不思議な国の奥深くに迷い込んでしまった姉妹と母。
今度はなんと、鏡の中から姉・ミカルの「分身」が現れた!
さて、扱いに困った三人がとった行動とは――
♯14 ミカル、自分の分身を否定する
「ねえミカちゃん! ミカちゃんってば」
ハルルはミカルの腕をつかんで揺さぶった。
「何よ」
口調も表情もこれ以上ないってくらい面倒くさそうなミカル。
「ミカちゃん、この人なんとかしてよ。呪われそうで怖い」
「なんであたしがなんとかしなきゃいけないの」
「だってこの人ミカちゃんの分身でしょ」
「知らない。見たこともない、こんなヤツ」
なんのためらいもなく言ってのけた。
「そんなわけないじゃん。さっきまで鏡に映ったミカちゃんだったんだよ。どう見てもミカちゃんにそっくりだし」
「そっくりじゃない。全然まるっきり似てない。どの部分を取ってもあきらかに別人」
そこまで言うか。
「そいつをなんとかするならあたしよりハルちゃんのほうが適任だと思う」
「あたしが適任? なんで?」
「そんなこと、自分で考えなさい」
何か深い意味でもあるかのように、語尾に変な余韻を含ませたが、ミカルがなんにも考えてないのは見え見えだった。単に自分で動くのがイヤなだけ。
「ミカちゃんずるい。いっつもそうやってあたしに押しつけて」
「普通に事実を言っただけだよ。ハルちゃんのほうがうまくできるから、ハルちゃんがやるのが合理的だって」
「だからさ、なんであたしのほうがうまくできるのよ。理由は?」
「そんなこと自分で考えろっつの」
二度目なので語尾の余韻は省略しました。
と姉妹がこのような会話をしている傍(かたわ)らでは、お母さんと鏡から出てきたミカルの分身が話の結論を待っていたのだが、待ちきれなくなったのか、お母さんがとうとう口をはさんできた。
「あんたたち、もういいからじゃんけんで決めなさい」
「いや」
ミカル即答。
「しょうがないわねえ」
母はため息をついて、
「まあ、じゃあハルでいいから。ハルがこのうっとうしい人をどうにかする係ね」
「お母さん!」
ハルルは泣きの入った声で抗議した。
「親として、それはダメだと思う! 不公平だと思う!」
「不公平は百も承知よ」
「ひどい。うちの家族ってみんなひどい」
「正確にはうちの家族の四分の一ね。不満なら、そこで鉄の塊みたいに強情な顔してるミカルさんをあんたが説得しなさい」
「ミカちゃんを説得なんて無理。FBIの交渉人でも無理」
「でしょ? じゃああんたがやるしかないじゃない」
「う......」
簡単に説得されるハルルであった。
なんでいつもこうなるんだろう。きっとお父さんの遺伝子のせいだ。お父さんとお母さんが言い合いしてお父さんが勝ったの見たことないし。
おずおずと、おっかなびっくり、半歩前に出ようとしたその時。いきなりミカルの分身がハルルに向かって怒鳴った。
「どうにかするとは! どういうことか!」
「あ......え?」
「この人をどうにかするとは! どういうことなのか!」
「どういう......って、えーと」
どうやらこの分身は「どうにかする」対象として扱われたことに、プライドをひどく傷つけられたらしい。
「どうにかするっていうのは、つまり......なんとかするっていうか......いやなんとかって言っても別にどうこうするとかじゃなくて......」
自分でも何を言ってるのかわからない。
分身はずいっと寄ってきて、
「ゾウリムシめが」
憎々しげに吐き捨てた。
すぐ目の前で毒を浴びせられて、ハルルはフリーズした。
「貴様ら下賤(げせん)のゾウリムシどもがこの私に対してどうこうするなど、お笑いぐさだ!」
雑巾のシミの次はゾウリムシ。比較すれば多少はマシになったが、嬉しくもなんともないハルルであった。
「貴様らなど因業婆(いんごうばあ)のゾウリに踏まれてぺちゃんこになって汚いゾウリの裏に一生へばりついていればよいのだ!」
「ゾウリムシってそういうのじゃな......」
「うるさい! もう口をきくな! 貴様らが言葉を話すなど言語道断の思い上がり! 虫酸(むしず)が走る! 耳が腐る!」
言葉禁止。
そう言われて素直に黙るハルルもハルルだが、分身も分身で、なぜかハルルが黙ったらいっしょに黙ってしまった。どうもよくわからない。
じっと黙っているハルル。
じっと黙っている分身。
じっと黙っているお母さんとミカル。
全員がじっと黙ったまま、長い時が流れた。
だいたい三分くらい。
「ハルちゃん、それ変」
ミカルが言った。
「三分は長い時とは言わないと思う」
「え」
頭の中でだけ考えてたつもりが、いつのまにか口に出してたらしい。
ハルルはあわてて口を手でおさえた。
それから手を離して、ふうっと息を吐いて、
「でもさ、今ほんとに三分くらいみんな黙ってたよね。すごかったよね」
「確かにすごかった」
同意するミカル。
「ほんと。これなんのガマン大会? って思ったわよ」
