エピローグ〜ローズ 3


 
■(7)■






 その昔、伝説の時代、北欧の大神に仕えたといわれる戦乙女、ヴァルキリー。

 凶星ネメシスに打ち克つために、人類が密かに選び、鍛えぬいてきた彼女達につけられたそのコードネームは、圧倒的な力をふるい陵虐の限りを尽くす未知の存在に報いようとする人類共通の願いを表したものでもあった。
 そのヴァルキリーを統べる総司令の座は、能力も、見識も、血筋も・・・そして美しさも、あらゆるものを完璧に具備した存在でなくてはならない。

 そうシルビアは固く信じている。

 3年前、ネメシスがチキュウを侵略を開始し、その超科学を駆使した攻撃・防御に対し通常の兵器がほとんど無力であることから、特殊な素質――それを『魔法』と呼ぶのか、『精神感応』と呼ぶのかは分類好きの学者に任せておくとして――を持つ人間が密かに集められた。そうした素質を持つ者が全て女性であったことには、何か生物学的な理由があるのだろうが、いまだに判然としていない。
 ともあれ、その選りすぐりの彼女たちの中でも、シルビアの能力は群を抜いていた。身体能力、『魔法』の力、判断力・・・。彼女の気質や言動に眉をひそめる者は大勢いたが、その実力を認められた彼女は次から次へと危険な戦場に投入され、その都度、赫燿たる戦果を挙げてきた。
 すべてのヴァルキリーたちを率いるリーダーを定めるにあたり、シルビアがその座を占めることに、彼女の同僚も上官も、それが積極的であれ消極的かはともかく反対するものはおらず、そしてシルビア自身も、その『事実』を当然のものとして受け止めていた。



 ローズがヴァルキリー司令候補として選抜されるまでは。



 最初は、軽く見ていた。
 確かに彼女は着々と勝利を収めていたが、その戦いぶりはシルビアのように華麗でもなければ、きらびやかでもなく、ただ堅実であり、シルビアの地位になんら脅威を与えるものではない・・・それがシルビアの認識だった。
 しかし、その勝利が積み重なるにつれ、彼女の能力も飛躍的に上昇していった。なにより、仲間のことを考慮する姿勢において、ローズはシルビアとは極めて対照的であった。彼女は、ミスにより危地に陥った味方を自ら危地に踏み入って救い出し、絶望的な撤退戦を最小限の犠牲で切り抜けることもしばしばであった。

 
 愚かしい、とシルビアは思う。戦場でミスは死を意味する。そんなミスを犯した者を救って何になろうか。かえってより優秀な兵力を損じるリスクを抱え込むだけだ、と。
 
 無論、ローズも場合によっては非情な判断を下すことがあったが、シルビアに至っては非情というよりはむしろ無考慮であったため、その差異は際立っていった。

 気がついたときは、彼女が為した戦果はシルビアに匹敵し、いわんや人望においては、シルビアを圧倒的に上回る存在となりつつあった。
 ローズがネメシスの首魁、ベリルを打ち破った、という情報は、今までシルビアに遠慮していた人々に、ローズをリーダーに選ぶ丁度いい口実を与えることになった。





 シルビアのプライドを微塵に砕いた女。ローズ。
 ・・・その彼女が、今、自分の支配下に堕ちている。

 完全に自らの言うがままの人形と化したローズを前に、シルビアは身体の奥底に走る疼きに似た興奮をおさえるのに苦労しなくてはならなかった。



 ローズの上質の絹で紡がれたように滑らかな頬に指を滑らせながら、シルビアは彼女に問いかける。
「さて、ローズ。答えてもらうわ。貴方は部下であるルピアを助けに、カーネリアとともにシモンの待つところに向かった・・・間違いないわね?」
「・・・はい」
「・・・その時の様子を説明しなさい」
「・・・・・・はい」

 ローズは薄く瞼を開き、何かを思い出そうとするように視線を宙に彷徨わせながら、言われるままに言葉をつむぎ始める。

「・・・私がカーネリアと一緒に・・・シモンが呼び出した倉庫に潜入すると・・・倉庫内の広い場所に・・・花がたくさんあって・・・・・・・・・」
「・・・花?どんな花?」
「・・・ラベンダー・・・たくさん・・・」

 その時の匂いを思い出すかのように、ローズはうっとりとしている。

「・・・そう・・・じゃあもっと思い出すのよ・・・たくさんのラベンダーがある倉庫に行って・・・それで?」
「・・・その倉庫の隅にルピアが気絶して・・・縛られていたので・・・助けました・・・」

 ローズのその言葉に、シルビアは眉を動かす。

「待って。そこにはシモンはいなかったの?」
「・・・いませんでした。・・・ルピアだけ・・・いました・・・」
「・・・・・・まあいいわ。それで?」
「・・・人と人の言い争いの声が・・・倉庫の2階からしていました・・・。私とカーネリアは連れ立って2階に向かうと・・・その一室で・・・シモンとベリルが言い争いをしていました・・・」
「・・・どんな内容?」
「・・・あまりよくは聞こえませんでしたが・・・ルピアの処遇についてのようでした・・・」
「・・・・・・・それから?」
「・・・逃げる予定でしたが、反撃の好機と踏んだので・・・ルピアを保護し、彼女が逃げた痕跡をわざと残して・・・潜伏して機会をうかがいました・・・」

 その後のローズの説明は簡潔だった。自分たちが逃げたと思ったネメシスの連中は、ローズたちが自分たちのアジトに潜んでいるとはつゆほども思わず、ローズたちはまんまと丸2日ほど潜伏を続け、その次の日の夜、ネメシス側に隙に一気に総攻撃を行い、ベリルを打ち倒した、というものだ。

 シルビアの白い顔に赤味が差す。
 
「そんなはずないわ!じゃあ何で事態を連絡を本部にしなかったの!」
 激昂するシルビアに、催眠状態のローズはあくまで淡々と答える。
「・・・通信はすべて探知される状況でした」

