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やっと5話まで来ました。
今後もよろしくお願いします。
ドッペルゲンガー×カノジョ
挿絵(By みてみん)



「おはよっ、裕也くん!」

ふいに背中を押されて机の上に肘をぶつけた。振り返るとそこには、いつもと変らない岸本さんがいた。
両親の事は少し気になったけれど、とても聞ける内容じゃなかったし、きっと言いたい事がある時は岸本さん本人の口から出て来ると思う。

「おはよ、長谷川」
「おはよう……朝日も一緒か。本当に仲良いんだな」

岸本さんは最初からクラスで人望があったけれど、同じ体育委員になったのをきっかけに岸本さんと一緒にいる朝日まで友達が増えたみたいだった。違うクラスのやつも廊下ですれ違う度、朝日に声をかけている。そういうのを見てると何だか取り残された気分になり、正直少し寂しかったりする。
(……友達欲しいな)

「どうしたの?そんな変な顔して。朝から両手に花なんだよ?」

岸本さんはそう言って僕の机の上に腰を乗せ足を組んだ。スカートが折れて太ももがチラリと見えている。こういう事を悪気もなく平気でするけれど、イヤらしさは感じない。そんな所が男子にも女子にも人気があるんだろうな。
「ちょ、ちょっと!あたしは……」
そう朝日が言いかけて言葉を飲み込み視線を泳がせた。

「1つの苗に2つも3つも花はいらないわ」

ぞくりと背中に悪寒が走った。間違いなく亘理さんの声で、それは機械音声のようにも感じられる程に無機質だった。いつの間にか亘理さんが僕の後ろに立っていて、その黒い眼差しが岸本さんに注がれる。

「でもずっと同じものを植えてると、土が悪くなるんだよ?」
(うわっ! 何て事言うんだ!)

岸本さんはそう言い捨てると、取り替えなくちゃね?と言って僕に微笑む。
彼女は直接的な被害に遭ってないから亘理さんの恐ろしさをまだ知らない。それがどんな被害になるか分からないにせよ、そうなってからでは遅すぎる。冗談や笑い話ではなく末代まで呪われるかもしれない。いや、下手をすれば岸本さんの代で終わる。
僕は朝日と目を合わせると、何も言わずに頷いた。
言わずとも伝わるこの意思こそ科学では解明できないオカルトだ。

「ほ、ほら岸本さん!HR始まっちゃうから自分の席座ろ!亘理も自分の教室戻った方がいいよ!」

そう言って岸本さんを僕の机から引きずり降ろし、自分達の席へと戻っていく2人を眺めながら蚊の鳴くような小さな声で亘理さんが呟いた。

「花?ただの雑草じゃない……」


    お か る と × か の じ ょ


放課後になっても僕はまだ学校にいた。なぜなら学校のスケジュールでは春季球技大会の前には月間テストがあるのだ。僕の学校は期末テストの他に毎月テストを行う。仮にも進学校でこういう事にはぬかりはない。学校という場所は参考書や先生など勉強に役立つツールが揃っているので、家で勉強するよりも良い環境だと思っている。そういうわけで勉強しようと放課後の学校に残っているのだ。もちろん亘理さんにもそう伝えて先に帰ってもらったし、夕食は適当に済ませておくようにと美幸にメールも送った。

自習室はちゃんと集中できるようにと、小さな個室がいくつも連なっていてネットカフェのような作りになっているのだが、僕に言わせればトイレみたいな場所だ。あんな狭いところで勉強してると息が詰まりそうになってくる。
(図書室にしようか)
図書室は静かで大きな長机にはまばらに学生達が座っているだけであった。勉強するには人が少ない方が集中できて良い。僕は適当に参考書を手に取り椅子に腰掛けて、ノート、教科書、今日先生に配られたプリントを広げた。
こうして図書室で勉強してると、いかにも学生という気分になってきて頭が良くなる気がする。調子良くノートにペンを走らせていると、受付のところに座っている図書委員の子が立ち上がった。

「新刊の搬入作業があるので、若干うるさくなると思いますがよろしくお願いします」

それと同時に図書室の大きなドアが開き搬入作業が始まったのだが、農芸品を運ぶようなハンドトレーラーにダンボールが山のように積み重なっている。これ全部本なのか?と目を疑ってしまうような数だ。
それを群がるように仕分けして、紙に何かを記入しながら棚に入れていく。

……あれ?これどこだっけ?
……うわ。何これ!?
……ちょっとこれ破れてるんだけど!