とお母さんも。
「普通、誰か何か言いだすよね。言いたいことなくても、ただ黙ってるのって耐えられないから。なんでみんな黙ってたの?」
「そういうハルちゃんは?」
「あたしは、そこの怖い人に口をきくなって言われたから」
「あたしも」
「あたしも」
ハルルとミカルとお母さん、三人そろってミカルの分身の顔を見た。
三人に見つめられ、分身はあわてて口を開いた。
「わ、私は」
視線を上に向けて、ちょっと考えた。
「私は、ミカルが黙ったから......」
「ミカちゃんが黙ったから黙ったの?」
ハルルに訊かれ、
「そうだ......と思う」
答えながら首をかしげる分身。
納得するハルル。
「やっぱりミカちゃんの分身なんだね」
「違うって言ってるでしょ!」
ミカルが憤慨する。
「こんなやつ分身じゃないし、全然似てないし、見たことも聞いたこともない、縁もゆかりもない赤の他人!」
「ミカちゃん、そんな言い方したらかわいそうだよ。分身、涙目になってるよ」
分身が抗議の叫びをあげた。
「涙目になど! 何をふざけたことを!」
だけど声は震えてるし、目もうるうるにうるんでる。
ミカルは肩をすくめた。
「しょうがないでしょ。赤の他人は赤の他人なんだから」
「赤の......他人......」
分身は椅子の背もたれをつかみ、へたりこむように腰かけた。
俯(うつむ)いて、両方の手のひらをじっと見た。
それから手を裏返して、両方の手の甲をじっと見た。
もう一度裏返して、また手のひらをじっと見た。
かすれた声で、つぶやいた。
「誰......」
「え?」
「私......誰......」
ハルルは小声でミカルに囁(ささや)いた。
「ほら、元気なくしちゃったじゃん。ミカちゃんが裏切るから」
「あたしのせいだって言うの?」
「そうだよ。なんか言ってあげなよ」
「ハルちゃんさっきまでこいつのこと呪われそうで怖いって言ってなかった?」
「もう怖くないもん。なんかかわいそうでほっとけない」
「じゃハルちゃんが励ましてあげれば」
「あたしの分身じゃないもん」
がたん、と大きな音がした。
椅子が倒れ、分身がそこに立っていた。
「思い出しました!」
分身が言った。
声が変わっている。どこかで聞いた――透明な水のような、不思議によく響く声。
なんだかずいぶん背が高く見える。
「自分が誰なのか、やっと思い出しました!」
ハルルは目をパチパチさせた。
「あ、あれ......? ドレス......」
「私は、水鏡(みかがみ)アリア!」
長身、長い髪、銀色のロングドレス、表情のない美しい顔。
そこにいるのは、確かに水鏡アリアだった。
今の今までミカルそっくりだったのに、どこでどう変わったのか、それは間近で見ていた者にもわからない不思議な変化だった。
「すごい。こういうの初めて見たわ。なんて言うんだっけ......メタモルフォーゼ?」
喜ぶお母さん。
「お母さん、そういうのとはちょっと違うと思う」
「あら、違うの? マジック?」
「わかんないけど、それも違うと思う」
違うと言いながら、ハルルにもよくはわからない。
隣でミカルがチッと舌打ちした。
ハルルは驚いて、
「ミカちゃん、今、舌打ち......」
「してない」
「した。絶対した。チッて」
「してないってば」
「聞いたもん。絶対した」
「してない」
「した」
「してない」
姉妹の口げんかをさえぎって、水鏡アリアのよく通る声が響いた。
「私がどんな魔法にかけられたのか、なぜこのような目に遭わねばならなかったのか、わかりません。お会いした瞬間から、私の体は私のものではなく、口をついて出るのは私の意志とは関係のない言葉でした。やがて姿を変えられ、鏡の中に閉じ込められ......」
水鏡アリアは両手で自分の体を抱き、
「まことに怖ろしい思いをいたしました。鏡から救い出してくださったこと、心から感謝いたします」
お母さんに向かって頭を下げた。
「あら、いえいえ、大したお役にも立てませんで」
お母さんは胸の前で小刻みに手を振った。
ハルルの隣で、ミカルがまた舌打ちした。
「あっ、ほら、ミカちゃんやっぱり舌打ち......」
言いかけるハルルを無視して、ミカルが水鏡アリアに歩み寄った。
「なぜこんな目に遭わなきゃならないか、わからないって?」
至近距離でにらみつけながら、自分の声域の一番低い声で、ミカルは言った。
「忘れたなんて言わせないわよ」
「......どういうことでしょうか」
「覚えてないの? 本当に?」
水鏡アリアは曖昧に首を振った。
「そう......」
ミカルはなおもアリアをにらみつけたまま、
「忘れたのなら、思い出させてあげる」
そう言って、思わせぶりに長い黒髪をかき上げた。
(つづく)
―#14―
*次回:6月27日(木)掲載
2013/5/23 更新
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