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妹が欲しかったです。
ウシロガミ×カノジョ
挿絵(By みてみん)



「本当にごめんなさい」
「……」
「何度謝れば許してくれるのかしら」
「……」
「確かに少しやりすぎたかなと反省してるのよ」
「……」
「どうしてもというなら、今この場で脱いでも構わないのよ? いえ、むしろ脱がしても構わないのよ? そいうのが好きなのでしょう?」
「やめてくれ」
「長谷川くんがいつまでも朝日さんの事気にするから、少しだけ可愛い嫉妬をちらつかせただけじゃない。いつまでも根に持たないで欲しいわ」
「あのな亘理さん。僕はともかく朝日さんまで巻き込んでどうする」
「そうでなければ意味がないというのに、あなたの鈍感は前世から来てるのかしら」
「僕を生まれる前からバカにするな」
「コックリサンなんてただの小学生の遊びじゃない」
「亘理さんは小学生からあんな事して遊んでたのか!?」
「心外ね。私があんないやらしい事を小学生からしてるわけないじゃない」
「僕が言ってるのはそこじゃない」


       おかるとかのじょ


僕は毎日、亘理さんと一緒に下校している。
亘理さん曰く、こうして一緒に帰らないと大変な事が起こるらしい。誰に何が起こるかは聞かなかった。何が起こるにしても良くない事だろうし、そんな事は想像もつかないし想像もしたくないから。
コックリサンの一件以来、亘理さんは大人しくしていたって普通だ。朝日も元気に学校に来てる。
(普通っていいな。普通最高!)
こうして普通にしてると亘理さんて実はとてつもなく綺麗なんじゃないかな。僕にはもったいないくらいの容姿だ。これが僕の彼女なんだなと思うと素直に嬉しく思う。

駅にかなり近づいた頃、亘理さんがふいに足を止め目を細めた。

「あれは長谷川くんの妹さんじゃないかしら」
「本当だ。美幸だ」

大通りから少し奥に入ったところに、コンクリートで固められた3階建の小さな塾がある。そこからは駅が見えるしさぞ交通には便利な場所なんだろうと思う。名前は何だったか忘れたけれど、ありがちな名前だったはず。高校受験のために塾に通うとか言ってはいたけれど、僕の学校の近くだったのは知らなかった。
学校から駅へと向かう歩道はその塾の反対側の歩道で、ここにいる僕と亘理さんに美幸はまだ気づいていない。僕は共働きで家にいない親の代わりに、夕食や家事などを手伝っている。でもそれは、ただ親の負担を軽くしようと思っただけではなく、こういった勉強や部活に割く時間を美幸に作ってあげたいと思ったからでもある。

「あら。どこか行くみたいね」
「さぼるつもりか!」

思わず僕は横断歩道を渡った。

「美幸、ちゃんと塾行けよ」

振り返った美幸は、少し疲れたような顔をしてるような気がした。

「お兄ちゃん……ごめんね、今日は調子悪いんだ」
「あ……そうだったのか。ごめん。さぼってるのかと勘違いして……」
「ううん。先帰るね」

そう言い残して颯爽と駅へと消えていった。
調子が悪いのは嘘だとは思わないけれど釈然としない感覚だった。

「思春期の女の子は多感なの、そっとしておくのが一番よ。長谷川くん」
「……」


      おかるとかのじょ


僕の家では夕方、僕が一番最初に家に帰る。そして夕食の準備だ。そのうちに学校と部活を終えた妹が帰ってくる。そして深夜、両親が帰ってくるわけで実際に夕食は妹と2人で食べる事がほとんどだ。

「ごちそうさま」

そう言って美幸は夕食の席を立った。

「おい、美幸。全然食べてないじゃんか」

ほんとんど料理に口をつけてない。確かに最近調子が悪いとは言っていたけれど、これはいよいよ深刻になってる気がする。小さい頃、母親は夕食の時にはいつも僕達に今日の学校の出来事や友達の話を聞いてきた。その時は面倒臭く思っていたけれど、今思えば愛情だったんだなと感じる。その習慣は今でも続いていて何も聞かなくても美幸は学校の話や、部活や友達の話をする。それも今日はなくなっている。こういう時はだいたい……。

「何かあったのか?」
「……何も、ないよ」

ごめん。と小さく残して美幸は部屋のドアを閉めた。

屋上に吹く風が亘理さんのスカートを揺らしている。亘理さんはそれを手で押さえながら、床に置いてあった鞄を拾った。

「うぅん……疲れてるだけじゃないかしら?」
「そうなのかな?」

亘理さんは僕の隣に同じようにフェンスに寄りかかった。

「同じ女の子として、何か心当りとかないのか?」
「心当りと言われても困るわ。私が把握してるのは、長谷川くんの行動パターンと心理作用と好きな人と昨日の寝言と性癖だけだもの。うふふ」
(亘理さんに聞いたのが間違いだった。同じ女の子ではなかったか)

