2013-06-15
修士論文や夏の学校の集録や学振申請書を書く皆さんへ
適宜更新します。
0. はじめに
0.1. この記事の目的
2012 年度末に修士論文の添削を初めて真面目に担当し、論文全体についての助言をする以前の段階で、注意すべき点、して欲しい点が多々あることが分かりました。修士論文に限らず、これは学振の申請書、夏の学校の収録原稿、物理学会の講演概要など、修士学生が他の場面で日本語を書く場面でも同じことが言えます。毎回、毎年、同じことを注意するのは面倒ですし、「修士論文 書き方」などで検索して辿りつく人もいるでしょうから、注意すべき点をまとめて記事にします。
0.2. 対象読者
僕のまわりにいる学生と日本中の修士課程の学生。LaTeX を使って修士論文を書く高エネルギー宇宙物理関係の学生を想定していますが、他分野の人、Word を使う人などでも参考になることはたくさんあると思います。
0.3. 元ネタ
僕の大学院指導教員である牧島一夫先生がまとめられた「M2 の皆さんへ」という修士論文の書き方の指南書と、「科学英文のチェックマニュアル」に大きな影響を受けて同じようなものを書くことにしました。ただし、この記事は日本語文書限定です。
上記 2 つの文書は理系大学院生必読です。
1. 図に関すること
1.1. caption について (LaTeX 限定)
LaTeX で図目次を生成させる場合は、目次に長い説明を入れないこと。例えば以下のようにすると、図目次には「The 3rd EGRET catalog (Hartman et al. 1999, with modification)」ではなく、短い説明「The 3rd EGRET catalog」のみが表示される。
\begin{figure} \begin{center} \includegraphics[width=14cm,clip]{fig/EGRET.pdf} \caption[The 3rd EGRET catalog]{The 3rd EGRET catalog \citep[with modification]{Hartman1999}} \label{EGRET} \end{center} \end{figure}
1.2. 図の位置 (LaTeX 限定)
LaTeX の figure 環境で、図の位置を h で指定しないで下さい。h の指定をしないでも、LaTeX がちょうどよい場所に図を自動配置してくれます。論文の図は原則としてページの上部に置くのが慣習になっています。
\begin{figure}[h] %この h は取る。LaTeX の参考書で h を指定する例が載っていても取る。 \begin{center} \includegraphics{fig/EGRET.pdf} \caption{caption} \end{center} \end{figure}
1.3. 画像形式について (LaTeX 限定)
線画では可能な限り vector 画像 (PDF や EPS) を使い、bitmap 画像の場合は PNG、GIF、JPEG を使い分けて下さい。例えば回路図のように線と文字しかないものは PDF を、オシロ画像には PNG を、回路の写真には JPEG を使います。JPEG を使うのは原則として写真のみと思って下さい。逆に、写真を PNG などで保存することも滅多にしません。
最近は PDF や PNG をそのまま LaTeX に貼り込めるので、古い LaTeX の本などに書いてあるように、必ずしも EPS にする必要はありません。やり方は、以下の通りです。
まず、fig/hoge.jpg などを用意した状態で次のコマンドのどちらかうまく動くほうを terminal から実行します。そうすると、fig/hoge.bb もしくは fig/hoge.xbb というファイルが生成されます。
ebb fig/hoge.jpg
extractbb fig/hoge.jpg
次に、LaTeX ソースの先頭のほうに以下の行を追加します。
\usepackage[dvipdfmx]{graphicx}
そして、普通に figure 環境で JPEG 画像を指定すれば表示されます。
\begin{figure} \begin{center} \includegraphics[width=5cm]{fig/hoge.jpg} \caption[]{素晴らしい実験装置} \label{fig_hoge} \end{center} \end{figure}
1.4. 図の説明について
図の説明 (caption) は簡潔である必要はありません。むしろ、図示されただけでは読者が分らない情報をそこでちゃんと説明して下さい。何か回路の写真を載せるとして、「図 1.1. 測定回路の写真」とだけ書くのではなく、「図 1.1. 測定回路の写真。左上にあるのが〜〜で、〜〜と接続されている。」のように、読み取って欲しい情報をちゃんと書いて下さい。その図の読み方を読者に丸投げするのは失礼です。
また、本文でゴチャゴチャと図の説明をするよりも、図の caption で説明をしたほうが良い場合が多々あります。例えば本文中で「黒実線は ADC 値の分布」と書くよりも、caption に書いたほうが効果的ですし、読者の目の移動量が圧倒的に減ります。
1.5. 図の言及の仕方
