洗脳戦隊


 

 
第三話 学校



「シモン!シモン!!」
「はい!ただいま!」
 シモンは急いで声のする方に向かう。頭には三角巾、右手には六角レンチ、左手にはバケツとモップ、エプロンの下はいつもの黒いスーツ。バイザーなんかつけていられない
「こっちまで水が来てるわ!あなたどこみて掃除してるの!」
 サファイアが自分の部屋の前で腕を組んで睨みつける。蛇口が壊れてあふれた水が廊下中にあふれかえってサファイアの部屋に浸入しそうなのだ。元がボロだからあちこちガタが来ている。
「す、すみません、サファイア様。でもあっちの水漏れを先に止めないと・・・」
「のろまね。さっきから随分時間が経つじゃない。早くなさい!」
「だったらお前も少しは手伝えよ!」
と言えればどんなにか良いのだが、そんな科白はシモンには吐けない。
「は、申し訳ありません・・・」
ペコペコしながら左手のモップで床を拭く。
 ネメシスのアジトの掃除は、昔は当番制で俺を含めた下っ端で順繰りにやっていたのだが、最近の敗北続きで人数が減り、ほとんどこのアジトの掃除は俺一人でやっている状態だ。今日はなぜか蛇口が壊れて大変なことになっており、その後始末もシモンがやっている。
 サファイアは持っている鞭をもてあそびながら冷たい声で言う。
「どうせあなたじゃヴァルキリーに太刀打ちできないんだから、せいぜい掃除要員として役立ちなさい」
「は、申し訳ありません・・・」
「申し訳ない、申し訳ない・・・、本当に申し訳ない、と思っているのかしらね?」
「は、申し訳・・・」
 サファイアがパチンと鞭を鳴らしたのでシモンは口をつぐみ、黙々とモップを動かし始めた。
「・・・何してるのよ」
「は?ええっと、言われたとおり床を拭いているのですが・・・」
「向こうで水があふれてるじゃなかったの!?」
「え、まあそうですが、先ほどお呼びになったので急いで駆けつけた次第で・・・」
 サファイアが鞭で壁を叩く。
「あっちがあふれてたらここをいくら拭いても意味が無いでしょ!少しは足りない頭つかったらどうなの!」
「呼びつけたのはお前だろ!!」
 とも言えない。言えばその場で百叩きだろう。この程度の理不尽はもう慣れた。シモンは着実な成長を遂げつつある自分の忍耐力にささやかな感謝をした。・・・でも、この惨めな気持ちは何だろう?
「部屋の中に水が入ってきたら、ただじゃおかないわよ」
 サファイアはそう言い捨てて、くるりと後ろを向くと、自分の部屋に入ってドアをバタンと閉めた。
 シモンは形のよいサファイアの尻を見送った後、深々と溜息をついた。

 シモンは自分の部屋に戻る。どっと疲れが出て倒れこむが、やらねばならないことや考えねばならないことがたくさんある。
 目の前には分厚い本が何冊も散らばっている。『催眠入門』『古典洗脳から現代洗脳へ』『深層心理操作』・・・。ダリアから借りた本だ。前回はたまたまうまくいったが、薬に頼りすぎるのもよくないし、今後のことを考えるときちんと学んでおく必要があると思ったからだ。勉強は好きではないが、この際好き嫌いを言っていられない。
 自分のポケットをまさぐり薬ビンを取り出す。
 洗脳薬・・・。
 サファイアで実証されていたとはいえ、カーネリアにあそこまで効くものとは思わなかった。しかし、これからどうすればよいのだろうか。ネメシスがこの星を制圧するためにはあの魔法少女戦隊ヴァルキリーが邪魔だ。となると、この薬を使って、ヴァルキリーの連中を全員洗脳して・・・殺す。そして反撃能力を失ったこの星のニンゲンどもを支配、逆らう奴は皆殺し・・・。めでたしめでたし、か。
 俺はネメシスの組織に属している。となればネメシスの命に従って動くのが当然だ。当然だが・・・どうもすっきりしない。何故だろうか。いや、そんなことよりも次はどうやってヴァルキリーを洗脳すれば良いのだろう。やっぱり手加減しないでダリアの言うとおり完全に堕とすべきだったか・・・、シモンは目を閉じてグルグルと考え込んだ。


