ぷるるるる……。
ピッ
「もしもし?」
「わたくし、亘理と申しますが長谷川裕也くんはいらっしゃいますか?
「いらっしゃいますかも何も、僕の携帯だろ」
「そのいやらしい声は本当に長谷川くんみたいね」
「……」
「今日は日曜日で,学校はお休みなのでやる事のない長谷川くんは暇なの」
「何で亘理さんが僕の日曜日の暇さを説明するんだよ」
「そういう私も親が仕事の都合で外出して夜まで戻らないの」
「それで?」
「うちに来て」
「5分でイキます」
あの日、僕と亘理さんは付き合った。
掴みどころのない彼女だけれど、密かにクラスの男子からは人気があった事を僕はあとで知った。たしかに綺麗な黒髪と切れ長の瞳は人を惹きつけるし、スタイルも悪くはないと思う。
でも中身に問題がある!
僕は改札を抜けて電車に乗った。
ゴトゴトと音をたて電車が揺れる。日曜日なのに空いていて、どこでも座れるみたいだ。僕は一番端の席に座り外を眺めた。
亘理さんの家に向かう電車は本数が少なく、思ったより時間がかかった。
これじゃあ、学校への行き来も大変だろうなとぼんやり考えていた。
駅からほどなく歩いて、亘理さんの家が見えてきた。
白い外壁に2階建ての一戸建てだ。いたって普通の家だ。大きくもないし小さくもない。あのぶっ飛んだ性格からして割と良いとこのお嬢様かとも思ったが、そんな事はないらしい。
ピンポーン
「……はい。どなたでしょうか?」
インターホンから亘理さんの声がする。
「あ……えっと……長谷川だけど」
「本当に長谷川くん?」
「本当だよ」
「本当に私の彼氏なら、私の今履いてる下着の色を当てるくらい余裕の変態なんですが、あなたは本当に下着の色がわかる私の彼氏ですか?」
「彼氏でも変態でも、見てない下着の色を当てる事なんてできるかよ」
「その面白みのない返事は長谷川くんね」
ガチャ
「どうぞ」
紺のワンピースを着た亘理さんがドアを開けた。
白いレースがさりげなく胸元を飾っている。亘理さんの私服を見るのは初めてだけれど……。
(……可愛い)
「どうしたの? 上がって」
「あ、ああ……き、綺麗な家だね」
「そうね。新築14年くらいかしら」
「守備範囲広くないか?」
「私の部屋は2階よ。どうぞ」
亘理さんに促すままに僕は階段に足をかけた。
変な魔方陣とか書かれていたらどうしよう。変な置物とか、真黒な本とか、目のない人形とかあったりしたら、僕は血を吐いて倒れる自信がある。
「な、なぁ亘理さん。変な事はしないでくれよ?」
「あら。それは私の台詞じゃないかしら」
「いや受け取り方違うだろ」
ガチャ
「あれ?朝日?」
「長谷川……」
そこはキレイな部屋だった。何というか、余分なものがない。テレビやパソコンもないし、ここの住人の趣味と思えるものが何もない部屋だった。もっとオカルトチックな部屋を想像していたけれど、全然普通だった。
その部屋には朝日がいた。
「今日は2人に手伝って欲しい事があって呼んだのよ」
「え?」
「コレよ」
一枚の白紙
十円玉
テーブル
「あ、あの亘理さん」
「なぁに長谷川くん」
まさか……これは……。
「コックリサンをするの」
やっぱりか。
「え!? こっくりさん!?」
「ええ。コックリサン。エンジェルサマ。地方によって様々な呼び方があるけれど一般的にはコックリサンで通っているわ。簡単に言えば降霊術の1つね。霊を呼び出して、知りたい事を聞いたり、願い事を叶えてもらうものよ」
僕は一息ついてから亘理さんの肩に手をかけた。
「亘理さん。やめよう」
「いやよ」
即答ですか。
どうやら、どうしてもこっくりさんがしたいらしい。
「あたしの知ってるこっくりさんは、鳥居を挟んで はい・いいえ って書いてるやつだったけれど、この紙、何も書いてないよ? これでいいの?」
朝日がひらひらと白紙を指でつまんで、両面を確認する。
「あれ? 俺の知ってるこっくりさんだと、紙には五十音が並べられていたけどな・・・」
