復興庁暴言ツイート:船橋時代は快活だったが……
毎日新聞 2013年06月13日 21時40分(最終更新 06月13日 21時47分)
復興庁で福島県の被災者支援を担当していた水野靖久参事官(45)がツイッターで暴言を繰り返していた問題は、復興相をはじめ同庁幹部が次々に謝罪する事態となった。「今日、船橋駅に降り立った瞬間、何もかもが懐かしく、泣きそうになりました」。水野参事官は昨年8月24日、ツイッターでこうつぶやいていた。千葉県船橋市の副市長から国家公務員に戻って1週間目。快活だった船橋時代のツイートが少しずつ荒れていく経過を追った。【日野行介、袴田貴行】
水野参事官は2010年8月から2年間、副市長を務めた。「おはようございます。『宿酔』と書いて『ふつかよい』と読ませる。そんな朝です」(昨年1月28日)。当時は仕事や趣味、自身の日常を淡々とつづっていた。昨年1月、市立船橋高サッカー部が全国制覇すると大喜びし、船橋を特集するテレビ番組があると宣伝した。暴言は見当たらない。
「手堅い仕事ぶりだった」と市幹部は振り返る。東日本大震災では帰宅困難者対策で、市内のビル開放を求めるようテキパキ指示。同8月、退任前の送別会で「市長から温かいお言葉を頂き、危うく涙腺が決壊するところでしたが、なんとか踏みとどまりました」。16日の退任式では、あふれるほどの花束を抱え、職員に見送られて市役所を後にした。
翌17日の復興庁勤務初日。「長い1日がやっと終了。先が思いやられそうな」。その1週間後に「被弾」という言葉が初めて登場する。国会での答弁作りを強いられる議員の質問通告を指す。
同9月、私用のため飛行機で羽田を離陸した際、眼下に船橋市内の競馬場や海浜公園が見えた。「すべてが懐かしく、涙が出そうになりました」
福島県の被災者支援を担当し、ツイートは徐々に業務で塗りつぶされていく。「議員に罵倒されるのを楽しむ余裕も出てきた」(10月11日)▽「あしき政治主導の尻ぬぐい的な仕事が多くてイラッと……」(同16日)▽「割り振りで揉(も)めたり、合議をつけるかどうかで揉めたり、全く不毛な時間が過ぎる」(同30日)▽「最近、夢に福島が出てくるんですけど……」(11月7日)
近づく総選挙への不安も吐露した。「新政権に更に無茶言われるんだろうな」(同14日)▽「選挙後はボロボロにこき使われそう」(12月12日)