第二章 傾国の宴 腹黒王女編
閑話 四話分・ダイジェスト
【閑話 見解の相違とは自覚し難いモノである】
【チャールズ視点:二十七日とそれより数日前】
俺の名前はチャールズ。
冒険者組合≪弱者の剣≫に入団して一月が経つ、何処にでも居る駆けだし冒険者をやっている。
愛用の武器は鋼鉄の長剣。
マジックアイテムの類ではないので【通常】級の品だが、良質な鋼鉄を使い、名のある【鍛冶師】によって鍛造された業物、らしい。
買うとなるとかなりの金が必要なこれは、本来なら俺程度が買える品ではない。
そして勿論、買えないからと俺が店から盗んだ品でもない。
これは生まれ育った村を出る時、昔冒険者をやっていた叔父から譲り受けたモノだ。
叔父は俺の命の恩人で、育ての親で、目標となる師匠だ。
話せば長くなるので簡潔に纏めると、俺が十一歳の頃、両親は村を襲ったモンスターの群れに喰い殺された。
俺もその時死にかけたが、たまたま帰って来ていた叔父は長剣を片手に奮闘し、無数の傷を負いながらも撃退する事に成功して村の英雄となった。
だけど叔父はその際右足を失い、左手には慢性的な痺れが残った。
そうなっては冒険者などできるはずもなく、叔父は村に残る事になる。俺はその時引き取られ、育てられた。
その後も苦労は絶えなかった。
村の皆の助けがあったとはいえ、右足を無くし左手も満足に動かせない叔父と成人していなかった俺。
親父達が残してくれた畑はあったけど、畑を耕すのは主に俺の仕事なので、喰っていくのは大変だ。
だけどよく叔父が実際に体験した冒険を俺に語ってくれたので、楽しかったのは間違いない。
あの日々は、決して嫌いではなかった。
そうして一緒に暮らして五年が過ぎ、十六にもなると生活も安定していたので、何とか頼み込んで俺は叔父に戦う術を教えてもらう事にした。
憧れだった冒険者になり、叔父のように世界を巡りたいから、と言えば比較的簡単に受け入れられた。
まあ、それは理由の半分近くを占めてはいるが、本当は二歳上の幼なじみで密かに恋していたルーシャナが、前々から猛アタックしていた叔父を遂に攻め落として嫁いできた、と言うことが大きい。
つまり失恋が決断する切っ掛けだった。
我ながら情けない理由だが、この狭く寂れた村では嫁探しも一苦労なので、いつかは外に行かねばならないと思っていた。
それに叔父夫婦は新婚なので夜は耳を塞いで寝る必要があったし、これで今までウジウジしていた思いに踏ん切りがようやく付いた、とも言えるだろう。
訓練は畑仕事の合間に行っていたので一年程経ってしまったが、一通りの訓練を終え、許可が下りたので俺は冒険者となってここに居る。
情けない事情で始めたが、叔父の訓練を終えた俺は自慢ではないがそこそこの腕があり、【戦士】のレベルも比較的高めだ。
同じ駆けだしなら、負ける事はない。
五合も刃を重ねれば、大抵は勝敗が決した。
それも本気ではなく、手加減した状態で。
だからだろう、叔父やクランマスターといった上を知っていたので驕る事は無かったが、微妙な物足りなさを感じる時があった。
だけど彼女――赤い短髪が良く似合うルベリアに出会い、俺は初めて同期の奴に負けた。
油断があった、と言えばそれまでだろう。でも、油断があろうとなかろうと、俺は試合でルベリアに敗北した。
そして実力に差はそこまで無かったので、次の試合には勝利する事ができた。
その後も何度か試合するが、調子が良い方が勝ち、悪い方が負ける、という事を繰り返す。
一進一退で、どちらか一方だけが強くなるのではなく、互いに成長していった。
多分、戦う内に俺は彼女が気になるようになったのだと思う。
ルベリアは絶世の美人、ってなわけじゃない。でも健康的な美しさがあって、屈託のない満面の笑みを見た時は思わずドキリと心が弾んだ。
何処となくその笑顔がルーシャナに似ている部分があった、と言う事もあるかもしれない。
ただそれを除いても、俺はルベリアに純粋な好意を抱いた。
それを自覚してから、俺は合間を見てはルベリアに話しかけるように努めた。
そして、ルベリアは俺と良く似ているという事を知った。
