洗脳戦隊


 

 
第十四話(A) 月下星雨


 シモンはヴァルキリー3人を連れて作戦会議室に入る。部屋は、先刻のベリルとヴァルキリーの戦いの衝撃を受けて椅子が倒れたり書類が散乱したりしているが、会議を開くには支障が無い状態だ。
 中にはダリアがいつもの白衣を着て立っている。
「・・・ほぅ、ミンチにされてるかと思ったら、五体満足そうだな」
「真心を込めて話せば伝わるものだよ。洗脳もいいが、普通のコミュニケーションというのも悪くないな」
「・・・今からミンチにしてあげてもいいんですよ。何なら」
 静かに物騒なことを言うルピアの脇で、ダリアに目をやったカーネリアが叫ぶ。
「あ〜〜〜!!あんた、あのときの子供じゃないの!」
「・・・その節は世話になったな」
「・・・あんたたち、要するに、何から何まで私をだまくらかしてくれたって訳?」
「あの程度の演技に騙される方もどうかと思うがな」
 カーネリアの髪の毛が、戦闘態勢に入った猫のようにふーっと逆立ちはじめる。
「・・・・・・あ〜ダリア、無用な挑発してるんじゃない」
「・・・・・・カーネリアも少しは落ち着きなさい。大人気ない」
 シモンはしれっと腕組みをしているダリアを、ルピアはダリアに飛びかからんとするカーネリアの襟首をひっぱり、その場は収められる。
 ダリアは一通り、現在の状況を3人に説明する。
「・・・要するに、やらねばならないことは二つ。ベリル様の活動停止、及び機関部に溜まったエネルギーの放出だ」
「その二つをこなすには、まず最初は彼女に無駄弾を連打させて機関部のエネルギーを安全値まで落とす。それから彼女を活動停止に追い込む。・・・そんなに難しい話じゃない」
 シモンの言葉にローズが異議を申し立てる。
「・・・簡単に言ってくれるけど、あなたも見ていたでしょ?今の私達じゃあの化け物には勝てないわ・・・。悔しいけど」
「・・・今のベリルは・・・なんだ、要するにトーギューの牛みたいなもんだ。戦略的な戦い方ができる状態にはない。いかに強烈な一撃でも、当たらなければ意味が無いから、何とかなるだろ」
「・・・随分目の荒い戦略のように聞こえますが・・・」
「実際、他に手が無いからな」
「・・・でも、水平にあのエネルギー攻撃を無尽蔵に放出されたら、辺り一面・・・いや、それどころかこの星丸々焼け野原よ」
「そういうわけで役割分担が重要になる。まず、空飛べるのはルピアだけか?」
「・・・他の人も飛べますけど、私が一番飛行能力が高いです」
「じゃ、ルピアは空飛んでベリルの的になってくれ。時々挑発する以外は避けることに専念しろ」
「・・・・・・了解しました」
「残り二人は、水平攻撃に移ったときの防御要員だ。丸ごと受け止めるのはきついから、空に弾け」
「・・・ルピア一人で大丈夫なの?的」
「時々は、お前らも飛んでカバーしてやれ、的が一人だといくらなんでも墜とされる」
「・・・聞いてると、私たちばっかり仕事するみたいだけど、あんたたちは何をするの?」
「エネルギーを放出した後、彼女の活動を止めるのは、俺たちがやる」
「あんたたちにできるわけ?」
「・・・・・・できるのか?」
「何で私にその質問を振るんだ?」
 ダリアが呆れたようにシモンを睨む。
「・・・一応、こういう時のための兵器は開発してある」
 ダリアはそう言うと、透明なプラスチック製のケースを白衣のポケットから取り出した。銀色に鈍く光る弾丸が1ダース入っている。
「・・・なんだこりゃ?」
「対ベリル様用最終兵器だ。弾丸が体内に入れば彼女の抵抗力を奪う働きをもつ。・・・ただし、この弾丸を使うのは、彼女がエネルギーを使いきり、防御障壁を十分に発生できなくなった時だ。そうでもなければ当たらない。その状態に持っていくにはお前たちの協力が必要だ」
「・・・待て。何でお前そんなもの持ってるんだ?」
「備えあれば憂い無しだ」
 何に備えていたんだろうか。シモンは怖い想像に思いを巡らせつつも、
「・・・そういうわけで、こっちは俺たちで引き受ける。というわけで、そっちも余計な戦闘機だか戦車だかを呼んだりするな。どうせ効きやしないから、死体が増えるだけだ」
「・・・わかったわ」
 ローズが答えると、腕を組んで話を聞いていたルピアが口を開いた。
「・・・あなたたちは、本気で私たちに協力するのですか?」
「疑うか?」
「・・・今までさんざん汚い策を弄した相手をそう易々と信じられるほど、私も人がよくありません・・・」
 シモンはやれやれという風に肩をすくめた。
「じゃあ、とっとと俺たちを殺してくれ。もう洗脳は解いたし武器も渡した。殺ってくれて構わないぞ。・・・ただし・・・」
 シモンはルピアに向かって一歩踏み出す。
「お前らの決断はこの星の運命と歴史を左右するんだからな。一応そこは踏まえて行動しろよ」
「・・・・・・」
 5人の間の沈黙を破ったのはローズだった。
「・・・ルピア、気持ちはわかるけど、時間がありません。ここは彼らを信じましょう」
「・・・ローズ司令・・・」
「まあそんな顔するなよ、ルピア。俺だってまだサヌキもイナニワも食ってないのに死ぬわけにはいかん」
 ダリアの耳がぴくん、と動いた。
「・・・シモン。何だ?その『サヌキ』と『イナニワ』というのは?」
「・・・」
 シモンがしまった、という顔をする。
「・・・サヌキ、イナニワ・・・って、うどん?」
「・・・ウドン?」
 カーネリアの声にダリアが振り向く。
「・・・うん。地方の特産品のうどんで、有名よ?」
「・・・シモン。お前、ウドンには『ツキミ』『赤いキツネ』『緑のタヌキ』しかない、と言ってたではないか?」
「・・・・・・・・・・・・そういう難しい議論は後にしよう。じゃあ、よろしく頼むぞ、お前達」
 シモンは部屋から逃げ出すように出て行き、ダリアはいぶかしげな顔をしてシモンを追いかけた。
 3人のヴァルキリーは部屋に取り残される。
「うどん好きだったのね。あの宇宙人・・・」
「うーん、なんだかよく分からない連中ね・・・。どう思う?ルピア」
「・・・許せません」
「え、そ、そう?まあ確かに今まで散々悪いことしてきた連中だもんね・・・」
「・・・ウドンを語っておいて、味噌煮込みうどんに言及しないとは・・・」
 ブツブツつぶやくルピアを遠巻きにして、カーネリアがローズに問い掛ける。
「・・・何かルピアが変ですよ、司令・・・」
「・・・彼女、田舎が名古屋だからね・・・・・・」
「・・・・・・」