「とにかく中学生の女子の憂鬱に無闇に顔を突っ込むものではないわ」

そう言ってにっこり微笑む亘理さんの顔は、どこか作り物に見えた。

「もしかして、関わらせないようにしてない?」
「ふふ」

少し首をかしげながら横から僕の顔を覗き込んで、いたずらっぽく笑う。寄りかかっていたフェンスが軋む音が聞こえた。この笑顔を僕は知ってる。こういう時の亘理さんの笑顔は・・・・・・

「み、美幸に何か憑いてるのか?」
「長谷川くんはウシロガミって知ってるかしら」
「後ろ髪?」
「元は神様の一種で、色々な口伝や文献があるのだけれど分かりやすく言うと、とり憑いた人間のやる気を削ぐ神様だと言われているわ。表面的な恐怖や外傷も怖いけれど、本人の自覚なしに精神を操る事は決して低級霊ができる芸当じゃないの。私も実際に見たのは初めてだったけれど、私達がどうこう出来るものではないかもしれない」

やる気を削ぐ。とはまた珍しい症状なんだと思った。亘理さんの言うように自覚なしに精神を操るのは怖い事だけれど、直接的に死ぬ。とかではない事に関して言えば今は安心してよさそうだが、それでも僕の妹だ。放っておくわけにはいかない。

「どうすれば助けられる? 教えてくれ! 頼むよ!」
「仕方ないわね。本当にしかたない子ね。長谷川くんは」

不機嫌そうに亘理さんは、僕の手を引いた。


       おかるとかのじょ


学校を出てから、亘理さんはいつもの帰り道を足早にスタスタと歩いている。
(何か分からないけれど、機嫌が悪そうだ……)

「わ、亘理さん、どこ行くんだ?」
「いいから黙ってついて来なさい」

全く取付く島がないが僕には亘理さんの機嫌が悪い理由が分からない。自分の気づかないうちに、気に触る事を言ってしまったという事なのだろうか? それしか考えられないけれど、自分の言った事を1つずつ思い返してみても思い当たる事が見当たらない。

「あ、あの亘理さん。何か機嫌悪くないですか?」
「……」
「亘理さん?」


ふいに亘理さんが振り返った。

「あのね長谷川くん。あなたが私の事をどう思ってるか分からないけれど、私は独占欲のかたまりなの」
「だ、大丈夫。僕もそう思ってる」

すごい勢いで、僕の目の前まで迫ってくる。

「できる事なら、長谷川くんをホルマリンに漬けて部屋に飾っておきたいくらいだわ。けれど、そんな事はできないのは分かってる……そんな大量にホルマリンなんてないから」
「理由そこですか!?」

僕の視界にはもはや亘理さんの右目しか見えない。

「例え、それが妹さんでも私以外の女の心配をするのは、とても許せない事なの。分かるかしら?」
「でも仮にも彼氏の妹だよ? 少しは大事にしていいんじゃないか?」

あまりの迫力に声が上ずってしまいそうだ。むしろ少しなっていたかもしれない。しかし、さっきの僕の一言で亘理さんはハッと顔を離して少し考える素振りを見せた。

「私にとっても大事な義妹さんだものね」
「小説だからって、バレないと思ったのか!? 今さりげなくすごい事言っただろう!」


僕はここまで歩いてきて、亘理さんの目的地に気づいた。
そうだよ。この時間ならここしかない。

僕らの反対側の歩道にある3階建てのビル。美幸の塾だ。 

「ここで妹さんを覗き見するのよ」
「僕はそんな趣味はないぞ」
「私の趣味よ。ただし長谷川くん限定」


塾の中から美幸が出てきた。
僕達は美幸の塾のある歩道の反対側にいる。歩道から少し奥にある塾はこちら側から見えにくい。他にも誰かと一緒にいるように見えるけれど、塾の周りに置かれた植木鉢でよく見えない。
それでも隣にいるのは美幸と同じ学校の同級生だったはずなのは分かる。何度か家に遊びに来た事があったから見覚えがあるし、美幸の話でも何度か名前が出てきた事があったからだ。
(たしか……舞ちゃんだったっけ)

「本当に美幸にそんなものが取り憑いてるのか?」
「あぁ、そうね。無能な長谷川くんには見えないものね。見たい?」
「見れるなら……見てみたいけど……」


……なんっ……ょ……!
だぃたぃ……ゅきも……のさ?

