顔を背け、そのまま尻尾をたてて部屋を出て行き、床には『シルビア』が着ていた服だけが残された。
「ご機嫌を損ねてしまったか・・・」
今回の作戦の功労賞は彼女だから後でサービスしてやらないと。心の貸借対照表の負債欄に『ベリルに借り1』をシモンが書き込んでいると、腕の中のフィロメアが「んん・・・」と声を上げて動いた。どうやら目を覚ましたらしい。
目をこすりながらシモンを見上げるフィロメアにシモンは声をかける。
「おはよう」
「・・・・・・・・・・」
寝ぼけているのだろうか、どことなくぼんやりとした顔をしたフィロメアは、小声で、
「・・・ぱぱ?」
「へ?」
間抜けなシモンの声に、フィロメアは甘えるような上目遣いで、再び、
「ぱぱ?」
「いや、パパじゃないぞ。そんな年じゃないし。第一子供を間違って作ってしまうなんてそんなヘマをした覚えは・・・」
真面目に反駁するシモンだったが、フィロメアはそのシモンの言葉に悲しそうに顔をゆがめると、消え入りそうな声でもう一度、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぱぱ・・・?」
「・・・ん・・・あ・・・まあ・・・いいぞ、今くらいは別にパパと呼びたいならそれで・・・」
シモンが半ば投げやりに答えると、フィロメアは小さく微笑むと、
「ぱぱ、すき・・・」
と出し抜けにシモンに頬を摺り寄せて、ぎゅっと抱きつく。
「ちょ、ちょ、ちょ、うわああ!」
あまりの勢いに、可動式のソファの背もたれが軋んだ音を立てて倒れ、シモンはフィロメアを抱きかかえるようにして押し倒される形になる。
「いだ・・・、いきなり抱きつくなよ・・・」
「ぱぱ・・・」
シモンの叱責の声もどこへやら、といった風情のフィロメアはシモンにのしかかるようにして抱きついたままだ。
息のかかるような位置に、フィロメアの白い顔がある。
フィロメアは、さっきまでの笑顔をふっと掻き消して――その表情はどこか幼さを帯びたままだが――真顔になる。
「・・・ぱぱ。むかしやくそくしてくれたよね。ふぃろめあがいいこでいたら、おおきくなったら、むかえにきてくれるって・・・」
「え・・・その・・・あの・・・」
正直、そんな憶えはありません、と喉元まででかかった言葉を、シモンはぐいと飲み込んだ。
普段、愛情を与えられていなかったせいだろうか。シモンに抱擁され、愛撫され、キスをされたことで、かつて一切の見返り無く抱擁されていた時代・・・おそらくは相当幼少の時期だろう・・・まで記憶が退行し、その時に・・・・・おそらくは父親との別離の時に交わした記憶が呼び起こされているのかもしれない。
もう一度関係を構築しなおすために、シモンは訂正を試みる。
「・・・・・・フィロメア。俺はお前のパパじゃない。ご主人様だ」
その言葉に、フィロメアは不安げな表情を浮かべ、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うそ」
あっさり否定されて愕然とするシモン。
「いや、うそといわれても・・・・・・その、えと、まぁうそといえなくもなくもなくも・・・・・・むにゃむにゃ・・・」
じぃっと透き通るような瞳で見つめらると、思わず小声で本音がポロリと出てしまうあたりが下っ端暮らしの長い男の悲しさである。
「と、ともかく、最初に言ったろう?俺がこれからご主人様だって・・・」
洗脳がとけたのかと慌てて洗脳薬を含ませた布地の入ったポケットをまさぐりかけるシモンだったが、フィロメアはシモンの服をさらにぎゅっと抱きしめ、
