(cache) 憲法ガールアンソロジーその１　「夢の続き　～平成25年新司法試験～」

「今から，うちに来ない？」

　というメールがトウコから届いたのは，僕らがフランス旅行から帰ってきた次の日だった。

　フランス旅行では色々なことがありすぎて，正直言って，僕は相当に疲れていた。浅い眠りから目覚めるたびに金縛りにあい，そのまますぐに，とこしえの闇に誘われる。その無限ループを遮ったのが，トウコからのさっきのメールの着信音だ。相変わらず唐突な申し出である。別に，悪い気は，しないけれども。

　僕はすぐにトウコに「今から行く」という簡素なメールで返信を行い，パジャマから洋服に着替えて，急いで家を飛び出た。メールに併記してあったトウコの家の住所は，僕の家からそう遠くなかった。

　白いお屋敷のような家の前で，白いワンピースを着たトウコが待っていた。

「ずいぶん遅かったわね」

　メールをもらってから10分も経っていないと思うのだが，ここで反論をしても実りはないと思われるの，やめておく。僕って大人だからね。別に怖気づいているとか，そういうのじゃなくてね。

「じゃ，さっそくだけど，私の部屋で，平成25年の新司法試験の問題を解きましょうか」

　やっぱりね。どうせそんなことだろうと思った。トウコの部屋に遊びに行くということで，少し胸が躍らなかったかと言えば嘘になるが，だいたい問題を解く展開になるだろうなぁと思いましたよ。トウコの頭の中は，これしかないもんね。

「じゃ，行こうか」

　そう言いながら，トウコは，僕の左手を手に取り，僕のことを優しく引っ張った。不意に手を握られたので，どぎまぎしてしまう。伏し目がちのトウコの横顔が一瞬だけ朱に染まったかのように見えたのは，たぶん，僕が寝ぼけて夢の続きをみていたからだろう。

　トウコの部屋は，とてもシンプルであった。木製のベッドに，白い勉強机があり，ベッドと勉強机の間には小さなガラスの丸テーブルが置かれていた。勉強机の上の窓からは，まっすぐに日差しが入ってくる。

　トウコは自分のベッドの上に座る。僕はどこに座ればよく分からなかったが，丸テーブルの近くに置いてあった座布団に座った。少し足をぶらぶらさせて見せるトウコを，横目で見てから，すぐに目をそらす。

「で，平成25年の問題文は読んであるでしょうね」

「うん，まあ……」

【平成25年新司法試験の問題文については，

http://ameblo.jp/lawschool-life/entry-11531559610.html】

「で，設問1について，あなたはどう考えるの？」

　ちょっと下の角度から見ると，トウコの顔って，可愛いというより美しいよなあ，とか思っているところに急に質問されたので，内心少し焦ってしまう。

「えー，設問1は，デモ行進不許可処分と教室使用不許可処分の2つの処分がなされていて，これらの不許可処分に関してAがどのように憲法上の主張を展開するか，というものだよね。まず，デモ行進不許可処分の問題からいくと，問題文には，『道路交通法に関する問題並びにB県各条例における条文の漠然性及び過度の広汎性の問題は論じなくてよい。』という指示があるので，条例が道路交通法の範囲を超えるかの問題（憲法94条）や漠然不明確故に無効の法理や過度の広汎性ゆえに無効の法理など立法事実の審査に踏み込まない文面審査の問題*1については論じなくて良い。だけど，逆にいえば立法事実に踏み込んだ実体的な違憲審査基準に基づく司法審査をすることは問題文の前提からしても差し支えないといえるから，まずはデモ行進不許可処分についてその根拠法令が違憲であると主張したらどうかな。具体的には，B県集団運動に関する条例（以下「集団運動条例」という。）1条・2条が届出制ではなく許可制を採用していること，仮に許可制が合憲だとしても同条例3条1項4号・B県住民投票に関する条例（以下「住民投票条例」という。）14条1項2号，3号が『平穏な生活環境を害する行為』と『商業活動に支障を来す行為』を禁止していることがAの政治的表現の自由を侵害すると主張できるんじゃないかな」

　トウコは，悩ましげで，少し泣きそうな，2つの顔を同居させる。

「正直，ここは私も分からないんだけど，ね。私の動物的勘からすると，少なくとも現場では，デモ行進不許可処分に関して法令違憲は，仮に点数が振ってあったとしても無視するわね」