「そうね。どちらも正解。といえば正解ではあるのだけれど、どちらも不正解といえば不正解になるわ」
亘理さんはそう言いながら、ふわりとワンピースの裾を指先で摘んで、テーブルを挟んで僕と朝日の向かい側に座った。
「煮え切らない言い方だな」
「どういう事?」
「つまりコックリサンの方法は1つではないという事」
白紙を朝日の手から静かに抜き取ると、テーブルの真ん中に置いた。その紙の真ん中に十円玉を丁寧に置き、紙の端を折り、四角形の角だった部分が上向きになるよう折り目をつけた。4つの山が十円を囲むような形だ。折り目を丁寧に整えながら亘理さんは続けた。
「元来、正しかったはずの降霊術の術式が広まるにつれ、高位僧によって簡略化されたり伝えもれがあったり、西洋文化が混ざる事で、その内容や形式が違ってきてしまったの。もちろんそれは本来のものとは全く別のものになったしまったわ。」
「じゃあこれから始める亘理さんのが正しいわけだ?」
「うふふ。さっそく始めましょう」
亘理さは立ち上がりカシャンと音をたて、カーテンを閉めた。
黒い遮光カーテンは、完全な闇とは言わぬもの。十分雰囲気を作った。
「やり方については、概ね朝日さんが言ったやり方をするわ」
そうは言われても全く分からない。ここにあるのは折られた紙と、その上に乗ってる十円玉だけで結局、朝日の言うような鳥居とかは、何も書かれていない。
「2人で紙の上の十円玉を指を添えるのだけれど、今回は朝日さんと長谷川くんでやってみてくれるかしら」
テーブルの上の紙を、ゆっくり滑らせるように僕達の方に寄せた。
「左側にいる長谷川くんは左手で、右側にいる朝日さんは右手で押さえるのよ」
「えっと……う、うん」
「こうか?」
折られた白紙。その真ん中にある十円玉に僕と朝日が指を置いた。
こんなこっくりさん聞いた事がない。でも亘理さんの言うようにやり方に差異があるのは確かなんだろうとは思う。朝日と僕の聞いていた、こっくりさんは違っていたわけだし・・・。
じゃあこれは亘理さんの知っているこっくりさん。という事か。
「この場合、私自身が鳥居の役目をするわね。つまり霊道になるの。だから鳥居を書く必要はないわ」
「霊道とか……何かすごいな」
「質問は、はい・いいえで答えられるものにしてね。はい、ならば左に。いいえ、ならば右に動くわ」
亘理さんがにこりと笑った。
ごくり
暗い。こうしてみるとすごい迫力がある。
何でそんなに楽しそうに亘理さんは微笑んでるだろう。
それ。すごく怖いよ。
「……」
「……」
「あ、朝日は質問とかないのか?」
「……」
「……」
「長谷川には好きな人がいますか!?」
「え!?」
「……」
「……」
「なんだよ。何も起きないな」
「えー。つまんないなぁ」
朝日は十円玉から指を離し、大きく腕を上にあげて伸ばした。確かに変な緊張で疲れた気分だった。僕も床に手を置いて背中を伸ばした。亘理さんがこういう事やると、洒落にならない事になりそうで怖かったけれど、何も起こらなくてホッとしている。
僕は伸ばした背中を戻し息をついた。
「やっぱりこっくりさんなんて迷信だったな」
「うん……」
「でも朝日さんの質問には私が答えてあげられるわよ」
亘理さんの黒い眼差しが朝日に向けられる。
カタン……
テーブルが揺れた。
カタン……カタン……
「あらあら。コックリサンはお寝坊さんなのかしら」
「え?うそ。なになに!?」
ガタガタガタガタガタガタ
ガタガタガタガタガ
ガタガタガタガタ ガタガタ
「嫌ぁ! なにこれぇ!」
「お寝坊さんのくせに寝起きの悪い子なのね」
「亘理さん!?」
けたましい音を立て、テーブルが激しく揺れ出した。
「何なのこれ!?」
朝日は部屋の壁際で手で顔を覆いながらまるで怖いテレビでも見てるかのように、、指の隙間から揺れるテーブルを覗く。でも今、僕達の目の前で起こっている事はテレビなんかじゃなく、現実だった。
