コラム

AKB指原莉乃を1位に押し上げた、アイドル「劇場化現象」


選抜総選挙で1位に輝き、スピーチするHKT48の指原莉乃©AKS

選抜総選挙で1位に輝き、スピーチするHKT48の指原莉乃©AKS

 6月8日に日産スタジアムで行われた、AKB恒例のファン投票イベント『AKB48 32ndシングル選抜総選挙〜夢は一人じゃ見られない〜』で、これまで前田敦子・大島優子の2人が独占してきた王座を指原莉乃が奪取した。

 昨年の選挙直後にスキャンダルが報じられ、姉妹グループのHKT48に移籍した指原の「復活劇」は、ファンのみならず、普段あまりAKBに興味のない人の間でも、大きな話題になっている。

 その賛否はともかく、いったい彼女を1位に押し上げた原動力は何だったのか。

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1年間の「指原劇場」華麗なフィナーレ

総選挙開票前のライブで、AKB時代に劇場で歌っていたユニット曲『愛しきナターシャ』を披露する指原莉乃(右)。左は16位に入ったSKE48の須田亜香里©AKS

総選挙開票前のライブで、AKB時代に劇場で歌っていたユニット曲『愛しきナターシャ』を披露する指原莉乃(右)。左は16位に入ったSKE48の須田亜香里©AKS

 指原は昨年6月の前回総選挙でも4位につけ、勢いのあるところを全国にアピールしていた。この年の1月からはテレビドラマで単独主演、前月にはソロデビューも果たしており、選挙の2週間後にはももいろクローバーZやハロー!プロジェクトのBuono!といった人気アイドルを集めてのコンサート『指原莉乃プロデュース 第一回ゆび祭り〜アイドル臨時総会〜』の開催も予定。その人気はまさに頂点へと向かっていた。

 だが選挙の1週間後、AKB研究生時代にファンの男性と親密になっていたと週刊誌が報道。すべてが事実ではないとしながらも、本人は騒動になったことを謝罪した。ファンにとってはショッキングな内容だっただけに、これで指原のアイドル生命は終わるのでは、と見る向きも多かった。少なくとも、飛ぶ鳥を落とす勢いは失速せざるを得ないと誰もが考えていた。

 この事態の収拾を図るため総合プロデューサーの秋元康氏が打った手は、最も新しい姉妹グループであり、福岡市がホームグラウンドのHKT48へ指原を移籍させるというものだった。テレビのレギュラー番組やCM出演をかかえている以上、その活動を途絶えさせるわけにはいかない。しかし、過去には同様のスキャンダルからAKBを去ることになったメンバーもいる。おとがめなし、というのもファンの反発を買う。その両方に配慮し、さらに発足間もないHKT48の知名度アップも狙うという、一部ネットユーザーからは『神の一手』とも言われた采配だった。

 そして鳴り物入りでHKTに移籍。HKTのメンバーたちは総選挙4位の「大物」移籍を前向きにとらえていたようだが、2011年の劇場デビュー以来半年以上が経過し、フレッシュさあふれるパフォーマンスで固定ファンもつき始めていた時期だけに、この移籍に異を唱える人も多かった。

福岡市のHKT48劇場

福岡市のHKT48劇場

 7月にHKT劇場にデビューしたが、その翌月には人気メンバーを含む5人が突然辞めるという事態が発生。その真相は不明で、さすがに指原が原因と考える人は少なかったが、AKBグループ内で最も平均年齢が若く、清廉さが大きな魅力だったHKTに、スキャンダラスなイメージの指原は不要、との声はさらに高まった。

 苦境に立たされた指原だったが、風向きが変わったのは、HKT48が出演するバラエティー番組『HaKaTa百貨店』の放送が始まった10月だ。この番組は関東地方で放送され、それまで情報の少なかったHKTメンバーの素顔が広く知られるようになった。そこで指原はまだテレビの仕事に慣れない若いメンバーをうまくリードし、持ち前のトーク力でそれぞれの個性を引き出す役目を果たした。これによって「指原はHKTのプロデュースに一役買っている」との印象が浸透し始める。

 続いてやはり関東で放送される『HKT48のおでかけ!』という番組もスタート。指原自身は九州ローカルでも『タマリバ』『アサデス。KBC』などに出演し、地元の支持を少しずつ固めながら、「笑っていいとも!」など全国放送のレギュラーも継続し、九州と東京の両方に軸を置いて活動の幅を広げていく。

 スキャンダルの記憶もやや薄らいできた今年の5月には、武道館でのコンサートで「HKT劇場支配人」という新たな肩書も獲得。この1年のHKTプロデュースへの貢献を評価されたものだ。

 指原にとっては天国から地獄、そしてまた這い上がるという激動の1年だった。その毀誉褒貶ぶりに、ファンだけではなく、アンチ指原もつい目を奪われるという「指原劇場」が繰り広げられてきたのである。そのフィナーレは選抜総選挙第1位という、この上もなく豪華なものとなった。

 あくまで結果論ではあるが、2位大島優子、3位渡辺麻友は、ファンからの強い支持を得てはいるものの、話題性という意味では指原に到底かなわない。そう考えれば、指原の1位はあながち珍事とも言えないのである。

 

