洗脳戦隊


 

 
第十二話(A) 洗脳戦隊


 シモンはブラインド越しに外を見た。もう昼近くになっているだろう。
 ベリル様に報告をするのは夜だ。しかし、ただ手をこまねいていてはまずい。策を打つなら今から動かねばならない。
 シモンはズボンを穿くと、ベッドの上ですやすやと眠るダリアを見た。タオルがかかっていない部分から見える白い肌が妙に艶かしい。
「・・・ダリア、起きろ」
 シモンはダリアを軽く揺さぶる。ダリアがうっすらと目を開けて、起き上がる。タオルがずり落ちて乳房から細い腰まで丸見えだ。
「・・・おにぃちゃん?」
 いくらなんでもこの後もずっと「おにぃちゃん」モードではまずいだろう。
「ダリア、お兄ちゃんの目を見ろ」
 ダリアは眠そうな目をしながらも、言われたとおりシモンの瞳を見つめる。
「・・・ダリア、お前は俺がキスをすると、目を閉じて深く深く眠ってしまう・・・、そしてお兄ちゃんに言われたことを、言われたとおりにするんだ・・・。ダリアはお兄ちゃんが大好きだから、お兄ちゃんに言われたとおりにすると気持ちよくなる・・・、そうだね」
 ダリアはこくりと頷いた。
 シモンはダリアの瞳を見たまま、ゆっくりとダリアの唇に唇を寄せる。ダリアは自然に目を閉じた。
「・・・俺が今から10数える。すると、ダリア・・・お前はいつものとおりのダリアに戻る。・・・ただし、お前が仕えるべき真の主人様は、ベリル様ではなくこの俺だ・・・、俺に忠実に仕えるんだ・・・。10・・・9・・・8・・・7・・・6・・・だんだん目が覚めてきた・・・4・・・3・・・2・・・1・・・ゼロ・・・」
 ダリアが目を開き、シモンを見つめる。
「ダリア・・・挨拶だ」
「はい・・・、シモン様、今後ともよろしくお願いします」
 生まれた姿のままのダリアは、シモンに向かって深々とお辞儀をする。
「よし、じゃあ服を着ろ。あと、普段は以前の通り振舞え。呼びつけで構わん。丁寧語も使うな。わかったな」
「わかったぞ、シモン」
「・・・・・・」
「どうした、シモン?豆鉄砲を食わされたロバのような顔だぞ?」
「・・・・・・いや、それでいいんだが・・・・・・お前、切り替え速すぎだ・・・」
「・・・文句の多い男だな」
「・・・ふぅーん・・・そんなことを言うのはこの口かぁ?」
 シモンはダリアを抱きかかえると、股の間の淫裂を擦りあげ、花芯を刺激する。
「ふぁ・・・や・・・な、何をする・・・シモン・・・わ、私はお前に言われたとおり・・・してる・・・だけ・・・んん・・・」
 シモンに唇をふさがれ、舌を入れられると、途端にダリアの目はとろんと蕩ける。
 シモンが口を離すと、ダリアは涙目で抗議する。
「シモン!・・・私は・・・お前に言われたとおりしてるだけだぞ!」
「・・・だからご褒美をあげたんじゃないか。気持ちよかっただろ?」
「・・・・・・・・・」
「気持ちよかったのか、良くなかったのか、どっちだ?」
「・・・・・・気持ちよかった・・・けど・・・こんなのずるい・・・」
「・・・いや、悪かった。さっきの調子で十分だ、それで頼む。お前の演技力は完璧だな」
 ダリアは恨みがましい目でシモンを睨んでいたが、黙ってシモンの胸に顔を摺り寄せた。