(ダメだ。集中できないな)
パタンとノートを閉じ自習室へ向かう事にした。図書室には貸出しが出来る物と出来ない物があり、この参考書等は貸出し出来ない物にあたるので、自習室の狭さを除外しても図書室から出るのは損した気分になる。何で僕が勉強しようする日に限って……と思ったが仕方ないなと首を振った。

自習室のドアを開けるとトイレの個室のような敷居を隔てた小部屋がズラリと並んでいて、少し埃っぽいような独特の匂いがした。図書室よりよほど静かでサラサラとノートにペンを走らせる音と、パラパラと教科書や参考書をめくる音しか聞こえず相当集中しているのが伺える。それもそのはず、この中には来年には大学受験を控えた3年生もいるのだ。
見渡すと幾つか空いてる部屋があり、その中から適当に選んで中に入った。思った以上に狭くてため息が出るが、仕方ないと鞄から先ほどのノートやプリントを取り出す。
(っと、このプリントは提出するんだった)
プリントに名前を書き忘れていた事に気づき、空欄に自分の名前を書き込む。
 〇年〇組 長谷川 裕也
 〇年〇組 長谷川 裕也 ❤ 亘理 沙織
(……!?)
突然僕の右側から右腕が伸びてきて、僕の名前の横にハートマークと一緒に亘理沙織と記入した。

「わた……!! んむっ……!」

いつの間にか亘理さんが後ろに立っていて、思わず叫びそうになった僕の口を柔らかい手が強く塞いだ。亘理さんは左手で僕の口を押さえながら、右肩に顔を乗せ先ほど書いていた名前の下に文章を綴る。

(受験生もいるのに大声をだしちゃダメでしょ?)
振り向かず僕もペンを執った。
(何でここにいるんだ?)
(一緒に勉強しようと思って)
間髪なく返事を書いていく。亘理さんが今どんな顔をしているか分からないし、筆談では声のトーンも分からないが、こんな場所にいる時点でただ勉強をしに来たわけじゃない事くらい僕でも分かる。
(違うだろ?何かあるんだろ?)
(最近、うちの庭に雑草が増えてきて仕方ないのだけれど)
(処理してもいいかしら?)

そんなの僕にいちいち言わなくても……と書こうとしてピタリと僕の手が止まる。
待て待て。あの亘理さんがこんな事を何の意図もなく聞いてくるわけがないし、そもそも亘理さんの家に庭なんてあったのか?嫌な予感がする。僕の全細胞が「この答えを間違えるとまずい!」と叫んでいる気がする。返事を書けずにペンを宙でフラフラさせていると、返事を待たずに亘理さんが書き始める。
(ちなみに、私は庭を汚されてとっても怒っているの)
ペンを握る亘理さんの手にぎゅっと力が入り、さっきまで綺麗だった文字が乱れてくる。

(大丈夫。私が処理してあげるから)
(長谷川くんは何もしなくていいから)
(庭の手入れは女の仕事だからね)

僕が返事を書く間もなく書き殴っていく。

(ちゃんと埋めたら肥料になるかもしれないし)
(雑草は抜かないと花が枯れちゃうわ)
(私達に障害なんていらないでしょ?)
(あの女なんて放っておけば良かったのに)

段々と文章が露骨になってくる。

(すぐに終わらせるから)
(机も私が取り替えてあげるから)
(いいでしょ?いいわよね?ね?ね?)

そう書ききった時、亘理さんの手が震えパキッと乾いた音をたててペンを折った。
「……!」
驚きと恐怖で亘理さんの手で塞がれた口から、声にならない声が出てしまった。
折られたカラーペンから赤のインクと黒のインクが混ざりながらプリントを染め、ポタポタと床に滴り落ちていく。赤と黒に染まったその手を僕の右手に重ねながら優しく手の甲を指でなぞり、背中にぎゅっと胸を押し付けるように寄りかかると、吐息混じりに耳うちする。

「……ぃぃでしょ?もぅ我慢できなぃの」

この狭い空間の中で亘理さんから漂ってくる甘い香りと、はぁはぁと乱れた息遣いで囁く声に頭がクラクラしてくる。そんな頭でも見てもいない亘理さんの恐ろしい無表情を想像してしまう。
もはや亘理さんがトランス状態なのは間違いなかったけれど、何かを伝えようにもプリントはインクで汚れてしまって何も書けない。更に口を強く塞がれ喋る事もできなかった。が、ふとインクに濡れた右手を見て思いつき行動に移す。
(これしかない)
僕は左腕を後ろに回して僕が座っている椅子の高さあたりで、亘理さんの体を指先で文字を書くようになぞった。

