高橋洋一の俗論を撃つ!
【第69回】 2013年6月13日 高橋洋一 [嘉悦大学教授]

失望売りと報道された
日銀政策決定会合の見方

 日銀は10~11日、金融政策決定会合を開き、「量的・質的金融緩和」を継続することを決めた。決定の発表は11日11時48分。東京証券取引所の前場は11時30分まで後場は12時30分からで、その間は昼休み。通常後場に日銀の政策決定会合の発表が行われるが、今回は昼休みの間で公表となった。前場は決定会合を控えて様子見であったが、後場から一時決定会合の結果への失望売りがでた。

 後場の後に行われた黒田東彦総裁の記者会見でも、長期金利の上昇懸念にはゼロ回答とかで、円高加速という局面もあった。これらから、市場関係者は日銀に失望などと報道されている。アベノミクスはもう終わりとかいう意見もでている。日銀の金融政策をどのように考えたらいいのだろうか。

市場関係者たちの誤解

 まず市場関係者によくある話だが、自分の予想通りでないと失望という話だ。もちろんポジション・トークなので、正直といえば正直だ。

 そもそも日銀の金融政策は、株式市場、為替市場などの資産市場の価格に影響を与える目的でやっていない。一方、資産価格は金融政策の結果、マクロ経済変数の動きに左右される。このため、日銀にとって資産市場価格は見るだけであるが、資産市場関係者にとって日銀の一挙手一投足は目が離せない。

 いうなれば、資産市場関係者から日銀への片思いだ。しかも、資産市場関係者は山ほどいるので、すべての人の話は聞けないし、特定の者の話だけを聞いたら依怙贔屓(えいこひいき)になる。このため、日銀は資産市場価格のデータをちらっと見るだけだ。

 このチラ見を日銀では市場との対話とかいうこともある。資産市場関係者はこの言葉を牽強付会に解釈し、自分たちの思いが日銀に伝わると誤解している。資産市場関係者の思いは各人バラバラなので、日銀からみれば、方向感すら意味がないだろう。

 例えば、株価が乱高下するといい、あたかも悪いことのように報じられる。しかし、オプション取引をしている投資家から見れば、乱高下はオプション価値が高まるので大歓迎だ。現物取引の投資家だって、乱高下を好む人も多い。失望売りで株価低落といっても、先物で儲けている人にとっては思惑通りだ。

 そして、株式市場はいろいろな思惑で取引される。政策決定会合の前日に、一部の新聞で、金融機関に対して年0.1%の低利資金を貸し出す「固定金利オペ(公開市場操作)」の期間を、現行の最大1年から2年以上に延長する案が検討されると報じられた。この案自体は実体経済に与える政策としてはたいした話でないが、思惑で動く投資家にとっては、案が実現するかどうかがポイントだ。

「実現する」に賭けた投資家は株価指数先物などを先回りして買っていた。それが実現しなかったわけだから、今度は売りに回る。それを「失望売り」を報道するわけだ。勝手に賭けてそれが実現しないと「失望」になる。検討されると報じた一部の新聞では、市場関係者の声がでており、思惑に賭ける投資家の「催促」に新聞が応じたのかもしれない。

市場は「駄々っ子」

 資産市場は常にこうした話がつきまとっている。言葉は悪いが、市場は「駄々っ子」の集まりのようなものなので、これにいちいち金融政策で対応したら政策として支離滅裂になる。

 しかも、資産市場は思惑を取り込むのでオーバーシュートしやすい。下図は、2000年代における日本、アメリカ、イギリスの株価の半年間の上昇率を示したものだ。

 これを見ると、リーマンショック時を除き、ほとんどの上昇・下落は20%以内である。40%以上になることはまずない。ところが、最近の株価の半年間の上昇率は80%にも達していた。これでは一時的な調整のための小休止もやむを得ないだろう。ここ2、3週間で下落したといっても、半年間前と比べれば40%程度の上昇になっており、さらにそれ以上を求めるのは強欲というものだろう。

キーワードは予想物価上昇率

 このような資産市場の特徴を理解した上で、最近の市場の動向を見ていると、新しい日銀の政策にまだ慣れていないところが大きいと思う。新しい日銀は、政策論としては当然なのだが、市場の予想に働きかけている。

 新しい黒田日銀が採用しているインフレ目標には、株式や地価などの資産市場の「価格」は含まれておらず、一般の財・サービスで構成される消費者物価指数が目標対象だ。

 それを達成する上で、4月4日以来の日銀の公表文書で頻繁に使われる「予想物価上昇率」がある。前の白川日銀時代には使われていなかった言葉だ。これこそ、黒田日銀のキーワードである。

 11日の決定会合でも、「予想物価上昇率については、上昇を示唆する指標がみられる」、金融政策は「実体経済や金融市場における前向きな動きを後押しするとともに、予想物価上昇率を上昇させ、日本経済を、15年近く続いたデフレからの脱却に導くものと考えている」と、4月4日と同じ表現ぶりだった。

 予想物価上昇率は、様々な指標でチェックできるが、その一例として物価連動国債から算出するブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)がある。物価連動国債の市場は、財務省がリーマンショック後に発行停止したこともあり流動性にかけているという問題があるものの、一応の参考になる(物価連動国債は今年度中には発行再開になる予定)。

 もっともBEIは、最近2週間くらいは低下している。筆者のこれまでの国内や海外での計測では、マネタリーベースの増加から半年程度後で上昇するのだが、今回はかなり先取りして急ピッチで上昇してきた。このため、その調整があったと見ている。ただし、半年前、一年前と比較すれば上昇の傾向には顕著な変化ない。

 このBEIの低下と株価の低下はともに同時期に起きている。これまでのデータではこうした現象はない。ということは、BEIも株価も「先取り」の程度が急ピッチ過ぎて、調整が行われたようだ。

 予想物価上昇率の傾向的な動きに変化がない限り実体経済も影響も少なく、金融政策が大きく変更されるべきでない。この意味で今回の日銀決定会合での結論は妥当である。目先の市場の動きで金融政策が左右されたら、かえって実体経済に悪影響になる。逆にいえば、予想物価上昇率に変調があれば追加金融政策もあるだろう。