「なんで？　立法事実に踏み込んだ実体的な違憲審査はやれってメッセージが問題文から読み取れるんじゃないの？」

「確かにね。だから悩ましいところではあるのだけど。まず，Aが届出制ではなく許可制であるから違憲と主張したとしても，最高裁判例の傾向からすると結局は文言的には許可になっていても実質的届出制だから合憲という道筋が見えており，ここを本気で主張するのならば最高裁判例を根底から覆す勇気が必要になってくるわね。受験感覚的には現実に点が振られているかどうかはともかく，もはや無視すべき論点ということで安定しているでしょう。受験生活が長い人ほど，この論点を無視しきれない魔力があるのが，この論点の恐ろしいところだけど。ただ，悩ましいのは住民投票運動に関して実体的な法令審査を行うかどうかね。住民投票運動について規制する自治体もあるにはあるけど，脅迫，脅迫等だけを規制したり*2，せいぜい『平穏な生活環境を害する行為』について規制*3するくらいで，『商業活動に支障を来す行為』まで規制をするのは明らかに頑張りすぎている。だから，『商業活動に支障を来す行為』に関して，法令審査を行って違憲を主張していく方法もありえないではない」

「ありえないではないって？」トウコにしては珍しく歯にものが挟まった言い方をする。

「うーん，仮に当該条項について法令審査を加えるとして，現実に，目的審査，目的手段との関連性（必要不可欠性）の審査，手段の必要最小限度性の審査の3つをチェックをしようとするじゃない？　当該条項の目的は営業の自由（憲法22条1項）や財産権（憲法 29条1項）保障の点にあると言われてしまえば目的審査で違憲とするのは難しいだろうし，罰則規定がないので，必要最小限度性の審査で違憲とするのも難しい。最も違憲と主張し得るのは，必要不可欠性の審査なわけだけど，これって過度の広汎性ゆえに無効の法理とほとんど一緒なのよね。要は，目的に照らして，条文の規定の仕方が広すぎますと批判するわけだからね。そうすると，デモ行進不許可処分について法令違憲を主張する価値ってどれだけあるのかなって思っちゃうわけ。問題文の『過度の広汎性ゆえに無効の法理』は論じなくて良いという意味について立法事実に踏み込まない『過度の広汎性ゆえに無効の法理』だけを限定的に指しているのだとすれば，もちろん立法事実に踏み込んだ目的と手段の関連性・必要不可欠性の審査はやってもいいって話になるんだろうけどね」

　む，難しすぎて何を言っているのか分からないけど，トウコが珍しく悩んでいるということは分かった。

「ともあれ，デモ行進不許可処分のメインの主張は，適用違憲の主張ということだよね」

「私は，そう思うわね」

「デモ行進不許可処分の適用違憲の主張だと，処分の根拠法規である集団運動条例3条1項4号及び住民投票条例14条2号，3号を合憲限定解釈又は憲法適合解釈すべきなのに，これをしないでした当該処分は国賠法1条1項上，違法という主張になるよね」

「そうね。参考判例は？」

「泉佐野市民会館事件（最判平成7年3月 7日民集49巻3号687頁）だね。だから，同判例を参考にしながら，同判例が示した明白かつ現在の危険の基準による憲法適合解釈を本問でも行えばいい。集団運動条例3条1項4号・住民投票条例14条2号については，『平穏な生活環境を害する行為』を禁止する制度趣旨を他者の人格権保護に焦点化しながら，他者の人格を害する明らかに差し迫った危険が客観的予見できる場合と憲法適合解釈する。同3号については，営業の自由や財産権の保障の観点から，『商業活動に支障を来す行為』を商業活動に支障を来す明らかに差し迫った危険が客観的に予見できる場合と憲法適合解釈をする」

「そんな感じね。で，Aからはその規範にどうやってあてはめるの？」

「2号については，(a)第1回・第2回デモの際にAら実行委員会は，拡声器等を使用せず，ビラの類は配らず，ゴミを捨てないことを徹底させていること，(b)第2回デモでは横断幕，プラカードが掲げられ，シュプレヒコールが行われているが，通常のデモの態様の範囲内であり，この程度の生活環境への害悪は集会の自由を保障する以上は許容されていること，(c)第2回デモのときには交通渋滞が発生し，閑静な住宅街を迂回路として用いており，交通事故への不安に関する苦情も来ているが，現に交通事故の危険が発生したわけではないこと，(d)もし支障があるのであれば集団運動条例3条2項の条件をつけて条件付き許可をすれば足りること等の事実を細かく積み重ねて，他者の人格を害する明らかに差し迫った危険はないと主張するかな」

「3号は？」

「そっちはあまり事実は多くないね。第1回・第2回で飲食店の売上げが減少したとの苦情は寄せられているけど，苦情のみで現に売上げがどの程度減少したかも不明だし，条件を守ったデモ行進に伴い通常生じ得る周辺店舗の売上減少は受忍しなければならないと主張できるね」