「・・・・・・・・だって、ごしゅじんさまがこんなにやさしくしてくれるはずないもの・・・。こんなやさしいごしゅじんさま・・・いるはずないもの・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・こんなあったかいの・・・・・・・・・・・うそだもの・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・ふぃろめあ・・・いいこでいたよ・・・・・・もう、おおきくなったよ・・・・・でも・・・・・・ぱぱ・・・きてくれないの・・・・・・・」
「・・・・・・・今までのご主人様は、こういうことをしてくれなかったか」
フィロメアはこくん、とうなずく。
強力な向精神薬で根こそぎ人格をそぎ落とし、『白紙』の状態から条件付けを繰り返して洗脳するのが彼女のやり方だ、と、ローズから聞いたことをシモンは思い出した。
こわばるフィロメアの背中に手を回し、あやすようにさすりながら、なるべくやわらかい口調でシモンは、
「フィロメア、こっちを見るんだ」
シモンの上にのしかかる形のフィロメアが、シモンの目を不安そうに見つめる。
「俺は前のご主人様とは少し趣味が違うんだ。世の中にはいろいろなご主人様がいるんだぞ。・・・多分」
そんなにご主人様がいたら大変な世の中になってしまうだろうが、そういうことはさておいて彼は話を続ける。
「だから、もしフィロメアがいい子にしているんだったら、そうだな、俺はフィロメアのご主人様だが・・・フィロメアのパパにもなってやろう」
「・・・え・・・」
フィロメアはシモンをじっと見つめていたが、
「・・・・・・ぎゅっとしてくれるの?」
「ああ」
「・・・・・たくさん?」
「ああ」
「・・・・・・・ずっと・・・?」
「・・・ああ。ただし、ずっと『俺にとって』のいい子だったら、な。約束できるか?」
その言葉にフィロメアは花のような笑顔をほころばせ、
「・・・うん。フィロメア・・・いい子になる・・・・・・ぱぱぁ・・・」
フィロメアはそのまま、自分からシモンに唇を首筋に寄せる。
さっきの貪るようなキスとは違う。シモンの首筋に押し当てられたその柔らかな唇は、顎、頬と上っていき、やがてシモンの唇にそっと触れる。
それはずっと昔になされた大事な約束を、もう一度取り戻すかのような仕草だった。
そんなフィロメアの無垢なキスを受けつつ、シモンはそっと彼女の身体をまさぐってみる。
レースをベースにした彼女の服は、彼女の白い肢体を包み隠してはいるが、その布地ごしに感じられる彼女の体躯は、華奢でしなやかでありながらも、少女から女性へ羽化しつつある丸みを感じさせるものだった。
特にその胸は、その細くしなやかな身体にしては充実したふくらみを帯びており、手にすっぽり入るサイズのやわらかな感触が、シモンの胸板に押し付けられてくる。
シモンとのキスに夢中になっている彼女の喉奥から、「んん・・・」というくぐもった声が聞こえてくる。無意識だろうが、彼女の腰がシモンの膨れ上がった肉棒に布地越しに押し当てられて小刻みに動いている。今まで開発されていない性感がキスと愛撫を通じて開花しつつあるのだろう。
しかし、厚ぼったい服を通してでは、その刺激もうまく伝わらず、いかにももどかしげだ。そもそも、どこを触れれば気持ちよくなるのかが、よくわかっていない。ただ無意識に、シモンの太腿を絞るように自分の股間を擦り付け、膨らみつつある胸をシモンに押し付けている。
さて、どうしたものか。シモンは少し考える。
もはや彼女は自分の掌中に堕ちたも同然だったが、シルビアからあれほど入念に洗脳されていた以上、いつどんな状況で『フラッシュバック』を起こして、再び彼女の支配下に堕ちるかわからない。一度洗脳されたニンゲンが再び同じ相手の支配環境に置かれると容易に支配されてしまうことは、ルピアやローズの例を見ても明白だった。
多少引け目はあったが、背に腹は替えられない。シモンは決定的な「刷り込み」を行うことにした。
「フィロメア、私の目を見るんだ」
フィロメアはぼうっとシモンの目を見つめる。
