2013年6月15日(土)

抗がん剤の効かない「がんの親玉」をたたけるかも

プレジデントFamily 2013年7月号

著者
池田 清彦 いけだ・きよひこ
生物学者

池田 清彦

生物学者。1947年生まれ。早稲田大学国際教養学部教授。生物学の観点から、社会や環境など幅広い評論活動を行う。著書に『生物多様性を考える』『アホの極み 3.11後、どうする日本!?』『ナマケモノに意義がある』などがある。昆虫採集が趣味。

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池田清彦

がんは手術、抗がん剤、放射線で治療するのが日本の医学界の常識だが、転移したがんはどんな治療をしてもまず根治は期待できない。長年、こういったがんの標準治療に疑問を投げかけている近藤誠・慶應大学講師は近刊の『「余命3カ月」のウソ』(ベイト新書)で「がんが恐ろしいのではない。がんの治療が恐ろしいのです」と書いて、がんの標準治療の恐ろしさを説いている。

確かに抗がん剤で治る可能性のあるがんもある。急性白血病、悪性リンパ腫、睾丸(こうがん)がん、子宮絨毛(じゅうもう)がんの4つだ。しかし胃がんや肺がんといった固形がんに抗がん剤は効かない。ましてや転移したがんに抗がん剤は無効である。

がんは通常1センチくらいの大きさにならないと見つからない。このくらいの大きさで発見されると、早期発見と言われ手術を勧められることが多いけれど、実は1センチのがんは10億個以上のがん細胞のかたまりで、がんの発生から増殖の全プロセスから見ると、すでに末期なのだ。

がんはたった1個のがん幹細胞から始まることがわかっている。がんが転移する能力を有しているかどうかはすでにこのときに決まっていて、1ミリの大きさ(100万個のがん細胞のかたまり)になった時点では、転移性のがんはすでに転移しているのだ。一方、転移能力のないがんは大きくなっても原発巣に留まり転移しない。

転移していないがんは放っておいても患者を殺さないが、転移がんは始末が悪い。抗がん剤を投与すれば、がんは一時的に小さくなる。抗がん剤は分裂しているがん細胞を殺すからだ。同時に正常細胞の中にも分裂している細胞はあるわけで、抗がん剤は患者を衰弱させる。問題は抗がん剤を投与しても死なないがん細胞があることだ。がん幹細胞である。

がん幹細胞はあまり分裂しない細胞で、抗がん剤にも放射線にも強い。普通のがん細胞が抗がん剤や放射線で殺されてがんが消えたように見えても、がん幹細胞は100万個近くも生存していて、いずれここからがんが再発してくる。だから、がん幹細胞を殺す方法を開発しない限り、現在の治療法では転移がんは治らない。近藤氏の主張するように、治療で患者を衰弱させるより、何もしないほうが長生きする可能性が高い。

しかし、最近、がん幹細胞をターゲットにした治療法が研究され始めて多少希望が見えてきた。「がんの再発や転移の原因とされる『がん幹細胞』を狙い撃ちする臨床研究が4月上旬、国立がん研究センター東病院(千葉県)で始まる。がん幹細胞を標的にする治療の臨床研究は国内で初めて」(朝日新聞、2013年3月25日付朝刊)

具体的に何をするのかといえば、胃がん幹細胞の表面にあるCD44vというたんぱく質の働きをスルファサラジンという飲み薬で抑えて、抗がん剤や放射線で攻撃するというものだ。CD44vは抗がん剤や放射線が作る活性酸素から、がん幹細胞を守る働きがあるとされ、この働きを弱めれば、治療によりがん幹細胞を殺すことができそうだというわけだ。まだ研究段階だが、がんの根治が夢でなくなる日も来るかもしれない。

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