洗脳戦隊


 

 
第一話  薬


「・・・やめて、こっちに・・・こないで・・・」
 哀願する女の声が部屋に響く。
 彼女は床にペタンと腰をつけて後ずさりをするが、すぐ壁につきあたる。
 くっくっく、やめてくれ、でやめてくれるんだったら警察は要らない。
 俺は彼女の両足をぐっとつかんだ。かわいそうに、彼女の足がびくっと震える。
 スモーク加工のバイザー越しに、なめらかな腿の間から見える白い布地は、なまめかしく浮かび上がって見える。
「残念だな・・・誰も助けには来ない・・・」
 ミッションは久しぶりに成功しつつある。今回はちょいと我々の資金を調達するために強盗まがいのことをするという、ちんけな仕事だ。我が部下である戦闘員16号と22号は今ごろ金庫を壊して金目の物を漁っていることだろう。「悪の組織」とはいえ、金がなければいくさはできない。土曜5時からのお子様向けヒーロー活劇とは違って、現実は厳しいのだ。
 この娘はたまたま侵入した家にいただけで、別に恨みも何も無い・・・。まあこれも余禄というものだ。こういういことでもなければ、あの冷酷無慈悲な上司の苛めに耐えて中間管理職なんてやってられない。
 彼女はもうあきらめたのか、がっくりうなだれて目を閉じている。そうだろう。我が組織ネメシスの悪名は轟きわたっている。−−−見たものは生かして帰さない。ニュースでさんざん報道されている。
 俺は黒い手袋越しに彼女の敏感な部分を触ろうとした、が、その瞬間。

「待ちなさい!!」

 俺はその声を聞いてとっさに振り向く。

「悪の組織ネメシス!ヴァルキリー戦隊、炎のカーネリアが来たからには好きなようにはさせない!」
「・・・同じく風のルピア。私たちの前で不埒な行動は慎んでいただけませんか?」
 そこには二人の少女がいた。一人はショートカット、もう一人は長い髪を束ねている。
 戦隊ヴァルキリー・・・、我々の組織に対抗しえる唯一の組織だろう。まさに正義のためにか弱き市民を守っている。

 炎のカーネリア、と自称した娘は白い手袋でつつまれた細い指をこちらにつきつけている。紅いミニスカートからは白いハイニーソックスで包まれた長い足がのびている。右手に飾りや宝石のついた剣を構え、怒りに燃える瞳でこちらを睨んでいる。勝気そうで、まさに正義の少女、といったところか。
 風のルピアは、彼女より少し下がったところに立っている。モスグリーンを基調とした服に包まれた彼女が持つのは、複雑な意匠が凝らされた杖だ。深いスリットの入ったワンピース状のローブにも複雑な紋様が描かれている。彼女の攻撃力を増幅するためのものだろう。カーネリアより落ち着いた物腰だが、甘く見て痛い目を見た同士は大勢いる。
 二人とも、まだ年端もいかない小娘たちだ。自分の前で震えている女の子とたいして変わりはあるまい。しかし、その小娘たちの前に、何人もの同胞が倒れた。−−−正義の名の下に。

