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八戸港出動 その4

2013年03月16日 18:56

続いて、天内研修医が下りた。
天内研修医は、青森高校卒業、東北大学卒業の才女。
性格も優しい。
さらに、器量もいい。
外傷病院前救護講習会JPTECを終了している。
最後に、神田看護師。
二人がメインローターの回転半径から出たことを私は見届けた。
南東の方向に私は走り出す。
右手に青い救急バッグを持つ。
天内研修医は、黒い超音波バッグ、
神田看護師はオレンジの外傷バッグ。
走りながら私は、
機内で周波数を県共通波に合わせておいた携帯無線機のスイッチを押した。
まだ、救急隊から情報をもらっていない。
救急隊が、現場活動中は、無線はほぼ通じない。
救急車内に患者を収容して初めて無線器を使える。
そろそろ、車内収容だろう。
「八戸ドクターヘリ102から、川原木救急13どうぞ、患者情報教えて下さい」
直ぐに無線が帰ってきた。
現場で全力疾走して、過去に失敗したことがある。
岸壁から桟橋を走り、防波堤先まで走ったとき、
現場に着いた私は、自分の呼吸が速く、
会話がうまく出来なかった。
だから、現場ヘ向かうときは、
50%くらいの力で走る。
すると、走りながら、無線器で会話が出来る。
角を曲がると白車が見えた。
後ろのハッチドアが開いていた。
男性はバックボードに固定されていた。
私、天内研修医、神田看護師の順で車に入った。
11時34分患者接触。
Primary surveyは得意。
この言葉を使ったのが1997年。
まだ日本での普及前から。
2002年からJATECでも同じことを教えてきた。
デモンストラーターに指名された。
私は流れるように患者を診る。
そして処置。
胸の上がりを見ながら、隊長に進言した。
「車を、ドクターヘリに近づけてください。
ゆっくり発進して下さい。」
「機関員、出発、ゆっくりと」隊長は指示した。
救急車はサイレンを鳴らして、けれどゆっくり走り出した。
私は、その頃胸部の聴診を終えていた。
サイレンが鳴っても、聴診器以外なら普通に診察できる。
この車の発進のタイミングが重要だ。
天内研修医は、静脈路を確保してくれた。
(続く)

八戸港出動 その3

2013年03月15日 18:55

事前情報で、八戸飛行場の自衛隊機の今日の離陸はないことがわかっていた。
滑走路は無人だった。
黒い貨物船を150m下に見て、
機内の5名は、窓から赤車と白車を探す。
「左に、見えました、赤車」神田看護師が室内通話で話す。
「はい、確認」機長
「八戸ドクターヘリ1より、八戸タンクどうぞ、
ドクターヘリはこれより着陸します」整備長
「現在、無風」タンク1
無線と、室内通話が混戦するけれど、
両方の内容はわかりやすいので、大丈夫。

高度を下げてコンクリートの岸壁に向かう。
途中で、白車が見えた。

EC135はさらに高度を下げる。
水色の防御服を着た消防隊が誘導する。
あたりの、海鳥は、異変を感じてすべて逃げ出した。

「あの、建物の影が現場です」整備長
「はい、」私

11時32分EC135はコンクリートに2本のスキッドを接着させた。
メインローターの回転が急激に落ちる。
整備長は、先に左前ドアを開けて地面に下りた。
そして、後方に少し下がり、
後ろ左ドアを開けた。
私は、シートベルトをはずし、
ヘルメットをはずし、
機外へ出る。
天井では、メインローターがまだ、激しく回っていた。
腰をかがめて、10m左前方向に離れた。
左に整備長が立っている。
彼は南東を指差す。
白車の方向だ。
(続く)

八戸港出動 その2

2013年03月14日 18:54

今日が1人で行うCSを初めての吹谷さんは、少しだけ緊張していた。

短いけれど正確な情報をCSからもらい、
3人は、廊下を走った。
ERからヘリポートまでの110mの廊下に、
コーナーが3ヶ所ある。
すべてのコーナーには、カーブミラーが取り付けられている。
直線を全力疾走、コーナーは少しスピードを緩めて、
カーブミラーを見て曲がる。
ポケットでは、
PHSが出動コールをまだ伝え、鳴り続く。
廊下のパトライトは、辺りに、
ドクターヘリ出動を知らせている。
病院の機能が、
ドクターヘリ優先になっている。
「医療の原点は救急医療にある」院長の口癖