 飾り気の無い白いワンピースを着たクローンベリル・・・、いや、もう本体と合一した以上、ベリルというべきだろう。地底から続くエレベーターから降りた彼女は、建物を出ると、意思の無い瞳で地上を見やった。
 先ほどの激しい戦いの結果、すっかり見通しの良くなったアジトの前には、剣を構えたカーネリアと、メイスを構えたローズが立つ。
 ベリルの瞳が軽く瞠られ、指揮を振るかのごとく手がゆらりと舞う。大鎌が現れ、月の光を受けて刃が鈍く光る。
 ベリルが鎌を一振りすると、三日月型の白いエネルギー弾が立て続けに3発、二人に向かって放たれた。カーネリアが剣で、ローズがメイスで即座に空に弾き飛ばす。その瞬間、空からエネルギーの波涛がベリルに目掛けて落ちてくる。ルピアの攻撃だ。しかし、そのエネルギーは地上から放たれたベリルの攻撃で相殺される・・・。



 
「・・・始まったな」
 シモンとダリアは近くの丘の上からベリルとヴァルキリーの戦闘を遠巻きにして見ている。ベリルの放つ白いエネルギーの奔流が速射砲のように星空に吸い込まれていく。時々青や赤の光が混じるのはカーネリアとローズのバリアなのだろう。空を舞うルピアの周りにも時折ベリルの攻撃を受けてエネルギーのプラズマが煌く。
「エネルギーの具合はどうなんだ?ダリア」
 ダリアが端末のディスプレイに目を走らせる。
「・・・2時間で爆発するはずだったのが、2時間30分くらいになりそうだな」
「全然追いつかない、というわけか・・・」
 シモンはぬぅ、と腕組みをして考え込む。ダリアはそんなシモンの横顔をじぃっと見ていたが、ぼつっと、
「・・・珍しく深刻な顔をしてるではないか」
「一応少しは責任を感じてるんだぞ、これでも」
「当然だ。これで感じないようでは困る」
「・・・・・・・・・うーむ。エネルギーの消費とベリルの停止。どっちか一つでも難題だというのに・・・」
 シモンが再び唸りはじめる。
「・・・・・・・・・まあ、エネルギーに関しては、他に策が無いわけではない」
「何かあるのか?」
「・・・ひょっとしたら、うまくいくかもしれない・・・という手が無いこともない」
「何だ、あるのか。人が悪いなダリアも。じゃあちゃっちゃと支度してやってくれ」
「・・・・・・わかった。シモン、お前は少しあいつらを手伝ってやれ。結構苦労してるみたいだからな」
「馬鹿言え。あんな人外同士の戦いに混ざったところで、俺に何ができる?」
 ダリアは黙ってシモンに例の弾丸ケースを手渡した。
「・・・今の状態のベリルに普通の攻撃で当たるわけ無い、と言ったのはお前だぞ」
「・・・そういうと思って少し強力な武器も用意しておいた」
 ダリアは自分の身体ほどある巨大な金属製のスーツケースをどこからともなく転がしてきてシモンに渡す。
「なんだこりゃ?」
「所詮ベリル様の前では豆鉄砲だが、無いよりマシだ。後は無い知恵を絞って何とか当てるんだな。・・・・・・私はエネルギーの解決を試みる」
 ダリアは振り返らずに、そのまま丘を降り、闇の中に消えていった。
「・・・・・・・・・・・・はぁ。要するにつべこべ言わず働け、ということですか・・・」
 シモンは手渡されたスーツケースの鍵を開けた。





「・・・ったくこれじゃキリが無いわね・・・」
 カーネリアは額を流れる汗を拭った。相手の動きもすばやく、あちこち移動しているうちにローズとはぐれてしまい、今は一人きりだ。
 確かにシモンの言う通り、ベリルの攻撃は極めて単調だった。攻撃される場所とタイミングさえ予測できるなら、攻撃を弾き返すのは難しくは無い。
 とはいえ、すでに100発以上弾いていると、さすがに疲れが溜まってくる。一方、ベリルは底無しなのか、全く攻撃を緩める気配が無い。いや、もちろん緩められたら困るのだが・・・。