　トウコは鼻を鳴らす。

「フランス旅行でちょっとは鍛えられたかしらね。だいたい，いいでしょう。設問2に入っちゃうけど，まずはデモ行進不許可処分に関して，私がBの立場で反論してみようかしら。泉佐野市民会館事件の射程は本問に本当に及ぶのかな。泉佐野市民会館事件は，地方自治法244条の『公の施設』が問題になっていたことから，公会堂，公立劇場等の指定的パブリックフォーラム論を背景にしながら合憲限定解釈をしたわけだけど*4，本件で問題になっている道路はむしろ伝統的パブリックフォーラムだよね」

「伝統的パブリックフォーラムなら，なおさら厳しい基準で判断すべきという話にはならないの？」

「それがそう簡単でもなくてね。日本におけるパブリックフォーラム論といえば，当然，伊藤正己裁判官の補足意見じゃない？」

　こういうの，トウコにとっては「当然」なんだよなあ。いまさらだけどさ。そこが良いところでもあるけど。

「吉祥寺駅ビラ配布事件（最判昭和59年12月18日刑集38巻12号3026頁）の伊藤正己裁判官補足意見では，駅構内をパブリックフォーラムと位置付けながら，『ビラ配布という手段は重要な機能をもつているが、他方において、一般公衆が自由に出入りすることのできる場所であつても、他人の所有又は管理する区域内でそれを行うときには、その者の利益に基づく制約を受けざるをえないし、またそれ以外の利益（例えば、一般公衆が妨害なくその場所を通行できることや、紙くずなどによつてその場所が汚されることを防止すること）との調整も考慮しなければならない。ビラ配布が言論出版という純粋の表現形態でなく、一定の行動を伴うものであるだけに、他の利益との較量の必要性は高いといえる。したがつて、所論のように、本件のような規制は、社会に対する明白かつ現在の危険がなければ許されないとすることは相当でないと考えられる。』としている。つまり，伝統的パブリックフォーラムは，一般公衆に開放されているがゆえに，他者の利益との調整が必然的に要請され，それゆえに明白かつ現在の危険ではなく利益衡量論で判断すべきだと言っているわけ。伊藤正己裁判官の補足意見は，指定的パブリックフォーラム論との対比を念頭に置きながら書かれたわけではもちろんないとは思うのだけど，この補足意見を活用しながら，泉佐野市民会館事件のような指定的パブリックフォーラムと異なり本件道路のように一般公衆に解放されている伝統的パブリックフォーラムでは必然的に他者の権利・利益との調整が必要となり，それゆえに明白かつ現在の危険の基準は妥当しない，と反論できるのではないかしら？」

　考えすぎじゃないのかなあ。

「うーん，だとしても，それは伊藤正己裁判官の補足違憲であって，伝統的パブリックフォーラムに該当すれば，通常の学説であれば，伝統的パブリックフォーラムと指定的パブリックフォーラムは共に厳格審査に服すると解するわけだからね*5。他者の権利・利益との必然的調整の要請により明白かつ現在の危険の基準ではなく，利益衡量論へ審査基準が切り下げられるという発想は，対抗利益により審査基準を切り下げる発想につながりそうで，ちょっと僕はとりにくいかな」

「そのへんは，色々と議論できるでしょうね。日本の道路がそもそもアメリカのようにパブリックフォーラムのような伝統をもってきたかという問題とかもあるっちゃあるしね。教室使用不許可処分にいきましょう。Aの主張は？」

「当該処分の根拠法規は，B県立大学教室使用規則（以下「使用規則」という。）の『政治的目的での使用は認めず，教育・研究目的での使用に限り，これを許可する』というものだけど，これがAの学問研究発表の自由（憲法23条）を侵害し，違憲であると主張するのは，どうかな」

「学問の自由の参考判例は？」

「一番有名なのは，東大ポポロ事件（最大判昭和38年5月22日刑集17巻4号370頁），かな」

「その事件で有名な判旨の1つとして，『実社会の政治的社会的活動に当る行為』と『真に学問的な研究と発表のためのもの』を区分し，後者のみを学問の自由の保障範囲とするって論理があるじゃない？」

　確かに，あまり重要なものと見てこなかったが，その二分論を東大ポポロ事件がとっていることは受験生なら誰でも知っている。

「そうするとさ。実は，使用規則はただこの東大ポポロ事件の二分論を参考にしながら実定化されているように見えてこない？」

　言われてみれば，そうだ。

「ということは，使用規則の違憲性を仮に主張するとすれば，東大ポポロ事件を覆さなきゃいけなくなるよね。もちろん，この東大ポポロ事件の二分論に関しては『実社会の政治的社会的活動に当る行為』と『真に学問的な研究と発表のためのもの』の明確な区分ができず，このような区分を認めれば学問の自由の保障が空洞化するという，これまた有名な反論があるわけだけど，法律家は区分し難きを区分することは得意だし，こういういわゆる『滑りやすい坂（slippy slope）』の問題は経験的にこそ検証されるべき問題とも言い得るわね*6。ともあれ，Aの主張として，上手く奏功するかは慎重な検討が必要」