「そう、もっとじぃっと見る・・・じぃっと見つめる・・・そう・・・自分の顔が映ってるだろう?そこをもっとじぃっと見つめる・・・そう・・・もう何も判らない・・・何も考えられない・・・ただ私の声だけがどんどん心に染み込んでくる・・・」
シモンの低い声がフィロメアの耳からすっと染み込んでいくにつれて、彼女の瞳が焦点を失い、ただ、シモンの瞳を映し出すガラス玉のようになっていく。
「・・・さあ・・・これからフィロメア・・・お前はパパに触られたり、パパの言葉のとおりに動くと・・・・・・すごく心も身体もあったかくなる・・・ぽかぽかしてくる・・・そして心も身体もあったかくなると・・・どんどん気持ちがよくなる・・・気持ちがよくなると・・・もっともっとパパに触ってほしくなって・・・パパの・・・ご主人様の言うことに従いたくなる・・・・・・ご主人様に気持ちよくなってほしくなる・・・・・・身も心も・・・ご主人様のものになる・・・」
パパとご主人様を意図的に入れ混ぜたシモンの台詞が、フィロメアの心に染み込んでいく。シモンはフィロメアの頬を撫でると、彼女はそれだけで陶然とした表情を浮かべる。
「じゃあこれから3つ数えると、目を覚ますよ・・・目が覚めると、さっき言ったとおりになるよ・・・いち、にの・・・さん!」
パンとシモンが手を叩くと、フィロメアの瞳に光が戻る。が、シモンを見つめた瞬間に、その瞳はどこか熱にうかされたように、みるみるうちに潤んでいく。
シモンが少し太股を動かすと、とたんに彼女は「ひぅ・・・」と小さな声を上げる。
「・・・・・・・どうした、フィロメア。痒いのか?そんなに身体を擦り付けて」
シモンは素知らぬ顔でフィロメアにたずねる。
「あ・・・んあ・・・パパ・・・へん・・・・・・へんなの・・・・・・むずむずする・・・」
「どこが?見せてごらん?」
「・・・・・・」
わずかに残っている羞恥心が、フィロメアをためらわせる。
「あれ?フィロメアはパパの言うことを聞けない悪い子なのかな?」
意地悪い口調でシモンが言うと、フィロメアはぶんぶんと首を振って、
「ち、ちがう・・・ふぃろめあ、わるいこじゃない・・・」
「じゃあ、いうこときけるよね?」
フィロメアは顔を朱色に染めて、こくんとうなずくと、
「・・・あ・・・ここ・・・」
フィロメアはスカートを自分からめくりあげる。ワンピースでつながっている黒いレース地の服が引き上げられると、白く輝く太腿とレース地の白いショーツ、そしてくびれた腰が現れた。
太腿の白さとは対照的に、ショーツは部分的に薄黒く変色している。愛液が溢れ出しているのだろう。ぬらぬらとした液体が白いきめ細かい肌を伝って垂れ落ち、膝上まであるソックスをも湿らせている。
シモンがショーツの上からフィロメアの花芯に触れると、
「ひゃぅ!!」
とフィロメアは叫んで、そのままへなへなとシモンにもたれかかる。
「・・・おやおや、気持ちよくなってしまったか。・・・こんなにエッチな娘だとは知らなかったぞ」
「・・・・・・ふぃろめあ・・・えっち・・・なの?」
「ああ、はじめてなのにこんなに感度がいいんだからな」
「・・・ん・・・ふぃろめあ・・・えっちなんだ・・・んふぁ・・・」
ぼうっと繰り返すフィロメアの唇に、シモンは指を入れると、フィロメアは美味しそうにその指を舐め回す。
「そう、フィロメア・・・胸もパパに見せてごらん?」
「・・・・・・はい・・・」
フィロメアがシモンに言われるがままに、息を荒くしながら胸元を飾るリボンと飾り紐を緩めると、彼女の服の胸元が開き、白いレース地のブラに包まれたマシュマロのような乳房が現れる。
「・・・意外に着痩せするタイプなんだな」
「・・・きやせ?」
シモンがブラをずり下げると、ふるん、と白い乳房がまろびでる。そのピンク色の乳首をシモンはぺろっと舐め、もう片方の乳首をコリコリと指で摘む。
「ふわぁ・・・パパ・・・パパ・・・変だよ・・・あかちゃんみたいなことしないでぇ・・・」