「くそ・・・。まさかこんなところにまで来るなんて・・・」
「女性を脅して貞操を奪おうだなんて、悪の仁義にももとる奴!天に代わって成敗してあげる!」
 「・・・もっとも、悪に仁義などありませんが」
 カーネリアは剣を、ルピアは杖を構えた。
 こんなことを言うのもなんだが、俺は本当に下っ端だ。いうなれば戦闘員共のとりまとめ。一方彼女らは主役級。言うなれば飛車角と歩兵程度の差があるのだ・・・かないっこない。 
 とにかく逃げる。俺は決断だけは速かった。
 懐に隠し持っていた弾幕弾を投げる。床にぶつかるなり煙が噴き出す。その隙をついて逃げようとするが・・・、
 「そうはいかないわ!ファイア・ストリーム!!」
 カーネリアが剣を振り下ろすと、空間から炎が飛び出し、一直線に俺に向かってきた
 「く!」
 俺は腰にささっていた特殊警棒を振りぬき、スイッチを入れる。ブィンという音とともに防御障壁が発生する。 
 炎は見えない障壁にぶつかり消滅する。
 しかし、こちらは障壁を支えるのに手一杯になって何も出来ない。
 「・・・隙あり、です。−−−ウィンド・ブリッド」
 声とともに左から激しい空圧が俺の体を撃つ。風なんて生易しいものではなく、空気の弾丸というべきだろう。俺は弾かれ、そのまま壁に叩きつけられた。
 「がっ・・・!」
 一瞬気が遠くなる。部屋は煙がたちこめもうもうとたちこめる。幸い、叩きつけられた壁には窓があった。ここは何階だったか、と考える余裕もなく俺は全力で窓を蹴破って・・・外に飛び出した。

 −−−そこからどこをどうたどってアジトに戻ったのか、覚えていない。
 軽い応急処置がされた後、すぐに上役に呼び出された。

「・・・で、お前一人おめおめ帰ってきたわけか。使命も果たせず、部下も見捨てて・・・!」
 つららのように冷たい声が上から降ってくる。俺は床に正座させられ、ただ黙って聞いているしかなかった。
 無言でいると、突然鞭が振り下ろされた。
「ぐっ!」
「きいているの?シモン」
「き、きいております。サファイア様。しかし、あの得体の知れない魔法には太刀打ちができず・・・相手も二人でしたし・・・」
 言い終わる前に2発目の鞭が飛ぶ。続けざまにもう一発。・・・俺は堪えかねて床に突っ伏した。
「・・・ふん。使えない男・・・」
 サファイアは冷たい目線を投げかけた。

 サファイア。彼女はネメシスの将軍だ。元々軍人を代々輩出する家系の出身で、彼女の親族にはネメシスの幹部が大勢いる。その中でも彼女は若くして頭角をあらわし、史上最年少でネメシス第2部隊の指令に就任した。整った顔立ちにツインテール、濃い青のタイトミニ、黒いストッキング、白いブーツ、という出で立ちはきわめてそそるものがあるが、手に持つ特製の鞭の味を知れば、とても不埒な考えを実行する気にはなれない。その気質は苛烈であり、きわめて気位が高い。

 ・・・このチキュウという惑星に、我々ネメシスが目をつけたのは3年ほど前だ。我々は元々宇宙を彷徨う流浪の種族だ。母星が荒廃し住むことができなくなってからは、我々は宇宙に繰り出し、適度に住み心地のいい惑星を探しては、そこでエネルギーを補充する、ということを繰り返した。適度に住み心地のいい星、というのは大抵すでに知的生命体がいることが多く、我々は常に彼らと戦い、そして勝利し、奪い尽くした。
 ところが、このチキュウは、そう一筋縄ではいかなかった。最初は、ほとんどやりたい放題だったが、ちょうど1年前くらいに、正義の味方を名乗る魔法少女戦士たちが現れ、我々に反撃を始めた。油断している隙に、精鋭である第1、第3部隊は全滅。残る第2部隊である我々のはたらきに我が種族の生き残りはかかっている。

 サファイアは自分の肉親の命をあの炎のカーネリアに絶たれ、特に彼女には敵愾心を剥き出しにしている。しかし、得体の知れない魔法の前にずるずると敗北を重ね、我々の部隊にまともに動ける兵士はほとんど残っていない。

「サファイア、それくらいにしておきなさい」
 落ち着いた大人の女性の声がサファイアの更なる鞭を制止する。
「・・・ベリル様。しかし・・・」
「彼は今や数少ない我が忠実な僕です。きわめて頼りないのはわかりますが、ここで倒れられては何にもなりません」
 サファイアがしぶしぶ鞭を収める。ベリル、と呼ばれた女性は椅子から立ち上がり、しずしずとこちらに向かってくる。