「シモン?いったいいつまで続くの?この調子で大丈夫なわけ?」
 インカムに向かって何回目かの怨嗟の声を叩きつける。
「・・・・・・語り得ぬものには沈黙しなくてはならない」
「・・・ってあんたはいつもそうやって・・・」
 ノイズ越しのシモンのとぼけた応答にカーネリアが怒鳴ろうとした刹那、真後ろから異様な気配を感じる。振り返ろうとするが、泥状になった地面に足をとられ、思わず体勢を崩してしまう。
 首だけ振り向いた瞬間、世界は白濁した。轟音が鼓膜をつんざき、咄嗟にガードした腕に砂礫が叩きつけられる。すさまじい風圧に体が吹き飛ばされそうになる。思わず膝をついて地面にへばりつくような形でやりすごそうとするが、地面に爪をめり込ませても体ごと持っていかれそうだ。
 目を細めて前を見ると、そこには白い人影が立っている。
「まず・・・」
 ベリルの手の平がカーネリアの顔の目の前に突き出され、青白いオーラが纏わりついていく。エネルギー障壁を張るにしても至近距離過ぎる。
 その瞬間横から何かが飛来し、轟音とともにベリルの体躯に吹き飛ぶ。
 しばらくして砂煙の向こうから現れたのは、銀色に鈍く光る大砲のようなものを肩に担いだシモンだった。上半身には特殊な装甲がつけられて、妙にいかつい出で立ちになっているが、バイザーを上げるといつもどおりの緊張感の無い顔が現れる。
「無事か?」
「・・・まあ、何とかね」
 カーネリアは立ち上がると、服についた砂をはたく。声は気丈だが、膝の震えは隠せない。
「油断するなよ。直前にバリアを張られたから本体には当たってない。・・・いくら最高で第二宇宙速度レベルの初速が出るレールガンとはいえ、相当不意を突かないと無理だな」
「れ、れぇるがん?うちゅーそくど?」
「電磁砲・・・・・・要するに電気使って超高速で弾飛ばす鉄砲だ。反動がきつくて慣性制動用のパワードスーツつけないとやってられないがな。宇宙速度っていうのは・・・後でルピアに解説してもらえ」
 シモンは胸と肩につけている特殊装甲を触りながら言った。
「・・・もっと強力な武器は無いわけ?」
「無茶いうな。これ以上っていったら戦術核くらいしか・・・。お前ら、放射線に弱いだろ?」
 そういってる間にバイザーを戻し、ベリルが吹き飛ばされた方向にレールガンを構え、シモンは引き金を引く。
 ガウン・・・ガウン・・・。
 さらに2発、轟音とともにアルミ装甲弾が撃ち出される。弾丸は衝撃波を後に残し闇に消える。
「何で俺みたいな戦闘向きで無い男までこんな目に・・・こんな仕事は怪力乱神娘共に任せておけばいいんだよな・・・」
「誰が怪力よ・・・」
 キン・・・キン・・・。
「・・・今の音、何?」
「・・・さぁ・・・」
 シモンが暗視機能付きのバイザー越しに目を凝らす。
「・・・・・・・・・伏せろ、カーネリア」
「え、って・・・きゃぁ!」
 シモンがカーネリアの髪の毛を掴んで地べたに強引に伏せさせる。伏せた二人の上を轟音とともに空気抵抗による加熱で白く光る弾丸が2発通過する。
「・・・打ち返してきたわよ・・・」
「・・・さすがは我が上司。敵ながら天晴」
「何のんきなこと言って・・・。・・・うー、髪の毛ぐしゃぐしゃだ・・・。早く離してよ」
「ま、まて、指に絡まって・・・これがこうなって・・・」
 シモンが絡みついたカーネリアの癖っ毛を剥がそうとするが、あせればあせるほど絡みつく。
「・・・カーネリア、シモン・・・目標が来ます・・・」
 上空を飛んでいるルピアからイヤホン越しに連絡が入る。
「いや、そうはいってもこれが・・・」
「あー!変なとこさわるなー!」



