|
牧口会長に云く、
『東亜共栄圏乃至世界列国にこれからの新秩序の中核として吾等が実証によってこゝに提供せんと
する最高価値の大善生活法は、人生の理想として何人も渇望する所のものであり、仏教の極意たる
成仏法こそ之に応じた妙法であり、又「惟神(かんながら)の道」の真髄も之でなければなるまい。
所謂(いわゆる)皇道精神もこれ以外にあるべきはない』(牧口常三郎全集 第10巻/9頁)
本より『惟神の道』とは、神と共にある、という神道の精神を述べたものであるが、牧口会長は、
其の『惟神の道』の真髄こそは、仏教の極意たる妙法でなければならない、と論説し、又、皇道の
精神についても、妙法に依らなければならない、と述べている。
実に是れこそは正論であって、応に「奉祈念天皇陛下護持妙法爾前迹門之謗法退治」の一文に合致
するものである。而して、天皇の祖神は八幡大神であり、其の神は「大菩薩」の称号を以って御本尊
に認められているのである。果たして、其れら妙法に於ける皇道を以って、富士大石寺の勅使門が開
くのは何時の事であろうか。応に是れこそは、身延には真似のできない国家広宣流布大願の証しなの
である。
尚、池田太作率いる、新興外道教団、創価学会などは、今に於ては『広宣流布』などと発音すること
自体が許されない無頼集団であり、そんな者共が、支那(シナ)の中共政権に対して、今だ媚び諂って
いるなどは、其れこそ国神たる天照大神・八幡大菩薩に反旗するものであり、其れこそは国賊・売国
の先兵でしかないのである。ったく、そんな者らが『神社への参詣は謗法だ!』などと…。哀笑。
あまり笑わせるものではない。
|
|