特集ワイド:息苦しさ漂う社会の「空気」 辺見庸さんに聞く
毎日新聞 2013年05月09日 東京夕刊
この空気を支えるものは何か。キーワードとして辺見さんは、哲学者アガンベンが多用する「ホモ・サケル」を挙げた。「古代ローマの囚人で政治的、社会的権利をはぎ取られ、ただ生きているだけの『むき出しの生』という意味です。日本でもホモ・サケルに近い層、言わば人間以下として放置される人たちが増えている。80年代までは、そういう貧者が増えれば階級闘争が激しくなると思われていたけど、今は彼らがプロレタリアートとして組織化され立ち上がる予感は全くない。それどころか保守化してファシズムの担い手になっている。例えば橋下徹・大阪市長に拍手をし、近隣諸国との軍拡競争を支持する層の多くは非受益者、貧困者なんです」
政治を野放しにするとどうなるのか。「安倍首相は官房副長官時代、官邸に制服組をどんどん入れ、02年の早稲田大の講演で『現憲法下でも戦術核を持てる』と語った。その考えは今も変わらないと思う。今の政権の勢いだと、いずれ戦術核の議論までいくんじゃないですかね。マスコミの批判は出にくいしね」
言語空間の息苦しさを打ち破れるかは「集合的なセンチメント(感情)に流されず、個人が直感、洞察力をどれだけ鍛えられるかにかかっている。集団としてどうこうではないと思うね」と辺見さん。まずは自分の周り、所属する組織の空気を疑えということか。
きわめて地中海人的な態度と言える。
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■人物略歴
◇へんみ・よう
1970年に共同通信入社。北京特派員、ハノイ支局長、編集委員などを務める。78年、中国報道で新聞協会賞。91年「自動起床装置」で芥川賞、94年「もの食う人びと」で講談社ノンフィクション賞を受賞し、96年退社。2011年、詩文集「生首」で中原中也賞。12年、詩集「眼の海」で高見順賞。近著に「国家、人間あるいは狂気についてのノート」。