「・・・結論としては、ダリア。俺はあのヴァルキリー達は自分の手駒として使いたい。そのためには、ベリル様に彼女達の助命の許可を頂きたいと思ってる」
「・・・どうなるかはわからんぞ、シモン」
 二人はテーブルを挟んで議論をしている。流石にもう二人とも普段着−−シモンは黒と青の戦闘員スーツ、ダリアは白衣−−に戻っている。サファイアは洗脳を解いて普段どおりの状態に戻っており、ヴァルキリーの3人は牢で待機させている。
「というと?」
「・・・ベリル様は彼女達に『試験』をさせるおつもりだ。本当に我々の忠実な僕かどうか確かめるためのな」
「試験・・・」
「・・・とはいえ、洗脳の深度を客観的に測定する試験などありはしない。さらに、その洗脳状態が永続的に続くことは保証できない」
「じゃあ、何をさせるつもりなんだ?」
「ベリル様は明示しなかったが・・・洗脳の深度を確かめつつ、仮に洗脳が解けても人間社会復帰できなくなるような状態にさせる『試験』をやらせるようだ」
「・・・何だそれは?」
「さてな・・・。例えば、彼女達に人間共を虐殺させるかもしれん」
「虐殺?」
「できれば、生中継のTVカメラが回っているところでやらせるのが望ましい。仮に洗脳が解けても、あの狭量な人間共が裏切り者を許容するとは思えんから、お尋ね者扱いになって野垂れ死ぬだけだ」
「・・・うーむ」
「・・・何を考えている?シモン」
「・・・人間の命はどうでもいいんだがな・・・、無差別殺人、というのはどうも気が進まん・・・」
「・・・・・・お前の価値基準はよくわからんな・・・」
「例えば、ダリア、たまたま殺してしまった人間の中に、世界で一番うまいウドンをつくるウドン職人が居たらどうする?」
「困る」
 ダリアは即座に返す。
「そうだろう、そうだろう」
 シモンは重々しく頷く。
「つまり、人間共の大半はどうでもいい糞だが、時にきわめて我々に有用なモノを提供してくれる人間がいる。こうした人間はできるだけ大事にしていきたい。当然、我々に刃向かってくる人間や、どうでもいい人間を叩きのめすことは構わんが、やたらめったら殺すことは好かない。・・・ましてや、たかが『試験』のために殺るのはなぁ」
「・・・いささか都合のいい考えにきこえるが」
「構わんだろう。我々は『悪の組織ネメシス』だからな」
「・・・まあいい。それより、シモン。お前は自分の命の方を心配するべきだ」
「何で?」
「・・・アホか。今やヴァルキリーを思いのままに操れるのはシモン、お前なのだ。・・・つまり、ベリル様にとって、今やネメシスに刃向かう能力を持つ、最大の危険因子はお前なのだぞ」
「・・・うーむ、やっぱりそう思われてるのかな・・・」
「当たり前だ。ヴァルキリーの洗脳が解けるより、お前が裏切ってベリル様を倒すほうがよっぽどありえる、・・・というか、既にそうしかかってるではないか」
 シモンは難しい顔をする。
「そこが問題だ。・・・仮に、ベリル様がここでヴァルキリーたちを助命したとしても、いつ俺の首が飛ぶか分からん。しかし、別に俺はベリル様を殺す気も無いんだ。・・・ところで、ベリル様には洗脳薬は効くのか?」
「洗脳薬どころか、暗示も催眠術も効かないぞ」
「・・・なんで知ってるんだ?」
「試してみた」
「・・・・・・」
「妙な顔をするな。科学者としては至極当然の興味だ」
 呆れた顔をするシモンをダリアは不思議そうな顔で見返す。
「・・・まあいいか。うーむ、そうか、効かないのか・・・」
 となると、シモンの出る幕はありそうに無い。
 シモンはしばらく目をつむって考え込んでいたが、
「・・・ダリア、サファイアに聞いたんだが・・・」
「何をだ?」
「ベリル様の秘密だ」
「・・・・・・」
 ダリアの口が重くなる。
「・・・・・・お前は、どこまで知ってるんだ?」
「さぁ。ベリル様が20000年以上生きていることくらいは少なくとも知ってるが」
「・・・・・・」
「いや、生きている、というと少し違うかもしれんな。身体は乗り換えているわけだし。・・・暗示が効かない、というのも、そこらへんの話と関係があるんだろ」
「・・・そうだ」
「うーむ」
 シモンは腕組みをしてしばらく考え込んでいたが、
「一応、駄目元で策は打っておく。すまんが、協力してくれないか」
「・・・お前は私の主だぞ。命令しろ」
「じゃ、命令だ。協力しろ」
「じゃあ、協力してやる」
 大真面目なダリアの顔を見て、シモンは笑い出す。
「・・・何がおかしい?」
「いや、いや、気にするな。とりあえず、このアジトの設計図とベリル様の『設計図』、見せてくれ」
 ダリアは少し憮然としていたが、シモンの注文を受けて、ディスプレイ端末に向かうと、厳重にロックされた電子ファイルをクラックし始める・・・・・・。