 ベリル、彼女は我等がネメシスの総帥だ。戦闘種族であるネメシスにとっては、すなわち皇帝と等しい。彼女も26歳。若いが、その実力は全ての将軍たちを凌駕する。
総帥は俺の顎を持ち上げると俺の瞳をじっと見つめた。
「・・・シモン。今回は特別に赦します。・・・しかし、次はありませんよ」
 俺は、サファイアの鞭を受けた時よりも震え上がった。
 総帥の言葉に二言はないからだ。

 俺は鞭の傷の治療を受けるため、再び医務室にいく羽目になった。
 医務室には、白衣を着た女の子がいた。小柄なのに大人並の白衣を着ているものだから、白衣の裾が床につきそうだ。長い髪をバレッタでまとめている。化粧っ気は無いが、若いし、そんなもの無しでも十分に見れる顔立ちだ。ただ、無愛想だが。
「・・・また来たのか。お前も好きだな」
 しかも、年上の俺にタメグチするときている。
「好きで怪我してるわけじゃない・・・」
 彼女はダリア。医者、というよりはむしろ技術者だ。ネメシスの武器・兵器開発から宇宙船の管理・同朋の遺伝子培養まで、全てのことを取り仕切っている。マッドサイエンチストな部分があり、人付き合いは良くないが、俺とはよく話す機会がある。
 俺は今日の顛末を一通りダリアに聞かせた。この組織で愚痴をこぼせる相手は彼女くらいしかいないのだ。
「相変わらずだな、お前は」
「相変わらずか。次に失敗したら、もうその相変わらずも終わりさ」
 俺は自嘲気味につぶやいた。
「・・・なんなら、新しく開発した武器を渡してやろうか?」
「いらん。お前の武器は今まで役に立った試しが無い」
 そう、ダリアの作る武器はろくなものが無いのだ。性能は良くてもコントロールが駄目だったり、重過ぎて動かすことができなかったり・・・、いわゆる天才とナニは紙一重、の類なのだ。
「とはいっても、お前一人で何とかできるのか?」
 確かに、今回の失敗で部下を失い、俺は一人であの悪魔のような正義の少女どもと対決しなくてはならない。どう考えても勝つのは不可能だった。

「・・・ダリア」
「なんだ?」
「せめて楽に死ねる薬をくれないか?」
「・・・お前はとことん気弱だな」あきれた顔をするダリア。
「そうだ。大体、おれはこんな粗暴な肉弾戦には向いていないんだ。もともと頭で何とかするタイプだしな・・・」
「・・・ふぅ。情けない男だ」
 ダリアはため息をつきながらつぶやき、戸棚から茶色い薬瓶を一つ持ってきた。中には液体が入っている。
「何も戦いでケリをつけることもあるまい。・・・こういう搦め手もあるのだよ」
「何だこれは?」
「洗脳薬だ」
「洗脳・・・?」
「悪の組織には付き物ではないのかな?」
 俺は胡散臭げに薬瓶を見やった。
「いきなり言われても信用できるか。大体そんなものがあるなら、俺たちの苦労は何だったんだ?」
「つい先日完成したんでな」
 彼女がいうには、この洗脳薬は、布地に含ませて嗅がせることで効果を発揮するらしい。これを嗅がされた人間は、相手の言う暗示を信じやすくなる。もっとも、その効力はそれほど長く続くわけではないらしい。
「暗示の掛け方によっていろいろ細工もできるし、何回もかけていれば、それだけ深い暗示に掛けることが出来る。・・・要は使い方次第だ」
「とはいってもなぁ・・・」
 ダリアは不敵に笑った。
「論より証拠だ。試してみるか?」

