2013-06-10
堂々と遺伝的差別を肯定する週刊現代について
遺伝疫学 |
血液型より正確 あなたの性格はDNAで決まっていた | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]
なんて書いてますが結構イラついています。正しい科学的知見をできるだけ多くのサイトが書くほうがいいようなので*2、本来日本にも素晴らしい研究者がたくさんいらっしゃる生命倫理学が本職の分野ではあります*3が、聞きかじりの知識くらいならある遺伝統計学者として、頑張ります。
ところで、ここに挙げられている知見、ドーパミンD4レセプター*4とセロトニントランスポーター*5の多型が性格に関連する、というの自体は、怪しいものではありません。ただ、数百人の解析でも関連ありになったりなしになったりというレベルの効果量ですけどね。セロトニンの方は「不安」気質の5%程度しか説明しないんじゃなかったかな。
しかし問題の本質はそこではない。
「たとえばアメリカでは、DNA検査でわかった性格を企業の人事配置に役立てたり、教育方法やスポーツ種目の適性を判断したり、さらには軍隊のマネジメントにまで利用しています。それが常識になりつつある。
アメリカ以外では、中国や韓国でも、積極的に取り入れられている。日本は後れをとっているのです」(佐川氏)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36080?page=5
佐川氏って誰よ。まともな遺伝学者か法律家にインタビューしろよ!
ここに書いてあるようなことはアメリカでは厳格に禁止されています。そのお話を今日はします。
なにがいけないのか
歴史的には、そこで佐川氏が主張したようなこと、ヒトの遺伝的情報、ゲノムに書き込まれた情報を利用して社会的な区別をするような行為は「優生学Eugenics」と呼ばれる学問分野の取扱範囲です。が、この学問は現在は存在しません。
なぜならこの学問に基づいて、ナチスドイツがユダヤ人虐殺、ならびに障害者虐殺を行ったとされるからです。
この学問を支持していたせいで、20世紀最高の知性の一人と私が思うロナルド・フィッシャーですら戦後に英国の教授職を追われ、異国で客死したほどですよ。
現代においてはどのようなことが起こりえるでしょうか。例えば次のようなことが起こりえます。
- 医療保険に加入しようとした際、「あなたは癌になりやすい遺伝因子がありますね。保険料は2倍です」
- 企業の採用面接で「あなたのゲノムデータを提出してください。はあ、なるほど。君は上の人間に逆らいやすい気質と関連する遺伝因子を持っているね。採用できません。」
- 企業の昇進に関して「このまえ君の髪の毛を内緒で採取して、遺伝子データを調べました。君がアルツハイマー病になりやすい遺伝因子を持っていることがわかりました。管理職になってから大変なことをしでかすとも限らない。部長へは昇進できません」
これが何が問題かというと、
遺伝因子は、生まれ持ったまま一生変わらない
ということです。このように、その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として待遇などにおける区別をすることは、差別discriminationの一要件を完全に満たします。タバコのようにやめることができるものではないということです*6。「お前はユダヤ人だから採用しない」と、同じ事を行っているということです。殺しているわけではないだけで、ナチスドイツと同じ事をやっているということです。
そういうわけですから、ナチス・ドイツ後の世界である現代において、これらのようなことを禁止する法律、1990年ベルギーから始まった遺伝的差別禁止法が欧米では一般に制定済みです。
残念ながら、日本の法体系では明確には禁止されていないと思います。
ここではアメリカの法律をご紹介します。アメリカは2008年制定で、遅れていたと言われています。リベラリズムの色彩が強い法律ですが、署名したのは息子ブッシュ大統領です。ただ強烈な推進者は民主党のエドワード・ケネディ上院議員で、未来の大統領バラク・オバマ上院議員もそのグループでした。
遺伝的差別禁止法(Genetic Information Nondiscrimination Act 2008, GINA)
アメリカの遺伝的差別についての禁止法はいくつも流れがあってよくわからないのですが、2013年時点では、HIPAAが遺伝情報のプライバシー面を担当し、保険・雇用差別の禁止はこの遺伝的差別禁止法が主にそれに対応しているようです。
法律は専門ではないので、ネットに転がってる日本語記事をご紹介することにします。原文も読んでみたことはありますが、法律的文章って日本語ですらわけわからないし、英語ではなお意味不明でした。ここは専門家に頼りましょう。
遺伝情報差別禁止法は、雇用主が従業員の雇用、解雇、職場配置、昇降格の決定を下す際に個人の遺伝情報を利用することを禁じている。また、特定疾病にかかりやすい遺伝子を持っているというだけの理由で、団体医療保険や医療保険会社が健康な人を保険対象から除外したり、それらの人に高額な保険料を課したりすることも禁じている。
http://www.nedo.go.jp/content/100105464.pdf
こちらも読んでみます。