両親は既になく、俺と同じく叔父が冒険者で、戦い方を教えてもらっている。
似た所が多く、自分で言うのもなんだが、俺達はお似合いのカップルではないだろうか。
いや、告白していないから、カップルでもなんでもないんだけど。でも、切っ掛けが無くて、なかなか告白できないでいた。
本当に、俺は情けない奴だと思う。
『チャールズ、お前、いつルベリアに告白するんだよ』
なんてウジウジと思っていたら、気が合い、普段からパーティを組んでいるルックスがそんな事を言ってきた。
今は≪星神亭≫という行商人の一団が防衛都市≪トリエント≫に到着する前の護衛をする、という依頼の最中だ。
普段よりかなり多いメンバーの中には、ルベリアの姿もある。
なのにそんな事を言われて本人に聞かれたらどうするんだ、と取り乱したけど、ルベリアは護衛対象の女性達と和気あいあいと喋っていて、聞こえなかったらしい。
ホッとし、俺はルックスを睨んで、でも照れながら話した。
色々と茶化されて、でも親友のルックスに向けて、一つだけ宣言した。
『俺、この依頼が終わったら、告白するよ』
情けない自分から脱皮するには、多分今だ、と思った。何となくだけど、今言っておかなければならない気がした。
そして、頑張れよ、とルックスは言ってくれた。
ルックスもルベリアに少なからず好意を寄せているのに、応援してくれる。申し訳なくて、でもありがたくて、絶対にルベリアと結ばれてやる、と思っていた。
そんな時だ、街道を進んでいた俺達は、奇襲を受けた。
襲ってきたのはゴブリンの一団だった。待ち伏せしていた奴等は、仲間の中で最も戦闘力が高い先輩達を真っ先に射殺した。
掠っただけで致命傷にはなっていなかった筈の先輩達も泡を吹いて死んだ事から、鏃に毒を塗布していたのだろう。
このクエストは本来俺達の様な駆けだし冒険者では受けられないのだが、クランマスターの計らいによって先輩達が指揮する事を条件に、経験を積む為に同行する事が許可されている。
なのに指揮官役の先輩達が全員死んだ。未熟さが目立つ部隊が指揮官を一度に全て失えば、残された者達がどうなるか明白だった。
混乱して逃げる者も居れば、冒険者らしくゴブリンと戦う者も居る。恐怖して動けなく者もいたかもしれない。
その中で俺は、愛剣を手に戦った。
同じく戦う事を選んだルックスと背中合わせになって、短剣や斧などで武装したゴブリン達と切り結ぶ。
基本的にゴブリンという種は雑魚だ。身体能力はそこそこあるが、それを生かす知能が無い。愚直に進んでくる馬鹿だ。
なので素人でも鍬や棍棒といった武器になる物があれば、一対一で殺す事は比較的簡単だ。
だけど、この群れは弱くない。矢に毒を使っていた事から、バンディットゴブリンの群れだと分かる。こいつ等は普通のゴブリンよりも知恵が回るので、非常に厄介だ。
考えなしに突っ込んでくればこの数でも呆気なく殺せるのに、しぶとい。
それに俺はどうやら残された中では強敵だと判断されてしまったようで、二体が同時に襲いかかって来る。流石にこうなると、中々殺す事が出来ない。
ならばと一体を集中的に攻撃して傷つけてみたが、ダメージが一定値を超えると後方に下がるので殺す事ができなかった。
それなら一対一になった隙にもう一方を殺そうと試みるが、すぐに新しいゴブリンが襲いかかって来るので、相手する数が二体から変わらない。
一撃で一体を殺す事ができればいいのだが、そこまでの力量は俺に無かった。
悔しさに歯を食いしばりながら剣戟を交わし、互いに傷が次第に増えていく。
敵は何度か交代しているので、損耗は俺の方が激しい。
俺がそうして攻めきれずにいると、たまたまルベリアの姿が視界に映る。
彼女も必死に戦っていた。傷を負いながらも、ゴブリンを殺してる。
だがその背後に敵が迫っていたので、俺は咄嗟に声を張り上げる。それに彼女は反応し、戦技を使用した盾で敵を殴打。
その効果によってゴブリンを仰け反らし、出来た隙を逃さず止めを刺している。