 シルビアは無意識のうちに指を噛む。

「リスキーすぎる判断だわ。その事実だけでも査問に問われてもしかたないわよ。分かってるのかしら」

 カチン。固い金属音が部屋に鳴り響く。ヒルダがサーベルの鍔を鳴らしたのだ。

「シルビア。その件についてはとっくにローズは報告している。その件で譴責を受けた上で、なおネメシスを打ち破りこの長い戦いを終わらせた功績を認められ、彼女は私達の上に立っているんだ。忘れたのか」

「・・・・・・忘れてない」
 シルビアは低い声で応えた後、フィロメアをちらっと見る。それだけで主人の意を酌んだフィロメアは、再びアンプルから液体を吸入した注射器をシルビアに手渡す。

「・・・・・・まだ抵抗できるのね。さすがは私達の総司令殿、というべきかしら・・・」
「おい、シルビア!それ以上は・・・」
「・・・大丈夫。少なくともあと1本までは、ね」
 シルビアは、薄く笑ったまま、虚ろな表情のままのローズの静脈に、再び注射器を刺した。






 シルビアには、ある確信があった。

 ヴァルキリーの反攻を受けて、ネメシスは既に各方面で敗走を続け、既に主だった敵は命を落とし、あるいは再起不能となっていた。当時、まともな戦闘能力を有していると思われていたのは、総統・ベリル、将軍・サファイア程度。ほかにろくな戦力といえるものはいない・・・それがシルビアが掴んでいた情報だった。

 だがベリルとサファイアの実力が強大であることは良く知られていた。ローズの実力を以ってしても、そしてルピアとカーネリアの援護があったとしても、単独で戦いを挑める相手ではない。あくまでネメシスの残党を封じ込めるというシルビアの画策によりローズは派遣されたに過ぎない。無論、ローズが無謀な勝負をして無残な敗北をしてくれればそれはよし、運良くローズがある程度ネメシスの戦闘能力を削ぎ落としてくれれば、最後にはシルビア指揮の下、ヴァルキリーの総力を結集して片をつける手はずだったのだ。

 そんな不利な状況の中、ローズは、敢えて単独でベリル・サファイアと相対するという無謀を犯し、あまつさえ倒してしまったのだ。
 

 その『無謀』『無理』がなぜ起こったのか。

 
 功を焦ったローズが幸運にも奇貨をものにしたのか?
 否。彼女はそういった考えとは縁遠い。
 チャンスがあったから本部と連絡も取らずに挑戦したのか?
 彼女が従前に計画を練るタイプの人間であることは良く知っている。ましてや本部に報告もせずそんな計画を実行するはずが無い。
 
 そう、何もかも彼女らしくないのだ。
 ローズをこの世で一番疎み、妬み、それゆえにローズの人となりを誰よりも熟知しているシルビアだからこそ、その不自然さは到底首肯できないものだった。


 ローズの手による報告書を読んだシルビアは密かに日本に渡り、ネメシスのアジトがあった場所――今となっては荒れ果てた荒野にしか見えないが――の近くにある、ルピアがつかまっていたとされる倉庫を捜査した。

 ・・・そこから彼女の興味をひく二つの物が見つかった。

 一つは、透明の液体の入ったアンプル。分析したところ、必ずしも完全には把握できない未知の化学物質も多くあったが――それはいわゆるシルビアが愛用する『向精神薬』に良く似た分子構造を持っていた。

 そしてもう一つは、おそらくはベリルとヴァルキリーの戦いの流れ弾に当たり、ほぼ廃屋と化した倉庫の残骸の中から発見されたシーツや毛布。そこからは大量の、そして複数人からなる体液が検出された。体液、といっても、血液や汗ではない。明らかにそれとは別種の体液――その体液のうち、人間の体液は、ローズ、ルピア、カーネリアのものと判定された。

 そして、ネメシスの首領、ベリルを倒したのは・・・おそらく、ローズではない。なぜなら、彼女に対する最後の攻撃は、明らかにローズ達の持っている武器や魔法によるものとは異なるからだ。



 これらの情報から次のような仮説が導かれる。



 
 ローズはルピアを取り返すために潜入した際、おそらく何かしらの罠にかけられ、拘束され、この洗脳効果のある薬物を投与された。ほぼ同時に、ネメシス内で何かしらの理由により、権力闘争か何かで反乱が起き、その際、どちらか一方――おそらくは反乱側――に彼女たちは加担させられた。ベリルとその反乱勢力が戦い、最終的に反乱勢力が特殊な武器を使ってベリルを倒した。その後、反乱勢力は、理由は不明だが、ローズたちを残して宇宙に逃走した・・・。

 なぜ、そのような反乱が起こったのか。そんなことはシルビアには興味が無かった。
 重要なことは、むしろ、その洗脳薬がどのように使われたか、だ。
 
 検出した体液の中には、雄体からなるものが発見されている。人間の精液に近い構造を持つものだ。
 ネメシスはほとんど人間と同じ体格と生体活動を行っている。食生活、睡眠はもちろん、性行動も不思議なほどに通っている。
 そして、古来より、戦場で捕虜にされた女性兵士が受ける運命は、古今東西それほど変わるものではない。例えネメシスでも同様だ。

 おそらく、ローズ達は、洗脳され、ネメシス内の反乱に加担させるに留まらず、ネメシスに残っていた男性体兵士に陵辱された――――。


 それがシルビアの推測だった。




 もちろん、それは不可抗力だったのかもしれない。だが、自らの指揮の下、自分だけでなく部下まで陵辱される事態に陥ったのだ。
 しかも、敵に洗脳されていた、となれば、ことによれば洗脳されたヴァルキリー達の力を得て人類をだまし討ちにすることも可能であったことになる。ともすれば人類がネメシスの手に落ちる可能性すらあったことにもなり、その責任は重い。