「・・・何やってるんでしょうか。カーネリアたち・・・」
 空を飛んでいるルピアは、地上で繰り広げられているスラップスティックスを見下ろしながら思わず溜息をつく。
「仕方ありませんね・・・」 
 シモンとカーネリアがいるポジションからベリルのいる地点までは数キロ。ローズはベリルの後ろ側で攻撃に備えているために二人のカバーに回れない。
 ルピアは杖を振り上げて詠唱を始める。白い光がルピアの周りに集結しはじめる。
「エア・・・」
 その瞬間、ベリルがルピアの目を見つめた。いや、この暗闇で数キロ以上はなれているのだから正確には顔を向けたことしかわからないのだが・・・、ルピアには、その意思の無い透明な目が自分を貫いたように感じられた。
「・・・・・・」
 ベリルが振り上げた鎌から轟音と共に漆黒の火柱がルピアに向かって放たれる。
 しまった。すっかり油断していた。チャージ中だったためにエネルギーを防御に回すゆとりが無い。 
 ルピアは身を強ばらせ、思わず目を閉じた。
 ドォーーーン・・・。
 鈍い音が空気を震わす・・・。
 ・・・・・・。
 しかし、それだけで何も起きない。
「・・・・・・あ」
 ルピアが目を開けると、目の前に人影が現れており、視界を塞いでいる。
 それはカーネリアとシモンだった。カーネリアがベリルの黒い炎を剣から噴き出す炎で弾き返し、そのカーネリアを巨大な大砲を背負ったシモンが片手で抱きかかえる形になっている。もう片方の手がカーネリアの頭にくっついているのは・・・カーネリアの頭を良くする何かのおまじないだろうか。
「・・・・・・ルピア、油断大敵よ!」
「・・・感謝します」
「・・・・・・感謝はいいが、ちょっとこの癖っ毛ほどいてくれないか?こんな体重の重い娘を片手で支えるのは・・・。あー、カーネリア、今は癇癪禁止。ここは戦場だ」
「・・・・・・わかりました・・・」
 ルピアはシモンの指に絡みついたカーネリアの髪の毛をほどく。
「・・・ほどけました」
「サンキュー」
 シモンが手を離すと、カーネリアは猛スピードでシモンから遠ざかる。
「うう・・・穢された・・・」
「そんなご大層なもんかね」
 シモンはようやく自由になった右手を振った。慣性制御の技術は重力制御にも応用できる。シモンが空を飛べるのはそういう理屈だ。・・・もっとも目の前の魔法少女たちがどういう理屈で空を飛んでいるのかはさっぱりわからないが。
「それよりも事情が少し変わった。エネルギーの問題は他の策で片がつく可能性が出てきたから、まず何よりも彼女の行動停止を優先する。頼むぞ、二人とも」
「あんたは?」
「・・・・・・俺はとどめを刺す係」
「なんであんたはいつもそうやって楽なことばっかり・・・」
「・・・・・・来ます」
 ルピアの緊迫した声にシモンとカーネリアは戯言を止める。
 地上から白い死神が飛来する。
 シモンを庇うようにカーネリアが動く。
「あんたは下がってて。足手まといだから」
「・・・・・・了解」
 逆らう理由はない。シモンは戦闘空域から離脱する。