それにホッとする暇など俺には無く、目の前のゴブリンの攻撃を何とか受け流す。すると上手い具合に敵の脇腹に隙が出来たので、それを突いて一閃。
脇腹に喰い込んだ長剣は重い抵抗を俺に伝え、しかし両断してみせた。
切断されたゴブリンの死体は上半身がくるくる回転して血を撒き散らし、下半身はドウッと地面に倒れ込む。
仲間を殺された事で奇声を上げ、背後から斬りかかって来たもう一方の攻撃を地面に伏せる事で回避し、地面を擦るように回転しながら足払い。
両足を払われたゴブリンは体勢を崩して前のめりになり、転倒する。俺は回転の勢いを使って即座に立ち上がり、もがくゴブリンの背を踏みつけ、心臓を貫く。
確かに命を奪った感触があった。
苦しかったが、何とか勝てた。
確かに厳しいが、まだなんとかなるかもしれない。
なんて想いが湧き始めた頃、それは現れた。
メイジだ。それもゴブリンの、ではなく、ホブゴブリンのメイジ。
顔立ちから雌であり、そいつが離れた場所から掲げた杖が見える。既に詠唱は終わっているのか、その先端に灯る魔炎の輝き。
見たと同時に煌々と光るそれが射出され、無意識に動いていた俺は炎球を間一髪の所で避ける。避けれたのは運が良かっただけだ。次は無いだろう。
後方を業火に包んだそれの熱波で身が焦げそうで、剥き出しだった肌が熱くて痛い。だが致命傷ではないのでグッと我慢し、メイジとの距離を詰める。
メイジと言えど、ホブゴブリンのメイジだ。今の俺からすれば強敵に違いないが、体内魔力の量からして早々連発できるとは思えない。
よって少しでも躊躇して希少な時間を無為にしてはならない。兎に角距離を詰めれば、斬り殺す事は普通のホブゴブリンよりも容易なはずだ。
事実、判断が速かった為メイジが次の魔術を発動させるよりも早く、あと数歩で殺せる距離に捉える事ができた。
若干焦ったような表情に、俺は嗤っていただろう。
だけど俺の狙いは、もう一体のホブゴブリンの出現で潰えた。
剣を持つ、メイジと同じ雌のホブゴブリン。それが横から飛び出して、俺とメイジの間に割って入ったのだ。
走る勢いを乗せて繰り出した【斬撃】や【連撃】など【戦士】の戦技を織り交ぜた俺の攻撃は、しかし流され、あるいは避けられた。
剣尖が掠る事はあったが、致命傷には遠く及ばない。
そして戦技後の僅かな隙を狙って繰り出される敵の剣戟は重く、速い。
こちらも致命傷を負う事は無かったが、革鎧に無数の傷ができてしまった。
恐らくこのホブゴブリンは剣の扱いに優れているのだろう。剣技だけで見れば、もしかしたら俺より上かもしれない。
人間だと【剣士】持ちに相当するだろう。
そんなホブゴブリンが繰り出す容赦なく命を狙ってくる斬撃に思うように攻撃ができず、迫る剣を受けあるいは流し、傷つきながらも必死で戦っていると、突如剣を持つホブゴブリンが後方に跳んだ。
完全に虚を突かれて、即座に追随できない。
その直後、メイジから炎球が飛んで来る。
完全に嵌められた。剣を持つホブゴブリンはただの時間稼ぎだったのだ。
迫る炎球。刻一刻と迫るそれから放出された熱が、先程よりも強く全身を熱していく。
避けれない。死ぬ。殺される。
その時、世界が止まったように感じられた。
ゆっくりと動く視界、迫る炎。思考だけが高速で、しかし身体が動かない。どうしようもなくて、殺される寸前で、でもそんな時に蘇る叔父の話。
叔父は、かつて魔術をこの長剣で斬った事があるらしい。
この話はかなり自慢げだったので、よく覚えている。
話を聞いた時は半信半疑だったが、俺は無我夢中で炎球に長剣を振り下ろした。
戦技を乗せた、過去最高の一撃だった。今まで感じた事のない速度の斬撃で、俺自身視認できてはいなかった。
これでどうしようもないなら、死ぬしかない。
でも死にたくなくて、必死の込められた思いは、なんと炎球を斬り裂いて見せた。
斬り分けられた炎球が左右に落ち、後方の大地が燃える。
身を焦がす熱波も、今は気にならなかった。
『やった……はは、やった、ぞ?』
自分で成した事に俺は、一瞬だけ気が緩んだ。
敵を前にしてしてはならないその行為をしたその結果、俺は呆気なく殺された。