 ジリリリリリ!
 目覚し時計の音が鳴り響く。
「うわっ!」
シモンが飛び起きる。何時の間にか寝入っていたらしい。
「シモン、サファイア様が呼んでいるぞ」
白衣を着たダリアが枕元に立っている。手には目覚し時計。
「そんなもので起こすなよ・・・、たく、人遣いの荒いお嬢様だ・・・」
シモンは目をこする。
「ちなみに、その鞭の得意なお嬢様は、いくら呼んでも全く来ないお前にいたくご立腹のご様子だが」
 シモンは慌てて部屋を飛び出した。

 鞭の描写は省略する。
 ヒリヒリする鞭の痛みに耐えて跪いているシモンを見下ろしながらサファイアは言う
「お前、昨日ヴァルキリーと戦ったそうだな?」
「は?なんでそれをご存知で?」
「ダリアが珍しい格好をしていたからな。尋ねたらお前の作戦に協力したといっていた・・・で、首尾はどうだったのだ?」
「はぁ、何ともかんとも・・・結構な御点前というべきか・・・ご馳走様、というべきか・・・」
「・・・お前、ヴァルキリーと茶でも飲んでいたんじゃあるまいな?」
「いえ、そんなことは。ええと、まあ、全力を尽くしましたが一歩及ばず、であります」 サファイアは冷たい声のままだ。
「・・・で、これからお前はどうする気だ?」
「は?どうする気、といいますと?」
「あのヴァルキリー共相手に策はあるのか?」
「無い事も無いですが・・・」
 サファイアは手に持った鞭をぎゅっと握り締める。彼女がいらだっているときの癖だ。「相変わらず煮え切らない男ね!その策で勝てるの?勝てないの?」
「あ、勝ちます、勝ちます。もう、グリグリのコテンパンに!」
「もうお前のその嘘八百は聞き飽きた・・・、今度こそ自信があるんだろうな?」
 シモンは昨日のことを考えていた。昨日の暗示さえ効いていれば、それほど難しい話ではない。
 シモンは立ち上がり、サファイアの方に一歩歩み出て、サファイアをじっと見据える。サファイアはたじろいでのけぞる。
「・・・あります」シモンが低い声で言う。
「・・・・・・」サファイアは思わず目をそむけ、目を後ろにやる。そこにはベリル総帥がいる。
「・・・シモン、前回、私はあなたに『次は無い』といいましたね」
 ベリルの言葉に、シモンはゴクリと唾を飲み込む。
「本当は今日あなたを処刑する予定でした。昨日の失態の責任をとってもらうために・・・。でも、あなたがそこまでの自信を持って言うことは初めてです。・・・あと3日待ちましょう。それまでに、決定的な勝利をおさめなさい」
「でなければ、処刑よ」
 サファイアが鞭を鳴らした。
「・・・ご厚意、感謝いたします」
シモンはひざまづき、深々と頭を垂れた。

「・・・ご苦労なことだな」
 謁見の間から出てくると、ダリアが同情の声をかける。いつもの大きめの白衣だが、今日はひっつめ髪だ。
「寿命が縮んだ・・・」
「縮んだ結果、あと3日か・・・。まあ、お前とはなかなか楽しくやってこれたよ。これだけ見てて笑える奴もネメシスにはいなかったしな。年に一度くらいは墓に供え物はしてやるから、心置きなく死んでくれ」
「・・・・・・」
「そんな捨てられた犬みたいな目をして私を見るな」
「・・・・・・」
「ええい鬱陶しい!」
「・・・すまん。いや、ダリアには本当に世話になった・・・感謝してるよ。最後に男シモン、一花咲かせて散らしていただくよ」
「・・・そこまで絶望的になることも無いだろう。昨日の暗示が効いていれば、十分に勝負できる」
「でもそれを確かめなくてはなぁ・・・。でも連中がどこにいるかわからないし・・・もうおびき出すこともできないだろうし・・・」
 ダリアはふぅ、と溜息を一つついて、白衣のポケットから紙を取り出した。
「ヴァルキリーは、あんな年端も行かない小娘だ。知識も足らないから、まだ『学校』というものに通っている」
「・・・年端もいかないのはどっちだよ」
「・・・」
「ああ、行くな行くな!悪かった。いや、ダリアはあんな小娘たちよりよっぽど知識もあるし、立ち振る舞いも落ち着いているし、ええと、ええと・・・」
 ダリアはぶすっとむくれていたが、
「・・・すまん。大人気なかったな。ともかく、ヴァルキリーたちが通っている学校を突き止めた。ここで不意打ちして、昨日の娘、カーネリアに暗示が効いてるか確かめればよい。何ならさらに深く洗脳してもよいだろう」
 『学校』か・・・。シモンはなぜかその単語に心のざわめきを覚えていた。遠く懐かしい思い出のような気がした。




