新薬の研究開発に多額の資金が必要であることは盛んに喧伝されるが、実はそれにも増してマーケティングに多くの資本が注ぎ込まれていることは常識として知っておくべきであろう。
なお、この問題に関する参考図書として、「ビッグ・ファーマ」、 「デタラメ健康科学」、 「パワフル・メディシン」を一読されることもお勧めする。
不正疑惑を招いた臨床研究
バルサルタンの2012年の売上高は約1083億円とされている。同じカテゴリーの薬剤の市場規模は約4000億円で、ノバルティスが勝ち組の1つとして競合他社を制していたと見ていいだろう。このマーケティングの成功に大きく貢献したのが、今回一連の不祥事の舞台となった5つの臨床研究だ。
2009年8月に発表された「Kyoto Heart Study」では、約3000人もの患者が参加した大規模試験であるにもかかわらず、主論文に加え関連した4論文が、データに重要な問題が存在したことを理由に2013年2月に撤回され、研究を主導した京都府立医科大学の教授が辞職する事態に至った。
この撤回論文と同様に、バルサルタンには血圧を下げる以外に心血管の保護効果が存在すると主張をしているのが、東京慈恵会医科大学の研究者らによりランセット誌に2007年4月に発表された「Jikei Heart Study」だ。
ランセット誌は世界の臨床医学に大きな影響力を持つ専門誌で、教科書やガイドラインを書き換えるような重要な研究成果が発表されることが多い。日本高血圧学会が作成した最新版の高血圧治療ガイドライン2009でも、この論文を引用し「単なる降圧以上に、直接臓器障害ひいては疾患発症を抑制する可能性がある」と記載されている。
ところが、この試験結果にもデータに不可解な点があることが、京都大学の研究者により2012年4月に指摘された。
ランセット誌では論文に関して重要な疑問が生じた場合、研究者同士で紙上での議論が展開されるのが普通だ。しかし、この「Jikei Heart Study」に生じた疑義に関して研究者らは沈黙を守ったままで、いまだに真相が不明な状態が続いており、ついに大学側も内部調査に着手したという。
そのほかにも、名古屋大学の「Nagoya Heart Study」、千葉大学の「VART」や滋賀医科大学の「SMART」といった類似の臨床研究にも次々と疑惑の目が向けられ、臨床研究の世界では史上稀に見るほど事態は悪化の一途を辿っている。
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