魔術を避けられた時に俺を殺す為、死角から距離を詰めていた剣を持つホブゴブリンによって頸を斬られたのだ。
斬り飛ばされた頭部から見る視界の片隅に、俺は倒れていく俺の胴体を見た。
その他にはルックスが地面に倒され、数匹のゴブリンに滅多刺しにされている姿も見えた。見開かれた目と、苦悶の表情が印象的だ。
他の同僚も、男は粗方殺されている。護衛対象も男は殺され、女は捕縛されている。
そして、ルベリアが一際大きいホブゴブリンと戦っている姿が見えた。
力量差は絶望的、と言う訳ではないだろうが、数が違う。遠からず、ルベリアは負けるだろう。
これから彼女はゴブリンに犯されるのだろうか。犯されるのだろう。そしてゴブリンの子を産み、精神が壊れ、最後に凌辱の中で死んでいく。
そんな事は我慢ならないけど、意識が消える寸前の俺にはどうしようもなくて。
ああ、悔しいな。
意識がもう、持たない。
視界が、黒く染まった。
そこから先は、もう何も見えなかった。
もう、何も聞こえないし、感じられない。
闇だ、静寂に包まれた闇だ。
これが、死か。暗くて、冷たい。
せめて、ルベリアに救いの手を。
……神様。
【閑話 斧滅大帝の目覚め】
【???視点:九十日~百十三日目までの間の話】
一匹の大鬼が、斧と盾を持つ赤銅色の大鬼が、とある迷宮の最奥で、血肉を削りながら戦っている。
敵も鬼。大鬼と同じ、しかし黒い肌と銀色の左腕をした大鬼である。
両者の戦いは、黒鬼が優勢だった。大鬼の内心を読み取る事で生まれた紛い物でありながら、大鬼の想像によって補強された黒鬼は圧倒的な力を行使して大鬼を打ちのめす。
だが押される大鬼とて、一方的に負けている訳ではない。
黒鬼が手にしたハルバード。穂先からは雷が迸り、斧頭からは水刃が飛び、ピックからは炎が舞い、石突きは大地を操る能力を持つ、大鬼の頸を刈りかけたハルバード。
大鬼はそれを半壊させる事に成功する。その他にも斧の一振りで黒鬼の身体を斬り、分厚い盾で骨を砕き、岩のような殴打によって脳を揺さぶる事もあった。
だが黒鬼を屈服させるのには遠く及ばない。黒鬼は鍛え抜かれた武術を使い、無数の異能を多用する事で大鬼を追い詰める。
虚空から出現した水球が弾け、肉が抉られる。地面が隆起して槍となり、脚を傷つける。逆巻く風が刃となって肉を裂き、角を切り落とす。突如出現したナイフが投擲され、腕に突き刺さる。必殺の威力を誇る斧は円運動によって受け流され、軸足の膝が踏み砕かれてあり得ない方向に折れ曲がる。
黒鬼の攻撃は大鬼の命を確かに削り、しかし大鬼の攻撃は、黒鬼の優れた回復能力によって癒えていく。
大鬼だけが消耗し続け、黒鬼は回復して疲れを見せない戦いは続いた。
だが大鬼は諦めず、それゆえに徹底的な殴打による破壊を受けた。
幾度も命を助けてくれた、頼もしかった盾は弾き飛ばされ、手を離れて地面に突き刺さる。意地で愛斧だけは手放さず、しかし傷みすら感じない程の破壊は肉を、骨を、内臓を傷つけた。
黒鬼の殴打に次ぐ殴打。拳が霞む程の速さで、大鬼の重量に匹敵するほど重い拳の乱打。
最後の打撃によって吹き飛ばされた大鬼は、善戦空しく命を失う寸前に。
事実もう少し、あと少し遅ければ死んでいただろう。大鬼の戦いを見守っていた仲間達が、助けるよりも前に、大鬼は死んでいた筈だった。
だが、助けがあった。
神の、偉大なる一柱の恩恵が。仲間の、大鬼が目指す本物の黒鬼の助けが。大鬼の命を繋ぎとめ、そして新たなる力を与えた。
雷があった。黄金の雷だ。
炎があった。白き炎だ。
湧きあがる雷炎は大鬼を包み、一時は死にかけた大鬼は進化の階を上る。
牛頭鬼。巨躯にして牛頭の、大鬼を軽く上回る【鬼】系統モンスター。
それがのそりと立ち上がる。黒鬼はミノタウロスの姿に驚き、ミノタウロスは現状が把握できない。しかし単純な思考によって、ミノタウロスは手にした愛斧で紛い物の黒鬼に迫る。
あれほど強敵だった黒鬼は、しかし圧倒的な速度と攻撃力を得たミノタウロスの前に割断された。斧の一撃で大地は割れ、迸る黄金雷と白炎が周囲を破壊する。