 もし、これら事実が露見すれば、ローズは全ての名誉を失う。
 そのとき、必然的にその名誉を継ぐのは、この自分だ。
 そう、名誉は、継ぐべき者に戻る・・・。





 だが、薬を更に投与してから、何回も手を変え品を変え質問をしてみるものの、ローズは全く返事を変える様子が無い。次第にシルビアの表情にあせりの色が濃くなる。
 
 ・・・どうして・・・そんなはずは・・・。
 自分の洗脳薬のもたらず自白効果は完璧のはずだ。これを前に嘘をつくことができるはずがないのだが・・・。
 まさか、本当に彼女の言うことが真実だったのか・・・。
 眉間にしわを寄せたシルビアが、ローズの頬を撫でたその時、

「・・・あ・・・んん・・・」
 ローズの口から甘い声が漏れる。

「・・・・・・・・・」
 シルビアはその白く細い指をそのままつつっと伝わせて、ブラウスの上からローズの胸をさりげなく撫でる。すると、

「あぅ・・・ん・・・」
 ローズの白い肌がほんのりピンク色に変わり、その声はより高いものなった。

「・・・なるほど」
 シルビアは薄く笑うと、ローズの耳元で囁く。
「ローズ・・・私の手を見て」

 ゆっくりと開いたローズの虚ろな目が、シルビアの手を映し出す。

「この手が貴方の目を塞ぐと、貴方はもう何も見えない、考えられない、感じられない、目の前が真っ暗になる。だけど、この手が触れるところだけ、その何も感じられない神経が全て集中したかのように、敏感になる・・・」

 そう言ってシルビアはローズの視界を塞ぐと、彼女の体から一層力が弛緩していくのが感じられる。だらりと垂れさがった腕からは、さらに力が抜け、一切の緊張が体から失われているのが分かる。おそらく、今首を絞められても彼女は何の抵抗もできないだろう。

「ローズ、もっと深い眠りに落ちて・・・そう、あなたはもう何も分からない。そうもう真っ暗・・・何も見えない・・・何も考えられない・・・頭の中は真っ白・・・ただ・・・ただ、私の触れる手だけ、私の声だけを貴方は感じることができる・・・」

 シルビアの指は、ローズの頭を撫で、よく手入れのされた艶のある彼女の長く黒い髪を梳いた。彼女はそのシルビアの指の動きに反応し「んん・・・」と鼻にかかった甘えたような声を出す。
「そう、あなたのすべての感覚は全部私の手の平に吸い寄せられてるの・・・だからこんなことをすると、ほら!」

 シルビアはローズの胸のふくらみにブラウスの上から手を押し当て、揉みしだく。
 決して激しくない、ソフトなタッチであったが、
「んはぁ・・・あ・・・あ・・・」
 堪えきれなくなったローズの口から、甘い呻きが漏れる。

「気持ちいいでしょ?ね、ここに触るとどうなるのかしら・・・」
 シルビアは指でローズの乳首があるであろうところを摘み上げると、

「・・・あ・・・ああ・・・!」
 ローズは一瞬腰を浮かせ、声をうわずらせる。

「お、おい、シルビア、貴様・・・」

 ヒルダが立ち上がった瞬間、彼女はその首筋にひやりとした感覚を覚える。
 フィロメアがいつのまにかヒルダの後ろに回りこみ、彼女の首筋にナイフを押し当てているのだ。

「・・・シルビア様。いかがいたしますか?」

 感情の起伏の一切無いフィロメアの声に、ヒルダの心臓は鷲掴みされたかの凍りつく。が、シルビアは興味のなさそうに一瞥すると、

「あらあら、ヒルダ。あまりにローズが心配で油断したのかしら?らしくない・・・。いいわ、フィロメア。殺すのはやめましょう。あんまりこの部屋を汚したくないのよ」
「・・・はい」
 フィロメアのナイフがヒルダの首筋から離れる。そのままゆっくりと椅子に座った憤激から顔を朱に染めたヒルダに、シルビアは、
「少し静かに見ててもらえる?どうしても、というなら、永遠に黙らせてあげてもいいけど」
「・・・・・・・」
 歯噛みするヒルダを尻目に、シルビアは再びローズに向き直る。ヒルダとのやり取りとの間も、シルビアの手はローズの胸をねちねちと責め立てていたせいで、彼女の身体は相当敏感な状態になってきている。
「ローズ・・・正直にこたえなさい。貴方が前に男にここを触られたのは、いつ?誰に?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・覚えて・・・いません・・・んん・・・」
 胸を捏ね上げられ、快楽に身を震わせ体をよじりつつも、ローズはシルビアの質問には答えようとしない。

 覚えていない、などということはありえない。彼女は身持ちが固い。自分の直近の相手くらい覚えているはずだ。

 おそらく、彼女もこうなることを見越して、何かしらの手段で、記憶を封じたのだ。

「・・・もっと気持ちが良くしてあげる・・・ローズ・・・・・・・・・もう、何も気にしなくてよくなるくらいに、ね・・・」

 シルビアの手がスカートの奥に潜り込むと、ローズの身体がびくっと震える。

「そう、もっと、もっと気持ちよくなる。・・・もっと・・・もっと気持ちよくなる・・・そう・・・もっと・・・・・・」
「・・・ん・・・んふ・・・あ・・・・・・・・・」

 ローズの鼻に掛かった声が、彼女の吐息と共に混じりあう。彼女が快楽の海におぼれることに抵抗していることは明らかだが、その言葉とは裏腹に、腰がひく、ひくとわずかに動いているのを、シルビアは見逃さなかった。

 シルビアは震えるローズの下腹を押さえながら、あくまで囁くように、
「そう、もっと、もっと気持ちよくなる・・・私が触ると貴方の体の奥底がどんどん熱くなってくる・・・下腹が疼いてくる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほら・・・ほら・・・もっと熱く・・・そうもう我慢できない・・・・こらえることができない・・・・・・・・体の中からどんどんせりあがってくる・・・」
「・・・ぁ・・・ん・・・あああああ・・・!」

