「引きこもり」するオトナたち
【第156回】 2013年6月13日 池上正樹 [ジャーナリスト]

引きこもり歴27年の50代男性は
なぜ再び社会に出ようと思えたのか

 引きこもり状態の高年齢化とともに、長年、変化が起きなかった親子関係の中で、将来に絶望している当事者や家族は少なくない。

 典型的なのは、親世代から「自分が死んだら、子どもはどうなるのか?」「どうすれば社会に出ていけるのか?」「医療に診てもらいたがらない」…などといった不安だ。

 しかし、27年間にわたり引きこもってきた50歳代の男性が、ふとしたきっかけから「社会に役立つ仕事をしないといけない」からと、自らの意思で動き始めたケースもある。

高校時代に自殺未遂
そして引きこもり状態へ

 藤井聡史さん(仮名=55歳)が生まれ育ったのは、関西地方の海の見える小さな町だ。

 藤井さんは高校の頃から、醜形恐怖(自分の身体や美醜に極度にこだわる症状)があった。

「このまま生きていても人並みの生活ができない」

 そう思った藤井さんは、高校を卒業する前、2ヵ月かけて自殺しようと決意。深夜に自殺を決行した瞬間、両親が起き出したため、「臨死体験」だけで未遂に終わった。

「意識の中では、幽体離脱して、悪霊に憑依されたんです。でも、天使に助けられて、これから肉体に戻って生きることもできるし、あちらの世に行くこともできるようなところに置かれました。どうする?ってなったとき、それでも自分を守ってくれる人(天使)がいたので、もう一度、生きようかと思って、戻ってこられたんです」

 卒業する予定のなかった高校も卒業した。しかし、卒業後は、毎日することがなかったので、朝から晩まで、雲の動きを見ていたり、海岸で1人、波の音に耳を傾けたりしていた。

 働くことは考えていなかった。半年ほどすると、同級生が進学や就職しているのに、自分だけ何もしていないことが恥ずかしくなって、外にも出られなくなった。

 母親からは「これからどうするんだ?」「同級生の〇〇は結婚して、子どももいるのに…」などと言われた。昔気質の自営業の父親は、母親を通してしか、モノを言わなかった。

就職しても長く続かない
働いては引きこもる、の約20年間

 4年半の引きこもりの後、しばらくは、社会に出て働いたり、引きこもったりの生活を繰り返した。

 転職は十数回。仕事歴も通算で8年に上る。しかし、就職できても長く続かない。

 その間、見知らぬ土地で、車上生活を続けたこともある。

 最後に、1人暮らしのアパートで引きこもったのは、17年間。外に出て、本の立ち読みなどはできた。

 こうして引きこもり歴は、通算27年に及んだ。

 数年前に母親が亡くなるまでの間、藤井さんは実家に行って、月20万円の生活費を親の通帳から無断で引き出していた。しかし、親は通帳の場所を変えることもなく、何も言わなかった。両親とも苦労してきただけに、子どもにだけはできる限りのことをしたいと思っていたようだという。

 父親は藤井さんが20代のとき、すでに亡くなっていた。

 母親が亡くなった時点で、家以外の遺産は、ほとんど残っていなかった。

なぜ2度も生かされたのか
「交通事故」が大きな転機に

 転機が訪れたのは、昨年、交通事故を起こしたことだ。藤井さんの運転する車が、一瞬の油断で中央線を越えた。

 藤井さんは、骨折の重症を負って入院したが、事故の相手にはケガがなく、慰謝料や治療費は保険金で済んだ。

 入院中に、いろいろと考えさせられた。

「当初、ちゃんと歩けるようにはならないと思っていたんです。それが歩けるようになって…。リハビリしながら回復していったんです。それが、引きこもりから立ち直るにしても、同じような過程があったことがわかったんです。引きこもりの場合、すごく時間がかかって緩やかですが、ケガの場合、1年間でゼロから100に戻った。それを体験できてよかったです」

 振り返れば、入院中、いくつもの気づきがあったという。少し間違えれば、死に至る危険性もあった。

「車の運転は、ちょっとのことで死ぬこともあるし、相手にも後遺症を残すなど、生涯にわたって影響力を与えることもあるんだと考えられるようになりました。自分にとっては、必要な事故だったんですね」

 事故に遭って生かされたという思いは、高校3年のときに自殺した体験にまで記憶が飛んだ。

「2度も生かされたのは、何だか大きな力に生かされている。何のために生きているのかを考えたら、社会のために役立つ仕事をしないといけないと思うようになったんです」

“空白期間”をマイナスにしない
逆転の発想で「引きこもり」を救う

 事故後、藤井さんにも200万円が保険から支払われた。その資金を基に、藤井さんはこれから、高年齢化した引きこもり当事者の自助組織を立ち上げたいと呼びかける。

「今までのような生き方ではいけない。自分の得意分野を活かして、引きこもりの立ち直りの支援をするとしたら何があるかを考えました。

 いまの日本では、40歳以上の当事者が放ったらかしにされている。高年齢化した人たちに、自分でできる支援をしていきたい」

 そこで、7月14日(日)13時から、中央区日本橋小伝馬町の「十思スクエア」で、全国引きこもり家族会の支部「KHJ西東京萌の会」で、私と藤井さんとの対談が行われる。

 詳細はこちらをご覧いただきたい。入場料は、1家族&一般1000円。当事者は無料だ。

 これまでの私たちの社会は、空白期間が長ければ長いほど、マイナスになるのではないかと考えがちで、そのことが当事者や家族を孤立させ、ますます地域に埋もれさせるという負のスパイラルに陥ってきた。

 しかし、当事者たちから生まれ、これから練り上げようとしている「ひきこもり大学」のようなアイデアは、引きこもる期間が長いほど、周囲の私たちにとって学ばせてもらう価値があるのではないかという、まさに逆転の発想である。

「50歳代で引きこもっていた方の授業なら、大学教授クラス。人間国宝級の価値があると思いますよ」

 と、いみじくも「ひきこもり大学」を発案した当事者は言う。

 こうした“先人”から、私たち1人1人が様々な気づきや学びを得て、皆で知恵を出し合い、未来の仕組みを作っていかなければいけない。

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