みずほ総研主任研究員 大嶋寧子

2013年5月に、総務省が不本意型非正社員の数を初めて公表しました。不本意型非正社員とは、非正社員になった理由として「正社員の仕事がなかったこと」を挙げた人で、その数は2013年1-3月期に348万人に上ります。不本意型非正社員の増加は、少子化の進行や労働生産性の伸びの抑制などを通じて、経済・社会全体を揺るがす問題でもあります。本日は、不本意型非正社員の問題点と今後求められる施策についてお話したいと思います。

ここで今回公表された総務省のデータを確認しますと、雇用者のうち非正社員はおおむね三人に一人、このうち五人に一人が不本意型です。
 
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図は、男女別に非正社員になった理由を見たものです。これによると、「正社員の仕事がなかった」ことを挙げた人は、女性が15%に対して男性は31%であり、男性でより不本意型が多いことが特徴です。

バブル崩壊前の日本では、主婦パートや学生アルバイトなど、時間的自由度の高い働き方として、非正社員を自主的に選ぶ人が大半でした。しかし、1990年代後半以降は、企業が正社員の数を絞り込み、非正社員への置き換えを進めた結果、正社員として就職できないために非正社員を選択した人が増えています。みずほ総合研究所の試算によると、「正社員になりたい」非正社員の数は、1999年から2010年にかけて3倍以上に急増しています。

不本意型非正社員が急増した背景には、安定した雇用機会が減少したことがあります。1990年代後半以降、製造業や建設業など、これまで男性の雇用を支えてきた産業で正社員の数が減少しているほか、事務職や販売職など、女性が主に活躍してきた職種で正社員から非正社員への置き換えが進んでいます。

不本意型非正社員の約半数が世帯主ですが、彼ら彼女らの賃金や雇用の安定度は、正社員よりも相当低いのが現状です。年収200万円未満の人の割合をみると、正社員では約1割であるのに対し、不本意型非正社員では6割以上になります。2009年に正社員、非正社員であった人のうち、2010年に失業者になった人の割合をみると、非正社員男性は正社員男性と比べて、失業者になるリスクが2倍以上高い計算です。

働く能力を高めて、より安定した仕事に移ることも困難です。日本の人材育成は、新卒で企業に入社した後、現場で働きながら幅広く働く能力を身につけさせる形が主流ですが、それまで働く能力を高める機会が少なかった非正社員が、途中からこのルートに乗ることが難しいのです。さらに非正社員の場合、職場外で訓練を受ける機会も、正社員と比べて圧倒的に少ない傾向にあります。

不安定な雇用形態の増加により、結婚して子どもを持つことが難しい人も増えています。不本意型非正社員のうち約半数は男性です。しかし、日本では男性が家族を養うべきという意識が強く、非正社員として働く男性にとって結婚のハードルは高くなりがちです。実際、正社員男性と非正社員男性で既婚者の割合を比べると、いずれの年齢でも、非正社員男性で既婚者の割合が低い傾向にあります。このように結婚しにくい非正社員の増加は、未婚化の進展を通じて、少子化の原因にもなっています。

不本意ながら非正社員として働く人の問題を、一部の気の毒な人の問題と見ることは誤りです。働く能力を高める機会が少ない労働者の増加は、一人当たりの生産力、つまり労働生産性の伸びを抑制する懸念があります。今後日本では、少子高齢化で労働力が急速に減少し、労働者一人が支える高齢者の数が増えていきます。その際、一人当たりの生産力が伸びにくければ、経済全体の成長力や社会保障財政の安定が一層損なわれかねません。
 
さらに、不本意型非正社員の増加は、その貯蓄の少なさや年金受給額の低さから、将来、生活保護世帯の急増につながる懸念があります。その場合、これが国民負担の更なる増加という形で、経済や社会の重石となることが懸念されます。このように不本意型非正社員の増加は、日本で生活する人全ての問題と言えます。

不本意型非正社員の問題を克服する上で、今後どのような対策が必要でしょうか。優先課題は、良質な雇用機会を増やすことです。具体的には、担当する仕事の内容や勤務地を限定した上で、企業と期間の定めのない雇用契約を結んで働く、限定正社員という働き方の普及が求められます。

ここで通常の正社員について考えると、仕事の範囲や勤務地があらかじめ決められず、急な残業や配置転換、転勤の命令にも原則として従わなければならない働き方といえます。その代わり、通常の正社員は解雇、特に経営上の都合による解雇から強く守られてきました。

しかしこうした働き方は、安定した雇用機会を減少させる一因となっています。企業が、人員削減を行い難い正社員を絞り込み、必要に応じて人員を増減できる非正社員を増やしてきたからです。さらに、残業や転勤が当たり前の働き方は、子育てや介護をしている労働者が正社員として働く際の、高いハードルとなってきました。

一方、限定正社員は、担当する仕事や勤務地が限定されますので、これらがなくなれば解雇される可能性があります。しかしその分、通常の正社員よりも企業が採用しやすく、非正社員がより安定した雇用を獲得する際の足がかりとなることが期待されます。また同意なしに配置転換、転勤を迫られないという点で、子育て世代が選択しやすい働き方とも言えます。国も、6月に取りまとめる予定の成長戦略で、限定正社員の普及策を盛り込む予定です。

限定正社員については、通常の正社員より解雇の可能性が大きいと反対する声もあります。しかし、現在の働き方を放置したままでは、安定した雇用機会が増え難いことは確かです。したがって今必要なのは限定正社員という働き方を、企業と労働者の双方に納得のいくものとするために何が必要か、という前向きな議論だと考えます。特に、限定正社員と通常の正社員の間で、労働条件を均衡させるためのルールをいかに作るか、労働者が限定正社員と通常の正社員の間で、働き方を柔軟にチェンジできる仕組みをいかに作るかが重要です。また、限定正社員の場合は、担当する仕事や勤務地がなくなれば解雇される可能性がありますが、そうした解雇が公正に行われるための要件を労使がきちんと議論し、安易な解雇を防止することも必要です。

その上で第二に、職業訓練の充実や、職業能力を「見える化」する仕組みの整備が必要です。失業時の所得保障や職業訓練についてみると、日本は充実の方向にあるものの、これらの分野における公的な支出の規模はOECD加盟国平均の半分以下に過ぎません。つまり、政策が労働市場の変化に追いついていない状況です。
不本意型非正社員は仕事を通じた職業能力形成の機会が少なく、より安定した雇用機会を得ることが困難です。さらに、今後、限定正社員が増えれば、仕事や事業所がなくなった際に解雇される労働者が増える可能性もあります。在職中から失業後まで目配りしつつ、労働者の職業能力形成の機会を抜本的に充実していくことが求められます。