「んっ……は……ぁ……!」

亘理さんは驚きながらも声を漏らすまいと息を殺した。
くすぐったいのか身をよじる気配がするけれど、もはやそんな事を気にしている場合ではない。岸本さんの命がかかっているかもしれないのだ。僕が触っている部分がどこなのか実際に見えるわけではないので分からないけれど、指先に伝わる肌の感触からして制服の上でない事が分かる。とすればおそらく太ももの裏側あたりなのかもしれない。肌に書いた文字は目視できるわけではないので、ちゃんと伝わるようになるべくゆっくりと肌をなぞっていく。

(言いたい事は分かった。でもそれはダメだろ)
「だめ……じゃ……なぃでしょ」
(僕の友達なんだ)
「と、とも……ぃらなっ……あっ……」

よほど辛いのか僕が指で亘理さんの体に文字を書く度、ビクンと身を震わせ亘理さんの声が途切れていく。かなり苦しそうにも聞こえて少し可哀想な気もするけれど、僕は手を休める事はできない。

(とりあえず、落ち着いて話そう)
「わた……っ……おちっ……てるぅ」
(場所を変えよう)
「いっ……やっ……ぁっ」

岸本さんの危機に不謹慎だと思うけれど、僕も健全な高校生だから・・・。

(1つだけ何でも言う事聞いてあげるから機嫌直してよ)
「な……ぅんん……でも?」


    おかるとかのじょ


教室へ戻った時には亘理さんもだいぶ落ち着きを取り戻していたが、まだ顔が少し上気していた。

「長谷川くんが一生私の言う事をきいてくれると聞いたのだけれど?」
「亘理さんの脳内変換で会話はできないな」

亘理さんの得意そうな顔を見るかぎり機嫌は良さそうで安心した。けれど勉強は結局できなかったし、あのプリントは提出する物なのに台無しにされて気が滅入ってしまった。ため息混じりに自分の椅子に腰を降ろそうとした僕を引っ張り、亘理さんが座る。
(そのドヤ顔……)
仕方なくいつも弁当を一緒に食べる時のように前の人の席を後ろに向けて座った。

「それで?何かして欲しい事あるのか?」
「そんな恥かしい事私から言わせる気?」
「僕は恥かしい事は聞いてないし、聞かないとわからないよ」

それなら少し考える時間を頂戴。と窓の方に顔を向けながら綺麗な指で長い髪を弄る。

「それじゃ、さっきのプリント提出するやつだったから、やってていい?」

と聞くと窓の方に顔を向けたまま短く、どうぞ。とだけ答えた。
僕はプリントをもう一枚用意し問題の穴埋めをしていく作業に取り掛かかった。一度解いている問題なだけにそれほど時間はかからない。教室には僕達の他にも談話しているやつもいるし、校舎の外からは野球部の張り切った声も聞こえる。更には廊下にはまだ先生が往来しているというこの完璧な布陣。ここなら亘理さんも容易に変な事はできないだろうと考えながら、プリントにペンを走らせる。
最近になってようやく亘理さんの奇行のメカニズムが解けてきたのだが、その解決策はまだ見出せずにいる。妹に話してみたところ(ヤキモチ焼きなんだね)と言われたが、そんな可愛いものではない。亘理さんは天上天下唯我独尊の悪魔だ。
チラッと亘理さんの方へ顔を向けると、それに気づき窓から僕の方へ視線を戻しニコリと微笑んだ。
(……くそ。可愛いな)
普通にしていれば可愛いわけで、彼氏がいる事を知らない男子ならば色々と言い寄ってきそうなものだけれど、亘理さんのそういう話は聞いた事がないし、亘理さん自身もそういう話をするわけがない。病的なまでに一途といった所だ。

しばらくして課題のプリントが終わったが、亘理さんは未だ考え込んだようにその長い髪を白く透き通るような指に巻きながら窓を眺めている。亘理さんの視線の先を覗くと日が沈んでいく空が窓の奥に映り、そろそろ校内の学生達が帰宅する時間なのだろうと思った。僕に何をさせるつもりなのか知らないけれど、ずいぶんと時間がかかるものだ。

「そんな考え込むような事じゃないだろ?」
「あら。私にとってまたとないチャンスよ」

僕にして欲しい事が見当たらないのか。たくさんあってその中から選んでるのか。あるのだけれど言い出しにくい事なのか。何にそんな時間がかかるのか分からないけれど、こんな事しなくてもいつもやりたい放題やってるような気がする。ため息をつきながらプリントを鞄の中にしまい、ジッパーを閉じた時に自分の手が視界に入る。赤と黒のインクで汚れた右手だ。