 シルビアの言葉に、ローズの口元が緩み、舌先が虚ろに宙に彷徨い出る。熱い吐息。潤む瞳。激しい快楽の渦に苛まされているのがありありとわかる。腰と脚の痙攣は次第に頻度を増し、太腿と太腿と時々ぴく、ぴく、と擦り合わせる仕草をする。普段な大理石の彫刻のように白く、理性的な彼女の容貌も淫靡に、紅に染まっている。だが、その淫靡な紅は彼女の美しさを損なうのではなく、あたかも熟成した果実がその鮮やかな色を以って自らの所在を野の獣に誇示するかのように、彼女に秘められた雌肉の艶やかさを示しているかのようだった。

 同性を、そして憎むべきライバルを性の絶頂に導くというこの行為に、シルビアもどこかかしら倒錯した恍惚感を感じると同時に、こうも乱れてもなおその美しさを損なわない彼女に対する嫉妬心が更に燃え盛る。

 シルビアの手が、たまたま、ローズの首筋に触れたその時、

「・・・ああああああああああ!!!!!!」

 ローズの身体は弾けるように弓なりになり、勢いで彼女は椅子から転げ落ち、床にうつぶせになる。

「あ・・・ああ・・・ぅぁ・・・・・・だめ・・・こ・・・来ないで・・・・・・ぁ・・・」
 何か、心の底からせり上がって来るものを懸命に堪えようとする彼女の声。額からは脂汗が滲む。

 無論、シルビアがそれを見逃すはずも無い。

「・・・首筋が弱いのかしら?ん?どうなの?」
「・・・んぁ・・・あああああ・・・んん・・・」

 懸命に堪えようとしているが、胸や太腿を責めていた時とは具合が違うのが明らかだ。

 シルビアはその肉感的な唇を歪ませながら、
「ローズ、よくききなさい。今から三つ数えると、貴方の時間は再び戻る。そして、この首筋が敏感になったときのことを思い出す・・・そう、この首筋の感覚がもっともっとはっきり思い起こされる・・・三・・・二・・・一・・・はい!」
「んああああ!!!」
 びく、っとローズの腰が跳ね、そのまま彼女は床の上に突っ伏して身体を震わせている。

 そんなローズの耳元で、シルビアは優しい声で囁く。
「さあ、ローズ。この首筋が気持ちよくなった時に貴方の体に起こったことを、今、してごらんなさい。さぁ・・・」
 シルビアの指が背筋をすぅっと撫でる。と、半開きの状態になっていた彼女の瞼がゆっくりと開いた。その瞳の色は、さっきまでのただ虚ろな色ではなく、何かに取りつかれたように澱み、口は力なくわずかに動いている。

 ローズがゆっくりと体を起こす。その腕はぴん、と床から伸びて彼女の身体を支える。その白い肉付きのよい太腿は丁寧に膝がそろえられる。スーツのタイトスカートは先刻の激しい動きで捲れ上がり、光沢のあるストッキングとショーツに包まれた豊かな臀部がシルビアに晒されているが、彼女はそんなことは意に介していない。
 
 シルビアを上目遣いで見ているローズの瞳からは、先刻までかすかに残っていた理性の片鱗も喪われ、いまはただ淫欲に潤みきっている。唇を少しだらしなく開き、舌をだらんと伸ばした彼女は、やがてシルビアの方にゆっくりと四つん這いのまま歩んでいく。シルビアの前に来た彼女は、少し鼻を鳴らすと、その伸びきった舌先をシルビアのハイヒールの先に近づけ・・・。

 シルビアがローズが堕ちたことを確信したその時。








 ぴるるるる。












 無機質なタイマーの電子音が部屋に鳴り響く。


「シルビア、そこまでだ。時間切れだ。これ以上の審問は許さない。今すぐ止めろ!」
 ヒルダが朗々告げる。本人は抑えているつもりだが、その表情は晴れやかだ。

 シルビアはタイマーの数字を睨みつけたが、その数字はゼロを示している。

「・・・・・・・・・・」
「シルビア!」
「・・・わかってる」
 顔を歪ませながらもシルビアはローズの耳元で何かを囁く。すると、彼女の体からは糸が切れた人形のように力が抜け、そのまま床に倒れこんだ。

「ローズ!」
 フィロメアのナイフを弾き飛ばし、ヒルダはローズを抱きかかえる。

「そんなに焦ることはない。深く眠ってるだけよ」
「彼女は引き取って休ませる。異議は無いな?」
 噛み付くようなヒルダに、シルビアは髪の毛を軽く払い、

「・・・無い。フィロメア。行きましょう」
「はい」
 シルビアはもはやヒルダとローズには目もくれず、フィロメアを伴って部屋から出て行った。


「・・・あ・・・」
「目が覚めたか?」
 ローズが目を覚ますと、いつの間にかベッドの上で寝かされている。脇にはヒルダが控えていた。
「心配したぞ。全然目を覚まさないからな。・・・大丈夫か?」
「ええ。なんとか・・・」
「無理するな。あの女、一本じゃ効かないとかいって2本目まで射ちやがった。滅茶苦茶だ」
 そういうとヒルダはローズに濡れたタオルを手渡す。
「・・・ありがとう。ずっと付き添っててくれたんだ」
「・・・い、いや、当然だ。仲間なんだから」

 妙に顔を赤くするヒルダに、ローズは屈託なく微笑みかける。

「そもそも、お前が私達を裏切ったり、嘘をついたりするような真似をするわけがないではないか。あの女は自分が底意地が悪いから他人がやることが全て悪く見えるんだ。だいたいいつだってあの女は・・・」