遺伝子情報差別禁止法の規定する、遺伝子情報(”genetic information”)とは、1.本人の遺伝子テスト、2.家族の遺伝子テスト、及び3.家族の病歴、に関わる情報を意味しますが、性別及び年齢の情報は含みません。遺伝子テスト(“genetic test”)とは、遺伝子型、突然変異、若しくは染色体変化を検知する、人のDNA、RNA、染色体、タンパク質、又は代謝物の分析を意味しますが、遺伝子型、突然変異、若しくは染色体変化を検知しない、タンパク質、又は代謝物の分析は含みません。雇用主、雇用期間、労働団体等は、遺伝子情報に基づく、従業員の採用、解雇及びその他の雇用に関する報酬、条項、条件、特権上の差別的行為が禁止されます。また、雇用主による従業員の遺伝子情報の要求、入手、又は購入が禁止されます。
http://www.mtbook.com/america/2008/09/post_49.html
「遺伝子情報」という訳語は感心しません*7が、まあしょうがないか。
こういう優れたプレゼンテーションもありました。法学系のヒトは「genetic = 遺伝子」って訳すことになってるのかな。
原文抄訳もあった。
英語が読める方はこちらもどうぞ。
どこからどう読んでも、佐川なんたらいう評論家が言ったようなことは、アメリカで法的に禁止されています。どこのなにが「常識になりつつある」だって。ふざけるな。
日本では
日本では、個人情報保護法によって、遺伝的情報のプライバシーの方は厳格に守られている(はず)です。むしろ厳格すぎて、遺伝学的な共同研究を欧米とやる際に支障が出るほどです。しかし前述のように、少なくとも明文化して遺伝的情報を用いた保険・雇用差別を禁止する法律はまだ存在しないはずです。こちらの記事をご紹介します。
Vol.664 世界の遺伝情報差別禁止法と日本国民の不利益 - MRIC by 医療ガバナンス学会
安倍首相が現在保守政権を率いています。遺伝的差別禁止法は前述のようにリベラリズムの考えが基盤ではあります。企業の営利を優先するなら、特に医療保険において遺伝的差別は容認されかねない。しかし、安倍さんはどっちかというと遺伝的情報差別を禁止することに同意してくれる可能性が高いのではないかと思っています。なぜなら、安倍さんは潰瘍性大腸炎の患者さんだと言うではないですか。潰瘍性大腸炎の発症と関連する遺伝因子は、40以上も明らかに成っています。するとこういうことが可能でしょう。安倍さんがまだ政治家を始めようかとする頃に、
と、対立候補が主張したらどうですか。
私はこのような差別は容認しません。
潰瘍性大腸炎に悩む安倍首相、今こそ、明文化した遺伝的差別禁止法を制定していただきたい。親しい学者さんとかいたら、是非進言していただきたいところです。
*1:すいません、日本を出国してしばらくになるので、もしかすると死語で超ダサい始め方してるかもしれません
*2:http://fm7.hatenablog.com/entry/2013/06/07/140130
*5:Association of Anxiety-Related Traits with a Polymorphism in the Serotonin Transporter Gene Regulatory Region
*6:ただ、実を言えば喫煙しやすくなる遺伝因子というのも見つかっています。これは私が消極的な禁煙論者に過ぎず、喫煙者を犯罪者かのように言う言説に首を傾げる理由の一つです
*7:端的に言うと、遺伝子上ではない、例えばプロモータ領域や、3'-UTRでmRNA不安定性に寄与するような多型、ncRNAやエンハンサーの多型だってすべて普通にgenetic informationだからです。「遺伝的情報」もしくは「遺伝情報」がよい
- 1003 http://b.hatena.ne.jp/
- 567 http://www.hatena.ne.jp/
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- 262 http://t.co/HJkzoeo5QX
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- 74 http://d.hatena.ne.jp/
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何故なら、自分の今後の病態の発現の可能性(あくまで可能性よ。遺伝子だって、総ての病態の発現を説明できない。あくまで可能性。)を示す情報も時にはあったりして。それを自発的ではなく、知ってしまうことになりますので。
私は結構年をとってしまったので、あんまり気にしませんが、そういう意味では、子供の年齢での遺伝子検査の誘惑(親の視点)、ってのも少し考察しておいたほうが良いのかも。
> 「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の見直しに関するパブリック・コメント(意見公募手続)の実施について
> http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000021lv0.html
///
指針」の見直しに関するパブリック・コメント(意見公募手続)の実施について
このたび、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の見直しに関するパブリック・コメントを実施しますので、お知らせします。