 恐ろしい。
 本当に恐ろしい。
 よりによってあのサファイアを実験台に使おうとは。
 二人でサファイアの個室の前に来ても、俺は反対し続けた。
「やめたほうがいいぞ。もし失敗したら、ただじゃすまないぞ」
「まあ、見てろ。ただじゃすまないのは私もだ。お前だけじゃない」
 そういう問題か、という突っ込みを与える間も無く、コンコン、とノックを叩くダリア。「誰だ?」と鷹揚に応える声がする。
「ダリアです。前に申し付かっておりました装飾品の修繕が済みましたのでお届けに上がりました」さすがにサファイアの前では言葉遣いも丁寧だ。
 入れ、という言葉があり、俺とダリアは中に入った。扉は閉まり、鍵がかかる。

「何だ、お前もいるのか」
 サファイアの冷たい視線を受けて俺は縮こまった。
「彼には荷物を持ってきてもらったもので」
 ダリアはいけしゃあしゃあと応える。
「ふん、まあいい」
 さすがのサファイアも、ダリアの変人ぶりには慣れているので、あまり深くは追求しない。
「とりあえずこのネックレスですが、長さの調整をしたいので、後ろを向いてもらえませんか?」
 ダリアがネックレスを取り出す。修繕した装飾品、というやつだろう。
 サファイアは特に疑うことも無く後ろを向く。
 ダリアはネックレスを持ち彼女の背中に近づく・・・。ダリアとサファイアだと頭一つ分近く背丈が違う。ダリアが背伸びをしてネックレスをサファイアにかける・・・と思っていたら、いつのまに取り出したのか、白い布をサファイアの口元に押し当てた。
「・・・っ!」
 サファイアがもがく。あまりに突然のことなので混乱しているようだ。ダリアを振りほどこうと懸命に腕を動かす。サファイアが激しく動くのでダリアの足が宙に浮いて振り回されそうになる。
「シモン!」
 もうここまで来たら腹をくくるしかない。俺はサファイアの前に回りこみ、彼女の腕を捕まえる。
「・・・!・・・・・・!!」
 どれくらいの時間が経っただろうか、次第にサファイアの抵抗が弱々しくなっていく、と思うと彼女が突然、俺に体を預けるようにひざから崩れ落ちた。俺はびっくりして一緒に倒れ、彼女に押し倒される格好になる。彼女の体の温かさが薄い布地を通じて自分に伝わってくる。が、あまりのことに体が硬直して動けない。
「・・・サファイア、命令よ、立ちなさい」
 ダリアの声で、自分の上に重なっていたサファイアが、ゆらり、と立ち上がる。
俺もなんとか立ちあがる。と、目の前にサファイアが立っている。青い軍服、青いタイトスカート、さっき俺に鞭を叩きつけた時と同じ彼女がいる。・・・その瞳にどんより霞がかかっていることを除けば。
「・・・効いているのか?」
「じゃなければ、お前は今ごろナマスになっている」
 誰のせいだ、と突っ込みたくなる気持ちを抑え、俺はサファイアをしげしげと見つめた。青い上着の中に包まれた胸は、やや大きいほうだろうか。タイトスカートから伸びる足はストッキングのつやで艶かしく見える。いつもは冷笑と憫笑、そして怒りの色しか浮かばない瞳からは、今は意志の光が失われている。肘まである黒い手袋がはめられている白い腕はだらりと下がっている。
 ダリアが彼女の顔に腕を伸ばし、顎をつまんで自分に向かせる。
「サファイア。私の声が聞こえる?」
「・・・はい」
「そう、いい子ね。サファイア。あなたは誰?」
 いつもとはうって変わって、優しく、柔らかな口調でサファイアに語りかける。
「・・・私は、ネメシス第二部隊将軍、サファイア・・・」
「いいえ、違うわ。あなたは、私たちのペットよ」
 ダリアはやさしくサファイアの髪をなでながら言う。
「・・・?」
「あなたはかわいい、かわいい子犬なの」
「私は・・・子犬・・・」
「そう、そして私たちは、あなたのご主人様」
「ご主人・・・様・・・」
「そう、じゃあ言って御覧なさい。『私はダリア様とシモン様のペットです。ダリア様とシモン様の命令には、忠実に従います。』って。さぁ・・・」