「ふぁぁ・・・、よく寝た・・・」
「随分と遅い朝ですね。もうすぐ学校始まりますよ?」
「・・・ん。ちょっと疲れたからね。昨日は一仕事だったし」
 カーネリアはパジャマにつっかけスリッパ、頭ぼさぼさでルピアの前に現れ、食事の支度を始めた。・・・戦隊ヴァルキリーの戦士は司令部に住んでいる。いざというときに即応できるようにするためだ。
「例のシモンを倒すのに手間取っていたようですね。帰ってくるのが遅かったので少し心配しました」
 ルピアは朝食後の紅茶を飲みながら言った。
「何言ってるの、私があんな奴に負けるわけないじゃない。けちょんけちょんにやっつけてやったわ。最後にはヒィヒィ言ってたし、女の子も無事救出、百点満点よ・・・いたた」
「どうしたのですか?」
「うーん、何か・・・椅子に座るとお尻の方が痛くて・・・なんでかな」
「年でしょう」ばっさりと切り捨てるルピア。
「わたしとあんたは同い年でしょうが!」
 カーネリアが大声をあげると
「元気そうね。カーネリア」
 二人の後ろにヴァルキリーのシンプルな制服−白いブラウスにモノトーンの上着、グレーのタイトスカートを身に付けた女性が現れた。
「あ、ローズ司令、おはようございます」「おはようございます」
「おはよう」
 ローズはにっこり笑って応える。
 戦隊ヴァルキリー日本総司令部司令官、雷のローズ。若いながら実力も十分で、世界中のネメシスの拠点の大半はローズ率いるヴァルキリーの攻撃で活動能力を失った。残るはこの日本だけ、というわけで、最近になって彼女がこの地に派遣されてきた。
 いざとなってもローズ司令がいる、という事実は、ネメシスとの長い戦いに疲れがちなカーネリアとルピアを奮い立たせてきた。そして、実際戦況はヴァルキリー側の完全勝利へと傾きつつある。
「あなたも、女の子も無事で何よりでした。・・・ところで、ネメシス側にはどの程度の被害を与えましたか?」
「・・・それが・・・、あいつ、また逃げ出したんです。本当に卑怯者なんだから・・・」
 カーネリアが憤然とした。
「また、どうやって?」
「ええっと・・・どうだったけかな?」
 うーん、とカーネリアが記憶を取り戻そうとして唸る。
 ルピアが横からぼそりと言う。
「どうせいつものように煙玉かなんかでしょう」
「あ、そうそう、煙玉。もう、煙くて煙くて。まだむせてるくらいよ。そういえば、まだ口の中が苦い感じ・・ススか何かが口に残ってるのかなあ?」首を傾げるカーネリア。
「このまま放っておくと、また何をするかわかりません。いい加減にケリをつける時期に来ているのかもしれませんね」
 ローズが呟く。
「私はいつでも行けます!」
「・・・同じくです」
「まぁ、待ちなさい。そんなに慌てなくてもいいわ。やるべきときに、一気にカタをつける。それが私のやり方だから」
「了解です!」「・・・ご命令、お待ちしてます」
 朝食をとる二人を置いて、ローズは部屋を出た。