 シモンが離れていくと、背後から閃光、ついで爆音。
 振り向くと背後では熾烈な戦いが始まっている。何時の間にかローズも来て3対1になっているが、・・・むしろヴァルキリー達のほうが押されている。
 シモンはバイザーを下ろし、狙点を合わせる。速度を設定し、ヴァルキリーがベリルから離れたのを見計らい・・・レールガンの引き金を引く。慣性制御の影響で一瞬場がねじれ、光景が歪む。轟音が鼓膜を激しく打つ。弾丸は、コンマ秒のオーダーでベリルの身体に到達する・・・はずだ。
 ・・・しかし、シモンの攻撃を予測するかのように射線上に分厚く集約されたベリルのエネルギー防壁は、白熱する弾丸を霧散させる。
 残弾、8。
「・・・知恵を使え・・・っていわれても、ここまで腕力対腕力の世界になってしまうとどうにもならんよなあ・・・」
 どうもベリルはシモンの気配を常に感じ取っており、自分とシモンとの間に常にバリアを集約できるように準備しているようだ。・・・これでは当たるはずも無い。
 せめて一度に2方向から同時に攻撃できれば・・・、とはいっても武器は一つしかない。
 シモンは目の前で繰り広げられる激戦と、レールガンのコントロールパネルをしばらく交互に眺めていたが、やがてぽつりとこう言った。
「・・・・・・・・・博打を打ってみるか」
 言ってみて自分で笑ってしまう。
 今まで一度でも博打でなかったことがあっただろうか。
 シモンはコントロールパネルをいじりはじめた。



「・・・厳しいわね・・・」
 ローズは若干焦りを感じざるを得ない。
 互いに防御を重視した戦いになっているため、お互い致命傷は与えられない。しかし、全く疲れを感じさせないベリルに対し、すでに前のベリルとの戦いの疲労も回復しきっていないヴァルキリー3人は明らかにスピード、集中力ともに落ちつつある。このままでは・・・。
 その時、イヤホンにシモンの声が入る。
「・・・ローズ、カーネリア、ルピア。すまんが一つ策を打ちたい。協力してくれ」
「・・・構わないけど、いい加減な策はやめてよね」
「・・・このままだと埒があかない。奴に弾丸を打ち込んでみる。ローズとカーネリアは前方2方向からベリルを攻撃して奴の気をひいてくれ。それと・・・」
 シモンは手早く3人に指示を出す。余裕は無い。
 
 

