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第1部 戦乱の異世界へ ※ダイジェスト化
第7章 戦火の中で

 フィルボルグ継承帝国南伐混成軍のセイロード攻略作戦は、概ね計画通りに進んでいた。
 陣頭指揮の最高司令官である第四階位将軍の表情にも余裕を感じさせるものがある。
 将軍リヒャルダ・フォン・アードラーは火の手が次々と上がる街を小高い丘から見下ろしながら、報告に上がってくる軽微な敵の抵抗を聞き、そう楽観した。
 リヒャルダは帝国西方領貴族出身の姫将軍であった。
 若干二五歳。実力主義の前線部隊とはいえ、若い。
 重い影が現れたかと思うと、彼女の目の前に巨大な〝竜〟が着陸した。

「何事か?」

 リヒャルダは自分の父親ほども年上であろう竜騎士に向かって鋭い声を放った。

「……セイロード城にて、黒竜騎士団の黒竜一騎、討ち取られましてございます!」
「なっ……!?」

 リヒャルダは珍しくその怜悧な表情に驚きを浮かべた。

「敵の本陣とはいえ、マリースアに黒竜を倒すほどの騎士団がいるとは……」

 リヒャルダが険しい表情を浮かべる。

「……黒竜は、たった一人の男に討ち取られたのでございます」
「一人だと!?」

 リヒャルダも、その側近達も愕然とした。
 竜を一人で倒すなど、現実的には不可能なことである。

「それは見間違いではないのか?」

 そうとしか考えられなかった。戦場には不確かな情報や噂が飛び交うものだ。

「間違いありませぬ」
「バカなっ……!」

 リヒャルダはあまりにも荒唐無稽な話に失笑しそうにさえなる。
 だが、ベテランの竜騎士の顔は本気だった。
 それを踏みつけにするほど、リヒャルダは愚かではない。

「我が軍の進軍に影響は?」
「城の半分は制圧しましたが、玉座の間へは抵抗も激しく、また先刻の竜が倒されたこともあり膠着状態となっております」

 悪くない戦況だ、と彼女は頷いた。

「そうか。報告御苦労。行ってよい」
「はっ!」

 再び竜が羽ばたき、冷たい風を残して飛び立っていく。

「お困りですかな……?」

 しゃがれた声が彼女の耳に障った。

 ……確か名前はゲンフルとか言ったか。

 竜騎士団の増援の見返り、といった形でこの男は督戦を命じられていた。

「いいや、督戦官殿のお手を煩わせるほどのものではない」
「それは重畳にございます」

 急ごしらえの天幕の中へ帰って行く黒い後ろ姿に、リヒャルダは小さく舌打ちする。


   ◇


 イージス護衛艦〝いぶき〟の艦橋にある司令席。

「……では、負傷者が民間人を含めて出ており、救助のヘリが必要なのだな?」
『蕪木司令、我々は、極めて難しい立場にあります。この戦場で、どう動くのか、決めねばならないかもしれない』

 蕪木は目を伏せた。

「お前は、どう考える?」
『カメラで撮影したデータ、そちらでも確認できているはずです』

 映像データは、脱出してきたヘリが撮影したものも含め確認していた。

『私は、国連軍として戦いを止めるべきだと判断します』

 加藤の言葉に蕪木は押し黙った。

「自衛隊として、それは是か?」

 蕪木は、静かに尋ねていた。

『率直に申し上げて、非です』

 蕪木はため息をつく。

「では……」
『そもそもですよ、蕪木司令』
「何だ?」
『我々は国連軍として急迫不正の侵略を受けている人々を守る立場にあります。まあ、安保理の決議だとかはありませんがね。ですが、そもそもマリースアも帝国も、国連加盟国じゃないですから』
「……つまり、治外法権だと言うわけか? 超法規措置が許容されると?」
『自衛隊はいつだって、法律にそっぽを向かれて現場を犠牲にしてやってきた組織です。おそらく、今もその時ですよ。それに、ここでこの国を見捨てれば、我々は本当の漂流者になりかねない』

 加藤の、静かだが有無を言わさぬ口調に、蕪木は気圧された。

「考えすぎだ」
『この世界のこの姿を見て考えすぎないなら、そいつはただのアホです』

 加藤の言葉には確信があるようだった。

「どうすればいい?」

 蕪木は、すがるのではなく、主席参謀の意見を聞くといった口調で尋ねていた。

『この城を、守ります。可能な限り、人々を守って。自衛隊として、それは是だと判断いたします』

 沈黙が二人に漂った。

「……分かった、貴様のことだ。それで一手二手先を読んでいるのだろう?」
『ええ、あくまで目論見ではありますが』
「久世三尉に替わってくれ」

 蕪木はもう一人の指揮官と話をすべきだと思った。

『は、久世三尉であります』

 若い男の声。

「久世三尉、君達陸上自衛隊に命令を発す」
『はっ』
「セイロード城のヘリポートの確保、及び、国連軍としての一般市民の防護を命ずる。その際の武器使用は、君の判断にて行うが、全責任は私が負うものとする」
『了解』