 二人ともとっても良い娘たちだ。普通なら平凡ながら楽しい学生生活を満喫していいはずの彼女たちを、こうした戦いにしばしば駆りださねばならないのは正直辛い。けれども、彼女たちがいなければネメシスを打ち破ることはできない。せめて、はやく彼女たちに平凡な日々を取り戻してあげるのが私の勤めだ・・・、ローズがもの思いにふけりながら歩いていると、ふと廊下に青いものが落ちているのが目に入った。
「・・・花?」
 つまむと、それはラベンダーの花だった。あの二人のどちらかが買ったのかしら・・・と思い、匂いを嗅ぐ。ラベンダーの匂い。でも・・・。
「・・・。何だろう。この匂い・・・。どこかで・・・。」
 ローズは首を傾げたが、その匂いの正体を思い出すことはできなかった。あきらめて花を制服の胸ポケットにしまい、部屋に戻った。自分も職場に行かねばならない。



 キーンコーンカーンコーン。
 終業のベルが鳴る。
 生徒たちは皆、教室からバラバラと帰っていく。
 残ったのは、二人の生徒と一人の教師。
「あー、ようやく一日も終わりね。今日はちょっと暑かったかな、肩もこっちゃったし」「先生、寄る年波には勝てないね〜」
「こら、松田さん、そんなことうら若きレディに言うものじゃないわ」
「・・・レディは、ブラウスの胸元をパタパタめくって扇いだりしないものです。清水先生」
「碧(みどり)のほうが言うこときついよね・・・」
 朝、司令部に居た3人が、再び顔をあわせている。ただ、松田朱美と藤谷碧−−カーネリアとルピア−−はブレザーを着て、清水先生−−ローズ−−は白いブラウスにグレーのタイトスカートという服装になり、場所は高校の教室へと変わってはいたが。
「今日はネメシスの連中、なんかしでかさないといいけどね・・・、最近呼び出しが多くて、私、宿題がたまっちゃってるよ」
「・・・昨日の今日だから、大丈夫とは思いますが」
「そう、松田は帰ってちゃっちゃと宿題をすること。テストも近いしね」
「はーーい、先生と碧は?」
「わたしはちょっと仕事があるから、藤谷さんに手伝ってもらって片付けてからかえるつもり」
「・・・朱美はお勉強しててください。次も赤点だとまずいです。」
「う、わかってるわよ・・・」