 激しく憤るヒルダにローズはクスクス笑うと、その笑いを収め、

「・・・・・・ごめん、ヒルダ。少し、休みたいの・・・」
「ああ、すまん。気がつかなくて・・・。しばらく休んでいろ。私は外で見張ってるから」
「いいわよ、そんな気を使わなくて」
「いいってこと。結局お前があんな目にあうのを私は指を咥えてみてなくてはならなかったのだからな」

 こうなるとヒルダは折れない。ローズは小さく微笑んで、

「・・・わかったわ。お願いね、ヒルダ」
「承知した」

 ヒルダはそういうと、愛用のサーベルをもって、ドアを出た。
 
「・・・・・・ごめん。ヒルダ・・・嘘、ついて・・・」
 その声は扉に隔てられたヒルダに聞こえることはなかった。





 
■(8)■



 都内某所にある「特殊対策課」。

 本来、ローズこと由佳は今日は休日だったが、シルビアにたたき起こされたこともあり、その足で職場に向かい、残っていた仕事を済ませてしまおうことにした。

 その一室で、髪の毛の薄い男に向かい、由佳は事務作業の進捗状況を報告する。

「・・・なるほど、ではその方向で進めていてくれたまえ」
「はい、了解いたしました」
 回答をした由佳は、しかし、まだそこに立ったままだ。
「・・・何かあるのかね?」

 『長官』が訝しげに尋ねると、

「・・・今日、シルヴィアの『審問』を受けて参りました」
「・・・ああ、そうなのか。それはお疲れ様」
「・・・・・・・・・他に、おっしゃることはないのですか?長官」

 由佳の声は、非常に抑制されたものではあったが、傍から聞いていても彼女の怒りは明らかだった。

「・・・いや、私も突然彼女の来訪を受けてね。正直困惑したのだが・・・残念ながら『向こう』からの正式な命令とあれば、所詮事務方の私ごときでは拒否もできない。・・・無論、もとより君が問題行動をしているとは少しも思っていないよ」

 まくしたてるように、最後の方にはやや言い訳がましく、男は弁明した。

「・・・いえ、私も長官の立場は理解しております。こちらも問い詰めたいわけではありません。ご気分を害して、申し訳ありませんでした」
「いや、謝る必要は無いよ。もちろん」
「・・・すみません、本日は少し疲れたので、ここで失礼させていただきたいのですが・・・」
「ああ、もちろん構わないとも」
「・・・それでは」
 薄ら笑いを浮かべた男の顔を見ることなく、由佳は回れ右をして部屋から出た。



 由佳は地下のパーキングから車に乗り込み、シートベルトを締める。車に通じている者であれば、誰でもよく知っている外国製の高級車だ。

 運転席で、彼女はしばし目を瞑った。

 たとえ、今までジンルイのために尽力してきたといっても、ネメシスがいなくなった以上、これからは逆に一生「危険人物」としてマークされ続ける運命にある。
 「ジンルイ」からしてみれば、ネメシスであろうとヴァルキリーであろうと、そしてローズであろうとシルビアであろうと、「異形」であることには変わりは無いのだ。


 そんなことはヴァルキリーに選ばれたときから分かっている。
 分かっていて、なお、その使命を自分は引き受けたのだ。
 そのことに、後悔はない。


 ただ、割り切ってはいるつもりではいるものの、彼女の心の中にやり切れなさが残るのも確かであった。


 不愉快な気分を振り払うかのようにイグニッションキーを回す。
 日本の公道を法定速度で走るにはあまりにオーバースペックなエンジンが唸りを上げる。
 
 由佳は深く、アクセルを深く踏み込んだ。
 スリップしたタイヤとアスファルトが悲鳴をあげ、粉塵を撒き散らしながら、車は地上へ向かう坂を上り始めた。




 
■(9)■




 
 どこともなく、当てもなく高速道路を飛ばしていた由佳が、ようやく落ち着いて車を止めたのは、都心からかなり離れた山間に位置する全国チェーンのファミリーレストランだった。

 いくつか軽食と飲み物を頼むと、疲れからぼうっとしていた由佳のテーブルに、
「お待たせいたしました」
 という声と共に、カルボナーラが運ばれてくる。
「・・・?私はこれを注文してないけど・・・」
 と言っているそばから、次から次へとプレートが運ばれてくる。

 スパゲティナポリタン、海老グラタン、メロンソーダ、シーザーサラダ、オニオングラタンスープ、ワンタンメン、麻婆豆腐、ハンバーグ定食、カツ丼、マグロのカルパッチョ・・・。

 あっという間に由佳のテーブルは皿で埋め尽くされる。

「あ、あの・・・これは・・・?」
 戸惑う由佳に、ウェイトレスはにっこりと、
「はい。向こうのお客様がこちらの方がお知り合いということで、席を移られるということですが・・・」
「知り合いって・・・」
「あの方ですが・・・お知り合いではなかったですか?」

 ウェイトレスが視線を向ける方向に由佳の顔が動く。瞬間、由佳の顔が凍りつき、やがてウェイトレスににっこりと微笑む。

「・・・・・・・・・・・いいえ、知り合い。ごめんなさい。混乱させてしまって」
「はい、ありがとうございます。それではごゆっくり」
 ウェイトレスは屈託のない笑顔でお辞儀をした。


 知り合い、と称された男は、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら由佳の前の席につく。
「やあ、どうもどうも、奇遇だねえ」

 何が奇遇か。

「・・・お久しぶり、というべきなのかしら」
「おうとも。涙の再会ですとも」
「・・・そうね、ともかく感謝したいところね」
 そうだ。ともかく仇敵を捉えたわけなのだから。
 由佳は、目の前の男・・・シモンを睨んだ。


 
 ネメシスの連中には胃袋が何個あるのだろうか。
 あるいは、ネメシスにも『痩せの大食い』という言い回しがあるのだろうか。

 由佳は目の前に並べられた皿が次から次へと綺麗に平らげられていく様を横目で見ながら、いささか疑念を感じざるを得ないのだが、その疑問を提供する生体サンプルは、とろろごはんを美味しいそうにほお張ると、ほっけに醤油をかけて、器用に箸を動かしてその身をほぐしている。見ているだけでおなかが一杯になりそうだ。
  