 そして夜。
「シモン。どうですか、調教の状況は」
「・・・順調です」
 ベリルに呼び出されたシモンは、3人をずらりと後ろに従えて、シモンはベリルに現在までの状況を報告する。サファイアとダリアは昨日と同じように横に控えている。・・・昨日と違うのはダリアがシモンの支配下にあることだけだが、もちろんダリアもサファイアも通常と同じ状態にしてある。ヴァリキリーの3人は、いつもの紅、緑、白の戦闘服を着ている。
「・・・では、3人がどの程度洗脳が深まっているのか、確かめることにしましょうか」
 ベリルが立ち上がって3人の前に立つ。
「・・・3人とも、こちらを見なさい」
 ベリルの姿を3人の虚ろな瞳が映し出す。
「・・・シモン、当然、私の命令にもこの娘たちは従うのですね?」
「・・・・・・左様です」
 3人にはシモンとベリルの命令に従うように暗示をかけてある。
「ならいいわ・・・。サファイア、3人の武器を持ってきなさい・・・」
「は・・・」
 サファイアは、カーネリアの剣、ルピアの杖、ローズのメイスを持ってきた。
「それを3人に渡して頂戴」
「え、しかし・・・」
「大丈夫よ、そうですね、シモン?」
 ベリルはシモンに微笑む。
「はい・・・」
 シモンの額に冷や汗が流れる。洗脳が解けて3人が反撃し始めることを危惧してのものではもちろんない。ベリルの笑みの裏にある隠微な悪意を感じ取ってのものだ。
 サファイアが渡す武器を手にしたまま立ち尽くすヴァルキリーに、ベリルは話し掛ける。
「カーネリア、ルピア、それにローズ・・・。3人とも、私がこれから言う命令に従いなさい・・・いいわね?」
 こくり、と3人は無表情のまま頷く。
「では3人とも、自分以外の2人を殺しなさい・・・。命令です」
 シモンが慌てる。
「ちょ、ちょっとベリル様!それは一体・・・」
「どうしたの、シモン?仲間を殺すような命令には従えないのかしら、彼女達は」
「いや、多分従うと思いますが、いや、だからこそ、ちょっと待ってくださいよ・・・」
 シモンが狼狽している間にも3人は相手を牽制して距離をとりはじめる。互いを見る目は敵を見る目だ。カーネリアは鞘から剣を抜き、ルピアの身体の周りからはつむじ風が舞い始める。ローズのメイスには青白い光がまとわりつく。、
「あー、待て3人とも、ちょっと待った!」
 シモンの声にヴァルキリーが動きを止める。
 そんなシモンの様子を見てベリルは可笑しそうに笑う。
「どうしたの、シモン。らしくないですよ?」
「その・・・、趣旨を説明してもらえませんか?」
 ベリルがシモンに正対する。
「・・・総帥である私が、部下であるあなたに説明する必要があるのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいえ」
「・・・あなたもわかりやすいですね。まあいいでしょう。話は簡単です。あなたが前に言ったように、ヴァルキリーを手駒にすることは作戦として悪いことではありません。ただ、洗脳が解けるリスクは常にあります・・・、ここまでは認めますね?」
「・・・は」
 確かに、洗脳が未来永劫に続く保証などはできはしない。
「仮に手駒にするにしても3人とも抱え込むのは危険です。結託して反撃されたら危険ですから。・・・そして、正直、彼女達ほどの能力であれば、一人で十分です」
「・・・」
「我々が配下とするべきヴァルキリー、・・・最も強く、最も忠実で・・・そして最も悪に染まった者を選び出す試験として、これほどふさわしいものはないと思いますが、どうですか?」
「・・・ついでにいえば、仮に洗脳が解けたとしても、仲間を殺した記憶があれば、とてもまともではいられない・・・。そういう保険もついてくる、ということですか」
「・・・・・・わかってるではありませんか、シモン」
 まずい。うまい反論が思い浮かばない。このままでは殺し合いが始まってしまう。
 シモンはダリアをちらりと見る。ダリアは目を瞑って口に手をあてているが、おもむろに目を開き、
「ベリル様。一つ提案があります」
 全員の注目がダリアに集まる。
「・・・何かしら、ダリア?」
「・・・ここで殺し合いをはじめては、この謁見の間が酸鼻なものになりましょう。それに彼女達が死力を尽くすにはやや手狭かと。場所と時間を改めてはいかがですか?」
「・・・ふふふ、随分シモンに肩入れするのね、ダリア。シモンに洗脳でもされたのかしら?」
 ダリアはそんなベリルのあてこすりを平然と受け流す。
「・・・いいでしょう。30分後に中庭で始めましょう。・・・シモン、いいですね?」
「・・・承知しました」