「……やはりメインは，使用不許可処分の適用違憲ということか」

「そう。そういえば，本問で問題になる権利って，そもそも学問研究発表の自由ってことでいいのかな」

　トウコは，少し疲れたのか，脚を組んで膝を台にして頬杖をつく・

「ゼミの発表のために教室使用の申請を出しているのだから，学問研究発表の自由の保障の問題だと思ったけど，違うの？」

「東大ポポロ事件によればさ。『大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によつて自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められるのてのる。もとより、憲法二三条の学問の自由は、学生も一般の国民ど同じように享有する。しかし、大学の学生としてそれ以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自冶的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。』とされているわけじゃない。つまり，東大ポポロ事件は，教員団の大学の自由の自由と自治の，いわば反射的な効果として，学生に大学施設の利用権を認めたに過ぎないわけ*7。この東大ポポロ事件の判旨からすると，大学の自律的決定に対して，学生がいくら憲法23条に基づく大学施設利用権を主張したとしても負けざるをえないのよね」

「憲法23条の問題にすること自体が，誤りということ？」

「いえ，もし憲法23条で主張を構成するのであれば，東大ポポロ事件を批判しながら学生の大学の自治主体を認め*8，教員団の自律的決定の反射ではなく，自らの大学施設利用権を主張していくしかないんじゃないかってこと。ただこれも東大ポポロ事件に反逆する主張なわけだから，実務家のプロの思考としては，東大ポポロ事件と本件をうまく『区別』しながら主張を組み立てるほうが賢いわね」

「要は，東大ポポロ事件の二分論と使用規則の二分論は重なっているから，Aの活動が『政治的目的での使用』ではなく『教育・研究目的での使用』であるのに不許可にしたことが誤っていれば，学問の自由侵害にもなる，ということか。だから，Aの主張としては，司法事実を積み重ねて政治的目的／教育・研究目的のうち後者の使用であったとガリガリ主張すればいいんだね」

「そうだけど，具体的には？」

「たぶんここで，問題文のヒントである『大学側は，Aらが中心となって行ったデモ行進が県条例に違反すること，ニュースで流されたAの発言は県政批判に当たるものであること，また講演者が政治家であることから，Cゼミ主催の講演会は政治的色彩が強いと判断した。』というヒントが効いてくるんだよね」

「そうね。デモ行進の条例違反は？」

「第1回・第2回目のデモ行進で条例違反の事実はないから，事実誤認と主張できるね」

「Aが県政批判した点は？」

「学問研究の真理の探究にあたっては政府批判的性質をもってくることは免れない*9から，Aが県政批判をしたことをもって不許可処分とするのは，この学問の自由の保障根拠と衝突するよね」

「講演者が政治家である点については？」

「知事の施策方針に賛成する県議会議員と反対する県議会議員を講演を招き，C教授も講演を行うのだから，政治的公平性は人的構成としても保たれているね」

「そのほか，使用規則にうち『教育・研究目的』を基礎づける事情は，まだあるわよね」

「そもそもCゼミの202＊年度のテーマは，『人間の尊厳と格差問題』であり，当初から，この学問研究を行うためにAは研究計画を立て，学内で「格差問題と憲法」をテーマにした講演会の開催を計画していたし，C教授も自ら講演に参加するなど積極的に協力している計画だよね。これらから『政治的目的』ではなく『教育・研究目的』での使用であるといえる」

「これに対してB県側は若干苦しいけど，シンポジウムのみならず，デモ行進を繰り返す等の手法が極めて政治的であるとか，そういう反論は可能かも……しれ……ないわね……」

　そういうと，トウコは大きく伸びをして，ベットに背中から倒れ込んだ。そのまま，しばらく動かなくなる。

　どうしたのかと思って，僕は立ち上がって，トウコの顔を覗き込むと，トウコはすーすーと寝息を立てて眠っていた。両手を無造作に頭の上のほうに投げ出したまま，深い眠りについている。

　やっぱりトウコもフランス旅行中に色々とあったので，疲れていたんだな。最後のほうの質問とか，ちょっと投げやりだったし。

　トウコを起こすのも悪いので，僕は静かにトウコの部屋から去ることにした。後でメールしておくかなあ。