本文で全く言及しない図と言うのはありえません。掲載する場合は、本文中で「図 1.1 で示すように」や「〜〜の結果を図 1.1 に示す」や「図 1.1 から明らかなように」などと必ず言及して下さい。これをしないとその図は存在する意味がありません。またその図を見ながら本文を読む必要がある場合には、どの図を見るべきかを指示してもらえないと読者はその図を眺めながら本文を読めません。
また、「宇宙線のスペクトルは冪乗で表される (図 1.1)」などと書くのではなく、「図 1.1 に示す通り宇宙線のスペクトルは冪乗で表される」のような書き方をするようにして下さい。
1.6. caption の場所
図の caption はその図の下に入れて下さい。逆に、表の場合は表の上に入れます。この理由はしりませんが、そういう慣習です。
1.7. 大きさ
印刷して文字が読めるように配慮して下さい。小さい文字や図の細部が読めないのは駄目です。修論のページ数は決まっていないので、のびのびと紙面を使って下さい。文書の形式が 2 columns の場合、1 column に収めようとせず、大きい図は 2 columns にまたがって表示して下さい。
2. 日本語全般
2.1. 略語
PMT や ADC などの略語は、必ず初出の場所で「光電子増倍管 (Photomultiplier Tube、PMT)」などと定義して下さい。「Cherenkov Telescope Array」のような語の場合は日本語訳がありませんが、PMT のように日本語で書けるものはちゃんと日本語を書きます。
英単語の場合は「CTA (Cherenkov Telescope Array)」ではなく「Cherenkov Telescope Array (CTA)」と書きます。
2.2. 回りくどい表現を避ける
「温度測定を行った」などではなく、「温度を測定した」などの簡潔な表現のほうが読みやすく、また伝えたいことが伝わりやすくなります。
2.3. 定性的な表現を避ける
「フィッティングの結果が悪くなった」などの定性的な表現ではなく、「フィッティングをしたところ、chi2/ndf が〜〜から〜〜へと悪化した」のように定量的に書いて下さい。これは著者の主観的な判断を示すのではなく、読者が客観的に数字を評価できるようにするため必須です。また、数値で比べてみると案外悪化していなかったりすることもあるので、自分のやっている作業の定性的な確認にも役立ちます。
2.4. 単位
「20 GeV」を「20GeV」などと繋げて書いたり、LaTeX 中で「$20GeV$」と書いて「GeV」が斜体にならないようにすること。数式中で普通の文字を使いたい場合は、「$20 \rm{GeV}$」や「$k_\rm{B}$」とします。例外として、「°」と「%」は直前の数字との間にスペースを空けません。「25°」や「95%」は、「$25^\circ$」や「$95$\%」と LaTeX で入力します。
2.5. 斜体
一部の論文誌では、人工衛星や望遠鏡の名前に斜体を用います。これはなぜかというと、人物名の Fermi とフェルミガンマ線宇宙望遠鏡の Fermi を区別するためです (恐らく)。
Fermi や Chandra という文字を斜体にするときに LaTeX では「\textit{Fermi}」のようにします。たまに「$Fermi$」として数式中で変数が斜体になる LaTeX の仕組みを利用する人がいますが、数式と文中の斜体は異なります。
2.6. 丸括弧の使い方
丸括弧は極力使わないこと。「高エネルギー天体(ブラックホール、中性子星など)」ではなく、「ブラックホールや中性子星などの高エネルギー天体」と書きます。
2.7. 鍵括弧の使い方
原則として、鍵括弧は以下の用途に使います。
- 文を引用するとき
- 本来の意味と異なる意図を含ませる時。これまでは「常識」とされてきた、のような書き方。
- 「すざく」などの平仮名文字を前後の平仮名から区別したいとき。もしくは、「すざく」は本来の朱雀とは違うことを意識したいとき。
2.8. 二重鍵括弧の使い方
同様に、以下の用途に使います。
- 書名を書く時。『宇宙線』と書いた場合、それは宇宙線を指すのではなく小田稔著の書名になります。
- 鍵括弧中でさらに鍵括弧を使いたい時。
2.9. 記号
日本語で書ける記号は日本語で書く。例えば「20 GeV 〜 100 TeV」や「20 GeV – 100 TeV」は「20 GeV から 100 TeV」と書きます。「コンプトン散乱のエネルギー + 光電吸収のエネルギー」ではなく「コンプトン散乱のエネルギーと光電吸収のエネルギーの和」と書きます。
2.10. 受動態と能動態
基本的に日本語の論文は能動態を積極的に使うべきです。主体が誰なのかを明確にする効果があります。「三日間に渡り温度変化が測定された」では誰がやったのか分かりませんが「三日間に渡り温度変化を測定した」であれば、主語がなくても著者がやったと分ります。
2.11. やたらとカタカナ語を混ぜない
例えば「望遠鏡のコスト」は「望遠鏡の建設費用」とごく普通の日本語で表現できます。カタカナでしか対応する語句がない場合、もしくは日本語訳があまりに一般的でない場合を除き、日本語の文章は日本語で書きます。
2.12. 主語と述語と目的語
あまりに長い文を書くと、その文中で主語と述語と目的語が離れ過ぎる場合があります。文を短くするか、それらが適切な位置関係に来るように工夫して書く必要があります。また長い文を書いているうちに主語や述語自体を書き忘れたり、主語が入れ替わったりする場合がよくありますが、絶対にこれは駄目です (日本語の常識として主語が省略出来る場合を除く)。