「どうするんだこれ!?」
「お祈りでもしてみようかしら?コックリサンのお社はあちらでございます。って」
亘理さんはクスクスと笑いながら、僕と朝日の方に向かって指をさした。
ぎゅぅぅと締め付けられるような感覚。
息が苦しい。身動きできない。圧迫感。
「っは……うぁ……」
「はぁあっ……」
朝日も僕も、その場に倒れこんだ。
仰向けになったまま動けない。体中を何かに押さえつけられてるような感覚だ。瞬きした瞬間何か見えた気がした。
それは腕だ。目を開けると何の変哲もない亘理さんの部屋だ。こういう言い方が正しいのか分からないけれど、目を閉じると見える。閉じた瞼の裏に。床から無数の腕が生えていて、僕を離すまいと掴んでいる。
おそらく朝日も同じ状況なのだろう。
「こっ……れ……亘理さん……が?」
「あら。知らないの?こっくりさんの途中で指を離したらダメなのよ」
亘理さんはゆっくりと立ち上がると、僕と朝日の間を平然と歩き、朝日の顔を覗き込むようにしゃがみこんで、長い髪を耳にかきあげた。
「長谷川くんは私の事が好きなの。死ぬほどに愛されているし、付き合っているわ」
「・・・・・・」
「こんな状況でも長谷川くんの頭の中は、私の淫らな姿を想像してやまないし、あなたの事なんて眼中にないくらい、彼は私に夢中なのよ」
そう言って僕の上にのしかかってくる。
「その証拠に……ほら……」
ギシ……
「ちょ……わ、亘理さん!?」
ギシ……
「動かないで……」
「亘理さん……やめ……」
「やめて! そんなのあたしに見せないで!!」
こんなのどう考えても普通じゃない。どうしてこんな状況になった?これは亘理さんの仕業なのか?
亘理さんが仰向けで動けない僕の腰あたりに跨って、僕を見下ろす。抵抗しようにも、全く動けない。口元だけで笑う亘理さんの柔らかい手が、僕の頬を優しく撫でる。僕の疑問にも今の亘理さんはまともに答えてはくれそうにない。
「は、長谷川くん……ぅ動かないで……ね?」
だんだんと息が荒くなっていく。
「じ、じっとしてれば……ね。じっとしてればあぁあ……30分でオワルから」
すーっと、指で僕の頬から首へとなぞりながら、胸元のボタンに止まる。
「やめろ……」
「や、やめれるわけ、なないでしょう」
亘理さんの指が僕の胸元のボタンを外していく。
何なんだよ。
もうわけが分からない。
どうすればいいんだ。
「亘理さん……」
「……はぁはぁ……ななぁに?長谷川くん……」
「やめない……と……わ……かれる……」
「……」
「いぃのか?」
おかるとかのじょ
僕らは駅の椅子に座って電車を待っている。次の電車が来るまで時間がかかる。なんて不便な場所なんだろうと電車の時刻表を睨む。もうすぐ朝日の方は電車が来るけど、僕のはまだまだ先だ。
朝日はだいぶ落ち着いたみたいだけれど、あんな怖い思いをさせられて本当にいい迷惑だったと思う。いくら体育会系で根性があるとは言っても、こういう事には関係ない。とっさに出てきた言葉だったけれど、亘理さんも落ち着いてくれて本当に良かった。
「使役する霊を戒める呪言……か」
「え?」
「なんでもないよ」
きょとんとした顔で朝日が僕を見る。
「結局、亘理さんは何がしたかったんだろう」
「きっと見せ付けたかったんじゃないかな」
「なるほど、のろけたかったのか。タチの悪いやり方だな」
間もなく電車が到着します。白線よりお下がりください。
とアナウンスが流れた。
「お詫びに今度何か奢るよ。そうじゃないと僕の気がすまないよ」
「そんなにあたしと御飯食べに行きたいの?」
「そ、そういうわけじゃないよ! 僕はただ……」
「わかってるよ。亘理の分まで謝ってるつもりなんでしょ?」
「……」
その通りで言葉が出ない。きっと亘理さんは冗談や悪ふざけでやった事じゃないと思った。
「それじゃ……携帯の番号……教えてよ……」