 風が、ごうと舞う。地上数キロメートル上空の風は、この季節の割にしては冷たく強い。しかし、ベリルにとって今がいつなのか、この風がこの季節の割には冷たいのか・・・そういったことは全くどうでもよいことだった。空を見やると、満天の星空に白い月。それすら彼女には何の感興も呼び起こさない。
 ・・・・・・ベリルは、無表情のまま目の前の情景を観察した。
 暗い闇に、人間が浮かんでいる。赤い服と白い服を着た女が1体ずつ、前方に。
 そして、後方に気配を感じる。おそらくは、緑色の服を着た女だろう・・・この女は前にいる女共と同属だ。
 彼女たちが何者なのか・・・ベリルはよく知らない。ただ、彼女たちの戦闘能力のデータは豊富に揃っている。それで十分だ。
 そして、・・・遥か上空後方に気配を感じる。私と同属、黒い男が一人。
 ベリルは、総帥としての人格を埋め込まれる前に人格転送を停止されたために、ベリルとしての記憶と人格を継いでいない。彼女が保持するのは、ただ自己を衛るための人格。その目的のために敵を抹殺する技術。そしてその技術を支える、ほとんど無尽蔵ともいえる体力とエネルギー。
 ・・・赤、緑、白は、油断はできないものの私に致命傷を与えることはできない。しかし、黒い男の持つ武器・・・あれは危険だ。あの武器から射出される弾丸を回避することが最優先。その上で赤、緑、白を抹殺する。黒はあの武器さえ注意すればただの雑魚に過ぎない。あの武器の特性についてのデータはある。電磁砲。直線、超高速の攻撃。弾丸は12発しか製造されず、そのうち4発は既に消費されている。その弾丸の質量は微小だが、今の自分の生体を破壊するには十分な破壊力だ。しかし、彼と自分との射線上に十分量の防御壁を展開すれば、あの弾丸は揮発する。問題は無い。
 4人の脈動を感じる。荒い息。額に滲む汗。高鳴る心音。昂奮と恐怖の入り混じった生命の拍動。・・・昔のベリルなら己の無力さに、そして自分への恐怖に軋む人間の心を弄ぶことに悦びを感じたかもしれないが、今のベリルにはそうした嗜好は無い。
 それ故、今の彼女の持つ無機質な強さに、付け入る隙は無い。
 防御を完璧に固め、相手の体力をじりじりと削り取る。
 防衛人格の計算する戦略は、地味だがそれゆえに鉄壁であった。
 ・・・もちろん、その結果として、彼女の母なる船が、持て余した膨大なエネルギーを胎内から吐き出し、この星諸共彼女自身をも焼き尽くすことになることを、彼女は知る由も無い。
 いや、知ったとしても、彼女は現在の戦術指針を寸分も変えることは無いだろう。
 それは、己が考慮すべきことの枠外のことであるからだ。
 ・・・ふと、白と赤、緑の脈動が変化した。
 ・・・何か仕掛けてくる・・・。
 白と赤の前面にエネルギーが集結しつつある。
「・・・雷神の御名において、我命ず・・・全てを破壊する蒼雷よ、我がメイスに集いて敵を討つべし・・・」
「・・・炎の魔剣の御名において、我命ず・・・全てを灼き尽くす業火よ、我が剣に集いて敵を討つべし・・・」
 前回よりも明らかに巨大なエネルギー。詠唱の時間も前回より長い。
 ベリルは月明かりに光る大鎌の刃に旗艦から転送されるエネルギー量を増大させる。
「・・・トール・ストローク!!」
「・・・レヴァンティン・スラッシュ!!」
 蒼白いプラズマと紅い炎が二人とベリルの間の空間を埋め尽くす。今までの攻撃より一桁エネルギー値が高い。単純なエネルギー障壁では防ぎきれない。
「・・・ダークフレア・・・」
 黒いエネルギー塊がベリルの鎌を中心に広がり、解き放たれる。
 3者のエネルギーが接触した瞬間、轟音で空気が震える。
 刹那、ベリルは黒い男の気配が動くのを感じた。上空から男が急降下している。・・・弾丸を射出する気だろうか。
 ベリルは空いている左手にエネルギーを集約させつつ、男と自分の間の射線を封じようと後方にエネルギー障壁を展開させる。
 しかし一瞬、目の前で炎を撒き散らしている赤い女の視線が自分の右方に泳ぐ。
 ベリルはその視線の動きを受け、反射的に右方向にもエネルギー障壁を急速展開させる。
 アルミニウム弾は、ベリルの右頬わずか20cmの部分で揮発した。
「・・・」
 危険を察知したベリルは猛スピードで左上空に移動する・・・。
 ガウン・・・ガウン・・・。レールガンの音がその後も数発、木霊したが、弾丸は空しく虚空に消えていった。