 ようやくすべての皿をきれいに食べつくしたシモンは、口を紙ナプキンで拭きながら、
「・・・さて、ローズ。ここで君に重要なお願いがある」
「お断りよ」

 ノータイムで由佳は返事をする。

「おいおい、ちょっとくらい話を聞いてくれたって・・・」
「あなたの頼みなんか、ろくでもないに決まってるでしょう。聞くまでも無い」

 シモンは食後のアイスコーヒーを飲みながら、

「・・・残念ながら拒否することは君のためにはならない。おそらく飲むしかない。賢明な総司令殿なららご理解いただけると思うのだが・・・」

 シモンはもう笑っていない。真剣な顔をしている。
 由佳はその顔をちらりと見て視線を外す。

「・・・話だけなら聞いておく。多分受けられないけど、ね」
「いや、君は受ける。そういう天命にあるんだ。悪いけど」

 シモンは口をゆがめて笑った。




 
■(10)■





「ありがとうございましたー!」

 マニュアルどおりの元気な声に押し出され、由佳とシモンはファミレスを後にすると、駐車場にある由佳の車に乗り込む。

 しばらく動きがなかったが、十分ほど経った後、ぶるん、とエンジンが震え、車は軽やかに動き出し公道に出る。

「ああ、なかなかうまかったな、ローズ」
「・・・・・」
「しかしあのカルボナーラはいまいちぶつぶつしてどうも喉越しが・・・。まあファミレスならあんなものかねえ」

 由佳は彼の言葉には答えず、黙ってギアをトップに入れる。ヴン、とエンジンの回転数が変わる音とともに、車は一層加速する。

「とはいえ、オニオングラタンは旨かったな。ああいう素朴な味はなかなか好きだ。今回は洋食系が多かったから次は和食系で攻めてみようかな・・・」

 シモンの論評をさえぎるように由佳は呟く。

「・・・・・信じられない・・・」
「何が?」
「あなた自分の立場わきまえてるわけ?お尋ね者よ?つかまったらそれで終わりなの、わかってる?」
「もちろん」
「――――だったら財布を持ってることくらい確認してからレストランに入りなさいよ!」




 朝食をとるためにファミレスに入ってあれこれ注文をしたシモンは、一通り食べ終えてから財布を持っていないことに気づいたらしい。
 ウェイトレスの冷たい視線に耐えつつ延々と時間を潰してやがて昼になり夜になり・・・、こうなったら食い逃げしかないか、と腹をくくった頃、由佳が店内に入ってきて・・・というわけだ。

「・・・いやあ面目ない」
 その台詞とは裏腹に、シモンは全く面目なさそうには見えない。

 ぐぐん、と二人にGがかかり、シートに体がもぐり込む。由佳がアクセルを一層深く踏んだのだ。


 ちなみに、シモンは手錠を掛けられた挙句、簀巻きのようなものでグルグル巻きにされて、シート縛り付けられている。傍から見ると巨大な蓑虫がシートに寝転がっているようにしか見えない。

「大体なんでファミレスで一人で5万円も食べてるのよ。どうなってるわけ?あんたの胃袋と脳味噌は!!」
「いや、だってずっと水だけのんで時間を潰すわけにはいかんだろうに。あれこれオーダーをしてたらあれくらいにはなるさ」

 もちろん、シモンがあそこでお縄になればそれはそれで一巻の終わりだ。由佳としては今官憲にシモンの身柄を引き渡すわけにはいかない。

 おかげで今月の給与の何分の一かをシモンに供託する羽目になったわけだ。

 こめかみに疼痛を感じながら、由佳は法定速度ぎりぎりのスピードで高速道路を飛ばしていく・・・。





 二人は山奥の公園に来た。当然あたりは薄暗く、人はいない。
 本来妙齢の女性と夜二人っきりでこんなところに来たとあれば、胸ときめく体験になるはずなのだが、その相手の男が簀巻きの状態で地べたに転がされいるとあっては、ロマンスに発展する余地もない。

「やれやれ、随分とひどい仕打ちだな」
 しかし、この状況の下でも芋虫状態のシモンには相変わらず緊張感が無い。
「・・・さて、そろそろ聞かせてもらうわ。まず第一。貴方は一人?それとも他に仲間がいるわけ?」
「うーん・・・まあ仲間はいるね。このチキュウのどこかに」
「そう。ベリル、サファイア、ダリア・・・だったかしら。全員一緒、というわけ?」
「まあ概ねいる、というところかな」
 シモンの口は意外に軽い。もっともこの男の言うことをまともに信用する気は、由佳にはさらさらなかった。

「さて、ローズ。こんなグルグル巻きにして、俺をどうするのかね?まさか無抵抗のいたいけな宇宙人を虐殺するような真似はするまいな?」

 シモンの言葉に由佳は冷笑で返す。

「残念ながら、貴方はいまだにお尋ね者なのよ。だから私がここで『処分』しても問題ないの」
「・・・まあそう堅いこというなよ。俺たちは戦友だろ?」
「戦友?笑わせるわね。ついこないだまでお互いに命の取り合いをしていたことを忘れたのかしら?」

 あざけるような彼女の言葉に、シモンは大真面目に、

「もちろん忘れちゃいないさ。君たちヴァルキリーとこのネメシスの下っ端が、命がけで共にベリルと戦ったことも、な」

 由佳の沈黙に、シモンは言葉を続ける。

「お前さんからみたら不倶戴天の敵かもしれんけど、俺は感謝してるよ。お前達がいなければ今頃このチキュウごとぶっこわれているか、良くてもジンルイの半分くらいがくたばって、ろくに旨い飯にもありつけない状態になってたろうからな」