 シモンは教室のベランダからそっと中をうかがう。この学校の男子制服−−ガクランというものらしい−−に変装して、学校に朝から入り込んでいた。このクラスにヴァルキリー二人とヴァルキリーの司令官がいることは午前中の偵察で掴んでいたが、昼間はなかなかカーネリア一人になることがなく、徒らに時間を過ごした。今、教室からルピアとローズが出て行き、ようやくカーネリアが一人になった。
 朱美ことカーネリアはかばんに荷物を入れている。今出るべきか、出ぬべきか・・・、シモンは中腰のまま、窓枠の下を中腰で移動しようとしたが、・・・あまりに長い時間腰をかがめていたので、足がしびれてつんのめった。
「うわっ!」
派手な音をたててコンクリに頭をぶつける。
「ん?誰かいるの?」
 カーネリアはベランダに出てくる、と、そこには男子生徒が突っ伏している。
「だ、大丈夫?」
「だ、だ、大丈夫です、お気遣いなく」
 大丈夫、という割には顔をあげようとしない。
「とりあえず、起き上がりなさいよ、ほら」
 カーネリアが男子生徒の手をむりやり掴んで引き起こす。
「ほらっ・・・、て、あんた、確か・・・、まさか・・・」
「・・・あ、どうも、その節は」
 シモンはひきつった笑いを浮かべる。
 カーネリアは手を振りほどき、間合いをとる。一気に表情が真剣になる。
「昨日、あれだけコテンパンにやられたのに、まだ懲りていないわけ?」
 彼女が手を一振りするとそこに剣が現れる。
「今度こそ、逃がさない!」
 カーネリアは、ぶんと剣を振るう。シモンがあわてて窓から教室に飛び込んでよける
「タ、タ、タイムタイム。落ち着け。話せば分かる!」
「問答無用!」
 シモンは机を蹴散らかしながら後ずさりするが、カーネリアは剣を正眼に構えて教室の隅に追い込む。
「こんどこそ、逃がさないわ・・・滅しなさい!フレイムソード!」
 剣が赤く灼けていく。カーネリアはその剣をふりかぶりシモンの脳天めがけて叩き込む。
「!!」
 が、カーネリアの剣はシモンの頭上10cmのところでピタリと止まる。
「あれ・・・?」
 カーネリアは再度振りかぶりシモンに叩き込もうとするが、やはりピタリと止まってしまう。
「・・・こいつ、またバリアか何か使ってるわね!相変わらず卑怯な奴!!」
 カーネリアは上下左右から次々と剣をシモンに叩き込む、いや、叩き込もうとするのだが、どの角度から打ち込んでも、刃はシモンの体から10cmのところで止まったり、あらぬ方向に剣先が流れたりする。
「このぅ・・・!剣が駄目なら魔法を喰らいなさい!ファイア・ストリーム!!」
 カーネリアは剣先から炎をほとばしらせるが、勢いよく飛び出した炎もシモンの近くになると弱まり、立ち消えてしまう。
「・・・くっ。なんで・・・。まさか、ネメシスの最新兵器?」
 シモンはゆらりと立ち上がった。先ほどとはうってかわって、余裕の笑みをうかべている。
「卑怯とは失礼だな。俺は正真正銘の丸腰だ。種もシカケもない」
「・・・じゃあ、何で・・・」
 狼狽するカーネリア。
「カーネリア、君はさっき昨日俺のことをコテンパンにやっつけた、と言ったね、それは確かかな?」
「・・・何そらとぼけてるのよ。あなた、子供誘拐して、身代金とろうとして倉庫に私を呼びつけたじゃないの?忘れてるの?」
「・・・、その後、どうなったっけ?」
「その後って・・・結局女の子は助かって、あなたは私に徹底的に叩きのめされて、逃げ出したでしょ!いつもの展開よ」
「なるほど・・・まあ、たしかに、ある意味昨日のプレイは激しかったから、ヤったというよりは半ばヤられたところはあるよな・・・、間違いでは、ないか」
「何、わけのわからないこと、言ってるのよ・・・」
 妙な自信を見せるシモンに、何時の間にかカーネリアは圧倒されてつつある。
「どうやらネメシスの神は、まだ俺を見捨てていなかったらしい」
 シモンは一歩前に詰め寄る。カーネリアの剣はシモンに向いたままだが、そんなことは気にする様子もなく、シモンはゆっくり間合いを詰めていく。
「あ、あなた、この剣が目に入らないの!!」
「当たらない剣は怖くないさ・・・、何なら突いてみたらどうだ。今なら腕を少し伸ばせば、俺の心臓を一突きだ・・・、できるのなら、な」
 シモンの挑発にカッとなったカーネリアは、シモンの心臓めがけて全力で腕を伸ばそうとする、が、重い鉛が腕の血管を流れるかのような感覚に囚われ、腕に力が入らない。
