生活保護のリアル みわよしこ
【政策ウォッチ編・第28回】 2013年6月14日 みわよしこ [フリーランス・ライター]

生活保護法改正案は「水際作戦の法制化」!?
衆議院・厚生労働委員会での攻防(上)

――政策ウォッチ編・第28回

2013年6月4日、衆院本会議で可決された生活保護法改正案は、現在、参院での審議・採決を待つ状態となっている。今国会で成立する可能性は、非常に高い。

今回と次回は、衆議院・厚生労働委員会での5月29日・5月31日の実質2日間の質疑・参考人発言をもとに、問題の焦点と、それぞれに対する質疑等がどのようなものであったかを紹介する。このまま成立してしまったら、何が起こるのであろうか?

恐るべき速さで進行する
生活保護法改正案の審議

 2013年5月のゴールデン・ウイーク明け、「突然」というべき唐突さで出現した生活保護法改正案は、

・2013年5月17日 閣議決定
・2013年5月24日 衆議院(厚生労働委員会)での趣旨説明
・2013年5月29日 衆議院(厚生労働委員会)での審議(第一回)
・2013年5月30日 改正案に関する与野党(自民党、公明党、民主党・無所属クラブ、みんなの党)合意
・2013 年5月31日 衆議院(厚生労働委員会)での審議(第二回・参考人発言あり)
・2013年6月4日 衆議院本会で可決、参議院へ

 と、極めてスピード感ある進行のもとに審議されている。

 本来ならば、2011年~2013年にかけて開催された社会保障審議会「生活保護基準部会」「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」で議論された内容が、今回の生活保護法改正案・同時に提出された生活困窮者自立支援法案に盛り込まれるべきである。しかし、閣議決定された法案には、全く議論されていない内容・議論の趣旨を汲んだようでいて全く異なる内容が数多く盛り込まれていた。若干の修正は加えられたものの、ほぼ、そのままで成立しようとしている。

 今回は、生活保護法改正案、特に「水際作戦」に関する部分について、衆議院でどのような議論が行われたかを紹介したい。

そもそも、今回の改正の趣旨は?

生活保護法の一部を改正する案について、趣旨説明を行う田村憲久厚労相(衆議院インターネットTVよりキャプチャ)

 5月24日、衆議院での審議開始に先立ち、田村憲久厚労大臣は、生活保護法の一部改正案の趣旨を以下のように説明した。

●背景

 生活保護法は昭和25年の成立以来、日本国憲法第25条(生存権)の理念にもとづき、生存権の保障と自立の助長に対して、重要な役割を担ってきた。しかし成立から60年以上が経過し、その間、抜本的な改革がされていない。近年の生活保護受給者の急増、不正事案の発生する状況の中で、幅広い観点からの見直しが必要。

●改正案の重要なポイント

 最後のセーフティネットとして、必要な人は確実に保護する体制は維持。さらに、今後も制度が国民の信頼に応えられるように

・生活保護受給者それぞれの状態や段階に応じた自立の促進
・不正受給対策の強化
・医療扶助の適正化

 のための措置を行う。

●施行日

 平成26年(2014年)4月1日

 筆者は思う。『古い』は改正の理由になりうるのだろうか?成立から何年が経過していようが、変えるべきでないものを変える必要はない。少なくとも、現在の生活保護法よりも確実に「良い」近未来が提示されるのでない限り、抜本的な改革には慎重であるべきだろう。生活保護制度は、改悪されれば死者が出る制度だからだ。

 まずは、自民党が「改革」を必要とする根拠と、改革の方向性を見てみよう。

自民党は法改正の必要性を
どう認識しているか

福祉事務所の体制強化・生活保護制度の適正執行などについて、質疑を行う田中英之氏(自民党) (衆議院インターネットTVよりキャプチャ)

 2013年5月29日、衆議院厚生労働委員会で質疑に立った田中英之衆議院議員(自民党)は、冒頭、生活保護受給者(2013年2月は216万人)・生活保護費(2013年度は3兆8000億円)が、国家財政を圧迫している現状を指摘した。原因としては、長年にわたって大きな制度改正がなかったことを指摘した。

 さらに改正案に対し、

「不正受給によって、制度に対する国民の信頼や公平感が薄れた」

「厳しい社会状況の中、稼働年齢層の生活保護受給者が、仕事もせず仕事を探さないことに対して、国民が『なんで働かない』という不信感を持っている」

「(あらゆる世帯類型を含め)全体が増えているが、10年間で『その他の世帯(世帯主が健常かつ稼働年齢層)』が4倍に増加」

 といった問題を解決することを期待しつつも、生活保護を「本当に」必要とする人を保護する体制については守っていく必要性を強調し、

「公正な制度として維持するための制度改革に」

 と期待を述べた。

主にジェネリック医薬品の利用促進について、質疑を行う新谷正義氏(自民党) (衆議院インターネットTVよりキャプチャ)