「・・・美味しいよ、フィロメアのここ・・・」
「んあ・・・おいしい・・・の・・・?・・・パパ・・・フィロメアの・・・・・・おむね・・・好きなの?・・・」
「ああ、やわらかくてすごくきれいだ」
シモンはその触感を味わうように再び乳首を唇で咥える。
フィロメアはそんなシモンの頭を胸に押し当てるように抱きかかえ、
「・・・・・・いいよ・・・フィロメアはパパのものだから・・・フィロメアのおっぱいも・・・パパのだもん・・・パパに全部あげる・・・んあ・・・・・・ああ・・・」
シモンは甘噛みしながら、フィロメアの乳房を強く、そして弱く、揉みしだく。フィロメアはシモンの指の動きと口の動きにあわせて、身体をひくつかせている。できるだけ声を殺そうと我慢するフィロメアだったが、シモンの舌が彼女の薄紅色をした乳輪をにそって動き、その頂点をつつく度に、彼女の身体を快楽の波動が走り、堪えきれず小さな甘い声をあげてしまう。
やがてシモンは胸から顔を上げて、フィロメアの唇に再びキスをする。フィロメアは、とろんとした表情でそのキスを受け入れ、舌を絡めてくる。蜜のように彼女の唾液があふれ出し、口元からあふれ出してつつっと垂れ落ちる。
シモンはフィロメアの唇と舌肉の感触を一通り味わうと、彼女の口を解放し、虚ろな表情の彼女の耳元で囁く。
「・・・フィロメア。美味しいか?」
「・・・うん・・・おいしい・・・」
「そうだよな、フィロメアはパパの身体から出るものはなんでも大好きなんだよな」
「・・・うん・・・ぱぱの・・・すき・・・」
虚ろな表情で従順に返事をするフィロメアに、シモンは指を唾液で湿らしてその口元に持っていくと、雛鳥がえさをついばむように、くちゅ・・・とその指を咥える。
シモンは靴と靴下を脱ぎ、足をソファーの上に投げ出すと、自らの唾液で湿らせた指を右足の指になすりつけた。
それを見ていたフィロメアは、ごくっと唾を飲み込みと、何も言われずとも、自然にシモンの足元にひざまずく。シモンの右足を大事なもの抱えるようにうやうやしく捧げ持つと、指を一本一本その小さな口に含んでは、舌先で転がしている。その間も、フィロメアの腰は絶え間なくくねるように動いている。舐めながら、感じてしまっているのだ。おそらく彼女のショーツは洪水状態になっているだろう。
さらに、シモンは胡坐をかいた状態になりながらズボンとトランクスを一気にずり下げる。自然と、赤黒い怒張が屹立して、四つんばいに足指を舐めているフィロメアの目の前に現れる。
「あ・・・」
不思議なものを見つめるようにしばし動きを止めているフィロメアだったが、シモンが唾液をその肉棒に塗りつけると、フィロメアの目の色が変わった。熱い吐息を漏らしながら唾液とカウパーで濡れた亀頭に舌を寄せ、まるで蜂蜜漬けのお菓子を舐めるような熱心さで、赤黒い怒張に自らの唾液を塗りたくっていく。
ちゅ・・・ちゅぷ・・・じゅぷ・・・じゅぷ・・・じゅぷ・・・。
「そう、そのまま口にいれて、キャンディを舐めるみたいに舐めてごらん。歯はぶつけないように」
「・・・はい・・・あむ・・・ん・・・ちゅぷ・・・」
言われるままにフィロメアはその小さな口に白いカウパーと自分自身の唾液でてらてらと濡れた亀頭を咥えこんだ。自然と彼女の舌先が鈴口に触れ、わずかな苦味が彼女の口内に広がる。キャンディといわれたイメージがあるのだろう、親からドロップを与えられた子供のように、大事そうに亀頭を舌で転がし、竿を舌全体で味わうように舐める。
「・・・んん・・・んふ・・・ふ・・・ちゅぶ・・・じゅぷ・・・」
熱心に舌を動かすフィロメアの後頭部を抱きかかえるようにして、シモンはゆっくりと腰を動かしていく。フィロメアはその動きに応えるかのように、くぐもった声をあげながら懸命に顔を動かし、腔内全体でシモンの肉棒を締め付けてくる。