「ふん・・・」
 シモンが軽くカーネリアの剣を横に叩くと、カーネリアの手から剣がこぼれおち、床に転がる。
 「あ・・・、いや、来ないで・・・」
 一歩一歩進むシモンに対して、カーネリアは後ろにあとずさりする。しかし、すぐに教室の壁につきあたる。そのままへたり、とカーネリアは座り込んでしまう。体がカタカタ震え始める。
「どうした、カーネリア。さっきの威勢はどこへいった?俺を叩きのめすんじゃなかったのか?」
 叩きのめす?彼を?そんなこと、できるはずがない。私とこの男じゃ実力が全然違う。勝てっこない。なんで、そんな、当たり前のこと、今まで、私は、忘れて、いたんだろう・・・。
「ごめんなさい・・・、許して・・・」
 カーネリアはしゃくりあげて泣き始める。体の震えがとまらない。
 シモンはしゃがみ、カーネリアを覗き込む。
「カーネリア」
 びくっと体を震わすカーネリアの頭をやさしくシモンは撫でる。
「・・・カーネリア、少し落ち着け。俺も、今すぐお前の命を取ろう、というわけじゃない。お前が俺の言うことをきちんときくなら、今までの無礼は許してやる」
「・・・本当・・・?」
 カーネリアは、目を赤くはらしながらシモンを上目遣いでおそるおそる見る。
「ああ、本当だ・・・、ただ、チャンスは一度だけだ。俺の言うことから少しでも外れることをしたら・・・、わかってるな」
 彼女はブンブンと首を縦に振る。
「よし、じゃあ、目をつぶるんだ、カーネリア。そしてゆっくり、そして深く息をすって・・・そして、吐いて・・・、吸って・・・吐いて・・・」
 言われるままにカーネリアは深呼吸を始める。
「だんだん、心が静かになっていく。落ち着いてくる。そう、俺の言うことをきいてれば、何の心配もいらない・・・。むしろ心地よくなっていく、気分がすっきりして気持ちよくなっていく・・・」
 さっきまで強張っていたカーネリアの顔から緊張が取れ、顔つきが柔らかくなっていく。体の震えはいつのまにか消えている。
「さぁ、落ち着いてきたな。じゃあ、ゆっくりと目を開けてごらん」
 カーネリアが目をあけると、目の前には、ライターの炎が揺れている。
「炎が見えるね。じゃあ、この炎の先をじっと見るんだ。揺れてる炎の先を、しっかり追いかけて見つづけるんだ・・・。もうお前は、この炎と俺の声しか感じることだできない。他のものは何も見えない・・・何も聞こえない・・・」
 カーネリアは口を半開きにして、炎をひたすらに見つめている。シモンがライターを右に動かすと彼女の視線も右に、左に揺らすと左に動く。
「そう・・・。だんだん、目がしょぼしょぼしてくる・・・。ずっと見ていたから疲れてきているね・・・、でも炎はずっと見ているんだ・・・」
 カーネリアは頻繁にまばたきをする。目を開くたびに、まぶたが上がるスピードが遅くなり、まぶたの上がる幅が小さくなっていく。
「カーネリア・・・俺の声は聞こえているな・・・」
「・・・はい・・・」
「よし、いい子だ・・・。これから俺が言う言葉は、お前の心の深い深い奥底に刻まれる。そしてその言葉は決して忘れることなく刻まれたままとなる・・・。カーネリア、俺が言う言葉を繰り返すんだ。繰り返せば繰り返すほど、お前は気持ちよくなっていく。・・・『私は、シモン様の忠実な僕です』・・・さあ」
「私は・・・シモン様の・・・忠実な・・・僕です・・・」
「『シモン様の命令は、絶対です』」
「シモン様の・・・命令は・・・絶対です」
「『シモン様に従うことは、この上ない喜びです』」
「シモン様に・・・従うことは・・・この上ない・・・喜びです・・・」
 カーネリアは炎を見つめながら陶然とシモンに隷属を誓う言葉を繰り返す。その度に、彼女の心に拭い去れない烙印として刻まれていく。
 5回ほど言葉を復唱させると、彼女の目はほとんどつぶった状態になっている。ときおり痙攣のようにまぶたが動く。
「よし、カーネリア、そうしたら、このライターが閉じると、お前は深い深い眠りに入る。そして、心の中で、今の言葉を何百回も繰り返すんだ・・・」
 パチン、とシモンがライターを閉じるとカーネリアの体からは糸の切れた操り人形のように力が抜け、体を横たえる。彼女はすぐに寝息を立て始めた。