 在りし日を懐かしむようなシモンの言葉は、だが、由佳の感情を逆撫でするだけだったようだ。

「・・・勝手なことを。貴方達が私や朱美や碧にしたこと、忘れた、とは言わせない」

 彼女の言葉には静かな怒りが込められている。

「・・・ああ、そういうことを怒ってるのか・・・。うーん・・・」

 シモンはしばし目をつむった後、やはり真顔で、

「・・・だがな、ローズ。お前はあれからどうだ?体が疼いているんじゃないか?」

 余りといえば余りの言葉に、しばらく言葉を詰まらせていた由佳は、ようやく搾り出すように、

「・・・・・・・・・・・・呆れて言葉も出ない。最近はセクハラオヤジでももう少し気の利いた台詞を吐くものよ。まあ、いい。真っ当な方法で貴方から情報を聞き出せるなんて思ってないから。とりあえず、しばらくウチの特製ブタ箱で頭を冷やしてもらうことになると思うけど」

「ふーん。と、なると、俺まであのおっとろしい金髪ねーちゃんと銀髪無表情娘の洗脳拷問でも受けることになるのかな?あんまりぞっとしない話だねえ」

 由佳は何も言わないが、その顔色がわずかに変わる。シモンは微かに笑いながら、


「・・・なあ、ローズ。変だとは思わないのか?お前は車でドライブしてたんだろ?シルビアとかいういけ好かない女のわけの分からない魔女裁判の鬱憤晴らしにさ。で、たまたま入った田舎のファミレスにたまたま俺が居た・・・。そんな偶然を信じるわけ?」


「・・・・・・・・・・・・・・」
 
 由佳が身構えるより早く、シモンの口から、

「『薔薇よ、凍てつけ、その魂とともに』」
 
 その途端、彼女の体が凍りつき、その瞳から光が喪われる。

「さて、ローズ。すまんがちょっと解いてはくれないか?さすがに手が痛い」
「・・・仰せのままに・・・」
 虚ろな声で呟くと、由佳はシモンの後ろに回りこみ、体中を縛る紐を手際よく解き、手錠を外した。

 シモンは手首を回したり整理体操をして凝った身体をほぐした後、由佳を見つめる。

 スーツ姿の彼女は相変わらず凛々しい。鍛え抜かれた体からは無駄な贅肉が絞られ、一方女性らしい膨らみはそのままであるため、ほの暗い外灯の下でも美しくなめらかな曲線を描いたシルエットがありありと分かる。
 そんな彼女が、焦点の合わない瞳を宙に彷徨わせて立ち尽くす姿は、それだけで十分にシモンの劣情を刺激するものであった。

「やれやれ、きつく縛りすぎだぞローズ。おかげで手首が赤くなってしまったではないか」
「・・・・・・・・・・・・・」
「まあいい。ローズ。ちょっとこの赤く腫れた部分を舐めてくれ」
「・・・はい」
 由佳はゆっくりとシモンに近づくと、その腕をうやうやしくとり、荒縄でこすれて赤く腫れた部分に、ちろ・・・と舌を這わせる。
 
 あたかも彼に奉仕する奴隷のようなその態度は、先刻まで憎々しげに彼に言い募ってた彼女の姿からは想像もつかないものだった。

「もういいぞ」
「・・・はい」

 由佳が指示に従って、舌をシモンの膚から離すと、つ・・・と唾液が糸を引いて地面に垂れる。

「・・・次は唇を頼む」
「・・・はい」
 シモンの指示に一切の疑問を差し挟む様子もなく、由佳はシモンの唇に自分の唇を寄せると、舌を伸ばしシモンのざらつく唇を舐めていく。
 機械的な所作をする彼女を、シモンは両腕で掻き抱き、その柔らかな彼女の体の肉の感触を味わう。胸、太腿、尻・・・シモンの手が彼女の敏感な部分を這い回るが、由佳に特段の反応は見られない。

 シモンはそのまま彼女の頭の後ろに手をやり、由佳の唇の中に強引に舌を入れる。
「んん・・・」
 一瞬くぐもった苦悶の表情を浮かべたもの、すぐにその表情は失せ、再び無表情のまま由佳はその舌を動かしてシモンの舌に絡め、口腔に唾液をまぶしていく。
「んん・・・ふぅ・・・よし、止めろ」
「・・・はい」
 由佳はシモンの指示のままに舐めるのを止めた。その唇は艶かしく濡れ、スカートはさきほどシモンがまさぐったために捲くれ上がった状態だが、彼女は意に介する様子も無い。

「・・・・・・さて、もっといろいろと楽しみたいところだが・・・」
 シモンは辺りをちらっとみやり、
「・・・碧。そんなところで隠れてないで、出てきたらどうだ?」
「・・・・・・」
 背後の木陰から人型の影が二つ切り取られ、薄暗い外灯の下に姿を現す。
 それは、私服姿の碧とサファイアだった。

「・・・ひどいです。気づいていたなら最初から言ってくださればよかったのに・・・」
「・・・それはこっちの台詞だ。まあ、それはともかく、とりあえず褒めておくぞ、碧。完璧な仕上がりぶりだな」
「・・・ありがとうございます」
 
 由佳はシルビアに自白剤を投与されることを見越し、碧に自分の記憶を操作させ、シモンに洗脳され、陵辱された記憶を一時的に抑圧するように指示した。その結果、シルビアの薬物の支配下にあったにも関わらず、由佳はシルビアに「ネメシスでの出来事」を自白することを免れた。
 
