木語:シマが見えるベンチ=金子秀敏
毎日新聞 2013年06月13日 東京朝刊
<moku−go>
米国のオバマ大統領と中国の習近平(しゅうきんぺい)国家主席が米カリフォルニア州の保養地で会談した。
「新しい形の大国関係」という聞き慣れないことばが登場した。戦後、世界に君臨してきた米国の指導者が、軍事、経済で追い上げる中国の指導者にしぶしぶ対等の地位を認めた、ということだろう。
オバマ大統領は、戦争になればお互いに損だから談合しようじゃないかとささやいたに違いない。だが習主席は「中華民族の偉大な復興」という看板を背負っている。うっかり握手して帰国したら「シマを取り返せない弱腰、媚(び)米・媚日派」のレッテルを貼られかねない。中国人にはシマとは台湾だ。それには釣魚島(ちょうぎょとう)(尖閣(せんかく)諸島)も含まれる。
会談2日目、2人は庭を散歩して木のベンチに座った。これがくせものだった。
ベンチの背もたれには「中国のプレジデント(国家主席)に贈る。米国プレジデント」の英文。座席中央にはでかでかと「カリフォルニアのセコイア(紅杉(ホンシャン))の木」という意味の漢字。これを中国人に見せようという意図がありありだ。
オバマ、習両氏はセコイアのベンチに並んで座り1972年にタイムスリップした。
この年の2月、世界を驚かせたニクソン大統領訪中があり、米中関係が正常化へ動き出した。ニクソンは、中華人民共和国を事実上承認し、台湾から米軍基地を撤去した。会談相手の周恩来首相にセコイアの苗木4株を贈った。セコイアのベンチは米中関係の原点の象徴だ。
この当時、オバマ氏はまだ10歳でハワイの小学校に通っていた。一方の習氏は18歳。反動政治家の子として農村に追放されていたが、3年後に大学進学が許されて北京に戻ることができた。習氏にとってニクソン訪中は心の琴線(きんせん)に触れる事件だったろう。
今年5月、ニクソン氏の孫が浙江(せっこう)省杭州(こうしゅう)の植物園を訪れ、祖父ゆかりのセコイアを参観した。米国は事前にこんな細かい布石も打っていた。
ニクソン訪中の3カ月後、米国は尖閣諸島を含めた沖縄の施政権を日本に返還した。
さらに4カ月後、田中角栄首相の訪中で日中国交正常化が実現した。この時、尖閣問題を持ち出そうとした田中首相を周首相が「またにしよう」と制した。セコイアのベンチに座れば、尖閣まで見える。
田中首相は北海道産オオヤマザクラの苗木を贈った。北京の玉淵〓(ぎょくえんたん)公園などに植えられ、いまや花見の名所だ。いつか外交カードに使う知恵者が出るだろう。(専門編集委員)