 そして、最後に一言付け加える。

「……頼む、久世三尉。人を殺める以上、一人でも多くの人命を守ってくれ」
『分かりました。セイロード城と、収容された一般市民を死守します』


   ◇


 無理難題を命令され、通信を終えると、後ろに八重樫三曹がやってきた。

「ヘリの残骸から集めた武器弾薬はこれだけです」

 久世が思案顔で尋ねる。
 本格的な戦闘に備える必要があったからだ。

「アレを相手にして、保つと思うかい?」

 久世は双眼鏡を構えた。

「……ざっと、四百、いや五百はいるな」

 中庭の向こうに、竜の死骸を緩衝地帯として、三百メートルほどの距離を隔てて帝国軍が軍勢を集結させていた。城の向こう側はもはや敵の手に落ちたらしい。

「それより、救助ヘリはまだなんですか? 重傷者だけでも移さないと……」

 部下の言葉に久世は焦るしかない。
 久世達は今、玉座の間へと続く回廊の入り口を中心にして防御態勢を敷いていた。
 さっきまで、城の向こうからは雪崩のように避難民がこちらへ逃げて来ていた。久世が背後を確認すると、廊下は避難民で一杯である。

「おにいちゃん……お姉ちゃんが……」

 見ると、あの小間使いの子供達がじっとこちらを見上げている。
 久世は無力感と罪悪感に子供達から目を逸らしそうになった。

「ごめん……僕にはどうすることもできないんだ……」

 久世は子供達に残酷でしかない答えを返すしかなかった。

「貴方があの竜を討ち果たした勇者ですのね?」

 少女の声が横から割って入った。
 見ると、避難民だろうか、深い海色をした長髪の少女が立っている。
 歳の頃は15歳前後だろうか。

「ちょ、ちょっとリュミ、止めておきなさいよこんな連中……」
「子供に対してこんなにも優しい目をしてるわ。きっと悪い人じゃありません」

 リュミ、と呼ばれた少女は、同僚の制止を振り切り、そう言ってにっこりと笑った。

「どこから来られた方か存じませんが、私にできることがあれば何なりと申し上げてください。私、これでも光母教の神官戦士ですし、治癒魔法の心得もあります」

 久世は一瞬、彼女の言葉に聞き慣れないものを聞いた気がした。

「治癒、魔法?」
「はい。神の奇跡を少しばかりお借りするのです。見たところ、お怪我をされている方が多く見受けられますわ。私も、お手伝いしたいと思います。癒しの魔法、それなりに得意ですので」

 祈るように両手を絡める少女に、久世は周囲の部下と顔を見合わせた。
 魔法。確かに魔法と彼女は言った。

「診てもらいたい人がいる!」

 彼はリュミを連れ、少し離れた所に寝かせてある侍女の少女へ行く。
 リュミはそっと彼女の身体に触れた。
 静かに目を閉じ、何か呪文めいた言葉を口ずさむ。
 久世は、その光景に目を見張った。

「……しばらく癒やした後で、槍を抜きましょう。身体に異物があると治癒が遅れますので」

 本物の魔法だった。

「助かる、のか?」
「ですが、治癒魔法を続けるにはこのままでいなければなりません。敵がここへ来るようなことになれば……」

 リュミが不安を口にした。
 だが、久世は力強い口調で言った。

「安心してください。帝国兵は、ここへは絶対に通さない」

 彼はリュミに少女を任せると作戦指揮に戻る。

「バリケードを構築します」

 カルダが思い切り怪訝そうな顔をした。
 が、銃火器を基準とした戦い方をここで講釈する時間はない。
 許可を取り付けると、久世はすぐに作業に取りかかった。


   ◇


 バリケードの構築が終わり、不格好だが即席の迎撃態勢が整った。
 と、隣に長身の女が立っている。

「カルダ団長? どうしました?」

 彼女は感情のうかがえない冷たい視線を彼に向けていた。敵意、ではなさそうだが、好意でもなさそうだ。

「何故そこまでする?」

 彼女は、ぽつりと尋ねていた。

「人命を救うのに理由が要りますか」
「ああ、要るな。特に、軍人であるなら……まあ、いい」

 す、と彼女は久世の隣に腰を降ろした。

「ここで帝国軍を食い止めるのか?」
「そのつもりです」
「……義か?」
「え?」
「騎士道、あるいは神の道、そういった義の下に戦うのだな?」
「小難しいことは分かりませんが……我々は自衛隊です、守るという一点のみにおいて、戦うことを許されている。だからかもしれません」
「……すまない」

 意外な言葉に、久世も彼女を見つめた。
 そして、少しだけからかうような口調で言う。

「クゼ殿、貴公は、見たところ実戦は初めてだろう?」
「……分かりますか?」
「ああ」
「私の婚約者が、今の貴公のようだったからな。優しさしか取り柄のない男だった」
「旦那さんが?」

 カルダは久世を一瞥すると、ふっと悲しげな笑みを見せた。

「いや、夫ではない」

 目を伏せ、その時のことを回想しているのか、どこか寂しげに呟く。

「私の夫になる前に、戦場に散ってしまったからな。……私も、彼も、まだ17の時だ」

 久世は掛けるべき言葉が見つからなかった。
 と、その時だった。

「なんだ? 何かの笛の音?」

 久世は、帝国軍の陣地から、間延びした音が聞こえてきたのに気づいた。
 決戦が、近づいていた。


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