「ヘタレ」キャラの奥に強烈な向上心

フロートに乗ってスタジアム内をウインニングラン©AKS

フロートに乗ってスタジアム内をウインニングラン©AKS

 この指原劇場のシナリオを描いたのは、もちろん秋元氏である。だが、この結末までを完全に計算していたわけではないだろう。AKBは、あえて困難な道を選ぶことでメンバーやスタッフ、時にファンまでをも窮地に追い込み、そこから予測しえないドラマを生み出すことを信条としている。指原のHKT移籍も、ビジネス的な意図はあっただろうが、基本的にAKBのこうした姿勢をそのまま適用しただけ、と考えることもできる。

 敷かれたレールを走り、さらに自分でもレールを作り出していったのは指原本人である。よく自らを「ヘタレ」キャラと称し、自分はかわいくない、歌もうまくない、とネガティブな側面をアピールしているが、実は向上心が非常に強い一面もある。

 それを示したのが、2009年に行われた第一回選抜総選挙だった。

 まだ正式メンバーに昇格してから1年も経っていなかったが、この年、指原は27位の「アンダーガールズ」枠に入る。順当というより、当時の彼女の人気からすれば十分すぎる成績だったが、本人はこの結果に大泣き。その後「次は選抜を目指す」と宣言した。この光景にファンは驚き「まだ実績もないくせに思いあがっている」との批判も上がった。思えば、ファンたちはこの時から「指原劇場」の暗示にかかっていたのかもしれない。翌年の選挙で、指原は選抜入りを果たす。

 彼女の最大の武器は当意即妙の受け答えだが、それは現在のバラエティー番組の主流である、お笑い芸人たちのトークにぴたりとフィットする。彼女も芸人たちから多くを学び、自らの武器に磨きをかけると同時に、そうした芸能界の先輩たちとの交流を大事にしてきた。インタビューやイベントのトークなどでも、彼らの名前をひんぱんに上げ、リスペクトする姿勢を忘れない。したたかな計算、という見方もできるだろうが、厳しい芸能界で生き抜くための覚悟であるととらえれば、それは他のAKBメンバーとは明らかに違う、彼女の強さだと言える。

 

「プロレス」から「スター誕生」へ、新たな物語への渇望

イベント終了後、記念撮影に臨む指原莉乃©AKS

イベント終了後、記念撮影に臨む指原莉乃©AKS

 2009年から2011年までの3回の総選挙では、常に前田敦子と大島優子とがトップを争う展開だった。不器用そうな前田敦子と、何事もソツなくこなす大島、という構図は、まるでベビーフェイスとヒール(悪役)というように役割を明確にして戦う、全盛期のプロレスのようなアングルだった。

 だから前田がいなくなったことは、大島にとってはむしろマイナスに働いた。実際、2012年の大島の得票数は、2011年の得票数を下回っている。

 もはや前田・大島のような名勝負は見られないかもしれない。となると、大島の好敵手を探すよりも、全く違う物語性をファンが求めたとしても不思議はない。それが、指原という一見トップに立てそうもない存在を、最高のスポットライトが当たる舞台に引き上げようという、「スター誕生」的なものだったのだろうか。

 つまり「指原劇場」は、プロデューサー、指原本人だけでなく、観客も一体となって盛り上げる参加型のエンターテインメントだったわけだ。

 「AKB48総選挙 公式ガイドブック」には、8人のAKBに詳しい論客が結果予想を披露しているが、その中で唯一「指原1位」としていた情報環境研究者の濱野智史氏は、理由を「さっしー(指原の愛称)の持つ物語性に期待したい」としていた。

 そうした物語は、運営側と本人、そしてファンの協働によって描かれ、現実のものとなり、そして消費されていく。

 

アイドル自体の「劇場化」が始まった

 AKB48の最大の特徴は、250人という小規模の劇場公演を、日産スタジアムに7万人を集められるようになった今日もなお続けていることである。「会いに行けるアイドル」をコンセプトに掲げ、ライブという最も密度の濃い情報発信によって熱いファンを生み出していく。

 テレビなどメディアに出たときも、ファンと近い距離で培ったコミュニケーション力を発揮し、「遠い存在」と思わせない立ち居振る舞いができるようになる。それが、メディアだけで活躍するアイドルと異なる魅力を醸し出す。

 さらに指原は、自分の存在そのものを、劇場公演のようなライブ感にあふれたものとすることで人気を獲得してきた。劇場で育ったアイドルが、自らを「劇場化」してしまったのである。

 今後、他のアイドルグループもこれに追随する動きがあるかもしれない。特に、地域活性化の視点から期待され、次々と誕生しているご当地アイドルは、専用劇場とはいかなくても、イベント会場のような密度の濃い空間で熱心なライブを繰り返していることが多い。だがそこにとどまっていては地域の情報発信にはならない。いずれ劇場を飛び出し、自らが劇場となって多くの人の注目を集めることで、地域への関心も高まるはずだ。指原はテレビなどマスメディアを味方につけたが、彼女たちにとっては動画配信サイトやSNSなどのソーシャルメディアが武器になるだろう。

 もっとも他のアイドルが同じことを始めるころには、AKBは新たなフェーズに移っているに違いない。すでに「指原の次」をめぐる動きは、メンバー同士のし烈な争いの中だけでなく、ファンの心のどこかで頭をもたげ始めている。(2013年6月10日・I)

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