11時25分離陸。
高度250mで、北を望む。
やはり、北方面は、雲が厚い。
だけど、海岸線ははっきり見える。
沿岸の工場の煙突と煙も見える。
目的地は、視界の中だ。
安全に飛行できる。

白い船体のシルバーフェリーを越えた。
八戸―苫小牧を5000円7時間で結ぶ、フェリー。
風呂もあり、レストランもあり、
AEDもついている。
11時27分救急車が現場到着した。

フェリー埠頭の近くが現場だ。
11時29分現場上空近くを旋回始めた。
少し前、赤車現場到着し、着陸支援体制に入ったことが無線で教えてもらった。
「消防八戸より、八戸タンク、そこからドクターヘリが見えるか」
「八戸タンクです。見えない」
おかしい、ドクターヘリは現場近く200mを旋回しているのに。

「八戸ドクターヘリ1より、八戸市民病院どうぞ、
赤車、白車を発見できない。
現場に目印になる建物はあるか」整備長
「三菱製紙工場」CS
「三菱製紙ならここより少し北です」神田看護師が室内通話で教えてくれる。
機長は左旋回を止めて、
機体を右に傾けた。
右旋回を少し加えて、機首を北に向ける。
シルバーフェリーの岸壁の隣の隣の岸壁には
黒い大きな貨物船が停泊していた。
八戸の港は大きい。
その西には、八戸飛行場の滑走路が見えた。
(続く)

八戸港出動 その1

2013年03月13日 18:29

ドクターヘリとドクターカーの使い分け。
おおよそ、距離10kmで分ける。
遠いときドクターヘリ
近いときドクターカー
ときには、両方出す、サンダーバード作戦。
消防指令課の判断による。

その日は、朝から悪天候だった。
津軽地方は厚い雨雲。
八甲田山を越えて東側にも、雨雲がレーダーで見えた。
朝の、ミーティングでは、
「飛行範囲はおいらせ町くらいまでの限定です」機長
横浜から、臼井医師が八戸市立市民病院救命救急センターに来ていた。
朝始発の東北新幹線でやってきた。
今日は、彼の採用面接試験。
10時半から。
来年4月から6年目を八戸で迎えたいという。
優れた都会の大病院で研修してきた医師にも、
ここ八戸はまだ、何かを与えることが出来る。
それが教育。

119番通報は11時14分。
「八戸港で作業中に、転落。意識がない。男性1名」
八戸消防は救急車を1台出す。
意識がない外傷なら、医師現場出動だ。
ドクターカーか
ドクターヘリか、
悩むことが出来る消防署は日本に少ない。
幸せな悩みだ。
直線距離8km
道のり12km、
現場近くに着陸できる空き地たくさんあり。
障害物は少ない。

八戸消防指令課がドクターヘリを要請した。
11時20分ドクターヘリ出動コードブルーPHSが鳴った。
私と、天内研修医、神田看護師は一旦ドクターヘリ通信指令室に集まる。
患者情報をいれるため。
CSは吹谷さん。
数ヶ月のon the job training卒業。
昨日は、3回の実践試験で試された。
結果は合格。
八戸市立市民病院救命救急センターではドクターヘリスタッフ教育を行っている。
フライトドクターは、毎年2から3名が資格を取得する。
現場で1人で戦える救急専門医を選んで乗せている。
フライトナースは、3年間終えた先輩ナースが、半年前から、
On the job trainingで指導する。
あたらしく、フライトナースが2名増えた。
そして、CS。
出動件数と、出動の質、
フライトドクター、ナースとの連携がここではいい。
だから中日本航空が運営しているたくさんの基地病院の中から、
八戸が、CSのトレーニング施設に指定されている。
光栄なことだ。
先輩指導CSと新人CSがペアで数ヶ月活動する。
(続く)

第17回専門医の在り方に関する検討会報告(最終)