そしてふと気づく。伏目がちに髪をいじる亘理さんのその右手があまりにも綺麗な事に。

おかしい。それは違和感というよりも確信だった。ペンを折った時に亘理さんの手も汚れてしまっているはずで、油性のインクは水に流す程度じゃ簡単に落ちないし、学校の備品の石鹸でそこまで綺麗にインクが落ちるものなのだろうか?というかずっと僕と一緒にいたけれどそんな素振りなど見せていなかった。
頭の中がぐるぐると回る感覚に目眩を覚える。
僕の顔を見て亘理さんがニコリと微笑んだ。その顔はいつもの顔を変らない、むしろいつもより和やかな気さえする。


それはパチリと瞬きした瞬間だった。さっきまでいた亘理さんはどこにもおらず、僕だけが椅子に後ろ向きに座っている。さっきまで亘理さんが使っていた椅子は机の下に綺麗に収まっていて、消えたというよりもまるで最初からいなかったかのようにそこにある。ぞくりと背中に寒気がした。
(何がどうなってるんだ?)
目の前で起きた事を理解できず気が遠くなる思いだ。現実味のない現実の中で携帯電話を手に取り亘理さんへ電話をかける。

ぷるるる……
ガチャ

「あら。長谷川くんどうしたの?」
「亘理さんっ」

その声はさっきまで聞いていた亘理さんのそれと何1つ変りはなく、電話口の奥からは吹奏楽部の演奏の音と野球部の威勢の良い声が聞こえる。今どこにいるのか?何をしているのか?一体亘理さんは何をしたのか?色々な質問が我先にと口元に上って来るが、それを制すように言葉を被せて来る。

「ごめんなさい。今少し手が離せないの。後でいいかしら?」
「な、何してるんだよ?」
「庭掃除の準備かしら」

そう言って電話が切れてしまった。
携帯を持つ手が震え鼓動が早くなっていくのが感じる。冗談じゃない。切り抜けたと思った難関はまだ続いていたらしい。何がどうなっているのかは全く分からないままだけれど、考えたところで僕1人の頭じゃ分からない事を亘理さんはしているし、今はとりあえず彼女を止める事が先決だった。
電話口の奥から聞こえたものを考えると、まだ校内のどこかにいる事は間違いなかったけれどその場所は特定できない。どこかの教室かもしれないし、あるいは備品室かもしれない。
(よく考えろ……)
教室や廊下にはまだ学生達がまばらにも残っていて、亘理さんがいつから庭掃除の準備を始めたのか、そしてそれがどんなものか分からないにせよ、僕が教室にいる時から今もなお準備をしているわけで明確な時間は分からないが、かなり時間がかかっているわけだ。
亘理さんの事だ。朝日の一件の事を思えば直接手を下さなくとも仕留める方法を知っていて、その準備をしている可能性が高い気がする。ともすれば校内かつ人目につきにくい場所を選ぶわけだ。

考える事と探す事を同時に行うために僕は校内を走り出した。
けれど、先ほどの条件を満たす場所なんて多すぎる。言ってしまえば校内または校舎の近くであればその殆どがそれに該当してしまう。気持ちだけが焦ってくると考えるよりも足が先に動いてしまうが、宛もなく探し回ったところで見つかるような相手ではない。蝋燭を立てて五寸釘を・・・なんて古典的な方法ならば別かもしれないが、そうでない場合、亘理さん自身が移動しないとも限らない。
僕は息を切らして廊下の壁に背中を預けて座りこんだ。
(どこに居るんだよ)
目の前の壁には大きな校内掲示板が置かれてあり、部活の部員募集の張り紙や、イベントの日程、春季球技大会の詳細等が張り出されてある。


……。
そうか。見つからないなら……。

僕は勢いよく第3会議室のドアを開けた。

「岸本さんいますか!?」

目の前のホワイトボードには春季球技大会の種目やルールが詳細に書かれていて、四角形並べられたに長机にはそれらの資料と思われる紙が、ついさっきまで使っていたかのように乱雑に置かれている。それを丁寧に端を整えながら片付けている岸本さんがいて、朝日を含め他の委員の人は居なかった。今の時間から察するにもう下校しているのだろう。