声が聞こえる。

ふと気づけば、美幸と一緒にいるのは舞ちゃんだけじゃなく、五人くらい女の子が一緒にいた。でも僕の一緒にいるという認識は間違っていて正しくは囲まれていた。だ。
(いじめられてるんじゃないのか!?)

何で美幸は舞と一緒にいるわけ?
舞と一緒にいたら美幸までバカになっちゃうよ?
こっちにおいでよ。あたし達、美幸は別に許せるからさ


「あいつらっ!」
「動かないで」

思わず歩道を渡ろうとする僕の袖を亘理さんが引いた。

「勘違いしないで、いじめを受けているのは妹さんではなく友達の方よ」
「それでも、あんなの見過ごせるわけないよ! 美幸も黙ってないで何とか言えよ! 友達だろ! 目の前で友達がバカにされてるのを何とも思わないのか」

子供の喧嘩に親が……という言葉があるけれど、それは第三者の言葉だと思った。実際に身内がそういう状況になった時黙って見てる事なんて絶対にできない。今この瞬間がまさにそうだ。

「無理ね。ウシロガミが妹さんを押さえつけてるわ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」

……もしかして美幸もそうとう頭悪いんじゃない?

「やめて!!」

ふいに久しく聞いてなかった舞ちゃんの声が聞こえた。

……なに?
「美幸ちゃんの事は悪く言わないで!!」
……何こいつ、急になんなのよ。
「美幸ちゃんは、私の大事な友達なんだからっ!!」
……な、なんなの?
「あなた達なんていらないっ!!」

「ほら。見えるかしら?」
そう言って亘理さんは、僕の左目を手で覆った。

見える……。

美幸の肩に腕が乗っている。
乗っている、というよりぶら下がっている。という表現が正しいかもしれない。手だけが肩に乗っていて腕の部分は背中に張り付いている。透けているだとかぼやけてるとか、幽霊の話ではよく聞くけれど僕の右目に映るそれはまるで生きている人間のそれと何も変わらない。生なましい血色の良い腕だが肘より上は切られたようにない。

それが今まさに消えていく。

「そうよ! 舞ちゃんはあたしの友達! あんたらなんか、いらないよ!! 勝手な事ばっかり言って、あんた達バカじゃないの!?」

腕が消えた瞬間、美幸から怒声が上がる。

「美幸ちゃん……」
「もっと言っていいんだよ。舞ちゃん!」


     おかるとかのじょ


「どうしてウシロガミは美幸に取り憑いたんだろうな」
「ウシロガミは元々、父親が子を勘当する際にそれを後ろからなだめた神と言われていて、怒ってる本人からすればやる気を削がれた気分でしょうから、そう伝承されたのかもしれないわね」

僕達は駅の椅子に並んで座った。電光掲示板に流れた電車の時刻表によると、亘理さんの電車が来るまではまだ時間がかかるけれど僕の電車はもうすぐだ。それでも亘理さんを見送るまでここに居ようと思う。

「美幸のいじめっ子に対する怒りをなだめてた。という事なのか。でもそれは必要ないんじゃないか?あんなのガツンと言ってやれば良かったのに」
「舞って子自身にいじめに立ち向かう勇気を出して欲しかったのかもしれないわね。それが本当の意味での解決になるはずよ。それくらい分かるでしょう?」

そう言いながら亘理さんは、僕のポケットから僕の携帯電話を取り出そうと弄ってくる。
僕はそれを左手で制止しながら、携帯電話を鞄の中にしまった。僕の方をじっと見つめる亘理さんがここにいる。

「自分の意思で……って事か。今回は僕の出る幕じゃなかったよ。僕が出て行ってたら、色々ブチ壊しだったんだな。最初から全部分かっていて一番いい解決をしたんだな。神様はすごいよ」
「あら。今更気がついたの? 私はすごいのよ」

携帯電話を諦め、口を尖らせ偉そうに胸を張った。

「何でお前が神様なんだよ」
「だから最初から言ってたでしょう?」

「そっとしておくのが一番よ。って」
うしろ神は、作中で亘理さんが言っていたように父親が子を勘当する際になだめる神と言われています。よく言葉として使われる「後ろ髪を引かれる思いだ」というのはただの言い回しなので、作中のうしろ神とは何の関係もありません。
この神様は何から生まれてきたのかは分かりませんが(井原西鶴の著書に載っているらしいのですが勉強不足ですいません)、僕は父親の後ろでそれをなだめる人間は1人しか思い浮かびません。
子供にとって母親はそういう風に見えるものなのかもしれませんね。

次話は新キャラでいきます。


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