2013年03月12日 18:05

2013年3月8日 10時00分~12時15分          
於:東京砂防会館
八戸市立市民病院副院長今明秀
「専門医の在り方に関する検討会」は全17回の会議を終えて報告書を作成し3月中に公表する。
報告書の骨子は二つ。
①専門医の認定と養成プログラムの評価認定を行う、
学会とは独立した中立的な第三者機関を新たに設置する。
②総合診療医を基本領域の専門医として位置付ける。


 専門医制度と、医師不足や医師偏在の解消策との関連付けが議論になった。
厚労省素案では「専門医制度により、医師の偏在が是正されることを期待する」。
これに対し自治医大桃井医学部長から
「医師不足には、医師の絶対数や地域の医療機関の編成など、
医療提供体制の抜本的な問題が関係している。
専門医制度の見直しに当たって、この言葉を出すのは極めて不適切」。
藤本市民代表は、
「今後は症例数の少ない小規模の病院が研修施設として指定されず、
結果として医師不足が生じる恐れがある。
研修施設は、指導体制等の研修の質を確保した上で、
医師不足地域の医療機関を含めた病院群を形成」。
厚労省は、両論が出たため何らかの折衷的な表現を検討するとした。

 専門医養成の到達目標に、
臨床研修で求められている一般診療に対応できる
基本的な診療能力を維持向上することが必要であることを盛り込むことに合意を得た。
特に総合診療、内科、小児科等の専門医は初期診療が特に求められるので
一定期間の地域医療に関する研修を取り入れることが必要である。

私はこれに対して、初期診療が重要なのはこれらの専門医だけではなく、
すべての医師に必要なこと。
「すべての専門医が一定期間の地域医療に関する研修を取り入れることが必要である」
に変更してほしいと述べた。
これには委員の合意を得ることができた。

さらに続けて私は、
「特に救急診療の知識技術を維持するには、
一定期間救急診療施設で修練することが必要である」を提案したが、
賛同者はいなかった。

新たな専門医制度は、基本領域の専門医を取得した上で、
サブスペシャリティ領域の専門医を取得する二段階制を基本とする。

総合診療専門医は現在18の専門医が登録されている基本領域に入ることを確認した。
基本領域の専門医の取得は原則は一つだが、
救急と外科、救急と脳外科、リハビリと整形、総合診療と内科などのように
自助努力で複数領域の専門医を取得することも認められる。

新専門医(第三者機関が認定)は広告可能とするが、
第三者機関以外の学会等が認定する資格の広告は
新専門医制度が始まる2017年度までに広告の在り方を見直す。

第三者機関は、プロフェッショナル・オートノミーを基盤として運営し、
国民の代表も加わり、各学会の協力を得て運営する。

第三者機関の運営に国の関与が厚く関わることは否定されたが、
国の支援として期待されるのは
①専門医等に関するデータベース構築
②専門医の研修施設に対する費用補助の2つ。

総合診療専門医養成プログラムの基準作成に関して素案では
「プライマリ・ケア連合学会、内科学会、小児科学会、
外科学会、救急医学会、整形外科学会、産科婦人科学会等の関連する学会、
日本医師会等が協力」との記載があったが、
桃井委員から
「学会名を書くのは報告書にはなじまない。
第三者機関で議論してもらえばいい」という意見が出たため、
「関連学会と日本医師会等」に変更された。

今後のスケジュール。
2013年度に医療関係者や国民代表等から成る準備組織を設け、
第三者機関を発足させる。
2017年度から専門医研修を開始する医師からおおむね3年間研修の新制度の対象とする。
現学会専門医を取得している医師の移行措置は、
2017年度から2020年度以降に開始する。

厚労省の原医政局長は、
「プロフェッショナル・オートノミー、
まさに医師が責任を持って専門医制度を作り上げて行くことが必要であり、
それが国民から期待されている。
医師の責任は重い」と挨拶した。

専門医制度の議論は、今後は厚生労働省ではなく医療界が自立的に進めていくことになる。

私は2011年10月13日の第1回から1年半にわたって開催された本検討会に、
一度の欠席を除いて積極的に参加し発言した。
本検討会で決めることは我が国の三度目の医療大改革の道標だ。
明治維新、敗戦後そして今回。

国運を左右する重要な会議に参加できたことを光栄に思う。


専門医の在り方に関する検討会報告(完)