 ついで質疑を行った新谷正義衆議院議員(自民党)は、生活保護法第一条

「この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする 」

 に言及した。さらに「最低生活の保障」だけではなく、「自立を助長」が目的であることについて

「あらゆるものを稼動、活用することが要件であり、権利と共に、自立を目指して努力する義務がある」

 という理解を述べた。新谷議員は、自立を目指しての努力については、

「国の税金による生活保護制度を持続可能なものにするために、自立の努力をしてもらう、できることをやってもらう」

 ということであるとも語った。

 田村厚労相・田中議員・新谷議員とも、「必要な人に対して生活保護を」までは否定していない。では、その入口となる申請手続きについて、いわゆる「水際作戦法制化」の懸念は、どのように払拭されているだろうか?

運用は変えないのになぜ改正?
申請手続きの厳格化が必要な理由

「水際作戦法制化」とも指摘される生活保護法改正案には、以下の条文がある。審議のプロセスで赤字部分が追加され、事実上の空文化とはなっているものの、解釈は、申請を受けた福祉事務所の判断となりうる。

第24条1項
 保護の開始を申請する者は、厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した申請書を保護の実施機関に提出しなければならない。ただし、当該申請書を作成することができない特別の事情があるときは、この限りでない。
 一 要保護者の氏名及び住所又は居所
 二 申請者が要保護者と異なるときは、申請者の氏名及び住所又は居所並びに要保護者との関係
 三 保護を受けようとする理由
 四 要保護者の資産及び収入の状況(生業若しくは就労又は求職活動の状況、扶養義務者の扶養の状況及び他の法律に定める扶助の状況を含む。以下同じ。)
 五 その他要保護者の保護の要否、種類、程度及び方法を決定するために必要な事項として厚生労働省令で定める事項

24条2項
 前項の申請書には、要保護者の保護の要否、種類、程度及び方法を決定するために必要な書類として厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない。ただし、当該書類を添付することができない特別の事情があるときは、この限りでない。

 

懸念される「水際作戦の法制化」について、該当条文の削除を繰り返し求める長妻昭氏(衆議院インターネットTVよりキャプチャ)

 事実上、空文化されているとはいえ、必要のない条文はない方がよい。あれば、混乱を招くからだ。この点について、長妻昭衆議院議員(民主党)は、質疑で、

「生活保護は最後のセーフティネットで、ほころびがあると死が待っている」

 と前置きし、厚生労働省社会・援護局 村木厚子局長・内閣法制局 山本庸幸長官に対し、それらの項目が含められた経緯についての答弁を求めた。

生活保護法改正案第24条に関する答弁を行う、厚生労働省 社会・援護局長の村木厚子氏(衆議院インターネットTVよりキャプチャ)

 村木氏・山本氏によれば、厚生労働省は、内閣法制局に対し「技術的アドバイス」を求めた。厚生労働省では、今回の生活保護法改正案の策定にあたって、福祉事務所の調査権限を強化する方針としていた(第28条・第29条)。内閣法制局は、

「担当者は、調査すべき対象事項について、(情報を)申請者から求めることが望ましい」

 とアドバイスした。この内容が、改正案の第24条となった。

 長妻議員は、

「生活保護法という機微に触れる制度に関して、申請にあたって必要な書類やその中身が条文に書き込まれ、世の中に不安・不信が広がっている」

 と指摘した。村木局長は、

「運用は変えない」

 と答弁した。さらに長妻議員は、

「運用を変えないのなら、削除して今と同じ扱いにしては? どうしても書面の中身も規定する必要がありますか?」

 と、「水際作戦の法制化」に関する懸念について食い下がったが、最後に答弁した田村厚労相は、

「運用はなんら変わりません、心配されているような形にはならないし、させません。そのように徹底します」

 と繰り返し、第24条を削除できない理由については

「(既に)国会に提出したから、提出したもののなかで国会で議論してほしい」

 とした。

 では、この「望ましい」という理由によって含められた改正案第24条が、懸念されているとおり「水際作戦の法制化」に用いられたら、どのような問題が発生するだろうか? 含める利益と含めない損失を比較したとき、結果はどのようになるだろうか?