紛い物の黒鬼は、死体すら残さず消滅した。
こうして勝敗は決した。力を使い果たしたミノタウロスは再び倒れるが、それは死ではなくただ眠る為に。
駆けよる仲間の前で、ミノタウロスは深い安らぎに包まれる。
――後々本物の黒鬼と共に世界に名を轟かす、【斧滅大帝】の覚醒である。
【閑話 赤い鬼】
【ホブ風視点:百二十一日目の話】
こんばんは、ホブ風です。
今夜の任務はかなり簡単な内容です。普段のように武器を手にして直接敵を殺す、なんて事ではありません。
今回の獲物――盗賊団≪羊喰いの狼≫のアジトである洞窟に複数造られている隠し通路を崩落させて埋め立てるだけの、簡単なお仕事です。
残された正面出口からはブラ里隊長が突っ込みますから、中の掃除が終われば使える品を全て回収して終了です。
とても簡単で単純ですね。
ほい、と木や草で巧妙に隠してる通路に【炸裂の火実】を複数纏めて詰め込んで造られた大型のバーストシード――【炸裂の火球】の導火線に火を灯して転がします。
危ないのですぐに逃げて地面に伏せると、背後からドカンッ、と爆発音がして、通路が崩落して埋まりました。
担当はあと一つなので、サクサクと終わらせたいと思います。
……あ、ブラ里隊長の姿が樹の陰からですけど、チラッと見えます。
ばっさばっさと盗賊達を薙ぎ払ってます。
実に楽しそうです。飛び散った眼球とか食べちゃってます、戦いながら。
普段は頼れるヒトなのですが、こうして戦っている姿を見るとちょっと恐いです。
まさに血に飢えた戦鬼。まあ、血剣鬼という種族がそもそもそういう性質ですから、あれが正常な反応なのでしょう。
――ハッ、イヤーカフスから警告です。
残りの通路から逃げようとする盗賊が迫ってます。見惚れて作業が遅れています。急いでバーストボールをポーイ、です。
導火線に火を灯すのが本来の使用法ですが、衝撃だけでも起爆できるのです。
ただこれはとっても危険なので、今回だけにしたいと思いました。
ドカンッ、ガラガラ!! ゲホゲホゲェホォ。
何とか伏せたのですが、近かった事もあって、ちょっと身体が浮く程の衝撃です。それに凄い土埃に思わずむせてしまいました。
投げ込んだのがギリギリだったので、盗賊が一人巻き込まれたようです。多分木端ですね木端。装備品を一人分駄目にしてしまいました。
反省。……反省終了です。そう、くよくよし続けてもいけませんよね。
後は中の掃除が片付くのを待つだけです。
まだかなー。
どうやら終わったようなので、塞いでいない正面出口から中に入ります。
同じような任務をしていた同僚のホブ火や、エルフのカルタさん達と一緒です。
もしもの時の為に取り逃がしが無いよう、外で待機していたスペ星隊長もです。
それで中に入ると、洞窟の中にあった盗賊の死体は食堂らしき一画に集中していました。ここに籠城して、そして単鬼で突入したブラ里隊長から逃げる事もできずに全員殺されたようです。
集める手間が省けていいのですが、どれも殆ど原型を留めていません。バラバラです、バラバラ。部品となった肉片が無数に転がってます。
多分木端にしてしまった盗賊と同じか、それ以上に悲惨です。
これでは装備品が殆ど回収できないでしょう。
ただそれを見て流石にやり過ぎている、とスペ星隊長が判断したのでしょう、ブラ里隊長を座らせて説教しています。
二鬼は普段から仲が良く、説教していてもとても仲が良さそうに見えます。
それを見ながら、私達は作業を開始します。
洞窟に居るだろう捕虜の確認とか、宝物を入れておく倉庫などの位置確認です。本格的な調査は指令の後になりますが、周囲からチョコチョコ点検していきます。
ちなみに食堂の死体はスペ星隊長が魔術で焼却処分してくれたので、手間がかなり省けてます。
暫くすると招集があり、私は外の死体の後始末と装備品の回収を命ぜられました。
他にも同じ事を命令された同僚も居るので、死体から手分けして使えそうな物を剥ぎ取り、サクサクとマジックアイテムで穴を掘って死体を全て投入します。
穴には良く燃える油草を敷きつめてありますが、更に上から油を撒きます。テラテラ光ってます。そして着火です。
