パラダイムシフト 〜アヒルがウサギに見える日〜

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help RSS 「見られている」という自覚

<<   作成日時 : 2012/06/10 18:51   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 18 / トラックバック 0 / コメント 2

伝道しようとしたら、「見られている」という自覚が必要だと思います。それは当然です。対象者を幸せにするために伝道しているわけですから、「そういうあなたは幸せなの?」という目で見られるからです。

育毛剤の会社の社長さんが私のような頭(髪が薄い)で、「この育毛剤はよく効くんですよ」と言われても、全然説得力がありません。それと同じです。幸せではない人から、「幸せになる道があるんですよ」と言われても、全然説得力がありません。

付き合いが表面的なうちは「幸せなふり」も通用しますが、親しく付き合うようになれば……つまり伝道しようと一生懸命になれば、「ふり」は通用しません。必ず、見抜かれてしまいます。

したがって、伝道しようとしたら、まず自分の家庭が幸せになっていないと難しいです。

氏族からも、ご近所さんからも、見られているのです。そう考えると、どうでしょうか? 私はそう考え始めた当初は、かなりプレッシャーでした。生活のすべてを他人から見られていると思っていたら、結構くたびれます。

ところが、そういう意識が、あるときガラッと変わりました。パラダイムシフトです。そのきっかけは、清平修練会でした。そこでちょっと霊的になり、死んだ弟に会い、こう言われました。

「ぼくの死をきっかけに統一教会に導かれたんだから、がんばってよ。いつも見ているんだからね」

我々統一教会員は、霊界の存在を信じているわけです。霊界は時空を超越した世界ですから、ある意味では我々の世界と重なっているわけです。霊人は、いつでも我々を見ているわけです。そういう意識が足りませんでした。

氏族的メシヤとして「召命」された我々は、先駆けて霊界に行った氏族に24時間365日「見られている」ということです。彼らは「氏族的メシヤとして勝利してほしい」と、我々の一挙手一投足を見つめているわけです。

地上の氏族やご近所さんは、私が家の中に入れば私の生活を見ることはできません。しかし、霊界の氏族は、私がお風呂で息抜きしているときでも見ているのです。もう、これは避けようがありません。「見られている」ということから逃れる術はありません。腹をくくるしかありません。

そう思えたときから、プレッシャーはなくりました。少なくとも、「幸せになるためにこんな努力をしているんですよ、どうぞ見てください」という自信はもてるようになりました。

皆様も、ぜひ腹をくくって、「見られている」という自覚をもちましょう。そして、誰から見られても「幸せでいいなあ」と思われる生活を目指しましょう。そうすれば、伝道は自動的にできるようになると思います。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>幸せではない人から、「幸せになる道があるんですよ」と言われても、全然説得力がありません。
>、「ふり」は通用しません。必ず、見抜かれてしまいます。

本質的な課題をズバリと指摘して下さいました。(^_^;)
自分の家庭が実際に幸せである事が、伝道できる教会員の必修条件になりますね。
私も祝福を受けてから、弟を病気で亡くしていますので、身につまされ「見られている」と感じると逃れられないです。
覚悟を決めて幸せな家庭を目指すしかありません。

>伝道は自動的にできるようになると思います。

そうですね。 これが究極の実体伝道になると思います。
暗闇に光を照らすと、多くの虫たちが引き寄せられ集まって来ます。
愛と幸せで溢れた家庭を見せれば、自然と人は惹き付けられ伝道できそうですね。
頑張ります!
光太朗
2012/06/10 22:18
量子力学では、観測されていないときと、観測されているときとでは、物体の状態が異なると説いています。

観測されていないとき、物体は「ある確率の範囲内で、いかようにでもなれる状態」です。

ところが、観測された瞬間、物体は「特定の状態に固定化される」ことになります。

人間生活も同じだと思います。見られていないときには、だらだらと適当に過ごしているものです。しかし、いざ見られると(例えば家に誰かが訪問してくると)途端に「ある特定の状態」になっていくものです。

原理的生活規範を知ったうえで、霊界からいつも見られているという意識になれば、必然的にいつでも原理的に行動しようと努めるようになります。そして、それが固定化されれば、もう誰かが見られていようがいまいが、いつも原理的な生活ができるようになると思います。
小林浩
2012/06/11 21:00

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