現状の生活保護法下で行われている
「水際作戦」の実態

参考人として、無念の死を遂げた人々の「生きたかった」という思いを語る稲葉剛氏(NPO自立生活サポートセンターもやい)(衆議院インターネットTVよりキャプチャ)

 2013年5月31日の審議には、参考人として、稲葉剛氏(NPO自立生活サポートセンターもやい)が出席し、発言を行った。

 過去約20年間にわたり、ホームレスを中心に約3000人の生活困窮者の生活保護申請に同行した経験を持つ稲葉氏は、「もやい」や各地の市民団体の同等の活動について、「やむを得ない」活動であると説明した。そもそも、生活保護の申請に市民団体の関係者や法律家が同行しなくてはならないのは、ほとんどの場合に、

「家族に養ってもらいなさい」
 「若いから申請できません」
 「住民票がないから申請できません」

 と追い返されるからである。いずれも違法であるが、違法であるはずの水際作戦は、それだけ日常化しているのである。

 稲葉氏はさらに、報道されない餓死・孤立死の事例について、

「路上生活・困窮状態のまま亡くなった方が多い」

 という事実を述べた。ホームレスの生活状況の見回りをしている時、困窮者に支援を求められて現場に行った時には、その人々は既に餓死・凍死寸前であることが多い。もちろん、そのような時、稲葉氏らは救急車を要請する。しかし、救急車で病院に搬送されても結局は救命できず、翌日、病院を訪れると亡くなっていたことも多いそうだ。

 また、生活保護を申請しようとして「水際作戦」に遭っているうちに、もともとの持病が悪化していることも多い。治療されていないガンや結核が数ヵ月のうちに悪化し、生活保護を受給できたときには手遅れとなっており、受給開始後すぐに亡くなるケースも多いという。

 ついで稲葉氏は、いくつかの餓死・孤立死(疑い)事例について言及した。2012年1月、札幌市白石区で40代の姉妹が孤立死した事件について、所轄福祉事務所の面接記録の写しを解説した。そこには、一家の唯一の働き手である姉(妹は知的障害者)が福祉事務所を三回訪れて困窮を訴えたにもかかわらず、窓口担当者が詳細の聞き取りを行わず、急迫状態であるかどうかの判断も行わなかったこと、所持金がほとんどないこと・家賃滞納・ライフラインの利用料滞納などを把握した窓口担当者が「懸命なる求職活動」を求めたことなどが示されている(http://moyai-files.sunnyday.jp/pdf/130531inabahatugen_p7-9.pdf)。所持金なしに、どうやって求職できるというのだろうか?

 稲葉氏は15分の持ち時間の間に、扶養義務強化も含め、今回の生活保護法改正案に含まれる数多くの問題点を端的に指摘した。また、捕捉率が20~30%という低い水準にとどまっており、少なくとも四百数十万人が、生活保護基準以下の生活を強いられている現状を訴えた。低い水準にとどまっているのは捕捉率だけではない。たとえば餓死者の人数は、人口動態統計で死因が「食料の不足」とされている人々に限れば、年間70人程度である。これでも週に1人以上が餓死しているわけで、先進国としては決して少なくない人数なのだが、稲葉氏によれば氷山の一角なのである。結果として餓死に至ってしまう人々は、他にも持病を抱えていることが多く、死因は「心不全」とされていたりするからだ。

 もちろん、今回の生活保護法改正は、さらに捕捉率を低くし、餓死・孤立死・貧困ゆえの死者を増やす可能性が高い。このことについて稲葉氏は

「暴走している機関車が今まさに人々をひき殺そうとしている時に、自ら列車に飛び乗って軌道を変えてくれた方々には感謝しています。しかし残念ながら、列車の暴走は止まっていません」

 と、悲痛な表情で語った。

 さらに稲葉氏は、今回の法改正について、特に「水際作戦の法制化」につながる懸念の大きな第24条8項(扶養義務強化)・28条・29条の削除を求めた。そして発言の最後に、

「生活保護制度につながることができずに亡くなった方は、もはや声を出すことはできません。しかし、生きている私たちは、貧困ゆえに餓死された方、凍死された方、孤立死された方々の無念や絶望を想像することはできるはずです。貧困による死をなくすには何が必要なのか、何を変えるべきで、何を変えるべきでないのか」

 と、慎重な議論と政治の責任を求めた。稲葉氏の発言原稿の全文と参考資料は、「もやい」のブログで見ることができる(もやいのブログ)。ぜひご一読・ご一見いただきたい。

 次回は引き続き、今回の衆議院での審議について述べたい。生活保護制度の「適正化」につながると考えられている改正案の各項目は、一般市民がイメージしているような「適正化」に本当につながるだろうか? もし、この改正案が参議院で可決されてしまったら、次に起こることは何だろうか?

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