着火した次の瞬間には轟々と燃えて、火柱が立ち上ります。かなり大きいです。肉が焼ける匂いがします。食欲がわき上がったので、皆で固まって保存食のパンを食べました。
火勢が少し弱るまで待ちまして、今度は頭ほどの大きさがある石を複数投げ込みます。
これは消火するのと同時に、死体を徹底的に破壊する事でアンデッドを発生させない為の生活の知恵です。
石によってバキバキと骨が砕けますからスケルトンにはなりませんし、骨肉は燃えるのでゾンビとかにもなり難いのです。
石による埋め立ても一通り終わって、後は土をかぶせる事で完全に火を消します。そして最後にゴーストなどが発生し難いように上から水筒に入れておいた清水を振り撒きます。
本当は聖水の方がいいのですが、聖水は非常に高額なので勿体ないです。こんなゴミを処理するのなら、清水で代用するだけでもかなり配慮した方でしょう。
それにそもそも何かあっても知りませんので、こんなもんです。
作業を終えて洞窟に戻ると、中の回収作業も終了していたようです。
今回の戦利品は盗賊団が奪い集めた財宝や装備品に、盗賊団が性処理要員としていた捕虜――人間の女が九人、獣人の女が五人――となりました。
まあ、捕虜の方は入団、という形式なので同僚ですね。
取りあえず仲良くなるようには努力してみましょうか。
いやしかし、本当に楽な任務でした、今日は。
もっとこういう任務が続けばいいんですけどね。
ああ、空の真っ赤な月がより綺麗に見えますねー。
【閑話 鈍鉄騎士の一日】
【一般団員男性視点:百二十一日目】
昨日団長達が帰って来た。
そして今日、戦闘要員を集めて訓練している。
どういう原理か不明だが、今までは団長(仮)が皆の訓練を担当していて、今は団長(本物)が担当している。
恐らく俺が何を言っているのか分からないだろう。大丈夫だ、俺も分からない。
ともかく、団長(本物)が不在の時に入団した団員達をメインとした、団長(本物)が相手をする今回の訓練は、ただ一方的に終わっていった。
例えば、太く強靭な四肢を使って突進した人竜馬が投げ飛ばされた。かなり重い筈の巨躯は、しかし軽やかに宙を舞い、腹部を踏まれて気絶した。
例えば、長い尻尾を使う高速移動によって団長の背後をとったテールトリンという猿人は、尻尾と剛腕の挟撃を胴体に叩きこんでもダメージを与えられなかったばかりか、何かをされて一瞬で吹き飛んで気絶した。
例えば、硬い外骨格に守られた蟷螂型の甲蟲人(雌)は、腹部に打ち込まれた掌打一つで沈黙した。外骨格の内側にある衝撃緩衝皮の許容量を超える衝撃により、内部からダメージを受けたらしい。
見ていて思ったが、これは訓練ではない。
序列を身体に刻む為の暴力であり、ただ単純な作業だった。
団員が攻撃を仕掛ける。団長がそれを捌いて屈服させる。
恐らく全員を相手しても一時間すら経っていないのではないだろうか。
一人倒すのに平均九秒とか、そんなレベルだ。
ため息しか出てこない。
ふう、と一つ吐き出して、気分転換に少し離れた場所で戦っている二人を見た。
一人は帝国軍からの上司であり、団長から鈍鉄騎士とも呼ばれるスティール・クローバック氏。
もう一人はスティールの弟子である、団長から赤髪ショートとも呼ばれるルベリア・ウォールライン嬢。
どちらも刃引きされていない得物を使う、火花の舞い散るかなり激しい戦いだが、まだ正常な戦闘である。
と思うのは俺の感覚が麻痺しているからだろう。
どちらの動きも非常に速い。俺が相手をすれば、多分即座に殺される。
スティール氏の方は分かる。以前からあんな感じだったし、最近は新しい【職業】を得た事で更に強さを増している。
だけど、ルベリア嬢の方は意味が分からない。外に行く前と帰って来た今、明らかにレベルが違い過ぎる。
単純に経験値を積んでレベルを上げた、という次元ではない。前は圧倒的な力量差に呆気なく負けていたのに、今は渡り合っている、
全体の流れでは押され気味だが、決定打は一つとして貰っていない。卓越した防御技能によって、最後の最後をギリギリで保っている。