「どうしたの? 顔色悪いよ?」

きょとんとした目で僕を見る。どんな手段で迫ってくるか分からないが、亘理さんを阻止するには直接防ぐしかないと思った。辺りを見回すが特別変った様子もなく時計の針は18時くらいを指し、窓からは赤い日が差し込んで来る。
はっきり言って亘理さんがオカルトな方法で来たら、何の知識もない僕には対抗する手段がない。霊だとか魔術だとかそんな物は何1つ分からない。しかし今の僕にはそれは有り得ないという確信に近いものがある。それは亘理沙織という人間を理解した上での1つの結論だった。

なるべく振り向かないように視線だけ、ドアに貼られているガラス窓を覗く。
チラリと人影が見えた気がした。

「……!」

僕は岸本さんに何も言わず、思い切りそのドアに向かって走りそれを開けると、そこに亘理さんがいた。
一瞬驚いたような表情を見せたが、ちっと短く舌打ちして逃げようとするが僕の手が決してそれを逃しはしない。素早く亘理さんの手首を掴むと反撃・反論する間も与えず校舎から飛び出した。


      おかるとかのじょ


僕達は駅へ向かって歩いていた。
夕暮れで第3会議室に2人きりという空間が亘理さん本人を呼び寄せた。少し卑怯なやり方かもしれないが僕の作戦勝ちだった。僕の横を歩く亘理さんは不機嫌そうに口を尖らせている。

「というか教室にいた亘理さんは何だったんだ?」
「あれはドッペルゲンガーというものよ。ちなみに言うとあれは霊でも魔術でもなく、単なる奇術なの。相手の嗅覚、視覚、聴覚から側頭葉と頭頂葉を刺激して幻覚を見せるただの手品みたいなものよ。その人の記憶の中にある人間をイメージ通りに再現させる事ができるわ。死んだ人間と交信したり数時間だけ死んだ母の霊を呼びます。とかいうインチキ臭い人達のほとんどがこれにあてはまるの」

僕をあんな目に合わせておいて、悪びれもせずふてぶてしく続ける。

「それって……いつから?」

この時よ。と言って不機嫌そうな顔でインクのついた右手を僕に見せた。という事はその後の亘理さんはもう幻覚だったわけで、本物はその時庭掃除の準備しに行ったという事なにる。

「それじゃ僕は幻覚の亘理さん相手にあんな事してたのか。恥かしいな」
「は、恥かしいって……いやらしい。私に何したの?」
「何でもないよ。それより。もうこんな事やめてくれよ」
「いやよ」

ぷいと顔を背ける。そういう仕草を見て後で思い返して見ても、幻覚の亘理さんは本物と区別ができないほど精巧に出来ていて、僕は彼女の印象がすごく強く残っているんだなと実感する。僕が何でも言う事を聞いてあげる。と言った時に幻覚の亘理さんが答えられなかったのは、僕自身がその内容をイメージできなかったからなのかもしれない。
(こんな滅茶苦茶な彼女じゃ、イメージできるはずないか)

「元はと言えば長谷川くんが悪いんじゃない。岸本さんを殺す気?」
「幻覚も本物も台詞に違和感があるんだが」
「それじゃ言う事を1つだけ聞いてくれたら、許してあげる」
「わ、分かったよ」

(あれ、この感じ……)

亘理さんは少し考える素振りを見せて、長い髪を指に巻きながら僕の方を見る。

「早くして。そんな恥かしい事私から言わせる気?」
「僕は恥かしい事は聞いてないし、聞かないとわからないよ」

(これ……亘理さんの……)

亘理さんが少し拗ねたような顔をして、僕の顔をしたから覗きこむように見上げる。

「長谷川くんと私は付き合っていて、一緒に下校しているのよ?」
「そ、そうだね」
「そして私の右手がお留守なんだけれど、言わないと分からないかしら?」
「あっ」


僕の彼女は変った人だ。
それでも僕は赤も黒も優しく握り締めて歩いて行こうと思う。
Doppelとはドイツ語で写しだとかコピーという意味です。
オカルト的な感性で考えるならば、きっとイメージしやすいと思うのですが、もう1人自分がいる。という現象です。
ドッペルゲンガーは自分以外の第3者からも見え、それを自分が見たら死ぬとも言われています。
医学においてこれは自己像幻視といわれ、脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域(側頭頭頂接合部)に脳腫瘍ができた患者が自己像幻視を見るケースが多いらしいです。亘理さんの言い分だと長谷川君が見るべきなのは長谷川君自身の姿のはずなのに、なぜ亘理さんの姿なのかと言うと、それは僕にもわかりません(笑)
世の中には科学では解明できn……

次話はメガネ娘でいきます。


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