「・・・お前、よくあそこで顔色変えないでいられるな」
「あんな見え見えのカマかけに慌ててどうする」
 謁見の間を出て、シモンとダリア、そして3人のヴァルキリーは一室に集まっている
「・・・ではしかたない。さっきの作戦を決行する」
「・・・分の悪い賭けだぞ」
「分が悪くてもしかたない・・・。それに、ここで保身を図っても、今後いつベリル様に粛清されるか、わかったものではないからな。ヴァルキリーが3人手元にいる今がラストチャンスだ。・・・ダリア、すまんが頼んだぞ」
「・・・・・・わかった」
 ダリアは部屋から出て行った。
 シモンは残された3人のヴァルキリーに向き直る。ポケットからライターを取り出し、おもむろに火をつける。
「・・・お前達、この炎を見ろ・・・」
 シモンの言葉を受けて、3人の視線がライターの炎に注がれる。
「俺の言葉をよく聞け・・・、最後の命令だ・・・」




 月が中天に浮かんでいる。ほぼ満月。
 ヴァルキリー3人とシモンが中庭の中央に位置しており、ベリル、サファイアはその端にいる。
 高出力の光源がいくつか用意されて辺りを照らしているため、薄暗いものの視界に不自由はない。
 そんな中で、黒いドレスを着たベリルの姿は闇に半ば溶け、白い顔と胸元が浮かんでいるように見える。サファイアは鞭を持って、いざというときにベリルを守れる位置にいる。
 ベリルがゆったりと腕を振る。
「・・・それでは、始めましょうか?」
「・・・は、では3人とも、・・・殺し合え」
 シモンがパチン、と指を鳴らすと、霞がかっていた3人の瞳には敵意が宿る。3人はバックステップをしながら互いに間合いを取って離れ、互いに牽制するように攻撃体勢をとる。巻き添えを食わないようにシモンも急いで退避し、ベリルの脇へ移動した。
「フフフ・・・、シモン、随分あっさりと始めたものね。お別れの挨拶はもう済んでたのかしら?」
「・・・そんな大した関係じゃありません。所詮、私は雇われ調教師です」
「・・・その割にはかなりご執心だったようだけど・・・。ところで、どう見ますか?。あなたは。あの3人の誰が生き残ると思いますか?」
「・・・・・・そうですね・・・」
 −−1対1の戦闘であれば比較的戦いはシンプルだが、3人が互いに敵である戦闘は難しい。当然、二人が戦って傷つけ合えば、残る一人が利するだけだ。
 しかし、この3人であれば、ローズの実力が頭一つ分突き抜けている。そのことを残る二人がどう考えるか。
 ルピアとカーネリアは互いにちらりと見あう。その後、ローズを挟み込むように二人は位置をとる。まずは実力のあるローズを二人で協力して倒す。そういう作戦に出たようだ。
「ファイアーストリーム!!」
「・・・ウィンドブリッド!」
 光を喪った瞳のカーネリアとルピアが同時に魔法を放つ。
 同じく、霞みがかった瞳のローズは軽く腕を左右に伸ばし
「スプラッシュ・サンダー!!」
 青白い稲妻と紅蓮の炎が辺りを白く染め、轟音とともに炎の奔流と風の刃がかき消される。
 もうもうと舞う土煙が晴れると、カーネリアはローズに斬りかかり、ルピアは離れた距離から魔法を連打してローズの背面から攻撃をしている姿が見える。
 ローズは雷撃でルピアの風の弾丸を左手で撃ち落としながら、右手のメイスでカーネリアの剣を受ける。しかし、次第に激しくなるカーネリアの剣とルピアの魔法攻撃に、追い詰められているのがわかる。
「・・・フフフ、ローズの圧勝かと思いましたが、意外にいい勝負になりそうですね・・・」
「・・・」
 カーネリアの太刀筋は迷い無くローズの急所を狙って叩き込まれているが、ローズはその太刀筋を全て封殺する。金属の打撃音が鳴り響き、火花が二人の昏い瞳を照らす。一方、ルピアの風の弾丸の勢いはどんどん増していく。一つ一つの破壊力は弱いが、それが同時に数十個飛来してくるので、片手一本の魔法障壁では完全に防ぎきることはできない。ローズの腕や頬にカマイタチによるかすり傷が増えていく。
 ズシャ!!
 ルピアのカマイタチが魔法障壁をかいくぐってローズの上着を切り裂いた。胸元から鮮血が飛び散る。
「・・・!」
 その隙を見逃さずカーネリアの剣先がローズの頚動脈を捉えようとした瞬間、 
「きゃぁ!!」
 カーネリアの悲鳴とともに、カーネリアの身体がベリルとサファイアの方に飛んでくる。ローズのがカーネリアを蹴り飛ばしたのだ。ローズは飛んでいくカーネリアを追いかけ、その後ろからルピアがジャンプしてローズを追いかける形になる。
「ベリル様!危険です!」
 サファイアの叫び声にベリルは反応しようとしない。
 ゴムマリのように跳ねたカーネリアはベリルの目の前に倒れこむが、剣を杖に何とか立ち上がる。
 その刹那、白い服を真紅に染めたローズは、カーネリアの脇に着地し、カーネリアに止めを刺すべく、青白い稲妻を纏わりつかせたメイスを振りかぶる。
 ルピアは風の力を借りて空高く舞い、杖を構え、地上にいる二人を狙い撃つ。
「ライトニング・クラッシュ!!」
「バーニング・エアー!!」
「ウィンド・ハプーン!!」
 3人の魔法が、一斉に火箭を開く。しかし、全ての魔法は、カーネリアでもローズでもなく、ベリルに向かって放たれている。
 ベリルは顔色一つ変えることなく、胸元から扇を取り出しゆっくりと構えた。