 サファイアは何か夢を見ているかのようにとろんとしたまま、しばらく考え込んでいたようだが、やがてオウムのように彼女の言葉を繰り返した。
「・・・私は・・・ダリア様と・・・シモン様の・・・ペットです。ダリア様とシモン様の命令には・・・忠実に・・・従います・・・」
 俺は、ごくり、と唾を飲み込んだ。あのサファイアがそんなことを言うだろうか。思わずイチモツも立ってきている。
「サファイア!犬なら犬らしく、四つん這いになりなさい!」
 ダリアがパンと手を叩く。サファイアがびくっと反応し、慌てて四つん這いになる。
「そう。よく出来たわね、サファイア・・・」
 ダリアはかがみこんでサファイアの頭をなでる。サファイアは気持ちよさそうに首を伸ばして甘える。それはまるで子犬が飼い主に甘える姿そのものだ。いきおいよくしゃがみこんだので、厚地のサテンでできたタイトスカートはめくりあがり、ストッキングに包まれた彼女のパンツは丸見えだ・・・。でも彼女は俺に向かって恥態を晒していることも気にしていないようだ。
「・・・何でも言うことをきくようにできるのか?」
「まあ、最初は彼女の嫌がることはさせられない。気持ちよくさせて、誘導するのがコツだ」
「・・・でも、あんなにプライドが高くて人を見下している女だぞ。それがこんな簡単に犬になるのか?」
 ダリアに頬擦りしようとするサファイアを抱きよせながらダリアはフフっと笑って応える。
「私はもう何度か彼女を実験台に使っているからな。私の暗示は効きやすくなっている。それと、おそらく彼女の本性はこうなのだろう。本当は人に何もかも委ねきりたい。普段の態度はその裏返しってやつかもしれんな。・・・サファイア、シモンにも挨拶してきなさい」
「くぅん」
 サファイアは鼻にかかった甘い声を出すと俺に向かって飛びついてきた。
「わ、わ、わ」俺の顔をなめまわすサファイア。
「やめ、やめろサファイア」
「くぅん?」
 サファイアはなめるのをやめ、俺の顔を見つめる。息のかかる距離に、サファイアの顔がある。いつもは怒りと冷笑しか俺に浮かべたことが無い彼女のその美しい顔。今は、何の疑いも無く、愛する主人の命令を待つペットの目で、じっとこっちを見つめてくる。
おれは手を彼女の頬に伸ばす。やわらかい髪が指に絡みつく。サファイアは気持ちよさそうに頬を手にすりつける。指で耳をなでる。くぅん、と甘い声で彼女が鳴く。指をそのまますべらせ、彼女の唇に触れる。彼女の唇が俺の指を咥える。飼い主を甘噛みする子犬だ。
 俺は激しく彼女を貪りたい感情に駆られた。
「サファイア、こっちに来なさい」
 俺が口をパクパクさせているうちに、サファイアは俺から離れ、ダリアの下に行ってしまった。ダリアはそれから2、3の暗示を与えると、サファイアにベットで眠るように命じた。
「効き目は大体15分・・・。目覚めたら彼女は全て忘れている」
 俺たちはサファイアの部屋から出た。

 俺たちは医務室に再び戻った。
「どうだ、これで納得したか?」ダリアは例のぶっきらぼうな口調に戻っていた。
「・・・。正直、これほどの効き目とは思わなかった。だけど、あの薬を嗅がせないと駄目なんだろ。それは辛いな・・・」
「さすがにそこまでめんどう見切れない。できなければ、お前が死ぬだけだ」
 選択の余地は無いようだった。
 それに・・・、あの犬になったサファイアの姿は、俺の心の底にある何かを目覚めさせたようだった。
 もう、なんと言われても、ダリアが渡さないといっても、あの薬を使ってやるつもりだった。
「ありがたく使わせてもらうよ。薬・・・」
 サファイアに舐めまわされた頬を手の甲で拭いながら、俺は久しぶりにふてぶてしく笑った。

 
 


 

 

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