2.13. ハイフンとマイナス
マイナス記号とハイフンは異なります。メールなどでは「-20℃」と書きますが、LaTeX の場合これをやると、「-」がハイフンとして表示されます。$-20$℃と書けば「-」がマイナス記号になります。
2.14. 「など」
「シンクロトロン放射などの過程」のように「など」を使って省略せず、数が限られており書くのが簡単な場合は「シンクロトロン放射、制動放射、逆コンプトン散乱」のように列挙したほうが良いです。
2.15. 順接の「が」
「が」には順接と逆接の両方の使い方があります。順接の「が」は読者を混乱させる場合があるので、使わないようにしましょう。例えば「これまで温度測定を行ってきたが、今後とも継続する必要がある」のような書き方をすると、「が」の後に逆接が来ることを期待してしまいます (例えば「これまで温度測定を行ってきたが、今後は湿度測定を…」のような期待をする)。
2.16. 本文中の数式
「dN/dE」のような簡単な数式は $$ 環境を LaTeX 中で使わなくても書けてしまいますが、N や E は斜体にすべきなので、必ず $$ 環境を使って $\rm{d}N/\rm{d}E$ と書きます。
2.18. 「ch」
「ch」というのは channel の略なので、日本語で「分解能の悪い ch が存在する」のような表現はおかしいです。「チャンネル」とちゃんと書きます。「Ch 1 は分解能が悪い」は問題ないです。
2.19. 何について書いてるのか明確にする
「精度が悪化する」とだけ書くと何の精度か分かりません。「エネルギー決定精度が悪化する」や「フィッティング精度が悪化する」のようにちゃんと書きます。「感度の向上」や「強度の低下」なども「ガンマ線検出感度の向上」や「ガンマ線強度の低下」のように、何を書いてるのか明確にします。
2.20. 英数文字と日本語の混在
日本語文章を書いているときに、句読点とコンマ・ピリオドが混在したり、半角の丸括弧と全角の丸括弧が混在している場合が多々あります。原則として日本語の文章中では、「、」「。」もしくは「,」「.」を使い、「,」「.」は使いません。また「(」「)」ではなく「(」「)」を使います。LaTeX を使っていれば、丸括弧の左右の余白は適切に調整してくれます。
特に、英単語を日本語文中で列挙している場合にこのミスが目立ちます。例えば「HESS, MAGIC, VERITAS といった望遠鏡」のような記述をするときに、アルファベットを打った勢いでそのままコンマを打ってしまうようです。
※と言いつつ、この blog の記事では「(」「)」の代わりに「 (」「) 」を使っています。理由は、世の中の web browser の組版が美しくないからです。LaTeX の組版は綺麗なので、ちゃんと使い分けましょう。
2.20. 「数十」と「数 10」
ガンマ線業界では「数十 GeV」や「数百天体」という表現をよくしますが、これを「数 10 GeV」や「数 100 天体」と書かないで下さい。「数 100000 天体」とかになってくると、なんかおかしいなと分かるはずです。
2.21. 文中の文献番号の場所
文献番号が末尾にくるとき、「〜〜と報告されている [3]。」のように書きます。「〜〜と報告されている。[3]」とは書きません。
2.22. Double quotation の向きを揃える (LaTeX 限定)
LaTeX 中で「"this is a pen"」のように書きたい時、「``this is a pen''」と書きます。「``」は「`」を二連続で、「''」は「'」を二連続です。面倒ですが、こうしないと PDF にしたときに向きが揃いません。
2.23. タイトル中の Times の英語とゴシック体の日本語の混在 (LaTeX 限定)
例えば jarticle がスタイルとして指定されている原稿を書く場合、「\title{Cherenkov Telescope Array の装置開発}」と書くと「Cherenkov Telescope Array」だけフォントが Times になり、「の装置開発」はゴシックで表示されて統一感がなくなる場合があります。これを回避するには、次の行を先頭のほうに書いておくと解決します。
\usepackage[deluxe]{otf}
3. 引用
3.1. 引用と転載
引用と転載は異なる概念なので、注意して下さい。他の人の論文の図を自分の修論に掲載する場合、その図があくまで自分の論文に対して主ではなく従である必要があります。また、どこからか図を持ってきたら、必ずその出典を明記して下さい。Web にある画像は URL を載せて下さい。
3.2. 論文の引用
自分が考えたことでない記述は、原則としてその原典を書くべきです。例えば「近年では Fermi 衛星の活躍により超新星残骸での陽子加速の証拠がほぼ明らかになった」のような記述をするときは、該当論文を書いて下さい。一方で、「宇宙線の謎はその発見以来 100 年にわたり」のようなごく一般的な共通認識は、わざわざ引用する必要はありません。
4. 概要 (abstract)
概要はあくまで本文全体のまとめです。概要に既に書いたから本文には書かないで良いとか、概要に書いてあるのに本文に書かれていない記述があるということは、ありえません。