蹴球探訪
5・15 J誕生20年 ラモス氏に聞く 満員の国立「幸せ感じた」(6月3日)
トップ > 中日スポーツ > 芸能・社会 > 紙面から一覧 > 記事
【芸能・社会】広がる共感 新沼謙治 自作曲「ふるさとは今もかわらず」2013年6月13日 紙面から
新沼謙治(57)が作詞作曲した「ふるさとは今もかわらず」が、全国の合唱ファンを中心に大きな広がりをみせている。NHK「歌謡コンサート」で歌ったのをきっかけに、楽譜を求める声が殺到。発売元の日本コロムビアでは無料で楽譜を郵送したり、初めて自社サイトからダウンロードできる設定をしたところ、12日までに3000件近くを受け付けた。東日本大震災で故郷の岩手県大船渡市も大きな被害を受け、同じ年に妻の博江さんを病気で失った新沼。さまざまな思いがこもった作品が、人々の心に届いている。 「聴いているうちに思わず目頭が熱くなりました。私の故郷は岐阜の山間部です。15歳で故郷を出てから、もう何十年たちますが、子供の頃、山や川を駆け巡っていた頃を思い出させてくれる、さわやかでありながら哀愁を感じさせてくれる本当にいい曲だと思います」(愛知県の50代男性) 「震災復興を全面に押し出すのでもなく、新沼さんの温かい人柄がにじむ、東北を応援したくなる曲です」(和歌山県の40代女性) コロムビアに寄せられた感想には、一様に聴いた人の熱い思いがこめられている。4月9日にNHKで歌った反響が大きく、5月28日に再出演。有線チャートでは16週連続トップ20位にランクインし続けている。 そもそも新沼が曲を作ったのは、一昨年秋。11月に母校の岩手県大船渡市立第一中学校から講演を依頼され、最後に「後輩たちといっしょに何か歌いたい」との思いで歌づくりに取り組んだ。 大震災に見舞われ、自然に故郷へ帰る回数が増えた2011年。そのたびに早朝歩いたのが、大船渡市内を流れる盛川の河原。15歳まで近所に住んでいた新沼にとって、忘れられない故郷そのものと言っていい場所だ。 「歩いていると自然と一体化してくるんだよね。徐々に五感が研ぎ澄まされて、自分がどんどん動物に戻っていく」。そしてしみじみ感じた。「やっぱり故郷はいいとこで、ここで生まれてここで育ち、ここから出て行ったんだなというのを強く感じたんですよね。帰ってくる場所もここだな、と」。自然に「さわやかな朝靄(あさもや)の中を」という歌の出だしが生まれた。 が、2コーラス目はなかなか浮かばなかった。「両親や近所の人に育てられ、学校で皆と出会ってよかったとか、ごく当たり前のように感じることが実はそうではなかった。奇跡に近いくらいの出会いなんだって。今までオレは何で感謝してこなかったんだろう」。その思いをつづり、最後の「ふるさと 未来へ 続け…」が加わって、完成にこぎ着けた。 母校の体育館で後輩たちと歌って、感動したという新沼。それで終わり、と思っていたら、周囲からの「いい歌だ」「泣ける」との声に押され、知人の協力を得て改めてコーラスバージョンを作り上げた。 震災の年の9月には、妻の博江さんを亡くし、前後して博江さんの母、自分の祖母も他界、つらい年になった。ステージに立つ前は手を合わせ、まぶたに浮かんだ人たちからパワーをもらって、歌っているという。 かつて、デビューのきっかけになったテレビ番組「スター誕生!」に出演した時、作詞家の阿久悠さんから、言われたことがある。「変な言い方だけど、君の歌を聴いたら、気持ち良く悲しく聞こえる。悲しい歌は誰でも歌えるけど、悲しい歌を気持ち良く歌える人は少ない」。その言葉を思い出し、「オレやっとみつけたな、この曲で」と思ったという。震災後、肉体的に苦しかった時期もあったが、「頑張った分、みんなに届いたんじゃないかな」と笑顔を見せた。 (本庄雅之) PR情報
おすすめサイトads by adingo
|