彼女の小さな白い手が、一方で竿を軽く握り、もう一方でやわやわと陰嚢の裏筋を撫ぜる。顔を前後させるたびに銀色の髪と赤いリボンが揺れる。薄紅色の唇をすぼめて懸命に奉仕するその姿には、ついさっきまで無表情でシモンにナイフを突きつけていた自動機械としての面影は微塵もない。いまや、ただシモンに口舌奉仕をするための愛玩人形と化している。
無論、その技巧はまだ拙い。だが、黒いレース地を幾重にも重ねた人形のような服の胸元をしどけなく開き、ふるふると揺れる白い乳房をむき出しにしながら、幼い顔立ちの中に恍惚の表情を浮かべてシモンのカウパーを啜る彼女の姿は、倒錯的な淫靡さを醸し出しており、シモンの怒張をよりいっそう硬く屹立させるのに十分であった。
もはやシモンの方が限界に達そうとしていた。
「フィロメア・・・少し苦しいだろうが、がんばって耐えろよ」
「ん・・・んんん・・・!」
じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅ、じゅ、じゅ、じゅ・・・。
ピストン運動が激しくなり、溶鉱炉さながらにどろどろに煮えたぎったフィロメアの口内はシモンの肉棒の蹂躙されるがままになる。ひたすらその舌でシモンの剛直をさすり、頬をすぼめてその柔らかな頬肉で圧迫し、脈打つ茎を唇で締め付け、喉奥で亀頭を刺激する。
「・・・・・・・・・・・・・出るぞ!」
「じゅぷ、じゅ・・・んあ・・・ああああ・・・!!!」
どく・・・どくどく・・・・どくどくどく・・・・・・。
白い大量の精がフィロメアの喉奥に迸り、腔内に溢れんばかりになる。
んく・・・んく・・・ごく・・・ごく・・・。
フィロメアはそのむせ返るような濃厚な液を喉を鳴らして飲み干していく。
「あ・・・・・・あむ・・・・・・パパの・・・・・・」
唇の脇からつつっと垂れ落ちる精液を、フィロメアは指で掬って舐めとった。
最後の仕上げとばかりに、シモンは彼女の白いニーソックスに包まれたふくらはぎをつかむと、彼女を仰向けに押し倒す。
「んあ・・・ああ・・・」
M字に開かれた彼女の形のよい脚と脚との間には、もはや濡れに濡れて用を為していないほどにぐしょぐしょになったショーツが、申し訳程度に彼女の秘部を覆っている。
ショーツをずらしてシモンはフィロメアの膣口に指を少しだけ突き挿す。
「ひゃうう!!」
それだけで、びくん、とフィロメアの背中が反応する。
「・・・フィロメア、さっきおくちにいれたパパの棒があるだろう?あれがここにはいると、すごく暖かくて気持ちよくなるんだ」
「・・・え・・・」
フィロメアが熱っぽい視線をシモンの肉棒に向ける。既にフィロメアの痴態に反応して、硬さを取り戻しつつある。
「それに、この棒からさっき白い液がどくどくでてきたのを覚えているだろう?あれがフィロメアのここから身体の中に入るとね、フィロメアはとってもとっても気持ちよくなってね・・・フィロメアは永遠にパパの・・・ご主人様のものになるんだ」
「えいえんに・・・・・・」
その言葉にフィロメアはぞくっと身体を震わせる。
「・・・フィロメアはパパのものになりたいか?」
シモンがフィロメアの花弁にショーツ越しに触れると、びくん、とフィロメアの背中が反応する。
「んああ・・・!」
「・・・それじゃわからないぞ?」
「・・・して・・・して・・・」
「何をしてほしいんだ?」
「・・・ふ、ふぃろめあの・・・あそこに・・・あれ・・・を・・・」
「あそことあれじゃわからないぞ?」
「・・・・・・・・・え・・・あ・・・でも・・・ふぃろめあ・・・わかんないよぅ・・・なまえ・・・しらない・・・」
フィロメアはいまにも泣き出しそうな顔をする。
「・・・ああ、判った判った、泣くなってば・・・。ここは『おま○こ』、で、俺のこの棒は『おち○ちん』だ。ほら・・・言ってごらん?」
「えぅ・・・ぐず・・・」