(同時発表:文部科学省、経済産業省)
1.趣旨
文部科学省、厚生労働省及び経済産業省においては、近年のヒトゲノム・遺伝子解析研究の進展等を踏まえ、昨年4月より専門委員会を合同で開催し、指針の見直しについて検討を進めてきたところです。
このほど、三省の合同委員会、科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会(文部科学省)及び厚生科学審議会科学技術部会(厚生労働省)における審議を経て、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の見直し案をとりまとめたことから、別紙資料について広くご意見を募集いたします。
2.実施期間
平成24年2月3日〜平成24年3月3日
///
---引用---
casm 「差別discriminationの一要件を完全に満たします」←「一要件」という語は他にも要件があることを示唆してるんだけど、「要件」というからには全要件を満たして初めて「差別」と認定できる。誤記なのか誤導なのか。2013/06/11
aggren0x id:casm the term discrimination may be used to indicate a type of distinction that invariably is or should be socially unacceptable http://www.nature.com/gim/journal/v3/n5/full/gim200168a.html 正直自信のある分野ではありませんが。2013/06/11
--引用ここまで--
ご紹介頂いた部分をざっくり翻訳すると、「『差別』という用語は、社会的に許容されない(ないし許容すべきでない)区別を指す」といったところでしょうか。この説明は日本の憲法学における差別(というか平等権(憲法14条))の議論におけるものとだいたい同じなので、このnatureの説明に基づいて説明します。
上記の説明からは、「差別」と言えるためには(1)区別であること、(2)社会的に許容されないこと、の2つの要件が読み取れます。
つまり、「社会的に許容できる区別」は「差別」ではないわけです。例えば男子トイレと女子トイレの区別は社会的に許容されます。これが、男子校・女子校となると少し微妙になってきますね。選挙権を成年男子に限定するのは、今日の社会では許容されないでしょう。
というわけで、区別が差別といえるかどうかは、社会的に許容できるか否かにかかってくるわけです。
で、natureの定義に従ったとしても、「その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として」いることは「差別」の「要件」には含まれていません。「その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として」トイレは別々に用意されるし、記事で問題にされている保険においても、年齢によって保険料は違ってきます。
それでは「その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として」いることが何の意味も無いかというとそんなことは無くて、「その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として」いる場合、その区別が社会的に許容できないんじゃないかと思わせる方向に強く働く事情になります。(日本国憲法14条1項が挙げる差別の例も、こういった区別が多い。)しかし、保険においてはそういった特徴を理由とする区別はいくらでもある。
というわけで、「その人にとって変えることの出来ない特徴を理由として」いるという点だけを推してしまうと、とりわけ年齢性別その他で区別している保険の問題を論じる際には、容易に反論されてしまいます。
年齢性別とは異なる、遺伝情報固有の、社会的に許容できない理由をあげる必要があるでしょう。
一つ目のコメントの方ですが、おっしゃるとおりで、これはウェクスラー博士の「知らない権利」として知られています。これは尊重されるべき権利として認識されているはずですよ。このことについても新聞やテレビでもっと議論があったほうがよいと私も思っております。
ご紹介の件は、個人的には研究についての話だと理解しております(個人情報保護をやや緩和したいという方向のようでした)。雇用差別・保険差別の話ではないようです。
>id:casmさん
一要件と書いた点がご理解いただけたのならそれ以上こちらからは特にございません。少しの反論も許さないような文章を書いているつもりは毛頭ございません。議論を進めたいなら生命倫理学者の方とお願い致します。
本エントリの論旨は明らかに別のことですので・・・
ハハハ、随分攻撃的ですね。論理という意味では、包括的な定義を避けるように書いてあるだけで、論理的に問題があるとの批判は明らかにおかしく、(冷静さを欠いているという意味で)攻撃性を感じました。まあでも、わざとぼかして書いたのは事実ですし、私も調べて勉強になったので、せっかく見つけたあの論文をもとに書きなおしてみようかと思いますが、少し時間はかかるでしょう。なにぶん専門外なので、立派な人がどこかで書いてもらえるといいですね。