 炎と雷と風の奔流が、ベリルの対魔法障壁とぶつかりあう。
 全ての色が無くなったかのような閃光と、全ての音が消えたかのような轟音で世界が埋め尽くされる。

 土砂が空に舞い、滝のように落ちてくる中で、1分ほどすると、爆心地にいたはずのベリルの姿がようやく見えてきた。瀟洒なドレスは土埃に塗れているが、かすり傷一つ負っていない。
「・・・あら、茶番はもう終わりなのですか。もう少し楽しませてもらえるかと思っていたのだけど」
「・・・さすがにあの程度では全くお怪我が無いということですか。ベリル総帥」
 シモンを守るように3人のヴァルキリーが武器を構える。ローズは胸元から血糊の詰まった袋を取り出して捨てる。全ては芝居だ。
「シモン!貴様何を・・・!」
「『囚われのサファイア』、お前も俺の下僕だ。・・・そうだな?」
「・・・はい・・・シモン様・・・」
 サファイアの表情から意思が剥落し、ベリルに対して戦闘態勢をとる。
「フフフ・・・。シモン。ようやくやる気になったようですね。こちらとしても表立って刃向かってもらわないとつまらないというものです・・・」
「・・・ご希望に応えられて何よりです」
「・・・しかし、今の初撃で私を倒せなかったのは残念ですね。最初で最後のチャンスだったというのに・・・」
 ベリルはゆっくりと一歩踏み出す。
「・・・つい最近知りましたよ。あなたがクローンだということ・・・そしてあなたの意思がプログラムだということを・・・」
 シモンの言葉にベリルは軽く笑う。
「・・・ダリアかサファイアに聞いたのですね・・・。そう、私の力は星の力。私の肉体は不死の肉体。そして私の意思はネメシスの意思です・・・。私に反逆する、ということは、ネメシスという種族に刃向かうことになるのですよ、シモン」
「・・・・・・」
「シモン、貴方は、ネメシスの歴史をどの程度知っていますか?」
「・・・・・・教科書程度には」
 シモンは、赤ん坊の頃に『冷凍』され、この惑星に着いてから『解凍』された組だ。だからネメシスがこのチキュウに辿り着くまでの経緯も、サファイアの話をきくまでは教科書程度にしか知らなかった。もっとも、聞いた後もきちんと理解しているわけではない。
「・・・ネメシスは、かつて、自らの星を自らの手で住めないようにしてしまいました。それは、互いにいがみ合い、滅ぼしあってのこと・・・。その性格が残忍で利己的なネメシスは、惑星を捨て、艦隊を組んで宙(そら)を往く間にも、しばしば権力闘争に明け暮れました」
「・・・」
 ベリルは遠くを見て話している。
「・・・20000年前、その愚かな戦いに終止符をうつために、二つのことが決定されました・・・。一つは、最低限の実働部隊を除き、全てのネメシスを冷凍冬眠させること・・・」
「それは知っています・・・。ここの地下の旗艦に積まれている積荷が、同胞たちであることは・・・」
 このアジトの地下にはもう数年も動かされていないネメシスの宇宙船・・・旗艦がある。そこには蚕の繭のような形をした同胞たちの遺伝子カプセルが積まれている・・・。『冷凍冬眠』とはいっても、遺伝子レベルまでに落とし込まれているのだ。
「・・・そして、もうひとつ・・・。ネメシスの全ての決定を、一つのコンピューターに委ねること・・・。ネメシスのことを第一に考え、ネメシスを決して裏切らない、私利私欲の無い機械に、ね・・・」
「・・・」
 ベリルがゆっくりとシモンの方をみた。その表情は、不思議と柔らかい。
「・・・私は、そのコンピューターの決断を実行に移し、ネメシス実働部隊を導くために作られた有機アクチュエーターの集合体・・・、クローン、アンドロイド・・・好きな呼び方をすればいいでしょう。私の使命は、ネメシスの存続、その一点です」
「・・・」
 ベリルは、造られた笑みを浮かべながら続ける。