それに動き方が野生の獣のようで、予測し難い戦い方だ。
一体何があったのだろうか。
いや、原因は分かっている。
団長だ。団長に決まっている。
あんな短期間で急成長する要因なんて、団長以外考えられない。
なんて言っている俺も、実は最近、目に見えて成長中だったりする。
そしてそれは俺だけじゃない。他の奴らもだ。ここに来て、今まででは考えられない程身体が動くようになった。
ヌルヌル動く。機敏に動く。意思の通りに動けてしまう。
以前より敵の攻撃が遅く見える(ただし例外あり)。
自分の攻撃が重く速くなっている(素で石を斬れた)。
戦技を一切使わなくてもモンスターを討伐できる(戦技頼りは禁物)。
レベルも上がりやすくなっている(ただし実感だけで確証は無し)。
本当に、俺に何が起きているのだろう。分からない。分からないが、きっと団長のせいだ。
うん、団長のせいだ。
とりあえず、身の丈に合った訓練に戻ろう。上を見過ぎていては潰れる。身体ではなく心が潰される。
でも、いつかは追いついてやる。そんな気概を込めて、俺は対峙した同僚を剣を交えた。
訓練が終われば、待望の温泉が俺達を待っているッ!!
【閑話 詩篇覚醒者の裏話】
【???視点::???~百七日までの話】
我々はより多くの【信仰】を集める必要がある。
なぜならば、【信仰】は我々が存在する為の源そのものだからだ。
知性ある者達から集められる【信仰】の力によって我々の神力は増幅され、【神】あるいは【亜神】としての存在濃度をより高める事ができ、司る権能はより強力なモノとなる。
そして【神】の場合は幾ら【信仰】を集め神力を高めようとも偉大なる【大神】様方と同じ存在に成る事などできないが、一つ下の【亜神】だとより多くの【信仰】を集める事によって【存在昇神】し、我と同じ【神】になる事ができる。
だが逆に【信仰】を失えば失う程我々の神力は徐々に失われ、やがて消失してしまう可能性がでてきてしまう。
それは我々が最も恐れている事だ。
信仰不足による神力低下は【神】ならば【亜神】への降格で済むが、【亜神】では最悪の場合【堕神】へと零落する事になる。
【死滅】という概念は存在しない我々は、その為狂気に包まれ獣の様な存在である【堕神】に堕ちる事を酷く嫌う。
故に、我々は様々な【詩篇】という物語りを綴り、【勇者】や【英雄】を代表とする特別な存在を世界に生じさせる。
我々の【信仰】をより広く集める為の、生きた広告塔として。
我々が【加護】を与える事でその者の力を増幅させるのは、その前段階だ。
我々が自分の【詩篇】の【主要人物】に誰かを選ぶと、選んだ者が死ぬまで変更する事はできない。
【主要人物】とて生物である為、試練を乗り切る力が足らなければ死ぬ事は多々ある。それは仕方のない事だ。
だが【主要人物】とするには【加護】を与えるよりも大きな神力が必要になる為、厳選した才ある者を選ぶのは当然だろう。
例外も居るが、あくまでもそれは例外だ。
そして選んだ【主要人物】が死ぬ時の一番の問題は、【主要人物】として選んだ者が負けた相手が他の一柱の選んだ【主要人物】だった場合だ。
【主要人物】同士の戦いとなると【■■■■】様が定めた【終末論・征服戦争】は発動してしまうので、負けた方は蓄えた神力の大半を略奪されてしまう。
神力を全て失い零落してしまうと我々は【堕神】になるが、この場合はそれよりも更に悪い結果を引き起こす可能性があった。
【堕神】よりも更に深く、深く堕ちてしまうかもしれないのだ。
分かりやすくどうなるか表現するのならば、ヒトから虫になる、とでも思えばいだろう。流石にそんな状態で生き続けるのは御免だ。
その為軽率な選別は破滅への道であり、故に才ある者に加護を与え、更に魂の深部まで検分するのだ。
そして今回我が選んだのは、一人の剣士。名をルーク・イルダーナ・エドモンドとする青年だ。
彼は幾度の試練も乗り越える有望株で、我が選んできた【主要人物】の中でも上位の成績を誇る立派な【勇者】として成長し続けている。
この調子ならば数ある前任者達の一部のように、途中で死に果てる可能性は低いだろう。