 ただ、唯一の誤算は、既に碧がシモンの支配下にあったことである。

 碧はシモンの指示により、キーワード一つで由佳がシモンの人形になるように暗示を組みこみ、更に人気の無い地方のファミレスと公園に来るように仕向けておいたのだ。

「相変わらずのスケベぶりだな、シモン。一々相手の身体とまぐわらねば、貴様は相手の洗脳状態も確認できないのか?」
 そういって腰に手を当てているのはサファイアだ。だが、その服装は普段の青いミニスカートの戦闘服ではなく、膝丈のロールスカートにカットソーというチキュウ人の女の子の衣服だ。もちろん、トレードマークの髪型は相変わらずだが。
「はぁ、申し訳ありません」
 気の無い様子で返事をするシモン。もちろんサファイアはシモンの洗脳の支配下にあるのだが、名目上はサファイアの方が身分が上のため、シモンは相変わらずへいこらしている。

 その後、シモンたちはしばし由佳にあれこれ質問を投げかける。その内容は、今日の審問の様子、そしてシルビアとフィロメア、そしてヒルダの三人のヴァルキリーの能力と気質に関するものだ。
 シモンたちの問いかけに、由佳は知る限りの知識を従順に提供した。

「・・・こんなところかな。しかしローズ一人でもてんてこ舞いなのにそれに匹敵するレベルの連中が三人か。頭が痛いな」
 
 シモンは頭をかいている。

「・・・とりあえずこいつはどうするんだ?もう聞くことは無いだろう。処分するのか、それともこのまま奴隷にするのか?」
 サファイアが由佳の顎に手をやりながら、シモンに問いかける。

 シモンはしばし沈黙した後、

「いえ、ここで彼女が行方不明になったりすれば、当然相手は怪しみます。それは得策ではありません」
「・・・では・・・奴隷に・・・するのですか?」
 碧が、気遣わしそうに尋ねる。

「ひどいことを言うな。俺がいつそんな人を奴隷扱いするような真似をした?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昨日の夜だって、おとといの夜だって・・・う、う、う・・・」
「・・・・・・それは笑うところなのか?シモン。チキュウ人風のギャグはよく分からんのだが」

 二人の突っ込みに、シモンは腕をくみつつ、、
「・・・・・・まあ、ともかく、彼女は『戦友』ですから、そんな無碍な扱いは致しません。ここは一つ、任せていただけませんかね」

 シモンは由佳の柔らかな頬を撫でながら、笑みを浮かべた。





 
■(11)■








 ぴちょん。ぴちょん。

 とおくでみずのたれるおとがする。
 
 うっすらとまぶたをひらくと、すこしまぶしい。

 あさだ。


 わたしは、ぶるっとからだをふるわせて、ぎゅーっとのびをする。

 へやのたかいところにはちいさなまどがあって、そこからおひさまのひかりがさしている。

 それだけ。あとはじめっとしたくらいへや。まわりはかべ。


 
 ・・・だれか、いないのかな。


 そのとき、がちゃんと、とびらがひらくおとがした。


 ごしゅじんさまだ。


 わたしはしっぽをぱたぱたふりながらごしゅじんさまにだきつく。


「どうだ。ローズ、いい子で留守番できてたか?」
「くぅん・・・くぅん・・・」

 ごしゅじんさまはわたしをいいこいいこしてくれる。


「よし、じゃあローズ。今日はお前にご褒美をやろう」

 ごほうび?

 わたしがくびをかしげると、ごしゅじんさまはふくろから、なにかながいひものついた、まるいわっかをとり出した。

「結構上物だからな。高かったんだぞ?」

 ごしゅじんさまはそういうと、わたしのくびにそれをつけてくれた。

 ぱちん。
 きんぞくおんとともに、とめがねがかかった。


 それは、まっかなくびわだった。

「・・・素敵だろう。それが、俺の犬である証だ」

「あうん!」

 わたしはあまりのうれしさのあまり、おもわずみみをぴくんとたてて、しっぽをふる。


「たとえ何があろうとも、この首輪がある限り、お前は俺の牝犬だ。・・・それをお前が望むなら、な」
「あん!」

 もちろんです。わたしはえいえんにごしゅじんさまのもの、ごしゅじんさまのペットです・・・。


 ・・・。
 
 ・・・・・・。
 
 ・・・・・・・私は、鼻をくすぐる革の匂いと、首筋を刺激するその独特の感触に酔い痴れながら、御主人様を見上げ・・・。

 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 


 プアーーーーーーーーーー、パーーーーーーーーーーーー。


「・・・!!」
 突然の音に、由佳の意識が現実に引きずり戻される。

 車の中。外は暗い。何時の間に寝入ってしまったのだろうか。

 彼女が窓を開くと、後ろにいる大きなトラックがライトを明滅させている。

「おい!姉ちゃん。そこにいると荷物入れられないんだ。どいてくんな!」
 だみ声の運転手が窓から顔を出してがなりたてる。

「・・・すみません」
 由佳は寝ぼけた頭を一振りすると、エンジンキーを回した。

 車を移動させながら、由佳は自分の記憶を整理する。

 ・・・確かシルビアに審問を受けて、課長に会って、車を高速に飛ばして、このレストランに入って・・・食事をとって・・・・・・駐車場の自分の車で一休みしようと思って・・・・・・・・・。



 そう、確かそれだけだったはず。



 時計を見るともう深夜だった。明日も早い。帰らなくては。


 彼女がアクセルを踏もうとバックミラーをみた瞬間、ふと、違和感を感じる。


 首筋に触れると、何かが自分の首にまとわりついている。

「・・・・・・・!」



 それは、赤い皮製の首輪だった。








続く

Home




もしよろしければ感想・ご意見をお寄せください(作者に直接届きます、感想・感想の回答は「感想・ご意見コーナー」に掲載します。(掲載されたくない場合はその旨を記載してください。))
(BBSもご利用ください

*は必須項目です
*小説名<この項目は修正しないでください>

*名前

メールアドレス(任意)

顔文字評価

評価を入力してください(━━(゚∀゚)━━!!!!が最高評価。もし評価したくない場合は「無回答」を選んでください)
ご意見・感想


Powered by FormMailer.

風俗 デリヘル SMクラブ  inserted by FC2 system