フィロメアはしゃくりあげながら、
「・・・ふぃろめあの・・・ぐす・・・おま○こに・・・パパの・・・おち○ちんを・・・・・・いれてください・・・」
「わかった。じゃあ少し痛いけど、すぐに気持ちよくなるから、ちょっとだけ我慢するんだ・・・」
シモンはそういうとフィロメアのショーツをずらして、赤黒い怒張を彼女の密壷に挿入する。
「あ、ああああ!」
今まで誰も受け入れたことのない――それこそ自慰のために指を入れたことすらない――秘所が、シモンの欲望の塊の侵入を受けている。今までの愛撫でしとどに濡れていたせいか、弾力のある抵抗はうけつつも、シモンの肉棒はそれほどの困難もなく、ゆっくりと彼女の中に入っていく。
だが途中、強めの抵抗があった。彼女の操の象徴である。
「・・・フィロメア・・・いくぞ・・・」
シモンが腰をつき押すと、フィロメアの膜がやぶれ、シモンの肉棒と花弁との接合点から愛液と交じり合った朱が滲み出てくる。
「う・・・あ・・・あ・・・ああ・・・」
フィロメアはうっすらと涙をにじませて、シモンの腕に爪を立てる。
「・・・大丈夫。ゆっくり息を吸って・・・吐いて・・・吸って・・・吐いて・・・」
シモンはフィロメアを撫でながら、耳元で囁きかけると、彼女の表情が次第に穏やかになるとともに、彼女の声に甘いものが混じり始める、
「ん・・・あ・・・あふ・・・」
膣肉がシモンの肉棒を圧迫し、彼女の腰が小刻みに震え始める。
「あ・・・へん・・・おなかが・・・ずん・・・って・・・なにか・・・じんじんして・・・へん・・・へんなの・・・」
自分で言っている言葉にさらに興奮したのか、フィロメアはシモンの胴体をぎゅっと脚でかにバサミするように挟み込んで、自分の腰をシモンに押し当ててくる。
「あ・・・パパ・・・おねがい・・・うごいて・・・ふぃろめあを・・・ふぃろめあをぱぱのものにして・・・ふぃろめあ・・・いたくないから・・・いたくないから・・・」
いやいやするように首を振って哀願するフィロメアに、シモンはゆっくりと腰を動かすことで応える。
「あ・・・あ・・・んん・・・あぁ・・・・・・んあ・・・」
ぬめぬめとしたフィロメアの襞が、シモンの陰茎を圧迫し、逃さないよううねる。あたかもそれは別の生き物がフィロメアの肉壷の中に棲みついて、入ったものを捕らえて離さないかのようである。その獰猛な生き物に餌を与えてあやすかのように、シモンは腰をひねり、突き上げ、捏ね上げ、引いては、また突き上げる。
シモンの腰の動きにあわせて、フィロメアの身体も動き、喘ぎ声が激しくなっていく。膨らみかけの乳房が、シモンが腰をうちつけるたびにふるふると揺れる。白い肌に玉のような汗が浮かび上がる。黒いレース地の服は相変わらずフィロメアの身体の部分部分を隠してはいるが、肝心の乳房や秘所は既に外気にさらされ、その白い肌がピンク色に染まっている。
「んあ・・・あふぅ・・・す・・・いや・・・いい・・・んんああ・・・」
フィロメアの喘ぎにシモンの動きが激しさを増し、シモンの動きの激しさにフィロメアの喘ぎが増す。シモンの両手はフィロメアの乳房を揉み、乳首をひねり、雌蕊をつまみ上げ、そのたびにフィロメアはシモンにかみつかんばかりの激しいキスを浴びせ、抱きしめ、腰をくねらせる。
やげて、シモンもフィロメアも限界に近づいていく。
「・・・フィロメア・・・いくぞ・・・受け取れ・・・染めてやる・・・」
「あ・・・あ・・・あ・・・・・・んん・・・ぱ・・・ぱぱ・・・き・・・きもちい・・・いいよ・・・すごい・・・へん・・・へんになっちゃう・・・ふぃろめあのおなか・・・あつい・・・じゅくじゅくして・・・・・・しろく・・・しろくなっちゃう・・・・・・・んああ・・・・・・あああああああああ!!!」
どくどく・・・・どくどくどく・・・どく・・・どくどく・・・どく・・・。