綴った詩篇も順調に消化され、彼の放つ輝きは恋人を失ってからより一層増している。
我の権能は【光】。全てを照らす【光】である。
故に彼には誰よりも輝き、その輝きを等しく万人に与えなければならない。
愛する恋人一人にのみ希望や未来を照らす存在となってはならぬのだ。恋人という濃い【影】を生じさせてはならず、【仲間】という薄い影達も最終的には不要となるだろう。
多くの【仲間】の屍を乗り越え、意思を引き継ぎ、力をその身に宿し、砕けぬ心を持ち続ける事で光り輝く存在とならねばならぬ。
そしてやがては【勇者】という殻から脱皮して、史上でも稀な【聖人】へと至ってくれる。そう我は思っている。
そんな彼が、我が綴りし詩篇とは関係のない出会いを、吹雪く山脈の凍てつく世界の中でしてしまった。
それは大鬼だ。黒い肌を持ち、【伝説】級の左腕を持つ大鬼。
そして、我は一目で理解した。
大鬼は、偉大なる【大神】――【終焉と根源を司る大神】の加護を得ている、と。
戦ってはならぬ。いまだ詩篇の主要人物には選ばれていないようだが、そんなモノは関係ない。
【大神】様が加護を与える――それはつまり【大神】様がこの大鬼に興味を持っているという事だ。
我々のように【信仰】を得る必要もなく、生じた時から無限大にして無制限の神力を内包し原初からあり続ける世界そのものとも言える【大神】様方は滅多に【加護】を与えない。
恐らく原初から遡っても、【大神の加護】を得た者は【大神】様方が造りし迷宮に座す存在が殆どで、それ以外ともなると数えられる程度だと思われる。
だがこの大鬼はそれを持つ。理解した時、全身に悪寒と稲妻が走った。
そんな存在と戦うとするならば、【大神】様に喧嘩を売るという事だ。
気にも留めない可能性はあるが、不確かな願望に縋れる筈もない。
心底焦った。何とか衝突を回避するように行動したが、だが我の声はルークに届く事が無い。
余りにも濃い【大神】様の神力の余波だけで、ありとあらゆる通信手段が阻害されてしまった為だ。
成す術、無し。
仕方ないので我は傍観する事にした。
幸いまだ【主要人物】に選ばれていは居ないので、仮にルークが戦いに敗れても我が【堕神】に零落する事は無い。
残念だが、他を探す事になるかもしれない。
逆に勝ったら勝ったで、どうなるか覚悟する必要がある。が、それは最早我にはどうする事も出来ない。
消されるのならば、潔く逝くしかあるまい。
どうなってもいいように覚悟完了していると、何事も無く両者は別れた。
ルークは用意した品を取りに、大鬼は仲間が待つ洞窟へと。
バロールというルークの今回の敵のラストアタックを大鬼に横取りされているので【詩篇】的には完璧ではなく、不完全なものだが、ルークが戦わなかった事で良しとしよう。
だがこれでルークと大鬼との間に【縁】が出来てしまった。
能力の解放条件にもなっているので、かなり太い【縁】だ。
遠からぬ未来で大鬼は【主要人物】となるだろうから、ルークと再会する時には更に強力な存在となってるに違いない。
その時、ルークは勝てるのだろうか。
無理だろう。チラリとだが見えたステータスの値が異常に高かった事から最悪の未来が想像できる。
大鬼の状態ならばまだ何とかなるかもしれない。ルークの成長期は今だ続いている為、戦えば戦う程強くなる。苦戦するが、殺せない事はないはずだ。
だが、その時は既に去ってしまった。
ならばどうするか。
単純な結論として、ルークの強化をする必要がある。これまで以上に厳しい試練を与えるのだ。
その過程で死んでしまうかもしれないが、それは仕方のない事だ。
ルークは【光】として在らねばならぬ。
我の選んだ【主要人物】として、輝き続けねばならぬ。
ルークよ、愛しきルークよ。
生き残るが良い。血に塗れ、仲間が死に絶えたとしても、生き続けるのだ。
これより更に過酷なる試練が立ちふさがろうとも、決して止まってはならぬのだ。
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