「私は、20000年もの間、常にネメシスの意思決定を為してきました。時には総帥・・・時には将軍・・・、身分は違うことはありましたが、最終決定権は常に私・・・正確に言えば、ネメシスの旗艦のマザーコンピューターにありました」
 ベリルは扇をパチンと閉じて、腰帯に挿す。
「・・・そして、ネメシスにマイナスがあると判断したことは、ネメシスの種の存続のために、排除せざるをえません」
「・・・ベリル様。私は彼女達を生かすことが、ネメシスの不利益になるとは思いません」
「・・・たとえ暴発の可能性がわずかでも、暴発したときのリスクが甚大ならば、その芽は摘み取られるべき・・・。あなたも理性では分っているでしょう」
 ・・・そう、ベリルを説得することはできないのだ。同じ生身であるダリアならともかく、ネメシスにとっての最善手を考えるマザーコンピューターの決定を、忠実に具現するだけの存在であるベリルは説得されることはない。そして、常にコンピューターとリンクしているベリルに暗示を与えても、異常を検知したコンピュータが『正しい決断』『正しい人格』に塗り替えてしまう。ベリルには暗示が効かないというダリアの言葉の真意は、そういうことだ。
 ベリルが一歩、シモンの方に近づいた。
「・・・シモン、貴方は想像以上の能力を持っています。・・・しかし、今や、その能力は、感情に動かされている」
「・・・・・・」
「・・・皮肉なものですね。あなたの洗脳の能力は、おそらくその感情あってのもの。私では、たとえあの薬を使ったとしても、彼女達をあそこまで意のままに操ることはできなかったでしょう。いえ、今なら・・・そこの娘達は、あの薬なしでも、貴方に命を捧げるかもしれませんね・・・」
「・・・それは買いかぶりというものですよ、ベリル様・・・。私はただの下っ端ですからね・・・」
「・・・ふふふ、シモン。私も今まで20000年以上ネメシスの兵士を見てきましたが・・・、何人か、貴方のように、原住民と融和してやっていこう、という提案をする者はいたのですよ」
「・・・」
「・・・全員、私が殺しましたが」
 ベリルの腕がふわりと宙を舞う。すると、彼女の白い手に、黒い鋼の柄がたちあらわれる。人の身体の長さほとある柄の先には、ゆるやかな弧を描く大きな鎌が冷たく光る。その大鎌を、ベリルは扇子でも持つかのように軽々と、優美にゆっくりと一振りする。
 黒服に大鎌。偶然にもその出で立ちは、この星では死神のそれだ。しかしシモンはそのことを知らない。
「では、シモン。愛する下僕達と共に・・・死になさい」
 シモンにベリルの大鎌が襲い掛かる。しかしその鎌をカーネリアの剣が遮る。その隙をついてローズのメイスがベリルの横腹を打とうとするが、ベリルは腰に挿していた扇を抜いてメイスを薙ぎ払う。サファイアが鞭で、ルピアが杖で攻撃を加えようとした瞬間、ベリルは横にジャンプしてそれをかわしつつ、
「・・・ダーク・フレア」
 黒い火球が4発、ベリルの指から解き放たれ4人に命中する。4人とも寸前で魔法防壁を発生させたものの、無傷というわけにはいかない。フラフラになりながら、何とか立ち上がる。
 しかし、ベリルも無傷ではなかった。カーネリアの反撃の剣が頬をかすめ、かすり傷を作っていたからだ。
 ベリルが使う魔法防壁やエネルギー攻撃の源泉は、ネメシス旗艦のエンジンで発生させているエネルギーを転送することにより賄われている。それは恒星レベルのエネルギーであり、地上で使うにはあまりに危険な力だ。ゆえに滅多なことでは使われたことが無い。
 もちろん、ベリルの身体は遺伝子レベルで強化されているから、旗艦のエネルギーを使わないでも尋常でない戦闘力を持っており、白兵戦で負けることはまず無い。しかし、魔法を使えるヴァルキリー3人を含む4人を相手に、手加減できるほどの余裕は無い。
「・・・この星が半分削れてしまうかもしれませんが、止むを得ないでしょうね・・・」
 ベリルはマザーコンピューターに、エネルギー転送上限の解除を要請する・・・。