「・・・かわされたか・・・」
 シモンは恨めしげに上空を見やる。ぐんぐん開いていくベリルとの距離。
 ローズとカーネリアの攻撃は無論、シモンの動きも囮だった。ベリルがシモンと自分との間に障壁展開をしている間に、重力制御装置をつけて右方空中に浮かせておいたレールガンに自動連射をさせたのだが・・・。
「途中まではうまくいくと思ったんだがなあ・・。あれに気づく化け物相手じゃ・・・万事休すか?」
 シモンは顎に指を当てて唸った。
「・・・カーネリアの視線が読まれたようです・・・」
「ん?」
 いつの間にか隣にルピアがやってきてシモンと等速で落ちている。
「・・・カーネリアが視線を動かすと同時に、彼女はそっちの方向に防壁を張りましたから・・・」
「・・・」
「・・・その・・・カーネリアを責めないでやってください・・・」
「・・・そんなつもりは無い。というか本当に化け物だな・・・そりゃ・・・。困ったもんだ・・・」「・・・・・・落ち着いてますけど・・・。あなた、落ちてますよ?」
 落ちているのはルピアも同じだ。ただ違うのは、ルピアはいつでも止まれるが、シモンは止まることができない点だ。・・・重力制御装置をレールガンに取り付けてしまったので、シモンは今、フリーフォール中なのだ。
「・・・そう思うなら、助けてくれ」
 ルピアは、はぁ、と溜息をつくと、シモンの襟首をガシっと掴んだ。
「ぐへ。けは、けは・・・。・・・・・・おい、もう少しやさしくつかまえてくれ。思いっきり食い込んだだろ!!」
「・・・もう一度、落ちます?」
「・・・いえ、すみませんごめんなさいルピア様。私が悪かったです・・・。・・・あーカーネリア、済まんけどレールガン回収してくれ・・・」
 上空ではローズがベリルの攻撃が他の3人に降りかからないように懸命の防戦をしている。カーネリアはマイク越しのシモンの声を受け、ぶつくさ文句をいいながらレールガンをの方向に飛び去った。
「・・・あと弾丸は何発残っているんです?」
「・・・2発」
「・・・6発も無駄撃ちをしたのですか。・・・どうする気ですか?もう、彼女はあの手を食いませんよ。凄まじい学習能力ですから」
「・・・・・・まぁ、落ち着け。既に策は打ってある」
「・・・・・・それは・・・?」
「・・・それは秘密だ。まあ、ここは一つ俺を信じてついてこい」
 根拠もなく胸を叩くシモンを地上に投げつけたくなる衝動を、溜息一つで飲み込むと、ルピアは上空に舞い戻る・・・。


 ・・・その後も、ベリルとヴァルキリーとの間の戦いは続いた。
 もはやヴァルキリー達に策は無い。地道に波状攻撃を加え、万一隙ができればシモンが撃つ。ただそれだけだった。
 しかし、疲労は激しくなる一方だった。さっきの攻撃で相当量のエネルギーを使ったために、動きは鈍く、防戦一方に追い込まれている。しかもベリルは一層強固な防御布陣を敷いており、とても隙などできそうにも無い。
「・・・とはいったものの、もう手が無いな・・・」
 シモンはちらりと時計を見た。さっきの作戦から1時間以上経過している。・・・先刻、ルピアにああは言ったものの、その策についてはあまり自信が持てない。いざとなれば、残り2発の弾丸に懸けるしかない。シモンはレールガンのやたらに長い砲身を疎ましげに見やった。
「・・・シモン・・・」
 突然、イヤホンに懐かしい音声が入る。ダリアだ。
「!・・・。ダリアか?」
「ああ・・・ちょっとてこずったが、何とかエネルギーの方は解決できなくもなさそうだ・・・。そっちのほうはどうだ?」
「・・・お前の努力によって地球は無事だったとしても、俺達は無事じゃなくなりそうだぞ」
「・・・無能な奴・・・」
 ダリアの言葉に返す言葉もなく前方の戦いを睨みつけていると、イヤホンから雑音交じりの声が続く。
「・・・・・・シモン。お前の決断が必要だ」
「?」
「・・・お前、本当にこの星を救う気があるんだろうな」
 ダリアの声は妙に重い。
「・・・そりゃ、まあ、ええと・・・、関係各方面との連携を図りつつ適切な対処を行う所存・・・」
「・・・・・・まあいい。責任を感じている、と言った時のお前の顔つきを信じるぞ」
「・・・?」
 ダリアとの通信はそこで途切れた。
「・・・嫌な予感がするな・・・」
 しかし、ダリアの方に気取られている余裕はない。自分は自分の役割を全うするだけだ。
 シモンはバイザーを下ろし、タイミングを伺う・・・。

 
 


 

 

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