目は語る・アート逍遥:6月 漱石が愛した美術=高階秀爾

毎日新聞 2013年06月12日 東京夕刊

 ◇的確で豊かな美的感応力

 夏目漱石は、「明治」と元号が改められる前年の慶応3(1867)年に生まれ、第一次世界大戦中の大正5(1916)年に世を去った。

 つまり彼は、日本が欧米諸国の圧力のもと、国をあげて近代化の道に突き進み、その結果曲がりなりにも西欧列強の仲間入りを果たすことになる激動の50年を、身をもって生き抜いた存在であった。その間、明治33(1900)年から2年間、「英文学研究」のためロンドンに留学している。

 もともと漱石は、若い頃から『史記』や『春秋』のような漢籍に親しみ、また日本や東洋の古美術を愛する美術愛好家でもあった。ロンドン滞在中も、英文学習得に努める傍ら、美術館や展覧会にしばしば足を運び、当時の新しい芸術運動にも触れて、その成果を貪欲に吸収しようとした。彼のこの濃密な西欧体験が、日本、東洋の古美術愛好趣味と並んで、その後の創作活動の重要な背景となり、養分となったことは、改めて指摘するまでもない。

 現在、東京・上野の東京芸術大学大学美術館で開催されている「夏目漱石の美術世界展」は、洋の東西、時代の新旧にまたがる漱石の広大な内面世界を、特に「美術」の分野に狙いを定めて徹底的に読み解き、関連する美術作品を集めて眼(め)に見えるかたちで提示しようとした斬新大胆な試みである。展示作品は多くの珍しい名品を含み、美術展としても充分に見応えがある。

 内容は、橋口五葉の装幀(そうてい)になる「吾輩ハ猫デアル」各編と画稿に焦点を絞った冒頭の序章に続いて、全体が七つの章から構成されている。最初の3章は、漱石文学と西欧美術、漱石文学と古美術、それに特異な芸術家小説である『草枕』や『三四郎』などの代表的作品と美術の関連にあてられ、次いで第4章から第6章において、漱石が実際に訪れた展覧会や親しく交流した画家たち、そして漱石自身の南画作品という身近な同時代美術が扱われる。最後は、文学と関係の深い「装幀と挿画」が主題である。画稿や資料なども含めて、出品点数は200点を越えるという豪華版である(7月7日まで。一部展示替えあり。次いで静岡県立美術館に巡回)。

 前半部分の見どころは、何と言ってもターナーをはじめラファエル前派のミレイ、ロセッティ、それに『三四郎』のなかで三四郎と美〓子(みねこ)が「頭を擦(す)りつけ」て眺める「人魚(マーメイド)」の図の霊感源となったウォーターハウスの「人魚」などが招来されたことであろう。漱石が愛読し、作品の上でも大きな影響を受けたテニスンの長編詩「シャロットの女」を描き出した、同じウォーターハウスの幻想的大作も見逃せない。

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