 ベリルと4人が戦っている間に、シモンは猛ダッシュで逃げている。
「・・・あー、ダリア、そっちの具合はどうだ?」
 シモンは無線を取り出してダリアとコンタクトを取る。
「・・・エネルギーリンクは遮断した。メンタルリンクはもうちょっとかかる」
「早く頼むぞ。時間が無い。・・・培養は?」
「それは完了した。今、基礎プログラムを流し込んでる」
「了解」
 シモンは無線のスイッチを切り替え、
「あー、お前ら、きこえるか?」
「「「「・・・はい、シモン様」」」」
 轟音と雑音でかき消されそうな中、4人の声が聞こえる。
「ベリル様を倒そうと思うな。無駄弾をとにかく使わせろ。やばくなったらとっとと逃げろ。あとはこっちが引き受ける。以上」
 シモンは言いたいことだけ言ってスイッチを切ると、脇目も振らず地下に伸びる階段を下っていく。





「ぐはっ!」
 ベリルの鎌の柄がローズの首筋に当たり、ローズがその場に崩れ落ちる。
 周辺は絨毯爆撃を受けたようにクレーター状の穴ができている。アジトの地上部分も半分ほど焼け、剥き出しのコンクリートからは煙が燻っている。
 カーネリア、ルピア、サファイアは既に地面に倒れている。
「・・・思ったより、手間取りましたね」
 ベリルも体中が切り刻まれ、至る所で血が滲んでいる。黒いドレスも今やズタズタだ。手をかざし治癒を試みるが、4人を倒すためにエネルギーを大量に消費したために、エネルギーがほとんど残っておらず、せいぜい止血する程度だ。
 旗艦からのエネルギー転送がさっきから止まっている。
「・・・シモン、いやダリアですか・・・。エネルギーのリンクを切ったのですね・・・」
 マザーコンピューターとの連絡もさっきから途切れている。おそらく、ダリアがクラックしてコミュニケーションラインをジャミングしているのだろう。
 ベリルが鎌を振りかざし、ローズの胸に打ち下ろそうとした瞬間、ベリルの脳に警告音が届く。旗艦からのエマージェンシーコールだ。
「・・・シモン・・・。マザーコンピューターを乗っ取る気ですか・・・」
 ベリルは腕を振って大鎌を消すと、シモンを追って旗艦に向かった。

 
 


 

 

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