「・・・あ・・・・・・ぱぱのがたくさん・・・おなかのなか・・・いっぱい・・・」
胎内をシモンの精に白く染め上げられたフィロメアは、うわ言のようにそう言うと、彼女の意識もそこでふつり、と切れた。
■(23)■
「やれやれ、精も根も尽き果てた・・・」
フィロメアにいくつか暗示と埋め込んだ後、今までの『コト』を忘却させ、身支度を整えて帰らせたシモンは、ひとまず家に帰ることにした。
サファイアはうまく『使命』を果たし、逃げたとの連絡が入った。これでまったく問題はない。
ベリルも探知機を見る限り、そこらへんをふらふらしてはいるが、まあほうっておいていいだろう。今日の埋め合わせはまた今度してやればいい。さすがに今日はもう腰が立ちそうになかった。
・・・と、シモンがぼんやり考えながら歩く隠れ家への道すがら、バタバタとシモンに向かってくる足音。
シモンは思わず身構えたが、その足音の主は見知った顔であった。
「シモン様!」
「なんだルピアか・・・驚かすなよ・・・」
外灯に照らされているのは碧だった。学校の制服を着たままだった。なんとか追いついた、という風情で、はぁはぁ息を切らしている。
「どうしたんだ。まだそんな格好で」
「どうしたんだ、じゃないですよ!いつもの場所に電話しても連絡がないから・・・ひょっとして、つかまったんじゃないかって・・・」
と、碧はいささか顔をしかめて、シモンの身体をくんくんと嗅ぎだす。
「お、おい、何やってるんだ?」
「・・・・・・・・・いい匂いがする・・・シャンプー?・・・」
シモンは努めて冷静さを装うとするが、微妙に失敗する。
「そ、そりゃ、俺だってシャンプーくらいするわさ。それともなにか?シャンプーしない不潔な男がいいっていうのか?」
「・・・でも・・・シモン様、いつも夜しかお風呂に入らないじゃないですか・・・」
「た、たまには夕方から風呂にはいることもあるさぁ」
「・・・でもいつもと匂いが違う・・・」
「それは・・・せ、せ、・・・そう、いつもと違う戦闘に行ってきたんだ!!」
「・・・・・・『銭湯』、じゃないんですか」
「・・・・・・・・・そう?・・・いや、そんなことより、そもそも宇宙人のアクセントに一々駄目だしするんじゃない!」
「・・・・・・・・・・・・」
「う、うそじゃないぞ!」
確かに『戦闘』に行ってきたのは嘘ではなかったが、しらーっと睨む碧の目は、『いつもと違う銭湯とかいって、どうせ石鹸の国にでも言ってきたんでしょ』といわんばかりである。
しばしシモンをじと目で睨んでいた彼女であったが、やがてあきらめたように、
「・・・ま、いいです。いちいち問い詰めてたらきりがありませから」
「そりゃどうも・・・まあいいや、ともかく、帰ろう・・・湯あたりして疲れた・・・」
シモンが再び歩を進めようとするや否や、
「・・・シモン様?あ、あそこに・・・」
「ん、なんだ?」
シモンが碧の指差す方向に顔を向けた瞬間、
ばちん!
「うがあああ!!!」
シモンの首筋から身体を突き抜けるように電撃が走り、そのままシモンは地面に崩れ落ちる。
「・・・・・・」
碧の手には黒光りする小さな髭剃りのような機械が握られており、火花がちかちかと明滅している。
そのまま彼女はシモンの首筋に触れ脈を診ていたが、やがてバックから携帯電話を取り出して、メモリに記録された番号にコールをする。
数コール後に、相手が出た。
「・・・こちらシルビア」
「・・・シルビア様・・・碧です・・・」
「・・・首尾は?」
「はい・・・今、スタンガンで彼を気絶させました」
「・・・そう、素晴らしいわね。じゃあ彼を私達のお城にご招待して」
「・・・承知しました・・・シルビア様・・・」
虚ろな目をした碧は、気絶したシモンの身体を物陰に引きずり込んでいった・・・。
続く
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