 シモンはカーネリアの頭を膝に乗せ、髪の毛を優しく梳いてやる。柔らかい頬や首筋を何回も丹念に撫でる。そのたびにカーネリアは眠ったまま気持ちよさそうに顔をほころばせる。
「カーネリア、俺が今から10数える。そうすると、今の深い眠りから目が覚める。その時こそ、正義の使徒であるカーネリアから、このシモンの忠実な僕として生まれ変わるのだ。今までの偽りから、真の自分の姿を取り戻すことが出来る・・・。では、いくぞ。10、9、8、7、6、5、4・・・さあ、随分と目が覚めてきた・・・3、2、・・・いよいよ、生まれ変わりの瞬間だぞ・・・1、・・・0」
 カーネリアの目が開く。ゆっくりとシモンの膝から体を起こし、シモンをまっすぐ見つめる。
「カーネリア・・・挨拶だ。お前は誰だ?」
「・・・はい」
 カーネリアはスカートの裾を整え、正座をすると、床に頭をすりつけるように挨拶をする。
「私は、シモン様の忠実な僕である、カーネリアです。よろしくお願いします・・・」
「よくできた、カーネリア・・・。それでは、ご褒美だ」
 シモンはカーネリアの顎に手をやると、柔らかくキスをする。シモンが舌を入れると、カーネリアもそれに応える。
「あ・・・、んん・・・」
 鼻にかかった声をあげて、カーネリアは少し体をよじる。
 シモンは口を離すと、カーネリアは名残おしそうに舌を伸ばしたままにしている。カーネリアの舌とシモンの舌の間に、透明な糸がつつっと伸びている。
 シモンはカーネリアを引き寄せると、床に倒れる。カーネリアはシモンの体の上に乗るような形になる。シモンは制服のスカートの下からカーネリアの尻を撫でまわす。カーネリアは顔を赤らめながら、なされるがままになっている。シモンの指がカーネリアの敏感な部分を触る。
「あ!あぁん・・・」
「おや、もうこんなにベトベトだ・・・。カーネリア、お前、奴隷の分際で、ちょっといやらしすぎるんじゃないか?」
 シモンはカーネリアの愛液で濡れた指をカーネリアの目の前につきつける。
「あ・・・ち、違います・・・これは・・・」
「何が違うんだ?ん?」
「・・・も、申し訳ありません。シモン様・・・」
「仕方ない。汚れてしまったから、綺麗にしてくれ、カーネリア」
「は、はい・・・」
 シモンはカーネリアの口に、その指を入れる。カーネリアはそれを愛おしそうにしゃぶる。くちゅ、くちゅ、という音が薄暗い教室に響く。
 シモンは空いている左手で器用にカーネリアのシャツのボタンを外すと、彼女の乳首をつまみ、胸を撫でさすりはじめる。
「あ。あぁ・・・」
「こら、誰が休んでいいと言った?」
「あ、申し訳ありません・・・んん、ちゅぱっ」
 カーネリアは再び舌をシモンの右手に絡め始める。シモンの左手は胸を、そしてシモンの右腿はカーネリアの秘部を下着越しに刺激する。カーネリアはその刺激に耐えながら、一生懸命命令を果たそうとする。
「カーネリア、もういいぞ」
 シモンはカーネリアを体から離す。「あっ・・・」と切なそうな声をカーネリアはあげる。
「どうした、カーネリア。まさか、ご奉仕している間に自分が感じてしまったのか?」
 カーネリアは首を振る。
「い、いえ、そのようなことはありません。」
「そうだよな。まさか主人をさしおいて自分だけ気持ちよくなるんだなんて、下僕失格だからなぁ」
 カーネリアはうなだれている。しかし、自分が無意識に腿と腿をすりあわせているのには気づいていないようだ。
「・・・カーネリア、正直に言え・・・、本当は、もっと気持ちよくして欲しいんじゃないのか?俺のモノを自分の濡れたアソコに突き刺して欲しいんじゃないのか?」
 真っ赤な顔をして首を横に振るカーネリア。
「・・・安心しろ、怒らないから、正直にいってごらん」
 シモンは優しくカーネリアの頬を撫でながら言う。
「・・・も、申し訳ありません・・・、カーネリアは、カーネリアは・・・ご奉仕しているのに、気持ちよくなってしまいました・・・」
「ん、それで?」
「・・・その・・・シモン様に・・・入れてもらいたい・・・です・・・」
 消え入りそうな声でつぶやくカーネリアの潤んだ瞳には、さっきまでシモンに天誅を与えようとしていた正義の炎は無かった。愛欲に飲まれた、奴隷の目だ。
「・・・じゃあ、次の命令を果たしたら、お前の望みを叶えてやろう・・・」
 俺は、忠実な僕に命令を与えた。
 



 
 


 

 

戻る